今日の昼過ぎ、モンゴルに到着しました。
車窓の景色を眺めているだけで完全にノックアウト。
北京を出て、万里の長城を臨み、
内蒙古、ゴビ砂漠、モンゴルの草原へと。

緑の草原を何も遮るものはなく、
馬、牛、羊、遊牧民がのんびり行き交う。
夕暮れ、夜の月、星、そして夜明け。
突然の雷鳴、雹、砂嵐。
美しい青空が戻ると緩やかな丘陵に雲の影が落ちていて、
もう、なんと神々しい天と地だろうと。

今この瞬間は誰も待っていない、
何も待っていないと確信できた、
最高の30時間でした。


 

朝、6時から智洋を送る。
さらに一足先にモンゴルに入る道昌を送る。
モンゴル大使館でビザを受け取り、群子を送る。
会う度にちょっかいかけてごめんね、群子。
Benをタクシーまで送る。
部屋にはすぐに次のゲストが入って来て、どんどん入れ替わって行く。
僕も明日の朝ここを出て、モンゴルへ。
北京、大好きになりました。

enと一緒に司馬城(万里の長城の一部)へ。
朝からバスとタクシーを乗り継ぐ。
万里の長城を登りながら、Benと女の子の話をした。
Benの彼女の写真を見せてくれた。
Kさんという日本人で、中国に留学していたらしい。
明日、日本から彼女がくるんだ、2ヶ月ぶりに会えるんだって喜んでいた。

僕は持って来ている大昔の彼女の写真をBenに見せた。
昔つきあっていて、今僕の心に一番残っている人だよと、そんな風にキャプションをつけた。
東の空に、万里の長城であなたの事を話したよと、呟いてみる。

帰り、またバスやタクシーを乗り継いで(値段交渉をして、、、)帰るのが大変だと思っていたら、
中国人ファミリーの車をヒッチハイク成功。

Benと二人でゲストハウスに帰って来る。
今日はみんなさよならの日なのだ。
ずっと隣のベッドにいたMr.レンは昨日夜遅くチェックアウトしてしまった。
Benも明日別のホテルに移る、智洋も、他に来ていた二人の日本人も明日早朝に北京を発つ。
日本人4人とBenで最後の晩餐。
メールを教え合い、写真を取り合い、最後にBenが歌ってくれて。
そんな風に7月が過ぎて行った。
「ねえ、8月になっちゃったよ」
みんないそいそと就寝。
群子も明日発つんだって。
僕も明後日モンゴルへ。
一日遅れといえ、なんだか一人だけ取り残されてしまったような、寂しい気持ちに。

 

 

大宇からプレゼントを貰う。

大宇の彼女が作ったネックレスだって。

もらっていいの?と聞くと、「うんうん」って。

ありがとうって言うと「中国では友達の間では謝謝は言わない」だって。

お前かっこいいよ。

さらに友達のしるしに名前を貰う。

中国では友達に自分の名前をあげるんだそうだ。

「王 浩純」ってつけてもらいました。

 

大宇のベッドが空になる。

なんだか寂しい。

 

夜、建国路の歩道橋で、すごい人に会う。

自分の前に空き缶を置いて、お金を入れてもらっている人なのだが、

ハンセン病だろうか、顔の左半分、左手、首から胸にかけてが、

もう崩れている。色も形も。

目を反らしてはいけないと立ち止まり座り込み、横顔を見つめ続ける。

どんな景色を、彼は見ているのだろうか。

もう一生働けない、普通に歩けない、話せない。

人には避けられる、正視されない。愛される事も難しいかもしれない。

それはいったい、どんな景色なんだろう。

彼の空き缶に1元だけを入れ、去っていった日本人は、

彼の風景にどのように映っただろう。

今は北京にいます。

モンゴルビザの申請中。

なかなか中国語が通じなく、苦労していますが、

元気にしております。

暑いのでアイスクリームばかり食べていますが。

 

明日は万里の長城に行ってきます。

それでは。

 

