女優×カウンセラー Rinkoの部屋

女優×カウンセラー Rinkoの部屋

夢を追いかけること、それ自体が私の人生をドラマティックに展開してくれました♬
そんな私の経験、お裾分け^^
私の幸せがあなたの幸せ
あなたの幸せが私の幸せ
そんな日々のために・・・

えっと

 

今現在

ほぼレスな私が・・・

誰かに何か言えますか????

 

 

言えます。

 

 

だってあなたはそこに

問題意識を感じたんでしょ?

 

自分が

 

女で

 

あること

 

かんじたんでしょ!!!!!!

 

すてきよ

 

 

それでいい

 

 

それこそがいい

 

 

またいろんなことがごとっと動いて・・・

 

次のステージが始まる予感におののき

それでも、周りの状況が物理的に変わらざるを得ない

期限もあったりして・・・

 

一番やりたいことを

口に出すのは

難しい

 

本当にそう

 

昨年、一泊のセミナーに参加して、

ライフワークストーリーを書いた

 

半年くらい経って・・・

 

「なんじゃこりゃ!私のストーリーじゃない!

なんじゃこりゃ!完全旦那軸やん!!

無理!!!!!

ワクワクなんかしないーーーーー」

 

と、気が付いたはいいけれど

 

旦那軸を卒業できない私は

書き直しをすることがどうしてもできず・・・

 

でも、書いてみる

しかも、公開してみる

 

4年後の私・・・よろしければおつきあいください

 

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昨晩、出演映画の私のシーンの撮影が終わり、クランクアップ

 

今回もかなり、やりがいのある役

 

殺した男を食らう役・・・

 

 

 

私は今

年に2~3本の映画と舞台出演で

ほぼ1年の半分は埋まっている

 

ありがたいことに

狂わせれば右に出る者はいないtの評判を得て

本当に面白い役で呼んでいただくことが多い

 

「女優になりたい」

 

「学校の勉強なんかの時間より、演技だけしていたい」

 

そんなことを思っていた中学、高校時代

 

ここへきて、本当に夢がかなったなー

 

とつくづく思う

 

 

狂う女をたくさん演じさせていただいて

なぜ、私がこんなにもそれぞれの役に惹かれるのか

 

深く役に入っていつもいつもいつも

感じること・・・

 

とてつもない愛

それゆえの、引き裂かれるような悲しさ、孤独

 

対象は男であったり、子供であったり

世界であったり、神であったり

いろいろなんだけど

 

生きているという、シンプルなはずなのに

肉体を持っているということ自体が

どうしようもなくグロテスクなものと感じたり

でもそれが、「生きている」

という、

人間って、ナマモノだったんだと

 

「生きてる時間」

 

どうしようもなく愛おしくなるような

そんなことを感じられる時間

 

今、自分の人生

生活に満足しかない

 

今週はゆったりしながら「役」を落とす時間

ひとりで、温泉に行ってくる

この時間がないと

現実に戻れないんだと何時しか気づいて

ある種の儀式的なことになっている

これもまた楽しい

 

来週からは

夫と一緒に作る次の舞台のためのワークショップ

 

「捨てられない、手放せない女・男」

 

こんなテーマで

まずは、捨てられない・手放せない問題と向き合うためのワークショップ

 

俳優・女優、だけではなく

一般の方からも参加を募っての開催

 

俳優たちも

ガチで自分個人の抱える問題に取り組み

俳優でない参加者の皆さんの

本気のお悩みを目の当たりにすることによって

よりフェイクでない作品作りが可能になった

 

夫婦そろって心理学を学んだのは

このためだったんだね

 

舞台や、カメラの前で思う存分狂うことが許されているので

日常は

本当に穏やかになった

 

役として

沢山の狂気を感じる時間が持てて・・・

 

沢山の

より深く自己開示をし

自分を生き始める方たちに出会えた

 

5年前の私は・・・

なんと不自由な世界に住んでいたことか

 

そう

今では誰もが

狂気を抱えた一人の女として

狂気を抱える仲間として私を見てくれるので

 

無理して「私大丈夫です」を伝える必要なんかない

 

夫の作る演劇空間は

かなりマニアックだ

役者たちが離れてしまうんじゃないか・・・

お客さんが起こって帰ってしまうんじゃないか

友人たちも去ってしまうんじゃないか

もう初老に差し掛かっている私たち

もう少し安全・安心に生きたほうが良いんじゃないか

 

いろんな思いがよぎったけど

私たちは自分自身にうそをつかないこと

この一点にこだわり続けた

 

大正解

 

というより、今まで周りに合わせようとして

本当にひどい失敗

重ねてきたじゃない?

