サンロフトの本とテレビの部屋
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●O型は遠くなりにけり

●O型は遠くなりにけり
2000年に「メーカー住宅徹底研究」を書いた少し後、中の人からメールをいただいた。「本社では、O型が話題に出ることは無い」と。確かに、O型が売れたのは1976年から1980年代初頭の話。オールドファンの郷愁に過ぎないのか、と寂しくなったものだ。

しかし、今思えば、O型は1991年のGOMAS Oまで切れ目なく売られていた。少なくとも、うちで建てた1993年時点では現行モデルだった。一時は脇役になったが、GOMAS Oは工業化住宅で初のグッドデザイン賞となったくらいだから、ミサワホームにとって重要なモデルの1つだったはずだ。それから10年足らずで、本当に忘れられてしまったのか?


否。1998年の「HYBRID-Z」の1本脚ストリップ階段や大黒柱はO型を連想させたし、2003年の「GENIUS O-type KURA」以前にも、O型の復活はあった。


ミサワホーム広報誌「HOME CLUB」1999年11月号に、「GENIUS蔵のある家」(1996年発売)でO型を再現したようなものが載った。長野県下諏訪展示場に建っているという。正式にラインナップされたモデルではないが「O型」とはっきり書かれている。

いわゆる「O型」のイメージとは異なるが、外観やプランは「GOMAS O」の代表プラン(48坪タイプ)によく似ている。南面と玄関上のバルコニー、1階和室とサニタリーはきわめて近い。ただ、中央コアが初代からGOMAS Oまで続いた伝統の1.25間幅ではなく1.5間幅。階段幅が少し広く、中央の吹き抜け部分がおなじみの約45cmになっている。


このプランには、ちぐはぐな面もある。2階へ上がると、まず左右の部屋へのドアがあり、ホールを進むと奥の左右の部屋へのドアがある。それがO型だった。しかし、KURAを設けたため、2階には左右のKURAがあるだけ。中3階居室はさらに半階ホールの奥へ上がっていく必要がある。つまり、手前の左右の部屋の出入り口が無いのだ。寝室は続き部屋に、子供部屋は広間を仕切ったかのような不自然なものに。あくまでO型に寄せるのが目的ならば、仕方ない。



で、いよいよ2003年4月2日発表の「GENIUS O-type KURA」だが、前置きが長くなったのでまた次回。カタログの最終ページ近くだが、O型の歴史が2ページに渡って載っている。

「GOMAS O」のカタログにそんな記載は一切無い。実質10年ほどのブランクを経ての復活とはいえ、ミサワホームの企画住宅で「過去のモデルの復活」を謳った最初で最後のモデルの特異性か。まぁ、O-type KURAはそんなに引っ張るほど面白いモデルではないのだが……。


関連ページ 『メーカー住宅徹底研究』

 

●祭りの始まり、祭りの終わり ~ミサワホームの2003年~

●祭りの始まり、祭りの終わり ~ミサワホームの2003年~
「LIMITED25」大ヒットで荒れた2001年、ダメージから抜けきれなかった2002年。恐るべき打開策は2003年早々に示された。上半期に8商品を投入するという、前代未聞の予告だ。2002年、「マホーの家」の裏で、こんな計画が進められていたことに驚いた。

怒涛の新商品攻勢が吉と出たか、凶と出たかは知らない。ただ、翌年に産業再生機構の支援を受けることになるので、業績回復という観点ではうまくいかなかった。

だが、この時に出たモデルのいくつかは現在もラインナップされており、2004年から2020年までに出たモデルに比べ、個性的なものが多い。2003年当時、疑問を感じたモデルも、振り返ってみると案外良かった。


この年最初の新モデルとなるO型の復活について書く予定だったが、プランが3系統あったり、カタログにある各代表プランが、ひどく見づらかったりと、下準備に手間取ってしまった。


関連ページ ミサワホーム ニュースリリース2003年1月31日『2003年上半期、8商品を投入』


●雑感
ここしばらく、ミサワホームをメインにメーカー住宅の話題だけだった。スリーサム、HYBRID-Z、さらにあと1モデルについて書いて終わるはずだった。が、現代の出来事と思ったことも、20年経って俯瞰してみると、当時気づかなかった歴史の流れが見えてくる。


