煙草の煙がのろしとなって
僕に合図を送ってくれる
僕は 解っていながら
寿命を縮める
毎日毎日 数本吸う
そこに死への予感はない
ぽいっと軽く命を捨てる
投げ捨てられた
消えかかる命
今日も一日短くなった
そいつを足で踏みつける
自分の命を踏み潰す
ヒンドゥ、仏教、イスラムと様々な神が棲む美しい島、バリ。この島にまた不幸の矢が飛来した。日本人にも負傷者がでているらしい。美しい島だからこそテロリストたちの標的になるのであろうか。観光客で賑わう、神を一目見ようと訪れる者。バリはその遙か昔から人類の我儘を全て受け入れてきた。許されぬ行為もその懐で許し、癒しを与え続けている神々の国。だが、愚かな権力と武力によって支えられて来たことも事実ではあるが、神の手のひらで踊るテロリスト達よ、おまえ達は神に戦争を仕掛け、攻撃を繰り返しているのだ。聖戦は既に終わりを告げ、神が本来の姿を現した時、全人類はその愛の前にひれ伏すであろう。私は過去の記事でもテロについて述べて来たが、私は私の方法でテロの連鎖を断ち切りたいと思う。
ブログを始めて2ヶ月が過ぎた。うつ病回復へのジャンプ台ともなっているブログにはまり、PCの前で費やす時間は大幅に増えた。小説も執筆中なので最近少々疲れてきてはいる。だが書きたいことは次々と湧いてくる。止められないからブログにする。そしてTBである。私のトラックバックに対して批判の声も最近聞くようになった。ごもっともだと思う反面、違うよなと思ってしまう。ブログを作るにあたり本を一冊読んでみた。「ブログ成功バイブル」という本だ。これ一冊読めばブログを作る注意点や、マナーなど理解出来るだろう。私のスタンスは「トラックバックこそ最大のコメント」だと思っており、読者を繋げる為の最大のツールだと思っている。だからTBの際にコメントなしでいきなり貼り付けるわけだが、何も根拠なしにやたら貼っているわけではない。記事には一通り眼を通し、自分なりに判断してのTB。じゃあお前はコメントしないのかと思う人もいるだろう。私は出来るだけコメントをしているつもりだ。私はアメーバー以外にも複数ブログを持っているが、TBを削除されたのはアメーバーが初めて。他のブログ一日平均のアクセス数は300を超える。だが人気ランキングには参加していない。ブログもいずれ一本化しないといけないがやはり何と言われようとアメブロが一番好きである。(画像容量、サイズ制限に不満はあるが)
誰でも生まれてから経験するファンタジー。それは母親が読んでくれる絵本であったり学校で見聞きする紙芝居であったり、現代ではゲームだったり、映画、本と様々な場所でファンタジーの世界に触れる事が出来る。ハリーポッターの大ヒットから始まり、ファンタジーの原点とも言える指輪物語、バーティミアス、ダレン・シャン。子供向けから大人も楽しめるファンタジーの数。何故これほどファンタジーが受け入れられるのであろうか。心を育む素材として多くの人たちに支持されている。昔も今もその役割は普遍的である。だが、その世界とは裏腹に毎日のように悲惨な事件が新聞に載る。児童虐待、己の利益?のみに走った結果の痛ましい殺人など。大人たちの世界からファンタジーが消えてしまったのであろうか?ファンタジーは日常世界で常に触れ、誰の心にもある筈なのに。ファンタジーは単なる幻想や空想だと切り捨ててはいないだろうか。敢えて現代の大人たちに問いかけよう。ファンタジーの心を取り戻せと、ファンタジーを現実として置き換えてみれば心は大きく羽ばたくだろう。
「トラステ賞」
天使がくれたピアノ 第9楽章
「はい、川合ですが」祖母が黒い受話器を取った。「さよ子さんのお母さまですね」「さようですが何か」「今直ぐ来て頂けませんか」「はあ?さよ子がなにか」「はい、実は…」母は印刷物を届ける為に霧雨の中、合羽を着てスーパーカブに乗り出かけた。何故オート三輪車を使わなかったのでしょう。今思うとそれがとても悔やまれてならない。霧の立ち込める道路は夕方のように見通しが悪かった。合羽を羽織っているせいもあり、水滴が目に飛び込んできた。スピードはそれ程出していない、そう30キロ程度だったかもしれない。走る車やバイクの数も少なく、信号も殆ど整備されていなかったし、普段から走り慣れている道は自分の家の延長にも思えた。油断したわけではなく、運が悪かったのだと諦めの空から大粒の涙が降ってきた。トラックに衝突したバイクの形は原型を残さず、くの字に折れ曲がり、濡れたアスファルトには届かなかった紙切れが散乱していた。母はその瞬間、大空に向かって高く高く舞い上がった。長い黒髪が解けて雨の中を舞う。地上に舞い降りることもなく永遠に旅立ったのよ。さよならのひと言も告げずに。
