プールサイドの人魚姫 -16ページ目

プールサイドの人魚姫

うつ病回復のきっかけとなった詩集出版、うつ病、不登校、いじめ、引きこもり、虐待などを経験した著者が
迷える人達に心のメッセージを贈る、言葉のかけらを拾い集めてください。

車椅子に座り隔離された状態で診察を受ける私(三井記念病院の発熱外来にて)。右下のCT画像は私の肺であるが左右の肺に白い影が複数点在している事が見て取れる。肺に炎症が起きている事は明らかだ。

 

 

 結論から言ってしまえば現時点で新型コロナ感染の疑いが完全に消えた訳ではない。検体検査が外部委託のため、結果が出るのに時間が掛かっている。担当医の口から出た言葉は、コロナ、結核、マック症(非結核性抗酸菌)など…。但しPCR検査を勧められていない事から新型コロナの可能性はかなり低いと思われる。

 風邪のような症状(咳)が出始めたのは4月4日だった。軽い咳だったので気にもしていなかったが、翌日になると咳がかなり酷くなり、夜になって発熱。37.4℃と微妙な体温であるが平熱が35℃台と低いため関節痛や倦怠感、寝汗もかくようになる。時期が時期だけに当然コロナ感染を疑うのは必然である。

 その日の夜は激しい咳でまともに眠る事も出来なかった。咳と一緒に吐き出した痰を見て血の気が引いた…。真っ赤だったのである。痰に血が混じるという生易しいものではなく赤黒い血の塊!長い闘病生活の中でこんな事は初めてだったため、病気慣れしている私でも流石に狼狽えてしまった。呼吸は荒く息苦しい、心不全でも同じような症状は出るがそれを遥かに凌ぐ苦しさ!気管から喉にかけて「ヒューヒュー、ゼーゼー」と喘鳴が聞こえる。「肺炎を起こしている!?」コロナの予感が脳裏を過り不安は募るばかりだった。

 4月6日の朝、相談センターに電話を入れるも全く繋がらない。かかりつけ医の三井記念病院にも電話したがやはり繋がらない。管轄の志村保健所も繋がらず結局その日は諦めてしまった。重い心臓疾患と腎不全を抱えている状態で肺炎を併発したら命を落とすリスクは非常に高まって来る。然し私は子どもの頃から強運に恵まれている。余命一年の心臓から復活し、心筋梗塞も乗り越え、脳梗塞をも克服して来た経緯があり九死に一生を得る体験は豊富だからそれが心の中に病気に打ち勝つ自信となって芽生えている事も確かだった。

 7日の朝になると熱は36℃台まで下がっていたが咳と血痰は相変わらず絶え間なく出ていた。真っ先に三井記念病院へ電話を入れ、循環器内科の看護師に相談。医師に指示を仰ぐため少し待つように言われ、その間に保健所にも電話を入れると直ぐに繋がった。咳・発熱・基礎疾患などの有無を伝えたが、37.5℃以上の熱がない事を理由に検査はあっさり断られ症状が酷くなったら連絡するようにと言われたが「それでは手遅れになる?」と疑問を抱きながら途方に暮れてしまった。

 三井の看護師から電話が入り、タクシーで来院するように指示される。入院の可能性もあったため、荷物をまとめ病院のある秋葉原へと向かった。病院の相談受付で事務の女性が待ち構えており、その時点から隔離状態が始まった。

 コロナに振り回されたこの2週間であったが、今は咳もほぼ治まり熱もない。時折僅かに血痰が出るため炎症はまだ続いているのだろう。今暫くは自宅療養が必要だ。

Nikon D700,Mモード,WB晴天,ISO320,SS1/200,VR24-120mm f/4G。

 

 

この光を辿って行けば

いつか必ず

希望に出会える

 

 人類が未曾有のウイルスに飲み込まれようとしている。尋常ではないスピードで感染拡大が続く新型コロナウイルス!医療先進国である筈のイギリス、イタリア、フランス、スペインそしてアメリカなどでは最早自国の力だけでは現状打開は無理だろう。医療崩壊に直面しているイタリアやNYの現場の惨状を見る度に、疲弊する医療スタッフたちの姿が余りにも痛々しい。だがそれが明日の日本の姿になるかも知れないのである。

