今日からタイ、ラオスに2週間ほど行ってきます。
今回は大学からの友だちと一緒にバンコクからラオス南部を中心に回る予定です。
それでは気をつけていってきます。

僕のように、バックパックを背負って外国をぶらぶら旅行することを、

「ラウンドする」と言うのだそうだ。

初めて聞く言葉だった。

そう言われて、言葉が詰まった。

悔しいけれどその通りだ。

どこへだって行けるし留まることだってできる、それでも結局は「ラウンドして」、

戻って来るのだ、ここに。

 

「いろいろあったけれど、やっぱりまたふたりだけになってしまった」

そう、長い長い、「ラウンド」のおわりに。

 

(タイトルの英文はDee Ready著 「CAT'S LIFE」 より)

仕事が終わりました。
たくさん話したい事があったけれど、
口をつくのはどうもバカな事ばかり。

半年間楽しかったよ、しんどかったけれど。
少しだけ自信が持てました。
僕に力を与えてくれて、ありがとう。
悔しいけれど大好きです。
みんな、しあわせに。

明日で退職。

一人だけ千切れて、はぐれ落ちるような寂しさがある。

やはり。それは。

でもこれが自分の望んだ事。

 

いい時間を過ごせた事、みんなに感謝しています。

 

 

 

それでは明日。

会社の近くの電気屋さんで、プラズマディスプレイの販売促進なのか、
TUBEのコンサートDVDがいつも再生されている。
2004年8月14日、横浜スタジアム。
そこに僕はいた。

コンサートのステージヘルプの仕事。
演出の一環で、曲に合わせて噴水が上がるのだが、
その大量の水からモニターを守るのが役目だった。
合図があると飛び出して機材に防水シートをかけて戻る。
ずっとステージの真下に待機していて、
前田さんが、すぐ頭上で歌っていた。
DVDには映っていないけれど、間違いなくそこに僕はいたのだ。

あの夏、僕が決して見ることのなかった風景に不意に出くわした。
心細くなる。こんな出会い方は。
もうかき乱しても、僕は乱れないのだよと、誰かに言い聞かせたくなる。
もう乱れないのです。
岐路に立っていたあの頃に戻れたとしても、
きっと僕はこの道を選ぶだろう。
だからどれだけあの夏を慈しく思い出そうとも、
やはりもう僕は戻らないのです。

朝起きて少し豪華な朝食を食べて、
彼女と二人で海沿いを少し歩いた。

ホテルをチェックアウトして駅からバスに乗った。
宇治橋を渡って、おかげ横丁で伊勢うどんを食べた。
おとうふソフトを食べて、燕の巣を見て、やっとお伊勢詣り。
赤福を食べて写真を撮って、バスを寝過ごして待ちぼうけして。

次の式年遷宮は平成25年らしい。
平成25年といえば、2013年。
2013年、35歳。
全く想像できません。
神殿の造替がニュースになる頃、
とても暑かった、それでも手を繋いでいた、
そんな今日の事を思い出すのかなと、そんな事を思った。

「僕の声が聞こえますか?
 聞こえるとしたら、どんなふうにきこえているだろう」

self and others という映画のラストです。
聴覚を失った写真家、牛腸茂雄のドキュメンタリー映画。
音なき世界、風景、人物。
それらはとても懐かしくて、優しかった。
最後に牛腸がテープレコーダに問いかけます。
「僕の声が聞こえますか?
 聞こえるとしたら、どんなふうにきこえているだろう」

仕事をしながら、いつも考えてしまう。
僕の声は今どんなふうに聞こえているのだろう?
お客さんに最後に聞いてみたくなる。
僕の声がどうんなふうに聞こえていますかと。

不確かな時。
声は僕をいっそう不安にさせる。
それがただの音の集まりならいいのに。
どうしてこんなに湿っぽく、
あれもこれも伝えすぎてしまう。

そうして君は影さえ残さないのだ。

朝9時半で会社を早退する。
朝の街をふらふらと帰る。
いつもと違った時間の流れ。
鼻歌が口をつくけども声は出ない。

家の近くの病院に行く。
風邪だね、と言われる。
「先生、時々突然吐き気がするんですけど」
「そう、それはとめておこう」
との事。
「、、、、(どうやって?)」

上向きに寝るように言われる。
お腹の各部を押さえられながら痛いかどうか。
「先生、そこが痛いです」
「腸だね。寝る時に腹巻きをしよう」
との事。
「、、、、(腹巻きですか?)」

昼過ぎ、家に着く。
帰りにCDを借りて来る。
ひとつの曲をくり返し聞く。
結局すべてはいつか流れてゆき、もう戻らないということ。

今日は早退の日。
寝てばかりいた。
思い出してはトローチばかり舐めていた。
晩ご飯にオムライスを食べたって、
こんな日があったんですよ。
覚えていますか?


 

毎朝同じ電車に乗る、という幸せについて。

 

7:41の始発電車。

必ず座れる区間急行。

緑の2列シート、車窓の景色。

 

乗客の顔も変わらない。

角刈りのサラリーマンはいつもの、テレビ欄だけ家に置いて来た朝日新聞。

北浜で降りるおじさんは5月になってようやく夏服に変えた。

大和田で乗って来る女子高生はローファーの踵を踏むのをやめた。

 

きっとこんな小さな「変わらない」という事が、幸せの礎(いしずえ)なのだと思う。

そしてもうすぐ、僕はここを出てゆく。

そろそろ、留学先を探し始める。
ちょっと焦ってます。