先日お会いした方は、中近東から日本に遣ってきてアルバイトをしながら漸く独立をすることができ、お国の伝統工芸のペルシャ絨毯を販売する会社のオーナーになった方で、非常に礼儀正しい若者でした。

東京と千葉に販売店を経営されていて、その両方が一流ホテルのアーケードに出展されているそうで、なかなか利発そうな経営をされているらしく、その基本は日本人の礼儀正しい素晴らしい姿勢を生かさせているそうです。

話をしていても、いつもありがとうの精神をもっていることで、見聞きするものはすべてに自分の為になることだから、善いことも悪いことも共にありがとうと感謝をすることを心がけているそうです。

この話を聞くときには大勢の方と一緒にいる時で、初めてお会いして話をする方ばかりでしたが、彼を除いた日本人が驚き、素晴らしい経験談を学び取ることができたと、驚嘆をしながら様々な議論がされました。

思っていてもなかなか実践することができないのですが、堂々と自負することもなく、自分の生きざまを披露することができることは、改めての反省と学びをさせてもらい、躊躇することなく、ありがとうの精神を踏襲させてもらいたいものです。

そんな感動をしたばかりの昨日になって友人から電話があり、夜遅くの相談が延々とされたのですが、その内容は会議の時は原稿をみることなく、自分の言葉でもって話をするように、キツイ忠告をされた方がいて、苦痛が大きく残ってしまったそうです。

加えて会議を管理する組織の批判をしながら、自分の意思で意見発表をすることが当然のことであり、勉強が足りない現状を憤慨されていることを直言されてしまい、意気消沈をしていることを吐露されてしましました。

一つの自己研鑽をする手段として、皆さんの為になるだろうと会議に出席して、学んだ資料を読み上げたまでのことで、特段営利を目的にしているわけでなく、大きな目標をもって画策をしたわけでなく、善意が無になってしまったことが悔しそうでした。

罵倒されて無念な気持ちを払拭させて、翌日になってお詫びの電話をいれたら、昨日以上に言葉を荒げてしまい、人の心をまったく理解しようとしない卑劣な行為に、ただただ怒りの気持ちが治まらないようでした。

中近東からこられた方のように、そのすべてが自分の為になると受け止めて、感謝の精神を発揮されて、いつもありがとうございますと心からのお礼を言える若者とおあいしたばかりでしたから、一層対比の気持ちが大きくあり、電話口でも慰める言葉ばかりが先に立ってしまいました。

人のことを非難中傷することが趣味になっているかのような、そんな自己中心型の世間知らずの方が身の回りにいること自体が不愉快で、世間常識の損失であることを認識してしまいます。

せめて温情を持つ常識人ならば、会議の発言をまずは評価をして、その中でも注意をしたり修正をすることがあれば、言葉優しく指導を願いたいものですし、大らかな包容力を発揮させてこそ、人望が厚くなっていくのだと信じてしまいます。

この方こそ、まずはありがとうの精神を持つべきであって、話をさせてもらってありがとう、話を聞いてくれてありがとう、出会いにありがとう・・・すべてにありがとうを優先させる心がけを素直に受け止めてほしいものです。

そんな反比例的な二人の話を思い描きながら、せめても電話で相談をしてくれた友人にありがというを伝えて、まさかの迷惑人にも、こうした悪例を学ぶことができたことにありがとうを意識して、新たに自分の心を磨くことができてありがとうを強く思ったのです。

世の中は禍福が織なっていることが基本であることを、もっともっと鮮烈に意識をしていかないと、悪い心の人の悪霊だけが織りなすこととになりえますので、ぜひぜひありがとうの純粋な福を沢山織こなすことに意識を高めていきたいものです。

国の出身が全く関係なく、人の心が何処の人も同じであることが教示されて、だからこそ同じ国民であれば、もっと理解し易い受け止め方がされるべきと、当然にあると思ってしまうのです。



