プールサイドの人魚姫 -15ページ目

プールサイドの人魚姫

うつ病回復のきっかけとなった詩集出版、うつ病、不登校、いじめ、引きこもり、虐待などを経験した著者が
迷える人達に心のメッセージを贈る、言葉のかけらを拾い集めてください。

Nikon D810,Mモード,WB曇天,ISO64,SS/15秒(電子先幕シャッター),f/16,VR 24-120mm f/3.5-5.6G

 

 都内にも六義園など有名な紅葉スポットは多々あるが、撮影意欲を唆るほどの場所は見当たらなかったため、広大な日本庭園や銀杏並木のある昭和記念公園へ赴いた。この公園では『秋の夜散歩2020』と銘打った紅葉イベントが開催されており、秋の夜を彩るライトアップは幻想的或いは神秘的とも呼べる異空間の扉が訪問者の視覚と心を捉えて離す事はない。

 コロナ禍での開催だったため、人手は少なく時間を掛けて充分撮影を楽しむ事が出来た。この公園は元々米軍の立川飛行場だったため、とにかく面積が広い。公園内の全てを周るとすれば丸一日は掛かるだろうと思われる。だからこの場所に訪れる時は「2万歩コース」と私は呼んでいる。

 黄金の銀杏並木にはかなり期待していたのだが、残念ながら想定より落葉が進んでおり枯れ葉と裸木のみであったが、短い間隔で色とりどりの光がファンタジーの世界へと導いてくれた。

 私自身はただ只管ファインダー越しの世界をカメラに収める事に専念していたので、自分の眼で紅葉を楽しむ余裕などなかったのが本音である。日本庭園のラストに色取り取りの和傘(番傘)が異空間と非現実の世界へと誘っており、やはりここへ撮影に来て良かったと満足感を味わう事が出来た。

Nikon D810,Mモード,WBオート,ISO125,SS/10(電子先幕シャッター),f/14 Nikkor 20mm F1.8G ED

 

 首都圏1都3県に出ている緊急事態宣言は21日まで延長となったが、その2週間に科学的根拠はあるのだろうか?現在の状況から判断するに、僅か2週間余りで劇的に感染者数が減るとは到底思えない。聖火リレーが間もなく始まり、東京五輪開催に向けての政治的背景も垣間見えて来る。

 菅総理と小池都知事の主導権争に思えてならないが、菅総理を取り巻く環境は決して良いものではなく、官僚たちの接待問題が次々と浮上して来る中で、求心力や発信力は影を潜め、総理自身の言葉は国民の胸に響く事はない。総理の立場を好転させる唯一の材料はワクチン接種が停滞する事なくスムーズに進行する事だけである。

 日本を含め世界に蔓延する新型コロナは、発生当初の姿ではなく、次々と登場する変異株(変異ウイルス)であり、第4波が来るとすればその主役は変異ウイルスに置きかえられれているだろう。緊急事態宣言下で聖火リレーと言うのは余りに強引過ぎるため、おそらく21日に一旦解除され、再々延長はないものと思われるが、それに変わる代替案として『蔓延防止措置』となるのではないだろうか。

 何れにせよ、医療現場の逼迫度合いや、感染者、重傷者、死亡者等の激減が望まれるところではあるが、世界中を巻き込んでいるワクチン奪取戦争は、コロナ収束が目先の事ではなく遥か遠く長い道のりになる事を暗示している。

 ※写真は昨年10月に浜離宮庭園へコスモスの撮影に行った際に少し足を伸ばして立ち寄った隅田川に架かる橋の1つ『築地大橋』。この橋の先には東京湾が広がっており、竹芝桟橋まで徒歩で15分程度の距離。Nikonの単焦点20mmで撮影したが、このレンズはお気に入りで、超広角レンズでありながら、被写体にグッと寄って撮影も出来、背景も綺麗にボケてくれる。これ1本で風景から花まで幅広く撮れるので重宝している。

Nikon D810,Mモード,WB曇天,ISO125,SS/15秒(電子先幕シャッター),f/16,VR 24-120mm f/3.5-5.6G

 

