心配して下さった皆様、本当に有難うございました。


息子は今日も30分ごとに泣いていますが、まだ昨日よりはコンディションがいいようです。


あのパイプ事件は今のところ1度だけですが、とても恐ろしいものでした。またされるかと思うと、胃がキューと痛くなります。とにかくぐずり始めたら、すぐに対応するようにしています。本泣きされると本当にうるさいので。今の調子だと、料理するのも(特に火を使っている時)やお風呂の入れるのも(風呂上りのローション塗りが大嫌いなので)ままなりません…。


まず、teさんへ。

10日間も出なかったのですかっ!!それは頑固な便秘ですね。娘さんは苦しまなかったですか?もし、うちの息子がそんな頑固な便秘になったら大変です。というのは、息子は1日に平均3回もうんちをするのです。それも結構な量です。(ちょっと前まではおしっこの度にうんちしてました。)それなのに、ガスが溜まってウンウンうなっているようですから。


本当に赤ちゃんの泣き声にはどうしたらいいものか…。上にも書きましたが、とにかくぐずり始めたら、オムツをチェック、抱く、母乳を与えるなど、即対応できるようにしています。今週は毎日12時間ぶっ続けで起きている日々が続き、私が疲労困憊で泣き入っていたので、それが息子にも伝わっていたのかもしれませんね。ホント、難しいけれど、私がもっとデンと構えていなければなりませんね。ありがとうございました。


karueさん、chesさん、ハルさん、アドバイスありがとうございました。


日本では挨拶に伺うのが常識ですよね。私たちが今日本に住んでいたら、退院してきた時点でご近所に挨拶に行っていたと思います。


私たちが住んでいるところは、オフィステルというところで主に独身者が住んでいるようなところなのです。家族向けの住まいではありません。そして、何よりも入れ替わりがとても激しく(殆どの人が数ヶ月で出て行く、仮住まいのような感じです)、私たちのように2年もここに住んでいるような人は滅多にいないのです。そんなものだから、ご近所付き合いは一切なく、隣に男が住んでいるのか、女が住んでいるのかもわからない状態です。だから、ご挨拶に行くのは控えていました。


今日、旦那の会社の同僚たち(去年、今年にパパになった同僚が5、6人いる)に『ご近所に挨拶に行ったか?』を聞いてもらったところ、誰も行っていないとのことでした。韓国ではあまり挨拶に行く人はいないようです。


私の友人3人に聞いてみたところ、2人の答えは『気になるようなら行ってみたら?』で、1人は『赤ちゃんが泣くのは当たり前なのだから行く必要はない。下手に行かない方がいい』とのことでした。やはり日本の常識とは違うようです。うーん、難しい。行くべきか、行かないべきか。


そうそう、karueさん。残念ながら、ヨガの先生は今インドへヨガの修行に行ってしまっていて、1月末まで帰ってこないのです(´_`。) 前に、ヨガの先生に『赤ちゃんの泣き声がうるさくて近所迷惑だよね。大丈夫かな?』と話したところ、『犬も飼えるオフィステルなのに、赤ちゃんを育てて何が悪い』と言っていたことがあるのです。今、ヨガの先生に相談できたら、彼女は『行く必要はない』と答えたでしょうか…?


ああ、ここが日本だったらどんなに良かったでしょう。両親もいるし、こんなに心配してくれるお友達もいる。韓国で出産することを選んだ私が悪いのですが…。


本当にありがとうございました。


☆ ☆ ☆


今日は旦那の誕生日。プレゼントなんて用意する暇もなく、申し訳ないが今年はプレゼントなしの誕生日である。夜は茹で豚コースを出前しようと思っている。

ガスが溜まったのを不快に感じた(恐らく)日から、息子はベットに置くと泣くようになってしまった。


抱っこだけでは泣き止まず、30分~1時間ごとの授乳。あまり飲まなくても、とりあえず泣き止むから。


さっき、恐ろしいことが起こった。息子が泣き出した途端、近所の人が突然鉄パイプのようなもので金属らしきものを叩き出した。それは、息子が泣き止むまで続けられた。恐らく、息子の泣き声がうるさくて我慢ならなかったのだろう。私たちへ向けての脅迫である。恐ろしい。これから先もずっと脅迫が続いたら、どうしたらいいんだろう。日本に帰るにしても、まだ息子のパスポートがないし、今の状態でどうやって引っ越せばいいのだ。


