「トラステ賞」
天使がくれたピアノ 第11楽章
主のいない会社をたたみ、祖母は私を引き取り、5年間一緒に暮らしたの。でもその祖母に不幸が訪れたのは夏休みの最中だった。生徒の前でピアノを弾いている時、突然崩れるように祖母の身体が鍵盤を悲鳴に変えた。ひとり残された私の元に福祉課の女性が尋ねてきたのよ。そうして私は「天使寮」に入った。ここで暮らした6年間、友達も大勢出来たし、私にとってはとても充実した6年間だったわ。私が中学生になって始め弾いた曲、天使寮で開かれた七夕会の演奏会の時だったわ。曲名は「主は冷たい土の中に」フォスターの名曲だから知ってるわよね。一番左でピアノを弾いているのが私です。夢が叶った瞬間だったわ。ピアニストとはいかないけれど、数十人の人たちが見守る前で演奏出来たんだもの。この時とっても緊張していたわ。だってそうでしょ?指が震えて間違えないようにとそればかり考えていた。だから曲のリズムは覚えていなかった。でもこの曲悲しいわ。背景にはアメリカ社会の黒人奴隷があったし、この主はきっと白人だったと思う。私にとって、この曲は讃美歌だと思う。

クリフ・マクニッシュ, Cliff McNish, 金原 瑞人
レイチェルと滅びの呪文読書嫌いの私が2日で読破したファンタジーの本である。まあつまりそれだけ面白かったと言えるでしょう。ファンタジーは誰にでも在って容を変えて毎日繰り替えされている。人間は最初からファンタジーの世界に生きているのかも知れない。貴方自身が主人公なのである。私の住む世界と貴方の住む世界が違うように幾つも枝分かれしている人生の中で出会う人たち。貴方の心に素敵な魔法をかけてあげましょう。

T・A・バロン, 海後 礼子
マーリン1 魔法の島フィンカイラ前回の記事でファンタジーについて触れてはいるが実際に今回は児童書としてのファンタジーを紹介しよう。児童書として捉えて見えるとこの書籍はかなり衝撃的で、充分大人でも楽しめるだろう。有名なファンタジーだから此処で詳しい内容まで説明する事もないがお薦めします。
「トラステ賞」
天使がくれたピアノ 第10楽章
私と祖母が通された先は霊安室だったの。私は何が起こったのかさっぱり理解出来ずにいたわ。祖母がそっと手を引いて母の遺体の傍に連れて行ってくれた。部屋の中はとっても静かで私と祖母、そして遺体を見詰める男の人二人だけだった。咳払いと唾を飲み込む音が壁に反射して聞こえた。「ばっちゃん、お母さんどうしたの?」私の問いかけに中々答えようとしない祖母。二人の男も俯いて黙っていた。母の顔には大きな白い布が被せられていて、その顔の向こうに線香が三本、真っ直ぐに立ち上る白い煙。揺れたのは私の息がかかった時だけ。「お母さん何故顔隠してるの?」「かやこ、いい、お母さんね今眠っているのよ」「布は要らないでしょ?」「そうね、取ってあげましょうね」祖母の細長い指がそっと布に触れ、ゆっくりと摘み上げた。大理石の様に白く浮き上がった母の寝顔は、静寂と不安が綾取糸のように絡みあっていた。「お母さん、かやこだよ」母の耳元に息を吹きかけてみる。冷たい吐息のように母は無表情で微笑み返した。「かやこ、ごめんね。母さんお前をもう育ててあげる事が出来なの。かやこの面倒はおばあちゃんがみてくれるからね。母さんいつでもかやこを空から見守っているわ。短い3年間だった。仕事ばかりに追われて、かやこの相手をしてあげられなかった母さんを許してね。あなたには立派な才能があるもの、大丈夫よね」祖母が眼を真っ赤にして言った。「さあ、かやこお母さんもう少しここで寝ていくから先に家に帰ろうね」。

ケネス オッペル, Kenneth Oppel, 嶋田 水子
シルバーウィング―銀翼のコウモリ〈1〉私の家はまるで図書館だ。様々なジャンルの本で埋め尽くされている。しかしこれらの本を読むのは私ではなく家内や子供たち。書店で購入出来ないもの、例えばかなり古い本、絵本、売れていない本などである。一度図書館に行くと20冊ほど借りる、予約のしまくり、一人借りられる数は決まっているので、4人分のカードを使う。それにしても毎日読書に明け暮れる子供たち。自分が子供の時(今もそうだが)読むのが苦手だった。ファンタジーについては最近の記事で触れているので参考に。取りあえずお薦めの一冊であることは間違いない。
抗うつ薬を止めて一週間が過ぎた。今飲んでいるのは前回記事にした「リタリン」とこの画像の薬である。「ロヒプノール、マイスリー」長いことお世話になっている。まあこれだけじゃなく心臓の薬も5種類飲んでいるが、これは絶対止められない。命を保障する物だから。さて抗うつ薬を飲まなくなってから変わった事は、覚醒剤のような依存性はないものの、いささか変化が現れてきた。脳内伝達物質「セレトニン、ノルアドレナリン」が減少したのか分からないが、非常に身体が疲れてきた。先生に言わせると今まで150%ものエネルギーを使って来たのだから疲れて当たり前。車の運転と同じように非常に神経を使ってきた結果だ。「脳は非常に我慢強く出来ているが、それを心が勘違いしている」その通りなのである。疲れている人たちが多い中自分に最も適切な場所でゆっくり休むことである。



