昨日あった大学野球の早慶戦の決勝戦で、素晴らしいプレーをした早大の4年生エース斉藤祐樹選手が、早稲田の学生服姿でもってインタビューに答えているのを、車のテレビで観ることができました。

午後にあるバラエティー報道番組の中で、早大からの生中継をもって会見模様が報道されていましたが、これほど人気をもってマスコミに持て囃された新人選手はいたのだろうかと、考えてしまったほどです。

夜のニュースを観て驚いたのが、各局が斉藤選手と生中継のインタビューをしていて、同じような内容をもって斉藤投手を鼓吹させていました。

マスコミとの蜜月をメディア各局が、思い切り擦りそっているかの様子が窺えたのですが、投手能力抜群で、野球観もセンスも個性ある豊かな表情に、これからますますファンが増えてくれることでしょう。

にこやかにして真のある繊細な心配りができるのも、もって生まれた才能なのでしょうが、現代の若者として素晴らしく誇れる人物ではないでしょうか。

軽妙なユーモアを駆使するセンスも抜群で、身に備わっている人格と品位が彷彿とさせてくれて、こうした人馴染みがし易いことが幅広い人気を保っているのでしょう。

滑舌も良く声質も自然に聴きやすい良質さを備えていて、さぞかし親御さんとすれば家族の宝物でしょうし、矜持できる素晴らしい一員として将来が楽しみになることです。

斉藤家の一員でなくとも、将来の成長や活躍ぶりによっては、国民のアイドルとしてだれからも親しまれて、一人一人の心の中で元気に励ましてくれる、爽やかな人物となってくれることも期待できます。

子供のころに国民のアイドルとして人気があった、巨人軍チームと横綱大鵬と卵焼きがあまりにも大き過ぎる人気をもって、生きる活力としての大きな存在感を示していたことがありました。

長嶋選手や王選手を擁する最強の巨人軍と、圧倒する強さを誇る大鵬関と誰からも親しまれて食された卵焼きを、しばしの郷愁をもって懐かしく思い返しているのですが、情報化社会の先端を行く現代社会では、どのようなアイドルが国民統一の目標となりえるのでしょうか。

野球にしてもアイドルが多様化していて、各球団も戦力が均等化されている時代では、際立った人気選手も様々な個性を持っている現実があります。

斉藤選手がどのような姿で国民の人気を背負ってくれるのか、清純真摯な純情選手の誕生が久しぶりに感じ取れるのですが、是非とも国民的なアイドル選手として、幅広い人気を集めてほしいものです。

ゴルフプレーヤーの石川遼選手のような、奢ることなく自分を俯瞰できる厳しさをもつ、素晴らしい褒め言葉がでる選手生活を継承してほしく望みます。

東京スカイツリーも完成まじかな時代に、その時代を担う寵児が表れて、社会を明るくしてくれることが、何かをもっている身だと、ご自身が断言している様子がありましたが、生きる活力を鼓舞できる国民のアイドルとして、大きな期待をもって応援ができる喜びをかみしめているところです。



比較的穏やかな陽射しに誘われて、本来ならばリハビリをかねて散歩をしながら、事業所先への現況把握をするところであったのですが、やっぱり体力が落ちているのか、陽気に誘われたのか自転車に乗ってしまい、ほぼ一時間のサイクリングをすることになりました。

暖かな陽射しとは言え、自転車に乗って風を切れば寒さも違い、防寒の意味で薄手のブルゾンを羽織り野球帽を被って自転車に乗ってきました。

通い慣れた道でしたが、走るスピードと身に着けている服装がいつもと違った意識を芽生えさせてくれて、風を切る感覚を存分に楽しみながらも、自転車のスピードが速い分注意力が敏感になっていたようです。

歩く速度では考える能力もそれ相当に俊敏にさせて、注意力も何倍かに働くことになり、すれ違う車や歩行者に敏感に気を遣って、走る風をまともに受けてきたのですが、曲がり角や狭い場所の交差には、歩行する時の何倍もの動作が必要になってきます。

加齢からくるのか、運転する動作が緩慢になっていて、その自分自身の判断能力や技量がおぼつかないことに、多少のイライラを感じながらも、心地よい風を身体に受けることができました。

