演劇人生 -229ページ目

演劇人生

今日を生きる!

最近、朝起きても、

体が休まっていないようで、

肩は凝っているし、

就眠の満足感もない。


ま、

そのうちゆっくりと…

永遠の就眠が待っているから…これは仕方なかろう・・・

なんて思いながら、

今日も起きた。


寒い・・・

夕べは窓を30センチほど開けて寝て、

夜中に寒くて眼が覚めた。

小さな毛布のひざ掛けを体に巻きつけ、

はみ出した肩口にバスローブを掛けたのだが、

やはり寒かった。

秋だ・・・


あら、

小雨が降っている・・・

今日は午後から仕事に出る。

家を出るまでに肩こりをほぐしたい。

アリナミンでも飲んで…


ミャンマーでジャーナリストの長井健司さんが殺された。

このような事件に遭遇するたびに、

あゝ、この地上に、血で血を洗う戦場が存在しているんだ・・・・と、改めて思う。

何とかならないか・・・と誰もが考えるに違いない。

・・・が、がなり立てても…

大使館に抗議に行っても書簡を送っても、

変らない。


肩こりに利く薬じゃないが、

効き目のある “何か” はないのだろうか・・・


人が人の心をもつ・・・


争いのない関係は生まれ得ないのだろうか・・・


肩が凝る程度で鬱々としているときではない・・・


生い先短かろうが、


この世に生きている限り、


「どうすれば・・・」を


考え、追い続けなければならないのだろうと、

思うのだが・・・


若い頃は肩こりは無かった。


そういえば、この地上にも、原始の昔・・・

争いは無かった。


すべてを・・・

お互いに分かち合った。


獣の襲来から守りあい、

弱いものを助け合い、


心を一つにしようとして、

ことばを作った。


でも、肩こりの無かった以前に帰れないのと同じように、

そこには帰れない・・・(牽強付会か…これ?)

バッグにはデジカメをいつも入れておくのに、

肝心な時に撮り忘れた・・・


ある中華料理屋に入ってチャ-シュー麺と餃子、角煮を頼んだ。


しばらくすると、

ニコニコ「お待たせしました。チャーシュー麺と餃子、こちらは角煮になります」

・・・と、持って来てくれたが、


ショック!「角煮」といって置かれたのがチャーシュウだ。


ショック!「え、これ…何?」


ニコニコ「チャーシューです」


ショック!「さっき、コレ、角煮になりますって言わなかった?」


ニコニコ「いえ、チャーシュウーです」


ショック!「だからさ・・・僕が頼んだのは角煮だよ。今はチャーシューだが、そのうち角煮になるってこと?」


ニコニコ「コレ、チャーシューです。角煮になるんですか、これ?」


むっ「君が言ったんだろう、角煮になりますって」


にひひ「あ、すみません。間違えました」


むっ「何が?!」


・・・コレには答えずに、皿を持って下がった。


チンプンカンプンとはこれだ。

        ショック!

最近は、中国人のアルバイトさんが、

慣れない日本語で挨拶をする言葉に出会うが、

慣れるまで仕方ないと思う。


・・・同時に、お客様のを目の前にして仕事をさせる人は、

もっと気を使うべきではないのか・・・


「いらっしゃいませ」「ありがとうございました」

或いは、「おはようございます」「こんにちは」「こんばんは」

客商売でなくても、日常的な挨拶だ。

ろれつが回らないような言い回しをさせて、

お客様を前で働かせること自体、

働く彼等が可哀想である。

      ビックリマーク

使用者(オーナー)さん、

必要なレクチャーをする義務がありはしませんか?

