結弦くんの練習の様子が来てましたね~
姿が拝めるだけで感謝。
エキシビション、出れるんですね。楽しそう~
あーー 
パパ立ちショーマに見守られる、はちゃめちゃくん・・とても幸せそう。
む・無理しないで・・・といっても、無理か。
痛み止めしながら演技まで持たせるのね。
感謝を皆に届けたい気持ちでいっぱいなんだろうね。
そうか・・
感動はこうやってつくられていたのか。
見習わなくちゃな。
・・どっかで聞いたような言い回し。
クダラナカッタ
思い出すなあ・・宇都宮直子氏の記事。
「大丈夫です。靴を履いてしまえば痛くもありません。やります。」
リスフランを隠してクソ根性で、世界選手権に臨んだ時だよね。(´っω・`。)
彼は無理という感覚神経がマヒしてるんだろうね。 (´・_・`。) もちろんいい意味で・・!
たった2,3日見なかっただけなのに、すごく久しぶり。
居てくれるだけで、元気が出ます~ 
おしりスピン 
短い時間の中で、アクセルを何回も跳んでいた彼。

そして、この先をすでに見つめているな、と。
なんだろなあ。
たった2,3日なのに、
どっか遠くに行っちゃったかのような感覚だったんです、私。
いろんなことが一気に思い浮かんで、まだ少し、整理がつかずにいるのだけど、
この数日間駆け巡っていたそれなりの自分の想いを、書いておこうかな、と。
まだ全部は書けないので、まずは結弦くん自身のことからかな。
「絶対に勝ってやる!」
「圧倒的に勝ちたい」
フリーは完全ノーミスではなかった。
それでも彼はやり切ったと、満点を自分に与えた充足感で満たされた。
完全ノーミス以上に大切なものが、その身に刻まれていたことを、
彼はフリーを終えて、実感したからだ。


「いちばん力になることばは・・」で触れたことですが、
オータムクラシックで知らされた右膝の違和感。
ロシア杯では、4回転ループの調子が良くなくて、引きずっているように見えました。
あのNHK杯の直前でケガをしていなかったとしたら、
じわりじわりさらに悪化していって、
皆の知らないところの痛み、私たちの押しつけのような期待の中で、
もっと寒々とした孤独と苦悩を抱えて平昌に入り、
あの日の戦いは、もっと別の形となっていたかもしれないなと想像が行きました。
それで、最終的には、こちらのほうがいい結果になるのではないかと思いました。
「この怪我のことは、彼が守られているということだったのではないか、と」
と書いたのは、そういう理由でした。
↑
私はそう感じたのだけど、これは私の思いちがいだったかもしれません。
結弦くんは、優勝後の記者会見では、
「順風満帆だったら金メダルは取れていなかったと思う」
と言ってましたものね 。 

でも、これが返って吉に出ると思ったのは、確かでした。(追記しました)
↑
さらなる訂正

結弦くんが「順風満帆だったら」とおっしゃったのは、
NHK杯の怪我の前の幾度にも亘る怪我や病気のことでしたね。
そこでの経験が、今回の怪我からの復帰に生かされた、ということでした。
今、優勝後の録画をいじって見直したら、そう仰ってた。
完全に解釈の間違いでした。
(3/21 追記の追記
)
もちろん、いいわけがない。できるなら、完璧ノーミス、健康なアンヨ。
これがいいに決まってるのだけど。
絶望の淵から立ち上がる精神力。
捨てること、堪えること、信じることの意識と、
世界中からの応援と、あふれる感謝・・
みんなの応援が神様に届いて、
羽根を大きくしてもらったかのようだった。
絶対に、地面に彼を落とさせなかった。
問題のない健康な足であれば得られなかったかもしれない、
神様が用意していたプレゼントは、
優勝連覇と、それ以上の大きなものだった。


精神力とは、体力+気力+神の力 が正しい解釈だ。
神の力が与えられたのは、彼自身の努力と、そして人徳があったからだ。
神様は、自力を磨いて、他人のために一所懸命になる人間が大好きだ。
羽生結弦という青年は、神様のお気に入りとしか思えない。
それを見せつけられたかのような試合だった。

小さい時の自分の願いを叶えさせたら、彼はその羽根で、
この先どこへ行くのだろう。
優勝を見て泣いた後に、私が泣けて仕方なかったのは、
ANAさんのCMを見たことも大きかった。
音楽が寂寞としていて。
奇跡を生み出した源は、
純度を上げていく彼の姿と、必ずそこにあった蒼いもの。
そして神様のプレゼントだったんだなあ、と。
これまでの彼を支えてきたモチベーションが昇華された今、
彼の中の蒼い色が、
ANAさんの奇跡の景色の中に吸い込まれて、
そのまま消えてなくなってしまうのではないかと思うような、
わびしさを思ったからなのだろうか。
それとも今、彼の前に放たれた次の世界への
はなむけを思ったからなのだろうか。
卒業だよ、おめでとう・・と言いたくなるような。
歓びと、変な淋しさが、ごちゃまぜとなった・・
(あと、日本のメディアに感じる悲しさ、てんこ盛りかな)
彼は言っていた。
「連覇のためだけに幸せを全部捨てようと思いました。普段のこととか、考え方です。
“あ、今この幸せいらない”とか。身近にあるものをすべて捨て去ってきた感じです」

犠牲にしてきたものは、具体的には何だったのか。
私たち凡夫の、"いらない幸せ"だらけの、日常の場所。
"いらない幸せ"のところへ、いつでも降りてきていいんだよ、と言いたいけれど、
その羽根を安心してのばせる場所は、どのくらいあるのだろうか。
彼が今見ている風景。
そこに重なる彼の世界。
その世界をのぞき見ることはできないけれど、
ほんとうは、くだらない日常の風景の中にも、
重なって隠れている美しい世界を見出すことはできるのだけれども。
ただ、とてつもなく、広く、大きく、さらに明るく、厳然として、
彼の中の世界が輝いていることだけは、間違いないのではないか。

今までの彼が居なくなるような寂しさに、ちょっと襲われたけれど、
いつまでもそこに浸っているわけにはいかない。
ついて行かなくちゃ。
彼には使命がある。
彼は言っていた。
「"羽生結弦"だからこそできる新しい仕事を
フィギュアスケートでゆくゆくは考えていきたい」
その使命を果たせるよう、見守っていてあげたい。
大丈夫。
蒼い色はこの先もずっと、離さずに持って行くと思うよ。
ちっちゃいユヅを抱いて。
いま、彼は次に待つ風景へ、一歩近づいただけなのだ。
彼の中で輝く、高い世界が、私たち凡人のくだらないものまでも、
明るく照らし続けていく風景に。
たかいたかーい 
彼の世界は、ずっとこの先も変わることなく、燦然と輝き続けるだろう。
まだまだ、この先も、彼がつくる歴史は止まらない。
新しい何かを私たちに、彼はさらにもたらすことでしょうね。
なんだかえらそうな文でスミマセン
まとまらなくてながくなりましたけど・・
読んでくださったならありがとうどざいます・・
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