プールサイドの人魚姫 -148ページ目

プールサイドの人魚姫

うつ病回復のきっかけとなった詩集出版、うつ病、不登校、いじめ、引きこもり、虐待などを経験した著者が
迷える人達に心のメッセージを贈る、言葉のかけらを拾い集めてください。

体脂肪23あった体脂肪、今や半分近くまで落ちている。私はダイエットしているつもりはない。もちろん過去にはあった。70キロに増えた体重を60まで落とすため何らかの方法を試したが、運動が出来ない身体であるから、別の方法をとった。運動せずに無理なく簡単に痩せる方法。過去の記事にも触れているが、そろそろ止まって欲しい。体重は53キロで予定を大きく上回り、着る物全てブカブカである。体脂肪は人それぞれ必要な量があって、体力を維持するためには不可欠なエネルギー。人間が生きていられるのは体脂肪のお陰である。だからむやみに落とすとそれは、命とりとなる。低すぎてもいけない、低すぎるとどうなるか?免疫力が低下して病気にかかりやすくなる。自分に合った脂肪の正しい測り方、お腹を指で摘んで2センチくらいが丁度よい。ダイエッター人口は膨大であるが、無理せず健康的にダイエット出来た人は少ない。心も一緒にダイエット、それが本来の美しさなのである。
人形私の知り合いである中島みきこさん。私に小説を書けといった張本人である。私の詩集を読んで、「これだけ語彙が豊富であれば小説くらいかけるでしょ」とかまされてしまった。「えー、小説?時間かかるし面倒だよ」と私は小説など書く気は全くなかった。「としさんの背景って結構面白そうだよ」「うーん確かにモチーフはごろごろしてるね」こんな会話をした後、今の自分がある。ブログを始めるずっと前の事である。「詩集は売れないし、日本人は小説好きだしね」私は今長編私小説「届かなかった僕の歌」を執筆中。もちろん出版に向けて準備を進めているし、その続編「天竜荘物語」「僕の命は誰のもの」と続いていく。私に火を点けた知人のHPにでも訪れてくだされ。

花束東京都済生会中央病院に、中央聖書教会の牧師「石原先生」が入院しておられるので、早速お見舞いに行って来た。小雨の降りしきる中、傘も指さずオーバーヒート気味の私の身体には丁度よい冷たさだった。私はこの程度の雨であれば傘を指さない。雨に濡れるのが好きな少し(大分)変わった所がある。雨も天の恵みに変わりなく、私にとっては心地良い。術後間もない先生は意外と元気だった。先生には一度しかお会いしておらず、しかも非常に短い時間だったので、私の事は覚えていなと思った。病室に入りベッドを見ると空だった。あれ?何処に行ったのかなと思いながら病室を出ると、若い看護士さんがやって来て「石原さんは今お風呂に入ってます」と告げた。廊下で5分ほど待つと、ふくよかな顔に銀縁眼鏡の良く似合う先生が私の方に片手を挙げて挨拶してくれた。少し肩で息をしている先生はやはり病人だったが、順調に回復しており、随分と会話が弾んだ。時計を見るともう5時近く。病人の先生に長話しをしてしまい申し訳なく思った。病人の私がこうして花束を持って見舞いに行くのは初めての事。思えば最初に私を見舞ってくれたのは小学6年のクラス全員と千羽鶴だった。そして次々と訪れる見舞い客。今まで多くの方に見舞って頂いたお礼も込めて先生に花束を送った。私に花束は似合わないかもしれないが、病気になって初めて気がつく日常がある。健康な人もそうでない人もみな心に花束を持とう。