時々年齢を考えずに両手を離したままで、角を曲がってみたりして、危険極まりなくとんでもない自転車暴走族を遣らかして、無事に帰ってきたからこそ、気分高揚のサイクリングができたようです。

なんだか、オープン・スポーツカーをこよなく愛する、高齢ドライバーの心境が分かってしまったようですし、人が持つ本能的な気分爽快を身体で受け止めることは、本来的には時代の変遷に無関係のようです。

すっかり身体が適応能力を無くしてしまっていて、風を切る時間が長引くほどに、骨身にしみる寒さを味わうのですが、爽快さも若さを満喫させる技と心得れば、もっともっと外気をふんだんに身体に染みわたらせる必然性を認識させたとところでした。

暑ければエアコンの設備の整った建物や車で生活をしてしまいますし、寒ければ暖房の効いた屋内に閉じこもってしまい、便利で生活のしやすい安易な現行は、実に生活がしやすく楽で暮らし易い環境なのですが、自然の厳しさや優しさのありがたさが、年々希薄になってしまう心配をしてしまいます。

どんなにか暑い日でも厳寒の日でも、生きる生活を工夫させて、母や祖母が工面をしてくれたことが懐かしく、家族の絆や愛情の深さをごく自然に、日々の生活から学びとっていたようです。

綿入れ袢纏や手編みの毛糸の手袋や帽子が、家族が暖を取る炬燵にいる時間に、女手によって日ごとに出来上がる様子は、同じ家族からすればなんとも親や祖母のありがたさが伝わってきて、大きな情操教育になっていたのでした。

暖にしたところで、炬燵一つに大勢の家族が揃って入るのですから、それぞれの家族一人一人が自覚をして、家族を支え合っていたことが暖以上の温もりを醸し出してくれ、お互いが弁える大人が育つことができたようです。

何でも共有させることが当たり前の時代背景に、何の不満もなく育ったことが、どんなにか家族の一員の仲間としていれる幸福感を、心の中に膨らませることが極々当たり前であったのです。

久しぶりに自転車の走行をしながら、なぜか大自然が豊かであった大昔のことを思いだして、行き来する歩く人々と家族が、きっと優しい心をもって家族愛を発揮させることを願ってしまったのでした。



書くものであると、意識的に自分の意欲を鼓舞する日記を、日々毎日書き続けることを初めて見たのですが、約6年間で2回ほど断筆せざるをえないことがおきました。

確か、独断偏見の記憶によれば、連日配信ができていた現実には、書けない日があっても後日に書き足した文面を、遡って日時を訂正してみたり、何とかこじ付けをさせて体裁を保ってきたことがありました。

昨年の冬にあった入院生活中でも、病室で何とか連日配信の体裁を整えることに専念してみたのですが、体力的と病院の環境が厳しくて、ついに断念をして約半年間は日記から遠ざかってしまいました。

実に不思議なもので、くだらない拙文を書き配信することだけに固守してきたのですが、一端断念して諦めの境地に入ってしまうと、今度は書き出す自力と意欲が出てこないものでした。

心筋梗塞を罹患してからは、自分の体力も気力もどのようにさじ加減ができるかも、良くは把握することができなく、不安と期待感を持った毎日でしたが、なかなか筆を持って継続させることのパワーと切っ掛けが見つけられないものでした。

今回は年齢からくるものなのか、気力が衰えてきた様子でして、先週行った、たった一日の外泊旅行から帰宅して、日記を書きこもうとパソコンにむかったのですが、強い睡魔が襲ってきてしまい、全く無気力な書けない状態になりました。

まったく思考能力がないのが良くわかり、書こうとする意欲が薄れてしまい、パソコンの前に座っても居眠りが先になってしまい、日々自分に課せている誌面の文字数の文章が捗らないのです。

先ずもってアイデアも湧かないし、絶対的な義務感や配信する責任感が課せられてこないのですから、結果的にだらだらした時間が流れ去るだけでした。

一端気力が切れて萎えてしまいますと、この気力を高めることが結構エネルギーが要るものでして、意識として思い描いても、まったく変幻自在な自由度が身に湧かないのです。

なるべく書くことができる専念時間を融通してみても、積極果敢な意欲が湧いてこないのですから、やる気を起こして行動させることの肝心さを、存分に肝に感じてしまたのでした。