 

と、おぞましい世界観に楽しく取り組んだ結果だ

 

偽らない私たちを

応援してくださる人達に囲まれて

上演できる作品たちは

一生涯の宝物

 

出会うことのできたすべてに

感謝

 

2023.7.12

 

 

 

気が付いちゃった・・・

 

これさえあればよかったんだね

 

自分自身が

 

ドスケベビッチ・コワルスキー であるということ

 

認めれば

ただ認めれば

 

それだけでよかったんだ・・・

 

終わり

 

見ていただいた皆様

ごめんなさい・・・

昨日、アファメーションの効果についてのブログを書かせていただいたのですが・・・

 

「父と私が実はそっくりだった件」

 

頭がぐるぐる回っておりました滝汗

 

 

そしたらね・・・

 

ん・・・

 

ん・・・

 

ま、まさかこれが・・・・・

 

なんやろ

認めてみると

せやんね

いまさら何

どうした????

 

という感じなのですが

 

あるある、

めっちゃある

ってか、君の生き方お父さんそのまんまやん

 

①ず~~~っと愛人がいて生涯「オトコ」だった

 

→私「オンナ」でいたいし、いるし、あきらめるつもりないし

 

②正義感強くて、一人で会社に立ち向かって地方に飛ばされた

 それでも、そこで自分にできることさっさと探して、テレビの取材受けるくらいになってたこと

 

→はい、はいその通りです。同じ様な正義感に従って会社潰しました。

 

③JAZZとかの渋い音楽が好き。若いころはバンドを組んでいてコントラバスを担当

大学生のころ、パー券売りさばきイベント運営。思いのほか売り上げが上がってしまい

警察に追われて逃げた・・・

 

→似たよーなことやってきてます・・・むしろ父のほうが派手やな・・・

 

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出てくる出てくる・・・・・

 

こんな父

 

全く母と会うところがないガーン

 

でもね・・・きっと自分にないちょい悪(ん・・・かなり悪?)

なところ、母は好きだったんだろうね

 

今ならなんとなくわかるよ

 

でも、音楽も趣味も全く違う父と母

 

何で結婚なんかしたん???

 

と思ってきたけど

 

多分、父と一緒に遊べる女性じゃ

全く家庭的じゃない

 

家庭的であるはずがない・・・

 

もしそんな二人の子供だったら

きっと

夜な夜な放置されて

悲惨の子供時代になっていただろう

 

なんだかんだいって

父はちゃんと

家庭を子供を

任せられる奥さん選んだのかもしれない

 

母も寂しかったんだろうね

 

でも・・・・・・・・・・

 

子供を放置して

楽しめる母じゃない

 

父は

そんな母に罪悪感

あったのかなかったのか

 

どちらかというと

父は

自分の欲望とかに

忠実だったように思う

 

そう思うとなんか

感情丸出しで、幼い娘がいようが奥さんがいようが

スケベごごろ丸出しの下品な会話、遠慮なし

毛嫌いしてたけど

多分母の寂しさも引き受けてたんだと思うんだけど

 

こんなおやじも

ちょっとカッコよくない・・・・・

 

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旦那と別居して

父への御恨み帳(母も旦那もだけど)

毎朝5時から2時間くらい書きまくって仕事行って、

そんな生活を二週間くらいつづけたころ

 

ふと、あれ?このおやじ・・・

死にそうな思いしながら仕事して

私育ててくれたんやん・・・・・

 

号泣→呼吸困難かよ→さらに号泣

 

みたいな時間がやってきて

 

私は一人で車飛ばしてお墓に行った

 

外は大雨

 

なぜか道中

それまで全く思い出せもしなかった父の姿が脳裏に浮かび・・・

その父は、なぜか私が命を上げることのできなかった子供を抱いていて・・・

 

父のお墓の前に行くと

こんな言葉が聞こえた気がした

 

「お母さんのことはごちゃごちゃ言うな

  俺が何とかしとんねん

がたがた言うてんと、

  お前はお前の旦那にしたがっとけ」

 

今まで考えたこともなかった言葉・・・

 

大雨の中もうぐずぐずになりながら車に戻ろうとして

道に迷った・・・

 

そしたら目の前に

沢山のお地蔵さん

 

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父は、肝臓がんが見つかってから

約半年で亡くなった

弟夫婦に初めて授かった息子が生まれて

約一か月後

一度だけ、この子を抱っこしたらしい

どうしても見るんやー

と、フラフラの状態で出かけたらしい

 

私は

意識がなくなり、あちらへ旅立つ二日前にやっと会いに行った

 

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この娘、ひっでー

と思うけど

なんか、全部丸ごとOK気しかしない

 

気分が悪い方がいらっしゃったらごめんなさい

 

でも私は

父とつながってる気しがしない

 

遺品整理して

父のPCから日記が見つかった

まぁ浮気のことやらなんやら詳細に記載があったのだけど

 

私のことはたった一行

 

「あのどら娘からは連絡一つない」

 

あの時はこれだけかい

と思ったけど・・・

 

お父さん、気にしてくれて本当にありがとう

ま、こんな娘やけど

お父さんとお母さんからもらった才能のおかげで楽しんでるし

 

ただ・・・ありがとう・・・