毎日お会いする方々が沢山になればなるほど、頂く名刺の数が増えてしまい、ずぼらな性格ですからそのまま名刺の箱に入れて引き出しにしまったままにしています。

いざり利用しようとして探すときに、いくつもの同じ名刺箱をひっくり返してしまい、厚手の名刺を不器用な手でめくる姿が恰好割ることを知っています。

よくもこんなに沢山の方々と面識ができたものだと、自分で驚嘆をしてしまうのですが、改めて名刺の箱の中には同業の方々が結構いることに驚いてしまいました。

事業を経営されている方は特段気づかないのですが、士業を生業にされている方が真っ白な名刺が多くて、字の大きさも目立ちますので、どうしても眼にとまってしまいます。

そんな名刺の山の中にも弁護士さんの名刺が多くあって、はるか昔に出会ったままの方や最近新しくお目にかかる関係になった方がいて、ふと何枚あって何人の方と連絡が取れるお仲間なのかが気になりました。

急激にと言うか徐々にというか友愛を深める仲間になって、弁護士を生業にされている方が多くいることが不思議に思うほどです。

じっくりと名刺の山の中の弁護士さんを集めたら、よく知り得ている関係の方が長年の間に10名を超えていて、何気にして様々に交流をすすめることができています。

弁護士の皆さんは年齢も幅広くいらして、交流関係も様々なスタイルがされていますが、その性格なのか職業病なのかわかりませんが、皆さん自己主張が強くてその発言が個性豊かなことがわかります。

俗にいう押しだけが強いといわれますが、何人かのお仲間がいう言葉に、弁護士は同業会では真の友人がもてなく情けない程寂しい、と言っている言葉が聞こえました。

弁護士業の方だからでもなく、たまたまなのかも分かりませんが、裁判で自己防衛する弁論がそのまま職業病として、日常の生活言葉や会話に表れてくるのかもしれません。

口だけをとがらしてしまい、つばこそ飛ばさないものの、常に攻撃的に相手をせめることは、傍からみていても悲しくなってしまいます。

裁判に関係ない立場であっても、普段の交流の中でもこの職業病は冴え切っていて、指先を見せながら口論する姿は呆れてしまうときがあります。

何度も、ここは法廷でないと忠告をしたことがあるのですが、結構純粋な気をもっていて、仕事場の癖が出てしまうと詫びてくれるところが憎めないのです。

人のもつ権利を守ってくれる役目を担っていることを理解しているのですが、常に視線を攻撃的に批判的に心がけてしまう癖が身に染まってしまっているようです。

完全に職業病の一種なのですが、常に謙虚で平身低頭に世の中を生きている商人と違った、傲慢な一面が抜け切れない生身を知ってしまうと、一層悲愴で厳しい仕事を憐れんでしまいます。

人助けをするのですから、もっと慈愛のこもった、愛情ある思い遣りの籠った生きざまを見せてほしいものです。

たまたま名刺の箱から出てきた10枚の名刺を並べながら、士業のなかでも最も癖の強い業界の人であることを認識して、万が一裁判になるときには、心温まる優しい弁護士の方に依頼したいものと念じてしまいました。

昨日の会議でご一緒した友人も、横暴さがあって、もっと紳士なスタイルを磨くように、苦言を呈してしまい、少しでも成長できた姿を期待してしまいました。


子供のころの懐かしい思い出はまったくなく、繁華街の駅前のどこにもある名の通った飲食店の看板が目に入り、とくだん深い郷愁もなく案内をくださった地元の方の背中をみながら、高層の建物を仰ぎ見ながらのキョロキョロと歩いて行きました

過密に建っているビルのお蔭でもって、遠視ができなく自分が何処にいるのかもわからなくて、昔の面影を見つけようとしていても、なかなか自分の脳裏にある風景がなくて、結果的には他の街名を言われてもわからないほどです。

地元の方が先導するままに後を追いかけているのですが、物珍しい風景を見つけているだけですし、街中にある神社や仏閣の前を低頭にして通らせてもらい、古い建物の風情を感じとりながらの歩行となりました。

ちょうど10分ほどで到着したところが、意気な建物になっている老舗のお蕎麦屋さんで、地元では有名なお店らしく、お昼のお馴染みさんが詰めかけていて、順番待ちで結構繁盛していました。

古い街並みに心が和むのですがなぜか違和感がなく、何かの関連があって再訪している安心感を身に味わってしまったのですが、知り合いが案内をしてくれている安心からでしょうか。

代々引き継がれている老舗のお店には、その歴史を表現させるためにそれなりの工夫をしていて、時代経過の重みを感じさせられますが、地元の方からすれば日常の慣れごとなのでしょうか、足も止めずに過ぎ去っていました。