 外出自粛程度の生ぬるい対応では感染爆発を未然に防ぐ事にはならないように思えてしまう。首都封鎖はおそらく時間の問題であるが、早いに越した事はない。感染爆発が起こってからでは手遅れなのである。それはおそらく誰もがそう思っているに違いない。事が起こる前に最善の対策を打つ事こそが今最も優先すべき事である。私のように基礎疾患を抱えている人は大勢いるだろう。特に循環器系は致命的である。私の場合、通院が4月に集中しており3回は病院外来へ行かなければならない。薬の服用で命を繋いでいる以上、通院は命を継続する為の行動である。

 自宅から電車に40分ほど乗り、秋葉原から15分ほど歩いて三井記念病院へ着く。電車内での感染リスクや信号待ちでの人混みもあればそれもリスクとなる。そして病院では院内感染のリスクが待ち受けている。一歩でも街に出れば集団感染のリスクは至る所に存在するのも事実。何れにせよこの国難を乗り切る為には国民ひとりひとりが危機意識を高め団結して立ち向かうしかない。そうすれば今は暗闇のトンネルだとしても必ずその先に希望の光が見えて来るに違いない。

※アップした写真は、昨年12月上旬に紅葉の撮影で訪れた『東京国立博物館』内の日本庭園である。射し込む太陽光が美しくて思わずカメラを向けた。光芒がうまく撮れていると思う。そして最後に志村けんさんのご冥福を心よりお祈り申し上げます(合掌)。

Galaxy S10+Nikon D700 TAMRON VR28-300mm f3.5-6.3G。

 

 

恋をするなら純白の

ドレスを着飾り歩きましょう

白い雪のように咲き誇る

スイセン畑を巡りましょう

この想いがいつかきっと

貴方の心に届くまで

スイセン畑に純白の

恋の花が咲くその日まで

貴方の事を想い続けます

 

 

※2月2日、久しぶりに葛西臨海公園へ出掛けた。真冬に咲く花を撮影するため、場所を選別し、都内最大級の水仙(スイセン)畑がある葛西臨海公園に決めた。園内には20万本を超える水仙が植えられており、その直ぐ近くに大観覧車もある。水仙と観覧車のコラボ!撮らずにはいられない衝動に駆られ、昨年5月にスマフォで撮影したポピーと観覧車のコラボが脳裏を過る。

 花の撮影を私に伝授してくれたのは桜とあのポピーだった。それ以来多くの花たちを撮影して来たが、写真に込める飽くなき探究は自分の足が腐って歩けなくなるまで続くだろうと思う。巷では新型コロナウイルスの感染拡大が日に日に増していたため、出来るだけ観光客の少ない平日に行こうと思ったが、ライトアップが土日だったため平日は諦めた。私のように持病を幾つも抱えていると感染した場合の重症化・死亡リスクが高まるのでどうしても神経質になってしまうので、出来るだけ人混みを避け自己防衛に務めるしか手立てはないのだが…。

 

Nikon D700,ISO1250,SS/1/80,WB晴天,f/4.5,焦点距離24mm(銀座4丁目辺り)。

 

 

暖簾くぐればいつもの席に

あなたの背中が待っている

そんな気がして立ち寄った

凍える風が泣く夜は

温もり欲しさに未練酒

 

噂ばかりが気になって

眠れぬ夜を過ごしたの

夜の帳に誘われて

見知らぬ人と添い寝する

憎いあなたは夢の中

 

言葉少なに去る背中

追い掛け見詰めて手を伸ばす

届く事などなかったわ

運の悪さを嘆いても

酒が惑わす儚い恋よ

 

あ~あ 路地で拾った恋なんて

捨ててしまおう 路地裏に

あ~あ 褪せて消える恋ならば

二度としないわ 恋懺悔

Nikon D700, Mモード,ISO640,SS 1/160,WB手動,f/4,VR 24-120,焦点距離24mm
 

 

 

少年はいつも夢見ていた

ガンダムのように強くなって

世界中の悪を懲らしめるんだ

そうして

いじめや虐待から

子どもたちを守るんだと


 

※お台場には撮影スポットが数多くある。それらを一日で周り切る事は出来ないため、何度も訪問する事になる。この実物大ユニコーンガンダム立像は5回目の訪問で撮影するに至った。下から見上げるように撮影する事ばかりに気を取られ、高い位置から見下ろすように撮る事をすっかり忘れており、帰った後で「シマッタ!」と気づいた。

