7月23日

中国行きのフェリーチケットを求めてさまよう。

中国の大連(ダーリエン。旅順のすぐ上ですね)に行こうと思っていたので、仁川(インチョン)→大連の大仁フェリーのオフィスに何度か日本から電話していた。

そうすると、とにかくチケットはすべてSold Out、Fullだと言われる。

当日の朝に第一国際ターミナルまで来たら乗せてあげられるかもとの曖昧な答え。

 

というわけで、ホテルに荷物を置いて、地下鉄で仁川のフェリーターミナルに向かう。

この国際フェリーターミナルの第一ターミナルというのが曲者だった。

地球の歩き方の地図に載っているがこれは実は第二ターミナル。

「Pier 1」とあったので駆け込むとここは第一「埠頭」だと。

国際ターミナルはここから歩いて5分だと教えられる。

カムサハムニダ!と元気に飛び出すと確かに国際フェリーターミナルとあった。

アニョハセヨ~、と食らいつくも、ここは第二フェリーターミナル。

第一ターミナルを求めて1時間ほど歩く。

途中、仁川PORTとあったが、これも違う、、、

暑い、もうダメだ、、、

今回の旅、さっそくのタクシー、、、

情けない、、、

結果的に、この国際フェリーターミナルの第一ターミナルというのは、とにかく遠い。(第二は駅から15分ほど)

駅から歩くと1時間くらいかかると思う。

 

ターミナルには大荷物を持った韓国人ファミリーでいっぱい。

韓国でも夏休みで、みんな中国に旅行に行くらしい。

ターミナルに入り、さっそく大連行きの看板へ。

「今日乗りたいんだけれど~」

「Full」と一言。

「電話した時は朝に来たらなんとかなるって言ってたけど、あれって、、、?」

「NO!」

大連行きのほかに青島(チンタオ)、威海、烟台、天津行きなどもある様子。

しかし、全て「NO」と。

 

ターミナルの四階に各フェリー会社のオフィスがあったので、回る。

次いつだったら乗れるのと尋ねて回る。

「8月17日」

韓国に一ヶ月近くも、、、目の前が真っ暗になる。

 

ベンチに座って落ち着いて考える。

片言の英語と韓国語での交渉だったので、言葉の壁があったのかもしれない。

そうだ、英語がちゃんと話せる人を探そう!

インフォメーションコーナーに駆け込み、英語のできる人、、、、一人いた!

そのお姉さんに事情を話す。

お姉さんが改めて各フェリー会社に電話をしてくれる。

しかし、、、やっぱりFull,Full, FULL

飛行機で中国まで行くか、それかいったん日本に帰って直接イギリスに行こうか、、、

そこまで考えた頃、おねえさんが救いの一言。

「どうしても乗りたいなら毎日ウェイティングリストに名前を書きにくるか、、、」

ああ、それだ。

 

各フェリー会社のカウンターを回ってウェイティングリストを求める。

大連行きはウェイティングリストも「NO!」と。

しかし、烟台行きのカウンターではリストを出してくれる。

ハングルの名前が並ぶ中、32番目に「Jumpei Murase』と書き込む。

これで16時に来て、キャンセルがあれば乗れるとのこと。

ふう、疲れた。

今日乗れなかったら、出航日(週3日)の当日朝に通うしかない様子。

希望が見えたのか、どうなのか。

荷物を取りにソウルまで戻る。

 

16時過ぎ。

韓国人がカウンター越しに怒鳴っている。

ウェイティングリスト62番が、順番を繰り上げろと要求しているのだ。

リストの上位からマジックでOKと書かれて発券されていく。

僕は32番。

携帯の番号を書いていないので、32番のイルボン(日本人)はここにいるよと必死にアピールする。

30番までOKで消された。

31番。名前を呼んでいるが、近くにいない様子。

携帯電話にかけるが出ない。

赤ペンで消された。

32番、きた。

韓国人に負けないように大声を張り上げる。

手を振りカウンターのガラスを叩く。

やっと気づいてくれた。

 

出航1時間前。ようやくの発券。

勇んで出国審査へと、まだ声を張り上げている62番を尻目に。

これで韓国を出られるとチケットに頬すり。

チケットにある「烟台 YANTAI」が中国のいったいどこにあるのかと呟きながら。

 

 

 

(For Tourist)

仁川→烟台のフェリー。

2等船室(一部屋に2段ベッドが二つ。シャワートイレ付き) 115000ウォン。学割で98100ウォン。(1円=約9.2ウォン)

18時出航。翌日9時30分到着。

 

韓国から中国へのフェリー。

仁川、釜山から中国各地へ行っている様子。

 

極東地域の国際航路 http://www.kisaragiweb.jp/antiairtrip/internationallines/

ここは参考になります。

 

津川フェリー(仁川→天津)韓国語サイト http://www.jinchon.co.kr

津川フェリー(仁川→天津)中国語サイト http://www.jinchon.cn

 