もっと厳しい生きざまに専念をさせることが、身をもって身体に馴染ませることの慣習が必要ですから、書く習慣の継続を心がけていきたいものです。

ただ習慣的に書き込んで配信をさせれば事が済むことでなく、稔りある配信とさせてみて、自分も意欲が高まってくれて、読み手の方も何かしらの気付きを得れることを心がけているところです。

毎日毎晩ですが、気力が充実してこそ自身の学び取りができ、それを反映させるなにかしらの気付きが身に着けることができる事実を、自分の誇りとさせて生きる励みにできれば嬉しいものです。

何かを書き込むことが嬉々とさせて、書き手も読み手も運気を導くほどのパワーを発揮させることができれば、どんなにか価値ある時間となるかと、すこしばかり奢る気持ちを高めているところです。

今後は、感じて思う気持ちを素直に表現させて、自在に上手く文字化させる能力を発揮させることが、一つの願望になっておりますこと、いつになったら現実に表現っせることができるのでしょうか。

毎日義務化されてしまっているかもしれないのですが、せっかく書くからには、価値あるネット上に配信をするのなら、もっともっと意欲や意識を高めて、能動的に喜びを身に着けて表現させる書き込みができるようになりたいものです。

形骸的な時間ではなく、躍動感ある生き生きした感動を少しでも伝道させることができれば、相互の喜怒哀楽の共有ができて、いつかは何かのご褒美を掌にできるかもしれませんことを、サラサラ夢見をしているところです。



もう先週のことになるのですが、中国や韓国や台湾、バングラデッシュ、ケニア等からの奨学生総勢20名と一緒になって、静岡県にある奨学金制度の切っ掛けを作ってくれた、米山梅吉さんの記念館を拝観してから、初めて米山梅吉翁のお墓参りをしてきました。

米山家が地元でも相当の素封家であったことがわかる三島市長泉の街、墓地としては広大な敷地がありましたし、米山家代々とは別のところに梅吉翁の墓地が独立して存在していましたことが、その功績の大きさを物語っているようでした。

長泉の街の一角には、ご子息さんの資金と全国からの支援を受けて造られた、個人記念館が残されているのですが、その脇には二階建ての立派な新館の記念館があるのですが、旧館には10数年前に二度ばかり訪問をさせてもらっています。

奨学生等や親代わりになっている、カウンセラー等が同乗した観光バスで到着したのですが、記念館の周囲は当時からすると、すっかりと風景が変わっていて、一昔前に来た時とはまったく違った明るい新興街の様相が待っていてくれました。

記念館の中には、東京で生を受けて三島の街で成長し、東京での学生時代から8年間のアメリカへの渡航と、帰国してからの活躍ぶり等を、記念館の学芸員から縷々説明をうけることができました。

帰国してからは、三井銀行時代の活躍ぶりが窺えて、日本経済の草創の期に、大きな功績を残されていて、三井銀行の主宰者の一人として大手腕を振るって、日本経済の発展の一助を担った方です。

なによりも我が国初めてのロータリー・クラブを東京に設立させて、三井信託銀行の創立から係った事業家としての活躍と成功は、世の中に一層施しをする自責の念に駆られていったようです。

今では全国のロータリアンから理解と支援をうけて、奨学金制度の運営がされているのですが、経済的にも社会的にも資本主義社会が産声を上げようとしている時代を先見して、社会貢献を最優先にさせて、今の社会では若すぎる隠居生活のなかで、奉仕の理想を一心に実現させていったのです。

もてる私財を学校教育や社会貢献の為に遺憾ななく提供させることは、経済的なゆとりに恵まれたのではなく、ご自身が苦学をされていた人生を達観していたからこそ、世の中や人様の為になる仁徳を積まれていたのだと思うのです。

現代の成功者は、先ずは利己的な自得を考えがちですが、私財を社会福祉や学校施設への寄付に拠出することができる私欲がない財界の方は少ないように推察してしまいます。

こうした無欲な生きざまに感銘と共鳴をうけたロータリアン仲間が、米山梅吉翁亡き後に、遺徳や功績を偲んで創られたのが、米山梅吉記念奨学金制度であり、今では全国はじめ、各国からの寄付金が集まり、多くの学生の支援をすることができています。

