音温(ネオン)ビーム☆ -20ページ目

音温(ネオン)ビーム☆

Jazzyな未知の世界に挑む波瀾万丈ライフ♪ 

さて前回の続き、『大失敗ライブ』だ。 なぜ、失敗でなく大失敗に終わったのか、自分で分析してみた。 まず、

1)慣れないバークリーの授業に追われて十分な準備が出来ていなかった。→精神的に不安
2)帰国後翌々日のライブで時差ボケと疲労がひどかった。 →肉体的にエネルギー不足
3)ベーシストだけメンバーチェンジ

この点から、1)と2)はライブを行う上で最低限整えておかなくてはならない当然な条件だったということを痛感し学習したので、2度と同じ失敗を繰り返さないであろう。  そしてタイトル『彩』に関わる大きなミスが3)である。 もし私がコンディションが心身共に整っていたならばメンバーが一人変わろうがどうしようが、バンドを自分のカラーにして引っ張って行けたかもしれない。 この日はメンバー全員が互いの音を聴いていなかったというか、別々の方向を見ていた気がする。 色がはじいてうまくブレンドしていかないのである。 

そもそも何故、私はベーシストだけ変えたのか。という点だ。 前回のベーシストは全く問題ないどころか、すごく気もあったし彼の演奏もすごく良い感じであった。 にもかかわらず、、、 私は自分が敬っている知り合いのベーシストにお願いしてしまった。 彼のベースがとても好きだったので一緒にやってもらいたかったのと、この人が混じったらどんな感じになるのだろう、、、と変に期待してしまったのである。 これは後から知ったのだが、ベーシスト一人が変わったという事は私の想像をはるかに超える程の大きなミスだったのだ。 ピアニストもドラマーもそのベーシストとは以前、月に一度毎月レギュラーでセッションバンドをやっていた程なのでお互い良く知っているし、傍目には仲も良さそうだったのだが、実は違っていた。 仲こそ決して悪くはないが、互いに「あまり好きではないミュージシャン」だったというのを後で知った。 かといって、そこはプロ☆ ステージに立てば好き嫌い構わず素晴らしい演奏をするわけである。 

しかし! 怖い事にお客さんは見抜いているのである。 私でさえそこまで気付かなかったその微妙な空気に。 いくら割り切って、ポーカーフェイスで良い演奏をこなしているかの様でも、人と人との微妙な空気は良い演奏をしてても隠しきれない様だ。 そこが人間臭さの良い所でもあるとある意味私は思うのだが、聴いているお客さんにそんな空気が少しでも伝わってしまっていては、いくらすごい演奏をしていようが、良いライブでは決してない。 そんなわけで、私自信のコンディションも最悪だったのと、バンドメンバー同士の息が微妙に噛み合ないのとで、何をやっても空回りしてしまい、後味悪いライブとなってしまった。  何より来てもらったお客さんに申し訳なかった。 私自身、相当打撃を受けたというか反省モードからなかなか抜けられず、しばらくライブをするのが怖くなっていた。 が、成功したライブのひとつ、バークリーライブでは、この大失敗ライブから学習して、自分のコンディション、準備、人選、この3拍子をクリアし、良いライブをすることが出来た☆  とにかくこの時は、人選には自分のカンを信じて決めた。 上手い人はいっぱいいるが、そんなことよりも、良いものを一緒に作って行こう!!っていう思いが強く感じれる人にお願いした。 「私のリサイタル」ではなく、「バンドみんなのライブ」としてやりたいという気持ちがみんなに伝わってくれたお陰で、ライブ終了後には多くの人から「すごく良くまとまっててもっと聴きたかった」などと言ってもらえた。 このように言ってもらえるライブこそ、狙う色に近い良い感じにブレンドした『成功』ライブなのだと思う。 

自分(リーダー)の色がはっきりしていて強ければ強い程、どんな場所、人と仕事しても自分の色に染めてしまう、というのは一握りの人。 なかなかそうみんなうまくいかないものである。 一緒に交わる色を自分のカンを信じて選んでブレンドしていく、そんな重要な小技も身につけて行きたいものだ。 例え自分のカラーが十分に発揮出来なくても交わる色のバランスで、自分のカラーが強く映えたりするもの。  これから自分はどんな『彩』を出して行けるのだろう、、、♪  新たな人々との出会いが楽しみ~☆
「彩」という響き、好きである。 辞書を引くと「色が美しく交じる。 映える」とある。 音楽をやっている時、私はいつもこの「彩」を意識する。 音楽でなくても何か大きな事を人と一丸になって成し遂げる時には重要なポイントとなる。 以前にもブログで書いたが、司馬遼太郎が描く人間模様というか成功哲学に欠かせないもの、「士気」と大きく関わる。  士気を高める、下げる、で全ての勝敗が決まるのだ。 士気を高められると奇跡も起こる。 士気が下がってしまうと、成功が目に見えていたものまで一気に崩れて行く。 

では士気は誰がコントロールするのか? 

