天使がくれたピアノ(第10楽章) | プールサイドの人魚姫

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うつ病回復のきっかけとなった詩集出版、うつ病、不登校、いじめ、引きこもり、虐待などを経験した著者が
迷える人達に心のメッセージを贈る、言葉のかけらを拾い集めてください。

霊安室「トラステ賞」
天使がくれたピアノ 第10楽章

私と祖母が通された先は霊安室だったの。私は何が起こったのかさっぱり理解出来ずにいたわ。祖母がそっと手を引いて母の遺体の傍に連れて行ってくれた。部屋の中はとっても静かで私と祖母、そして遺体を見詰める男の人二人だけだった。咳払いと唾を飲み込む音が壁に反射して聞こえた。「ばっちゃん、お母さんどうしたの?」私の問いかけに中々答えようとしない祖母。二人の男も俯いて黙っていた。母の顔には大きな白い布が被せられていて、その顔の向こうに線香が三本、真っ直ぐに立ち上る白い煙。揺れたのは私の息がかかった時だけ。「お母さん何故顔隠してるの?」「かやこ、いい、お母さんね今眠っているのよ」「布は要らないでしょ?」「そうね、取ってあげましょうね」祖母の細長い指がそっと布に触れ、ゆっくりと摘み上げた。大理石の様に白く浮き上がった母の寝顔は、静寂と不安が綾取糸のように絡みあっていた。「お母さん、かやこだよ」母の耳元に息を吹きかけてみる。冷たい吐息のように母は無表情で微笑み返した。「かやこ、ごめんね。母さんお前をもう育ててあげる事が出来なの。かやこの面倒はおばあちゃんがみてくれるからね。母さんいつでもかやこを空から見守っているわ。短い3年間だった。仕事ばかりに追われて、かやこの相手をしてあげられなかった母さんを許してね。あなたには立派な才能があるもの、大丈夫よね」祖母が眼を真っ赤にして言った。「さあ、かやこお母さんもう少しここで寝ていくから先に家に帰ろうね」。