新型コロナウィルス。地元では2ヶ月半ぶりの感染者。東京からもらってきたようだ。恐れていた通り、地方への飛び火が始まった。早めに手を打ちたいのは人情だが、1つのリスクしか見ないのは危険である。海洋プラスティックごみの0.3%しか占めないポリ袋を減らす努力と同じだ。

 

●ミサワホーム「マホーの家」

●ミサワホーム「マホーの家」
2001年の11月か12月だったと思う(2002年に入っていたかもしれない)。2ちゃんねるのミサワホームスレで「魔法の家はもう出た?」という書き込みがあった。「まだ出てない」とすぐにレスがつく。何やら、新型が出るらしい。発表前にこういう話題が出たことはなく、注目すべきモデルの登場を予感させた。

そんな書き込みを忘れかけた2002年4月23日、「MAHO STYLE マホーの家「X」プレビュー」なるニュースリリースが出た。発売前の予告発表は、これ以前にも以後にも無いと思う。


カタログ請求してみると、21×21cmの正方形が横に6枚連なった、見にくいものが届いた。断片的な写真ばかりだが、代表プランと全サイズのプランが載っているのがミサワホームらしい。Windows/Macintosh両対応のCD-ROMも付いてきたが、改めてWindows 7/10で再生を試みたが動かなかった。中身は5分間の動画と画像集だ。また、同モデルのディティールをアップにした写真を多用した、当サイズのコンセプトカタログも付属していた(画像は、ミサワホームの各カタログより)。


そして、2ヶ月少々。「HYBRID-Mマホーの家」が正式発表される。コンセプトカタログの表紙に「H.14.7.1発売予定」と書かれていた通りだった。モデル名が「MAHO STYLE マホーの家「X」」から変更にはなったが、プランや仕様に違いは無いようだ。55坪タイプの3畳和室の鉄の障子がスライドする方向が逆だが、単に予告カタログのミスだろう。

7月1日発売と決まっているのに、なぜ、たった2ヶ月前に予告カタログを出したのだろう? 4月23日発売でも可能なところ、宣伝のために遅らせたとも思える。2ちゃんねるの書き込みがリークか否か不明だが、モデルハウスは半年ぐらい前に完成し、発表のタイミングを見計らっていたのかもしれない。「LIMITED25」の熱狂が冷めるまで。

 


「HYBRID地球人の家」を小さくしたような外観だが、プランは大きく異なる。「地球人の家」は玄関・階段・サニタリーを北側コアに配置しているが、「マホーの家」は西の玄関・階段コアと東の水回りコアで中央居室を挟む、他のモデルではまったく見られない形式。ミサワホームにありがちなパターンだが、代表プランの55坪タイプでは良好でも、サイズが小さくなるに従って無理が出てくる。

上の2点は「HYBRID地球人の家」

部屋数の多いO型やA型2階建て、AIII型等は、自ずと中央コアになる。廊下の左右に部屋を配置するためだ。部屋数が少ない、あるいはオープンなプランになると「DEBUT未来設計図」のようにコアを西か東に寄せた方が合理的だ。


「マホーの家」最大の特徴は、巨大なリビング・ダイニング南北の全面窓。そして、最も象徴的なビジュアルが、階段まわり。階段のすぐ手前に木が生えている。あまりに奇抜で現実味が無い。階段下には暖炉。階段は緩やかな18段(44坪以下では15段)。ミサワホームの他のモデルでは見たこともないデザインだ。

2階主寝室には、風変わりなトップライト。子供部屋は完全なオープンスペース。子供部屋と廊下の間には、天井のレールに沿って動かせるディレクションウォールがあり、一応仕切ることはできる。同じものが1階にもあり、リビングと階段室を仕切ることができる。


ミサワホームにおいて、戦略的なモデルはいくつかあった。オーバーハングと地下室が印象的な断面図の広告が繰り返し載った初代O型。その後、時代は飛んで1993年の「DEBUT自由空間2」、1996年の「GENIUS蔵のある家」、1998年の「HYBRID-Z」。そして、2002年の「マホーの家」。