これは私の場合、自分が中心となるライブでは(ヴォーカリストはほとんどがそのケース)私がバンドの士気を左右することになる。 もしビジネスであれば、そのプロジェクトリーダー、店長、マネージャー、社長、というように先頭に立って引っ張って行く立場の人に当然掛かって来る。  一人残らず全員が同じ目的に向かって進む為にはリーダーが明確なヴィジョンを示さなくては行けない。 リーダーに例え迷いがあろうとみじんもそれを出してはいけないのだ。 より強いカラーをリーダーが持っていればいる程、他のメンバーは染まりやすいのだ。 いかに他のメンバーを自分の色にしてしまうか、要は洗脳してしまうか、といったところなのだろう。 

ここで私が思う大事なポイント。 絵の具を例にして考える。 例えば色素が『薄め』の色を大量に使い、他の様々な色を少しずつ混ぜて行く。  すると、、、、   最初の色を大量に使ったにも関わらず、後から混ぜた少量の濃い目な色のほうが、想像よりもはるかに表に出るのである。 なので更に最初の『薄め』の色を投じて調合し直す。  無駄に量がかさむのである。しかし、色素の濃い色を主に後から他の様々な色を混ぜて行くと、最初の色の量は少ないにも関わらず簡単に最初の色の影響を後から混ぜた色達は染まって行くのである。  要は量より質。 つまり、情報や技術の多さよりも、よりくっきりした濃い内容の技1つの方が強烈な力があるのだろう。

なんでそんなことを今更私はここで書いているのだろう。 と思うが、自分のやってきたライブを振り返って最近特に強く思ったり疑問を感じたりするのである。 そして書きながら自分なりに答えを探しているのかもしれない。 本格的なライブは今までに6回、やってきた。 その中で自分でも最高のライブで感動が忘れられない様なライブは3回、である。  ひとつは、高田馬場サニーサイドで初めてライブデビューした時。 ふたつめは、ボストンに来る直前に池袋マイルスカフェでやったライブ。 そしてみっつめは、バークリーで初めて自分のリサイタルをやった時。  共通してる点は、

1)自分がすごく集中出来て自分のカラーを出しきれた事
2)それによってバンドメンバー全員が私の出しているカラーに反応しついて来ている実感が確実にあった事。 
3)自分が裸になれる空気をバンドメンバーが作り出してくれている事。

ではあとの3つのライブは??  ということだが、他2つのライブは、良い意味でも悪い意味でも無難なライブになってしまった事。 そして残る1つは、今でも思い出すと辛い程の大失敗ライブである。 上に書いた2つめの良いライブは今までで一番最高のライブで、共演したバンドメンバーともお客さん全員とも本当に一丸になりオーナー曰く、オープン来、こんなに総立ちで盛り上がったライブはないと言ってもらえた程の出来だった。 そんなわけで、オーナーやバンドメンバー、そしてお客さんの強いリクエストで半年後私が一時帰国した際、再び同じバンドでライブをしましょう、ということになった。 これが後の『大失敗ライブ』になるのである。   うぅっっ、、泣  続きは次回☆
ロードスター

私は車の運転が大好きである。 よく車種や運転癖をみるとその人の性格がわかるなどというが、私は特に車種にこだわりは無い。 20歳の時の初マイカーは10年以上古い三菱ミラージュだった。 成人式をやりに帰国しない代わりに親に買って頂いた車である。 カリフォルニアの田舎町は車が無いとどうにも生活ができない。 古いにも関わらず本当に良く走ってくれたミラージュだが、一度助手席側をひどく当て逃げされ、ドアが開かなくなりあえなく廃車。 

次に購入したのは事故車のマツダ、ファミリアだった。 近所に住む車整備士のオッサンが、オークションで安く事故車を買って来てはそれを自分で修理し、安く売って小遣いにしていた。 私は学生でお金がなかったので、そのオッサンからファミリアを買った。 その車は事故車だが、まだほんのわずかしか走っていない状態で、内装も新品だし修理後の見た目は新車と変わらなかった。 普通の人だったらいくら安くてもそんな怪しい事故車は買わないのだろうが、私はそのオッサンの腕を信用していたし、全然気にならずに運転した。 ファミリアも御陰様でなんの事故も起こらず、本当に長年良く走ってくれた。   

