プールサイドの人魚姫 -73ページ目

プールサイドの人魚姫

うつ病回復のきっかけとなった詩集出版、うつ病、不登校、いじめ、引きこもり、虐待などを経験した著者が
迷える人達に心のメッセージを贈る、言葉のかけらを拾い集めてください。

田代 刑期満了で刑務所を出所する時、刑務官は受刑者に対し「二度と戻って来るんじゃないぞ」と声を掛ける。
その時の刑務官の顔は自分の息子をたしなめるように怒ってはいるが、心の中では安堵と不安が入り混じり、複雑な心境である。
世間様に迷惑を掛け、陽のあたる場所を歩けなくなった前科者に対する世間の風当たりは冷たい。初犯ならばやり直せるチャンスを与えてはくれるものの、これが度重なると面会に訪れる人、出迎えに来てくれる人さえもいなくなる。
6月26日、一人の男が満期を向かえ約3年振りに刑務所の外に出た。
元タレントの田代まさしである。深々と刑務官に頭を下げ、「お世話になりました」と挨拶をする。
灰色の雲に覆われた梅雨空の切れ目から、微かに陽が差し込んでいた。
娑婆の空気を胸一杯吸い込むと、天を仰ぎながら彼は呟いた。
「やり直すしかない、このまま終わってたまるか…」しかし彼には戻る場所がない。
身元引受人すらいないのである。
芸能界には魔物が棲んでいる。それは時として人の生き方を大きく狂わせてしまうことがある。
人気絶頂の時ほど忙しさのあまり、ストレスの影響も手伝って自分を忘れてしまう。
こんな状態の時に「魔が指す」という言葉が使われる。
盗撮や覚せい剤などといった犯罪に走ってしまう芸能人は彼だけではないだろう。
芸能界はある意味やくざな世界である。よく言えば何でも受け入れる懐の深さ。
極楽とんぼの相方だった元お笑いタレントの山本圭一が、芸能界に復帰すると言う噂さえ聞こえてくるほど芸能界とはモラルなき世界とも言えるだろう。
それは「芸は身を助ける」という諺とは全く別の方向に進んでいる。
金になればそれでよい=所詮タレントは見世物と言う、差別的な古い体質をいまだに抱えているという事実が存在すること。
それを見て喜ぶ人があり、軽蔑する人があり、恐いもの見たさの心理を突いたディレクターやプロヂューサーの思惑が見え隠れしているのである。
田代まさしは心を病んでいるようだが、やはり彼を食い物にする輩はおそらく居るだろう。
彼もまた華やかな時代を忘れられずに、恥を曝してもよいから復帰を願っているかも知れない。
芸能界の明と闇。自分に溺れてしまった人間ほど藁をも掴むものである。



サミット
福田総理が議長を努めた洞爺湖サミットが7月7日~9日の3日間に渡り開催された。
自然が多く残る北海道の美しい湖の畔で、各国の環境破壊者たちが一堂に集まり、地球温暖化防止を主体とした会議が行われた。
平和の祭典と言われるオリンピックのように、このサミットも回を重ねるごとにお祭り化しているように思われて仕方が無い。
開催間近の北海道は、各国の要人を警護するため莫大な税金を投入し、普段であれば静寂と風の音が吹き抜ける道路に物々しい警察官たちが配備され、テロ或いは暴動鎮圧の発生を懸念しての、万全な警備体制が敷かれた。
そのような心配をよそに和やかなムードの中、福田議長の第一声と共に始まった洞爺湖サミット。
京都議定書が2005年に発行されてから3年が経過したが、実際にどれだけ成果を上げているかは、全く不透明である。
先進国の代表と言われるアメリカは自国の都合でこれを拒否。
何処の国もわが身かわいくで複雑な問題を抱えているため、実際に何処まで温暖化対策を真摯に受け止めているかは疑問が残る。
現状を維持しつつ地球の環境を守ると言うのは無理難題であり、原油高騰が世界の経済を低迷させている中、実際には温暖化ストップよりも、景気の回復を望む声の方が遥かに上回っているのではないだろうか。
環境破壊を招いたのは人間自身の欲望であり、今更慌てて環境を守ろうとしても手遅れの感は拭えない。
本気で構えるならば、便利な生活を捨てなくては達成出来ないだろう。
街から自動販売機を無くし、コンビニの深夜営業を止め、TVの深夜番組も中止する。
必要のない街灯、ネオンサインは全て消す。
車に乗るのを極力避け、出来るだけ歩くか、自転車やバイクに切り替える。
昭和50年代にタイムスリップするしかないだろう。
一度味わってしまった便利な生活を捨てることが地球への思いやりであるが、そんな経済社会は直ぐに破綻するだろう。
これまで何度も繰り替えされてきたこれら各国首脳人に於ける会議がどれほど役に立ってきたか。
現状を垣間見れば世界は確実に後退しているではないか。
戦争をしながら環境保護だの核をなくすだのと平和を戦争の材料に使う国々たちの矛盾。
地球は生き物であり命の塊である。地球の歴史から言えば人類の時間など数秒にも満たない。
生物には防衛本能があるわけだし、何れ地球がそれに目覚めた時人類を救おうとは思わないだろう。
自然に逆らい続ける人間を滅ぼすのは、おそらく地球自身ではないだろうか。