「マホーの家」は、デザインの魅力をアピールするのが目的だったと思う。「LIMITED25」で人々の興味は安さだけになってしまったからだ。書くことが無かった「LIMITED25」に比べ、「マホーの家」は3回ぐらい連載してもいいくらい面白いデザインに溢れている。

だが、そのデザインが入ってこない。初期GOMASの各モデルにあったデザインのように、明確なメリットが見えてこない。(強盗が来たら逃げ込む)パニックルーム3畳和室など、2ちゃんねるでは批判が相次いだ。

初代O型の時点で20畳を超える巨大LDKを実現し、8畳基本で部屋数の多い企画住宅の数々。キッチンを対面式にしたり、2階を続き部屋にしたりと流行に合わせたが、基本設計は時代が変わってもそのまま通用した。しかし、1990年代後半、リビング階段や子供部屋代わりのプレイスペースがブームになると、GOMASはいよいよ時代に合わなくなってきた。

転機は「GENIUS蔵のある家」だったろう。このモデルに関しては後日取り上げる。オープンにすることで、広い部屋がたくさんあるミサワホームの魅力は損なわれた。「HYBRID-Z」や「マホーの家」の、広いくせに部屋が少ないなぁ、という違和感の理由である。

「マホーの家」は一代限りで終わった。左右サイドコアの独特の形式や、鉄の障子、18段階段等のマホーアイテムが後のモデルに受け継がれることも無かった。他の戦略的モデルが後のモデルに多大な影響を与えたのと対象的だ。

魅力はあるけど建てたいとは思わない、ミサワホーム唯一無二の珍モデルの魔法は、すぐに解けてしまった。だが、これは迷走の序曲にすぎないことに、何人が気づいただろう? 少なくとも、この時の私には思いもよらなかった。


関連ページ ミサワホーム ニュースリリース2002年4月23日『豊かな空間・MAHO STYLE マホーの家「X」プレビュー』

関連ページ ミサワホーム ニュースリリース2002年7月1日『「HYBRID-M」マホーの家 発売』

 

●幻のツインタワー、幻の空中噴水

●幻のツインタワー、幻の空中噴水
「LIMITED25」で騒然となった2001年後半、ミサワホームはもう一つ大きな話題を提供した。ミサワシティ「勝どき6丁目開発事業」である。森ビルか三菱地所かという、超高層ビルを核とする大プロジェクトに熱狂した。

続いて発表されたのが、同プロジェクトに関連した国際コンペ「MISAWA LIFE DESIGN AWARD 2001」。要項を見るまでもなく(プロ限定や学生限定だとダメだが)、ニュースリリースのタイトルのみで応募を決めた。気力体力ともに今より充実していたし。

高額賞金に加え、審査員には加山雄三、坂本龍一といった著名人も。そうした効果か、単発コンペとしては異例の応募数となった。


で、A3判の分厚い作品集と、楯をいただいた。文字はクリスタルの内側にレーザーで彫り込まれている。たいがいのコンペは表彰状のみ。楯もたまにあるが、これは飛び抜けて豪華でカッコいい。


だが、ミサワシティ・プロジェクトは頓挫してしまう。詳しい経緯は知らないが、それが現在の「THE TOKYO TOWERS」である。「LIMITED25」の失敗が遠因だったかもしれない。「SMART STYLE25」が出たにも関わらず、「LIMITED25」は再び再販される。売れても売れても儲からない無間地獄を抜け出すため、魔法が使われようとしていた……。


尚、ミサワシティのツインタワー・マンションは、内側が四角い空洞になっていて、所々の階に庭が設けられていた。というか設けられる筈だった。そのデザイン案もコンペのテーマの一つで、私は庭と庭の間を水が飛ぶ空中噴水を提案した。ミサワシティが実現しても、噴水はボツだったろうな。


関連ページ トヨタホームとミサワホームの住宅問題の背景『勝どきプロジェクトの真相』

関連ページ Wikipedia『THE TOKYO TOWERS』

関連ページ ミサワホーム ニュースリリース2001年8月27日『ミサワシティ「勝どき6丁目開発事業」着手』

関連ページ ミサワホーム ニュースリリース2001年10月4日『―快適な都市居住空間の創造―「MISAWA LIFE DESIGN AWARD 2001」開催』

 

