【400文字作文】よこ顔

あらお父さん、箱庭みたい、可愛らしい。
と、妻は三人の子供達から送られてきたケー
キをテーブルにそっと置き、微笑んだ。
妻は、ずれてしまったケーキの飾り付けを
指先で楽しそうに直した。その時の妻の表情
は、子供達が小さかった頃、くち元についた
汚れ拭うときと同じ顔をしていた。
母の日に、子供達から手作りのケーキが届
くようになって三、四年になる。上の子が金
を出し、まん中の子が準備をし、いちばん下
の子がケーキをデコレーションしていると聞
いたとき、私は笑ってしまった。
妻は子供達へ手紙を書くのだと、まだケー
キを食べてもいないのに便箋を出してきた。
何かを、書いては破る妻に私は、電話でい
いじゃないか、と言ったが妻は、ゆっくり伝
えたいの、と言った。
便箋に向かっている妻の、真剣な横顔を見
て私は、妻を好きになった時のことを思い出
していた。
【400文字作文】交じらない、混ざらない。〜傘の中にて〜

丸くて重い雨粒が傘を叩く音に、私は包ま
れながら、待っていた。
ほんの二、三歩うしろに下がれば、大きな
建物から突き出す、大きな屋根の下で雨宿り
できるのだけど、その大きな屋根の下にいる
人間の表情を見ていると、その中に混じりた
くはなかった。みんなと違うことをして目立
ちたいわけじゃない。ただ、みんなと同じこ
とをして安心するのは違う。それだけは絶対
に違うと思っていた。
大きな屋根の下にいる人間達の顔を見て、
私は子供の時に行った動物園を思い出した。
似ている、と思った。けど、それが動物の
目か、それを眺める人の目に似ているのか、
思い出せなかった……。
傘から、几帳面に落ちていく雨粒を見てい
ると、あの人が左の方からやってきて、私の
前を通りすぎ、右へと消えた。
私はその人の背中を見て、左へと歩いた。
傘を回しながら。サヨナラと言いながら。
【400文字作文】愛と拘束と旋律

朝か……と思い、時計を見るとまだ四時四
十八分だった。ずいぶん夜明けが早くなった
ものだ。
ヤニと油でくすんだ窓を開けると鳥たちは
とっくに起きていて、新聞配達員が鳴らすバ
イクの音が遠くから聞こえてくる。
昨夜から、五線譜に描かれた複雑な音符た
ちを見ていた俺は、じんじんするまぶたを何
度も手の平で冷やしながら、それらの音に耳
をすませ、大袈裟に欠伸をした。
旋律・センリツ・戦慄・センリツ・前屈・
センリツ・偏屈・センリツ・センリツ……。
声に出さずに呟きながら、新聞配達員のバ
イクが走っては停まる音に耳を澄ましている
と遠くから、ペットの名前を呼ぶ老人の声が
聞こえてくる。
ペットの名を呼ぶ老人の声を聞いていると
その中に旋律を見つけた。
俺も歌うように、遠くにいる誰かの名を呼
びたくなった。