三菱一号館美術館 丸の内で開催中の
「ラファエル前派の軌跡展」ブロガーイベントに行って参りました。
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ギャラリートークでは、
本展では、実は、当時の美術評論家で、自らも絵画を制作していた「ジョン・ラスキン(1819-1900)」をメインにしている。
しかし、ラスキンは日本では正直マイナーな存在のため、あえてラファエル前派展と銘打っている、と
展覧会背景について、担当学芸員・ 野口玲一氏からのご説明。
なるほど、確かに、ラファエル前派兄弟団(Pre-Raphaelite Brotherhood)の画家だけではなく、同時代を生きた周辺の画家たちも今回たくさん出品されています。芸術に精通していたものの職業画家ではなかったラスキンに注目とは、新しいですね。
ラスキンの生誕200年を記念する本展には、ラスキンが見いだしてビクトリア朝当時のアート・シーンの中心へと引き上げた、前衛芸術家たちの作品が集結。
(ちなみに、英国19世紀後半の絵画は、以下のように、定期的に、切り口を変えた展覧会で来日しています。)
2015‐16 リバプール国立美術館所蔵 ラファエル前派展 渋谷Bunkamura 展覧会(過去)サイトはこちら
2014 テート美術館の至宝 ラファエル前派展 森アーツセンター
2014 ザ・ビューティフル―英国の唯美主義1860-1900 三菱美術館 展覧会パンフレット(PDF)はこちら
2014 華麗なる英国美術の殿堂 ロイヤル・アカデミー展 ─ターナーからラファエル前派まで─ 富士美術館
社会運動家、批評家諸々であったラスキンは、当時は物議を醸していた風景画家・ターナーやラファエル前派を擁護する論陣を張って支援しました。
彼らを高く評価する評論を書いたり、特に目をかけたミレーなどメンバーと親交を結んで指導、コレクターを紹介したりするなど、強力な後ろ盾になりました。
≪老年のジョン・ラスキン≫
1894年
フレデリック・ホリヤー撮影
ラファエル前派のメンバーが読んで共感したラスキンの『現代画家論』の第二版
(画家たちが読んだのは、1840年代に出版された第一版)が出展されています。
≪現代画家論(全6巻)≫ 第二版
ルネッサンス以降の絵画が形式化し、自然の真実を偽っている
自然に赴き「そこから何も選ばず、何も拒まず、何も蔑むことなく」謙虚に自然を写し取るべき
というのが
ラスキンの強いメッセージ。
前衛的な画家たちの多くは、本書を理論的典拠として、作品の制作に励みました。
自然をつぶさに観察することを第一に掲げたラスキン自身の絵画も、とても精緻なもの。
≪素描の基礎≫という素描論の著書もあることに納得です。まるで設計図のようでした!