 私のお気に入り撮影スポットの1つが竹芝桟橋(竹芝埠頭)。タイミングがよければ、この時のように貨物船やクルーズ船を撮影する事が出来る。船舶を撮影する為に訪れた訳ではなかったが、桟橋から臨む東京湾やビル群などの夜景を撮影する為だった。夜の帳が辺りを包み込み始めた時、一隻の船が作業灯を海面に反射させながらゆっくりとDockへ入って来た。私はこの時まだ東海汽船の存在を知らず、船のマークを見て何処の国の貨物船?ノルウェーか??と思いつつ撮影を始めた。

 船首辺りを見ると『さるびあ丸』とあるではないか!なんだ、日本の船だったのか…。そして疑問は直ぐに解決する主義なのでスマフォを使いネットで調べると、なんと東海汽船の大型客船だと分かった。おそらく伊豆諸島から帰港したのだろう。そしてもう1隻がやはり大型客船の『橘丸』であった。

 世の中は知らない事があまりにも多すぎる、一生の内にどれだけの疑問を解決・発見する事が出来るだろうか?人生100年時代と言うけれどたった100年では時間が足りない!知りたいという探究心が更なる長寿命を求め始めて来る。カメラを持つ体力がある内に出来るだけ多くの写真を撮りたいと言う、欲求は果てしなく続く。写真の世界は一期一会、二度と同じ物は撮れない。だからこそ、私は自分の写真に生命を吹き込む努力を惜しまない。こんな客船に乗って広大な太平洋をカメラに収めたい気もするが、船酔いする私には無理かも知れないなぁ…。

 ※因みにこの夜、隅田川方面で花火が上がっていた。医療従事者を応援する花火が幾つもポン、ポン、ドーンと夜空を彩っていた。

Nikon D810,Mモード,WB晴天,ISO64,SS1/125,f/5.6 TAMRON SP90mm f/2.8 Di MACRO VC USD

 

 

 

 

君と一緒に見た薔薇

仄かに香るその中で

同じ夢見ていたあの日

二度と帰らない

二度と振り向かない

美しい季節とは裏腹に

わたしの心に

揺れて舞い散る

薔薇一輪


 

 昨年11月25日、芝公園に咲いている秋バラの撮影に行った。私はこの薔薇に対し、苦手意識を抱いておりこれまで撮影の機会は多々あったのだが、ずっと避けて来た。花の女王と呼ばれるこの華麗で妖艶な花を目前にすると、その圧倒的な存在感に負けてしまいシャッターを切るまでに至らなかった。

 如何にしてこの女王を撮影すればその被写体に負けない写真を撮る事が出来るのか、随分と試行錯誤していた。その時に閃いたのが「薔薇こそマクロレンズ!」だった。私は広角レンズの風景ばかりに因われ過ぎ、最も基本的な事を忘れていたようだ。

 地面ギリギリに咲いているパンジーなどと違い鋭い枝を持つ薔薇だから、無理な姿勢を必要とする事もなく撮影そのものは意外と苦労せずに済んだ。限界ギリギリまで寄って撮るのも良いが、被写体が何なのか?と分からなくなるほど寄ることはせず、被写体との丁度良い距離感を保つ事が大事であると思う。

 そして私がいつも心掛けている事は「自分が被写体になる」という事。自分が花だったらどのように撮って貰いたいか、と被写体の気持ちになってみる。これは相手の気持ちに立って考えるという、コミュニケーションのあり方にも通じる事である。普段忘れている事や気付かなかった問題点など、レンズを通してカメラは色々教えてくれる有り難い相棒でもある。

Nikon D810,Mモード,WB晴天,ISO100,SS/20秒(電子先幕シャッター),f/16,VR 16-35mm f/4G

 

 

 隅田川に架かる橋が幾つあるかは知らないが、その殆どは夜になると華麗にライトアップされる。そんな複数ある橋の中で最も気に入っているのが、この『新大橋』。スケールの大きなレインボーブリッジとは比較にならないが、どことなくミニサイズのレインボーブリッジと言ったところか。

 橋を見るとそこには夢や希望と言った想いを連想するがそれは橋の持つ役割にあるだろう。こちら側とあちら側を結ぶ生きる意味に於いて最も重要な役目を果たしているからだ。この世とあの世を結ぶ(隔てる)のも橋である。私は過去に何度か三途の川を渡りかけたが、後ろから私の名前を呼ぶ声に引き戻されたのである。

