1000回記念、この11年半を振り返る~ 第5回2018→2020 再始動編~ | カツランナー もうひと花PROJECT

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38歳2児の父、京都府宇治市の市民ランナーです!
仕事や家庭と調和しながら、愛するランニングで花咲かせたい!そんな日々を綴っています。

こんばんは。

勝手に「もうひと花PROJECT」やっています!
 
 
さて、いつもの記事を挟みましたが、再び1000回プロジェクトに戻ります。
 
このブログが1000回に到達したので、記念にブログを始めてからの11年半を振り返っています。
 
かなり骨の折れる作業ではあるのですが、なかなか有意義だとも感じます。
 
おそらく誰しも、過去の出来事に感情を乗せて、美化したり、逆も嫌なものとして覚えていたり(僕はコチラが圧倒的に多かったです)していると思いますが、時間が経って客観的に振り返ってみると、とてもフラットに当時の心境を捉え直せたり、極端な場合だと恥ずかしくて仕方なかった過去の未熟さが若さゆえの可愛らしいものだと思えたりします。
 
 
第1回~第4回はコチラ↓↓
 
 
 
 
 

 

 

 

 

 

 

 
 
 
サブ2.5を達成し、憧れのびわ湖マラソンに5年連続で出場してそこそこでは走ることができ、雑誌ランナーズにもインタビュー記事が載り、私生活でも結婚して子どもができて...
 
というように、典型的に満たされてしまった僕は、目標を失い、モチベーションも下がりきっている状態です。
 
 
【2018年度(35歳)~9年目~】
 
この年度が結果的に大きな転機になったことは間違いないと思います。
 
この年の6月に、第2子が誕生しました。
とても嬉しかったことは間違いないのですが、1人目のときとは比べ物にならないほど家庭内がバタバタし、妻も僕も完全に余裕を失くしてしまいました。自ずと家庭内はギクシャクし、気持ちの余裕もなくなってしまいました。
 
さらに、仕事面でも上手くいかないことがでてきて、自分の能力の限界のようなものを感じ続けた1年でした。
 
ブログも11月まで全くストップ、SNSも更新されていませんでした。
 
2018年の年末に、しっかりとまとめていますね。

 

 

とても弱っていますねぇえーん
必死にもがいている感じがよくわかります。
 
客観的に読み返してみると、1年前と語り口に変化が見られます。
角が取れて丸くなっているとも思えるし、勢いがなくなっているとも思える。
 
まさに転換期なんだと思います。
 
そして年が明けて2019年となるわけですが・・・
この時期は、今思い出しても辛くなるくらい追い込まれていました。
 
まず仕事面で、「自分は無能だ」「自分は必要ない」と自分を追い込んでしまいました。
キッカケとなった出来事は、今思えば大したことではないのですが、諸々の事情で気持ちが弱っていたので「泣きっ面に蜂」状態でトドメを刺されてしまったのだと思います。
 

 

 

うん。

ネットの性格診断にさえ、ダメージを受けてしまう始末(笑)

 

ただ、この記事にもあったように、走ることでギリギリのところで救われました。

 

不安で眠れない夜が続いたり、人と話すのがとても億劫になったり…

典型的なメンタル崩壊のパターンです。

 

そんな中でも、走ることは苦にならずにできました。

この時の走力としてはかなり落ち込んでいて、前年に言っていた「もう一度、びわ湖毎日マラソンの標準タイムを切る」ことは100%諦めていました。

それでも、走っている時間は唯一苦しみから解放される時間といっても過言ではなく、人と話すのが億劫な状態でも、ランニングの仲間との会話は苦になりませんでした。不思議ですね。
 
そうやって何とか耐えているうちに、問題は少しずつ解決していきました。
そもそも大した問題ではなかったので、その状況の中で何とか踏みとどまっていることこそが解決策だったのでしょう。
 
「明けない夜はない」
とはつまり、事態はそのうち解決するから信じて生き抜け!ということなのでしょう。
 
そして、少しばかり回復した僕は満を持して、人生初の東京マラソンに出場しました!
 