物珍しさが先に立っている部外者とは違って、足の運びも軽やかに目的地に向かっている姿が多いのですが、まったく久しぶりに訪問する人間からすると、蔵がある店や瓦屋根の大きな庇がある木造店舗が、やさしい環境を醸し出してくれていました。

たしか子供のころに、伯父に連れられて訪問していることの記憶が蘇ってきて、あのころには、蔵も木造店舗も現役として沢山のお客さんを呼び込んでいたのでしょう。

すっかり近代化されて、大きなビルが群れのように聳え立っている駅前商店街に、タイムスリップさせる憩いの場があることが、今にしてみれば、大きな宝物を備えた町として誇れることを感じ取りました。

バスや車がひっきりなしに通り過ぎる町並みに、人が歩道に追いやられてしまいましたが、繁栄を謳歌していたころは、沢山の人々が往来をにぎやかに闊歩していたことでしょうし、家族連れで散歩や買い物を楽しむ姿が、広い道いっぱいに賑わっていたことでしょう。

おそらくは我が先祖の皆さんも何回も訪問をして、楽しんでいたことでしょうから、関係する親類や縁者の皆さんも何回も訪問していることに思いを馳せてしまい、気持ちの中では一緒に再訪した街を懐かしく思っていたのです。

何処に行ってもそうですが、心の中で念じることがあって、先祖を辿れば皆さんはどこかで繋がっている気がするし、袖すりあう人はすべてが縁者である気がするのです。

お互いの先祖を遡っていけば、遠い時代に仲間であったりすることを夢思えば、必然的に心優しくなるし穏やかな暮らしぶりができると信じています。

お互いが利益優先に付き合うだけでなく、思いやる心をもった互譲の精神をもって、付き合うことを心がければ、どれほどか心置きなくお互いを信頼し合えることとなります。

子供のころの往来での人ごみで観た顔とは、温和でお節介なほど人情があって、頼もしい大人の集団が心強く感じたものでした。

今の子供の眼からすると、どれほど子供達からすると凛々しく立派な大人の姿があるのかを問えば、少々情けない思いをしているところです。

古風ある老舗の多い街を再訪して、純真な心になれたことが嬉しくて、気が休まったことをお土産にすることができ、ふと安堵した時間に満足をしているところです。



本当に忙しくなる時があって、こんなにも事が重なる必要がないのにと思うのですが、自分を試されているように、ごっそりと遣り掛けの仕事のあわせて、多くの仕事が重なることがあります。

本来は充電日としてじっくりと考える時間と思っていたのですし、毎晩続く徹夜の慰労をしたいとも思っていたのですが朝からとんでもなく多忙な日となってしまい、まだまだ遣り掛けの仕事が残っています。

明日に向けて少しばかり勉強を必要としているのですが、いまだ時間がないままに未処理になっていますが、何とか明日の朝までにはまとめる必要があって、少々気にしながら落ち着きません。

毎度のことですが、おそらくは神様や仏様が与えてくれている修練の一つではないでしょうか、できるから、できるからこそ、できるために与えてもらっていることを、そんな風に理解をしているところです。

人間の度量があるからこそ、艱難辛苦も乗り越えることができると、いろいろな厄介な荷物を持ったり背負ったり担ぎながらも、何とか生きて入れる事実が嬉しくて、きっとすべての現実は、善きことに転換するためのポイントになっていることを自認しています。

常にポジティブに能動的な生き方ができるように、積極果敢な行きざまを心得ているのですが、その結果はともかくも、生きる道筋を見つけることも大切です。

大道無難と言われておりますが、正々堂々と生きることこそ、誠意を心得ることこそ、すべてに生きる基本があるように思っています。

いい加減に止めてしまいたいと思った時こそ、すべてが陰に切り替わるのではないでしょうか、果敢に生きることを願うときには、陽のプラス思考が幸いを生み出してくれるようです。

何事も正道を生きることが無難と思うのですが、時として迷路に迷い込んでしまい、自分を苦しめることになるのですが、ものの考え方や思考の切り替えによって得れる効果は、人様から教わることが多くあります。

常に謙虚で隠匿を心得ることが、やがては大きな利得をもたらせてくれることを信じているのですが、人を成長させる手段も手法もなく、あるものはその人が学ぼうとしているか、善良な心をもって生きていく様を、邪鬼なく歩むことができるかが、その人の人生を決めることになると思っています。