ゴスペルインザナイトに向かう途中ストリートミュージシャンに出会った。一服する為に立ち寄った広場で煙草に火を点けていた時だった。10メートル先にアコースティックギター片手にブルースハープを織混ぜ、小気味良いメロディが聞こえてきた。すかさず彼等に近寄り撮影の許可を取りブログに掲載する許可も得る事が出来た。彼等の曲がオリジナルなのかは知らないが実に良い曲だった。メロディといい歌詞の内容も良かった。記念に私に一曲プレゼントしてくれた気の良いお兄さん達。この二人に私は自分の若かりし10代の頃を想い出していた。バンド経験のある私の原点は小2の時、ビートルズが日本に来日した時だった。そして洋楽に取り付かれ、オールジャパンポップス20を聞き始めた。当時流行っていた曲で印象に残っているのは「パサディナのおばあちゃん」だった。洋楽にのめり込んだ18年間FENばかり聞いていたが、ある日拓郎の曲「今日までそして明日から」がラジオから流れ出てきた。この曲に圧倒され拓郎の大ファンになった。折りしも世間はフォークブームでプロテスタントソングが流行り、そして拓郎を筆頭に井上陽水、泉谷しげる、関西では優歌団が注目されていた。1970年代の流行はギターケースを持って歩くことだった。それだけで女の子に注目され、もてた時代。ギターケースがシンボルの時代だった。ただ、貧乏な若者にハードケースは届かない。スリーフィンガーの奏でるそのギターテクニックで難しい曲「花嫁になる君に」これを弾けるようになった時やった!と思った。高田渡へひと言、コンサート中に居眠りするから早死にしちまったんだ。アーメン。

Simon & Garfunkel
The Graduate (1967 Film)
私が初めて購入した曲である。このLP版ではなくこのアルバムからシングルカットされたSP版だった。当時350円だったと思う。遙か昔であるが、350円でこの素晴らしい曲「サウンドオブサイレンス」「ミセスロビンソン」が聴けた訳である。至上の幸福感がポータブルプレーヤーの針を通して流れ出る。映画「卒業」を観たのはずっと後になってからの事だったが、映像を通して流れると同じ曲でも伝わり方は違ってくるものであるが、良いものに変わりはない。サウンドオブサイレンスを聴いたのは入院先のベッドの上、小さなトランジスタラジオから流れてきたこの曲、死んで天国に行っても聴いていたい名曲である。
「トラステ賞」
天使がくれたピアノ 第8楽章
祖母が私に聴かせてくれた最初の曲は「乙女の祈り」だったわ。4拍子の明るいテンポの曲で3歳の私でもすんなりと溶け込める、とっても素敵なピアノの為に作られたような曲っだった。祖母の指が奏でるメロディの美しさに聴き入っていた私。祖母と二人だけの教室で乙女が踊っているようだった。母は印刷会社を支えるため、昔のように忙しい日々を送っていた。従業員でも雇ったらと祖母に言われていたが、将来は4色機の大きな印刷機を購入しようという計画を持っていたの。ローランドというその印刷機はドイツ製で非常に高価なものだった。とても人を雇う余裕などなかったし、人件費を払うくらいなら自分が二人分働いて経費を浮かせようとしていたわ。私は暫くの間母から離れて祖母の家にいたの。毎日ピアノが私のお友達になってくれた。小さな指で初めて鍵盤に触れた時の感触、今でもはっきりこの指先に残っているわ。自分で叩いた初めての音、ちょっと重くて力が必要だったけれどピアノは私に音で応えてくれた。私はすっかりピアノが気に入ってしまったの。祖母が夕餉の支度をしている時だった。リンリンリンリン…電話のベルが鳴った。

