魔人の記
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Act.204 今へ続く出口

Act.204 今へ続く出口


悟はワタリガラスの目で、モニター内の万葉をにらみつける。
内に秘めた怒りが、黒い羽毛に触れる空気を震わせている。

誰よりも近くでそれを感じたのが、可恋だった。

「……」

モニターから目を離し、悟の横顔を見る。
彼は『レベル4レイヴン』に変身しているので、人間らしい表情がそこにあるわけではない。

だが可恋には、彼が何を考えているのかがよくわかった。
バイザー下からのぞく唇を一度噛むと、再びモニターを見る。

動画内の万葉は、悟が『レイヴン』として覚醒してから能力者同士の戦いにどう関わっていったのかを語っていた。
このあたりから、彼女の様子が少しばかり変わってくる。

”群戦において、ヤツの動きは…。……?”

話している途中で突然考え込んだり、

”…やり直そう”

内容をまとめることができずに話し直したりということが、何度も起きた。
これについて、万葉はこう説明する。

”私は、どうやら…同じテーマを長時間話すということができなくなりつつあるようだ。葉一の性質を受け継いだことと、『パピヨン』の『バタフライエフェクト』をくらってしまったことが影響しているのかもしれない”

「だが安心してほしい」と彼女は続けた。

”まだ見ぬ我が同体よ…この動画の最後に、私がしてきたことをまとめたリストを出す。それを見れば、私がいつ何をしたのかが瞬時にわかるだろう。しかし今は、私自身に語らせてほしい……私の声を、聴いてほしいのだ”

訴えと言うには、静かすぎる声。
しかしその中には、必死さがあった。

万葉には、いつかこの動画を見るであろう『同じ細胞を持つ者たち』に、自分がしてきたことを刻みつけたいという思いがあるようだ。
それは魔人らしい行動というよりは、彼女だけが持つ個体差だった。

かつて葉一が万葉に託した、人々を役割から解放してほしいという願い。
その願いがねじれ、形を変えた結果がこの動画なのかもしれない。

しかし今、動画を見ているのは万葉の同族ではなかった。
彼女によって翻弄され続けた者たちと、その者たちをそばで見守る者だった。

「…く……!」

今の悟にとって、万葉はレイヴンを苦しめる存在でしかない。
そんな者の願いを聞き入れるつもりなどもちろんないし、動画の対象が自分ではないとわかってはいても、必死に語る彼女の姿が身勝手に思えて仕方がなかった。

だがそれでも、動画を止めるということはしない。
万葉が何度も話し直す内容はすでに彼自身が体験してきたことばかりだったが、中には万葉しか知り得ない情報もあったからだ。

”……戦いの中で、『魔人化』を起こす者が増え始めた。どうやら、スプレッダの存在を安定させるために仕込んだ私の細胞が、能力者の危機を察知して『安定剤の役割を超えてしまう』ようだ。ただ強制ではなく、能力者との交渉が成立した場合のみ魔人化が起きた”

スプレッダは悟の細胞からできているが、それのみというわけではなかった。
つまり、以前彼をさんざん悩ませた魔人からの呼び声も、これによって説明がつく。

”悟にも魔人化の兆候はあったようだが、交渉は決裂した。成功すればどうなるのか興味はあったが、悟が『オーディン』に覚醒できるかどうかの方が私にとっては重要だった。結果としては、いい方向に進んだといえるだろう”

万葉は、ハナが持つ『パピヨン』の特性を介することで、悟本人でさえ知らないことを把握していた。
この他に、戦いに対する興味の変化やもう1体の邪黒冥王である『偽』についての話も、悟から早送りしようという気持ちを削ぎ落とした。

”非常に多くの実績をもたらしてはくれたものの、だんだんと能力者同士の殺し合いに意味を見出せなくなってきた。バルディルスを超える可能性を、悟を含めてどの能力者も明示することができなかったのだ。そこで、私は方針を転換した”

