盧溝橋まで自転車で行こうとして道に迷う。
途中で、もういいやって感じに。
冷房のきいた食堂でおいしいご飯を食べる。
帰りに軍事博物館へ。
戦車、大砲、高射砲、飛行機、機関銃、小銃などがびっしり並ぶ。
家族連れが戦車の前で写真を撮っている。

なんだか違和感を感じる。
人を殺す、人を殺して来た兵器の前でピースをするのは何故か。

子供の頃、よく戦車のプラモデルを作った。
ちゃんと迷彩に塗装をほどこしてパテで削って。
ただ何かを作りたいなら「姫路城」や「にっぽんのお茶屋シリーズ」でもよかったはずだ。
しかし僕は数あるプラモデルの中から戦車を選び、
しかも砲身の長いタイガー戦車を選び抜き、苦心して作っていたのだ。

兵器や拳銃、そういったものに惹かれる心理というのは、どういうものだろうか。
ただ単に、「強いものに惹かれているんだ」と、そう言いきれるだろうか。

これは隠そうとしても、人間の中に存在するものなのかもしれない。
「我々は根本的に、暴力を嫌いではない」
「我々は、憎い奴は殺したいのだ」
「憎い奴らが殺されると、我々は快楽を得るのだ」
(法哲学者、小林和之氏のサイト、著書「おろか者の正義論」の死刑問題の項より。氏の著作、論文は本当に面白い、おすすめです。)

一方で、暴力や戦争を憎む心というのも確かに存在する。
それは自分の胸に聞いてみても、嘘はないと確信できる。
矛盾する、相反する事を否定するのではなく、そこから何か作り出せたらと思う。


夜。
大宇、Mr.レン、群子と4人で飲む。
またおごってもらう。
大宇も5年間、ロシアのカバロフスクで経済の勉強をするんだって。
群子が腕に入れ墨を入れた。そのせいで今日はビールが飲めないんだって。
次は僕がおごるからねと約束。