余談だが、大学在学中にツアーガイドのバイトをしていて、リムジンまで運転していた私である。 最初はいきなりリムジンを運転させられ空港まで迎えに行き、慣れるまでさすがに怖かったが1ヶ月もすると慣れて来て自分のファミリアを運転するよりリムジンのほうが快適になったりするから不思議である。

大学も無事卒業し、シリコンバレーの大手日系半導体会社の重役秘書として就職できた自分へのご褒美としてファミリアを下取りにしてもらって、新たな中古車を買った。 しかしここに来て落とし穴があった。 最初はきれいに乗っているし、高めに買い取ってくれる筈だったのだが、車検の紙を見るや否やいきなり金額が下がった。すっかり忘れていだが、私の車は「事故車」ということでちゃんとデータに残っているようであった。 でも、そんな私を気の毒に思ってか、ディーラーのおじさんはかなり良い条件で引き取ってくれた。 そういえばよく考えてみたら私は新車を運転したことがないのか、、。 ま、車はちゃんと走ってさえくれれば良いのである。 しかし今回買い替えた車は、私がずっと乗ってみたかった車、「MIATA」である。  上の写真の赤バージョンだ。「MIATA」とは米国名の日本で言うマツダのユーノスロードスターである。 とても小回りが利き、安定感も抜群で、最高な車であった。 しかしアメリカというのは、「スポーツカー、赤」というと、ちょっとしたスピード違反でもターゲットになってしまうのだ。 この車に変えてから何かと違反切符を切られてかなり痛かった。 一番腹立たしかったのは、家庭教師の仕事帰りに「止まれ」を2カ所無視したとして、2枚いっきに切られたことだ。 あまりにも納得いかなかったので、法廷に行って来た。 アメリカでは納得のいかない違反切符をもらうと法廷に行って無実を主張できるのだ。 そのときの警察官が来ていない場合は自動的に無実になる。 しかも、その時初めて行って知ったのだが、とにかく法廷に行き、負けても訴えれば、違反切符は半額になるのである。 なんともおかしな、というかいい加減なシステムである。

ボストンは交通機関も発達しているので、車はいらない。 本当に経費が掛からなくて良い。 しかし不思議なのが、ボストン人は保守的で地味な人が多いのに、運転はとんでもなく荒いのである。  私も青信号で渡っているのに危機一髪でひかれそうになったことが何度もある。  そうそう、ボストンにはおもしろいレンタカー屋がある。 「ジップカー」という会社で、車を家の近くまで持って来てくれ、一時間単位で借りれるのだ。 しかも保険とガソリン代込みで一時間たったの$8.50(約千円)、もしくはまる一日約7千円で借りれちゃうのだ。 普通のレンタカー屋より半分くらい安い!! 友人も良く利用していて、すごく便利だと言っていた。 4、5人で借りるとかなり安く済むので、早速私も会員になってみた。 今週の金曜に早速借りてアウトレットにでも行って来よう♪
Astrud

ここ2週間、2つのレコーディングプロジェクトにお声がかかり参加した。 人様のプロジェクトに呼んで頂き協力できるとは、何とも光栄なことだ☆  ひとつは今週金曜に行われるピアニストのリサイタル曲の1曲をヴォーカルで参加。 桑田圭祐の曲をサンバで日本語とポルトガル語で歌った。 ピアノ、ベース、ドラム、ギター、パーカッション、ビブラフォン、ヴォーカルと7人編成の豪華なサウンドで、まだ完成品を聴いてないが割と良い感じにまとまったのではないかと思う。 

そして先々週は録音技術学部生の「Sound alike」というプロジェクトに参加した。課題曲はボサノバの代表作、「イパネマの娘」で、原曲をそっくりにコピーして録音するという内容だった。 各楽器で、自分のパートをしっかり聴き取って可能な限り同じ音に近づけるのだ。 これが簡単なようでやってみると意外に難しい事に気付いた。 私はアストラッドジルベルトが英語で歌うパートを歌うのだが、彼女の英語の発音や声の出し方やフレーズを出来るだけ真似て歌わなければいけない。 何度かダメだしを受け、ようやく完成した。 こうやって、自分の癖や表現方法を殺して人の歌い方を徹底するというのは初めての試みですごく勉強になった。 自分の歌い方も非常に客観的に見れたりするのである。 A.C.ジョビンが歌うパートを担当したチアーゴというブラジル人の友達は、声質までジョビンにそっくりでまるでジョビンと一緒に歌っている様な錯覚だった。 リズムセクションの人達もみんな原曲そっくりに奏でており、タイムスリップして自分もアストラッドになった気分で楽しかった! 

