かつて東映のオールスターキャストで作られたというでしたので、

かなり古い映画ながら「任侠清水港」を見てみたのでありますよ。


清水港とくれば次郎長ものとなるわけでして、

清水次郎長に片岡千恵蔵 、森の石松には中村錦之助で、その他の出演者は

市川右太衛門、月形龍之介、東千代之介、大友柳太朗 、大川橋蔵などなどなど。

ただこれが「なるほどオールスターだ!」と素直に思えるかどうかは

相当に年代差が出てくるところでありましょうなあ。


で、かようなメンバーを取りそろえての任侠ものですから、

切った張ったで大立ち回りとなるように想像するわけです(実際そういう場面のあります)が、

その実、ここでの次郎長は後に徳高い人物となっていく、その転換点を描いているように

見受けられるのでありますよ。


一般に清水次郎長といえば、海道一の大親分であって博徒の代表格のひとりですから、

要するに無法者、ならず者ということになりましょうけれど、

幕末明治にかけて(山岡鉄舟 の影響が大きいのでしょう)すっかり回心したかのような行動に出る。


もちろんやくざ者を持ちあげるわけではありませんが、なんにせよ、

大親分と呼ばれるだけの人物はいったんスイッチが切り替わると

違う方面でも頭角を現すのだとも言えましょうか。


有名な話としては、戊辰戦争の折に清水港で幕府側の咸臨丸が官軍に攻められ、敗戦。

多数の乗組員の死骸が清水港に打ち捨てられたままとなったのは

官軍にすれば見せしめということでもあろうかと。


手出しをすれば官軍に刃向うも同然と誰もが考えた中で次郎長は

仏になってしまえが官も賊も無いと遺体を引き揚げ、手厚く葬ったというのですな。

た、地元の殖産興業として茶畑の開墾事業などにも積極的に関わったとか。


そんなこんなのことが語り伝えられて「大人物」と目され、

後には、要するに博徒の抗争を描く映画などでも

間違いなく治郎長側に好いように描かれておるのですよね。


それに引き換え、次郎長の宿敵たる黒駒勝蔵はどうか。

この映画でも同様ですけれど、限りなく悪い奴として描かれるのですなあ。

(やくざ同士の争いにどっちが悪いと言ってもしょうもないところがあるでしょうに)

しかしまあなんだってこんな事態になってしまったのかが気になったりしたのでありますよ。


しばらく前に見た山梨県立博物館での企画展「黒駒勝蔵対清水次郎長」、

(場所が山梨だけに?勝蔵の方が先にくるのですな)

そのときに図録なんぞも読み返したりしつつ考えてみましたですが、

二人のその後のありようは幕末明治の動乱が明暗を分けた形と言えましょうか。


山梨県立博物館企画展「黒駒勝蔵対清水次郎長 時代を動かしたアウトローたち」図録

先にも触れたように次郎長は山岡鉄舟と懇意ですので、幕府側といっていい。

これに対して黒駒勝蔵は(次郎長への敵対心が高じたからでもないでしょうが)

官軍側になって各地を転戦したという。


この部分だけを考えれば、明治になって分がいいのは勝蔵の方ではと思うところながら、

世が落ち着くと戦闘勢力は不要になるわけで、下手に暴発されてはかなわんとばかり、

勝蔵はやくざ者時代の旧悪を罪状として捕縛され、斬罪に処されてしまったと。


結局のところ、ふとんの上で死ねたかどうかの違いは、やくざという同類の二人を

方や義侠心に溢れた大人物、方やお上の手にかかった悪党と、

その評価を固定させることになったのかもしれませんなあ。


まあ、そんな事情だったかもと想像するところながら、

しかして黒駒勝蔵の実体は??しでかした事件の記録でしか想像できないわけで。

次郎長側には養子の天田愚庵が残した「東海遊侠伝」なる伝記があり、

おそらくは博徒時代の抗争も次郎長側をひいき目で見ているであろう記録が残っている。

きっと勝蔵は悪く描かれていることでしょう。


来年2020年のNHK大河ドラマは明智光秀を主人公としているようですけれど、

こうした敗者の側から歴史を見直すことには新鮮さがあり、考えるところもあれこれでますので、

何かの折にはちと黒駒勝蔵の側ならば…ということを考えてみようかと思ったりしたですよ。