顧客満足を考えない客商売なんてないはずだから・・・


ファーストフードなどで、

「いらっしゃいませ、こんにちは」

という挨拶が一般的になっているが、

「はい、こんにちは」

・・・と返事をしたら複雑な表情で、

「・・・はい」

と言われたことがある。


そもそも


「いらっしゃい」 は定番の挨拶で、

「こんにちは」

は相手の返事を誘発する掛け言葉として始まった挨拶だと聞いたような気がする。


つまり一方的な「いらっしゃいませ」という声かけから、

「こんにちは!」は相手にコミュニケーションを求めることばなのだ。

それが、いつの間にか「いらっしゃいませ、こんにちは」の投げかけだけになっている。

      ダウン      

      ダウン

さっきの男が皿を持って来た。

「済みませんでした。角煮になります」


面倒くさいと思ったが、

「これはもう角煮じゃないの?」

「はい。角煮になります。済みませんでした」


・・・・もう何も言う気がなくなった。シラー

苛めやリンチが話題になっている。


いま相撲界は様々な話題で賑やなさなか、

今度は、痛ましい事件が起きている。

     むっ

なんとも言いようのない事件である。

     むっ

体は大きいかの知れないが、

17歳の少年から青年へ成長過程にある若者が、

殺された(らしい)のである。

     むかっ

小学校や中学校での苛めではない、

国技(勝手な規定にせよ)といわれる相撲の世界で、

陰湿な苛めが行われていたのだ。

     !!

これはリンチ殺人事件に近い。

過失致死罪などという軽いものとして扱って欲しくない気がする。

     ダウン

僕も小学1年の頃苛めを受けた。


受けた苛めもそうだが、

苛めにかかわったことも忘れられないのではないかと思うが、どうなのだろう・・・


苛められたのは、

小学校へ上って翌月からだった。

級長に選ばれ、副級長はYさんという女性だった。

     音譜

教室の飾り付けや清掃の責任を二人で責任を持たなければならず、

授業終了後二人して点検して帰った。

     音譜

苛めは、その帰り道に受けたのが最初だった。

     爆弾

戦争の終わる年だったから、

空襲などでしょっちゅう休校になったが、

田舎のこと、思い出したように空爆があるだけで、

休校になるのは月一、二回だったと思う。


何時敗戦になっても可笑しくないのだが、

僕を苛めている2年生の親は職業軍人らしく、

人伝てに、陸軍大将だとか聞いたことがある。

      ショック!

そのガキが、昼休みになると苛めに教室に来るのである。

      あせる

「学校おわってから、女と残って何をしてる」

「アレしてるの見た」とか大声でわめいては、

      ショック!

押し倒し、ズボンを脱がせたり、上に机や椅子を積み上げて、


「死ね、国賊!」グー


・・・と言っては、周囲にいる同級生に、

一緒に 「上に乗れ」 とけしかけるのだ。


従わないと、

「おれ、お前の親父の名前、おれの親に知らせてやる。

国賊育てたといって、牢屋入りだ!」

などと、訳のわからないことを言っては脅しをかけるのだ。

       しょぼん

しぶしぶ僕の上に積まれた机などにのってくるのだ。


「おれは殺される・・・」

       !!

正直、何度となく、そう思ったものだったが、

生延びてきた・・・気絶したこともあったが・・・


副級長のYさんは、直ちに教員室に助けを求めに走ったのを知っている。


「分かった」

という先生だが、一度も教室に来たことはなかった。

       シラー

苛めをしている子どもが、陸軍大将(?)の倅だったからである。


「子どもはそのくらいでへこたれちゃいかん」と言っていたのを聞いたことがある。


胸が苦しい、腹部が潰れそうに痛い・・・

これが毎日続くのである。

学校に行きたくない・・・

「腹が痛い」

・・・と布団から起き上がらずにいると、

「嘘言って学校休むようじゃ、ろくな大人になれない」

たたき起こされ、追い立てられた。


時津風部屋の齋藤君はどんなだったのだろうか・・・

相手は、もののわからない子どもではない、

絶対の権力を持つ親方と、

逆らうことのできない兄弟子たちなのである。

        ドンッ

閉鎖された相撲部屋だ。

そこがすべて・・・の閉鎖社会なのだ。

        ドクロ

17歳という若い彼を、


        ドクロ

絶望のうちに死なせた責任は重いぞ!