ちなみにこのアストラッド、現在はNY在住で歳も70代なのに、少女の様な甘くけだるいヴォイスは健在で、最近は自信で作詞作曲も手掛けている。 微妙に音程が外れるところがなんともアストラッド節というかボサノバ特有のけだるさが出ていて私は大好きだ。 まさにボサノバの女王!! kaorum憧れのヴォーカリストでもあります☆
sunギラつく真夏の太陽が黒い雨雲に抱かれて行く、、、

rain不安と緊張の合間に流れる一瞬の甘いイナズマ

雨雲きっと忘れる事の出来ない光が落ち、激しい大粒の雨に打たれそして雨雲は通り過ぎてく

虹
Summer Thunder, what a mistery! 再び太陽が妖しく輝き始める

私は空を眺めるのが大好きである。 ここボストンの短い夏の空は通り雨的な雷雨が非常に多く、何とも幻想的で心奪われる。 去年初めてボストンの夏を体験し、あまりにもこの現象が強烈だったので、なんとこの魅惑的な空をイメージした曲まで書いてしまったのである。 タイトルは「Summer Thunder(夏の雷)」。  きっとこれは私の最初で最後の作詞作曲アレンジした曲となると思う。 普段オリジナルなど書く私ではないのだが、そんな私を音楽で表現せずにはいられなくさせたこの空。 昨日、今年初の例の「空」が登場したので写真を撮ってみた。 そして今回は、私が書いた曲の詩と共にいくつか私の部屋から撮った写真を載せてみた。

3番目の雨雲の写真。 雨雲というと、真っ黒で毒々しい怖い感じの雲を思い浮かべがちだが、実際この雨雲に包まれてみるとそれはそれは甘い天国にでもいるような幻想的な空間なのである。 雲が微妙にローズピンクで振り落ちる激しい雨が光線のような感じで見えるのだ。 曲調は刑事ドラマ主題歌のようなスリリングでちょっとラテンジャズ系な感じです。 いつかお披露目出来る日が来ます様に、、、☆

kitajima



我がアパートに愛くるしいペットがいる。 ポルトガル語で「タルタルーガ」、日本語で「亀」さんだ。 東京の実家には頭が実に良い母親ダックス「茶ッピー」とその子供でなぜか実に頭が弱いポンクラなワンコ「ウィンナー」がいる。 母娘とも本当にかわいいのだが、画像が手元にないのが残念でならない。 私がボストンにいて半年に一度しか帰国出来ないのに2匹は私を覚えていてくれてるのだ☆ しかし母親の「茶ッピー」のほうは、私の父にだけ忠犬で、私が散歩に連れて行っても父が一緒でないと後ろを振り返ってばかりでどうも落ち着かない。 一方ポンクラで誰にでも付いて行くが愛しくてたまらないチビ「ウィンナー」。 ボストンで築1世紀のぼろアパートに住んでいるとなんともこのコ達が懐かしく、恋しくなるのだ。 うちのアパートはペットOKなのだがいずれ帰国する身としては無責任に大きな犬猫は飼えない。 持って帰れそうで平和なペット、、、ということで「亀」ちゃんが選ばれた。 名前は「キタジマ」。 実はこの写真のコは2代目キタジマである。 初代キタジマは今年の冬に我が家に来たのだが、「くさがめ」という種類の赤ちゃんで、大きさがなんと500円玉程しか無かった。 そんな小さな体でもこの極寒の中、亀ショップから配達されて来て一生懸命生きてくれたが、大きな水槽に変えてから3日後位で息絶えてしまった、、、。 うちに来てまだ2週間程しか経ってないのにも関わらず情が湧いてしまっていてルームメートと抱き合って大泣きしてしまった。 一緒にアパートの中庭に埋葬してあげた。 中庭は春にはたくさんの花が咲く。 あまりの悲しみにもう次はしばらく考えられなかった。 