 

頤和園に行く。

ここは明、清の時代の歴代皇帝の避暑地。

きれいだった。

元気をもらいました。

 

夜、Benとその隣のベッドに来た智洋と話す。

智洋は北京に一年間留学していたので中国語OK。

盧溝橋へのバス停を一緒に調べてもらう。

Benのオリジナル曲を聞く。

かなりいい。

 

大宇が荷物のパッキングをしている。

明日自分の街に帰るんだって。

驚いた。9月までいるって言ってたのに。

次はおごると約束していたので、

明日の昼にごちそうするよと。

「麦当労」に行きたいんだって。かわいいな。「マクドナルド」の事です。

今度は約束破るなよって言うと、笑ってた。

盧溝橋まで自転車で行こうとして道に迷う。
途中で、もういいやって感じに。
冷房のきいた食堂でおいしいご飯を食べる。
帰りに軍事博物館へ。
戦車、大砲、高射砲、飛行機、機関銃、小銃などがびっしり並ぶ。
家族連れが戦車の前で写真を撮っている。

なんだか違和感を感じる。
人を殺す、人を殺して来た兵器の前でピースをするのは何故か。

子供の頃、よく戦車のプラモデルを作った。
ちゃんと迷彩に塗装をほどこしてパテで削って。
ただ何かを作りたいなら「姫路城」や「にっぽんのお茶屋シリーズ」でもよかったはずだ。
しかし僕は数あるプラモデルの中から戦車を選び、
しかも砲身の長いタイガー戦車を選び抜き、苦心して作っていたのだ。

兵器や拳銃、そういったものに惹かれる心理というのは、どういうものだろうか。
ただ単に、「強いものに惹かれているんだ」と、そう言いきれるだろうか。

これは隠そうとしても、人間の中に存在するものなのかもしれない。
「我々は根本的に、暴力を嫌いではない」
「我々は、憎い奴は殺したいのだ」
「憎い奴らが殺されると、我々は快楽を得るのだ」
(法哲学者、小林和之氏のサイト、著書「おろか者の正義論」の死刑問題の項より。氏の著作、論文は本当に面白い、おすすめです。)

一方で、暴力や戦争を憎む心というのも確かに存在する。
それは自分の胸に聞いてみても、嘘はないと確信できる。
矛盾する、相反する事を否定するのではなく、そこから何か作り出せたらと思う。


夜。
大宇、Mr.レン、群子と4人で飲む。
またおごってもらう。
大宇も5年間、ロシアのカバロフスクで経済の勉強をするんだって。
群子が腕に入れ墨を入れた。そのせいで今日はビールが飲めないんだって。
次は僕がおごるからねと約束。

 

観光。

天安門広場、故宮博物館、中山公園など。

昨日約束を反故にした中国人二人とご飯を食べに行く。

青島ビールと燕京ビールで乾杯。

二人とも英語がダメ(これはまったくダメ)なので、筆談。

ちょっと不安だったけど面白かった。

ミスターレン(任延友)と群子(チャンズー)

Mr.レンは27歳、僕と同い歳で、これから3年間ロシアへ。建築の勉強で。

群子は20歳、7年間、27までロシアで勉強。絵の勉強だって。

 

壁を隔てた隣のベッドにアメリカ人のBenがやって来る。

こいつが面白い。日本の長崎と滋賀県に2年住んでいて、日本語はぺらぺら。

漢字も四千字覚えていて、中国人と漢字で筆談しているほど。

じんべえを着て寝る、さらに韓国にも5ヶ月いたのでハングルもOK。

夜はギターをひいて歌ってくれる。

アメリカでインディーズCDを出していたんだって。

 

僕も英語がんばらないと。

モンゴルビザ申請にモンゴル大使館に行く。

2日後発行と聞いていたが5営業日との事。

ちょっと焦った。

 