●幻のミサワホーム「SMART STYLE25」

●幻のミサワホーム「SMART STYLE25」
昨日のリンクでネタバレしてしまったが、「SMART STYLE」発売後、「LIMITED25」が「SMART STYLE25」の名で再販されることになる。

用意されたプランが一部異なるが、LIMITED25後期モデルとほぼ同じだろう。カスタマイズの自由度は増しているが、坪単価25万円という記述は見られない。同じ床面積なら相場の半額というが、それは一般的な2階建てとの比較であり、実用上半額といえるかどうか怪しい。

カタログは2階建て、3階建ての2タイプを載せるにはペラペラの14ページ+別紙のプラン集。似たような内観・外観を持つ「HYBRID-Z」とは対照的である。カタログの発行年月は2002年4月。当時のニュースリリースにも載っていない幻のモデルだ。「SMART STYLE」に含まれるという見解もあるが、名前もプランも異なるのに不自然である。


まず、2階建て。外観もプランもLIMITED25前期モデルそのもの。


 

次に、3階建て。三角屋根、2部屋幅のバルコニー等、当時のミサワホームの小屋裏3階建てに共通するデザインだ。吹き抜けの無い69坪タイプが追加されている。


リビングの吹き抜けはHYBRID-Zっぽいが、上は居室の窓ではなく、一般的なホール。屋根裏部屋(アティックと呼ぶ)の勾配天井側の壁は180cm程度ありそうだが、カタログには気になる記述。2階建てでは天井高最大2.8mだが、3階建てでは2.48m。


LIMITED25前期モデルはコストダウンだけが目的ではなく、一般的な2階建てと競合しないように小屋裏2階建てになったと思われる。2階居室が勾配天井で使い勝手が落ちるだけでなく、総2階建てが基本のミサワホームにあって、2階2部屋のために広い1階が必要なのは、ニーズにそぐわない。

LIMITED25後期モデルで小屋裏3階建てが追加されたのも、ニーズとのズレからだろう。総2階建て+屋根裏部屋が、通常の2階建てより安く建てられるのだ。敬遠される要素は無い。現場(顧客)からの要望にせよ、3階建てモデル追加は大きな判断ミスだったと思う。

しかし、ミサワホームの危機は、まったく別の方向から迫っていた……。

 

●そして、ミサワホームは悪夢の2001年を迎える

●そして、ミサワホームは悪夢の2001年を迎える
ついに迎えた21世紀。QUALITY 21計画に時代が追いついたか否か、審判が下る。

初代O型から25年目となる2001年、ミサワホームからO型以来の大ヒットモデルが登場した。住宅業界は騒然とし、ワイドショーや経済番組でも取り上げられた。その名は、量産企画工業化住宅「LIMITED25」。

一連の書き込みでおなじみとなった三角屋根だが、3階建てではなく2階建て。ミサワホーム曰く「木質系小屋裏2階建て住宅」。当時、同社の住宅は廉価モデルでも坪単価50万円に達していたが、プランと仕様を変更不可とすることで、品質を保ったまま半額の坪単価25万円の超低価格を実現した。同年7月1日から31日までの1ヶ月という異例の限定販売だった。


住人へのインタビューを観て、ミサワホームが迷走していると感じた。一切の仕様変更を受け付けないディーラーがある一方で、「トップライトを追加してもらった」等と、あっけらかんと答える人も。

量産企画第2弾として坪単価30万円の収入型住宅「HYBRID30」も発売されたが、印象は薄い。

大反響の「LIMITED25」は、11月から2ヶ月限定で5000棟が追加販売。3階建て8プランを含め計16プランとなった。2階建ては、29坪、36坪、43坪、47坪。3階建ては 55坪、61坪、61坪、67坪と、広さの幅は初期GOMAS以上だ。客が流れてくれるのは必然。かといって、「LIMITED25」の再発売を続けるわけにもいかない。


そこで12月、坪単価33万円の木質系2階建て住宅「SMART STYLE」が誕生する。29坪から47坪までの22プラン。ご存知、現在でも販売されている同社の廉価モデルである。

「LIMITED25」で新たな市場を開拓したというのは、果たして正解か? 価格破壊で自分の首を締めたのではないか?