ちなみになぜ「キタジマ」なのか? というと、この初代キタジマの顔がさぶちゃん似だったことと、ちっちゃい体ながら実に器用に泳ぎ、その姿はまさに金メダリストの北島康介だったことから、二人の名字をとる運びとなった。 2代目を飼おうと決めたのはそれから約3ヶ月過ぎた春だった。タイミング良く私の誕生日前日に我が家にやって来た。 今度はCDくらいの大きさの「ミシシッピマップ亀」という種類。 亀は亀でもいろんな種類があり、あまりにも「爬虫類」的な感じの種類は苦手なのだが、このマップ亀は、漫画チックでとても愛嬌ある顔をしていて、目もパッチリしていて本当にかわいいのだ。 親バカだが、めちゃくちゃお茶目でかわいい。 ルームメートと名前を考えたが、やはり「キタジマ」という呼び名に愛着が湧くので、「キタジマ二郎」とでもしておこう、ということになったのだが、よく配達物をみてみると、「メス」と書いてあった。 おっと二郎ではマズかろう。 首の当たりにとてもきれいなタンポポのような黄色い模様があることから、「キタジマタンポポ」と名付ける事にした。 私は「タンちゃん♪」と呼んでいるが、来客は相変わらず慣れ親しんだ「キタジマ」で呼んでいる。 亀にあまり興味ないどころか好きじゃない人でさえ「キタジマ」を見て「私も亀、飼いたくなった~!」という友達が何人かいる。 キタジマは本当に茶目っ気たっぷりで漫画みたいな顔でかわいいのだ。 顔のアップが撮れないのが残念だ。

でも、この「キタジマ」は絶対長生きしてくれる予感がする。  彼女の存在は最高の「癒し」だ。ウィンクも出来ちゃうのだ♪  キタジマよ、先代の分までたくましく生きておくれ☆  そして私は亀のごとく焦らずゆっくりボチボチ生きて行こう。

パチカ



今、ハマっている事が2つある。 ひとつは上の写真の妖しい物体『パチカ』。パチカとはアフリカから来たパーカッションで、シェーカーに少し似ている。 しかしシェーカーとは比べ物にならない程いろんなリズムを刻め、しかも楽しいのだ。 ビリヤード大の玉のなかにシェーカーの元となるシャカシャカするものが入っていて、一本の短いひもで繋がっているだけの簡単な作りなのだが、これが両手で玉を前後にまわして振りながらカンカン玉に当てると実にゴージャスなリズムを刻めるのだ。 バッグに付けたり、パンツのベルトループに付けたりするとお洒落でしかも常備できるので気軽にどこでもシャカシャカ出来る。 最近日本から来た、私のアパートの真下に住むパーカッショニストがそれをいつも腰に付けていて暇さえあるとシャカシャカやっているのである。 ボストンではかなり珍しい楽器のようで、振っているだけで物珍しさで人が集まって来る。 しかも彼は自由自在にパチカを操れ、見事な裁きを見せてくれる。 私の「リズム感を鍛えたい病」になんともぴったりの遊び心たっぷりの楽器、パチカ。 これが簡単そうで、難しいのだ。まず思う様に玉が回ってくれない、、、。 しかしリズム感の良い人はすぐにコツを掴んでカンカンと軽快に玉をまわす事が出来る。 私はコツを掴むまで時間が少しかかったということはリズム感が悪い、ということであろう。 トホホ、、、。 しかしある夜、ブラジリアンライブを見に行った帰り、ほろ酔い状態で振ってみると、なんと調子良く玉が回り、良い感じでリズムを刻めているではないか!! 要は体の力を抜き、遠心力を利用してシャカシャカ振ると上手くいくのである。 ゴルフの要領と似ている気がする。 いや、きっと全てにおいて、力を抜き自然の力を上手く利用すれば事はうまくいく世の中なのかもしれない、と思った。 歌もそうだ。 力を抜き、呼吸の力を最大限に生かせばきっと驚く様な良い音が出るものなのかもしれない。 いいや、確実にそうだ。 頭でわかっていても体得するには時間がかかるが、きっと全ての事は同じ要領なのだろう、、、。 力を抜く大切さ、再確認した。  ネットで『パチカ』と打ってみると、パチカ連盟なる団体がいた。 日本でも地味に流行りつつあるようだ。 ボストンではブレイク間違いないと見た!! なんとしてでも楽しみながら体得したい楽器である。 飽き症の私でも暇さえあればシャカシャカいじり続けられるので、これは続けられそうな良い予感がする☆ 