インターネットでシティバンクの口座にアクセスしてびっくり。

韓国の仁川でお金を下ろそうとして、エラーになりお金が出てこなかったのだが、

それが引き出されていたのだ。10万ウォン、12,000円ほど。

腹が立ち、シティバンクに国際電話をかける。

調査に2週間ほどかかるって。

国際電話料金もばかにならない、、、

 

同じ部屋の中国人のうち一番英語が話せるのが王浩宇(ワンハオユン)

みんなからは大宇(ダーユン)と呼ばれている。

こいつが22歳なんだけれど、ひとなつっこくてかわいい。

しきりと話しかけて来る。

15時くらいまで二人で話し、彼は学校へ。

18時に戻って来るから一緒に肯徳基(ケンタッキー)に行こうねと。

 

部屋で彼らの帰りを待つ。

18時。まだ帰ってこない。

18時半、まだ帰ってこない。腹が減る。

19時、まだ帰ってこない、腹が立つ。

19時半、まだ帰ってこない、一人で食べに行く。

 

なんだか寂しい一日に。

 

 

 

 

北京の建国路沿い、中国青年之家旅館に滞在。
ドミトリー。一泊30元。
第二関門であるモンゴル、ウランバートルへの国際列車の手配に行く。
北京国際飯店の中にある旅行会社で。

あっさり。
「いつにする?明日?」
え、、、明日でも乗れるの?、、、と拍子ぬけ。
モンゴルのビザを取らなければいけないので、一週間後の電車を手配。

ドミトリー(大部屋ね)には中国人がいっぱい。
ゲストハウスの近くに外国語の学校があるからか、北京にロシア語を習いにきている地方の若者で満員状態。
みんなに中国語を教えてもらいつつ、英語と筆談。
中国の若者は、日本製家電や車の日本でのランキングに興味があるらしい。
例えば、トヨタとホンダとニッサンはどれが一番日本で人気があるか?
また、日本のタクシーはトヨタが多いのか?など。
あるいはノートパソコンはどこのメーカーが一番日本で人気があるか?
(中国では東芝とIBMらしいですよ。NECは高いし、あまり知名度が高くないって)
SONYが好きか?(SONYを持っているのは自慢になるらしい。僕は、ゼロでした)

初めて、俗に言うMainland Chineseと話す。
かなり行儀が悪く勝手気侭だと聞いていたが。
確かに夜遅くまでドミで騒ぐ、あるいは、公共のロビーで食べたものを片付けないなど、そう見受けられるところはある。
でも一人一人はとってもよい奴。
明日一緒にご飯食べに行こうねと約束する。

夜、万里の長城に観光に行っていた日本人が二人帰って来たので話す。
大阪外語大学のモンゴル語学科の生徒らしい。(司馬遼太郎さんの後輩!)
シベリア鉄道やモンゴルについていろいろ教えてもらう。
明日にはもう日本に帰るんだって。



(For Tourist)
中国青年之家旅館。
会員カードを作れば(25元)一泊ドミで30元になる。
デポジット50元が必要だがチェックアウトの時に返してくれるらしい。
ホットシャワー、インターネットあり。

ウランバートル行き国際列車。
北京站(駅)から北に300メートルほど行った北京国際飯店の中の中国国際旅行社で手配可能。
硬臥で559元、軟臥で778元かな。
モスクワ直行はないのか満員のか買えない様子だった。
ウランバートル行きは中国車両が月曜、モンゴル車両が火曜発で、値段が少し違う。

朝8時半頃、烟台に到着。

どうやらここは青島の北、山東半島らしい。

中国と韓国、日本は一時間の時差があるので、時計を一時間遅らせる。

 

イミグレーションで会った日本語の達者な韓国人おばさんに知り合いの乾物屋さんまで連れて行ってもらい、両替。

アイスクリームを一本もらい、さらにはバスターミナルまで送ってもらう。

中国語をほとんど勉強してこなかったので、「シェイシェイ」と「ニーハオ」くらいしか知らない。

ドライバーや乗客に中国語を教えてもらいながら、北京行きのバスを苦労して買う。

19時発とのこと、荷物を預けて烟台の街をぶらぶらする。

 