時代背景も厳しい現実をうけていて、ロータリアンから集まる寄付額が年々減少しているのですが、今では財団になっている奨学会が工面をしながら、年間支給する奨学生を一人でも多く支援するようにしているのです。

その功績以上の人柄が、人の心を掴みとるのでしょうし同情や共感を得ることができるのでしょうか・・・

今後の残された我が人生の中で、もしかしたら僥倖があるかもしれなくと淡い期待感を持ち、それ以上の欲望感や願望もある身ですが、梅吉翁のような立派な社会功績はなくとも、僥倖を社会に還元させるべき気心は、真に本気度を増しているところです。

屈託なくあかるく元気に勉強をしている、米山奨学生との一泊研修旅行からは、我欲も国益も人種も宗教も超越させた空間ができていたことが嬉しく、人種的にもまったく見境のない友愛を垣間見ることが嬉しかったのです。

旅の途中でも奨学生からカウンセラーが、いろいろと教えてもらったことが多くあり、梅吉翁記念館の研修から、一層の斟酌と互恵の精神が酌みとることができて、国際交流という名目以上の人間交流が有益に波及された旅になり、積極的な寄付行為の励ましが増長されたことが、実に頼もしく受け止めることができたのです。

学ぶことが多くある気づきとは、カウンセラー自身が反省をしながら受け止めて、特にケニヤからの学生の素晴らしい笑窪が印象的に、やけに自信と誇りある素敵な顔つきに変化していたことが嬉しくて、とっても爽やかに脳裏にのこっています。



あれをみよ 深山の桜咲きにけり 真心つくせ 人知らずとも

昨年に開催された、致知出版社の新春講演会で、今年101歳で亡くなられた臨済宗の松原泰道老師から教わった歌ですが、何回となく記事で見るたびに、自分の頭に仕舞い込もうとする努力をしているのですが、なかなか思うようには、すんなりと自分の言葉にして発声することができないものです。

松原老師が歌を詠むときの、驕りなく淡々と話される法話の中で、心の中にすんなりと落とし込んでいたのですが、加齢からくる健忘症もあってか、ここぞと必要な場面で上手く活用できないでいます。

日常では、誰と彼が見ているから頑張ってみるとか、少々虚勢をはってしまう場面もあるのですが、大きな度量を持つ人こそ謙虚に自負をもって、淡々と生きる姿が素晴らしいものであることを、何回も体感できるたびに、一生懸命に学ぶ姿勢を心がけているところです。

とかく上向き加減の調子を持って、日々の生活ができている時には、自分が備わっている力以上の虚栄をはってしまいがちですが、そんなときにこそ、自分を律していける自制の心を磨く必要があります。

たまたま、時流が後押しをしてくれたお蔭があったからこそを、幸運を体験することが多くあるのですが、勝って兜の緒を締めよと言われるように、上手くいっている時ほど気を引き締めて、周りの人に気を遣い、驕りは無くすことを心がける必要があります。

この世の中とは、必然的にやってくる禍福の繰り返しがあることを心得て、しっかりと冷静な対処と冷静な応対の心掛けを、しっかりと心得たいものです。

陰日向なく、いつでも一生懸命に尽くしていく姿こそ孤高であって、特別な意識を高めることなく、自然に弁える人となりを身に着けてみたいものと願っているのです。

常に自意識を高めることを心がけて、謙虚な生き方をされている人を目標として、どこにいても親炙できる理想の生き方をしている人を、心の中で学び取っているところです。

いつかは、ほかの方からも真似てもらえるように、そんな見方をしてもらえるような、凛とした生きざまを学んでみたいものですし、身に着けていこうと心がけているところです。

生きる姿の指針とするためにも、あれをみよ 深山の桜咲きにけり 真心尽くせ 人知らずとも、再度心に仕舞い込んでおくべき歌とさせて、少しでも深山の桜になれる日を楽しみに、日歩学びの行いを誠心誠意尽くしていく必要があります。

孤高というか、疎外感のあるさみしい孤独な生き方でなく、はっと気付かせることができる威光をはなてるように、あくまでも自身を律する、強い意識の向上を心がける必要がありそうです。