当時、同社の木質系住宅は既に「GENIUS」が主流となっていた。初期GOMASを統合した廉価モデルでもGOMASは、90年代前半DEBUTに取って代わられたが、DEBUTシリーズの新型も徐々に鈍化し、2000年の「DEBUT未来設計図」が最後となった。

「LIMITED25」が出なければ、次のDEBUTは何だったのか? それとも、結局SMART STYLEが出たのか? と考えてしまう。これが21世紀の現実だとは思いたくない。

1976年のO型もオイルショックの不況の中で誕生したというが、LIMITED25とは真逆の未来感があった。


関連ページ 『ミサワホーム LIMITED 25の「衝撃」』

 

●ミサワホーム「HYBRID-Z」後編・ポストO型は奇抜なノーマル住宅か?

●ミサワホーム「HYBRID-Z」後編・ポストO型は奇抜なノーマル住宅か?
「HYBRID-Z」のインテリアはM-woodを多用し、SIII型を思わせる(当時M-woodは無いが)。というか、グッドデザイン賞で初めてグランプリを受賞した1996年の初代GENIUS「GENISU蔵のある家」のテイストに近い。M-woodとは、木材の廃棄される部分の一部を樹脂と練り合わせたものだ。

2階はLDKと主寝室。家の中心がリビングなので「センターリビング」と呼ぶ。G型のゲストホールのように、完全にオープンなリビング。大きな吹き抜けで、3階子供部屋とは窓で通じている。その先にトップライトがあるので、リビングへの日差しだけでなく、子供部屋からは窓の役割も果たしそうだ。この配置は、MIII型以来だろう。

2階キッチンにも、O型のオマージュが感じられる。対面式ながら、ダイニングとの間にカップボードが設けられている。こうした対面式キッチンは、他のメーカーを含めても例が無い。食器棚としての機能が無いので無意味という気もする。他にも「セントラルクリーナー」や「3層ガラスサッシ」(M型2リビング)と、初期GOMASを思わせる装備も。


3階がオープンになった内観写真は美しい。開口部は大きめだが、部屋として仕切ってもドアを開ければほどんど同じ景色だと思う。3階居室の左右の壁は低いが、これは2間半幅の部屋にした場合。実際は、片側を吹き抜けへの窓や収納にするため、180cm程度の高さが確保される。


住宅地に建てるための三角屋根なら、高さ制限もクリアしなければならない。だから、天井高には自ずと限界がある。プラン毎に高さや前面斜線について書かれたダイワハウス「ユトリエ3」のカタログに比べ、ミサワホームのカタログにそうした記述はほとんど見られない。


「HYBRID-Z」独自の3階バルコニーは「スカイパティオ」と呼ばれる。周囲から見られることもないし、近所に気を使わずに出られる。カタログ表紙の「スカイパティオ」は1.5間でトップライトが2つあるので、代表プランの外観ではない。

三角屋根の3階建てでは、3階ホール+ドーマー+吹き抜けが黄金パターン。しかし、「HYBRID-Z」では3階居室+窓+吹き抜けと、3階ホール+スカイパティオ。一風かわった3階の環境だ。


新聞見開きの全面広告をとってあった。こんな大々的な宣伝は後にも先にも無い。本体価格3000万円ポッキリのセールも行われていた。3317万9000円だが、太陽光発電のため端数分の約1割の補助金が出た。ただ、69坪の代表プランではなく、狭い駐車場の55坪タイプ。1979年に57坪のG型(トータル仕様)が3100万円だったことを思えば、大安売り。貨幣価値は1.5~2倍ぐらい違うと思う。「3層ガラスサッシ」、「電動シャッター」、「太陽光発電システム」、「スカイパティオ」、「蔵」等、主要な装備も込みの値段である。


