プールサイドの人魚姫 -15ページ目

プールサイドの人魚姫

うつ病回復のきっかけとなった詩集出版、うつ病、不登校、いじめ、引きこもり、虐待などを経験した著者が
迷える人達に心のメッセージを贈る、言葉のかけらを拾い集めてください。

Nikon D810,Mモード,WB晴天,ISO64,SS1/125,f/2.8 Nikkor 20mm F1.8G ED

 

 

 

高層ビルが建ち並ぶ

大都会の真ん中で

健気に咲いている

君は

私の心に宿った

オアシスの花

 

 

 秋の長雨が漸く上がり青空が顔を覗かせた10月半ば、それまで溜まった鬱憤を晴らせと言わんばかりにカメラをバッグに詰め込み出掛けた。コスモスを撮るなら昭和記念公園だろうと思っていたのだが、今回は既に詩が先行して出来上がっていたため、それに合わせ『浜離宮恩賜庭園』での撮影となった。

 開花のピークを過ぎていた事もあり花盛りとは行かなかったが、コスモス畑を撮る積りは毛頭なかったので、撮影にはさほど影響はなかった。花の撮影なら定番はマクロレンズだが、この時「何が何でも秋桜を撮る!」に因われ過ぎていたため、間違えて単焦点20mmの超広角レンズを付けて来てしまった。

 被写体に躍動感を与えるなら広角レンズが良いと思うが、花の微妙なそして繊細さを表現するのであればマクロには敵わない。オートフォーカスだとピントが合わないとシャッターが切れないためマニュアルに変えて出来るだけ寄っての撮影。

 自分より背の低い位置にある花の撮影は体力・筋力・根気の全てが揃わなと頭で思い描いたように撮る事が出来ない。撮影は私にとってハードなスポーツと同じである。花の撮影でこれまで3度も転倒し怪我をした。一番酷かったのは緩い下り坂に咲いている花を撮影しようとした時。背中の荷物の重さに耐え切れずそのまま前方へつんのめり、身体が一回転してしまった。右腕と右脚を負傷!右腕の傷口が腫れて血が流れだしたので流石に青くなったがバスタオルでグルグル巻きにしてそのまま撮影は夜まで続行。骨折しなくて良かったが、家に帰って脚を見るとパンパンに腫れ上がり浮腫んでいた。痛みと大きな青あざが消えるまで一ヶ月掛かった。怪我をするのはそれだけ歳を取った事の裏返しでもあるのだが十分気を付けて撮影に臨みたいと思う。

Nikon D810,Mモード,WB晴天,ISO64,SS1/80,f/16 Nikkor 20mm F1.8G ED

 

 

この青く広い空の彼方から

私に向かって手を振る

あなたの姿が見えます

いつもあなたは

どんな時でも

この青く広い空の彼方から

私を優しく

見守ってくれている

そんな気がしています

 

 夏の名残が降り注ぐ9月下旬、場所はお台場『シンボルプロムナード公園』。青い空を見上げるとそこには新たな季節を告げる赤く染まった小さな秋を見つけた。紅葉にはまだ早いけれど季節は確実に進んでいる。

 空には雲も殆どなく、太陽の光芒が眩いばかりに輝きを放っていた。夏と秋が混在したような空間で私は思わずカメラのシャッターを切った。おそらく母が亡くなった日もこんな風に空には煌々と輝く太陽があったのだろう。

 何を血迷ったかは知らぬが薬瓶の中身を喉の奥に流し込み、自ら命を断った母…。あなたが抱えていた苦しみや悲しみが何だったかは知らない。思い出の一つも残さず、私の名前さへ呼ばずに旅立った。あなたの死を父は刑務所内で知ったと言う。父がひと目を避けて号泣した事は察しがつく。あなたの28年に幸せの文字は在ったのですか?母が去ってからの父は荒れ放題で私の家庭は崩壊して行きました。

 酒を浴びるほど飲んで酔った父は必ず「ゆき、ゆき…」と母の名を呟きながら涙をポロポロ流していました。そんな父の命日が今年もやって来ました。多分、私が今もこうして生き長らえているのは、あなた達が空の彼方から優しく見守ってくれているからだと思うのです。

Nikon D810,Mモード,WB曇天,ISO64,SS/3秒,f/11,SAMYANG/f2.8/14mm

 

 

人魚のような瞳で夜空を見上げる

川面に映る君の影

七色の言葉が水に溶けて

沈み行く

リバーサイドの恋人よ

君の誘惑に負けた僕は

いつしか溺れる魚になった

 