 サイモン&ガーファンクルが歌う名曲『明日に架ける橋』は、人生は苦難の連続であるが、一人で悩まず僕を頼って欲しい、君の傍らにはいつも僕がいて君を見守っていると…。と歌っている(勝手に解釈)。そんな想いを浮かべながらの夜景撮影だったが、三脚を使用した長時間露光のコツを掴み始めた中の一枚だった。橋と灯りの光芒に拘っていたため、橋の上からの撮影をすっかり忘れていた。

 

 

Nikon D810,Mモード,WB晴天,ISO80,SS1/バブル,f/16 Nikkor 20mm F1.8G ED

 

 

 皆さま、新年明けましておめでとうございます。とは言え、爆発的感染拡大が年を越え、未来を暗闇の坩堝へと誘っているよに思え、心から「おめでとう」と言えない自分がいるのも確かである。大晦日の東京は感染者が1300人を有に超え、そしてまた全国の感染者も4000人以上と過去最多となった。ウイルスは市中に拡大し家の外に一歩足を踏み出せば感染のリスクは至る所に存在している。

 まるで空気感染しているのではないかとさへ思えて来る。諸外国のように大都市圏、特に東京はロックダウンしか感染を阻止する手立てはないような気がする。そして更に懸念されるのが国内でも既に感染者が出ている変異種の存在は実に不気味である。令和3年が一体この先どうなってしまうのか、「神のみぞ知る」が現実味を帯び困難と苦渋の冬がまだまだ続くのである。

 だが然し、日本人は世界で最も忍耐強い人種である。このコロナ禍を図太く生き抜き、人々の心に必ずや希望の灯りを点す日が来る事を信じている。何としてでも医療崩壊だけは避けなくてはならない。全ての人々の気持ちが一つになれば嵐の去った静かな日常が再び戻って来る事だろう。

※写真は12月27日、撮影を兼ねて訪れた神田神社(神田明神)。『コロナ収束』を祈願し、幸先詣でとした。今月、コロナが少し落ち着いて来たらまた改めて別の神社へ訪問し再初詣を計画している。この一年が皆さまにとって心の温まる年になるようお祈り申し上げると共に本年も宜しくお付き合い頂ければ幸いに存じます。

 

Nikon D700,Mモード,WB曇天,ISO640,SS1/200,f/4,VR 16-35mm f/4G

 

貴方と私が触れ合う場所は

いつもこの橋

ふれあい橋

橋の向こうで手を振る貴方と

橋のこちら側から

笑顔を送る私

二人の心と身体が触れ合って

橋が真っ赤に染まって行く

 

 

 この写真は今年3月、D700で撮影したもの。私お気に入りの撮影スポットは都内に幾つもあるが、この橋がある天王州アイルも好んで訪れる場所。デートスポットとしても人気があり、老若男女問わず仲の良いカップルをよく見かける。この時季は新型コロナが感染拡大中だったため、人影は殆どなかった。

 浜松町駅からモノレールに乗れば10分足らずで天王州アイル駅に着く。運河の上を走るモノレールから眺める景色も良いのだが肝心の撮影が出来ない。徒歩ならばJR品川駅の港南口から20分も進めば目的地に到着する。但し、この地域全体を歩いて周ると最低でも1万5千歩ほどになる。この『ふれあい橋』を撮影した日は軽く2万歩を越えていた。あの広大な昭和記念公園でさえ、2万歩までには達しないのだが、品川駅~天王州アイル間の往復も含めて2万歩ということである。

 三脚を使うようになってからは、多い時で1万5千歩程度。この場所で三脚を使用しての夜景撮影はまだ行っていないので近日中にトライしようと思っている。

Nikon D810,Mモード,WB晴天,ISO64,SS1/125,f/2.8 Nikkor 20mm F1.8G ED

 

 

 

高層ビルが建ち並ぶ

大都会の真ん中で

健気に咲いている

君は

私の心に宿った

オアシスの花

 

 

 秋の長雨が漸く上がり青空が顔を覗かせた10月半ば、それまで溜まった鬱憤を晴らせと言わんばかりにカメラをバッグに詰め込み出掛けた。コスモスを撮るなら昭和記念公園だろうと思っていたのだが、今回は既に詩が先行して出来上がっていたため、それに合わせ『浜離宮恩賜庭園』での撮影となった。