子豚 ペットを飼う時は、一応その動物の特性などを調べる為に、飼い方の本を購入して知識を得る。
捨て猫や捨て犬を拾った場合でも、やはり知恵を得る為育て方の勉強をする。
先日、ペットショップで子豚の「モモコ」が0円で売られていた為、男性が引き取った。
買い手の付かない動物を哀れと思ったかは知らないが、自宅に連れて帰る途中、公園に立ち寄ったところ「モモコ」が物凄い勢いで草を食べ始めた。
その姿に圧倒され、男性は餌代に不安を抱き、その場に捨てて帰ってしまったという。
男性は大阪府警に動物愛護法違反容疑で書類送検されたが…。
わたしは15歳の時、養護学校を卒業した後直ぐに就職はせず、清水にある施設に一年半入所した。
その施設は病気を抱えた老人たちばかりが社会復帰を願いつつ、手に職を付けながら病気の治療もするという、市の福祉施設だった。
中にはどう見ても復帰は無理と思われる老人も何人かいたし、まるで姥捨て山に思えたものである。
実習の中で約3ヶ月ほど豚の世話をした事がある。
最初は嫌で仕方がなかった。正直言って豚は臭いし汚いと言う先入観があったからだ。
長靴とゴム手袋に身を固め、鼻先を摘みながらの世話が始まった。
もちろん、初めての体験なので先輩の老人からノウハウを聞いていたが、当時のわたしは反抗期であった為、人の言う事に逆らってばかりいた。
親がいないため、反抗の相手は常に先生や施設の職員だった。
豚の世話をする時一番気をつけることは「餌」だった。豚の食欲は非常に旺盛だが、その丸々太った身体は人間よりもデリケート。
人間の食べ残した残飯を大きな鍋に移し、じっくりと火で煮込む。
これが非常に力仕事で時間がかかり大変だった。大きなしゃもじで丸い風呂釜ほどの鍋の中に、たっぷりと入った残飯をどろどろになるまで掻き回して行く。
そして出来上がった餌は人間が食べたものだから栄養は満点である。
少し冷ましてから与えるのだが、待ち焦がれていたように奇声?を発して勢いよく食べ始める2匹の豚。
ホースで水を掛け、身体をたわしで擦りマッサージしてやるととても喜ぶ。
豚が綺麗好きだと知ったのはこの時だった。
毎日このように豚と触れ合っていると、不思議なことに友情のようなものが芽生える。
世話をしてくれる者への気持ちが伝わってくるし、こちらも愛情が湧いてくる。
そして実習が終わり少し経った頃、朝、豚子屋を見ると口から血を吐いて倒れている豚の姿があった。
死因は食中毒だった。
家畜として育てられる豚、牛、鶏など彼らは人間の為に生きている。
自分の一生を自分で決められない動物たちである。
役に立たない人間よりも彼らの方がよっぽど優れていると思う。