 

 梅雨真っ只中の7月12日、芝浦埠頭へレインボーブリッジを撮影に行った帰りに立ち寄った芝浦運河での撮影。建ち並ぶ高層ビル群の合間を縫うように流れる運河と、その川面に映る鮮やかな色彩が眼を見張る。

 再開発地域の総称として、この辺りは『芝浦アイランド』と呼ばれており、運河とビルとモノレールも走る、写真愛好家にとっては絶好の撮影スポットでもある。三脚を買って間もない頃だったが、早く三脚を使用した夜景の撮影に慣れるため、天気の事も気に留めず出掛けた。撮影が終わった時間は21時30分頃。

 取り敢えず予定していたもの全てをカメラに収める事が出来たので、疲れも忘れて帰路に着いた。家に到着したのは23時…。それからRAW現像のため、パソコンに取り込む作業。夕食はその後で時計は午前0時を回っていた。

Nikon D810,Mモード,WB晴天,ISO64,SS/125,f/16,SIGMA 35mm F1.4 DG HSM Art

 

 

 

眼も眩むような

陽射しに向かって

黄色い翼を大きく拡げ

いままさに青い空へ

飛び立とうとしている

お前はまるで太陽の鳥


 

 空には雲一つなく真っ青なスカイブルーが限りなく続き、その中心に生命の父であるお天道様の光が煌々と地上に降り注いでいた。お盆を過ぎ、そろそろ秋の気配が漂ってもよい頃ではあったが、その日の都心は35℃の猛暑、そしてひまわり畑のある立川の昭和記念公園は更に気温が高く37℃はあったと思う。

 公園の立川口から目的地のひまわり畑まで徒歩で約30分ほど掛かる。昨年も同じ時期に来ているので勝手は分かっていたものの、容赦なく照り付ける陽射しを浴びて頭のてっぺんは火事を起こすのではと思うほど熱く痛みさへ感じるほどだった。

 余りの暑さで流石に参り、木陰の下のベンチで休憩。持参した水筒に入った冷たい緑茶を喉の奥に流し込む。歩いている時はそうでもなかったが一旦休むと一気に身体中から汗が吹き出して来るのが分かる。平日だったので来園者はとても少なく、売店も閉まっているのが目立った。

 目的地に着き、早速向日葵の撮影を始めると、園内アナウンスが流れ出した。「当園は17時に終了となります…」「ええ!?、もう16時過ぎてるし」ここから出口ゲートまでどんなに急いでも20分は掛かる…。太陽はまだ空高く輝いているのにもう終園なの?かなり焦って向日葵をパシャパシャと撮りまくった。暑さのせいなのか背の高い向日葵たちも下向き加減でうなだれていた。空があまりに青過ぎて変化がないため、太陽の光芒と向日葵のコラボを撮影。

 帰りは早歩きでゲートに戻ったため、足は疲れ身体は汗だく…。おまけに立川駅に行くとJR中央線が人身事故のため、ダイヤがかなり乱れており、乗った電車は『3密』どころではなく寿司詰め。疲労がピークに達し、家に着くなりベッドに臥せってしまった。

Nikon D810,Mモード,WB曇天,ISO64,SS1/320秒,f/2,SIGMA 35mm F1.4 DG HSM Art。

 

 

私の愛しい人よ

永遠に誓った二人の絆

忘れはしない

今この瞬間にも

貴女に贈る

約束の花束を

 

 花の種類に全く疎い私が思い付く夏に咲く花と言えば、朝顔、向日葵くらいである。憧れのレンズ、シグマ35mm Artの中古(美品)を安く手に入れたので、早速試し撮りをしたくて日比谷公園へ出掛けた。朝顔を撮影したかったのだが、時期が遅かったせいか各地で行われていた『朝顔市』はどこも終了であった。

 日比谷公園は広いし色んな花が咲いてるので「朝顔くらい咲いているだろう」と思っていたのだが、園内をグルグル巡っても朝顔の姿を発見するに至らなかった。だが、そこで一際眼を引いたのがこの『ペチュニア』だった。朝顔によく似ているこの花を「朝顔では?」と思ったくらいであったが花の名前が記されていたので区別がついた次第である。