超市(スーパーマーケット)で水を買う。

500ミリのペットボトル0.7元。(1元=約14円)

マクドナルドのセットが15元くらいから。

 

ターミナルに戻り、ダイソーで買った「トラベル中国語」を広げて、また中国語を教えてもらう。

漢字が分かるので覚えやすいはずだが、声調が厳しい。

タイやラオスでも声調は5段階であったが、カタカナ読みでもなんとか通じた。

でも中国はだめ。

「多少銭(いくらですか?)」さえ声調が違うと

「こいつは何を言っているんだ?」という顔で返される。

 

おばさんが突然ぼくに何か話しかけて来た。

他の乗客と少し調子が違って、何か怒っているような。

「ナンジン、ナンジン」としきりに言い、僕のトラベル中国語を必死に繰る。

ついには僕の手を取り、「あれを見ろ」と指差す。

彼女の指差した方向には「烟台→南京」とあった。

、、、そうか、ナンジンは南京か。

彼女は日本人が「ナンジン」で30万人を殺したのだ!と言う。

僕は両手を合わせ、沈痛な顔で、ごめんなさいと。

彼女は僕を指差しリーベンレン(日本人)、今度は自分を指差しジュングーレン(中国人)、そして首を刎ねる真似を繰り返した。

僕はとにかく頭を下げ、日本人はそのことに対して非常に申し訳なく思っていると彼女に分かってもらおうとする。

こんな時は難しい。

いろいろと伝えたい事はあっても、それはきっと日本人が言う事ではないと思う。

傷が癒えていない人に向かって、それでも前に向かって進めというのは、加害者側が言う事ではないと思う。

例えば事実の確定という事だけをとっても、どのような事が南京で、起こってしまったのかは確定が難しい。

虐殺の証拠として、射殺している瞬間、おびただしい人骨などの写真はたくさんあるし、それを捏造だと反証を試みる人もいる。

しかし、ある程度、かなりの虐殺があったのだと僕は感じている。それが30万人とか100万人という規模なのかは別として。

また、歴史的に大きく見る事も可能だけれど、それもやはり僕たち日本人が今彼らに言うべき事ではないと思う。

一つの誤解を解こうとして余計にこじれてしまうという事を繰り返して来たのがこの60年、戦後の日中、日韓関係なのだから。

 

おばさんは僕の両手をとり、もういいよと言ってくれる。

さらには食堂に連れて行ってくれて、ごはんとコーラをご馳走してくれる。

子供の写真を取り出す。僕が紙に「可愛」と書くと喜んでくれる。

娘さんが北京の大学で勉強していて、これから会いにいくんだって。

優しい母親の顔に戻っていた。

僕のノートに、日本人は好きじゃないけど、あなたは好きだと書いてくれた。

 

旅行は面白い。

昨日までどこにあるのか知りもしなかった街を歩いて、

昨日まで顔も名前も存在も知らなかったこの人とこうして筆談している。

コーラを飲みながら、僕のノートが漢字で埋まって行く。

言葉が通じなくったって、「我好中国、我想和平」で笑い合える。

 

偶然のような必然。

奇跡のように思えるけど、こんな奇跡を毎日のように起こしている。

だから旅行は面白い。

 

 

 

(For Tourist)

朝9時頃、烟台港に到着。

イミグレが町の中心にあるので烟台港からバスでイミグレまで連れて行ってくれます。

そこから長距離バス乗り場まで300メートルくらい。

両替はイミグレオフィスを出てすぐの店でできる様子。

僕は小さい乾物屋のような所で人民元に両替してもらえた。

 

烟台→北京のバス。

186元+19元の荷物(自転車)料金。(1元=約14円)

19時発、翌9時着。寝台バス。

北京の木犀園バスターミナルを経由して四恵バスターミナルまで行った。

四恵からは地下鉄で北京中心まですぐ。