ウニャ~ン(^O^)と思い切り笑ったタラコ。何がそんなに受けたのか息子の顔見てきっと思わず笑ってしまったようです。犬が笑うのは知ってますけど猫は初めて見ました。でもよく見ると目がちょっと不気味(-_-;)猫は夜になると野生の本能をむき出しにしますよね。観察していても飽きる事がないです。インコとのやり取りは傑作。今度お見せしますね。
日曜日、ブログで知り合った女性に誘われて教会に行ってみた。教会に行くのはこれで2回目だが、最初の教会はグアム島へ旅行に行った時、ツアーに組み込まれていた見学先だった。日曜日ではなかったので、教会の中に人影は見えず観光客(日本人)達の大人しげな声だけが広い空間に響いていた。私はクリスチャンでもなければカトリックでもない。ましてや仏教の信徒でもないが、讃美歌とアーメンの言葉は好きである。アーメンの意味は「真に、かくあれし」というヘブライ語であり、祈りの後には必ず用いる言葉としてキリスト教では欠かせない言葉である。祈りとは人間だけに与えられた特権であり、至上最大の武器でもる。人間はその潜在意識の中で毎日祈っている。この世に生を受けた瞬間母胎の中で手を合わせ祈り続けているのだ。何に対して祈りを捧げていると思うかは個人の判断であり一概には言えない。神に対して祈りを捧げることは神を作った人間に祈っている事になる。神はその昔猿だったこともここで述べておこう。キリストを絶対神とする考え方を否定するものではない。事実を述べているに過ぎない。古代の人間は自然を神としており、光を神とし、暗闇を悪魔とした。人間に第6感が備わっていた時代の話である。人は死が近くなるとあの世から迎えがやってくる。迎えに来る人は(人とは限らないが)一番会いたいと思っている人だ。もしそのような人がいなかった場合誰が迎えに来ると思う?「キリスト」なのである。この話を信用するもしないも貴方次第。自分に矛盾を抱えつつ今日も生き延びたことへ感謝する。
「トラステ賞」
天使がくれたピアノ 第7楽章
私が3歳を迎えた頃はもうそれは悪戯さかりで、祖母と母親を毎日のように驚かせていた。言葉もはっきり話せるようになり、結構生意気な子どもだったかもしれない。母親や祖母に心配ばかり掛けていて結構活発な女の子だったみたい。色んな事に興味が湧き、母や祖母に質問攻め、母は仕事が急がしいのでもっぱら私の犠牲は祖母だった。でも優しい祖母は何でも受けいれてくれた。だから私は随分我儘な子どもだったと思う。3歳にもなるとおもちゃのピアノでは飽きたらず、一度本物を見たくなり、祖母の家に外泊したの。私の家から電車で3時間余りだからそれ程遠くわない。初めての汽車の旅立った。祖母の家は流石に大きく教室を開いているだけの事はあった。広間に通され初めて見た本物のピアノは黒い大きなグランドピアノだった。おもちゃの赤いピアノしか見た事がない私にとってはそのピアノの大きさに驚くばかり、そして白と黒が織り成す鍵盤の見事なまでの列。それは永遠に何処までも伸びていく飛行機雲のようだった。
「トラステ賞」
天使がくれたピアノ 第6楽章
私が2歳になった頃、祖母が赤いピアノのおもちゃを買ってくれたの。本物のピアノの音とは比べものにはならないけれど、私が初めて触れるピアノだったわ。ピアノの前にちょこんとお人形みたいに座ってね。祖母がにこっとしながら「ほら、かやこピアノだよ」って教えてくれた。私にはそれが何だか分からなかったけど、その赤色がとっても鮮やかだったから興味を惹くには充分だった。「さあ、弾いてごらん」祖母が私の手を取って鍵盤に誘ったの。私はピアノより祖母の顔を見上げてた。「ばっちゃん、ばっちゃん」と祖母の事を呼んでいたの。優しい柔らかい手が私の手をいたわるように包み込む。左手の薬指がぴくぴくしていた。キンカンコン…。これがピアノの音なんだ、初めて聴いた音の響きは今でも記憶の片隅に残っているわ。祖母がそのおもちゃのピアノで弾いてくれた曲は「江戸の子守歌」だった。ねーんねんころりよおころりよ…。私は坊やじゃないって思ったけれど、この曲のリズムを聴くと何故か眠くなってしまうのね。母は何とか仕事を続けていた。祖母が良き相談相手になってくれたお陰かも知れないわ。