 それにしても地面スレスレに咲いている花だから、自分から花に寄って撮らなくてはならない。望遠レンズだったらもっと楽に撮影出来ただろう事は察しが付く。地べたに寝そべり、花と同じ目線に立って、必死でピントを合わせシャッターを切る。そのシャッターと一緒に息もかなり切れた。もし地面が泥濘んでいたらきっと泥だらけになっていた事だろう。

 翌朝、眼が覚めると身体中が筋肉痛…。関節痛もあり、自分では気付いていないが、かなり無理な姿勢で撮影したんだろうと想像が付く。そんな自分の姿とは裏腹に花はしっかりこちらの希望に寄り添って微笑んでくれていた…。ありがとうペチュニア。

Nikon D810,Mモード,WB曇天,ISO64,SS/2秒,f/4 VR 16-35mm(三脚使用)。

 

 

 一眼レフカメラでの写活も9月で1年になる。最初はスマフォのみでスタートしたが、スマフォの限界を感じ、Nikon D700を購入。カメラの知識は全く無かったが、兎に角、何枚も撮影する事が上達の近道という事で、ひたすら撮りまくったこの1年だった。

 D700に不満はなかったが、3月中旬、静岡の息子から『写真展』の話が舞い込んだ事から「ならばもっと解像度の高いカメラを」をという事になった訳である。候補としては手軽なD610,750を考えたが、「それではD700と大差ない」と、息子からのアドバイスを受ける。であれば800シリーズから選ぶ事となるが、D850は中古でも20万以上するため、大幅に予算をオーバーしてしまうため候補から消えた。

 ネットで800,800E、810等を調べていると、D700を購入した『サイトウカメラ』にD810が2台売りに出されており、金額も12万と予算内だったため、早速電話を入れ留め置きしてもらい翌日、大和市のサイトウカメラへ。2台の内、状態の良い方を見せてもらい、手に取るとD700より僅かに軽く小さい!自然と手に馴染んで来るのである。

 そして驚いたのはシャッター回数が4千と殆ど使い込まれておらず、外観も殆ど傷もなく超目玉の掘り出し物であった。中古の場合このような美品は直ぐに売れてしまうものだが、この810はまるで私の為に待っていてくれたような気がした。

 想像以上に良いカメラを手に入れれば早速撮影したくなるのだが、例の『コロナ騒動』で実際にD810で撮影出来たのは購入後1ヶ月以上経ってからであった。撮影を重ねて行く度にD700との違いを実感している。アップした隅田川と橋の写真は初めて三脚を使用しての夜景撮影となったのだが、慣れない事もあり、三脚の足を伸ばしている時に自宅を出る前に怪我した左手のひらの絆創膏が剥がれ、傷口がぱっくり開いてしまい左手が真っ赤な血で染まってしまった。

 それでも撮影を止めず、左手をタオルでグルグル巻きにして止血し、撮影を続行。これがまさに『血の滲む思い』である。最近は三脚を使用しての夜景撮影にのめり込んでいるため、帰りが23時を過ぎる事もある。先日、若洲海浜公園へ行ったのだが、約5キロのカメラ機材を担いで1万8千も歩いたので流石に2日間は疲れて何もやる気が起きなかった。

Nikon D810,Mモード,晴天,ISO200,SS1/125,f/1.8 単焦点20mm。

 

 

縋り付くこの想いを解いて

貴方から自由になりたい

私はどんな色にも染まる

自由な花になりたい

 

 

 6月初旬、紫陽花を撮影するために隅田川公園に出掛けた。此処には『あじさいロード』と言う場所があり、約1万株の紫陽花を鑑賞出来る名所らしいのだが、川沿いに咲き誇る紫陽花のイメージを描いて訪れてみたものの、期待通りではなく煩雑とした道路沿いに面して咲いている場面が多く、しかもさほど手入れをされていない様子で紫陽花が雑草のように生い茂っているように見えた。

 スカイツリーをバックに一枚だけカメラに収め、反対方向の新大橋方面へと足を向けた。隅田川テラスを延々と歩く。距離にすると3駅分相当に当たり、その日の歩数は1万5千歩を越えた。

 花の撮影と言えば定番はマクロレンズであるが、今回は敢えてマクロは使わず、単焦点の広角レンズを使用し、限界まで近付いての撮影。1.8と明るいレンズなので背景が綺麗にボケてくれる。本当は雨に濡れた花びらと雨の雫を撮りたかったのだが、そう都合良く雨は降ってくれないし、撮影時のタイミングに合わせて止んでもくれない。自然を相手にそこら辺の駆け引きもカメラならではのもので中々面白い。