ハナの目を殺し合いに向けさせつつ、万葉は最下層で『偽』の準備に取りかかった。
この頃に『最初の標本室』は捨てられ、『虚』やユウトたちは旧上層に置き去られた。

『偽』を作り出すための結界は、メインドームを含めたさまざまな部屋に描かれた。
今度は認識を操る『パピヨン』が手元にある。進藤夫妻のような邪魔は入らなかった。

とはいえ念には念を入れたのか、万葉はあるものをこの結界に仕掛ける。
それは保険だった。

”結界魔法は強力だがリスクも大きい。最大の力を出そうとして失敗すれば、私だけでなくこの世界にいる同体たちすべてが消滅しかねない。そのため私は十重二十重の保険をかけた…そうすることで効力は弱まってしまうが、こればかりは仕方がなかった”

結界魔法を使うためには、静謐な空間が必要となる。
魔法のもととなる結界を描く段階でミスがあってはならないし、結界の構成要素である紋様や記号にも不備があってはならない。

結界にチリひとつでも落ちた状態で発動させれば、その時点で結界魔法は失敗する。
失敗は魔法を暴走させ、術者だけでなく親類縁者さえも死に至らしめる。

いや、死に至る程度ですめばまだいい。
暴走によって、存在そのものが消滅する可能性もあるからだ。

結界魔法とは、それほど危険なものだった。
ただ、結界の描き方を変えることで保険をかけることができ、効果の強さを引き換えにして失敗時の代償を小さくすることができる。

進藤夫妻が『虚』に取り込まれてしまったのも、これが関係していた。
結界に『ルールを無視した描き変え』を行ったせいで夫妻は肉体を失ってしまったが、万葉がかけていた保険が効力を発揮してハナの存在を守った。

魔法が暴走したにも関わらず『虚』が完成したのも、核として取り出された悟が無事だったのも、万葉の保険があったからこそである。
そういった意味では、皮肉なめぐり合わせといえた。

万葉は『偽』を作るにあたって、『虚』の時よりも多くの保険をかけた。
つまり、結界魔法としての効果を弱めることにした。

だがそこには、自分の身を守る以外にも理由がある。

”邪黒冥王としての力は弱くとも、『似て非なるもの』を生み出せればそれでいい。その規模が大きければ、結果的にそれは強力なものになる…私はそう考えた”

『偽』の素地は、『虚』に比べて非常に大きなものとなった。
ハナの目を欺くために『青紫色の要素』を搭載し、人生に絶望した人々を誘惑することで多数の人体を調達した万葉は、超巨大人形『邪黒冥王・偽』を完成させた。

”『偽』を完成させた時にはすでに、私の中でバルディルスに対する考えが変化していた……今まではヤツを倒すことばかり考えていたが、エツィオーグという能力やこれまで積み重ねてきたことが、私にこう思わせるようになった”

それまで真剣だった万葉の表情が変わる。
彼女はニヤリと笑ってみせた。

”そんなに強い存在なら、利用すればいい”

「……!」

悟は一瞬だけ、怒りを忘れて見入る。
それほどまでに、万葉の笑みはいびつだった。

彼女は、因縁の相手であるバルディルスをどう利用するのか、声高に語る。

”私は気づいた。エツィオーグという能力、ひいてはスプレッダそのものが結界魔法であるとな…! 融合することで『似て非なるものを生み出す』。人間の細胞を使うことで私とバルディルスは融合し、『似て非なるもの』へと変わるのだ!”

それこそが、『命の中にいる誰か』だった。

”ヴェスティナスにおいて、バルディルスは支配階級に属する。魔法の管理者たる神やその暗部である魔人を生み出し、ユームどもを殺し合わせて『間引き』を行う者どもこそヤツら竜族だ。もっとも、バルディルスはユームどもに味方する存在であるようだが…だからこそ、私ごときに封印された”

自らを卑下する言い方は、万葉渾身の皮肉である。
彼女のバルディルスに対する思いは、それほどまでに濁っていた。

”ヴェスティナスにおいてさえ上位の存在なのだ……竜族や神がいないこの世界において、ヤツは星以外すべての命を超えた存在! ヤツと融合できれば、私は間違いなく『命の中にいる誰か』になれる! そして私は、『我が同体に入り込む』のだ!”

