こんにちは。
昨夜いったんUPしたのですが、削除しまして、再度、書き直しました。
削除前をご覧になった方には、大変失礼いたしました ![]()
今、コロナ感染拡大の猛威により、1日に亡くなる方がどんどん増えています。第1波、第2波とは違い、重症者が格段に多く、医療現場の、医師や看護師の疲弊状況が毎日のように伝わってきています。
このタイミングで発信された、医療関係従事者への、結弦くんからの直筆メッセージ、私には、とても重い悲しみが伝わってくるものでした。
わたしのかなり個人的な見解が混じり、いつも通り、わかりにくい書き込みかとは思いますが、結弦くんのことばに沿って、コロナ対策をここで今一度、見つめてみたいと思います。
皆さまが、結弦くんのことばをヒントに、何か動いていくときの、‥参考にならないかもしれない呟きですが、気運がちょっとでも高まることを願って、自分なりの思いを置いておこうと思います。
急いで買いに行き、手もとに置かせてもらってます。
ひとこと、ひとこと、結弦くんの繊細なことば遣いや、
文字の大きさ、ひとつひとつの文字間隔にさえ、
結弦くんの気持ちを感じながら、読みました。
そして何回も、読み返しました。
・・結弦くんのメッセージ・・
なるべく忠実に載せてみたけれど・・
医療関係者の皆様
私たち は 皆さんのために 生きていられているでしょうか
私たち は 皆さんの幸せを つくれているでしょうか
皆さん の 願いや希望には、まだ光があるのでしょうか
私にできることはとても少なく、力が足りません。
でも、
「私たち」にできることは、必ずあると思っています。
皆さん の目の前に広がる暗闇に、
「私たち」 という光 が灯るように、
希望 と 決意 を持って、今を生きていきます。
私は、 私たちは、
皆さんが 数字 ではなく、魔法 でもなく、
かけがえのない 生命の炎 であることを、
絶対に忘れません。
羽生結弦
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
気になっているのは、このメッセージの中で、 「私たち」 と2か所、「 」でくくられているところがあり、その意味を探りたくなるんです。当然、わかるわけもないんですが。
でも、意味があるはずです。
違いは何だろう。。
一つだけ思えるのは、
「 」のない私たちは、個人個人としての私たちではないか。
「私たち」 は、結集した 意志が集まったところの 私たち ではないか。
と思うのですが、果たしてどうでしょう。。
そして、
まだ光があるのでしょうか と問いかけることばに、
結弦くんが、頑張って、感染防止に積極的に尽くしても、力になれなかった、申し訳ないという、詫びるような気持ちとか、無力感とかが、伝わってくるんです。
そして、最後の、絶対に忘れません ということば・・
もう、倒れてでも、命を救おうと、不眠不休を惜しまず‥その、助けたいという必死の思いと、生身の人間としての限界との、せめぎあいの中で、最後の砦として、生死と向き合っている方々の、たたかいが報われるようにと、全身全霊の祈りを捧げているかのようでした。
結弦くんは、感謝を述べるだけでは足りないように思ってるんじゃないか、何か次を考えてるんじゃないか、・・そんな、結弦くんの、熱情のようなものが、切れ目なく続いていることを、思わずにはいられません。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
夏の24時間TVでのリモート出演のとから、医療従事者の大変さに結弦くんは触れていた。。
医療の最前線でほんとにウィルスと戦っている方々って
すごく大変だなっていうのは 常日頃感じていて
ウィルスをまずは自分に感染させない
そこからまた広げないっていうことをすることこそが
なんか一番の皆さん(医療従事者)への応援じゃないかと
感染拡大につながるような行動をしない という選択をしているだけで
その回復した未来に向かって動けてるんだなっていうふうには思ってるので
GPS欠場を決意した理由も、自分が感染リスクを広げる原因になることへの危惧が大きかった。でも、全日本に出場せざるを得なくなった。むごいことだな、と思いました。
結弦くんの凄さ、変わらぬ偉大さを知ることができたことは良かったし、結弦くんも、会場に観戦に来られていた皆さんの取り組みに触れ、感謝を述べました。でも、自分が試合に出ていいのか、と結弦くんが自問した思いが晴れたかというと、違うと思う。。
GoTo のことにしろ、試合やイベントのことにしろ、大勢が集まる、ひとが長距離移動する、飲食でマスクを外す、・・ クラスタが発生しなかったら、それでOK、検査が陰性だったからOK、・・
それならどうしてこんなに、市中に、家庭に、職場に、ウィルスが入り込んでしまったんでしょう。
飲食街とか、営業時間とか、だけの問題なのでしょうか。。わたしはどうも、そこがわからない。。
GoTo がクラスタの原因ではなくても、感染を広げるきっかけを作ったことは否めないと思います。
追記:
誤解を避けるため補足しておきますが、GoToで出かけた方、大きなイベントに行った方が悪いとは思っていません。設定する側の問題だと思ってます。サービスされたら行きたくなるものだし、押しの選手が試合に出るなら、応援に行かないと、と思うのが当然です。
渋谷では、年末に、マスクを着けずに、大きな声で集団で歩いている、若者たちが居たと、渋谷のほうの職員が言っていました。自分たちは大丈夫だと思っているのでしょうね。
そういう人たちが陰性反応の感染者、無症状の感染者となって、あちこちに出回った先でウィルスを振りまいてきた可能性は、高いのではないかと思うのですが、いかがなものでしょう。
医療現場の医師は、お願いだから、出歩かないでほしいと、今日も言っています。
ウィルス感染を、個人の自己責任でお願いする、ということには、無理があります。自分は大丈夫だと、大したことないと言ってる人たちが、どうしても出てくるものだと思います。いろんな人がいるのですから。
自分たちが感染しないことに気を付けるというよりも、すでに感染しているかもしれない自分を疑って行動する、という感覚を持つことのほうが、感染拡大防止の効果が高いのではないかと思うのですが、いかがなものでしょう。
全員がそんな意識を持って行動することができるなら、新規の感染は、早いペースで収まっていくと思うんですが。。
それが可能になるには、集団的に意志を持つことが必要だと思います。
そして、進めていくのは、国のトップだと思います。
国民の日常の細部にまで入り込んでいかないと、効果ある策は出てこないのですから、これまで国のトップが気が付かなかった盲点を探り出して、国民の意識喚起、医療支援、保障体制を作っていってほしいところです。
明日をも知れない命を1秒でも早く救うためにも、時間はありません。飲まず食わずを覚悟で、倒れる覚悟で、取り組んでいってほしいです。 (・・わたし、厳しいです?)
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結弦くんは間違いなく、導き手なる光。
その結弦くんが必要とするのは、「私たち」という光 なんですよね。。
結弦くんの言う「私たち」の一つにでもなれたらと、思うばかりです。
あきらめないで、自分たちにできることを、考えて行こうと思います。
医療の現場がどんなに大変か、ということを、
毎日のようにTV等で教えてもらい、もっと知っていかなくては、と思います。
意識しなければ現場の大変さがわからない、のんきな自分だから。
わからずにいることは、時には罪つくりでもありますよね。
そして、わかったことがあったら、声をかけあっていかなくちゃな、と。
これが結弦くんの想いに沿っているのか、わからないですが、
そんな、あれこれを、結弦くんのメッセージから、思いました。
:*・フリーの演技のことは、次に回します:*・
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