 
☆
満天の夜空を見上げれば
いつでも貴方が見える
365日
貴方とともに作った思い出が
今は 星になって
輝いている
空から わたしが
見えますか
短冊に 願いを書いても
貴方は もう戻らない
思い出だけ 抱きしめて
わたしは
貴方の分まで生きてます
 

 

エビ 人の言うことを信じる者と書いて「儲かる」。なんと皮肉な漢字だろう。
先ごろ、投資会社「ワールドオーシャンファーム」がエビ養殖事業に投資をすれば、1年で元本の2倍になるなどと話を持ち掛け、約4万人の出資者から600億円あまりを集めた会長の黒岩勇容疑者が、組織犯罪処罰法違反で逮捕された。
フィリピンに広大なエビ養殖場があり、現地に出資者を招待したり、派手なパーティーや有名芸能人などを出演させるなどして、巧みな方法で出資者を信用させていた。
しかし、養殖場にエビはおらず、居たのはなんと魚。
このようなマルチ商法まがいの事件が相次いでいる現代では、ネットを使った金儲け詐欺も増えている。
狙われる被害者は主に「小金持ち」と呼ばれる層で、資産家や大企業の社長などはターゲットにならない。元々多大な資産を持っている者は確実な方法で金を動かしているからだ。
中途半端に金を持っている人間が最も狙われるのは、もう少しお金を増やしたいという欲があり、その弱みに付け込んで甘い誘惑の手を、彼ら詐欺師は絶妙なタイミングで陥れる。
容疑者の言葉は必ずと言ってよいほど「騙すつもりはなかった」この一言。
養殖場にエビがいないのに資金集めをしたのだから当然、最初から騙していた訳だ。
騙すよりも騙される方が悪いという意見も多くある。自業自得などとキツイ言葉も聞こえるが、とにかく騙しとられた金は戻って来ない訳で、被害者は十分懲りている筈なのだが、こういう人ほど再度騙されてしまうのである。
銀行に預けても金利の低い現代では、銀行は財布代わりにしかならず、世の中に早々簡単に儲かる話など転がってはいない。
確実なものと言えるかは別として、株の方がまだましだろう。
経済の勉強にもなるだろうし、世の中の動向を見据える上でも役に立つ。
自分の金がかかっているとなれば、なお更勉強に励みも出てくるものだ。


落書き 善光寺の落書き事件はおそらく未解決のまま犯人の特定が出来ず、終わりを告げた。
毎日起こる事件・事故のニュースが多すぎて、情報氾濫の現代では「人の噂も75日」どころではない。
一ヶ月も経たない内に人の記憶から消え去って行く。
ニュースを垂れ流すマスメディアの責任と言ってしまえばそれまでだが、情報に振り回されるわたし達にもある程度責任があるだろう。
これはブログにも当てはまることである。アクセスを気にするあまり、記事をひたすら更新するブロガーが多く、ブログが一体何の為にあるのか、その基本精神を忘れてしまっているのではないかと思う。
イタリア中部フィレンツェの世界遺産である「サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂」落書き問題が今世界中から注目されているが、落書きを全く別の角度から分析してみようと思う。
今回のような文明の貴重な遺産に対しての軽率な行為は「犯罪」とも言えるが、落書きこそ最も古い人類の遺産でもある。
洞窟に描かれた古代人の壁画を落書きと呼ぶには語弊もあると思うが、落書き自体は実に古い歴史を持っている。
産まれて間もない赤子に絵筆を与えれば、それは本能の如く何かを描く、それに意味があると思わないが、この行為は人間が成長する最初の一歩なのである。
日本の歴史に於いても古くは鎌倉時代以前から存在し、風刺画として残されているが、徒然草や鳥獣戯画などはその代表であろう。
日本以外でも古代ローマなどに残る古典的落書きも多く、それらは世界中に多く見られる。
つまり落書きがもたらす、当時の生活様式や社会形式を知る上で欠かせない物もあり、歴史的価値が高い。
しかしながら、今回のように観光客で賑わう場所に於いての落書きは単なる自己主張或いは記念として、建造物への破損と言う行為を全く認識していない、モラルなき悪戯の域であって、決して許される行為ではない。
もし仮に貴方の先祖が眠る神聖な墓石に落書きなどされたら、実に不愉快だろう。
不快感を与える行為がどれだけ人を傷つけるか、もう一度自分の胸に手を当てて考えるべきだろう。