もうひとつハマっているもの。 ハマっている、というか今、学校でウェブデザインのクラスを取り始めた。 全くその分野にはうとい私なのだが、自分のホームページをいつか自分の手でデザインし、開設出来るというのは何だかワクワクする。 基礎の基礎を今、習っているのだが、「なるほど、こういう仕組みになっているのか、、、!」と、タグの書き方や配置をなんとなくわかってきた。 課題でリンクページを設置しクリックしてうまくたどり着けると、大げさな程感動してしまう今日この頃☆  このアメブロに写真を載せるにも何やらへんてこな暗号みたいな文字がダ~っと出て来て最初訳がわからなかったが、タグを勉強している今、タグのレイアウトを見ると参考になる。 来月までにはリンクの貼り方以外にも音源の載せ方、ビデオクリップの付け方も習得する予定なので、私の音やライブ画像も近々ウェブ上で聴いてもらえるかもしれないです! 今からドキドキ♪ 今週の宿題は、ウェブ上に音源を載せるプロジェクト。 うまくいくかな、、、?
私の人生のバイブルとも言うべき本がある。 タイトルの「司馬遼太郎」の本だ。 私はどうやら現実主義な性格のようで、本も歴史ものやドキュメンタリー、エッセイ、専門書のような、現実的なものばかり好んで読む。 そして映画やCD鑑賞より、舞台やライブ鑑賞を好む。  なので人を好きになるときはたいてい自分と正反対の「ロマンチスト」な人に惹かれる傾向があるようだ。 まあ、男の人は女よりもロマンチストな人が多い気もする。 

司馬遼太郎の本は、ただ単に歴史小説なのではなく、とても奥の深い人間哲学が盛り込まれている。歴史の人々の人間模様を映しつつ現代社会にも通ずる人間的魅力のある人とはどういった人か、また素晴らしい素質を持っていながら世に出ず埋もれたままでいた人物や、凡人ながらも人を惹き込んで運と時勢を味方に成功していく人物をいろんな角度から司馬節で観察分析し、物語が進んで行く。 私は恋愛小説などは興味ないのだが、司馬遼太郎の本では実にこの繊細で切ない恋愛模様をみごとに表現しているのである。 男の立場の気持ち、女の立場の気持ち、その表現方法が現実味を手に取れる程感じながらもなんともロマンティックなのだ。 歴史小説という一見重苦しくて入りにくそうな分野だが、彼の作品は例外無く1ページ目から不思議と吸い込まれる様に簡単に入って行け、非常に読みやすいのである。 そのくらい不思議な魔力を持つ本だ。 私は自分が凹んだり弱っている時は以前ブログにも書いたが、森林浴をしたり、司馬作品を読むのである。 司馬遼太郎の本を読むと本当に不思議な程、心が浄化されエネルギーをもらうのである。 まさに私のバイブルである。

そんな司馬遼太郎との出会いは10年以上前の事。 いままでの人生で一人だけ私の片思いで終わってしまった人がいるのだが、その彼の愛読書であった。 これがなかなかくせ者の人で、性格もめちゃくちゃひねくれてて人相悪くプライドも高くて、そんなわけで彼のまわりには友達らしき人が一人もいなかった。 サンフランシスコの大学に行ってた頃のルームメートだったのだが、自分でも「オレの中学時代のあだなはヒトラーだった」などと独裁者的な性格を表すようなことを言っていた。 こんな変なヤツを何で好きになったのかはいまだに自分でも??なのだが、その頃は自分でも不思議なくらいどんどん惹かれて行く自分がいて生まれて初めて「告白」までした。 もちろん相手にそんな気もない事は知っていたのでただ好きだった事を告げただけで付き合ってくれなどとは言いもしなかったが。 とにかくまれに見る強烈に性格の悪い男だったが、一緒に住んでいたのでそんな中、意外と純粋な面や優しい所がちらりと見えたりするのであった。 鬼の面にも、、、ってやつでしょうか? そして何より私は自分より何かしら飛び抜けて優れている人に弱いのである。 彼はどうやら運動神経が良い様で、ゴルフをやっていたのだが常に80前後で回るような腕だった。 リビングでよく素振り練習をしていたのだが、フォームがうっとりする程、美しいのだ。 そんな彼の影響で私もゴルフを始めたのだが、ゴルフなんてオッサンのやるものだと決めつけていた自分が信じられないくらいゴルフの楽しさにハマり、彼にいろいろ教えてもらったお陰で私も100をきって回れるくらいになり、フォームもきれいだと良く一緒に回る友達に褒めてもらったりした。 普段意地悪なヤツだが、友達がいないせいか(!?)面倒良く教えてくれた。 

そして良く本を読む人だった。私は本を読む男の人が好きなのだ。 ある日、何をそんなに読んでいるのか聞いてみると、たくさんある本の中でも80%は司馬遼太郎の本だった。 私はその頃分厚い大学の教科書を何冊も読むのに精一杯だったので、本を読む事からずっと離れていたが、好きな人がこれほどまでに読みまくる本とは一体どんな本なのだ??? と興味津々で読み始めたのがきっかけである。 なるほどなるほど、、であった! なんでこんなにもこの人に惹かれるんだろう?という謎も司馬遼太郎の本を読む程に解る気がした。 そしてこんな質問をしてみたのだった。

