『系図』

 

作:三木卓

 

 

 ぼくがこの世にやって来た夜

 おふくろはめちゃくちゃにうれしがり

 おやじはうろたえて 質屋へ走り

 それから酒屋をたたきおこした

 

 その酒を呑みおわるやいなや

 おやじはいっしょうけんめい

 ねじりはちまき

 死ぬほどはたらいて その通りくたばった

 

 くたばってからというもの

 こんどは おふくろが いっしょうけんめい

 後家のはぎしり

 がんばって ぼくを東京の大学に入れて

 みんごと 卒業させた

 

 ひのえうまのおふくろは ことし六十歳

 おやじをまいらせた 昔の美少女は

 すごくふとって元気がいいが じつは

 せんだって ぼくにも娘ができた

 

 女房はめちゃくちゃにうれしがり

 ぼくはうろたえて 質屋へ走り

 それから酒屋をたたきおこしたのだ

 

 

三木卓(1935年 - )

詩人、小説家。

「鶸」で芥川賞受賞、『ぽたぽた』で野間児童文芸賞はじめ多数の文学賞、児童文学賞を受賞。詩、児童文学小説の各分野で優れた業績をあげ、アーノルド・ローベルの翻訳シリーズはロングセラーとなっている。

 

 

 

 

香薬のあじわい

 

 

自分が生まれてきたときに

親たちがとった、行動の一例。

 

こうして客観的な

状況証拠としてつきつけられると、

 

首根っこを押さえつけられたような、

逃げられない状況下で

 

「愛されているんだ」

 

と、イヤでも認めなくちゃいけなくなる。

 

 

言葉じゃない。

理屈ぬきで、

生まれたことを喜んでくれる存在。

 

特別なことを教えてくれなくても、

ただただ、身を粉にして

働いて食べさせてくれてた

 

この事実は、

「愛されている」という、まぎれもない証拠。

 

どんなに斜に構えても、ひねくれても、

この事実だけは、

正面で受け取らなくちゃいけない。

 

そんな、有無を言わさぬチカラをもった

強い詩です。

 

自分の存在価値がわからなくなった時、

「理屈なんかない。あなたが生まれて、

私は本当にうれしかったんだよ。」と

シンプルに力強く言いきってくれる。

 

ひとりで悩んで歩ているつもりでも、

あなたたちがいなかったら

私は生まれてこなかったのだと。

 

 

 

 

 

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