広い境内には観光客がちらほらと行き来して、お祭りとか行楽季節の週末は、大賑わいするのですが、至って静かな境内に、老齢なグループが大勢散見することができました。
境内に到着をして、一段と高くなっている大地に、建立されている神宮を参拝するために、階段を昇る歩幅を進めていたら、階段の中央の位置にひな壇で並んで、記念写真を撮っているグループがいました。
おそらくは、シャッターをお願いしますと言われることを予期しながら、そのタイミングを探りながら歩を進めていたのですが、賑やかな一団からはその声がけがなくて、小さな三脚を固定する作業をしていました。
狙っているショットに上手く構図が纏まらないらしくて、昇り始めた階段を下りていき、シャッターを押しましょうと声をかけてあげました。
写真にかなり凝って居る方らしくて、アングルの注文を頂いたのですが、結局は平凡な公図にすることにして、何枚かの集合写真を撮ってあげることができました。
皆さんが持っているカメラはデジタルですから、その場で確認してもらって、シャッターの役割了解を得てから皆さんと御別れしたのですが、年配のグループらしく丁寧に低頭にしてお礼を伝えてくれました。
20人くらいの御仲間であったのでしょうか、そのあとで境内の散策でお会いしたのですが、皆さんが4人くらいの小グループになって散策していて、先方から会釈をしてくれる度に、こうした交流は心が和み喜びが湧き出てきました。
参道から両脇にある売店まで、先ほどのグループが何人かになって、別れて散策する姿とすれ違うたびに、軽い会釈をしてくれてその交流が何とも気持ちよく、適度な距離感を置いた会釈の仕方が嬉しいものでした。
気候的にも暑くもなく寒くもなく、閑散とした境内がかえって居心地がよく、参詣者からすれば大自然の大空間と静寂の恩恵とを受け止めて、静けさが最高の至宝であることを理解しているようすでした。
日常の雑踏からかけ離れた時空を味わいながら、玉砂利の音が清らかに耳に届く癒しの時間を満喫することができたのですが、こうして見ず知らずの方々と、一緒に生活をする共有地が、公共のマナーを学べる場になるのでしょう。
混雑している時期には、それなりに猥雑な環境ができてしまい、人々が慌ただしいだけで、自己の品格までも落としてしまっている様子が垣間見れましたが、今日の様な環境ですと、皆さんが優等生の参詣人になっておりました。
場の空気が感化をしてくれるのでしょうか、静かな境内が人の心を正常にさせてくれて、本性にある人格を育成させているのでしょうか、とっても素晴らしい空間を共有することができました。
昨晩の報道テレビ番組には、お二人にノーベル賞受賞者が連続して登場されていましたが、鈴木章さんも根岸英一さんも、物凄い誇らしい存在なのに、実に謙虚に奢りなく対応されている姿が、本物の陣なく者であることを知らしめてくれました。
時には浮かれることも必要ですが、根本的にはその人が本性として備わっている、人格を磨き品性を高める意識を、能動的に自らが取り入れることの、意識を高める自覚を持ちたいものです。
参詣の度に買付けの名物草団子をお土産にして、高速道路での車のスピードを落としながら、香取神宮境内で感じ得た人の交流の素晴らしさを、じっくりと心温める喜びを噛みしめることができました。