 いずれまたお台場へは行く事になるので、その時に隣接するビルの屋上から撮影してみようと思う。ところで、昨年12月の循環器外来時、重いカメラを持って2万歩を歩くと伝えると主治医から「2万は歩き過ぎ」と注意されてしまった。主治医の立場になれば自分の患者が無理をして急性心不全にでもなったら助からない事を知っているから無理もない。自分で意識して歩いている訳ではなく、気付くといつの間にか2万という事なのでそんなに歩いた自覚がないのである。勿論、無理は禁物なので自己管理を怠ってはならない。

 

Nikon D700, Mモード,ISOオート,AF-S NIKKOR 24-120mm f/4G ED VRで撮影。

 

 

 皆さま、遅ればせながら令和二年明けましておめでとうございます。年末から続いていた体調不良(口腔内の腫れと痛み)で、散々な正月を迎えてしまいました。買っておいた年越し蕎麦に箸を付けることも紅白歌合戦を観る余裕もなく、激痛にもがきながら眠れぬままに元日を迎えた次第です。

 初日の出の撮影も諦め、子どもたちとの新年会も取り止め、病院を探し回ってみたものの見つからず、掛かりつけの三井記念病院には専門医が休みのため診察を断られる始末。2日に1件予約が取れたので池袋まで出かけ診察を受けたものの、炎症と腫れが酷いため治療は行わず抗生物質と痛み止めを処方されたのみだった。

 4日分の薬を全て飲み切っても腫れと痛みは治まらず、顔の左半分が浮腫んで歪んでしまったほどであった。口に入れる物は水分とお粥のみ。そのお粥ですら痛みでくちびるが歪んだ。痛みに対しては我慢強いほうであるが、流石に疲労困憊。不安ばかり募るので信頼の於ける三井記念病院の口腔外科へ電話を入れ、7日になって漸く治療が始まった。

 痛みから解放されたのは症状が出てから10日目の事だった。一眼レフで培った体力はものの見事に削げ落ち、体重も2キロダウン。昨年が想像を遥かに超える調子の良さで、何処か過信し気持ちに油断が生じていたのだと思う。気温の低い冬季は代謝も下がり免疫力も落ちる。そのため、ほんの少しの切っ掛けが事態を悪化させてしまうのだ。

 1月10日、落ちた体力を振り絞って神社とスカイツリーのコラボを撮影するため、亀戸神社へと出掛けた。学問の神様である菅原道真公が祀ってあるため、健康祈願、無病息災はご利益を受けられないかも知れないが、医学も学問だから融通を利かせてくれるだろうと一礼した。令和二年が皆さまにとって幸多き年でありますよう心よりお祈り申し上げます。そして昨年同様、今年も宜しくお願い致します。

Nikon D700, Mモード,ISO1250,SS 1/100,WB晴天,f/4,VR 24-120,焦点距離 40mm

 

 

 

秋は嫉妬の季節

だから葉が

嫉妬の色を隠すため

懸命に紅く赤く朱く

染まるのだ

 

 

※東京では木枯らし1号が昨年に続いて今年も吹かなかった。これは地球温暖化と関係があるのだろうか?都内の紅葉も例年よりその見頃が1,2週間遅れていたと思う。11月29日、都内の紅葉見学スポットの一つである『東京都庭園美術館』へ行ってみたが、さほど紅くなっておらず緑が目立つ状態であった。

 その為、気を取り直して翌日の30日、昭和記念公園まで足を伸ばした。こちらでは『夜の散歩道』と言う銀杏並木と日本庭園のライトアップを期間限定で行っており、私もそちらへと出向いたが、この公園、とにかく広い。以前、向日葵の撮影に来た事があるが、あまりの広さと距離に驚いた。その時はまだスマフォで撮影だったから2万歩越えたとしてもさほど苦ではなかった。だが今回は重い一眼レフやバッグも一緒である。総重量はおそらく4キロは軽く越えていたと思われる。

 ライトアップされる会場は明るいからまだよいが、そこへたどり着くまでは僅かな街灯のみで真っ暗…。人の波に任せて歩いていたから迷う事もなかったが自分一人だったら方向音痴の私は完全に迷子になっていただろう。暗闇に紅く浮かび上がる紅葉を如何に撮影するか、その存在感をどう表現するかで、試行錯誤しながらシャッターを切った。気付くと撮影枚数は300枚を越えていた。そしてその日は2万2千歩を達成!一眼レフで2万を越えたのはこの日が初めてだった。真冬並みの寒さでカメラを持つ手は凍えそうだったが、赤いもみじが心を温めてくれるようだった。