ソウルからインチョンは地下鉄一号線が直結。

東仁川駅で降りて、その後は地下道で南西へ。

第一ターミナルは第二ターミナルからさらに南西です。

仁川、東仁川からバスが出ているはず。

朝、韓国釜山に到着。

すぐにバスターミナルまで地下鉄で。

ソウル行きのバスを買い、10時40分出発。

 

9月24日からイギリスでの学校が始まるまで、

それまでに2ヶ月でイギリスを目指します。

ヨーロッパまで入れば、ロンドンまですぐなのですが、

それまでにいくつか難問があり。

 

1、韓国の仁川(インチョン)から中国の大連までの船。

日本から予約を試みましたが、「Full』だと。当日来たら乗れるかも、、、とのこと。

 

2、中国の北京からモンゴルのウランバートルまでの列車。

夏休みシーズンは非常に込むらしい。週に2本出ているらしいが、その内一本はモスクワまで直行。

ほとんどチケット入手が困難らしい。

しかも、中国にはノービザで入るので、15日間しか滞在できない、、、

15日以内に中国を抜けられるのか、、、

 

3、ロシアビザ。

迷った末、国内では取得しなかったので、ウランバートルでなんとかするしかない。

 

というわけで、急ぎます。釜山滞在、2時間、、、

 

夕方、ソウル着。

2004年の一月に来てから1年半ぶり。

その時はマイナス10度、今日は30度、、、

頑張ってハングルを思い出す。

チョヌン インサドン カゴシプスムニダ、、、、

(私は仁寺洞に行きたいです。)

 

地下鉄でホテルを目指すもあいにく満員。

15キロほどのバックパック、サブバック、さらには自転車を抱えて。

自転車、バックパックをおろす場所がなかなか見つからない。

車両の端までいっぱいでドアの前に仕方なく立つ。

止まる駅によって、開く扉が違うのでそれに合わせて他の乗客に邪魔にならないように

自転車を移動させる。

 

大汗をかいていると、おばさんが荷物を指差して「ケンチャナヨ?」と。

冬ソナで覚えた「ケンチャナヨ(大丈夫です)」を繰り出すと、

隣の男性から

「あなたが大丈夫でも周りが大丈夫じゃないのです」

ときれいな日本語で怒られる。しゅんとなる。

 

思い出のホテルに滞在してキムチチゲ鍋を食べる。

就寝。

明日は、大連行きのフェリーチケット取得を目指します。

 

 

(For Tourist)

両替。関釜フェリーの中に韓国人の運び屋おばさんがたいてい乗っていて、

両替しないかどうか部屋を回ってきます。

 

アクセス。

釜山のフェリーターミナルから200メートルほど歩くと地下鉄1号線の「中央洞駅」

そこから一本で総合バスターミナル(プサンチョンハプポストミノル)のある「老圃洞駅」

ソウルまでは頻発。5時間ほど。19300ウォン。(1円=約9.2ウォン)

ソウルの「高速バスターミナル駅(地下鉄7号線No.734、3号線No.339の駅)に到着した。

7月20日。
大阪を出た。
長い旅行が始まった。
前回の旅行から3年と3ヶ月と12日。
長かった。

バックパックが23キロ。
サブバックが5キロ。
自転車が11キロ。
グラムで。
こんな大荷物で大丈夫かなぁと思う。
でも自分が考え抜いた旅行のスタイルだから。

今回の旅行はゼロ。
もう俳優でもない、
脚本も書いてない、
小説も書いてない、
あの人もいない、
誰もいない、
何もない。
さぁ、ゼロから。

どうなりたいの?
優しくなりたいの?
強くなりたいの?
誰かに勝ちたいの?
仙人みたく土俵から降りたいの?
悟りたいの?
許してほしいの?
有名になりたいの?
気づいて欲しいの?
友達が欲しいの?
愛されたいの?
愛したいの?
いったいあなたは。

さぁ、どこへ行こう。
とりあえず行きたい所にはどこへでも行ける。
それはすてきな事だけれども、怖くもある。
あまりの高さと遠さに、足がすくむ。
下関国際ターミナル。

大丈夫。
「座標軸」が僕にはある。
あの時のオヤシラズは抜かれてしまったけれど、
ちゃんと僕の左下顎に、移殖の結果、奥歯として。

気をつけていってきます。
そしてちゃんと帰ってきます。
みなさんもお元気で。





2005年7月21日  関釜フェリー、はまゆう船上にて。

村瀬純平

11時、下関に到着。

国際フェリーターミナルにバックパックを預け、

高杉晋作像を見に日和山公園に自転車を走らせる。

「おもしろき、こともなく世を、おもしろく、、、」

 

13時、駅周辺で最後の買い物を済ませる。

ダイソー、ユニクロ、コムサ、デオデオ、無印良品で半袖シャツとアルバムを買う。

 

14時、チェックインまで3時間。

スターバックスでコーヒーを飲む。

出発が近づくにつれての緊張。

どこまでも遠くへと願い、準備をしてきたのに、

いざ柵がなくなると、その遠さ、長さに目がくらむ。

 