生きざまの中には宿命もあって、そんな意気が身に備わるかも、日常の心がけにかかってくることが大きくなるのでしょう。

大きな心、広い心、信じる心、深い心をもって、いつもありがたい生き方ができているのは、大自然会の神仏のお加護があればこそと信念をもっています。

忙しくても辛くても決して愚痴ることなく、大道無難の生き方が似合っていることを、大きな喜びにして積極的な日々を歩むことにしています。



道隔てた御家には、高齢なご夫婦が住んでおられたのですが、高齢になった最近は、あまりご近所のお付き合いもなく、時たま道を履いている姿が拝見できていました。

今夏の異常な猛暑には、健康人でもいい加減体力が必要であったのですが、奥様が体力をおとされてしまい、夜間になって救急車で搬送をされたことがありました。

丁度二度とも偶然に夕飯の後の時間に、庭の水撒きをしている時に、ピーポーと言うサイレンが近づいてきて、ご夫婦の御家の前に横ずけされました。

二度とも奥様が夏負けで食欲をおとしてしまい、貧血状態か熱中症にかかってしまい、床に倒れてしまい、二度とも水撒きを中途してお手伝いをさせてもらいました。

痩せてしまった旦那さんが救急車に乗られて看護をしていたのですが、その旦那さんの姿が観えないと思ったら、一昨日に亡くなられていたことを、ご近所の方から伝えてもらいました。

午後からあった会議を終えて急ぎ帰宅して着替えをしてから、JR駅前の斎場に向かったのですが、ご近所の大勢の方々が参列して焼香をご一緒することができました。

話題になったのが、何度か救急車で運ばれて治療を受けていた奥様が元気になられて、介護をされたご主人が急逝される世の中の綾組が、実に素朴に不思議さを感じさせてくれました。

享年85歳は、まだまだ御元気にされている年齢ですので、長生きをして欲しかったことと、残された奥様が実に哀れで仕方なく思えてなりません。

特に寂しく思うことは、ご夫妻には御子さんがいらっしゃらなくて、普段もあまりお付き合いの薄い暮らしぶりが散見されていました。

そんなことを思い巡らしながら斎場に向かったのですが、会議が長引いたために、通夜読経が始まってすぐの親族の御挨拶の途中から参列することができ、甥御さんの御挨拶を聴くことができました。

すっかり落ち着いた言葉で、生前の伯父さんの関わり合いとか亡くなる直前の様子を、淡々と話をしてくれました。

生前は最後まで元気にされていて、気持ちが悪いと言うことから緊急に入院をして、間もなく息を閉じられた様子ですが、奥様の介護を淡々とされていた、つい2か月前の様子が蘇ってくるのでした。

まったく簡素な御通夜会場でしたが、心配されてきたご近所の皆さまの心豊か伝わってきて、アットホームな御通夜と引き続いて、精進落としのふるまいの席は、ご近所の寄りあい場になってしまいました。

若いころの遺影の故人が、喜ばれている様子が窺えてしまい、こんな葬儀も親密な心配りができて、落ち着くものだと感心をしたことです。

昨日は12年前に亡くなった我が父親の命日でしたが、同じ月の命日仲間として、ご近所の仲間として、天国でも気安い関係でいてほしいことを願ってしまいました。

御近所の方も悲しい思いよりは、心のこもったお別れができることを安堵している様子が窺えて、和やかさが優先される精進落としに納得をされているのでした。

仏さまのご冥福をお祈りして、残された奥様が一日も長生きをされて、ご近所の交流ができることを願っているところです。合掌。
世の中には様々な人がいて様々なことが起きて、様々な人生を謳歌している様子が窺えますが、どんなときにも最善な手段は自己の利得になることが、最優先されることが結論になっているのではないでしょうか。

年代が若いほど若くなるほどに、どうしても利益優先の計算が先に建ってしまいがちですが、この利己優先の利益誘導は、とかくトラブルの元となる気配を持っているものです。

最近いろいろな方々と、初対面をする機会が増えているのですが、電話で打ち合わせをしてから、直にお会いすることとしているのは、いくら手紙やFAXやメールでもって、文章の交流をしていても、なかなか本心を理解してもらえないことが多々あるのです。