自負する誇りは自分の心にしまって置く必要があることも、改めて容易に心得て硬軟併せ持てる人間の幅を持ちたいものです。



とかく期待していたものが期待外れになってしまい、あまり期待をしていなかったことが、思いのほか期待感が高まっていき、気分が充実することがあるようです。

ここのところ長い時間を掛けて、しっかり準備をしてきたことがあるのですが、なかなか思うようには進捗ができなく、あれこれと試行錯誤をしながら、その準備作業を携わってきても、開催日を前にして再度の確認をする念の入れようをして、先方に電話で状況を確認したら、とんでもなく本気度が高まっているのでした。

明日への開催時間が迫ってきて、先方の御尻に火が付き、漸くエンジンが回転しだした感じなのですが、今までトーンダウンをしていた人たちが、俄然真剣になっているのが分かり、更にはいろいろ工夫をされている様子が窺えて、積極的な成果を伝えてくれることが嬉しい限りでした。

以前にはこちらが熱心にして説明をしていても、なにか乗り気が伝わってこなく、積極的な遣ろうとする意欲も感じられなかったのですが、今日の確認電話口からは、一転して心強い覇気が感じられてきました。

正直に言わせてもらえば、ほっとするのと同じくして、もっと早くにこうしたモチベーションを高めて欲しかったと、お腹の片隅で少々懸念をしながら、何にしても良かったことにホット安心感が湧いてきました。

あわせて、短絡的に人さまの非難をしてはいけないことを認識でき、最後まで人のもつ器の大きさを把握してこそ、その人の価値が分かることを知り、価値観の味方を教えてもらうことができたようです。

おそらくは、人様の性格によっては、制限期限がぎりぎりにならないと、本気モードになれない方がいるようで、ぎりぎりセーフを自ら演技でもって意識されて、すべてを分かり切って楽しんでいるのではないでしょうか。

あまりにも見事に、モチベーションのスイッチを切り替えてくれて、期待以上の準備を整えてくれ、一安心ができているのですが、肝心なことに、明日にある会合には出席することができないのです。

この旨を先方に伝達したら、そうした貴方の気配りする現状を把握したからこそ、貴方の欠席の分を頑張っていると、本気モードの憤慨を受けてしまいました。

何とか心配していた種も無くなったようで、気を晴らして意気揚々と用事を過すことができそうで、安心をして自分のことに専念をすることができます。

肝心な明日の会合には欠席ですが、こうした友愛をもてること嬉しくて、その成果が期待をして待たれるのですが、仲間の絆を信頼してこそ、有終の感激を共に味わえることを待ちたいものです。

たくさんの方々が様々な個性を持って、陰に陽に支えてくれていることがありがたく、あらたな信頼関係に結びつくことを念じて、支えてくれることに感謝をしているところです。



あれだけ暑かった陽気が消え去ってしまい、すっかり寒さを感じる季節が本格化してくる時節になりましたが、健康な人から比べると、心臓の働きが少ない分体温が上がらないのでしょうか、手足は勿論ですが全身が寒くてしかたありません。

今夏の厳しい暑さが苦しい程に身に感じたのですが、家人が苦しむほど暑さを毛嫌っていても、それでも大汗をかくような状態にはならなくて、逆に室内の冷房が効きすぎると寒いくらいに冷え切ってしまいました。

そんなことで、今夏は長袖や上着が必然の状態で、猛暑対策でどこに行っても冷房が効きすぎていましたから、上着が欠かせないアイテムになってしまいました。

病後の身体が、すっかり寒がり屋さんに変身をしてしまったようで、朝夕はセーターを着込んでも窓を開けていると、冷え込んだ風が肌に染み込んできて、ハリネズミのように丸まってしまっています。

我が家のいやし犬になっている下の犬は小型犬なのですが、異常に寒がりでして、寝床の布団の中に潜り込んできますし、事務所に来ているときにも、まんまると丸まってソファーに寝込んでいます。

飼い主も同じように布団をかけてもらいたい気分があるのですが、事務仕事の時にはひざ掛けが必要で、靴下も冬用の厚手を履いたりして、様々に工夫をしているところです。

今冬も異常気象なのでしょうか、記録的な猛暑が終わったら今度は豪雨があったり、今回の奄美大島の災害は、ただただ驚きの言葉がでてしまいます。

これほどに豪雨の被災がされて、多くの方が生活に困ってしまっては、どこに住んでいても変わりない災害はあるかも知れなく、ただただ恐ろしい自然の破壊力を驚きながら受け止めています。

