プールサイドの人魚姫 -95ページ目

プールサイドの人魚姫

うつ病回復のきっかけとなった詩集出版、うつ病、不登校、いじめ、引きこもり、虐待などを経験した著者が
迷える人達に心のメッセージを贈る、言葉のかけらを拾い集めてください。


妄想 タミフルは麻薬か、と思わせるような事故がいまだに続いている。桜前線に追いやられるようにインフルエンザの流行もピークを超え、沈静化して来てはいるものの、依然タミフルの恐怖は拭えない。厚労省によると、タミフルに関する研究班に販売元の中外製薬から7600万円もの寄付が寄せられていたと言う。研究費が足りない事を理由に寄付を求めるという行為。タミフル事態に不信が募っている中でその様な金銭のやり取りが行われている事に怒りを覚える。10歳以上の未成年に限って注意勧告を進めていたにも関わらず、実際には10歳以下の子どもにも精神的異常が認められ、既にこの薬は全く安全ではない害薬としか思えず、まさにマリファナやコカイン等といった、麻薬的要素を含む精神障害を起こす非常に危険極まりない薬物と言えるだろう。10代の子どもに於ける全面禁止という処置は余りにも遅く、国と製薬会社がからむ利益優先のつけがまたも民間人を犠牲とする国の民意なき姿勢が浮き彫りになった。表に出ているタミフル服用の事例は僅かであると思われる。多少の不安定な行動であれば、インフルエンザが治り、劇的に症状が改善する事の方を優先してしまう人も多いだろう。どんな薬にもリスクは必ずあるが、親が監視していなければならないような薬を野放し状態で使い続けて来た、国、製薬会社、そして医者、薬剤師も薬に対し身の安全を優先してこそ安心して服用出来る心の処方箋を基本にして頂きたいものである。

うさぎ 今、最も騒がれているタレントと言えば元モー娘の加護亜依。一部週刊誌に「18歳年上男性との温泉デートで喫煙」と報じられ所属事務所も困惑し、最終的には解雇に至った。以前わたしも「モー娘も悩む禁煙生活」という記事を書いたが、反響は大きかった。芸能人、特にアイドル的存在の人気タレントの場合、世間に与える影響は計り知れないものがある。それだけに、芸能人は自分のプライバシーに至るまで世間の目を気にしなければならず、ストレスも相当溜まっていると思われる。我々一般人が未成年でありながら、煙草の一二本吸ったところで学校の教師に注意されるのがせきの山。ファンは勝ってなもので、自分の好きなタレントを自分の中で大きく作り上げてしまうところがある。ファン故の行動と意識でもあるが、自分流のイメージが壊された事で批判をする人も中にはいるかも知れない。吉田拓郎がエレキギターを持った時に会場は帰れコール一色になった。ボブディランも同様だったし、歌手或いはタレントに対し固定観念を持ってしまい信じられない現象に拒否反応を起こす訳である。幸い「加護亜依」のファンは心の優しい人が多いようで、彼女を擁護する意見の方が圧倒的であるが、それも彼女の人気が高い事を裏付けるものである。が、しかしファンの気持ちを壊すような事だけは避けて欲しいものである。ところでわたしの住んでいる近くに元モーニング娘の後藤真希の実家がある。時々帰って来ることがあり、自然体の彼女を見ることが出来るが、やはり実家に帰ってきたと言う安堵感からか、TVで見る姿とは180度違う素顔を覗かせることがある。どちらが本当の顔かなどとやぼな考えは抜きにして、どちらも後藤真希には違いない。人間誰でも二つの顔を持っている訳で、時と場所を選んで使い分けている。スキャンダルや思いがけない記事で売り上げを伸ばしている週刊誌の事だから多少の捏造はあるだろう。人気タレントだからこそ記事になる、謂わば金づると同じで週刊誌の記者たちにとっては最高のボーナス点とも言えるだろう。芸能界とは不思議な世界で、煙草で解雇であれば覚醒剤を使用した歌手が現役で活躍しているのはどうかと思う。加護亜依も時期がくればいずれ復帰する可能性は高い、芸能界のいい加減さに呆れるばかりである。

