さて、かつては泰緬鉄道、現在のタイ国鉄ナムトック線の列車にタムクラセー駅で乗り込んだ観光客の一群、それぞれ異なるツアー客が一様にタキレーン駅で下車し、それぞれのツアー差し回しの専用車で「脱兎のごとく」その場を離れていった…と、その行先は?というお話。想像どおりに向かった先もまた同じでありまして、同じ鉄道路線でひとつ先(バンコク寄り)に当たる駅なのでありました。

 

 

バンコク方向に向かってカンチャナブリ駅のひとつ手前にあるこちらの駅の名称は、英文表記でRiver Kwae Bridgeと。要するにクウェー川鉄橋駅ということになりますが、1957年の映画『戦場にかける橋』で舞台とされた鉄橋のある場所ということになるのですなあ。

 

 

ただ、同映画に使われた「クワイ河マーチ」(本来は既存の行進曲「ボギー大佐」)が広く知られることもあり、川の名前はクワイ川と長年呼ばれてきたですが、タイ語の発音では元より「クウェー」であるようであることに加えて、タイ語の「クワイ」にはちと人前で口にするのが憚られる意味があるのだとか(敢えては記しませんが…)。

 

ともあれ、そんなこんなの戦跡、クウェー川鉄橋を間近に望む場所に、タキレーン駅下車組が挙って押し掛けたという形でありまして、急いで移動という行動形態が同じであったのは、ほどなくしてこの鉄橋を、ちょいと前に下車した列車が通過していく、そのようすを眺めようではないか!という目論見であったのでありますよ。

 

 

てなことを言っている間に、当の列車がやってきてしまい、鉄橋を渡っている姿を…というにはあまりに鉄橋近くで待ち受けることになってしまいました。牽引する機関車の番号が「4103」ですので、間違いなくタムクラセー駅で乗り込んだ列車とまた遭遇したわけです。

 

 

ところで、通過する列車のすぐ傍らに観光客の姿が見えておりますが、タムクラセーの桟道橋同様に、ここの鉄橋も列車が通過していない限り、線路内に皆が立ち入れるようになっておりまして、橋の途中で「ああ、列車が来てしまった」となった場合の退避場所がそこここに設けられておるのですな。ま、退避というよりわざわざ間近に行って、列車通過を見送ろうという人たちもおったでしょうけれど(かく言う当人がそのひとりですが…)。

 

 

そのあたりのことは列車の運転士にはとうに織り込み済みでしょうから、ゆっくりとしたスピードで通り過ぎるわけですが、それでもあれよという間に駅へと向かう列車を見送ることになりましたですよ。その後は直ちに鉄橋がホコ天状態となったは言うまでもなかろうかと。

 

 

ということで、せっかくここまで来たからにはやぱり鉄橋を歩いて渡っておこうかと。先にタムクラセー桟道橋に臨んだ際には、個人的にプチ高所恐怖症がどうのこうのと申したものの、こちらの方は両脇の手すりがしっかりしておりますのでね、なんとかなりましたですよ。

 

と、両脇の手すりと言えば、橋の造りに目を向けますと、手前側がゆったり丸いアーチを描き、その先には角ばったトラス構造が見えておりますな。このあたりのことを振り返るべく、クウェー川鉄橋のお話はもう少し続きますです、はい。

 

福岡市の天神界隈をぶらりとする中、旧福岡県公会堂貴賓館に立ち寄ったわけですが、内部を覗いたところをもうひとくさり触れておこうかと。まずは一階部分から改めて。

 

 

玄関口の正面にある階段を挟んで左右のウィングに分かれておりますが、まずは左手の食堂へ。ある程度の広さはあるも、天井に下がるシャンデリアがちと大きいというか、重々しくもあり…。

 

 

と思えばこのシャンデリア、旧県庁舎県議会議事堂に使われていたものを再利用したのであるそうな。そもこの建物には当時の照明器具が全く残っておらず、設計者が同じで建築年代も近い旧県庁舎から持ってきたということでありますよ。

 