「戦国時代で好きな人物は誰?」と。 しばらく考えて答えた。

「黒田官兵衛、、、、かなぁ」

織田、豊臣、徳川の背景にはうっすら登場する人物だが、主だって世に出た人物ではない。なぜかを聞いてみると、「頭が切れて天下をとれそうな人なのにも関わらずそれをあえてせず、秀吉の影の実力者として徹した彼になぜか興味をおぼえる」と言っていた。 んん? どんな人なのだろう、、?とずっと謎のまま、黒田官兵衛が主役で描かれている司馬作品をまだ読んだ事がなかった。 そして10年経った今、黒田官兵衛を中心に物語が進んで行く司馬遼太郎の本、「播磨灘物語」というのを今、私は読み始めている所である。 官兵衛の描写を読み進めて行くとなんとなくその彼にかぶるような気がする。 多分似たタイプなのだろう。 どんな人物なのか、そしてどのように官兵衛を中心とした物語が繰り広げられ終わるのか、楽しみである。 ちなみに私が好きな人物はこれまた天下をとれなかったマイナーな土佐の大名、「長曽我部元親」である。「夏草の腑」という作品で描かれている。元親というより彼の奥方が好きだったとも言える。 いや、きっと二人の夫婦像が好きなのかな、、、☆
前回の続きだが、「リズム感を鍛える=脳細胞に計り知れない刺激を与える」という新たな発見をしてしまった。 これは音楽をやっている人いない人に関わらず間違いなく大きな影響を与える。 「リズムを意識した生活」をちょっと取り入れるだけで脳細胞は活性化され、その結果、いろんな意味で今までに考えられなかった様な新たな可能性が開けて来るのである。 

一番身近で簡単なものは、「歩き方」だ。 歩くのは空気を吸うのと同じ様に無意識に行う。 空気を吸うのも歩くのもいちいち意識していてはたまらないが、どうせ無意識にするものであればある程、有効的な形で無意識に行いたいものだ。 歩くのは誰もが日常取り入れているリズム。その歩き方のリズムをちょっと意識するだけで想像以上に脳細胞を活性化し、思いも寄らぬ副産物が産まれるのだ。 人々の歩き方をボ~っと観察していると、その人がどんな人なのかわかるものだ。 あのMiles Davisは人の歩き方を見ただけで、良いミュージシャンかどうかがすぐ解ると言っていたそうだ。 リズム感のある歩き方で、姿勢も自然と良くなり自信がある様に見え、全てに関して「キレ」が良くなるのだろう。 人々が心地よく感じる瞬間というのは、この「キレ」の良さを感じ取った時なんだと思う。  自分を振り返ってみる。 う~~~ん、、、 私は確かにいろんな面で「キレ」が甘い。 こりゃいかん!!  ということでタイトルの「脳細胞活性化計画」である。