レントゲン今年の8月に撮った心臓のレントゲンである。この画像を見て医療関係者であれば直ぐ判断できると思う。私の心臓は健常者の心臓と、比べるとその機能は半分もない。心肺機能が低いので尿もまともに出ないから利尿剤で無理矢理出す。通常心臓の大きさは握り拳程度の大きさだと言う。この画像は手術後18年経過した後の物なので、それで小さくなった方。術前はこれを遙かに超え、黒い肺の部分が殆ど見えていなかった。「貴方よくこれで持ち応えていますね」心臓外科医の言葉に思わず笑ってしまった。心臓はいたって単純な臓器で、筋肉の塊。同結節という部分から電気を送りその信号によって動いている。一日約10万回拍動する。母胎に宿ってから死ぬまでのその心臓の一生は全身に血液を送る作業に費やされる。天文学的な数字。働き詰めで、休むことが許されない臓器。私はスポーツが出来ない。人工弁が入っているからだ。SJM弁といい、その時計の秒針に似た「カチカチ」は命の音である。いつ壊れるか知らないし、保証書もない。風任せの命だから簡単に明日の約束は出来ません、残念。
殿みなさーん、いつも偉そうなことばかり言って御免なさい。とうとう殿に怒られてしまいました。これに免じて私の暴言、コメなしトラックバックお許し下され。関連のない記事にとらばっくれるなー、はぁ?しらばっくれるなーだろ。バシッ!
養護学校私の母校である天竜養護学校が今年で創立50周年を迎える。それにあたり、創立50周年記念誌を作るのであるが、私に詩の創作依頼があった。卒業生である私としては非常に有難い依頼だったので、心良く快諾し、新作として「我が母校」を書いた。そして天竜荘に関連した詩を数点送ったのである。そして先日教頭先生からお礼の電話があった。「神戸先生、この度は素晴らしい作品を送って頂きありがとうございます」いきなり「先生」と呼ばれて驚いた。私、いつから先生になったんだろう?人から先生と呼ばれて悪い気はしない、誰でも嬉しいだろうが、私はまだ先生と呼ばれるほどの者ではなくまだ発展途上の身。世の中に先生と呼ばれている人は星の数ほどあれど、本当の先生は少ない。私は尊敬できる人であれば職業、身分を問わず先生と呼ぶ。最近は先生の少なくなった学校も多いが、先生と呼ばれる以前の自分を振り返る必要と何故先生なのかを再認識する必要があるだろう。天竜養護学校は心に病を抱えている生徒が多いと言う。その生徒たちの励みになってくれればよいのだが。関連記事として「詩集がつないだ30年ぶりの同窓会」をアップしているので参考に。
トランクトランクケースの蓋を開けてみると、照明が点灯し機関車や自動車が走り出す。まさにファンタジー、癒しと夢の世界が広がった。クラフトの職人が織り成す世界にも私たちの求めるファンタジー世界があったのである。これぞ持ち運べるファンタジー。さあ、貴方のケースにはどんなファンタジーが入っていますか。

雲「トラステ賞」
天使がくれたピアノ 最終楽章

みなさん、これまで私の長い話に付き合って頂いてどうもありがとう。今私はどこにいると思う?私のベッドは綿菓子のようにふわふわな雲のベッドよ。寝心地は最高なの。此処から地上を見下ろすとピアノに憧れている自分がみえるわ。でもひとりぼっちよね。此処には本当の天使がいる所。なにより嬉しいのは母がいて祖母がいる。そして天使が私のプレゼントにくれた白いピアノがある。此処で私は永遠のピアニストになれたのよ。世界一のピアニスト。でも私がここで奏でる乙女の祈りは貴方達には届かない。でもいいの、死んで夢が叶うなんて思っても見なかったけれど、私は夢を果たしたわ。それがどんな形であれ、現世が全てじゃないわ。私はいずれ舞い戻る、今度は私が天使になってピアノを弾きに貴方たちのところへ舞い戻る。約束するわ。それまで待っていてくれる?ピアノに憧れ、ピアノの素晴らしさに気づき、音楽をこの上なく愛する人々の為に私からの贈り物、一粒の涙をピアノの海に沈めます。さようなら…。香葉子より。

田中氏粋で陽気でお洒落なロックンロールシスター(oh!)
いつも深めの海老茶のモカシン履いて
街を歩けば(oh!)噂のロックンロール
ちょっと緩めのすすけた紅いサスペンダー
白いデニムがおどけて跳ねて来てるよ
そぞろ歩きは導きロックンロール
ロックンロールシスター
テンガロンハットでかっこかっこかっこ
ロックンロールシスター
タンクトップのバストにスールもびっくり16歳
焼けた素肌に雷ロックンロール
イデイデイデ バナナボートで
ロックンロールシスター
着いたところがトラファルガー
嗚呼、びっくりナポレオン
ちょっとちょっとちょっと
噂のロックンロールシスター