大野純司のブログ -30ページ目

2万ドルの手付金が戻って来ない?

私はボランティアとして牧師をしながら、通訳の仕事をしています。通訳の仕事のほとんどは不動産に関するもので、私もかなり知識が増えてきましたので、よくクライアントに、不動産の仕事を始めたらどうかと勧められていました。米国の不動産のエージェントは、日本の保険のセールスのような自営業ですので、空いている時間に自由にすることができます。そこで、去年、ネットの授業を取ってライセンスを取り、私もとうとう不動産屋のおじさんになりました。

コールドウェル・バンカーという米国最大の不動産フランチャイズに入って、不動産エージェントとしてした最初の仕事は、ホームレス・シェルターとして貸していた自分の家を売ることで、これはうまく行きました。売ってできたお金をどうしようかと考えていた時、とても安く売っている家がありましたので、それを買うことにし、売買契約を交わしました。

早速、点検をしてもらったところ、直さなければならないものがあったので、修理してもらうことを契約に追加しました。ところが、いつまでたっても直してくれません。修理代を差し引いてくれるというので、その契約を書いて渡したのですが、サインしてくれませんでした。家の値段に比べると大した額ではないので、私は諦めることにしたのですが、最後には、知り合いがもっと高く買ってくれることになったので、私には売らないと言い始めたのです。もちろん、売買契約をしているので、それは契約違反なのですが、強制的に売らせるためには、裁定人を雇って仲裁をしてもらわなければなりません。そんなことに時間とエネルギーを使いたくはないので、解約することにしました。

そこでブローカー責任者のアシスタントに相談したところ、私も契約違反をしているかもしれないと言われたのです。大体、私は細かいことが嫌いで、契約書の細かい条項に気をつけていませんでした。売主も、それを知ってて売らないと言い始めたのかもしれないので、もしかしたら手付金の2万ドルが戻ってこないかもしれないと言われ、その上、ちゃんと仕事ができていないと、こっぴどく叱られてしまったのです。

私はもともと非常にのんきな性格なので、心配事など、数年に一度くらいしかすることはありませんが、今回は落ち込んでしまいました。私はこのことを家内に打ち明けました。きっと何か言われると思っていたのですが、家内は一口も愚痴を言うことはなく、それどころか、2万ドルのことなど気にもしないで、私を励まし慰めようと一生懸命でした。この人と結婚して良かったと思わされる事件でした。

20158月に、「ハワイの太陽光発電で大損」というブログを書いたことがあります。家内が太陽光パネルをつけることによってできる税控除の申込書を出すのを忘れていて、$14,000ほど損をしてしまったのです。その時、私は家内を責めなかったので、我ながらよく対処できたと思っていたのですが、今回逆の立場になって、いかに自分の愛が足りなかったかに気付かされました。あの時は、私は家内を責めることはしませんでしたが、励ましたり慰めたりはできませんでした。できないどころか、そんなことをしようという考えすら起こりませんでした。責めないで赦すということだけで上出来だと思っていたのです。

結局、ブローカー責任者に聞いたところ、私は、不履行になっているわけではないと言われ、ほっとしました。今回は、高い授業料を払わなくて済みました。

モースルがISから解放されたときにボランティアをしていたAさん

いと高きところには栄光、神にあれ。地には平和、御心に適う人にあれ。

(ルカによる福音書214節、キリスト降誕の讃美歌)

息子が働いているホームレス・シェルターでボランティアをしている日系外科医のAさんが、サマリタン・パースと言うキリスト教の慈善団体を通して、去年7月にイラクのモースルに行きました。サマリタン・パースとは、東日本大震災の時にも東北で活動をしたアメリカの団体で、モースルで救急野戦病院を運営していました。そこには各国からボランティアの医師や看護師が集まってくるのですが、Aさんも、歴史の教科書ではニネベと呼ばれているこの歴史的な街で、病院で唯一の外科医として一か月を過ごすことにしたのです。。

モースルに着いたその日、落ち着く暇もなく、さっそく自爆テロに巻き込まれた市民の手術が始まりました。爆発でけがをした人の手術などしたことのない彼は、とても戸惑ったそうです。幸い、6月を担当した外科医がまだ帰国する前で、彼の指示に従って手術は無事終わりました。いきなり自分の無能さを思い知らされた彼は、逃げ出したい気持ちでいっぱいになったそうですが、こんな自分でも、帰ってしまったら代わりの人は誰もいないと思い、踏みとどまりました。

手術をしているAさん

45度を超える暑さの中、エアコンをつけても汗だくになるテントの手術室で、毎日のように手術をする生活が始まりました。2016年の11月からモースルで活動を始めたサマリタン・パースは、彼が着いた時点で、既に2306人の患者を治療し、1263回の手術をしたそうです。16回の手術と言う計算になります。モースルがISから解放されたという報道がされた後も、小競り合いは続き、けが人は絶えませんでした。

同じモースルで、国境なき医師団も活動をしていました。地元の人たちは、彼らの病院をIS病院と呼んでいました。彼らは、IS戦闘員の治療をしていたからです。この二つの団体は、お互い協力しながら活動しています。ある日、このIS病院から、本人に聞いたわけではありませんが、IS戦闘員だと思われる少年が送られてきました。足を切断したのですが、術後、患部が感染し、その治療のために送られてきたのです。