もう一人、計三作が出品されているヒューズをご紹介しましょう。
ヒューズは、ラファエル前派が対立したロイヤル・アカデミーの卒業生であり、いわゆるラファエル前派の一員ではありません。
しかし、彼らの影響を強く受けて、繊細な描写やあざやかな色づかいで、ロマンチックでみずみずしい恋人たちなどを描きました。
アーサー・ヒューズ《リュートのひび》
1861-62年
油彩 / カンヴァス
タリー・ハウス美術館 所蔵
夢見るような、考え込むような、女性の表情が意味深。
ロマンチックな空気感があります。
女性のあまり飾りのないベルベットの衣装も、ビクトリア朝感が漂っています。👗
アーサー・ヒューズ
《フラッケンディーンのクリスマスキャロル》
バーミンガム美術館寄託
ラファエル前派や同時代の画家が描く美女たちは、固まったように無表情であることが多く、この作品でも三人の女性たちは表情が硬いですが、子供たちはみんな良い表情をしていますね。
突然ですが、右にいるこの子、フィギュアスケート女子シングル、ロシアのエフゲニア・メドベデワ選手のジュニア~シニア出たての頃に似ていませんか?(笑)
心あたたまる一家団らんの光景です。
子だくさんでアルバート皇太子との夫婦仲が良かったビクトリア女王にならい、当時は、家族を大事にする慎ましい生活が社会的に奨励されました。実際には、産業革命によって資本家と労働者間の貧富の差は拡大する一方、暗部も深かったわけですが....。
<ご参考>
ヒューズの代表作
「四月の恋」
1855-56
※本展には出品されていません。
出典:ウィキペディア掲載(パブリックドメイン)
この作品は、テニスンの詩を付してロイヤルアカデミーの展覧会会場に展示されたもの。
愛すれば心は軋み苛立痛むもの
愛に漠とした後悔はつきものか
目は無為の涙に濡れながら
無為の習いによってのみわたしたちは結ばれる
愛とはいったい何でしょう、いずれ忘れてしまうものなのに
ああ、いいえ、いいえ
(テニスン「粉屋の娘」より)
分かりづらいですが、よく見ると、女性と奥にいる黒い人影の手は重ねられています。そう、2人は恋人同士なのです。
女性の周りには蔦がおいしげり、足もとには花びらが散っています。
女性の背後、男性のいるあたりは影。
窓の向こうには、明るい光と花々があふれています。
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恋を終わらせ、光の中を歩むか?
男性の元へ飛び込み、恋を続けていくのか?
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男性が黒い影として描かれていることを考えれば、道ならない恋かもしれません。
きっと別れが正しいのでしょう。
女性は決断しようと、葛藤しているのです。
四月のイギリスの天気は変わりやすく(まあ一年中ですが)、青空が急に暗くなり雨が降るかと思えば、雨空でもふいに日が差します。
そんな変わりやすい恋人たちの心、はかない恋をイメージして、画家は「四月の恋」と題しました。
残念ながら、本作は、今回の展覧会には来日していません。(最近では、森アーツの「ラファエル前派展」(2014)で来日しました)
ロンドン市内にあるイギリス美術の殿堂、テートブリテンで見ることができます。ぜひ現地で見てみてくださいね。
やはりシェークスピアのお国だからか、イギリス絵画には詩や物語をベースにした作品が多いですね。
詳しい方は、よりそれぞれの絵が楽しめそうです。
展覧会終盤には、アーツ・アンド・クラフト運動で名高いウィリアム・モリス、そしてモリスが率いたモリス商会の作品も。
モリスはラファエル前派の第二世代といわれています。
モリス商会
ポーモーナ(果実の女神)
1882‐85年
マンチェスター大学
ラスキン≪ゴシックの本質≫
1892年
ウィリアム・モリスによるケルムスコット・プレス版
もともとは『ヴェネツィアの石』という著書の一部(第2巻第6章)でしたが、同著刊行の翌年に、単独著として出版されたものです。モリスの序文付きと、いわば二人のコラボレーション。
ラスキンは、美術における手仕事の美しさを再評価したモリスからも支持されていました。
ときの英国は産業革命、大量生産が可能になった時代。
物質的に豊かになった一方、機械化によって単純労働者は失業、製造の現場は長期間きつい労働におわれていました。
ラスキンは、本来の労働のあり方について再考をうながした人でもあり、二人の協働は自然です。
何だか現在にも通じる話ですよね。
ラファエル前派の軌跡展ですが、ロセッティやミレイなど、ラファエル前派第一世代のメンバー作品にはあえてふれず(笑)
(彼らの作品が揃った三階大展示室は撮影可能で、多くの皆さんがブログ・SNSに良記事を投稿なさっているので、それ以外の作品をご紹介しました。)
ギャラリートーク
担当学芸員の野口玲一氏×カリスマブロガーTak氏による展示室内でのトーク。
右手にお持ちなのは、本展の図録です。
内覧会のため、特別に写真撮影が許可されています。
参考文献:松下由里『ロセッティとラファエル前派』六曜社