桜の花も少しずつ北へと移り、
新しいページがまたひとつ、めくられて迎えた、4月。![]()
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うちの会社も、4月から新しい事業を始め、そのために事務所をプチ引っ越ししたり、
準備したりで、ひっちゃかめっちゃかでした。しばらくまだ、続きそう( T_T)
やりがいはある仕事なので、そのことも、そのうち書けるといいな。。
もう少しで・・結弦くんが来てくれますね ![]()
結弦くんの名付けたSEIMEI。
いろんな解釈ができて、その中に「清明」も入っていましたね ![]()
その「清明」という節気があるのをご存知ですか?
旧暦では、春分のあと15日目にあたる4月5,6日頃のことを、また一説では
4月5,6日から4月20日までを一つの節気として、「清明(せいめい)」と呼ぶようです。
「万物発して清浄明潔なれば、此芽は何の草としれるなり」
万物がけがれなく清らかで生き生きしている。
花が咲き、鳥は歌い、空は青く澄み、爽やかな風が吹き、
すべてのものが春の息吹を謳歌する。とあります。
清々しく明るいこの風景の中を、
咲きほころぶ花々に迎えられ、
結弦くんがやってくるんですね・・(*˘︶˘*).。.:*♡
オリンピックから約1か月半が経ちますが、
この清々しい季節から、改めて振り返ると、
あれは、浄めだったのかもしれない、と、ふと、思ってみる私です。。
だって、壮絶でしたもの。
まるで、
神様がシナリオを書いていたかもしれないなと、思うほどです。
結弦くんの平昌での優勝に、みんな、泣きました。
結弦くんが泣いて、
私たちも泣いて、
世界中のあちこちに、涙の洪水が起きた。
大勢の感動の涙が、
この世の中に、一つ上の清浄さをもたらしたかのよう。
うまく表現できないんですけど。。
清々しく明るいこの季節が、
いつも以上に、浄らかで、美しく感じられるのは、気のせいでしょうか。
結弦くんの優勝の感動は、多くを知らない人たちのこころにも触れるものがあり、
多くの人のこころを洗って、きれいにしてくれているように思えてならないのです。![]()
そんなことを考える理由を、ちょっとだらだら書いてみますが・・
負けず嫌いで、ただただ試合に勝ちたい、のチビゆづ。
地元仙台のリンクの閉鎖があり、次に体験した大震災で、
勝利の先に求める風景が、だんだん変わっていきました。
周囲の苦しみが自分の苦しみになっていった。
そして、相変わらず、負けず嫌いのままに、彼にとって、
大勢の笑顔は、彼にとっての救い となっていった。
この結弦くんの成長は、神様、すでにわかっていたんでしょうね。
お気に入りリストにしっかり入っていたと思います。![]()
衝突も病気も多くのケガも、そして11月の衝撃のケガも、
結弦くんを知りつくす、ちょっとレベルの高い神様が、前もって用意したかのよう。。
神様くらいのレベルになると、時空を超えて先が見えるものなので・・
11月の怪我は、それまでのいろんな苦しみを一掃するために、そこに集めたかのようでした。
試練という形だったけれど、蓋をあければこの上ない大きなプレゼント、を用意して。
誰も見たこともないような、景色でした。
いじわるな困った人たちの数々の足ひっぱりは続いているけれど、
でも、もう、平昌での彼の優勝がもたらしたものは、
その変な人たちがどう足掻いたって、太刀打ちできないレベルまで、到達しました。
結弦くんが優勝したばかりの時は、まだ、
彼の技術と芸術、彼の頭脳と精神力、彼の風情・品格への称賛の嵐でした。
でも、結弦くんを深く知ろうとする私たちファンが、
彼のこころを思い、涙が止まらなかったように、
彼に感動する理由を知ろう、彼を感じよう、とする人がさらに増えていますよね。
彼のこころを知って、そのために涙を流す人、
彼のようなこころを持とうと、思ってくれる人が、
この先、さらに増えていく、すでに増えているように、私には思えてならないんです。
結弦くんの持っているものが、
多くの人のこころを清らかで明るいものに導いていっている。
そんな現象を、リアルタイムで見せてもらっている気がしてならないんです。
ひとのこころを勝手に推し量るのを許してくれるなら・・
・・・もう、無価ですよ。
彼の心の中にしっかり根付いている、宝ものは。
(価値づけられないほど、価値のあるもの、ということ。)
いつも、気にしているでしょう?みんなが幸せかどうか。
みんなが幸せじゃないと、
自分が幸せじゃない。
これなんですよ、これ・・・![]()
私の中では、これがいちばんの決め手、なんです。
彼の清々しい美しさはここから来る、と。
今、フィギュアスケートは、彼にとってツールとなりました。
そして、ファンのためにみんなのために、媒体になろうとするようになりました。
結弦くんは、試練を超えるたび、ファンの応援を感じるたび、
またひとつ、また一つ・・・それに応えるたびに、
・・今はもう・・
みんなにとっての
美味しい空気になろうとしているかのようで。
みんなが気持ちよく呼吸できること。
そのために存在しようと
しているかのように思えてならなくて。。( T_T)
ここまで書くと、言い過ぎ・・かしら・・
私の中では、確信になってしまったのですが。。
あのホプレガの曲を、空間に同化して演じようとしているのを知った辺りからです。
(「夢を生きる」にも載っていましたね・・)
日に、日に、無私の領域が
一つ何かを乗り越えるごとに、スケールアップしているのを感じているんです。
目先の利益や優位さを追うような人とは、真逆をいくものですよ。
一緒にいるだけで、自分が浄められる人って、居るんですが、
結弦くんは、そういう人と、よく似ています。
・・というわけで、
結弦くんが「清明」の季節の方として、何故ピッタリだと感じたのか、書いてみました![]()
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おまけ
先日、やっとですが、「通じる祈りがあるかな・と」で書いた祈りの場所へ行き、
結弦くんの優勝のお礼のお参りをしてきたのですが、
今まで感じことないような、なんだかすっごくきれいな色・・
いろんな色が織り交ざったような・・・はっきりと表れないんですけど、
でもきれいな何かがあって、輝いている・・・
ことだけは、はっきり感じましたよ![]()
うわ~~っという感じでしたから。
これ、結弦くんの未来のことだなと、にぶ・・い・・私なりにだけど、感じましたよ![]()
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