プールサイドの人魚姫 -135ページ目

プールサイドの人魚姫

うつ病回復のきっかけとなった詩集出版、うつ病、不登校、いじめ、引きこもり、虐待などを経験した著者が
迷える人達に心のメッセージを贈る、言葉のかけらを拾い集めてください。

51.6とうとう体重が51キロ台に突入してしまいました。喜ぶべきか悩むところです。心臓の悪い私にとっては負担が少なくなり都合がよいのですが、痩せすぎもまた問題ありですね。こうなったらあの17歳の夏を再現して49キロを目指しますか。鬱になる以前の体重は63キロ体脂肪22と細からず太からずで平凡でした。それがあの薬「ドグマチール(抗うつ薬)」を飲み始めた途端ぐんぐん太り始めました。所謂副作用です。70キロになりお腹は出てくるし、ズボンが履けず皆出来るだけ広げました。そしてダイエットに踏み切ったのですが、運動が出来ない。ではどうやって痩せればよいか悩み、もろみ酢、にがり水などを試しはしたものの、効果なし。人間一日の内2キロ程度は減ったり増えたりするもの。水分を多く摂れば増えますね。私は腎機能が低いので利尿剤を飲まないとオシッコが出ません。昔は看護婦さん達がこっそり痩せる為に飲んでいました。健康な人がこれ飲んではいけません。腎臓が正常に機能しなくなります。体重が落ち始めたのはそう去年9月詩集を出版しようと決めた頃。何かが弾けたような感触があったのです。
不審者子どもが犠牲になる悲惨な事件が起こる度に警察、学校、自治体がやっきになってその対応に追われているが、いつもの事ながら犠牲者が出た後になってからの行動である。後手後手のお決まりパターンには事件の教訓が一つも生かされておらず、同じような事件は何度も発生する。本気で子どもを守る気あるの?時間が経つと薄れて行く意識。まさか家の子は大丈夫なんて思っているととんでもない事件に巻き込まれたりする。危機意識の低さは平和ボケした日本を象徴している。ところで私だが、相手構わず声を掛けるので最近不審者扱いされているらしい。近所の子どもはハーモニカおじさんなんて呼んでいる。声を掛けること自体は何も悪いことではない。コミュニケーションを取るには先ず話掛けることだ。私の話相手は対象を選ばない。犬や猫、植物、昆虫だったりする。つまり自然を相手に話し掛けるのである。不審者の見分け方については過去の記事「職務質問」で触れたが、見掛けに騙されないこと。挙動不審者は至る所にいるわけだが、余りにも過敏になると大切な信頼を失う結果を招く可能性もあり、厄介な問題である。とにかく親が守ってあげない事には始まらない。
子ども幼い子どもが被害に合う悲惨な事件が相次いでいる。昭和36年に起こった「吉展ちゃん誘拐事件」を思い出した。泉谷しげるがこのドラマで役者デビューしたが、元々足に障害を持っているその姿は犯人像にピッタリだった。昔は金銭目的で誘拐される事件が多かったが、今はその様相は様変わりした。犯人は何れも金銭を要求しては来ない。では一体何が目的なのか?己の欲望のはけ口、ストレス発散それらが無抵抗の子どもに向けられている。この様な歪んだ社会を生み出したのは、我々大人である。その大人たちは子羊のような子どもを守ることが出来ない。こうなったら子どもにも武器を持たせるか?ジャックナイフ?剃刀?まず無理だろう。どんなにパトロールを強化した所でほんの僅かの隙に子どもは狙われるのである。何か大切なものが抜け落ちてしまった現代。それは「手作り」である。母親から教わった手作りの味。父親から教わったキャッチボール。何でもよいが、世の中便利になり過ぎた。その代償が悲惨な事件を産む結果となっている。犯罪の心理にはその背景に孤立した人間像が垣間見える。コミュニケーションが上手く取れない或いは方法が分からない。寂しい大人と呼べない子どもが増えているのである。
ギター7年振りに弦を張り替えた。錆び付いた弦から新品のスチール弦に。昔と違い今では様々なタイプの弦がある事に驚いた。まだ10代の頃はお金も無くて弦を煮沸して何度も使っていた。もちろんその方法は今でも通用するし、かまやつさんから聞いた話である。私の4本目のギターはSヤイリ。あの井上陽水がデビューしたての頃使っていたタイプと同じモデル。これを購入したのは28歳の時。当時はヘビメタ全盛でアコギなど蚊帳の外だった。Sヤイリも倒産してしまい、これは処分品だった。マーチンとSヤイリが並んで飾ってあり、どちらにしようか迷ったが、弾いてみてSヤイリに決めた。これはマーチンD-28をコピーしたモデルだと思う。蒲田で家が焼けた時、ハードケースの中でこのギターは100度を越える熱に耐え切ったのである。ギブソン、マーチン、ギルドなどはいまだに憧れているが、私にとってこのギターは心のよりどころでもある。今年のクリスマスにはこのギターで「赤い鼻のトナカイ」を歌おうと思う。
