ここ数日あった徹夜の連続が身体に負担を掛けてしまったのか、まるで風邪の症状になってしまい、お腹は壊すは身体中に倦怠感があるしで、祭日の素晴らしい上天気の中で、事務所のソファーに寝転んでしまわないと辛く気だるくて、事務椅子に長く座ることもできない症状になってしまいました。
昨晩の食事の後になって急激な腹痛が襲ってきて、食あたりかと危惧していたのですが、朝になってからは久しぶりに倦怠感を身体中に感じることになり、昼前になって家族がお墓参りに行く準備をしていても、なかなか気力が湧かなく気分が乗りきれませんでした。
漸くにして4月に亡くなった従兄と先祖のお墓をお参りして、帰宅時にはそのまま事務所に上がってソファーにごろんと横になって、暫しの時間ウトウトすることをせざるをえませんでした。
それでも2時間ほど仮眠ができたお陰でしょうか、身体の節々の痛みも軽くなってくれて、何よりも気力が復活してくれたことが嬉しくて、途中から気分転換のNHKラヂィオを聴きながら横になっていたのですが、ちょうど園芸相談という時間を楽しむことができました。
スタジオに待機する庭木と観葉物と野菜の専門家が控えていて、ほぼ一時間くらい視聴者が一門づつ質問をしているのですが、皆さんが高齢な方からの問い合わせがほとんどのようでした。
限られた時間に多くの質問を受けて、応えてあげる様子が窺え、アナウンサーと高齢な方の質問が頓珍漢になるが度に、実にほのぼのとした空間を耳にすることができて、ラヂィオの効能を受けていました。
端的に要旨を質問する方もいれば、脱線をしたまま何を質問するかも分からなくなる人や、勝手に自己解説をして納得している人がいて、実に愉快な番組を聴くことができたのです。
プロのアナウンサーと3人の専門指導員と、全くの素人の組み合わせが面白く、スタジオの制限時間を気にしながら番組を進める様子が伝わってきて、お構いなく一方的な質問を問いかける視聴者が、ミスマッチをおこして当たり前の状況を前提にするのですから、番組のプロジューサーも気が気でない様子が伝わってくるのです。
NHKでも民放でも視聴者が参加する番組は沢山ありますが、TBSラヂィオの子供相談室も息が長い番組で、この夏休みの時にも車の中で何気に聴いた記憶があります。
子供の素朴な質問をスタジオにいる専門家が、易しい言葉を使って伝えるのですが、どこまで理解をしているのかが興味があって、さすがに幼稚園の児童に対しての説明が大変そうでした。
本当に理解ができたかは疑問があるのですが、子供らしい元気溌溂な声が嬉しくなってしまい、自分の声がラヂィオから流れたことだけで、単純に昂奮をしているのでしょう。
言葉を使って理解をして貰うことの難しさは、我々も日常に沢山経験しているのですが、特に電話応対で意思を伝えることの難解さを、何度か苦労して伝える自分を体験していました。
言い回しと言葉を選んでも、なかなか思ったような理解をして貰えないことがあって、如何に顔を見合っての会話の効能が大きいことかを納得してしまいます。
高齢な方とか幼児に対して、あたり前のことを分かり易い言葉を選んで、丁寧に説明をする作業の様子を聴くたびに、スタジオのスタッフの大変さを頭に描いてしまうのですが、制作する側、出演をする側、聴く側のお互いの思いやりが、絶対的に必要なことを考えてしまいます。
何気に会話が投げ捨てられている日常の気配に、ラヂィオから流れる声に気をやって、制作現場の状況に思いを馳せることが、どんなにか人の心を豊かに和ませてくれるかを、最近になって大きく認識することができています。
昨晩の食事の後になって急激な腹痛が襲ってきて、食あたりかと危惧していたのですが、朝になってからは久しぶりに倦怠感を身体中に感じることになり、昼前になって家族がお墓参りに行く準備をしていても、なかなか気力が湧かなく気分が乗りきれませんでした。
漸くにして4月に亡くなった従兄と先祖のお墓をお参りして、帰宅時にはそのまま事務所に上がってソファーにごろんと横になって、暫しの時間ウトウトすることをせざるをえませんでした。
それでも2時間ほど仮眠ができたお陰でしょうか、身体の節々の痛みも軽くなってくれて、何よりも気力が復活してくれたことが嬉しくて、途中から気分転換のNHKラヂィオを聴きながら横になっていたのですが、ちょうど園芸相談という時間を楽しむことができました。
スタジオに待機する庭木と観葉物と野菜の専門家が控えていて、ほぼ一時間くらい視聴者が一門づつ質問をしているのですが、皆さんが高齢な方からの問い合わせがほとんどのようでした。
限られた時間に多くの質問を受けて、応えてあげる様子が窺え、アナウンサーと高齢な方の質問が頓珍漢になるが度に、実にほのぼのとした空間を耳にすることができて、ラヂィオの効能を受けていました。
端的に要旨を質問する方もいれば、脱線をしたまま何を質問するかも分からなくなる人や、勝手に自己解説をして納得している人がいて、実に愉快な番組を聴くことができたのです。
プロのアナウンサーと3人の専門指導員と、全くの素人の組み合わせが面白く、スタジオの制限時間を気にしながら番組を進める様子が伝わってきて、お構いなく一方的な質問を問いかける視聴者が、ミスマッチをおこして当たり前の状況を前提にするのですから、番組のプロジューサーも気が気でない様子が伝わってくるのです。
NHKでも民放でも視聴者が参加する番組は沢山ありますが、TBSラヂィオの子供相談室も息が長い番組で、この夏休みの時にも車の中で何気に聴いた記憶があります。
子供の素朴な質問をスタジオにいる専門家が、易しい言葉を使って伝えるのですが、どこまで理解をしているのかが興味があって、さすがに幼稚園の児童に対しての説明が大変そうでした。
本当に理解ができたかは疑問があるのですが、子供らしい元気溌溂な声が嬉しくなってしまい、自分の声がラヂィオから流れたことだけで、単純に昂奮をしているのでしょう。
言葉を使って理解をして貰うことの難しさは、我々も日常に沢山経験しているのですが、特に電話応対で意思を伝えることの難解さを、何度か苦労して伝える自分を体験していました。
言い回しと言葉を選んでも、なかなか思ったような理解をして貰えないことがあって、如何に顔を見合っての会話の効能が大きいことかを納得してしまいます。
高齢な方とか幼児に対して、あたり前のことを分かり易い言葉を選んで、丁寧に説明をする作業の様子を聴くたびに、スタジオのスタッフの大変さを頭に描いてしまうのですが、制作する側、出演をする側、聴く側のお互いの思いやりが、絶対的に必要なことを考えてしまいます。
何気に会話が投げ捨てられている日常の気配に、ラヂィオから流れる声に気をやって、制作現場の状況に思いを馳せることが、どんなにか人の心を豊かに和ませてくれるかを、最近になって大きく認識することができています。