あれをみよ 深山の桜咲きにけり 真心つくせ 人知らずとも
昨年に開催された、致知出版社の新春講演会で、今年101歳で亡くなられた臨済宗の松原泰道老師から教わった歌ですが、何回となく記事で見るたびに、自分の頭に仕舞い込もうとする努力をしているのですが、なかなか思うようには、すんなりと自分の言葉にして発声することができないものです。
松原老師が歌を詠むときの、驕りなく淡々と話される法話の中で、心の中にすんなりと落とし込んでいたのですが、加齢からくる健忘症もあってか、ここぞと必要な場面で上手く活用できないでいます。
日常では、誰と彼が見ているから頑張ってみるとか、少々虚勢をはってしまう場面もあるのですが、大きな度量を持つ人こそ謙虚に自負をもって、淡々と生きる姿が素晴らしいものであることを、何回も体感できるたびに、一生懸命に学ぶ姿勢を心がけているところです。
とかく上向き加減の調子を持って、日々の生活ができている時には、自分が備わっている力以上の虚栄をはってしまいがちですが、そんなときにこそ、自分を律していける自制の心を磨く必要があります。
たまたま、時流が後押しをしてくれたお蔭があったからこそを、幸運を体験することが多くあるのですが、勝って兜の緒を締めよと言われるように、上手くいっている時ほど気を引き締めて、周りの人に気を遣い、驕りは無くすことを心がける必要があります。
この世の中とは、必然的にやってくる禍福の繰り返しがあることを心得て、しっかりと冷静な対処と冷静な応対の心掛けを、しっかりと心得たいものです。
陰日向なく、いつでも一生懸命に尽くしていく姿こそ孤高であって、特別な意識を高めることなく、自然に弁える人となりを身に着けてみたいものと願っているのです。
常に自意識を高めることを心がけて、謙虚な生き方をされている人を目標として、どこにいても親炙できる理想の生き方をしている人を、心の中で学び取っているところです。
いつかは、ほかの方からも真似てもらえるように、そんな見方をしてもらえるような、凛とした生きざまを学んでみたいものですし、身に着けていこうと心がけているところです。
生きる姿の指針とするためにも、あれをみよ 深山の桜咲きにけり 真心尽くせ 人知らずとも、再度心に仕舞い込んでおくべき歌とさせて、少しでも深山の桜になれる日を楽しみに、日歩学びの行いを誠心誠意尽くしていく必要があります。
孤高というか、疎外感のあるさみしい孤独な生き方でなく、はっと気付かせることができる威光をはなてるように、あくまでも自身を律する、強い意識の向上を心がける必要がありそうです。
自負する誇りは自分の心にしまって置く必要があることも、改めて容易に心得て硬軟併せ持てる人間の幅を持ちたいものです。
昨年に開催された、致知出版社の新春講演会で、今年101歳で亡くなられた臨済宗の松原泰道老師から教わった歌ですが、何回となく記事で見るたびに、自分の頭に仕舞い込もうとする努力をしているのですが、なかなか思うようには、すんなりと自分の言葉にして発声することができないものです。
松原老師が歌を詠むときの、驕りなく淡々と話される法話の中で、心の中にすんなりと落とし込んでいたのですが、加齢からくる健忘症もあってか、ここぞと必要な場面で上手く活用できないでいます。
日常では、誰と彼が見ているから頑張ってみるとか、少々虚勢をはってしまう場面もあるのですが、大きな度量を持つ人こそ謙虚に自負をもって、淡々と生きる姿が素晴らしいものであることを、何回も体感できるたびに、一生懸命に学ぶ姿勢を心がけているところです。
とかく上向き加減の調子を持って、日々の生活ができている時には、自分が備わっている力以上の虚栄をはってしまいがちですが、そんなときにこそ、自分を律していける自制の心を磨く必要があります。
たまたま、時流が後押しをしてくれたお蔭があったからこそを、幸運を体験することが多くあるのですが、勝って兜の緒を締めよと言われるように、上手くいっている時ほど気を引き締めて、周りの人に気を遣い、驕りは無くすことを心がける必要があります。
この世の中とは、必然的にやってくる禍福の繰り返しがあることを心得て、しっかりと冷静な対処と冷静な応対の心掛けを、しっかりと心得たいものです。
陰日向なく、いつでも一生懸命に尽くしていく姿こそ孤高であって、特別な意識を高めることなく、自然に弁える人となりを身に着けてみたいものと願っているのです。
常に自意識を高めることを心がけて、謙虚な生き方をされている人を目標として、どこにいても親炙できる理想の生き方をしている人を、心の中で学び取っているところです。
いつかは、ほかの方からも真似てもらえるように、そんな見方をしてもらえるような、凛とした生きざまを学んでみたいものですし、身に着けていこうと心がけているところです。
生きる姿の指針とするためにも、あれをみよ 深山の桜咲きにけり 真心尽くせ 人知らずとも、再度心に仕舞い込んでおくべき歌とさせて、少しでも深山の桜になれる日を楽しみに、日歩学びの行いを誠心誠意尽くしていく必要があります。
孤高というか、疎外感のあるさみしい孤独な生き方でなく、はっと気付かせることができる威光をはなてるように、あくまでも自身を律する、強い意識の向上を心がける必要がありそうです。
自負する誇りは自分の心にしまって置く必要があることも、改めて容易に心得て硬軟併せ持てる人間の幅を持ちたいものです。