「トラステ賞」
天使がくれたピアノ 第5楽章
この事故があってからの母は随分落ち込んでいて、仕事も滞りお得意様から苦情の電話が殺到するようになったの。心配した祖母が田舎からやって来たわ。祖母は田舎でピアノ教室を開いていたの。でも今回の件で暫く教室はお休みする事になった。仕事ははかどらず輪転機は止まったままの日が続いたの。母は印刷機のスイッチを入れる事さえためらっていた様子。我が子の痛々しい姿をこの印刷機の前で見てしまったから、機械にさえ近づきたくないという母の気持ちも分からなくも無いけれど、私はやっぱり汗水流して働いている母の方が好き。インクで汚れても母の姿は天女のように美しかったもの。祖母の指はさすがピアノの先生だけあってとても50歳の女性の手には見えなかった。すらりと伸びた指でどんな音を奏でるのでしょう。それに比べ母の手は重労働の積み重ねで男の手のようにごつごつしていて、その美しい顔には全く似合わなかった。「さよ子、これからどうするつもり?このまま会社を続けるの?」「母さん、この会社はあの人と一緒に苦労して作ったもう一つの愛の結晶、だからもう少し待って」「何言ってるの、幸男さんあなたを見捨てて出て行ってしまったのよ」「その事は言わないで、きっと帰ってくる、私はそう信じてる」二人の会話のよこで香葉子はすやすや寝息を立てていた。
日本の台風はともかくとして、アメリカはまたも巨大ハリケーンの餌食と化している。環境破壊がもたらしたつけは計り知れない。だが、どうしてこうも貧困者たちばかりが狙われるのであろうか?自然の掟を考えて見たときやはり強い者は弱い者に向けて暴力を振るう。人間社会も自然界も同様なのである。大人が子どもに対して行う虐待もその現われ、弱い者に向けられるものは暴力だけではないにしろ、この連鎖は永遠に続くだろう。私は18歳の時「七夕豪雨」を経験し、道路をモーターボートが走って行く光景を見て唖然とした。腰まで浸かった空の使者は余りにも多くの被害をもたらした。いまだに忘れられない記憶として、屋根の上から自衛隊に助けを求める人達の姿が消えないでいる。被害が最小限に留まることを空の暴君に願うばかりだ。
「トラステ賞」
天使がくれたピアノ 第4楽章
サイレンと共に救急車が私の返り血で染まった母と私を迎えに来た。普段は静かで喉かな田園風景が広がる田舎町、私と母を乗せた白い車がサイレンを轟かせ、静かな国道を走り抜けて行った。車の中で母は泣いていたわ。ぽろぽろと私の顔に大粒の涙が零れおちたの。包帯でぐるぐる巻きになった小さな左手が倍くらいに膨れあがっていた。私の泣き声と母の押し殺した呻きにも似た声が車の中で乱反射を繰り返す。「しっかりして下さいお母さん…、もう直ぐですから」同乗している救急隊員が母を励ましていた。母はきっと自分を責めていたのだと思う。でもね、私から見れば母は何も悪くはないわ。ゆりかごから飛び出して輪転機の誘いに乗った私がいけないの。そうでしょ?お母さん。私は何も命まで奪われる訳じゃないのだし、指の一本くらいなくても生きていけるもの。だからお母さんもう泣くのを止めて頂戴。救急車が病院に着き、外科外来に運び込まれた。指が残っていれば繋ぎ止める事も可能だったかも知れない。