「HYBRID-Z」は初期GOMASの時代を除けば、ミサワホームでベスト5に入るほど好きなモデルだが、物足りなさも感じた。広さのわりに部屋数が少ない。というより、日常生活の空間しか無いからだ。2階はLDKと主寝室。3階は子供部屋2つ。1階は座敷なのかゲストルームなのか、位置づけ不明の和室。このモデルのテーマ性の弱さを象徴する。

もし、この20年前に「HYBRID-Z」が出ていたら、1階居室には趣味のアイテムを並べ、M型2リビングのような余暇室に。巨大駐車場は、屋外リビング兼用か、奥半分を仕切って車を眺められる趣味室に。3階はリビングと窓で通じる子供部屋はいいとして、もう一つの部屋は趣味のスペースとして演出しただろう。

2階サニタリーはそれぞれ広いがトイレ・洗面所・浴室と、当たり前の配置。G型では洗面所と開放された3畳もの浴室。その洗面所も4畳と広く、トリム室と名付けられていた。ジムとして使うには狭いが、可能性は広がる。そうした余裕も面白さも、「HYBRID-Z」のサニタリーには1ミリも無い。


今の時代、住宅に個性や使い勝手は求めても、先進性を望む人はいない。1984年、「ミサワホームChild」が出て、急に「子育てがテーマ」だと言い出した。直前まで、大家族だ、余暇の時代だと21世紀の未来について語っていたのにだ。あの時ほどミサワホームに失望したことは無い。

多くの人にとって、子育ては最重要なテーマだろう。趣味室だの、余暇室だの、健康室だのと言われたって、使い道がわからない。が、それが面白いのだ。QUALITY 21計画は、ライフスタイルに関してはそこで挫折した。現実の21世紀に対応した「HYBRID-Z」に辿り着く前に、「NEAT INNOVATOR」もあるので話はまだ終わらないのだが……。

「HYBRID-Z」の提案するライフスタイルは至極ノーマルだったが、ゼロ・エネルギー住宅のコンセプトは新しく、デザインも個性的で面白かった。O型ほど安くはないが、装備のわりには安かった。建てられるものなら、建てたかったな。69坪もあるのだから、代表プランなど捨てて初期GOMASの理想を詰め込む。

 

●ミサワホーム「HYBRID-Z」前編・O型は再来したか?

●ミサワホーム「HYBRID-Z」前編・O型は再来したか?
1998年6月30日、ミサワホーム技術の集大成「HYBRID-Z」が発売された。「ミサワホーム技術の集大成」とは、当時のニュースリリースに書かれている。

2000年代の「生活」「環境」「価値」の各モデルを提案した住宅。同社が1975年に発表した、21世紀に向けての変化を予測し対応策を集約した「QUALITY 21計画」を連想させる。QUALITY 21計画から生まれたのがベストセラー&ロングセラーのO型であり、初期GOMASだった。四半世紀先を志向した未来住宅と、その21世紀を迎える直前に誕生した現代住宅。比べてみたくなるのは人情である。


「HYBRID-Z」発売当時、何度も新聞広告を見かけた。資料請求券がついているのは通例だが、「192ページのカタログを進呈」とある。家を建てる予定は無いものの、2度めか3度めの広告で請求してしまった。これほど分厚いカタログは、ミサワームでは過去にもその後も例が無い。ただ、「HYBRID-Z」に関する内容は通常のカタログと大差無く、他のモデルの写真や技術、コンセプト等が多くを占めていた。

尚、画像が多いので解説は2回に分ける。これほど重要なモデルにも関わらず、ググってもほとんどヒットせず。2倍も古い初期GOMASに比べても、話題にのぼる機会は少ない。他に解説されているサイトもアップされている画像も無いので、話は長く、画像も多めにならざるを得ない。画像は「ミサワホームHYBRID-Z」と「ミサワホームの住まいHYBRID」両カタログからの引用である。


まず、カタログの表紙。家の2~3階部分のアップ。このモデルを象徴する太陽光パネル一体型の屋根材が目を引く。他のメーカーも追従するが、これぞ「デザインのミサワ」である。省エネ住宅SIII型を発展させ、「ゼロ・エネルギー住宅」を目指した。