極端な話ですが、人の言葉や文章をきちっと上手く、理解できない人が多くいることを知らされてしまい、年齢に関係なく理解度の希薄な人が多くいることを知るべきですし、実に情けなく心底残念に思います。

自分に関係がないことや、利得にはならないと判断をしたときとか、実に二重人格の悪癖を露呈する輩がいることも事実で、あまりにも我田引水の強欲が目立ってしまうと、いくら悠長な気構えを持っていても、同情の余地なしと憤慨をしてしまいます。

最近のこと自分の大切な時間を利用して、様々な方にメールや手紙を書く作業をしているのですが、関係する会議を終わった方やこれからの会議に向けての手紙やメールやファックスの、礼節を重んじた原稿を書く用事を優先させることをしています。

お願いすることや御礼の礼節を伝えるべき、あの人もこの人にもと、思えば切りなく指の数が増えてしまいますが、一通のファックスやメールが、また一枚の手紙が人の心をどれほどか、和やかに開放させて奥ゆかしくしてくれるかを、交流する人の数が増えるごとに実感をしているところです。

接するそのほとんどの方が初めての人ですが、人の好意をきちっとして受け止めて評価をしてくれ、それなりの対応をしてくれるのですが、中には色々な方がいることも事実で、同じ土俵に上がれない輩もいることを、どのように理解をし対処をしていくかが、自分にとって大きな課題になっています。

懇切丁寧に教えてあげたつもりでも、何度か同じことを伝達していても、受けとめる意識が希薄で、何度同じことを伝えても、何度同じことを叱責しても、真剣に考えて受け止めてくれる様子がない人もいることが事実です
ことのほか、自分に利得が得れるとなったら、こんどは礼儀もなく我欲をむき出しにして、笑顔一杯な表情をしてくれることが、実に寂しくなってしまいます。

誠意をもって一生懸命に尽くす姿を自覚しても、あくまでも自認をするにとどめて、評価をするのは世間だと理解をして、利害に関係のない冷静な判断をできる自分でありたいものです。

少し時間はかかっても、自分が投げた一石が徐々に大きな波紋を作ったり、無風の事なかれの怠慢の部屋に、一穴開けて風を通した効果を期待しながら、無欲であり続ける価値を、感じ取ってもらいたいと願います。

全てに自分だけの得や徳を考えるのでなく、純粋に教えてもらえる立場に凛とした姿勢を崩さない魂胆を持つならば、必然的に自分の役割を大きく評価してくれる人の数が、一人二人と増えてくることを夢見てしまいます。

ここ数日あった徹夜の連続が身体に負担を掛けてしまったのか、まるで風邪の症状になってしまい、お腹は壊すは身体中に倦怠感があるしで、祭日の素晴らしい上天気の中で、事務所のソファーに寝転んでしまわないと辛く気だるくて、事務椅子に長く座ることもできない症状になってしまいました。

昨晩の食事の後になって急激な腹痛が襲ってきて、食あたりかと危惧していたのですが、朝になってからは久しぶりに倦怠感を身体中に感じることになり、昼前になって家族がお墓参りに行く準備をしていても、なかなか気力が湧かなく気分が乗りきれませんでした。

漸くにして4月に亡くなった従兄と先祖のお墓をお参りして、帰宅時にはそのまま事務所に上がってソファーにごろんと横になって、暫しの時間ウトウトすることをせざるをえませんでした。

それでも2時間ほど仮眠ができたお陰でしょうか、身体の節々の痛みも軽くなってくれて、何よりも気力が復活してくれたことが嬉しくて、途中から気分転換のNHKラヂィオを聴きながら横になっていたのですが、ちょうど園芸相談という時間を楽しむことができました。

スタジオに待機する庭木と観葉物と野菜の専門家が控えていて、ほぼ一時間くらい視聴者が一門づつ質問をしているのですが、皆さんが高齢な方からの問い合わせがほとんどのようでした。

限られた時間に多くの質問を受けて、応えてあげる様子が窺え、アナウンサーと高齢な方の質問が頓珍漢になるが度に、実にほのぼのとした空間を耳にすることができて、ラヂィオの効能を受けていました。

端的に要旨を質問する方もいれば、脱線をしたまま何を質問するかも分からなくなる人や、勝手に自己解説をして納得している人がいて、実に愉快な番組を聴くことができたのです。