 開花のピークを過ぎていた事もあり花盛りとは行かなかったが、コスモス畑を撮る積りは毛頭なかったので、撮影にはさほど影響はなかった。花の撮影なら定番はマクロレンズだが、この時「何が何でも秋桜を撮る!」に因われ過ぎていたため、間違えて単焦点20mmの超広角レンズを付けて来てしまった。

 被写体に躍動感を与えるなら広角レンズが良いと思うが、花の微妙なそして繊細さを表現するのであればマクロには敵わない。オートフォーカスだとピントが合わないとシャッターが切れないためマニュアルに変えて出来るだけ寄っての撮影。

 自分より背の低い位置にある花の撮影は体力・筋力・根気の全てが揃わなと頭で思い描いたように撮る事が出来ない。撮影は私にとってハードなスポーツと同じである。花の撮影でこれまで3度も転倒し怪我をした。一番酷かったのは緩い下り坂に咲いている花を撮影しようとした時。背中の荷物の重さに耐え切れずそのまま前方へつんのめり、身体が一回転してしまった。右腕と右脚を負傷!右腕の傷口が腫れて血が流れだしたので流石に青くなったがバスタオルでグルグル巻きにしてそのまま撮影は夜まで続行。骨折しなくて良かったが、家に帰って脚を見るとパンパンに腫れ上がり浮腫んでいた。痛みと大きな青あざが消えるまで一ヶ月掛かった。怪我をするのはそれだけ歳を取った事の裏返しでもあるのだが十分気を付けて撮影に臨みたいと思う。

Nikon D810,Mモード,WB晴天,ISO64,SS1/80,f/16 Nikkor 20mm F1.8G ED

 

 

この青く広い空の彼方から

私に向かって手を振る

あなたの姿が見えます

いつもあなたは

どんな時でも

この青く広い空の彼方から

私を優しく

見守ってくれている

そんな気がしています

 

 夏の名残が降り注ぐ9月下旬、場所はお台場『シンボルプロムナード公園』。青い空を見上げるとそこには新たな季節を告げる赤く染まった小さな秋を見つけた。紅葉にはまだ早いけれど季節は確実に進んでいる。

 空には雲も殆どなく、太陽の光芒が眩いばかりに輝きを放っていた。夏と秋が混在したような空間で私は思わずカメラのシャッターを切った。おそらく母が亡くなった日もこんな風に空には煌々と輝く太陽があったのだろう。

 何を血迷ったかは知らぬが薬瓶の中身を喉の奥に流し込み、自ら命を断った母…。あなたが抱えていた苦しみや悲しみが何だったかは知らない。思い出の一つも残さず、私の名前さへ呼ばずに旅立った。あなたの死を父は刑務所内で知ったと言う。父がひと目を避けて号泣した事は察しがつく。あなたの28年に幸せの文字は在ったのですか?母が去ってからの父は荒れ放題で私の家庭は崩壊して行きました。

 酒を浴びるほど飲んで酔った父は必ず「ゆき、ゆき…」と母の名を呟きながら涙をポロポロ流していました。そんな父の命日が今年もやって来ました。多分、私が今もこうして生き長らえているのは、あなた達が空の彼方から優しく見守ってくれているからだと思うのです。

Nikon D810,Mモード,WB曇天,ISO64,SS/3秒,f/11,SAMYANG/f2.8/14mm

 

 

人魚のような瞳で夜空を見上げる

川面に映る君の影

七色の言葉が水に溶けて

沈み行く

リバーサイドの恋人よ

君の誘惑に負けた僕は

いつしか溺れる魚になった

 

 

 梅雨真っ只中の7月12日、芝浦埠頭へレインボーブリッジを撮影に行った帰りに立ち寄った芝浦運河での撮影。建ち並ぶ高層ビル群の合間を縫うように流れる運河と、その川面に映る鮮やかな色彩が眼を見張る。

 再開発地域の総称として、この辺りは『芝浦アイランド』と呼ばれており、運河とビルとモノレールも走る、写真愛好家にとっては絶好の撮影スポットでもある。三脚を買って間もない頃だったが、早く三脚を使用した夜景の撮影に慣れるため、天気の事も気に留めず出掛けた。撮影が終わった時間は21時30分頃。

 取り敢えず予定していたもの全てをカメラに収める事が出来たので、疲れも忘れて帰路に着いた。家に到着したのは23時…。それからRAW現像のため、パソコンに取り込む作業。夕食はその後で時計は午前0時を回っていた。