18時、チェックイン。

最後のメールを送信する。

この番号、アドレスともこれでお別れ。

圏外になったら、それはもう僕を呼ぶことはない。

 

19時。

出航。

 

 

 

(For Tourist)

関釜フェリー「はまゆう」

2等船室(いわゆゴロ寝ね)学割7200円。他に港使用料で600円。

ハイシーズンでなければ当日にターミナルに行ってもチケットが購入可能だと思う。

関釜フェリーに電話しても予約はできないが、JTBなどの旅行会社で予約可能。(手数料がJTBで315円)

ちなみにこの日は7割ほどの乗客だった。

http://www.kampuferry.co.jp/

 

他にも福岡→釜山、広島、大阪発などもあります。

直接中国に行きたいなら新鑑真号で。

http://www.fune.co.jp/chinjif/

 

出発11分前。
慌ただしくパソコンを開いています。
下関から韓国、中国、モンゴル、ロシア、バルト3国、ヨーロッパ、そしてイギリスでしばらく勉強するつもりです。
いつ帰って来るのか、どんな風に帰って来るのか、自分でもわかりません。
気をつけていってきます。

これから空港に向かいます。
明日の朝にはもう東京ですね。

しばらくバンコクも見納めです。
次の旅行で東南アジアを訪れるのは、、、計画だとずいぶん先になります。
そう考えると少しさみしい。

今回の旅行も感じるものが多かったです。
帰ってからゆっくりアップしたいと思います。

 

映画「戦場にかける橋」で有名なクワイ川鉄橋のあるカンチャナブリに。
昨日、友人と別れ、ミニバスで。
のんびりと一日過ごして、さて問題は帰りのバス。
カオサンの旅行会社で「往復」のバスチケットを買ったのだが、
待ち合わせ時間の13時にバスターミナルに行った所、
「君のバスは来ない」と、そう言われた。

こういう時はまず落ち着いて、チケットを出そう。
うん、きちんとRound Tripと書いてあるね、One Way(片道)じゃない。
「ほら、往復でチケットを買ったんだよ、これ」
「うん、でもねえ君のバスはなくなったんだ、他のバスも満員」

とりあえずわめいてみる。
「そんなはずはない!往復っていうのは行って帰るから往復というんだ。
行って帰りはんなくなりましたって、それは往復じゃないだろう!」
タイ語と英語と大阪弁でまくしたてる。
チケットを売った旅行会社に電話をしている様子。
遠くからみていた西洋人が「君もダブルベッドが小さいから怒っているかい?うん、そうだよな、わかるわかる」と意味不明な同情をよこしてくれる。
不要。

確かに悪い予感はしていたのだ。
前日の往路、朝の10時にバンコクを出て12時55分にカンチャナブリ着。
乗客は僕ひとりだった。
そのバスは帰りの乗客を乗せてすぐバンコクに帰って行った。
要するに、今朝のバンコク発のバスに乗客が一人もいなかったってことか、、、
それで、帰りのバスも来なかったと。
それなら往復で売るなよ、、、

ぐずぐずしてても仕方ない、17時に公園で友達と待ち合わせ、21時発の夜行列車に乗らなければいけないのだ。さっそく払い戻し金を分捕り公設のバスターミナルまでモトサイ(バイクタクシー)を走らせた。

はぁ、やはりカオサンでバスチケットを買っちゃいけない。
楽で便利だけど、値段が高いし、信用できん。

今回の旅はタイ、バンコクから入り、ビザをとって南ラオスを中心に回る予定。
南ラオスののんびりとした風景を、病気で苦しむ大学の友人に見せてあげたかったというのが旅の動機。
というわけで S君と2週間の二人旅です。
それと同時に、次の長い旅行にむけて、時分を試してみたい。
「出会う力」がまだ自分から消えていないか。
それが消えていれば、素直に長い旅行を諦めようと思っている。
まぁ、タイとラオスでだらだらしてビール飲みたいだけだったりして、、、

いつも通り、カオサンのニューメリーVに宿泊です。
シングル130バーツ。
部屋は殺風景だけれど、部屋、トイレシャワーが清潔なのでバンコクでの常宿になっています。
盗難関係も今の所大丈夫だし。

夕方、チャオプラヤー川沿いの公園に散歩に行った所、なんだか100人くらいのタイ人、老若男女が踊ってます。
インストラクターが朝礼台の上、装いはエアロビ風。
かかっている曲もタイポップス、TaTa Young の「I Believe」まで。
当然、サンダルを脱ぎ捨てて参加してきました。
振り付けは見様見真似、しばらくすると5~6個のパタ-ンしかないのが分かり、
常連さん?に合わせられるようになる。なんか回転系が多くて疲れる、、、
ご老人やおじさん連中はだんだん動きが緩慢になり、座り込み始める。
そうすると朝礼台のお姉さんの彼(ニューハーフってことね)の叱咤、いじめとばかりに
回転系の振り付けを連続で持って来て。
みんな笑いながら泣きながら回ってました。

チャオプラヤー川に夕日が沈んで終了。
はぁ、気持ちよかった。
ビアチャン飲んで帰ろう。