魔人の細胞を動かす根源的な力が、万葉に変わる。
これによって一体何が起きるのか。

”我が同体が持つ力はさらに強まり、魔人エンディクワラとしての限界を超える! 融合した時点でバルディルスは消滅するが、ヴェスティナスから第2第3の竜族が送り込まれてきたとしても、私は…我が同体たちは、ヤツらに勝つことができる! これこそが、『魔人という役割からの解放』だ!”

万葉は一息で言い切る。
話し直すことが増えてきていたが、バルディルスを利用するという内容に入ってからは、その声が淀むことはなかった。

しかし力が入りすぎてしまったのか、ここから数秒間は呼吸音しか発しなくなる。

”……はあ、はあ…”

汗がにじんだ額を手で拭うと、万葉は大きく息をついた。

”はあっ…すまない、少し興奮してしまったようだ。今までさんざん我が同体たちを消滅させてきたヤツを利用し、さらには融合という形であるとはいえ倒すことができると思うと、冷静ではいられなくなった”

それから、話をバルディルスに対するものへ戻した。

”ヤツは私よりも強い。本来の状態で融合など試みようものなら、私の方が食いつぶされてしまうだろう。だが今、ヤツは私の手によって封印されている。人間並みの力しか出せない状態だ。進藤 ハナは、私にヤツの力を利用させないよう何か企んでいるようだが…フフッ、好きにやらせておこうと思う”

この時の笑顔は、穏やかだった。
嘲りはのぞくものの、先ほどのようないびつさはない。

”進藤 ハナは、おそらく勘違いをしている。バルディルスの封印を強めれば、ヤツの力が人間を下回って小動物並みになる…それで私の邪魔をすることができると考えているのだろう。だが私にとって重要なのは、ヤツが今使える力ではない。存在そのものだ”

穏やかな笑みは、万葉が持つ余裕からくるものだった。

”バルディルスという存在そのものが、この世界におけるほぼすべての命を超えている。重要なのはこの一点だ。ヤツが本来の力を出せば、対抗できるのは天体だけになる…そういう存在と融合できること、それこそが重要なのだ”

しかも、バルディルスの力が弱まることで、万葉が食いつぶされる可能性は完全になくなる。
ハナを放っておいても、目的を邪魔されるようなことはなかった。

”もし私の目的に気づいてバルディルスの封印を解いたとしても、ヤツは人間と同程度の力しか出せない。なぜなら、最下層には私の息がかかった能力者をひとり置いているからだ。ヤツは、その能力者の視覚によって力を制限される”

「あ…!」

万葉の話を聞いた可恋が声をあげる。
最下層・メインドームでのことを思い出したのだ。

「アイツ、そのためにいたんだ……」

当時、彼女はメインドームにいた多くの職員を特性『托卵』で味方につけた。
しかしただひとり、ある男性職員にはそれが効かなかった。

その職員は可恋に襲いかかったが、悟たちや『托卵』によって操られた他の職員たちに取り押さえられた。

「なんでひとりだけ能力者がって思ったけど、そういうことだったのね」

「なるほどな…」

可恋の話を聞いた悟は、モニターを見たままうなずく。
シークバーに目をやると、動画が終わりに近づいているのがわかった。

彼は万葉に視線を戻しつつ、可恋に向けて語る。

「能力者ひとりを置いてるって得意げに言ってる…きっと魔人は、ばあちゃんが職員の人たちほとんど全員を、最下層に向かわせるとは思わなかったんだろうな。で、おれたちがそこに行くことも予想できてない」

「あ…そうか。ってことは、この動画を見てるかもとは…」

「思ってないはずだ」

万葉の動画が、悟たちではなく同じ細胞を持つ者に向けてのもの、というのは間違いなさそうだった。
その推測を確信に変えたのが、モニターから聞こえてきたこの言葉である。

”……万が一、この部屋から出られなくなった時に備えて、ロックの解除方法をここに示す。パスワードは………”


悟たちは、黒で染め上げられた部屋を出た。
動画で示された手順に嘘はなく、ドアのロックは簡単に外れた。

その後、画面には万葉がやってきたことをまとめた一覧が表示されたが、悟たちはそれを目にすると動画を止めた。
今さら過去を振り返ることに、意味はなかった。

(ずいぶんと時間を食ったけど…)

背中の黒い翼で通路を飛びながら、悟は鋭い視線を前へ向けている。

(ようやく、お前のところに行けそうだ……!)