食堂から一旦、階段のところまで戻って今度は反対側、右手のウィングを覗いてみますと、こちらにはかつてビリヤード台が置かれていたという遊戯室がありました。

 

 

今では向かいの休憩室とともに、建物のことがいろいろ展示解説されている紹介スペースとなっておりましたよ。では、メイン階段ではない方の階段でもって二階へ上がります。いかにも裏通路っぽいですな。

 

 

これを上がってすぐのところは、先に触れたレトロ衣装体験の部屋となっている西寝室・西化粧室があり、向かい側にはもう一つの食堂がありますが、これまた先に触れた写真展の開催場所となっていたのですな。で、廊下を進んで反対翼側、こちらには東寝室が設けられておりました。

 

 

貴賓室に隣接することから「明治43年の閑院宮ご夫妻のご宿泊の折には御衣更(おんきぬがえ)の間として使われました」と。そういうことなれば、気になるのは貴賓室の方ではないですかね。

 

 

なるほど、貴賓室と言われればそんな感じがありありのような。八角形の塔屋の方にちょいと突き出た小部屋を併設して、ホテルのスイートルーム感を出しているようでもありますね。

 

 

お向かいには談話室(上の写真)と化粧室(下の写真)が設けられておりましたですが、化粧室の方はやはり閑院宮対応で便所付き浴室に改装されたということで。

 

 

まあ、当然といえば当然の洋式便所に洋式風呂桶ですな。てな具合に、明治期のはいからさん感覚を存分に味わいつつ館内をひと巡りしたところで、メイン階段から玄関へ。

 

 

折しも、すぐ近所のアクロス福岡で開催される新・福岡古楽音楽祭のイベントのひとつ、楽講座リコーダー編の開催時刻が近づいておりましたので、束の間の福岡天神ぶらりはこれにて終了。こののち、古楽講座とそのあとには(アクロスからあいれふホールに会場を移して)同音楽祭のクロージングとも言える室内楽コンサート「フランスの古雅にて絢爛なるクラヴサン音楽」を聴いて、なんとも雅な心持ちで一日を締めくくったものでありました。

 

 

2026年度もミューザ川崎シンフォニーホールの「MUZAランチタイムコンサート」がシーズンインですな。毎回のようにかなり楽器の組み合わせがレアな線を突いてくる珍しさにも惹かれて、早速にどれどれ?という具合に出かけてまいりましたですよ。

 

 

4月開幕ののっけから「ユーフォニアムの彩り、箏の息吹」とは、ユーフォと箏の取り合わせという異種格闘技ですなあ。結果、大いに楽しませてもらったものでありますよ。

 

とはいえ、もともとはユーフォニアムの音メインで聴くものとばかりに出かけて行ったものでしたですが、いやはや、箏の方にノックアウトを食らった感がありましたなあ。

 

一曲目は季節柄、宮城道雄の『春の海』で、本来的には尺八と筝のデュオながらもヴァイオリンと箏、あるいはフルートと箏のバージョンがよく知られておりますように、メロディーラインは比較的高めの音で奏されるものですから、これをユーフォで聴きますと、「おお、ひねもすのたり感あるねえ」などと思っておったのですな。されどプログラムが進むに連れて、こう言い切ってはなんですが、箏をこそ聴くべきとまで思えてきたのでして。

 

まあ、かつて俄かに日本の伝統芸能のあれこれに食指を伸ばした折に、筝曲を単に古い日本の楽器と片付けられない一端に触れたりもしておりましたのが、蘇ってきたような次第でもありまして。

 

今回の演奏曲の中では、あえてユーフォニアムと箏のデュオ用に委嘱して作られた近作が(ユーフォもではありますが)箏の技法、技巧を見事に引き出していたように思えたものですから。最近の作品となれば、要するに現代音楽であるか?ともなるところではあるも、冷水乃栄流という(何やら宝塚歌劇団の芸名のようなお名前の)作曲家による『名残りの花』(桜のことだそうです)は、花そのものよりもそれを吹き散らす風の揺らぎといったあたりの表現がゾクッとくるようなふう。これはもちろん、演奏を担当した森梓紗という筝曲家あってこそなのですけれどね。