リズムを鍛えるといっても簡単そうでこれが全然単純ではない。 意識してリズムを感じる生活をずっと積み重ねて行かないと無意識になっていかない。 ではリズムを鍛えるにはどうやって入って行くのが良いのか考えた。 そしてひらめいた☆ 「イメージトレーニング」だ。 まずちゃんとリズムを刻めてる自分を想像出来ないと、いまいち掴めないものだ。 例えば歩き方。 ただ右、左、右、左、と足を前に出すのではなく、右をステップしているときに頭の中に3連譜感じるのだ。123、左足123、、、そして3にアクセントをつけるイメージで歩く。 3は実際には腰で感じるようなイメージだ。 普通に歩いている様に見えても体の中ではそれこそ「スイング」しているような感覚で歩く。 大げさに例えるとモデルの歩き方は、これが基本になっているのではないかと思う。 そして今私が新たに始めたトレイニングは「ラテン、ヒップホップダンス」である。 ラテンダンスの特徴として、上半身と下半身が別々の動きを取る。 例えば上半身を動かさずに腰だけ前後左右に動かしてリズムを刻む。 ヒップホップダンスの特徴は上下に付け加えて左右別々の動きだ。これは先生の踊りを見ながら自分の中にイメージを描かないとなかなか同じ様な動きが出来ない。 まねをしてみても、何ともキレの悪い動きでしかないのだ。 体を前後左右バラバラに違う動きをさせることは何と難しい事なのだ!!! と痛感した。 笑っちゃうのが、あまりに必死に付いて行こうとすると右足と右手が同時に前に出て、妖しい動きになってしまってたりする。 でも回を重ねるごとにイメージしていることが体でほんの少しずつ具現出来る様になると、「嗚呼、今まで使ってなかった脳細胞、体細胞を一気に刺激して起き上がって来るもんだな~!」とワクワクしてくるのである。 道のりは長そうだが、ゲーム感覚でキレのあるリズムを体内に宿らせたいものだ、と思う今日この頃だ。 あ、そうそう、イメージとリズムの関係について、ドラマーの友達がとても興味深い事を実践して教えてくれた。 例えば夜、東京タワーを見て、その詳細なイメージを頭にインプットし、目をつぶりながら指でそのイメージを描くのだそうだ。 そしてその様子をシャッタースピードを遅くした状態で写真を撮る。詳しい方法は忘れてしまったが、目を閉じて指で描いたイメージが暗闇で明るい線となって映し出されているというのだ。 映像的にもアートなおもしろい写真だが、目を閉じて指で空に描いてみたイメージが視覚的に画像となって確認できるのはおもしろいな、と思った。 イメージトレーニングは続けて初めて効力が生まれるので、続けて行かねば!
細胞とは恐ろしい物で二十歳を過ぎ、使わなくなるとどんどん死滅していくらしい、、。 私は複雑な事が嫌いだし、物事すべてsimple is the best, less is moreだと思っている。 なのでいっそのことこのまま細胞を活性化させず単細胞人間を極めるのも良いかな、、、とも思うのだが、私は中途半端な向上心が生まれつき備わっているようで、自分のダメなところをなんとかしたいともがくのである。 

私は体が固く、そして指圧師泣かせの背中を常備している。 付け加えて呼吸が浅い。 子供の頃、水泳を長く続けていたせいか浅い呼吸でも変に耐えられるので体に酸素が行き届いてない気がする。確実に普段使っていない筋肉の箇所が多い為、細胞も活性していなかろう。 こりゃいかん!!! ということで私は1年前からヨガを始めている。 飽き症な私だが一度自分に合うと感じるとかなり長く続けられるようで、今も暇さえあればせっせとスタジオに通っている。 しかしヨガとは素晴らしいもので、ただストレッチするだけでジョギングやマシンでハーハー苦しむ運動量と同じくらいの汗をかくことができ、肩こりがなくなるのだ。 しかし私の悪い癖で、呼吸がなんせ浅いので、ポーズを取っているときも気がつくと呼吸をするのを忘れていたりするのである。 ヨガは呼吸を大きく取る事に意味があり、それによって初めて効果が出て来る様だ。 要は酸素を有効的に体に送り込まれて初めて細胞も活性化されるということであろう。 1年もせっせと足を運び続けているお陰で、新陳代謝がかなり良くなっているのが実感出来る。 まず私はどんなに運動しようが猛暑であろうが汗をかかなかったのが、今ではちょっと歩くだけでも汗が出る様になったのだ。 しかも汗の出にくい太ももやふくらはぎからも出る様になり、ほんの少しだが引き締まった気がする。 私は歌うたいだが、歌を歌う時にもこのヨガの呼吸法は役に立つようだ。 しかしまだまだ先生には呼吸が浅いと言われてしまうが。 歌は大きく息を吸っておなかに空気を溜めて横隔膜を膨らまし続け、吐く空気をコントロールすることによって音程が安定し声を自在に操れるのだと言う。 普段深呼吸というものをめったにしない日常だが、意識的に取り入れていくといろんなことに効き目が現れる様だ。 そういえば以前、ブログにも登場した「不思議なおじさん」も深呼吸を一日に10分でも毎日する事によって直感が冴えて来るようになると断言していた。 深呼吸、あなどれない。 

体の細胞活性化は成功し今も続けているが、他にも脳細胞も死にかけてることに最近気付いてしまった! 私は音楽をやっていて一番の致命傷はリズム感の悪さだと思っている。これをなんとか克服したいと思い、良い方法はないものかと長年考えていた。 友達に聞いてみると、「ドラマーにコツを聞くのが一番わかりやすい」とのことだった。 リズムというのは凄腕のドラマーでさえ苦しんで時間をかけて体で覚えてより正確により安定したリズムを刻める様になり、どんなジャンルのグルーブのリズムも刻める様になるそうだ。 ドラマーは手足左右別々の動きをさせなければならない。 普通の人よりも断然脳細胞に刺激を与えているに違いない。 しかし脳細胞を活性化するコツなどあるのだろうか?? 続きは次回♪