美術の方面では浮世絵講座を聴いていたりするわけですが、こんどは音楽の方の講座を。ま、話だけなくして演奏の実演もありますので、レクチャー・コンサートといったところでしょうかね。

 

19世紀から20世紀にかけて、フランス革命を経た自由主義のもと、芸術の都と呼ばれたパリにヨーロッパ中から芸術家が集まった。たった100年のうちに、今に知られるクラシック音楽の名曲のほとんどが次々に生み出されていく様子をみる。

という触れ込みの2回シリーズの1回目(2回目は年明け2025年2月開催)でして、今回のテーマは「ショパンとオペラの意外な関係」というもの。日頃からクラシック音楽には馴染んでいる方ではありますが、主としてオーケストラ曲に浸って、ピアノ曲や声楽、オペラの関係はごく少々ですので、「ショパンはオペラを書いていないよなあ…」くらいな印象の、およそピンと来ていない状態で出かけていったのでありましたよ。

 

1789年に始まった大革命による新しい国づくりが、結局のところはナポレオンの帝国に収斂していったフランス。結局のところ、ワーテルローでナポレオンが敗れると、周辺諸国主導のウィーン会議でもって旧態依然として体制に逆戻りするわけですけれど、20年余りの紆余曲折を経て、人々には享楽的な嗜好(あるいは日々刹那的な娯楽嗜好といいますか)が及んできたのかも。この19世紀の前半にパリはオペラの都ともなっていったのですなあ。

 

イタリア座(イタリア・オペラのメッカ)、オペラ座(フランスならではのグランド・オペラの牙城)、オペラ・コミック(フランス語の台詞入り歌芝居?)

と、大どころでは3つの劇場が夜ごと日ごとに次々と作品を上演していたのであると。フランスには「ローマ大賞」というイタリアを文化の先輩と見ていたところがありますから、分けてもイタリア座はいわゆる上流階級の集まる場所だったようですが、ここの音楽監督にロッシーニが招かれたのが1824年であったということで。

 

で、祖国ポーランドを離れたショパンの方はといえば、どうも馴染みにくかったらしいウィーンを離れ、1831年にパリへとやってきます。こちらは水があったのか、はたまたオペラの都たるところが気に入ったのか、すっかりパリの人になってしまいますな。だからといって、作曲家として自らオペラを手がけることはしなかったのでしょうけれど、ピアノを弾く、ピアノ作品を作曲するにおいて、オペラ、歌は相当に意識されていたらしいのでありますよ。

 

ひとつにはブレス(息継ぎ)の意識。息を吹き込んで音を出す管楽器などとは異なって、ピアノを弾く分にはいっかなブレスは必要が無いのですよね。ですが、ヒトが生きていく上で当然に呼吸はするわけでして、西洋音楽の起源としてグレゴリオ聖歌があるように、音楽が歌由来とすればそこには当然にブレスを意識したフレージングがあって、それこそが聴く人の耳にも適うものになると。

 

まあ、この点ではやはりブレスが本来的に必要のない弦楽器などの演奏でも、多分にブレスが意識されたフレージングを求められたりもしますので、ピアノに限った話でもショパンに限った話でもないところです。さりながら、ショパンの場合にはピアノの弟子に声楽を習った方が良いてなアドバイスまでしているとなれば、思い入れのほどが伝わってくるのではなかろうかと思うところです。

 

もうひとつは、声楽にあるポルタメントをピアノで再現しようという試みになりますか。もともと鍵盤によって一つ一つの音高が分離されているピアノで、切れ目ない音高の変化を生み出すことは不可能なわけでね。鍵盤を指で左右にだらら~となでるようにしたところで、一音一音の中間音が出るわけではありませんし。

 

ですので、完全なポルタメントではありませんけれど、結局のところ素早く半音階を弾くくらいにしかならないものの、「グリッサンドと同一視されることも多いが、区別すれば、グリッサンドがおおむね、2音間を等速に移行するのに対し、ポルタメントでは、次の音に移る寸前に渡りをつけるようにして移行する」(Wikipedia)という説明を参考にすれば、「次の音に移る寸前に渡りをつける」点で、これまたフレージングの効果を求める野でもあったろうかと思うところです。

 

ちなみに今回の公演では、ロッシーニはじめ、ベッリーニ、ドニゼッティとパリでも活躍したイタリア・オペラの作曲家による作品(歌曲やオペラ・アリア)が例えばすが)がいくつか演奏され、その合間合間にショパンのピアノ曲が挟まるという構成で、ショパンの曲の中でも夙に知られた「幻想即興曲」の中間部が、オペラの歌をイメージするショパンが偲ばれるサンプルでもあったようです。

 

まあ、ピアノの弾けないオペラ素人からしますと、「そう言われれば、そんな気もするかな」てなところですけれど、プログラムの末尾に掲載されていた「主要参考資料」の中に「ショパンの作品におけるベルカント唱法の影響に関する資料」が5点ほど載っておりましたので、確かにその手の研究があるということではあるようですね。もしかして、ショパン好きの人たちは旧知のことなのかもしれませんですなあ。

 

ともあれ、個人的な趣味嗜好からすればたまに聴くことのあるショパンですけれど、耳を傾ける際にはこうしたことを思い返しつつ聴いてみましょうかね。「ん!?」ということがあるかもしれませんし。