何故に背丈ほどの水位に豪雨が流れてくるのか、山や川の地形が大きく関係をすることを理解しても、瞬間に濁流が流れ去ることさえ予想がつきません。

濁流が流れ去った爪痕は、あまりにも過酷な災害が残されていて、人の災難も物の災難もすべてが悪夢の痕跡となってしまい、家屋に濁流は流れ込んでは、後片付けの仕事だけでも大難です。

行動力と施しの精神が旺盛な方は、飛んで行ってボランティアーをしてあげるのでしょうが、心臓に疾患があっては気持ちばかりの施しとなって、まったく役に立たない存在なのですが、テレビ画面で見る限りですが、どこから手をつけて片づけをしたら良いのか、途方に暮れてしまいそうです。

介護を必要とする高齢な方々も、大勢非難をしている様子が報道されていましたが、弱者の皆さんへの手厚い擁護をするために、自衛隊等の派遣を大々的に速やかに行って、できるだけ早くに復旧をしてもらいたいものです。

気候温暖な自然災害に縁遠い場に恵まれて生活をしていると、水害の危機意識が全くないのですが、その水の力の恐ろしさとは、被災を経験をした者にしか良くは理解できないことです。

日常の生活をする中で生命を護る最も大切な水なのですが、すべてが自然界からの恵みとして手にしているわけで、その禍福で裏腹な実情の自然界は、こうした恵みと弊害が併せ持っていることを素直に受け止める必要があるのでしょう。

人類が長年にわたって自然破壊をしてきた弊害として、こうした異常気象がひきおこされていると関連がされていますが、まだまだその罪の認識は少なく意識も低いといってよいのではないでしょうか。

今夏の異常猛暑も結果的にはエアコンをフル稼働していたし、今冬の寒さもふんだんに暖房を活用することでしょうし、我慢をする忍耐力が希薄になってしまい、機器を頼って過ごしやすい環境を求めてしまいます。

生活の便利さなのか、自然の保護なのか、地球環境の思いを心配しても、結果的には生活をしやすいエゴに負けている人類がいるのです。

近代的な経済先進国が優先して自然保護を訴えていても、反面で破壊の一助をしている要素が大きいことを認識すべきでしょう。

一人一人の意識を高めることが必然で、今冬の暖房に工夫をしている姿勢が認識できる言動に期待をして、人としての価値観が普遍的に高まることを期待しています。



本当に久しぶりに医療センターに伺うことができ、懐かしい先生にもお会いできましたし、レントゲン室や心電図の検査室で、なんども検査に通った淡い郷愁を味わってきました。

ずいぶんと古びた医療センターの建物とは別に、内部の機器は最先端の様子が見て取れるのですが、接するドデカイ医療機器までもが、懐かしい歓待をしてくれているようでした。

入院生活のなかで勝手知ったる病院屋内ですが、今日は一般外来患者が移動しては困る廊下を歩いていたら、救急車で搬送される患者が到着するので、別の通路を利用してくださいと忠告をうけてしまいました。

確かに救急車のサイレンが近くに聴こえてきて、廊下を慌ただしく行き来をする関係者が増えて、尋常でない様子が伝わってきて、緊急の受け入れ態勢を間近に接することができたのです。

指定された検査室の部屋を移動しながら、なぜか山奥にある湯治場に帰ったような安堵感が湧いてきて、のんびりと廊下を移動しながら、各部屋の様子を久しぶりに覗き込むことができました。

各種の検査が終わってから診察を受けたのですが、定期検診の診察室の前には、予約をいれた退院外来が並んで待っていまして、そのほとんどが高齢な方で、必ずと言って良いほど、ご夫婦で来院されている姿が印象的でした。

皆さん高齢になっての救急医療を受けてからは、退院後の通院が不安なのでしょうか、すっかり仲良く睦まじい仕草が垣間見れて、順番が来るまでの時間を仄々とさせてくれていたのです。