植木等 昭和の時代を象徴する人物がまた一人消えて行った。昭和30年代に入り日本は高度経済成長へと、付き纏う戦後の亡霊を振り払うが如くに一つの目的を目指し成長して行った。サラリーマンがタイムカードに一日の自分を記憶した時代。初々しさと恥ずかしさが入り混じった集団就職の列車が金の卵たちを乗せ上野駅に到着する。活力の溢れた昭和が懐かしい。クレイジーキャッツが全盛期でテレビではシャボン玉ホリデーが人気番組だった。今の様な録画番組は少なく、殆どが生放送。てなもんや三度傘、お笑い三人組みなど等。母方の祖母が「布施明」の大ファンであった。それもその筈、息子の竹男(わたしの叔父)が布施明そっくりだったので、シャボン玉ホリデーにゲスト出演している彼の映像を食い入るように見詰めていた。番組のラストではハナ肇が人気双子歌手のザ・ピーナツが歌う「スターダスト」の中で番組を振り返るのだが、最後に肘鉄を食らうそのエンディングが面白く、わたしもお気に入りの番組だった。植木等のコントも最高でそれが今の志村ケンを生み出したとも言えるだろう。わたしは一度だけクレイジーキャッツを生で見た事がある。しかし記憶の片隅を掘り起こしても植木等の顔は浮かんで来ない。祖母や叔父さん達と一緒に静岡市の駿府会館へショーを見に行った時の事。わたしはまだ小学生にも満たない頃だった。超満員のステージには煌々とスポットライトが当たり、異様な興奮と観客が投げるテープが踊り狂っていた。ほんの断片的にしか思い出せないが強烈な印象として今でも脳裏に焼きついている。竹男叔父さんは中学を卒業すると同時に、母(わたしの)を追って福島へ行き小さな町工場へ就職した。そしてその一年後には帰らぬ人となった。僅か50ccのバイク、スーパーカブに跳ねられ即死だった。僅か16歳でその生を終えた叔父さん、わたしを弟のようにかわいがってくれた。母も父も叔父、叔母さんたちは何れもわたしより遙か若くしてこの世を去っている。わたしはその分寿命を頂いて病気ながらも生きていられるのは、早くして亡くなった身内のお陰かも知れない。ちょいと一杯の積りが、いつの間にかアル中になってしまい肝硬変で亡くなった父を植木等の歌にだぶらせてしまう今日この頃である。

そっくり?

春場所は荒れると昔から言われ続けているが、今場所ほど荒れた相撲も珍しい。八百長疑惑で揺れた角界にいまだ黒い不安が付きまとう。だから力士たちの相撲に精彩がない。朝青龍の見事な負けっぷり、初日から2連敗。それも横綱に相応しくない敗れ方。座布団の乱れ飛ぶ春場所を誰が一体制するのか気がかりだった。最も優勝に近かったと思われたのは出足の良い栃東であったが、中盤までは万全と思える相撲を取りながら体調を崩し休場。終わってみれば結局連敗の恥を吹き消すかのように連勝を続けた朝青龍と若きホープの大関、白鵬。この二人の対戦が八百長を払拭するように盛り上げてくれた春場所だったと思う。どちらが勝ってもモンゴル勢のパワーが上回り、日本人力士の不甲斐なさを見せつけられるような場所であった事は確かだろう。日本人横綱はどう見てみも当分現れそうにない。迫力がないのである。一生懸命に取っているのだろうが、気持ちと身体がバラバラでバランスが全くよくない。怪我が多いのは稽古不足、常に鍛え上げていれば自ずと怪我も減る。スポーツの世界だけに限った事ではないが、自分の居場所に満足してしまったらスポーツ生命は終わったも同然である。増してやプロなのだからなお更。アマチュア選手の方が遙かにやる気根気が備わっているのではと思えて仕方がない。お前らやる気あるのかと怒鳴りたくなってしまうのだが。