さまざまな事実を聞いた後でも、彼の目的は変わっていない。
レイヴンに辛い思いをさせた万葉こと魔人エンディクワラ・テリオスに、謝らせることだけを考えていた。

彼女の『フェニックス』にどう対抗すればいいのか、はっきりとしたものはまだ見えない。
しかしそれでも、悟は外へ向かって飛んだ。

一方、レイヴンは彼の気迫を感じつつも、冷静に考えている。

”温度、か……”

数限りない復活を阻止するための、極低温。
それを実現するにはどうすればいいのか、今持てるすべての情報を自身の中で吟味し始めるのだった。


>Act.205へ続く

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Act.203 始まりへ至る道

Act.203 始まりへ至る道


万葉の語った言葉が、悟を震わせていた。

「ばあちゃん…!?」

『邪黒冥王・虚』を破壊する神器、『闇の魔剣』。
それは悟の細胞によってスプレッダ『パピヨン』となり、ハナの能力になっていたのだ。

前の部屋で、悟は『ガウモード』を使い『闇の魔剣』がどの方向にあるのかを知った。

(ここは地下で、『闇の魔剣』は上に…外にあるとしか思わなかったけど……!)

しかし『ガウモード』が見つけたのは、『闇の魔剣』だけではなかった。
『パピヨン』がいる位置、つまりハナがいる位置を見つけ出していた。

”…ふ、ふざけやがって…!”

レイヴンが忌々しげに声をあげる。
ただ、何に対してのいら立ちなのかは名言ししない。

悟はそれを不思議に思い、尋ねようとした。
しかし、万葉のさらなる言葉が思考そのものを遮断してしまった。

”『パピヨン』の発現により、私は窮地に立たされた”

「……!」

”当時まだ私は『フェニックス』を得ていなかった…認識を操る進藤 ハナに、対抗する術がなかった”

『パピヨン』がどういった特性を持ち、誰と適合するのか。
ハナはそれを知ると、万葉の隙を突いて能力を得た。

そして彼女は反乱を起こす。
それは成功したかに思われたが、至極単純な理由によって完遂を阻まれてしまった。

”『バタフライエフェクト』は確かに強力だ。他の特性とは比べものにならん…だが強力であるが故に、代償も少なくない。進藤 ハナには、それに応えるだけの体力がなかった”

結局ハナにできたのは、姿をくらます程度のことだった。
彼女もそれを理解していたようで、万葉と戦うのではなく逃亡を図る。

だがそれは、自身を守るための行動ではなかった。

”進藤 ハナは、悟を解放した”

「!」

”当時、悟は細胞を取り出すための手術を受けていた。進藤 ハナはそこに乗り込み、新型スプレッダ『ムニン』に偽の記憶を刷り込んだ…”

画面右側に『ムニン』の映像が現れる。
しかしその姿は、羽ばたくものを意味するスプレッダという言葉から連想されるものとはまったくちがっていた。

色は白く、頭部はカラスに似た形をしている。
だが体の大部分はアメーバのように形が崩れており、カラスの頭がついた肉の塊という表現がしっくりきた。

ここで、『ムニン』の頭部と体色を見た悟がある名前を口にする。

「シロ……!」

悟を守るためにスプレッダとしての禁忌を犯し、体と同化することを選んだシロ。
彼は、その名を呼ばずにはいられなかった。

「シロ!」

あふれる思いが、悟にモニターをつかませる。
その直後、『ムニン』の画像が消えた。

あまりにタイミングがぴったりだったため、自分がモニターをつかんだせいで消えてしまったのではないかと彼は錯覚する。
慌てて手を離した時、万葉の言葉が続いた。

”進藤 ハナが『ムニン』に刷り込んだ記憶とは、悟がひとりで生きるための一般常識…そして自分の孫であるという嘘”