それほど赤ちゃんの泣き声って強烈である。私も息子の泣き声に頭がキーンとすることがあるほどだから。近所の人の怒りも分かるけれど、私たちだって泣き止ませようと最善を尽くしているのだ。本当にこれからどうすればいいのだろう。

息子が寝なかった原因が分かった。お腹にガスが溜まって苦しかったからである。


大本の原因は、私の授乳の仕方が悪かったことと、ゲップをさせるのが下手だったことである。


昨日一日中、体中を真っ赤にさせて力みっぱなしで、うんちとおならを繰り返していた息子。相当苦しかったようだ。私たち大人だって、お腹にガスが溜まると苦しいし、頭も痛くなるし、気分も優れない。約24時間、踏ん張り通した息子よ、すまない。ママが悪かった…。ああ、落ち込む私。


おっぱいを飲む時、ドナルドダックの口ができない息子。おっぱいを飲む時にどうしてもチッチッと音が出てしまう。おっぱいをくわえさせてから、指で上唇と下唇を出すようにしているのだが全然できない。一体、どうしたらいいのだろう…。

昨日から息子が殆ど寝てくれない…。だから、ママもパパも殆ど寝ていない。どうしちゃったんだ、息子よ。何が不満なのか?おっぱいがまずいのか?お腹にガスが溜まっているのか?甘えたいのか?暑いのか、寒いのか?風邪気味なのか?


頼む、少しは寝てくれ~!!


体が悲鳴をあげたので、昨日今日と続けて韓医院に行ってきた。


産後で全身の関節が緩んでいるところに、内臓もカチカチに凝り固まり、疲労とストレスが溜まっていて、体はボロボロの状態だと言われた。早速、針治療と平行して、漢方薬を服用をすることになった。漢方薬は授乳には問題がなく、むしろ栄養たっぷりなので赤ちゃんにもいいと言われた。


院長先生のお姉さんは日本人と結婚して、埼玉県大宮市に住んでいるそうだ。私も埼玉県人だと言ったら、院長先生も私もハイテンションになり、『いやーこれも何かの縁。奇遇ですね』と握手をした。


針とお灸と吸引(ガラスのカップで悪血を吸い出す)治療をしたら、首筋から肩にかけて大分楽になった。3kgぐらいの肩の荷が一気にとれたような感じだ。驚いたことに手首のガングリオンもほとんど引っ込んだ。やはり針治療は即効性がある。


しかし、気になるのは漢方薬のお値段。漢方薬は、日本でも高いが、韓国でも高い。4段階あるうちの下から2段階目を私は選んだ。それでも漢方薬代(2週間分)は、ナント約2万7千円だった。高いがお金には変えられないのが健康である(ノ_-。)

大ショック!!!罰金を取られた。旦那も私も生まれて初めて罰金なんてものを取られた。


私たちはてっきり、韓国側には息子の出生から90日以内に出入国管理事務所に行き、外国人登録のみをすればいいものと思っていた。出生から30日以内に短期ビザの発給をしなければいけないなんて、思いも考えもしなかった。(よくよく考えたら、当然のことなのだが。)


短期ビザの申請については、昨日、出入国管理事務所に外国人登録についての問い合わせの電話をして知った。


とにかく一日も早く短期ビザの申請をしろと言われたので、電話を切ってすぐに病院に行き、出生証明書を発行してもらった。入院中に発行してもらった出生証明書は日本領事館に提出してしまったためだ。(英文の出生証明書も発行してもらったのだが、日本領事館は受け付けてくれなかった。念のため、韓国語の出生証明書と英文のを両方とも翻訳して持っていったから、二度手間にならずに済んだが。やはりお堅い日本のお役所である。)


今日、旦那がインチョンにある出入国管理事務所に出向いた。罰金は、10万ウォン(約1万2千円)だったそうだ。その他に、ビザ代と外国人登録証代として5万ウォンも取られたそうだ。


でも、これですべて終わったわけではない。外国人登録に必要な息子のパスポートと戸籍(デンマーク側のパスポート申請と出生届は終わっているが、まだデンマークのパスポートも日本の戸籍も出来上がっていない。日本のパスポートを作るには、まず戸籍が必要。)を持って再度、出入国管理事務所に行かねばならない。はぁ~…。このことは後日詳しく書こうと思う。