 撮影はその日の天気、風向き、気温、雲の流れ、時間帯などあらゆる要素によって仕上がり具合が左右されるため、撮影日は出掛ける前から既に撮影モードにスイッチが入る。まるで子どもがリュックにお菓子やお弁当を詰め込んで遠足へ行くのと同じ感覚である。

Nikon D810,絞り優先,WB晴天,ISO64,SS1/640,f/3.3 TAMRON SP90mm。

 

 

 

あなたが好きと微笑みながら

そっと呟く

頬を真っ赤に染めて

好きと何度も繰り返す

まるで壊れた

ゼンマイ仕掛けの

人形みたいに


 

 ステイホーム真っ只中の5月1日、近所の緑道公園へ散歩も兼ねてツツジやアザレアの撮影に行った。『タムキュー』の愛称で呼ばれている人気の高い中望遠マクロレンズ、TAMRON SP90mm F2.8とD700からアップグレードしたD810を携えての撮影。マクロ撮影はあまり好みではないので、ギリギリの焦点距離で花の鮮やかな表情や動きを捉える。

 このレンズ、単焦点だけあって背景のボケ感が実に柔らかく美しい。勿論、カメラ本体のD810の高解像度を確かめる意味もあった。D810については何れ詳しくレビューしたいと思っている。写真は静止画であるが、それに躍動感を与えるのがカメラマンの持つ感性だと思う。撮影中はコロナ感染の事など忘れて頭の中は被写体の事だけで一杯だ。病気の事や煩わさしさなど全て忘れ撮影に夢中になる。まるでそれは大好きな人に出会った時のように心が時めくのである。その想いが被写体に伝わり、その被写体の持つ魅力を最大限に引き出す事が出来る。これはテクニックなどの技術力ではなく、被写体への愛情表現そのものだと思う。

 

 

 5月13日、保健所の紹介で板橋区大山にある『東京都健康長寿医療センター』の発熱外来を受診し、PCR検査を受けた。4月上旬に肺炎の症状を発症してから1ヶ月以上経って漸く念願が叶った。正面玄関からは入らず、コロナ用に設置された裏の方に回ると『発熱外来』と書かれた紙が貼ってありその下のインターホンを押した。

 数分後、男性看護師が一人やって来て隔離室へ通された。15分も経った頃、防護服に身を包んだ医師が二人、検査キットを持ってやって来た。症状が出てからの経緯や基礎疾患の事などを簡潔に説明する。長い綿棒を右の鼻の奥に挿し込み手際よく粘液を採取。少し「ツン」とした程度で痛みはなかった。

 現在の症状などを聞かれたが、息苦しさなどはいつもの事なので気にはならない。検査結果が出るまで2~3日掛かるようで、結果が分かり次第直接電話で伝えるとの事。来院時、どうやって来たのか聞かれたのでタクシーと答えたが、タクシーも電車やバスと同じ公共の交通機関であるため、本来は歩きか、自転車或いはバイクが望ましいと言われた。結果が出るまでは無症状でも『感染者』なのである。

 そして月曜日の午後、電話が掛かって来た。答えを聞くまで胸がドキドキと高鳴る。まるで入社試験の回答を待つ気分だった。「結果は陰性でした。ですが症状が出現していた当時に検査を受けていれば陽性だったでしょう」。つまり私は新型コロナに感染していたのである。だが、奇跡的に重症化する事もなく短期間で自然治癒したのだろう。またしても幸運の女神が微笑んだのである。タフな身体に今は乾杯したい気分である。緊急事態宣言も解除され、東京の感染者も一時より比べればかなり減って来ている。ステイホームが功を奏したのであろうが、コロナとの闘いはまだ始まったばかり。スピード感の全く無いスローな政府の本気度の欠如した対応には嫌気が差す。

 

Nikon D700,Mモード,WBオート,ISO200,SS1/250,TAMRON VR90mm f/4。

 

 

わたしが咲くのは

愛する人たちを守りたいから

大切な人たちのため

勇気と希望を与えるため

だからどうぞ

決して諦めないで

頑張って

 

 

 ※写真は緊急事態宣言が出る前、3月下旬に増上寺にて撮影した桜(ソメイヨシノ)。訪れる人は殆どおらず、子ども連れの家族と白人の観光客が数人程度だった。静寂に包まれた寺の中を時折り吹く風に桜が舞い上がり華麗な踊りを見せていた。