「……!」

”加えて、私の追跡から逃れるために…『バタフライエフェクト』の一部までも、『ムニン』に記憶させたようだ”

ハナからさまざまなものを託された『ムニン』は、切り開かれていた悟の腹部に移植される。
解放後、悟はハナの家で、彼女の孫として生きることになった。

彼は口やかましい祖母と二人暮らしをしているつもりだったが、実は腹の中にいる『ムニン』と二人暮らしをしていた。
危険を察知することにより無意識下で発現していた『誰にも気づかれない能力』は、万葉の追跡から逃れるためにハナから付与されたものだった。

一方、反乱を起こされた側である万葉はどうしていたのか。

”そもそも『パピヨン』を生み出したのは、『邪黒冥王・虚』を破壊する神器『闇の魔剣』を万が一にも他の誰かに渡さないためだった。『闇の魔剣』を悟の細胞に取り込ませることで『似て非なるもの』を生み出し、『虚』を破壊する手段を消滅させようと考えたのだ”

ハナのさらなる攻撃に備えるため、彼女は同じ方法を自らの能力で試した。
その結果生まれたのが『フェニックス』だった。

”『フェニックス』を得た私にとって、もはや進藤 ハナの反乱は些事でしかなかった。そう思えるほどに私は強くなった。事実、悟を逃した後で時間稼ぎをしようと私の前に現れた進藤 ハナは、なす術もなくひざをついた”

ハナは、悟がひとりでも生きられるようにするため『バタフライエフェクト』を無理して使い続けた。
体力を失っていたことは承知していたが、孫とした彼を守るために万葉へ戦いを挑むしかなかった。

そんな彼女にとって、『フェニックス』はあまりに想定外だったろう。
あわよくば勝つつもりでいただけに、心をへし折られてしまった。

反乱により一度は消滅した脅迫関係だが、ハナの敗北によってそれは復活する。
万葉が『バタフライエフェクト』を利用するためには、悟が住んでいる家を焼くぞと言うだけでよかった。

”確かに私が悟を追えば、その姿を見失うことになるだろう。だが、人を殺すのに刃はいらない…寝ていると思しき時間を選んで、家に火を放てばそれですむ。『フェニックス』の力を身をもって知った進藤 ハナは、私に従うしかなかった”

とはいえ、万葉にとって悟の解放は誤算にちがいなかった。
『虚』の核である彼を能力者として変身させるための研究が、完全に頓挫してしまったのだ。

悟から細胞を取り出す手術をしていたのも、その研究を進めるためだった。
『ムニン』はその中で生まれた最初の新型スプレッダだったのだが、悟とともにいなくなってしまった。

”…『フェニックス』を得た以上、もはやそちらの研究は止めてしまってもいいかと思ったが…バルディルスどころかただの老婆でしかない進藤 ハナに反乱を起こされるような私だ、念には念を入れておかねばならないと考えた。そこで、これまで作ったスプレッダたちを使うことを思いついたのだ”

それが、能力者同士の殺し合いだった。
万葉はスプレッダを野に放ち、戦いを引き起こした。

ハナの『バタフライエフェクト』を利用し、騒ぎを起こすことなく死んだ者たちの体を回収する。
『ヴァルチャー』たち『選ばれたレベル4』や、病院の副院長である瀬戸 拓海なども操り、着々と実績を積み重ねていく。

”そして生まれた第2の新型スプレッダ、それが……”

画面右側に、新たな画像が出現する。
それは悟にとって、あまりに見慣れた姿だった。

”『フギン』だ”

(……レイヴン!)