国際結婚カップルが外国に住むことほど、バカみたいなことはない。自分の国、もしくは、パートナーの国に住んでいれば、手続きや届出がこんなに面倒くさいこともないし、お金がかかることもない。税金は国民と同じように取られているのに、国民と同等の保証も得点もない。家族に会いに行くのもお金と時間がかかる。でも、私が韓国に住みたいのだから仕方がない。これこそ、私のワガママ、自業自得である。


○ ○ ○


今日、母が日本に帰国した。正確には、まだ母はキンポ空港にいる。旦那は会社で、私は息子がいるので母を見送りすることができなかった。私たちは玄関でバイバイして、母は1人で空港行きのバス停へと向かった。


約3週間、母には本当にお世話になった。母がいなかったら…と思うと恐ろしい。母のお陰で、私は育児というか、とにかく授乳に専念できたし、少しでも寝る時間を確保できた。


掃除、洗濯、お遣い、3度の食事の支度、旦那のお弁当作り、そして、ごみ出しまで、すべて母が1人でやってくれた。感謝してもしきれないほどである。


母は育児の大先輩。新米ママの私にとって、母が一緒にいてくれたことは、とてもとても心強かった。正直言って、母が去ってしまった今、不安と寂しさでいっぱいである。


今までもずっとそうだったが、私にとって母の存在はとてつもなく大きい。母親って、やっぱり偉大だなと思った。

出生届を出しに、日本領事館に行って来た。


出産後、初の遠出である。今まで1人で外出する場合は、好きな時間に外出できていたのに、乳飲み子がいるとそうもいかないことを今日初めて知らされた。


まず、領事館の邦人関係の業務時間は前9時半から午後12時、午後1時半から午後5時までである。1時間半も昼休みがあるなんて、やはりお役所もお役所ね。


午後に出かけることにし、授乳が終わったら即外出できるように準備を始めた。息子よ、いいタイミングで目を覚ましてくれ!そして、授乳後はぐずらずに遊ぶか寝るかしてくれと心の中で願いながら。


昼食と出かける準備を全て済ませ、授乳待機。息子が正午に目を覚まし、即授乳を開始。でも、なんだかんだしていたら家を出るのが1時過ぎになってしまった。


領事館に到着したのが2時過ぎ。出生届を2通出せとあるので、1通書いて、もう1通はコピーしてくれるのかと思いきや、もう1通も同じように手書きで書けとのこと。手が痛くて、1通書くのもやっとだったのに(ノ◇≦。)


印鑑を日本に置いてきてしまったので、事前に日本の地元の市役所に問い合わせたところ、印鑑がない場合は、サインでもいいと言っていたのに、領事館では拇印を押せと言われた。仕方なく、出生届に拇印を押した。そういえば、婚姻届を出したときも、パスポートを更新した時も拇印を押したような気がする。


領事館長のサインを待つこと1時間…。今はだいたい2時間から3時間ごとに授乳をしているのだが、お昼に授乳してから、とうに次の授乳タイムを過ぎている。おっぱいがパンパンに張ってしまって痛い。今頃、母が前に搾乳した母乳を哺乳瓶で与えてくれていることだろう。領事館を後にした時には、午後4時をまわろうとしていた。


バスの中でも頭の中を巡るのはおっぱいの張り具合と、授乳のことばかり。


午後5時半、自宅に到着。母乳パッドをあてていたのに、母乳パッドの吸収量を超過したらしく、セーターの下に着たキャミソールは母乳でびしょ濡れであった。


母の話では、息子は2回哺乳瓶で飲み、久々の哺乳瓶の乳首に戸惑っていたとのことだった。とりあえず、出生届が終了して一先ず安心した。

息子が誕生してから1ヶ月が過ぎた。今日は、病院へ1ヶ月検診に行ってきた。


2250g、45cmで産まれた息子は、1ヶ月で3600g(でも3枚も重ね着して測ったので、実際は3300~3400gくらいだと思う)、51.5cmにも成長していた。見事な成長ぶりである。予定日頃に産まれていたら、おそらく3000gの50cmと、ごくごく平均的なサイズで産まれていたことだろう。