一連の書き込みに関連するが、「HYBRID-Z」は三角屋根型の3階建て。翌年の「ミサワホームZ」※2001年の「ミサワホーム太陽の家」の誤りでした)で、このタイプの3階建ては一応最後だが、2006年のカタログに「HYBRID自由空間」としてこのタイプが載っている。いつまで延命したのか、定かでない。3階に関しては後編で解説する。


外観全景は「ミサワホームの住まい」から。「HYBRID-Z」カタログには、全景が小さく写っているページが無くスキャン困難。庇部分だけカットした独特の屋根は、前面斜線に配慮したもの。ひと目で分かる圧倒的な個性だ。

プランは20タイプ載っているが、三角屋根側(南北)の幅は約4間で固定。例外的に1階のみ南か北に1間張り出し、その上がバルコニーになったプランがある。東西の幅は様々で、駐車場内蔵タイプが多い。

1番目が代表プラン。カタログの外観・内観写真もほぼこれだ。1階和室はG型を思わせるが、付属するサニタリーがへの動線が悪い。ホールからサニタリーへ出入りしたいが、階段下のためドアが付けられない。カタログの内観写真は16畳の和室(板の間の中央に4.5畳の畳)になっているが、1階にトイレが無い等、現実的じゃないのでプランでは和室+サニタリーにしたのだろう。トイレぐらい、単純にホールの駐車場側に置ける気もするが……。

ミサワホームのセラミック系、ハイブリッド系に共通するのが、3つ並べて約4間幅になるユニット。セキスイハイムもほぼ同サイズのユニットだ。トラックの幅が2.5m以下という制約のためだが、1間幅のサッシと、少し広めのサッシが同居しているのが面白い。


玄関を入ると、1本脚のスケルトン階段と大黒柱が目に飛び込んでくる。大黒柱は1階、2階部分では壁から数センチ離れている。4つのユニットのつなぎ目で、文字通り大黒柱のようなものだが壁から離すメリットは無い。O型のオマージュであることは疑いない。

踊り場の小さな入口は「蔵(KURA)」。天井高1.4m未満なら容積率にカウントされないのを利用した、ミサワホーム独自の収納スペースだ。何年も真似されなかったのは、1.5階の中途半端な階高では強度を確保するのが難しかったかららしい。この「蔵」は駐車場の上部全体に及び、そのぶん駐車場の天井は低くなっている。

駐車場の幅は約2.5間で、車4台駐車可能というが、3間幅じゃないと厳しいだろう。それ以上に問題なのが、「蔵」の出入り口だ。21畳大の大空間の隅っこにあり、出ると狭い階段の踊り場。しかも、折り返し階段なのに踊り場で1段上る。これじゃ、荷物の出し入れもままならない。

昨日、SIII型とO型の2階和室で触れたが、廊下に1間四方の納戸があるより、部屋に2間幅の押し入れがある方が使い勝手が良い。洋間ならベッド、机、イス等があるが、和室なら布団、座布団、座卓は片付けられる。部屋全体に荷物を広げて整理するのも容易だ。「蔵」を「KURA」と呼ぶようになってから使い勝手が改善されるが、初期の「蔵」では、こうした欠点が目立つ。

後編へ続く。

●ミサワホームSIII型、最後に当たり前のことを書く

●ミサワホームSIII型、最後に当たり前のことを書く
一連のSIII型についてマニアックな内容ばかりになったので、最後に当たり前のことを書こう。

SIII型の面白さは、O型、M型、A型2階建て等の流れを組む総2階建てなのに、和風住宅だということ。SII型ともSVI型とも大きく違うのに、SIII型という名前になった理由もそこだろう。もっとも、S型がはっきりと和風になったのはS型NEWやSVI型からだが。

リビングは洋間だが窓に障子が入っている。和室と続き部屋のため、板の間と捉えてもいいかもしれない。しかし、障子は和室とは違って、窓の左右の壁の方にスライドして開く。洋間だと、全面窓ガラスにならないと雰囲気が出ない。

