先日お会いした方は、中近東から日本に遣ってきてアルバイトをしながら漸く独立をすることができ、お国の伝統工芸のペルシャ絨毯を販売する会社のオーナーになった方で、非常に礼儀正しい若者でした。
東京と千葉に販売店を経営されていて、その両方が一流ホテルのアーケードに出展されているそうで、なかなか利発そうな経営をされているらしく、その基本は日本人の礼儀正しい素晴らしい姿勢を生かさせているそうです。
話をしていても、いつもありがとうの精神をもっていることで、見聞きするものはすべてに自分の為になることだから、善いことも悪いことも共にありがとうと感謝をすることを心がけているそうです。
この話を聞くときには大勢の方と一緒にいる時で、初めてお会いして話をする方ばかりでしたが、彼を除いた日本人が驚き、素晴らしい経験談を学び取ることができたと、驚嘆をしながら様々な議論がされました。
思っていてもなかなか実践することができないのですが、堂々と自負することもなく、自分の生きざまを披露することができることは、改めての反省と学びをさせてもらい、躊躇することなく、ありがとうの精神を踏襲させてもらいたいものです。
そんな感動をしたばかりの昨日になって友人から電話があり、夜遅くの相談が延々とされたのですが、その内容は会議の時は原稿をみることなく、自分の言葉でもって話をするように、キツイ忠告をされた方がいて、苦痛が大きく残ってしまったそうです。
加えて会議を管理する組織の批判をしながら、自分の意思で意見発表をすることが当然のことであり、勉強が足りない現状を憤慨されていることを直言されてしまい、意気消沈をしていることを吐露されてしましました。
一つの自己研鑽をする手段として、皆さんの為になるだろうと会議に出席して、学んだ資料を読み上げたまでのことで、特段営利を目的にしているわけでなく、大きな目標をもって画策をしたわけでなく、善意が無になってしまったことが悔しそうでした。
罵倒されて無念な気持ちを払拭させて、翌日になってお詫びの電話をいれたら、昨日以上に言葉を荒げてしまい、人の心をまったく理解しようとしない卑劣な行為に、ただただ怒りの気持ちが治まらないようでした。
中近東からこられた方のように、そのすべてが自分の為になると受け止めて、感謝の精神を発揮されて、いつもありがとうございますと心からのお礼を言える若者とおあいしたばかりでしたから、一層対比の気持ちが大きくあり、電話口でも慰める言葉ばかりが先に立ってしまいました。
人のことを非難中傷することが趣味になっているかのような、そんな自己中心型の世間知らずの方が身の回りにいること自体が不愉快で、世間常識の損失であることを認識してしまいます。
せめて温情を持つ常識人ならば、会議の発言をまずは評価をして、その中でも注意をしたり修正をすることがあれば、言葉優しく指導を願いたいものですし、大らかな包容力を発揮させてこそ、人望が厚くなっていくのだと信じてしまいます。
この方こそ、まずはありがとうの精神を持つべきであって、話をさせてもらってありがとう、話を聞いてくれてありがとう、出会いにありがとう・・・すべてにありがとうを優先させる心がけを素直に受け止めてほしいものです。
そんな反比例的な二人の話を思い描きながら、せめても電話で相談をしてくれた友人にありがというを伝えて、まさかの迷惑人にも、こうした悪例を学ぶことができたことにありがとうを意識して、新たに自分の心を磨くことができてありがとうを強く思ったのです。
世の中は禍福が織なっていることが基本であることを、もっともっと鮮烈に意識をしていかないと、悪い心の人の悪霊だけが織りなすこととになりえますので、ぜひぜひありがとうの純粋な福を沢山織こなすことに意識を高めていきたいものです。
国の出身が全く関係なく、人の心が何処の人も同じであることが教示されて、だからこそ同じ国民であれば、もっと理解し易い受け止め方がされるべきと、当然にあると思ってしまうのです。
東京と千葉に販売店を経営されていて、その両方が一流ホテルのアーケードに出展されているそうで、なかなか利発そうな経営をされているらしく、その基本は日本人の礼儀正しい素晴らしい姿勢を生かさせているそうです。
話をしていても、いつもありがとうの精神をもっていることで、見聞きするものはすべてに自分の為になることだから、善いことも悪いことも共にありがとうと感謝をすることを心がけているそうです。
この話を聞くときには大勢の方と一緒にいる時で、初めてお会いして話をする方ばかりでしたが、彼を除いた日本人が驚き、素晴らしい経験談を学び取ることができたと、驚嘆をしながら様々な議論がされました。
思っていてもなかなか実践することができないのですが、堂々と自負することもなく、自分の生きざまを披露することができることは、改めての反省と学びをさせてもらい、躊躇することなく、ありがとうの精神を踏襲させてもらいたいものです。
そんな感動をしたばかりの昨日になって友人から電話があり、夜遅くの相談が延々とされたのですが、その内容は会議の時は原稿をみることなく、自分の言葉でもって話をするように、キツイ忠告をされた方がいて、苦痛が大きく残ってしまったそうです。
加えて会議を管理する組織の批判をしながら、自分の意思で意見発表をすることが当然のことであり、勉強が足りない現状を憤慨されていることを直言されてしまい、意気消沈をしていることを吐露されてしましました。
一つの自己研鑽をする手段として、皆さんの為になるだろうと会議に出席して、学んだ資料を読み上げたまでのことで、特段営利を目的にしているわけでなく、大きな目標をもって画策をしたわけでなく、善意が無になってしまったことが悔しそうでした。
罵倒されて無念な気持ちを払拭させて、翌日になってお詫びの電話をいれたら、昨日以上に言葉を荒げてしまい、人の心をまったく理解しようとしない卑劣な行為に、ただただ怒りの気持ちが治まらないようでした。
中近東からこられた方のように、そのすべてが自分の為になると受け止めて、感謝の精神を発揮されて、いつもありがとうございますと心からのお礼を言える若者とおあいしたばかりでしたから、一層対比の気持ちが大きくあり、電話口でも慰める言葉ばかりが先に立ってしまいました。
人のことを非難中傷することが趣味になっているかのような、そんな自己中心型の世間知らずの方が身の回りにいること自体が不愉快で、世間常識の損失であることを認識してしまいます。
せめて温情を持つ常識人ならば、会議の発言をまずは評価をして、その中でも注意をしたり修正をすることがあれば、言葉優しく指導を願いたいものですし、大らかな包容力を発揮させてこそ、人望が厚くなっていくのだと信じてしまいます。
この方こそ、まずはありがとうの精神を持つべきであって、話をさせてもらってありがとう、話を聞いてくれてありがとう、出会いにありがとう・・・すべてにありがとうを優先させる心がけを素直に受け止めてほしいものです。
そんな反比例的な二人の話を思い描きながら、せめても電話で相談をしてくれた友人にありがというを伝えて、まさかの迷惑人にも、こうした悪例を学ぶことができたことにありがとうを意識して、新たに自分の心を磨くことができてありがとうを強く思ったのです。
世の中は禍福が織なっていることが基本であることを、もっともっと鮮烈に意識をしていかないと、悪い心の人の悪霊だけが織りなすこととになりえますので、ぜひぜひありがとうの純粋な福を沢山織こなすことに意識を高めていきたいものです。
国の出身が全く関係なく、人の心が何処の人も同じであることが教示されて、だからこそ同じ国民であれば、もっと理解し易い受け止め方がされるべきと、当然にあると思ってしまうのです。