Nikon D700, Mモード,ISO320,SS 1/1000,WB晴天,f/11,単焦点50mm

 

 

 

光をも求めて

伸びゆくその先に

天国がある

 

 

※秋に咲く桜がある事を新宿御苑に行った際、初めて知った。通常の桜と比べて花びらは少し小さめに見えたが、そのか細い枝から伸び花開く様に例えようのない生命力を感じ取る事が出来た。それと同時に天から降って来た三行の短い言葉たち。それを忘れまいとノートに記し写真のタイトルを『天国に咲く花』とした。

 私は花の事はあまり知らない。花を見て分かるのはチューリップやバラ、桜くらいのものである。花の撮影を始めた頃、どのように撮ってよいか分からず構図も適当だったが、今年の4月に撮った桜がヒントとなりコツを覚えた。それにしてもこの十月桜を撮った単焦点50㎜と言うレンズは安価でしかも軽い!まるでレンズそ装着し忘れたかと思うほどである。画角が狭いので風景よりもポートレートに向いているが、狭い画角の中で被写体をどう切り取るか構図の練習に適しているレンズと言える。しかもf1.8と非常に明るいので背景のボケ具合も美しくアートな作品を撮るのに向いていると思う。

Nikon D700,Mモード,ISO200,SS 1/800,WBオート,f/5.6,単焦点20mm

 

 

人知れずひっそりと咲く

名もない小さな花だけれど

いつもあなたの傍らにいて

優しく見守る

そんな花のようでありたい

 

 

※一眼レフカメラで撮影するようになってから、これまでスマフォで撮影した場所へ再び足を運んでいる。アップしたコスモスは京急立会川駅から徒歩10分程度の所にある勝島運河沿いに咲いていたもの。

 この辺りにはコスモス畑があり、数種類のコスモスを見る事が出来る。通称『しながわ花街道』と呼ばれておりコスモス以外にも沢山の花が植えられているが、さほど手入れがされている様には見受けられないため野山に咲く花に近く、人の手が加えられていない有りの侭の花の表情を写し出す事が出来たと思う。因みに単焦点20mmの広角レンズで撮影。モチーフを際立たせる為に背景にも気を配った。

 

 

 帰省から東京に戻った翌日(9月2日)、息子からの情報を元に神奈川県大和市にある『サイトウカメラ』へと出向いた。本来であれば帰省の疲れを癒やすため2,3日は自宅でゆっくりするところであったが、気持ちは真っ直ぐ『一眼レフ』に向いていたため、疲れを癒やす時間も惜しんで出掛けた訳である。息子に勧められたカメラは『Nikon D700』。その中古をネットで探していると最安値がサイトウカメラだった。一台のみであったから早くしないと売れてしまう可能性もあったので焦ってはいたと思う。

 ネットでそのまま注文すればよかったが、やはり現物を確認したいと言う気持ちが強かったため店舗まで足を運んだ。D700は2008年に発売されたが10年経っても人気の衰えないロングセラー機。ハイアマチュア、プロ仕様のモデルで発売当時は32万もする高級機。それを39,800円で手に入れた。シャッター回数は2万回程度とそれほど使い込んでいない中古の中でも優良品だった。そしてレンズはnikonの24-120mmf4G ED VRを選んだ。広角から中望遠までをカバーする『小三元』と呼ばれている中の1本。

 それにしても一眼レフにはイメージセンサーの大きさが異なるAPS-C、フルサイズがある事すら知らなかった。APS-Cは本体もレンズも安価な値段で購入出来るが、「撮影を進めている内にどうしてもフルサイズが欲しくなる」と聞いていたので、それなら最初からフルサイズとなった訳である。

 本体にレンズを着けると約2キロの重量、カメラバッグも含めると約3キロを背負って被写体を求めて歩き回る。スマフォの時の様に軽快なフットワークとは行かない。それでも撮影が楽しくて疲れを一切気にする事はない。一眼レフ購入から既に2ヶ月近く経つが、これまで撮影した枚数は試写も含めて2千枚を越えている。この数字が多いのか少ないのか分からないにしても、『写真は足で写す』つまり移動した距離の分だけ良い物が撮影出来るとこの2ヶ月で学ぶ事が出来た。全ての機能を把握・理解するためマニュアルモードで撮影し、現像もカメラ任せにせずRAW現像している。