和室がリビングと続き部屋になっているのは、MIII型ぐらいしかない。MII型はO型同様に玄関脇で独立している。SIII型は部屋の配置からたまたまそうなったのかもしれないが、デザインの統一性からいっても、広く使うためにも続き部屋である意味は大きい。リビングは10畳+αあるが、リビングとダイニングを兼ねている。ダイニング用のスペースが45cmぐらい張り出しているのが、ギリギリの工夫のようで面白い。

1階和室は、玄関との間に障子が入っている。同社の他のモデルにはまったく見られない手法だ。玄関からは低い下駄箱。和室からは書院になっている。障子を開けておけば、6畳の和室も広々して見えるし、障子を閉めたままでも玄関ホールは明るくなる。

玄関ドアの横は、当時のミサワホームの特徴であるガラス張りだが、透明のガラスのまま建てる人は少ないだろう。玄関ホールは狭く、2階からの日差しもほぼ入ってこない。これでリビングのドアを閉めたら、薄暗い。和室との間の障子は、無くてはならないのだ。

2階和室に2間幅の押し入れがあるのは、O型と同じ意図だと思う。ミサワホームは部屋数は多いが収納は少ない。2階の3つの洋間には収納がまったく無い。O型も同じで、2階和室に収納が集中しているのだ。

SIII型には後継モデルも無く、プラン(サイズ)のバリエーションも無かった。これは同社のモデルの中で唯一かもしれない。G型でさえ後に62坪タイプが追加されているし、カスタマイズしたプランで建てられた例もある。SIII型でどこかを3尺伸ばす等した実例は、見たことがない。

 

●ミサワホーム収入型住宅「domain」

●ミサワホーム収入型住宅「domain」

コメントいただきました。小屋裏三階建ての起点がツーバイフォー工法にあったとは、思いも寄りませんでした。確かに、1990年代の三階建てブームより前に、ミサワホーム「domain」がありましたね。


まず、『ホームイングニュース入居者号』1983年冬号に外観写真といくつかのプラン(後述の記事に含まれるもの)が掲載。当時のミサワホームっぽくない意匠。普通の2階建て、三角屋根の2階建て、三角屋根の3階建ての3タイプ。写真のプランがどうなっているのかは不明。後述プランのDo-Bタイプか?

続いて、『ホームイングニュース』1984年2月号に外観、内観、プランが掲載。外観の意匠は当時のミサワホームっぽい。内観写真は1、2階がほとんどで、3階が1枚だけ。奥に見える隣の部屋が勾配天井なので、この部屋は巨大ドーマーの中で普通の天井高が確保されていると思われる。外観、内観ともDo-C-61-Wか?

 

この2間幅の巨大ドーマーが、後のDEBUT自由空間3に受け継がれていたら、屋根裏部屋タイプの3階建てがもっと延命したのではなかろうか?

当時、G型を超える本格的な3階建てと、スケールの大きさに度肝を抜かれた。ただ、店舗や車庫内蔵の「収入型住宅」という位置づけのため、初期GOMASやミサワホーム555/55のような新しさや面白さは感じなかった。


●SIII型、無理やり実現させたフリースペースの価値

コメントいただきました。具体的な数字の数々に驚きました。貴重な資料となります。1階トイレの天井高がたった1960mmとは! 13階段に出来ないほどギリギリだったのですね。14階段より蹴上が33mmと、かなりの違和感でしょうね。

雪国仕様は北海道に通じますね。こちら福井では積雪こそ多いものの、それほど寒冷ではないためか、目に見えて異なる仕様のものは無かったようです。SIII型の広告でも、雑誌広告と同じ写真が使われていたので、そのままの仕様だったと思われます。地元で発表会があったのに観に行かなかったのが悔やまれます。


階段を12段に減らし、1階トイレの天井高を低くしてまで実現したかったのは、踊り場の1坪弱のフリースペース。今なら、机を置いて書斎や勉強のスペースに。出っ張りの玄関側の小窓が、いかにもそれらしい。

そして、その上の収納。2階より3段低いが、ロフトとして使える天井高は無いし、狭い。にも関わらず、正面中央に小窓。この収納を含む踊り場のフリースペースが、どんなものだったのか知りたいものだ。

 

 

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