サッカーをテレビで楽しみたい! -13ページ目

試合との心理的距離

久しぶりの更新です。なかなか思ったように更新できないものですね。


さて、今回は視聴者と試合との「心理的距離」について考えます。


この「心理的距離」というのを簡単に例で説明します。


今、サッカーの試合を見ていると仮定します。食い入るように画面を見つめていて、チャンスの場面で声を上げてしまうくらい試合に「入っている」とき、それを「心理的距離が近い」状態であると考えます。


反対に、試合を分析するような見方をしている場合、それは「心理的距離が遠い」ということができます。


サッカーの楽しみ方は人それぞれですから、どちらがいいとは一概には言えませんが、僕個人のことを言うと、「心理的距離が近い」ほうが好きです。試合を見ながら一人で「うわ~」とか「すげ~」とか言って楽んでいます。


実況は、試合の見たままを言葉にして伝えることです。つまり、視聴者は試合を聞きながら見ているということになります。このとき、視聴者の「心理的距離」は近くなりやすいと考えることができます。


ただし、実況者が試合とは関係のない話をしていたら、「心理的距離」は遠くなってしまいます。僕はこれが非常に嫌いです。試合にのめりこむような感覚で試合を見たいのです。


そのためには、実況者には試合で何が起きているかを伝えることに集中してほしいと思います。ボールを所持している選手、パスを受けた選手、パスの質、シュートまでの流れなどを、見た直後にうまく言葉にしてくれるのがいい実況だと思っています。


ここからは完全に僕の好みですが、僕はただ試合を楽しみたいだけなので、もともと実況者や解説者には面白い話を期待していません。彼らには、ただ試合について語ってもらえればいいと思っています。


今の実況・解説は色々な話をしすぎている気がして、どうも試合に集中できません。話はつまらなくなるかもしれませんが、中継している試合について話す時間をもっと増やしていいと思います。


その点、英語の実況・解説(スカパーの副音声)は試合について話すことが多いと思います。また、沈黙している時間も日本の中継に比べて長いです。日本の実況・解説はちょっと話しすぎている感じがします。


英語のリスニング練習も兼ねているのですが、最近では英語で聞くのが普通になりました。こちらのほうが僕は試合を楽しめています。試合との「心理的距離」が近く感じられるからです。


今回は実況と「心理的距離」の関係について考えました。

今後、試合を近くに感じさせてくれる実況が増えることを期待しています。

解説者って必要なの?

って思ったことある方いらっしゃいませんか?


スポーツ中継を見ていると必ずいるのが実況者と解説者です。
ただ映像を流すだけでは伝わらないので、実況者が番組の中心的存在となり、現状を伝えるという役割
を担っていることは理解できます。


では解説者はどうでしょうか。
手元の辞書では「解説」について以下のように意味が載っています。



  『よくわかるように物事を分析して説明すること。また、その説明。』



これをテレビ中継の解説者に当てはめるとすると、解説者は



  『よくわかるようにプレーを分析して説明する人』



となるかと思います。


なるほど、確かにその通りだ、といった感じでしょうか。
ただ、この説明の『よくわかるように』という部分がくせものです。

何について、どのように話をすれば『よくわかる』のかまでは教えてくれないのですから。


実況者は現状を伝えるという明確な役割を担っています。今起きていることを伝えるのですから、話すべき事柄が限られます。限られるということは、みなに共有されやすいということ、つまりわかりやすいということです。


それに対して解説者の役割は、プレーを分析して説明することです。分析の視点も、説明の方法もひとそれぞれ違います。解説者の数だけスポーツの見方、解釈の方法があります。
話す事柄が解説者によって変わるので、自由があるとも言えますが、話が広がりすぎてまとまらない危
険性もあります。


そのせいか、プレーが行われている最中に、先週の試合の感想など中継している試合と直接的に関係ないことがよく話されます。また、解説と言いながら、見たことをそのまま言うだけ、実況者の話に乗っかるだけなんてこともあります。


そんな時、僕は「解説者って必要なの?」と感じてしまうのです。

Australia v Bahrain

今回はアジアカップの試合を取り上げます。
試合を見ていて思った良い点、悪い点をそれぞれまとめてみたいと思います。



まず良い点ですが、実況者と解説者の話す順番が分けられていたことが挙げられます。

例えば前半2分の最初のチャンスのとき、実況→解説→実況と話し手が替わっています。実況者がプレーを伝え、解説者が説明し、実況に戻るという一連の流れは、視聴者にとっては画面と話が連動していて理解しやすい方法だと思います。


また、2人が話しすぎないことも良かったと思います。

実況者が解説者に質問することもあまりなかったですし、解説者が思いつきで話し続けることもないように感じました。話の内容も試合に関係していることが多く、試合に集中できました。



悪い点は、解説者がシュートシーンなどで必ず「うーん」とか、文字にしづらいうなるような声を上げることです。(解説者の「うなり声」については、別に記事を書きたいと思います。)
うなり声を上げるのは何もこの解説者に限ったことではなく、他にも結構います。

(プレミアリーグ中継でこれを“得意”としている解説者もいますね。)


これをやめてほしい理由は色々あります。
1つは単純に聞き苦しいこと。「う~ん」でも「あ~」でも「お~」でも何でも構いませんが、そんな声を上げるのは観客や視聴者で十分です。仮にも試合を分析する役割を担う解説者がすることではありません。そんなことをするよりは、ただ黙って実況者にその場を任せてほしいと思います。


というわけでもう1つの理由は、声が実況とかぶることです。せっかく実況者が試合の盛り上がりを伝えようとしているのに、解説者のうなり声がそれを邪魔しています。
解説者のうなり声は、百害あって一利なしだと思います。声を上げるのは観客や視聴者に任せて、解説者は自分の仕事に専念してもらいたいです。



結局悪い点について長々と書いてしまいましたが、全体的にはなかなか良かったと思います。きちんと実況・解説されていたと思いますし、かといって話しすぎることもなく試合を伝えていたという印象です。