クチコミネタ:KY(空気読み)力テスト

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本文はここから

「奴は空気を読めない!」
            爆弾
・・・と怒っていたK。
後輩の、これもイニシャルにすると、たまたまKになるのでLにしておくが、
20才は年下のLが、Kにとって腹に据えかねることをしたらしいのだ。
(Kの顔色が変わるほどのことを仕出かしたらしい)
            ガーン
「おれが先輩だからというんじゃないよ」

・・・こんなことを口にするのは、たいてい「自分が先輩なのに」
という思いが、何処かにあるということを意味している。
            ビックリマーク
つまり(先輩である自分に対する)Lの口の利きようがゾンザイだというのだ。

「すみませんが・・・の一言くらい言えばいいだろう」

話を聞いてみると、Kが問題にするほどの内容ではない。
            ダウン
Kが最初に口にした、”自分が先輩だ”という前提を外しさえすれば
問題にもならないことじゃないのか・・・?

Kを怒らせた内容はこういうことだ。

5~6人一緒の楽屋で、
出演用の衣裳をかけるハンガーがあるが、
Lは着替えなければならない衣裳を、
端から順番に吊るしておいたらしい。

そこに、Kが無造作に私物の衣裳を割り込ませたのだ。
          DASH!
それを見ていたLは、

「駄目駄目、そこにかけちゃ!」
・・・と、怒鳴りつけたというのだ。
          ドンッ
主役クラスでもある彼は、化粧をしながら集中している時だったようだ。
          はてなマーク
・・・となると、楽屋の空気を読めないのはKではなかったのか、
ということにもなりかねない。

口の利き方や、先輩後輩という立場を考えれば、
Lも空気を読めなかったと言えなくもない。

だが、この程度のことはいくらでもある。

この程度のことで目くじらを立てていたら、
世の中摩擦だらけになる。
          !!
・・・と言って、見逃しておけば、角が立ったりするかもしれない。
が、せいぜいそんなものだ。

大声を上げて非難し合うようなものでもないと思う。

「空気を読めない」も頭文字をとって、

KYというそうであるが・・・・

僕は、
 ダウン

「勝手な野郎」を指して KY にした方がピッタリ来ないか・・・、と思う。


今日の政界を見るにつけ感じるのは、

「空気を読めない」 程度のズレではない。

・・・勝手な野郎たちでしょうが・・・!

シラー得意げべーっだ!にひひしょぼん
ここで、もうひとつ・・・だけ。

他人をこき下ろしたり、悪口を先に言う奴の言葉には注意が必要だ・・・ということ。

たいていは、自分を徹底分析すれば、

他人の至らなさや嫌な所が、

自分の何処にも宿っていないなんて言い切れるものではないように思うのだ。

人の振り見て、我が振り直せ・・・

古臭い諺だが・・・、コレ、噛み締めていいかも・・・

「あいつは、KYだ」
なとという奴ほどKYじゃないの?にひひ

殺しの報道が多すぎると思いませんか。


人間は何処へ行くのだろう・・・

そんな思いに襲われます。


母親が子を宿した時、

この子に殺される…などと思うだろうか。

迷彩服を着て銃を持ち、人殺しをする英雄にしたい…と思うだろうか。

苛めを受けて自殺する子だ…などと思うだろうか。


人は、

人を殺すためにも、

殺されるためにも生まれてこない。


多くの人とともに、幸せを探すために生まれてくるのではないのだろうか。

よく生きるために生まれてくるのではないだろうか。


日に一件の殺人事件報道では少ないようになってきた。

「・・・えッ?」目DASH!

・・・と、息を呑む殺人事件の報道だったが、

「あゝ、またか・・・」むっ

に変わり、

「・・・」シラー

右から左へ聞き流すようになる。


こわい世の中になってきた。


せめて、事件の報道に接した時、

「どうすれば、このようなことがなくなるだろうか」

まで行かなくてもいい・・・


「何故?」!?


くらいの反応は、自らの中に残しておきたいと思う。