ブルックナー が亡くなった日
ブルックナー が亡くなった日10月11日ブルックナー 1824年9月4日 ~ 1896年10月11日アントン・ブルックナーヨーゼフ・アントン・ブルックナー(Joseph Anton Bruckner, 1824年9月4日 - 1896年10月11日) は、オーストリアの作曲家、オルガニスト。交響曲と宗教音楽の大家として知られる。Wikipedia■ベートーヴェンからワグナーまでの時代を生きたブルックナー ブルックナーの生まれた1824年はまだベートーヴェンが生きていた。ベートーヴェンの第九交響曲が書かれた年である。だがベートーヴェンは1827年に亡くなっているから、ブルックナーとの面識はない。 ブルックナーは長じてから大作曲家のワグナーとほぼ同時代を生きた。そしてワグナーを尊敬し、ワグナーに敬意をしめしたがワグナーからは相手にもされなかった。 ブルックナーは、教会のオルガニストを続け、その合間に膨大な交響曲を作曲していった。 交響曲は番号のついたものが9曲、番号の無いものも含めると10曲の交響曲を作った。「ロマンティック」と名付けられた第四交響曲は有名だし人気も高い。その後の作品は第五も第七も第八も優れているという評価だ。そして最後の第九は未完成に終っている。 ブルックナーの交響曲はどれも長大で、聴いていても難解で、音楽ファンのなかでも「ブルックナーは嫌いだ」「ブルックナーは分からん」というアンチブルックナーもいる。一方で熱狂的なファンもいる。 実は、音楽が「分かる」とか「分からない」とかいうのも、「好きだ」「嫌いだ」というのも、似たり寄ったり。好きでなければ聴かなければいいだけの話だ。 ブルックナーの神秘的な響きや、謎のような変調や、永遠に続くのかと思うような繰り返しや、まるで宇宙からの音響のように聞こえる独特の和声も、好きな人にとってはたまらないほどの魅力だし、嫌いな人にとっては「分からない」音楽ということになるようだ。だが、ブルックナーはあくまでもバッハやベートーヴェンからスタートした従来の語法の上で音楽しているのである。謙虚な気持ちでブルックナーの音楽に耳を傾けると、たちまち心地よい音楽が聞こえてくる。 ブルックナーの音楽に浸っていると自然にアルファ波が出てくるから不思議である。 この時代にブルックナーの前にも後にも同様の音楽を書いた人はいない。まったく独自の世界を築いたという点でブルックナーの存在は唯一の存在でもある。 1896年10月11日にブルックナーは72歳の人生の幕を閉じた。 youtubeブルックナー交響曲第8番4楽章 聴き比べ1.ヘルベルト・フォン・カラヤン(ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団)2.ズービン・メータ(ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団)3.ピエール・ブーレーズ(ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団)4.スタニスラフ・スクロヴァチェフスキ(読売日本交響楽団)5.朝比奈隆(大阪フィルハーモニー交響楽団)6.サイモン・ラトル(オーケストラリア・ワールド・オーケストラ)Bruckner: Symphony No. 4, Furtwängler & VPO (1951) ブルックナー 交響曲第4番 フルトヴェングラーJosef Anton Bruckner (1824-1896)Symphony No. 4 in E-flat major, WAB 104 (Schalk & Löwe Version)(00:05) 1. Bewegt, nicht zu schnell (With motion, not too fast)(17:54) 2. Andante quasi Allegretto(36:12) 3. Scherzo. Bewegt (With motion) - Trio: Nicht zu schnell (Not too fast), Keinesfells schleppend(46:48) 4. Finale: Bewegt, nicht zu schnell (With motion, but not too fast)Wilhelm Furtwängler (1886-1954), ConductorVienna Philharmonic OrchestraRec. 29 October 1951, at Kongreßsaal, Deutsches Museum, in Munich(München)アントン・ブルックナー交響曲第4番変ホ長調「ロマンティック」(改訂版)指揮:ヴィルヘルム・フルトヴェングラーウィーン・フィルハーモニー管弦楽団録音:1951年10月29日 ドイツ博物館コングレスザール (ミュンヘン)***