プロのアナウンサーと3人の専門指導員と、全くの素人の組み合わせが面白く、スタジオの制限時間を気にしながら番組を進める様子が伝わってきて、お構いなく一方的な質問を問いかける視聴者が、ミスマッチをおこして当たり前の状況を前提にするのですから、番組のプロジューサーも気が気でない様子が伝わってくるのです。

NHKでも民放でも視聴者が参加する番組は沢山ありますが、TBSラヂィオの子供相談室も息が長い番組で、この夏休みの時にも車の中で何気に聴いた記憶があります。

子供の素朴な質問をスタジオにいる専門家が、易しい言葉を使って伝えるのですが、どこまで理解をしているのかが興味があって、さすがに幼稚園の児童に対しての説明が大変そうでした。

本当に理解ができたかは疑問があるのですが、子供らしい元気溌溂な声が嬉しくなってしまい、自分の声がラヂィオから流れたことだけで、単純に昂奮をしているのでしょう。

言葉を使って理解をして貰うことの難しさは、我々も日常に沢山経験しているのですが、特に電話応対で意思を伝えることの難解さを、何度か苦労して伝える自分を体験していました。

言い回しと言葉を選んでも、なかなか思ったような理解をして貰えないことがあって、如何に顔を見合っての会話の効能が大きいことかを納得してしまいます。

高齢な方とか幼児に対して、あたり前のことを分かり易い言葉を選んで、丁寧に説明をする作業の様子を聴くたびに、スタジオのスタッフの大変さを頭に描いてしまうのですが、制作する側、出演をする側、聴く側のお互いの思いやりが、絶対的に必要なことを考えてしまいます。

何気に会話が投げ捨てられている日常の気配に、ラヂィオから流れる声に気をやって、制作現場の状況に思いを馳せることが、どんなにか人の心を豊かに和ませてくれるかを、最近になって大きく認識することができています。

この日偶然に起こっていることとは、遥か過去の日になった時に、歴史家のコメントとしてどのような史実が残されて、その頃の国際社会はどんな世相になっていることでしょう。

一国独裁の北朝鮮の金家が、国家の首領を親子の承継によって、国際社会に向かって非民主的に非合法として、稚拙に勝手な国家運営を独裁していますが、このたび金家三代目になる正恩氏が軍の要職に就くことで国際社会にデビューを果たしたようです。

先日来三男が後継者役適任であることが、連日マスコミから報道をされていましたが、党大会で役職に就いてからは、頻繁にメディアに顔を出すようになって、祖父である金日正元国家主席そっくりな風貌を感じとってしまいました。

世間でいうところの隔世遺伝なのでしょうか、長男の正男氏よりは凛々しく、中々の器をもった人物に見受けられるのですが、これから国際政治の荒波をどのように乗り切って、国家や国際の世相に対して、民主的な平和な国家を統率していくことができるのでしょうか。

何気にネットのニュースを観ていたら、今日行われた朝鮮労働党創立65周年記念軍事パレードに、金日正と正恩親子が揃ってひな壇で閲兵に応えている姿がありました。

祖父や父にそっくりな一面をもっていて、その風貌からすれば後継者が正恩氏に選ばれる理由が良く理解できるものですが、苦労なく育ってきた良家の富相に期待をもってしまいます。

いずれ後継者として国際社会には、国家首領としてデビューがされるのでしょうが、国家の平和と安泰を現代の若者としての感性をもって、一日も早く国際社会の中の一国として認知されるような、そんな現代的指導者になってほしいことを期待してしまいます。

その軍事パレードの様子と一緒して報道されていたのが、元北朝鮮国家党幹部であった黄氏が亡命先の韓国で孤独死した様子が報道されています。

警護員との共同生活から、他殺でないことが確かとの報道されていますが、時を同じくした日に、北朝鮮では将来の国家指導者になる若き英雄が誕生して、隣国に亡命をした元幹部が死を迎えるのですから、この世の明暗刹那とは、国際政治的にはどんなドラマが秘めているのでしょうか。

祖父や父親に風貌はそっくりでも、近代的な自国の近代的な国家建設にむけて、国際社会から温かに、是非迎え入れられる国家指導者に成長をしてほしいものです。

亡くなった黄氏は、金日成元主席の家庭教師を務めた人であるそうで、旧態依然とした母国に決別をして、韓国に逃亡をしたのでしょうから、同じ思想を持った人や貧困者が脱国を企てている現状が無くなって、是非是非国外にいる脱国者が北朝鮮に戻ることができるような、素晴らしい平和な国家を目指してほしいものです。

