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日々、徒然なるままあるがまま。




先立つものはいつもないんだけど
なんとなく意志あるところに道は開けるようで
2014年の夏も旅に出かけることができました。

その先立つものの都合で
当初はバンクーバーに戻る娘についてって
ついでにその周辺で遊ぼうかと思ったのだけど

それじゃつまらない!
との娘の強い反対に加えて、
のんびりしているうちにリーゾナブルなチケットが
手に入らない時期に。

ということで
じゃんじゃん飛行機が飛んでいるサンフランシスコ、
そして私が夢にまでみたサンディエゴに行くことになった。

実はサンディエゴ行きは私の20年来の悲願。
学生時代に1年間過ごしたノスタルジーだと言われれば
それまでだが、いやいやホントに愛すべき街サンディエゴ。

絵に描いたような青い空と海、
元気いっぱいのパームツリー、
どこまでも続くビーチ、
いつも天気がよくてからっとしてる。
とにかくそこにいるだけで気持ちが上がる
ミラクルシティなのだ。

どうやら私だけがそう感じるのではなかったらしく
アメリカがあまり好きでない娘が絶賛したところをみると
やっぱステキなところだった。

1989年当時全米で流行っていて
もうこれを聴くとあの頃に身も心も戻ってしまうという
バングルスのEternal Flame♪もちゃんとiPhoneにいれて
わくわくしながら深夜0時5分羽田発のJALに乗りこみました。








◆アナコルテスの港

日本へ帰る飛行機はシアトル(通称シータック)発なので
帰りもウィッドビー島経由で帰ることにしました。

というか、ビクトリアからシアトル方面は船が便利。

着いたときとはまた違う港シドニーからフェリーに乗って
アナコルテスの港へ。

シドニーはカナダ、アナコルテスはアメリカということ。

いやぁしかし、こんなんでいいんかという出国。
小さいプレハブみたいな平屋の建物のドアノブを自分でカチャッと回して入って
適当にいろいろ聞かれて、はい行っていいよと。

思わず「出口はどこ?」と聞いてしまったくらい、
普通のおウチのような小さな建物。

フェリーには車ごと乗る人が大半なので
歩いてそこを通るのは私くらいだった。

おまけに肌寒い曇り空で、物悲しい感じ。
なんか一人ぽつんと寂しいなぁと思いながら船に乗り込んだ。

霧で視界ゼロゆえ、私ホントに着くのだろうか
と孤独を感じていたら

日が高くなるにつれ、幻想的な光が射してきてみるみる晴れ間が広がり
着く頃にはピカピカの快晴に。


到着したアナコルテスの港でまたこぢんまり入国待ちしていると

後ろに並んでいたアメリカ人の年配夫婦に
「日本人?東京オリンピックが決まったよ!」と
にこやかに教えられた。

そんなこんなで
また彼に迎えにきてもらい、

キャビンで1泊し、
今度は空港直通のシャトルバスに乗って、


無事、快適B787に乗り、日本へと帰ったのでした。
(2013夏カナダの旅・完)


◆今回の船旅航路




娘を送り届けた後の一人旅の候補地として
最初は電車でジャスパーにと考えていました。
ビクトリアはメジャーすぎるような気がしたから。

でも、私はビクトリアに行ったことがないじゃないの
と思い直したのと同時に、お金をかけない近場にしようと。

一人旅としては、ビクトリア正解!

街は、特に週末は、活気があって退屈しない。
それにきれい。

歩いていける範囲に、この土地独特のものがいろいろある。
一人でも危険な感じがしない。
旅行者もいっぱいいるから、すぐなじめる。

お決まりの州議事堂、老舗の高級ホテルフェアモント・エンブレスから



クレイダーロック城まで歩いて行った。

州議事堂の隣のロイヤル・ブリティッシュ・コロンビア博物館では
先住民族の展示があまりに面白く、まる一日、開館から閉館まで楽しんだ。


朝はビーコンヒル公園をお散歩し

ちっちゃなチャイナタウンにあるお洒落な小径「ファン・タン・アレー」では
ナチュラルコスメのお店を発見。


何といっても気に入ったのが、Wild Fireというファンキーな外観の
オーガニック・ベーカリー。
パンも、マフィンも、ランチも、コーヒーもおいしい。
また行きたい。




3日目くらいに胃の調子が悪く熱っぽくなって
半日寝こんだこともあったけど
ビクトリア一人旅、忘れがたいものになりました。

あ、ソルト・スプリング島で出会ったティアの元夫のダンには
ホテルの最上階でディナーをごちそうしてもらい
ジャズバーにも連れてってもらった。

5泊してすっかり街を堪能した後は
来たときとは違う経路でウィッドビー島の友人キャビンへ再び。



娘の学校が始まる9月2日、私はその島を発つことにしていました。

「一緒に送るでしょ」とホストマザーが言ってくれたので、
知りたがりやの私は学校の中までついていく。

ここまでくると娘は自分のことで精一杯という感じ。
私は「そんじゃね」と軽くハグして、娘とさよなら。

ごく当たり前のことだけど、
子どもの人生の主役は親ではなくて、子ども自身だと
思っているので、特に感傷的にはならないけど

部屋に帰ってみると、
「これからはお母さんの人生を生きてね」
というカードが。

私が彼女に言い続けてきたこと(自分を生きて)を
そのまま返してくるあたり、嬉しくで涙がでた。

それはさておき、
来た時とは違う港(フルフォードハーバー)からフェリーに乗り、
ここからは夫にナイショの一人旅の始まり。

肌寒い中、40分ほど海の上をゆられたら、
ブリティッシュ・コロンビア州の州都ビクトリアに到着しました。


犬たちにもバイバイ


ソルト・スプリング島のフルフォード・ハーバー付近

フェリーに乗るとこ

フェリーが到着したビクトリアのスワーツ・ベイ


ホームステイ先には
娘と同い年の女子S、そして、同じタイミングでやって来たドイツ人留学生女子J。

なんだか楽しそうな高校生活の始まりを予感させる。
(ま、実際はいろいろ大変なこともあったようだが・・・)

すでに高校に通っている、そのSが
校内を案内してくれることになった。


カナダの学校は教育委員会ごとの管轄で
まず、どこの教育委員会に行きたいかを選択をする。

そして、管轄内の学校(何十校もあるところもある)に
留学生は自動的に割り振られたり

特別なことをしたいと希望するとそれが得意なとこに入れてもらえたり
教育委員会によって、また州によって仕組みはさまざま。

でも、ここ、ガルフアイランズ学区は、珍しいとこで
島という土地柄もあり、管轄の学校は1校だけなので

この教育委員会を選択=ガルフアイランズ・セカンダリースクール
になる。


雨降りのなか、私たちは出かけ
Sについて学校の中を見て回った。

入ってすぐ吹き抜けのホールがあって、先へ進むと教室が。


日本の高校は何となくモノトーンなイメージだが、
なんかここは小学校のように明るかった。

こうして娘は、
日本の同い年の子より、ひと足早く高校生となったわけだけど

私がのんびりしている間に
この1学年(9年生)、残すところあと2ヵ月になっていました。



◆登校初日。ドイツ人のJと

◆留学生オリエンテーション