息子は、数日前から時に目が開かなくなるほどの目やにが出るようになったので、目薬を処方してもらい、2回目のB型肝炎の予防接種もした。(1回目は産まれた翌日にした)大人が打っても痛いだろう注射を、太ももにブスリとさされた息子。こりゃー大泣きするだろうと思っていたが、ギャーと1回泣き声をあげただけだった。


私は子宮の収縮具合を診てもらい、子宮ガン検査をした、乳首に白斑(水ぶくれ)が出来てしまって痛いので、飲み薬と軟膏を出してもらった。


私は今まで今回のお産が高齢出産だとは意識していなかったが、今日の先生との会話で高齢出産だったということを気付かされた…。


私と同じ日に子供を産んだママさんが言っていた。彼女は私と同い年で、今回3人目の出産だったのだが、20代で子供を産むのと、30代で子供を産むのは肉体的に全然違うと。よくよく考えてみると、産後処理院にいた初産のママの中で私が一番高齢だったかもしれない。


家に帰ってきてからの母との会話。


私 「昔の人ってよくもあんなに子供を産めたよね。お祖母ちゃん(母の母)だって、6人産んだじゃない。私なんか1人産んだだけでも、体がボロボロになったし、相当きつかったもん。」


母 「でもさ、昔の人って10代からお産してたからね。お祖母ちゃんは、長男の伯父ちゃんを10代で産んで、末っ子(6番目)のお母さんを産んだ時だって33歳だったからね。」


私 「そっか、お祖母ちゃんは私の歳で6人目を産んでたんだ。確かに、33歳で初産と33歳で6人目じゃ全然違うよね。」


今後もますます高齢出産が増えていくだろう。高齢出産、ファイティング~!である。

前回のブログを書いたときは、かなりブルーだった。大げさに聞こえるかも知れないけれど、絶望を感じていたほどだった。


ブログを書いた後にもうダメだと思い、『母乳119』に電話しアドバイスを仰いだ。すると、私の授乳の仕方が間違っていることが分かったのだ。


母乳をうまく飲むには、口を大きく開き、唇はアヒルのようになっていないとならない。しかし、うちの息子は哺乳瓶の飲み方に慣れてしまっていたので、口も大きく開かないし、唇もムッと閉じてしまう。


専門家に習った飲ませ方は、まず泣かして大きく口を開いたところに、片手で乳房をつかみ、口に乳輪まで突っ込む。うまく吸い始めたら、乳房を掴んでいた手で頭を固定し、もう片方の手(親指)で下唇を下方向に引っ張ってあげる、というものだったのだが、私は下唇を引っ張るのではなく、下顎を下に引くのだと思っていたのだ。


こんなに小さな赤子でも顎の力は強烈である。息子の顎の力に私の親指は完全にいかれてしまった。まあ、間違って顎を固定していたのは、私のミスなのだが。結局、親指の痛みに絶えられなくて泣きついた訳だが、こんなにも強烈に顎を親指で固定していたら、息子の顎が外れてしまうんじゃないか、顎が変形してしまうのでないかという不安にもかられ、『母乳119』に電話したのであった。


下顎を押さえるから、下唇を引っ張るに変わって、指の負担は幾分減ったが、それでも授乳中の抱っこに重ねて、下唇を引っ張り続けるのは容易なことでない。指から手首、腕、肩、首、背中、腰までもうガタガダである。今、母から借りたゲルマニウムのネックレス1つに、母に買ってもらったゲルマニウムのブレスレットを右の手首に3つ、左の手首に2つし、更にヨガの先生からもらったゲルマニウムテープを右手首に貼り、左手首にサポータをしているという有様。


息子の方は、段々とおっぱいの飲み方が上手になってきた。凄い進歩である。えらいぞ!!完全に軌道に乗ったとは言えないが、明るい兆しが見えているので精神的には随分楽になった。あとは私と息子が少しずつ努力をすれば完璧である。


出産から今日まで、私が人生で最も努力した1ヶ月だったように思う。

昨日は本気でもうあきらめようかと何度も思った。


以前、夫婦胎教教室 に参加した時に、講師に「母乳育児を成功させるぞ!!」と3度渇を入れさせられたのだが、今になってその理由が分かった。


こんなにも直接授乳は辛いものなのか…。


私の手は腱鞘炎になってしまったようだ。ブログなんて書いている場合じゃないかもしれない。