テレビの画面からはひな壇で立派な軍服を身につけて、大きな軍帽を被った軍の長老の姿ばかりが気になりましたが、新しい指導者が誕生する時にこそ、長老の幹部は皆さん隠居をするくらいの、新生北朝鮮の飛躍と繁栄を期待してしまいます。

日本海を挟んで存在する朝鮮半島に、南北の軍事境界線が無くなることも期待できるし、平和なアジア圏がこれからの国際社会のリーダーとして、手を結ぶことまでを夢見てしまいます。

一党独裁の中国の繁栄が、めまぐるしい発展をしていることと同じくして、軍事力の拡大がされているそうで、アジア圏繁栄と平和の共存として夢の実現は難しいそうですが、世代交代の機会を上手く活用できることを期待してしまいます。

今日のニュースを観る限り、同じ日に報道された若き幹部の誕生と老いた元幹部の死の現実から、国家の柵や国家間の柵が一党の指導者が握っていることが不自然であることを、改めて世に知らしめた様子に思えました。

他国や自国民を軍事の威力を脅威として管理しているうちは、独裁政治と独裁者の犠牲になる国民が、あまりにも悲惨に観てとれるのですが、良心をもっている国民が、平和な天下をとってもらえることを、切に切に実現できる日を応援して、金正恩氏の善良なリーダー振りを楽しみに待ちたいものです。
ここのところ日中の時間に落ち着いて机の前に座る時間がなくて、昨日のように一日電車を利用しての移動が続いては、机に座っていても疲労感があって、なかなか思うようには仕事が進まなくなっています。

八方美人的にあれもこれもと、やることを広げてみて、かぎ手の机を利便良くしているのですが、書類や資料が山になってしまい、次から次にメールを作成する用事ができてしまい、整理が上手くできませんことを懺悔してしまいます。

あれもこれもと、一手にやりだす悪癖は一生ものですから、諦めることよりは納得をしているところですが、やりだすと止まらない悪癖も健在で、もっと夢中になってくると食事もとらなく睡眠もとらなくても、一心不乱になれることがあります。

徹夜も睡魔を感じないままに頑張れる時もあれば、ただただ眠いだけの、何をやっても寝てしまうこともあって、斑のある生き方が素の人間をやっているようで、決して健康的な模範的な生き方ができないようです。

昨日も移動の疲労感は肉体的にあるのですが、精神的な緊張感があってかまったく床に入る気がなく、覚醒をしたのではと思ってしまう時間に、2時を限度として事務所の明かりを消すことにしています。

どうしても徹夜に近い仕事のやり方が、静かに取り組むことができて、専念できる環境は事務仕事を捗らせる一つの手段になっていることです。

最近になって始めたことがあって、父親が残してくれた携帯ラヂオが事務所の一角に置いてあって、まったく利用する機会がなかったのですが、ふと何気にスイッチを入れた番組が、NHKラヂオ深夜便と言う番組を聴くようになりました。

懐かしいアナウンサーの声が聴こえてきて、11時から朝5時までのロング生番組を知りましたが、定年されているアナウンサーが毎日交代で番組を構成されていて、非常にアットホームで心安らかに癒されてしまいました。

10年も前になるのかテレビの人気番組で活躍されていた方々で、忙しない時代には、本当にほっとするアナウンスを聴かせてくれますし、時間を超越した間の取り方は、確かにこうしたミッドナイトでなければ語りきれないのかもしれません。

言葉が流れる水に乗っている、風にそよいでいるように、ラディオからの悠久の言葉が伝わってくるのです。

こうした言葉と夜中に奏でるにふさわしい、静かな音楽を耳に入れていると、すっかり時間が過ぎ去ってしまい、寝る時間がないくらいの経過が早く感じられます。

秋もすっかり深まってきて、気候的にも一番過し易い夜なべの仕事が捗る環境を、あらたにラディオから求めてしまい、テレビや民放のバラエティー番組と違ってグレードの違いを体感しております。