手首 松山千春がコンサート中に体調不良を訴え、緊急入院したことは既にご存知のことと思う。
彼を突然襲った病気は不安定狭心症。
わたしと同じ病気である。この治療に欠かせないのが、経皮的冠動脈形成術。
心不全で亡くなった神戸みゆきさんの記事をアップした矢先の出来事であったが、ファンを多く抱え、そしてファンに支えられている芸能人、タレント、歌手などは多忙を極め、全国ツアーなどを行えば、かなりの体力を消耗し、元々身体の何処かに病気が隠れていたりすると、仕事が致命的になることがよくある。
彼がヘビースモーカー或いは糖尿病を持っていたかどうか知らないが、狭心症は現代病。
日本を取り巻く生活環境が大きく変貌し、欧米化が進み食生活も和食から洋食へと変わりつつ、便利な時代が冷凍食品を作り出し、道路は車の数珠繋ぎ。
歩くことを嫌がる人間が増え、子どもたちは好き嫌いが激しく、好きな物しか食べない偏った食事。
これらが招く病気の代表が生活習慣病。
メタボリックシンドロームが世間で問題視されて久しいが、依然としてお腹のたるみを気にする人は多い。
狭心症に罹る人の年齢は圧倒的に40代以上で、しかも殆どが男性である。
女性に少ないのは何故か今のところ解明されていないが、おそらく女性は元々男性とは身体の作りが根本的に違う。
子どもを産み育てる機能があり、遺伝子の影響もあるのだろう。
さて、わたしであるが退院から一週間以上が経過し、右手首からのカテーテル治療の傷跡と痛みも少しずつではあるが、和らいできた。
この画像はステントを右手首から挿入し、病室に戻ったばかりの状態を撮影したもの。
画像を見る限りでは、その痛みやカテーテル治療の痕跡すら見受けられないであろう。
手首からカテーテルをやる場合のメリットは、安静3時間で済むことと、自由に動けることだ。
足の付け根からやった場合、絶対安静が8時間に及ぶ。
寝返りも打てない状態が長い時間続き、それに耐えるのはかなりきつい。
しかし、今回わたしは検査を足の付け根からやっているので、治療は手首から出来ると聞いた時、非常に喜んだのだが…。
病室に戻った時点ではまだそれほど痛みを感じていなかった。
しかしそれもつかの間、猛烈な痛みと24時間闘うこととなった。
右手首には透明のビニールバンドが傷口を空気圧縮している。痛みが頂点に達する頃には指先から右肩まで痺れてしまい、感覚がなくなった。
余りに痛いので、医者を呼んで空気を2回抜いてもらったが、殆ど変化は見られずその夜は痛みで眠れず、看護師に頼んで痛み止めの薬を飲み、明け方漸く眠りについた。
わたしの場合、人工弁置換術を20年前に行っているので、元々出血し易い。だから他の人より更に強く圧縮する必要があったのだろう。
来年2月にカテーテル検査をするが、その時足と手、どちらにするか決め兼ねている。
松山千春が一日も早く回復し、元気な姿をステージで見せてくれることを願うばかりである。


テロ解除 金正日とブッシュ大統領の動画をアップするのは久しぶりであるが、最近騒がれているテロ支援国指定解除について、この動画を見て頂ければおそらく説明は不要かと思う。
北朝鮮とアメリカが手を結んだ結果が、拉致問題を抱えた日本と被害者家族の傷を逆撫でするようなアメリカの態度は極めて遺憾である。
自国の力だけでは拉致問題を解決出来ない日本は、アメリカ並びに諸外国にも協力を要請し続けて来たが、耳を貸さない北朝鮮の沈黙に押し切られ、依然として解決の道は程遠い。
今回のテロ支援国指定解除についてもアメリカの内情が複雑に絡み、ブッシュ大統領の思惑が見え隠れする。
焦るブッシュと笑う金正日。対照的な二人だが、見返りを望む外交政治を手玉にとった金正日総書記の思惑通りの結果になった。
老朽化の激しい核施設の原子炉冷却塔を爆破したところで、北朝鮮にとっては何の痛手にもならない。
以前の記事で北のミサイルが日本製だと書いたことがあるが、原子炉についてもやはり日本製の部品が使われていた。
北朝鮮を商売相手にしている企業も国内には多い。経済制裁を続ける日本政府もアメリカなどに頼り過ぎて拉致解決をどこまで本気で考えているのか、わたしたちには伝わって来ない。
もし貴方の子ども或いは友人が拉致に遭い、いつまでも帰って来ないとしたら、どんな苦しい毎日を送らなければならないか想像して欲しい。
拉致はテロであることを決して忘れてはならないと思う。