 

今回、生でもって箏の音に接したところ、伝統楽器というのがいかにその土地の自然風土の再現にたけているものであるか、改めて思い知ったような気がしたものでありますよ。

 

と、筝のことばかりではユーフォ奏者の方に失礼になりますが、今更ながらにこの楽器がチューバと同族なのであるなと気づかされることになったのと、ミュートをかけたときの音色はなかなか良いものであるなとも(それだけ?苦笑)。

 

さあて、お待ちかね?の旧泰緬鉄道、現在はタイ国鉄ナムトック線の列車がタムクラセー駅に入ってまいりました。緩やかにカーブしながら到着するのですけれど、ホームの人出がわんさか状態になっていたため、遠目に狙うことができず、気が付いたら目の前すれすれを車両が通り過ぎていくタイミングになってしまったような次第です。

 

で、こののち列車が停車するや否や、というより完全に停車する前から車両の乗降口にはうわっと人が群がり、我先に乗り込もうとする事態となったのでありますよ。整列乗車なんつうことにも慣れた日本人にはそもそも停車していない列車に乗り込むという感覚がないもので、とても太刀打ちできる世界ではない。歴史の中では、アジア圏を遅れた国々と見て侵略の限りを尽くした欧米人が我先とばかりに乗り込んでいく姿には圧倒されるというより、開いた口がふさがらないようでもありました。

 

予めガイドからは、進行方向右手の席がいいです!とアドバイスされるも、まあ、川の眺望はそちら側にしかないので当然だろうと思ってはいたものの、列車到着時にすでに前の駅から乗っていきている人もおり、右側に空席は少ないところで巻き起こった椅子取りゲーム。奥ゆかしい日本人?は端から勝負に出ておりませんでしたよ。

 

 

ということで、ガイドご推奨に反して左側になんとか席を確保し、川を見やってわいわいする観光客越しに窓外を眺めることとはなりましたが、左側には左側のお楽しみもこれありと。

 

 

左側、つまりは崖に面した側ではさしあたりこんな眺めでして、それがなにか?的なものでもありますが、ほどなくして遭遇するのはこんなようすなのですな。

 

 

あたかも遊園地のアトラクションのような設えかと。遊園地では基本的にスリルを感じるような見てくれをしていながら安全対策はばっちり(なはず)ですが、こちらはそれと同等の安全対策があるのであるか…と思ったりするにつけ、スリル感(といっていいのかな…)がじわじわと沁みだしてくるような印象でありましたよ。

 

と、そんなふうにして、右側では川の眺望、左側では崖の眺望に「おお!」とか「ほお!」と思うのも束の間、桟道橋を渡り終えてしまいますと、あとは平坦な耕作地が続くばかりになるのでして。

 

 

ちなみにあたり一面に広がるここらの農地ではもっぱらキャッサバ栽培が行われているそうな。全く知りませんでしたが、キャッサバから採れたでんぷんを加工するとタピオカが出来上がるのだそうですね。キャッサバ生産量でタイは世界シェアの1割を担い、第3位であると。日本ではあまり馴染みの無い農産物ですけれど、熱帯では主食として食する人たちが多いのだとか。ただ、儲けという点では世界中に輸出されているということになりましょうかね。

 

 

かような思い巡らしのうちに、列車はタキレーン駅に到着。この駅の周囲に何があるというわけでもなさそうながら、多くの乗客がここで下車しており、それに交じって駅に降り立ったのでありました。

 

 

すると、駅前の駐車スペースには下車客を待ち受ける車が、大型観光バスから小さめのワゴンまで大小取り揃えてずらりと並んでおったという。それぞれに何らかのツアーに参加していたのですな。ま、公共交通機関利用とはいかない場所なれば、宜なるかなです。

 

でもって、それぞれのツアーと思しき大小の集団はそれぞれの専用車に乗り込んで、脱兎のごとく移動を始めたのでありますよ。かくいう当方のプライベートツアーも然り。しかも、行先は皆同じであるようす…なのですが、その行先のお話は次回ということで。