予約を入れてあった関係もあり、持ち込んだ本を開ける時間もなく直ぐに呼ばれてしまい、3番ドアーを開けたら懐かしい主治医の笑顔が迎えてくれました。

大きなマスク姿ですから、正直なところ良くは観察ができなかったのですが、声の滑舌からして、善く元気で来てくれたと迎えてくれたのです。

ご無沙汰のご挨拶をしてから、諸々の診察と相談をすることができ、まるで実家で家族と話をしているような錯覚になってしまい、今後の療法に関して膝を突き合わせて親密な語らいができました。

大きなダメージがある傷ついた心臓になっているから、決して無理をすることなく、マイペースを守ってくださいと、改めてキツイ忠告と指導をうけてきました。

それでも適度な刺激と鍛錬によって、現状の維持ができる可能性が高まることを指導願い、創意工夫をしながら健康になり、いずれ軽いスポーツが楽しめるくらいにできる身体になりましょうと激励をうけたのです。

筋肉を鍛えることで、少しでも若く活動してくれる臓器を期待して、一緒に頑張っていこうと念じたところですが、こうした嬉しいアドバイがあればこそ、残りの人生に新たな目標ができるものです。

本来なら今の命が終わっていたかもしれない医療センタの中で、元気に治療室を掛けもちして、病に苦しんだ当時を懐古できる健康体が維持できていることを、心から感謝をしていかねばなりません。

何かの形で医療福祉に役立つことを考えていますが、後半の人生に大きな課題ができたことが励みになって、目指す夢が具現化できることを固く信じてしまいました。

御礼奉公という言葉がある通り、命を救ってくれた病院にも社会にも、ともに役に立つことの一助になってくれることを願ってしまいます。

我が力が及ばずのことが多い世の中ですが、自分を律するためにも、こうした目標をもってこそ、一病息災の健康法となりうるのかもしれないのです

心身ともに元気でいれる幸福を味わっていれるのですから、少しでもそのお裾分けができるような、世の中に役立つ生き方を心がけて、一歩一歩と実現の道を歩んでみたいものです。



いつもはお決まりのように、慣用文句でお断りをしていることですが、丁度ぴったりとどつぼに嵌まることがあるもので、とんとん拍子にことが運ぶことを経験しました。

なにかと勧誘が多いのですが、いつもはあっさりとお断りをしてきましたし、特に新聞の勧誘が毎日のように入れ替わりされてきました。

先代からの読み慣れている新聞を、気分転換に変えてみようと思ったのはつい最近のことですが、なかなか機会がなくてそのままになっていました。

家庭の事情もあって新聞購読を止め様かと考えて、たまたま購読の契約延長に見えた勧誘員に、ふんぎり良く思い切って購読中止を伝えました。

我が家にとっても画期的なことで、半世紀は優に超す購読期間を止めたのですから、我が家の10大ニュースに入るできごとになりました。

以外にも淡白な人間ですから、そうしたことには全くお構いがなく、すっかりそのことを忘れていたのですが、時の巡りあわせはあるもので、じつに愉快な出会いができました。

ちょうど外出から帰ってきて、事務所に入ろうとしたら、黄色いジャンパーを着た方がピンポンを押してくれました。

聴けばちょっとばかり気掛けていた新聞の勧誘員で、長年購読してきた新聞とかそのライバルになる新聞の勧誘は、しつこいほどの品物を景品にして、くどい勧誘を繰り返していたのです。

呆れる無意味な拡販競争で、門前に洗剤とかお米とかを山積みにして、契約書に押印をするように勧誘をしてくる姿勢が嫌いになって、その勧誘だけで生理的に嫌悪感をもってしまいました。

そうした嫌悪感を引きづりながら、たまには全く違った新聞購読もどんなものかと、内心で興味が湧いてきて、ご近所でも購読者が少ないであろう新聞を、何気に意識をしていました。

それは、インターネット検索等でニュースを参考に閲覧をすると、結構提供ニュースの新聞社名が気になっていて、一度紙面を購読してみたい欲望が、自然に高まってきていたように思います。

新聞を変えてどれほどのインパクトがあって、どのような変化があるのかが気になるのですが、そうした気分転換を思慮していた時に、まったく拡販に来なかった気にしていた新聞に勧誘をされたのですから、実に不思議な経緯を思ってしまいます。