牛肉 偽装一筋36年?だとしたらたいしたものだと褒めてやりたいくらいに呆れてしまう。
ワンマン経営者はその企業の独裁者だから、従業員たちは楯突くことが出来ない。
口答えしようものなら「お前の代わりは幾らでもいる」と脅されることだろう。
しかし、消費者に脅しは効かない。裏切り続けた代償はまたしてもブランド和牛「飛騨牛」を偽りのどん底に突き落とした。
岐阜県養老町は人口約3万人の自然溢れる静かな町。
岐阜県下2番目の水田面積を誇る穀倉地帯であり、農業は水稲作中心に施設園芸・畜産等多様に展開している。
名水百選にも選ばれた「養老の滝」も有名である。
そんな癒しの故郷をイメージする町が、食肉販売会社「丸明」によって偽装の町に変わってしまうことは残念で仕方がない。
時を同じくして発覚した中国産うなぎも問題になっているが、加工・調理してしまえば味など分からないだろうと言う、最初から人を騙す手口は実に狡猾でこれは詐欺と同じである。
次々と発覚するこれら食品関連の不祥事に歯止めを掛けることが出来ないのだろうか?
これらが事件として表面に現れるのは内部告発によるものが殆ど。これもまた氷山の一角に過ぎないと思うと、残念で仕方がない。
食品をパッケージ化し、表示を義務付けることが裏目に出てしまった、現代の盲点である事をつくづく感じさせる事件である。


セーラームーン わたしは女優「神戸みゆき」の事をこれまでよく知らなかった。
セーラームーンも仮面ライダーも見てはいなかったし、それほど興味もなかったのだが、彼女がわたしと同じ苗字であったこと(芸名だが)、時を同じくして心不全を起こしていたことなど、共通点がいくつかあったため、彼女と死について記事を書いてみようと思った。
セーラームーン、仮面ライダーにしても大ヒットシリーズであり、ファンも大勢いる。
その派手な衣装に身を纏い、激しいアクションが売りで多くの若者に指示されてきた。
フィギュアも豊富に作られ、いまだ人気は衰えない。
架空の存在に死は訪れないが、現実を生きる人間に死は否でもいつかはやって来る。
そこには運命や寿命というものが付き纏い、死神の手招きが早いか遅いかの違いだけである。
わたしの親友も一年前、不整脈で心筋梗塞を起こし突然死した。
報道によれば、神戸みゆきさんは急性心不全を起こし手当てのかいもなく、この世を去った。
わたしも同じ時期に入院して心不全の治療をしていた。しかし、わたしの場合は慢性心不全だったため、死に至ることはなかった。
わたしの不整脈は心房細動と期外収縮と言われる、死に直接結びつく不整脈ではない。
最も恐ろしい不整脈は「心室細動」これは心臓が停止したことを意味する。突然死の場合これが殆どである。
彼女は体調を崩し入退院を繰り返していたらしいが、その時に病院ではどんな検査や治療を受けていたのだろうか?
場合によっては緊急手術も必要だったかも知れない。彼女が仕事復帰に焦っていたのか、或いは主治医が、何か大事なものを見落としていたのか。
偶然が重なり過ぎたために不慮の死を遂げてしまったようにも思えてならないのである。
芸能界の多忙さは尋常ではない。少しの時間を休んでしまえば自分の出番が奪われる。人気はストレスのバロメーターでもあり、過酷なスケジュールをこなすのは、いかに若い身体でも悲鳴を何処かで上げているものである。
彼女のご冥福を心よりお祈り致します。