試合との心理的距離
久しぶりの更新です。なかなか思ったように更新できないものですね。
さて、今回は視聴者と試合との「心理的距離」について考えます。
この「心理的距離」というのを簡単に例で説明します。
今、サッカーの試合を見ていると仮定します。食い入るように画面を見つめていて、チャンスの場面で声を上げてしまうくらい試合に「入っている」とき、それを「心理的距離が近い」状態であると考えます。
反対に、試合を分析するような見方をしている場合、それは「心理的距離が遠い」ということができます。
サッカーの楽しみ方は人それぞれですから、どちらがいいとは一概には言えませんが、僕個人のことを言うと、「心理的距離が近い」ほうが好きです。試合を見ながら一人で「うわ~」とか「すげ~」とか言って楽んでいます。
実況は、試合の見たままを言葉にして伝えることです。つまり、視聴者は試合を聞きながら見ているということになります。このとき、視聴者の「心理的距離」は近くなりやすいと考えることができます。
ただし、実況者が試合とは関係のない話をしていたら、「心理的距離」は遠くなってしまいます。僕はこれが非常に嫌いです。試合にのめりこむような感覚で試合を見たいのです。
そのためには、実況者には試合で何が起きているかを伝えることに集中してほしいと思います。ボールを所持している選手、パスを受けた選手、パスの質、シュートまでの流れなどを、見た直後にうまく言葉にしてくれるのがいい実況だと思っています。
ここからは完全に僕の好みですが、僕はただ試合を楽しみたいだけなので、もともと実況者や解説者には面白い話を期待していません。彼らには、ただ試合について語ってもらえればいいと思っています。
今の実況・解説は色々な話をしすぎている気がして、どうも試合に集中できません。話はつまらなくなるかもしれませんが、中継している試合について話す時間をもっと増やしていいと思います。
その点、英語の実況・解説(スカパーの副音声)は試合について話すことが多いと思います。また、沈黙している時間も日本の中継に比べて長いです。日本の実況・解説はちょっと話しすぎている感じがします。
英語のリスニング練習も兼ねているのですが、最近では英語で聞くのが普通になりました。こちらのほうが僕は試合を楽しめています。試合との「心理的距離」が近く感じられるからです。
今回は実況と「心理的距離」の関係について考えました。
今後、試合を近くに感じさせてくれる実況が増えることを期待しています。