地震2 日曜の朝、誰もがのんびりと休日の朝を迎えていた。日本海は何処までも澄み切って、春の潮風が岸壁に打ち寄せている。そんな喉かな風景を一瞬の揺れが襲いかかった。能登半島を襲った巨大地震、震度6強の恐怖に住民は戦き震え上がった。幸いにも被害は最小限に留まった事が救いとも言えるだろう。しかし余震の続く日々を送る住民に本当の安心が訪れるのはまだ時間がかかるかも知れない。さて、このニュースをTVで知った時わたしは33年前の自分を想い出していた。静岡県の伊豆半島を襲った伊豆半島沖地震である。当時17歳のわたしは店内装飾などの仕事をやっており、徹夜明けでフラフラになった身体を休める為に事務所の二階に上がり、仮眠を取ろうとしていた。午前8時を少し回り掛けた時だったと思う。地響きとも獣のうなり声ともつかぬ、この世の者とは思えぬ音がうねりと共に襲って来たのである。眠る暇もなく飛び起き、揺れが少しずつ遠のいて行くのを確認しながら、恐る恐る一階へと降りた。立て掛けてあった看板類が折り重なるように倒れている。震源地は何処だろう?田舎(藤枝)は大丈夫だろうか…。現代のように携帯電話など無かった時代、とりあえず知り合いの家に電話を掛けてみたが、中々通じなかった。しばらくすると会社の上司がやって来て、カーラジオで伊豆地方が震源らしいというニュースを聞いたと知らせてくれた。わたしが生まれて初めて経験した大地震であった。阪神淡路大震災や新潟の中越地震など過去の大きな災害が思い出されてくる。自然は優しさと恐さの両面を持っている。賢い人間はその自然に順応しながら生きているもの。地球を人間で例えるとまだ小学生ほどだろう。悪戯盛りであり、行動も活発。そんな地球が咳をしたようなものだが、もし東京がこのような巨大地震に襲われた時、人はなす術もなく呆然と時の過ぎるのを待つだけになるのだろうか。一極集中型の日本の弱点が浮き彫りになり、我々の視点が根底から覆される時は必ずや来ると覚悟を決めておいた方がよいだろう。

ボクサー 亀田家のボクシングと言えばKOが魅力の一つ。ライトフライ級からフライ級へ転向した亀田興毅の試合が先日行われたが、「3回で倒す」と言った強気の発言とは裏腹に3-0で判定勝ちを収めたものの、本人に笑顔は戻らなかった。それもその筈で、ランダエタ戦で培ったスタイルは影を潜め、単調な一直線のボクシングに戻ってしまった。口先だけなら何度でもKOは出来るが、それが的外れに終わってしまった時、悔しさと同時にファンの期待も色褪せてくる。昨年の夏、八百長試合と罵られ、精神的にもダメージを受けた彼であるが、それをばねにしチャンピオンベルトを返上してまでフライ級に臨んだわけであるが、最初の試合としては苦いスタートとなったに違いない。ノンタイトル戦という事もあり、場合によっては試合に臨む気持ちのあり方に左右される面もあるだろう。全力を出し切って相手を倒しにかかり、結果的に怪我などしても詰まらないという消極的な面が背景にあっただろうとも思われる。相手の選手もおそらく練習代わりの試合くらいに軽く見ていたかも知れない。将来チャンピオンの座を掛けて戦う相手にもなり得る訳で、自分のボクシングスタイルを相手に見せてしまっては分が悪い。70%程度の力で自分の実力を相手に見せず、様子を伺う試合とも言える。ノンタイトル戦のマイナス面は試合に緊張感が見られないことだろう。だがプロであればタイトルに関係なく自分のスタイルを貫き通すのが一流のファイターでもある。観衆を納得させる試合の難しさ、こと一対一のような格闘技であればなお更である。