 

 

結果は3時間04分、本格的に走り始めてから最も遅い記録でした(笑)

ここまで来ると皆心配してくれますね。

まぁ、立ち直ってすぐちゃんと走れるほど、マラソンは甘くないし、時間がかかるものなのでしょうね。

 

ただ…

 

 

ずいぶん前向きになっているようです。

結果的に、この時の僕の予感はある程度的中しました。

 

「順位が低くとも、タイムが遅くとも、自分には走ることが必要なんだ」

そんな風に確信できた、とても意味のある1年だったのではないかと思います。

 
 
【2019年度(36歳)~10年目~】
 
 
節目の10年目となりました。
 
この1年も、お仕事の方はかなりキツイ年でした。
ただ、2018年度とはだいぶ違って、自分が不甲斐ないというよりは、役割が変わってただただキツイ…まぁ前年度と比較すると健全なしんどさでしたね(笑)
 
ランニング面では、これまではサボリがちだった春場からしっかり練習をして、自分の苦手分野を克服すべく、舞洲24Hリレーマラソンに5年連続2位の関西Dチームとして参加させてもらったりしました。
 
その結果は・・・
 
やはりというか何というか、そう簡単に結果は出ないものですね。
東京マラソンに続いて、悔しいレースが続きました。
 
そういう状況下にはあったものの、正直焦りはありませんでした。
 
もはや、結果を出すことではなく走ることそのものに価値を見出せているわけなので。
ただやっぱりリレーマラソンというチーム競技であからさまに足を引っ張ったのには堪えましたね。一人で走って上手くいかないのとは完全に別の問題ですね。
 
リレーマラソンが7月下旬だったのですが、その後8月もコツコツ走り続けた結果・・・
 
まずは9月初日のトラックで良い結果が出ました。
 
で、その後の秋シーズンも…
 

 

 

 

お仕事では秋に特に忙しくなり、それはそれは余裕をなくしましたが…

ランニングではかつてないほど好調な秋シーズンとなりました。

 

 

あいの土山マラソンで、ハーフマラソン1時間08分55秒の社会人大ベスト!

 

福知山マラソンでは、セカンドベストとなる2時間29分36秒。しかも、過去最高の準優勝!

 

 

完全復活と言ってよいと思います。

 

と、いうことで、一時は100%諦めていた「びわ湖毎日マラソン」出場権の再獲得も実現し、2年ぶり6回目のびわ湖マラソン出場を果たしました。

 

 

びわ湖マラソン当日は、苦手な寒い雨の日だったということもあり、結果はそんなに奮うものではありませんでしたが、過去5回の出場時とは全く違う、しみじみした気持ちを味わうことができました。

 

結果的に、これが最後のびわ湖毎日マラソンの出場となりました。

悔いがないと言ったら嘘になりますが、僕のびわ湖マラソンへの想いは、この「復活」によってほとんど成就したのではないかと思っています。

 

そういう背景があるので、今回の「びわ湖ロス」もあっさりと受け入れ、次に進むことができたのかもしれません。

 

当時(といっても、ここまでくると1年前ですね)もこんな風に思っていたようです。

 

 

 

 

なんだか、不思議な体験をした2年間でした。

 

まさに、冬の寒さに何とか耐えていたら春になって芽が出た。

という2年間だったと思います。

 

この時期を経て、走ることへの迷いが吹っ切れて、向上心を取り戻し…

というよりも、ちゃんとした向上心をやっとこさ獲得し、2020年の8月、37歳の誕生日に、誰にも言うことなく「もうひと花PROJECT」を開始することになります。

 

【2020年度(37歳)~11年目~】

 

 

 

 

 

 
という形で、今に至ります。
 
 
こんな感じで1000回記念で11年半を振り返ってきましたが…
 
スケールは小さいですが、それなりに紆余曲折あったことに驚きを感じるとともに、色々助けてもらいながら、自分なりに一生懸命生きてきたんだなとも思います(笑)
昔の自分はホント馬鹿で…と思ってしまいがちですが、少しは認めてやらねばとも思います(笑)
 
「誰が興味あんねん!」と終始思い続けた1000回記念企画でしたが、自分自身にとって、とても貴重な経験ができました。
こんなことは公開せずに、自分の日記を振り返ってすればいいことではあるんですがね。
 
ただ、もしかしたら20代・30代前半の、僕と同じように記録向上を目指して走っている市民ランナーさんには参考になるものがあるかもしれません。
 
目標を持つことで頑張れること
その目標を失うと大いに迷ってしまうこと
自分にとって走ることは何か?が問われる時期が来ること
最終的に、自分なりの走る意味は何かを考えてみること
 
僕が積み重ねてきた多くの失敗も含めた経験が、誰かの参考になれば、こんなに嬉しいことはありません。
 
 
さてさて、かなり長くなってしまいました。
 
次回からは、もとの「もうひと花PROJECT」に戻って、日々の練習について綴っていきたいと思います。
 
そして、来週末に非公認ですが、フルマラソンに出場します。
もちろん、目指すは自己記録の大幅更新ですが、もし上手くいかなかったとしても、課題を得て必ず来シーズン以降につなげてきます。
 
ランニング仲間の皆さんと、これからも一緒に走る中で喜びを共有したいです!