クリスマス12歳の時、初めてクリスマスツリーを見た。場所は天竜荘13病棟の食堂だった。天竜市内の高校生たちが病気見舞いという事で慰問に来てくれた。その時歌ってくれたのが「赤い鼻のトナカイ」だった。今でもその時の様子を覚えている。確か4,5人の男女がギターを弾きながら歌ってくれた。食堂に来られない重症患児たちは個室で聴いていただろうか?サンタクロースは人を選ばず誰にでも平等にプレゼントを置いて行く筈。どんな家にも必ずクリスマスは来るだろうし、子どもも大人も関係なく楽しむものである。キリストの誕生日だとかそういう宗教からは離れて、心に一本のクリスマスツリーを植えてみよう。小さな芽が出て、やがてそれは大きく育ち貴方の心を豊かにしてくれるだろう。そうしたらその種を一つずつみんなに分け与えて行こう。笑顔が待っている世界に手を繋いでみんなで行こうではないか。
友好私の祖父が日本に渡って来たのは朝鮮半島が二つに分断される前の事である。まさか朝鮮戦争が終わったなんて思っている人いないだろうね?相変わらず日本は韓流ブームに沸いているが、戦争をやっている国と友好を結ぶ?あり得ない話である。日本のトップがこれでは話にならない。停戦ではなく終戦させるよう働きかけたらどう?それがうまくいけば佐藤栄作みたいにノーベル平和賞が取れるかもよ。賞は取ったものの沖縄は相変わらず米兵が大きな顔をして闊歩している。どうみてもアメリカにしか見えない。沖縄住民が一番それを感じているだろう。韓国人も北朝鮮も元は同じ民族。北海道と本州が喧嘩しているようなもの。自分たちが起こした戦争ではなくソ連とアメリカそして中国の暗黙の了解のもとに始まった戦争である。傍観する日本、いつ火の粉が振りかかるかも知れないというのに。
笑うインコ12月3日はポッポの誕生日。4歳になりました。人間に例えると40歳です、うえー中年親父だ。でもこの人産まれた時から変わり者でして、鳥の本能を見せません。アビディが来た時比べる対象が出来てその余りにも鳥と思えぬ行動が浮き彫りとなりました。猫のタラコにも一切動じません。物まねは一応しますが、鳴き声からしてインコとは思えません。鳥の性格も人と同じなんだとつくづく思います。子どもの頃目白を飼っていました。鳥もちと囮を持って蓮華寺山へ小父さんと一緒に行ったものです。茶畑が広がる温かな陽だまりの陰でそっと青い空からやって来る賢い鳥を待ったものです。今では保護鳥になっていますが、その美しい声は天使の鳴き声に思えました。
姉歯世の中に偽装している人は多い。人に迷惑を与えないものなら何ら問題ないのだが、最初から騙すつもりの人もいれば、成り行きで偽装せざるを得なくなってしまった場合もあるだろう。日本国自体が偽装していたのでは、その根を根絶させる事など夢に過ぎない。私達は時として自分を偽る時がある。嘘も方便だ。使い方さえ間違えなければ必要なことなのかも知れない。それだけ人間は愚かで弱い生き物だと言えるだろう。
偽装一生に一度あるか無いか、庶民にとっては大きな買い物が家の購入。購入した家が欠陥住宅で泣かされている人は多いだろう。訴訟を起こして解決した例を聞いた事がない。建てた業者は既に解体されて保障できるような状態にない。今回の偽装問題も今更といった感じである。1年以上も上手く誤魔化して来たものだ。気がつかない我々の方がおかしい。それを今になって国に押しr付け何とかしろと騒ぐ。国などあてになるわけがない。いつもの悪い癖ですぐ人任せにする。私は10年前にマンションを購入した。先ず下調べから始める。土地の形状や周りの環境を観察。下地が沼地、田圃などであれば地盤が緩い。建設が始まった時1週間に1度現場へ足を運び、様子を伺う。場合によっては工事現場の作業員と話をする。土台となる支柱がどの位深く埋め込まれるかなどだ。耐震性はもちろん、家の基礎となる骨格を丹念に調べる。この位は自分でやるのが当たり前だ。売り出された物に直ぐ飛びつく消費者の心理を上手くついたものが偽装である。今後もあらゆるところで偽装問題は出てくるだろう。
野ブタプロヂューサーの手腕にもよるが、余り時間を掛けすぎて失敗する事がる。特に対象が人の場合は要注意である。取り返しのつかない事態になってからでは遅い。過去の記事で自分で自分をプロデユースしろと伝えたが、ブログもその道具として充分利用価値はある。私は自己表現の一方法としてブログは最適だと思っている。アメーバへの不満を上げるとすれば画像容量が余りにも少なすぎる。最低でも500Mbは欲しい。有料にしてでもよいから考慮して貰いたい。