ほんとうにグッドタイミングの拡販来訪であり、その不思議な出会いに感激をしてしまい、半年の購読契約をしたのですが、その見返りでしょうか、拡販御礼に商品券を頂くことができました。

拡販景品で購読獲得をする時代は終わったのでしょうか、同じ拡販プレゼントを受けるにも、商品券であれば使用する範囲に多様性があって、どこのお宅でも大歓迎するのではないでしょうか。

何よりも長年気にしていた新聞が、どうぞ購読してくださいと我が家に訪ねてきてくれたのですから、どうした按配かもわからないまま、天恵としてごく自然に受け入れてしまったのです。

驚いたのは拡販員のほうで、すんなり拡販契約ができたことが、とんでもなく嬉しいことの様子がダイレクトに伝わってきて、純粋に感激をしている様子は初々しく、晴れがましく手続きをしてくれました。



いつもは、JRでの移動が東京方面に向かってしまい、移動時間も線路の沿線も何の不思議も感じなく、淡々と資料に目を通したり読書をしたり、なにやかにやと1時間ほどを、有効に活用することができています。

ここのところ、同じ一時間ほどの移動範囲が八方に広がっていて、久しぶりに訪問するところや、初めて訪問するところが増えているのですが、JRでの移動車中や訪問をする街の風景を楽しむことができています。

まずは初めて訪問する街に行くには、駅名が珍しく感じたり、その駅名の謂れを詮索して考えてみたりして、なかなか資料に目がいかないことが多くありますし、乗り換えがある路線では乗り越しが心配になってしまうものです。

今日は東京湾に面した新興都市に行くことができ、過去にJR駅を降り立ったことはなく、普段は車を利用して素通りすることが多いのですが、最近と言っても10年ほど前になるのか、知人の奥様のご不幸の際に、弔意の表敬訪問をさせてもらったことを思い出しました。

地元で育った篤志家ですから、幅広い交流関係をお持ちで、参列された方の数も相当沢山いらして、一緒に同行をした仲間も驚きの言葉が自然と呟かれたほどでした。

とっても素晴らしい愛妻家で名の通った方ですから、当時は肩を落されて元気なく、長い間にわたって意気消沈をしている姿が、相当寂しそうにみえるだけでした。

大変にお酒の好きな気の優しい方ですし、友人知人や世間の方からは人望も厚くいらして、様々な関係の団体でご活躍をされている雄姿は、何度も新聞等で報道をされているほどでした。

地元等で多方面に活躍の場があおりであることが、奥様を亡くされた悲愴感を払拭することができたのでしょうか、最近ではすっかりお元気になられて、いつもの朗らかな笑顔を見せてくれる日常が戻ってきたようです。

久しぶりにお会いできることを楽しみにして、JR駅頭に降りて会場に向かったのですが、先輩知人から先に挨拶に見えてくれて、どれほど気さくに心配りをしてくれる優しさは、ますます磨きが深くなっているようでした。

地元での重鎮らしく堂々とされていて、目配りと心くばりを何気にされている姿を垣間見て、昔ながらの情愛に接することができましたし、変わらぬ人間味のある人格を学ぶことができました。

大らかな身体が一層福与かになって、柔らかな手で握手をして頂き、何年か前の懐かしい感触が戻ってきたのですが、包容力ある人の情愛を久しぶりに自分の肌で確認をすることができ、その温もりは忘れ去っている人の感情を目覚めさせてくれたのです。

日々なにげに暮らす中で、忘れかけていた人情のありがたさを思い出して、その温もりある微笑みを宝物として受け止めて、細く長い交流を心の中で願いながら、所々にいらっしゃる親炙することができるお方の存在に感謝をしているところです。

愛くるしい目線を見つめながら、少しハニカミながら言い訳めいた言葉をいつもの癖と懐かしい言動が、やさしく伝わってきてくれました。

懐かしい街に降り立って、懐かしい方との再会ができて、愛情豊かな交流ができたことが、ことのほか嬉しい出かけ先となりました。

こうした出会いの豊かさが、まだまだ八方に広がってくれることを願いながら、自分の果たす役割をしっかりと見つめ直して、待っていてくれる方との友愛を楽しみたいものです。