彼は無情な殺人魔ではなく、これから自分がどうなるのかと怯えているティーンエージャーでした。Aさんは、彼のために時間を取って楽しい時を持つように努め、十日ほどで退院しました。その後、イラク人の牧師から聞いたところによると、この少年とそのお母さんは、クリスチャンになったそうです。殺さなくても、ISが一人減りました。

 

私はハワイで牧師をしていますので、日本人カップルの結婚式をすることが年に何回かありますが、結婚式でよく使われる聖書の一節を最後にご紹介しましょう。

 

愛は寛容であり、愛は親切です。また人をねたみません。愛は自慢せず、高慢になりません。礼儀に反することをせず、自分の利益を求めず、怒らず、人のした悪を思わず、不正を喜ばずに真理を喜びます。すべてをがまんし、すべてを信じ、すべてを期待し、すべてを耐え忍びます。愛は決して絶えることがありません。(コリント人への第一の手紙1348節)

 

モースルでボランティアしたあるカナダ人の看護師が、この聖書の言葉を次のように書き換えました。もちろん原文は英語ですが、日本語に訳して掲載しておきます。

 

愛は言葉の壁を越えて寛容であり、愛は怯えてトラウマを抱えている子供に親切です。また自分をほかの人と比べたり高慢になったりしません。鶏肉を取り合ったり、他のスタッフに対して短気になったりしません。カナダ人がいつも正しいとは主張せず、いらいらしたり、人を赦さなかったりしません。不正、狙撃者、簡易爆発物、地雷、死に瀕した子供、悲しんでいる親、痛み、苦しみを喜ばず、歩けるようになった退院患者、魂の救い、また重体患者の一つ一つの息を喜びます。愛は衰弱した心の痛みをがまんし、このような状況下でも神は良い方だと信じ、イラクの平和と将来を期待し、遠くで聞こえる爆発音を耐え忍び、「けが人がここまで来ることができますように」と祈ります。愛は決して絶えることがありません。

もう少しでホームレスをひき殺すところだった

ある日、息子と近くのスーパーに買い物に行きました。その日は混んでいて、スーパーの入り口の反対側にある壁沿いに車を止めました。買い物を終えて、私たちは、スーパーの入り口から駐車場を横切って車のほうに歩いて行きました。車は、壁沿いに斜めに止めてありました。アメリカでは運転席は左側にあります。車に向かってまっすぐ歩いていた私たちには、車の後部と左側面は見えましたが、右側は斜めになっている車の陰になっていますので、何も見えませんでした。

私たちはトランクに買い物のバッグを入れ、息子はカートを返しに行き、私は運転席に乗りました。通常ならまっすぐバックしてから前進するのですが、家に帰るには逆方向なので、ハンドルを左に切ってバックし、反対方向に行こうと考えていました。その途中でカートを返しに行った息子を乗せて帰ろうと思ったのですが、カート置き場はすぐ近くだったので、バックし始める前に息子は車に戻ってきました。

助手席、つまり右側から乗ろうとした息子は、何と車のすぐそばで酔ったホームレスが寝ているのを発見しました。私はハンドルを左に切ってバックしようとしていたわけですので、もう少しで彼を敷いてしまうところだったのです。息子が戻ってくるのが遅かったら、あるいは一人で買い物に行っていたら、右前輪のすぐそばに横たわっていたホームレスの頭の上にタイヤが乗り上げていたでしょう。

私は、このホームレスを殺さなくて済んだことを神様に感謝しました。しかし、何か複雑な心境でした。どのようにすれば彼らを本当に助けることができるのでしょうか。息子はホームレス・シェルターで働いていますので、私よりも悩んでいることでしょう。最近、何人かの人が更生するのを助けることができたと言って喜んでいましたが、全体の数に比べると、ほんの一握りです。

その息子が、最近、ある提案をしました。彼はシェルターのクリニックで働いていますが、最近、市民権を持ってない人で、低所得者向けの健康保険がもらえない人が増えてきたというのです。州政府も、経済的余裕がなくなってきて、無差別に保険を出すことができないのです。クリニックは、治療費を取ることはありませんが、薬は薬局で買わなければなりません。しかし、そのために予算が計上されているわけではないので、保険のない人には高い薬が出せないことがあるというのです。

とはいえ、すぐ隣にある薬局は、そのような場合には薬を原価で売ってくれます。ですから、そう大した額でもないのです。また、11月の中間選挙で当選したハワイの副知事がホームレスの問題に取り組んでおり、もうすぐ薬を大量に仕入れることができるようになるので、それまで教会が、足りないときの薬代を出してくれないかと言うのです。

と言うわけで、さっそくいくらかの現金をクリニックの金庫に入れておきました。シェルターの経営陣には何も伝えてありませんが、文句はないはずです。病状が重くなる前にちゃんと直しておけば、本人が助かるばかりか、病院も保険のないホームレスの患者が減り、経済的負担が減ります。私の息子も、時にはいいアイデアが浮かぶようです。何年も上がってなかった給料が、来年から$5,000も上がることになって、本人も喜んでいました。