村主 トリノオリンピックから早一年が過ぎ、そして世界フィギュア選手権が始まった。この舞台に女王荒川静香の姿はもうない。イナバウアーはプロの世界へと羽ばたき、自分を応援し支えてきてくれたファンには別の舞台で華麗な滑りを披露してくれている。そして彼女を羨望の眼差しで見詰めていた浅田真央や安藤美姫がこの世界フィギュアで女王の座を争っている。トリノから大きく飛び立った氷のプリンセス達は一回り否ふた回りも大きく成長し、堂々たる貫禄でリンクが小さく見えるほどであった。スポーツ選手に限った事ではないが自分の持っている力を100%出し切ることは非常に難しい。大会に備える時から勝負は始まったも同然で、どんなに冷静沈着な選手でも心はその大きなプレッシャーに押しつぶされてしまうのではないかと思う。だがしかし、彼女らの素晴らしいところは滑りながら自分を取り戻していく余裕すらあるところだろう。失敗を恐れて技が小さくなっては良い点がとれない、それ故一か八かで大技を決めてくる。転んでしまったらしかたがない、だがやらねば結果もついて来ないだろうし、自分が一番後悔する羽目になる。それを知っているからこそ、プレッシャーをばねにして自分の演技に全力を注ぐのだろう。ところでこの大会にもう一人いるべき姿がない。最も女王に近い存在だった村主章枝である。トリノからこの選手権の間には個々それぞれのドラマがあった。誰もが現在よりも高いレベルを目指し、激しい練習に氷も溶け出すほどの汗を流してきたに違いない。しかしながら体調の不備や怪我に泣く選手も多く、強豪ひしめくフィギュアスケートの世界から一歩飛び出す事は非常に難しい。昨年の大会で思う様な結果が出せず今大会の枠から外れてしまった彼女ではあるが、大胆さこそはないもののその華麗で繊細な滑りは情感豊かな演技で彼女の右に出る者はいない。村主章枝の舞い踊る姿がブラウン管から消えてしまっても情熱みなぎる彼女のハートが復活する日は近いだろう。だから敢えて今日の動画は村主章枝にしておこう。
ところで、この記事を書いている最中(24日)に安藤美姫が逆転の金メダルを獲得という喜ばしいニュースが飛び込んで来た。金メダルおめでとう。浅田真央も良く頑張りました。日本のフィギュアスケート界を牽引する二人に拍手喝采。



プーチン
広大な国ロシアの歴史を紐解くと、様々な人種や国が複雑に絡みあって今日に至っている事が分かる。昨年11月だったか、連邦保安庁(FSB)元中佐のアレクサンドル・リトビネンコ氏がロンドン市内の病院で死去した。明確な原因は追求されず「毒殺」という不可解な死因については憶測のまま現実から消去されてしまった形となっている。同氏の体内から検出された毒性の極めて強い放射性物質「ポロニウム210」これにより暗殺の疑いが非常に高まったとも言えるが、プーチン大統領は一切関係ないと暗殺を否定した。自ら暗殺を認めるような国のトップなど存在する訳はないのだが、ロシア政府、或いはプーチン政権に不都合な人物が現れ、機密情報などを握られていたりした場合、闇に葬る手立てとしての暗殺は大いにあり得るだろう。ロシアが抱える問題の一つにチェチェン紛争がある。反体制報道で有名なジャーナリストのアンナ・ポリトコフスカヤ女史もエレベーター内で殺害され、その犯人は以前捕まらず真相は闇のまま。チェチェン問題に力を注いでいた彼女の殺害事件に対し、プーチン大統領は「彼女の殺害はチェチェン問題よりもロシアにとっては大きなことで、忌まわしい犯罪」等ととぼけた声明文で我関与せずと誤魔化して見せた。ロシアの抱える闇は大きくそれは北朝鮮にも影響を与えているだろう。北朝鮮が強硬姿勢を崩さずのさばっている背景にロシアの後ろ立てがある事はほぼ確実であり、もちろんこの中に中国の存在もある。強大な国には外部に知られたくない情報も溢れるほど存在し、それを守る為の組織もあり暗殺部隊が影の如く忍びより標的を捉え証拠も残さず、まるで映画の世界にでも入り込んだかのような鮮やかな手口で命を奪い取る。わたし達の知らない世界では想像を遙かに超える闇が存在し、それは国の利権を擁護する為に平然と行われているのだ。権力に逆らう者は命を落とす、それも犬死に終わってしまっては殺害された人の魂は浮かばれない。