福岡の天神界隈をぶらりとして水鏡天満宮、福岡市赤煉瓦文化館と立ち寄った後は、川辺をたどって西大橋のところまでやってきました。橋の下を流れるのは那珂川ということで。関東の者としては、どうしても茨城県の方を思い浮かべてしまいますが…。

 

 

左手に見えておりますオブジェは、「福岡市が1983年から始めた「彫刻のあるまちづくり」プロジェクトの記念すべき第1号作品」(福岡アートマップHP)である「風のプリズム」という作品であると。

 

第1号というからには当然にして、あちこちに街なかアートがあると思われ、それらを訪ね歩くのも楽しからずや…なのですが、西大橋のたもとに広がる天神中央公園の中に「?!」というレトロ建造物を見かけてしまったものですから、そそくさとそちらへ向かうことに。

 

 

先に覗いた福岡市赤煉瓦文化館に比べてどっしり感のある佇まい、これはこれで大層趣きのある建物ではありませんか。赤煉瓦文化館の元々である日本生命九州支店が建てられた翌明治43年(1910年)竣工のこちらは旧福岡県公会堂貴賓館で、やはり国指定重要文化財であるそうな。この頃に福岡では競って洋風建築物が造られていたのでもありましょうか、

 

 

ともあれこちらもまた建物内を見て回れるようでしたので、そそくさと中を拝見することにいたしましたですよ。

 

 

「来賓を接待しての夜会が催されていました」(同館HP)という貴賓館なればこそ、会社のオフィスであった赤煉瓦文化館よりもなおのこと内装にも凝っているようですなあ。

 

それをつぶさに見学するというのも利用方法なのですが、併設の貴賓館カフェで「ゆったりお茶をどうぞ」ということもあり、また赤煉瓦文化館のウェディングフォトではありませんが、こちらはこちらでレトロ衣装体験でお写真を!てなこともやっておるのでしたですよ。

 

 

 

レトロ衣装はお好みのもので、鹿鳴館時代のはいからさんになってみてくださいまし、ということですかね。ところで、館内にはレンタルスペースもあるようで、イベントもまたさまざまに行われておるようす。訪ねた時(2025年10月)には写真展が開催されておりましたなあ。

 

 

ちらりと覗かせてもらったですが、この写真家さんは現代の明るさ一辺倒でない、タングステン照明の仄かな灯りに魅せられておるようでありましたよ。本展フライヤーにはこんなふうな一文が。

タングステン光は、照らされたものの本質的な美しさや秘められた歴史、勧請の機微を露わにし、私たちとそれらの間に言葉にならない共感の橋を架けます。

ひたすらにモノをはっきりと見せる現代の灯りでは得られない感覚でしょうか。ぼんやりと見えるからこそヒト本来の感覚が研ぎ澄まされるといったようなことを思ったりしますですねえ。作品はそれぞれ、灯りを写しこんで味わいを醸すものでしたけれど、その中の一点に「おや?!」と足を止めてしまったのですな(残念ながら作品は撮影不可)。

 

すると、そこへ在廊中の写真家さんが近づいてきまして、「写真がご趣味ですか?」と。スマホ写真全盛のご時勢ながら、相も変わらず一眼レフをぶらさげているのをご覧になったのでしょう、「いやいや、お恥ずかしい。写真はただのメモ代わりでして…」と応えるのがせいぜいでありましたよ。

 

と、それはともかく目をとめた作品に「これは八女市の横町町家交流館というところで撮ったもので…」と仰るのを聞き、「あ、そこへ昨日行きました!」てなことになろうとは思いもよらず。道理で見たことあるような感じであったなあと思ったものでありましたよ。

 

そんな一幕はともかくも、余談に走りすぎて貴賓館の内部のことを全く振り返っておりませなんだ。お次はそこに触れまして、福岡天神界隈、束の間ぶらりの振り返りを終えようと思っておる次第です。