この歳になってからも、宵っ張りが続くとは、健康のバロメータになるのかもしれませんが、苦悩多き現状に精神が昂ぶってしまい、精神不安定から不眠症になりかけることも、新たな心配の種になってきました。

なにごとも心身の健康を大切にしながらも、秋の夜長を少しでも有意義にさせる努力をすることが、何かの恩恵を天空から授けてもらえることを期待してしまうのです。

昼も夜も夜中も、すべてに恵まれた環境にさせてもらっている、こうした最善な生きざまを少しは恩返しできるように、そんな人生に結びつけることを、毎日心底願ってしまうと、深夜の静けさが魔法の空間になってしまうのです。

昨日も今日も明日も、その繰り返しの時間経過が最善として、自分を許して貰えているのでしょうか、精進することの時間をもつことが大切であると学んでいます。

知人の後を追うようにして、まるで幼児が両親の後を追い懸ける仕草のままに、雑踏する柏駅に向かって歩いていたのですが、用事を済ませていた隣接するデパートの3階から駅に連絡通路があることを新鮮な感覚で教えてもらいました。

東京の約束した用事があって急いでいた時でしたので、地元の駅に詳しい道案内がされてくれたお陰で、随分と時間の節約ができ、余裕をもって東京までの時間を、外の風景に目を向けて楽しむことができました。

乗りなれないJR常磐線を利用して、柏駅から新橋駅に向かったのですが、松戸までご一緒してくれた方にホームを教えて頂き、日暮里での乗り替え方を教えて頂き、松戸からは一人旅を楽しんだのですが、東京スカイツリーを正反対に観ることができました。

いつも利用している総武線と、ほぼ平行した形で常磐線が走っているのだと思うのですが、その中間地点に建設中の東京スカイツリーを、等距離に観ることができましたが、反対側から観ても、まったく同じ形で観ることができるのですが、街並みの違いが新鮮に感じられました。

まったくと言って良いほどで、初めての常磐線沿線は、総武線寄りは人口密度が高いくらいで、込み入っている感じをうけてしまいましたし、何よりも新型車両の乗り心地が、まるで新幹線と同じように感じてしまい、嬉しい経験を喜んでいました。

明るい雰囲気をもった新型車両のお陰があるのでしょうか、乗客までが朗らかに語り合っていて、実に若々しく観てとれるのでした。

一方的に海側の風景を窓から観ていたのですが、日暮里に近づくと普段山手線で見慣れている風景が目に飛び込んできて、頭に残る残影が感覚的に馴染み深くなってくると、なにやら安心感が湧きあがってくることを気付きました。

新型車両は密閉度の技術が高く設計されているのでしょうか、車輪やレールの音がまったくと言って好いほど耳に聞えなくて、逆に車内の話し声が大きく聞えてくるのでした。

窓際で語っていた中年のカップルが、どういう関係の方かが理解できなく、今もって気になる関係を謎説いているのですが、男女関係に経験が薄く疎い身とすると、謎のカップルとして印象が残っています。

二人の距離感や仕草や話し方や、二人を包み込むような愛でる初々さが新鮮に感じられてしまい、特段不潔な印象が全く感じられないのです。

疎い身でもご夫婦でないことはハッキリと理解できるのですが、父娘にしては年齢差がなさすぎるし、許し合った関係の包容力は恋人同士に見えるし、時々身体を密着させての仕草は、不思議なカップルをますます分からなくさせてくれました。

特別に注視をしていたのでなく、その二人の言動が目立ち過ぎて、静かな電車の中で演技をしていたのかしらと思うほど、とりとめなく語らいが続いていたのです。

東京スカイツリーを指さしながらぴったりと寄り添って語り合う姿が鮮明に残っていますが、お互いに疑いの余地が全くない素敵な関係を、ごく自然な目線で観察できたことが嬉しいのです。

偏見なく固定観念で批判をするのでなく、その健康的なカップルの仲好さ加減に拍手ができる、心の余裕を嬉しく受け止めてしまっている自分を、随分成長できたと自慢をしたいくらいです。

若いころであれば、大変な中傷や怒りを覚えたのでしょうが、男女の愛情ほど心温まる嬉しさがありませんことを、希少な経験と人生修業で身につけることができたようです。

JR線新型電車の効用を存分に味わって、初めての常磐線の快適な乗り心地と、居住空間を御土産にして、約束の新橋の事務所に到着することができました。