シンクロ メルボルン発、世界水泳競技が始まって数日が経つ。様々な競技がある中で最も注目度の高い種目はシンクロナイズドスイミングだろう。長くすらりと伸びた足は人魚のひれの如く、活き活きと躍動感に充ち溢れ、観る者を魅了する。足の長さでは外国チームに一歩リードされるものの、日本人特有の品の良さが彼女たちには備わっている。これはどのチームにも真似の出来ない清らかな脚線美ではないだろうか。優れたコンビネーション、プール狭しと踊る華やかさ。金メダルには手が届かなかったが、堂々の銀メダルに輝いた。日本チームの技量は年々高くなり優秀な選手も増えて来ている。世界は広いプールであり、どの国も金を目指し猛特訓に励んでいる。間違っても「踊る犬神家」なんて事を想像してはいけない。彼女たちの美しさを見ればそんな妄想は抱かないだろうが。日本海から大海原に挑戦する人魚姫たち。これほど水の似合う競技もないだろう。ところでかなり以前から疑問に思っていた事がある。水泳競技に何故黒人選手はいないのだろうか?体質の問題?環境?まさか白人が黒人と同じ水に入るのを嫌っている…人種差別なのだろうか?黒人選手は他のスポーツでも大活躍しその筋力たるや超人並みである。子どもの頃だったか、絵の具やクレヨンに肌色などというものがあり、母親の顔などを描くと決まって肌色だと思い込み顔を塗っていた。子どもに罪はないがそのような先入観で物を見てしまうと、必ずそこに亀裂が生じてくる。これはいじめにも繋がる問題でもある。CMにも差別的表現があったりする。水はどんな色にも染まることを忘れないで欲しい。

激突 タミフルによる副作用と決まったわけではないが、服用後に異常行動を起こし転落死する10代の若者が後を絶たない事から、厚労省もその重い腰をあげ本格的調査に入り、10歳以上の未成年者に対し、タミフルの使用を控えるよう注意喚起を行った。だがこれも役人の後手後手対応で被害者が一定の数を超えるまでは薬との因果関係を認めようとしない、国の利益を優先する民意なき役人本位に進む国の体質が浮き彫りになったとも言えるだろう。新薬が開発される工程でその安全性が確立されるに至るまでマウス等の小動物を使った実験がなされ最終的に我々人間がその実験材料に使われるのだが、90%安全であれば残りの10%は犠牲になってもよいと言う数字での判断。人質事件のように10人を犠牲にし、残り90人を助けるのと同じだろう。自ら全体の為に命を投げ出す勇気ある人物は別としても誰だって助かりたいと思うはず。病気を治すのが目的の薬ではあるが、100%安全が確立された薬など存在しない。わたしが毎日服用している薬の中に「ジゴシン」という物がある。確か、中外製薬の商品だったと思う。これは強心剤の一種で最も一般的な薬だが、副作用が非常に多く、劇薬の部類に入っている。薬は当然医者が処方する訳で、医者或いは薬剤師はその薬について、こと細かく患者に説明する義務がある。最近では薬の内容や効果、副作用についての説明文が一緒について来るので、服用する際は一通り眼を通すべきである。タミフルの影響が10代の未成年に集中しているのは、おそらく育ち盛りの身体は細胞分裂も活発で日々成長を遂げている。そこにタミフルが持つ何らかの作用が影響を及ぼし脳細胞に悪い刺激を与えるのではないかと思われる。薬を服用する患者側にも間違いはあるもので、決められた用量を超えて服用してしまったり、飲む時間帯を間違えたりなどして医者とのコミュニケーションが上手く取れなかったりした場合にも不安要素が増幅することもあり、医者とて完全な人間ではないし、毎日数多くの患者を診るわけで、全く同じ人間、症状を訴える患者はいない。医者の判断も統計的な数字に頼らざるを得ないのが現状であろう。安全な薬ほど副作用も少ないが、その分効き目は期待出来ない。つまり効果の高い薬ほどリスクも高いと言えるのではないだろうか。