万葉が言う『フギン』とは、悟にとってのレイヴンだった。
積み重ねられた実績と、砥上花鳥園地下に残されていた悟の細胞が組み合わされることで、そのスプレッダは生まれた。

この事実を知ったレイヴンは、声を震わせて悟に問う。

”じゃ、じゃあ…何か? オレはオマエから生まれた…ってことに、なるのか?”

(そう……なる、のかな)

”なんだそりゃ…おい、なんなんだよそれ……!”

これまでレイヴンは、スプレッダは魔人の細胞からできていると考えていた。
能力を説明するために、悟にそう話したこともある。

だが実際は魔人の細胞ではなく、『邪黒冥王・虚』の核である悟の細胞からできていた。
この事実は、能力者としての『レベル』が上がれば魔人に近づく、というレイヴンの中にあった常識をも覆してしまう。

同じ論法で考えるならば、『レベル』が上がるほどに悟は『邪黒冥王・虚』に近づくということになる。
だがそうなると、悟は自分自身に近づいてきたということになるのだ。

それは一体どういう意味なのか?

”わからねえ……! イライラするぜくそったれがァ…!”

常識を覆されたばかりのレイヴンに、理解しろという方が酷な話だった。
そして悟も、どう言葉をかければいいのかがわからない。

ふたりは黙り、万葉の話を聞くしかなかった。
思いもよらぬ事実がもたらす混乱は、さらに新しい事実で叩き潰すしかなかった。

ここで、万葉は新型スプレッダを作り出した理由について語る。

”『フギン』と『ムニン』は、もともと一対のスプレッダとして作るつもりだった。悟を『オーディン』に変身させ、私の右腕としてバルディルスと戦わせる意図があった。だが『ムニン』はデータ不足がたたって肉塊にしかならず、『フギン』ができた時には悟がいない…皮肉な結果が続いたが、それでも研究を続けるしかなかった”

『フギン』、つまりレイヴンは悟以外のパートナーを見つけるために、さまざまな人間との適合実験が行われた。
しかし実験が成功することはなく、彼はやがて失敗作として『ハト(ピジョン)』に監禁される憂き目に遭う。

しかしここで、万葉はこんなことを考えた。

”いっそのこと、『フギン』を悟に合流させてはどうか…と私は考えた。悟の中にはすでに『ムニン』がいる。『オーディン』に変身できる可能性は高い。もし悟が敵になったとしても、私には『フェニックス』がある上に進藤 ハナという人質もいる……リスクなど存在しない”

”な…!?”

”私は進藤 ハナに、『フギン』をここから出すように言った。自身を『フギン』ではなく『レイヴン』と認識するようにし、ごく自然な形で悟と会うよう仕向けさせた”

”なんだと……!”

レイヴンは愕然とする。

自分の中にあった常識どころではない。
何もかもすべてが、万葉の謀略だったことに彼は気づいた。

いや、気づかされたのだ。

”オレが必死こいてここから出てったのも、あの時…からあげもらってオマエと認識を共通化したのも……全部”

(レイヴン…)

”全部ぜんぶゼンブ! このクソ魔人が仕掛けたことなのか! ええ!?”

(……)

”ふざけんじゃねえ! どんな思いで、オレがここから逃げ出したと思ってやがんだ! どんだけ『ハト』のクソ野郎にバカにされてきたか……!”

血を吐くような叫びが、レイヴンから伝わってくる。

”ちくしょうッ! ちくしょう、ちくしょう…くそったれめェ!”

(くっ…)

悟の心が、悔しさに満たされる。
自分の出生についてよりも、レイヴンにつらい思いをさせる万葉の言葉が許せなかった。

(謝らせる……!)

強い思いが、悟の中に生まれる。
今も語り続ける万葉を、鋭い目でにらみつけた。

(レイヴンに謝ってもらうぞ、エンディクワラ・テリオス! おれの相棒にこんな思いをさせたんだ、ぶっ飛ばされるだけですむと思うな……!)

それは今までになく明確な、戦う理由。
悟は、正義のためでも自身のためでもなく、レイヴンのために勝つことを決めた。


>Act.204へ続く

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Act.202 エツィオーグ

Act.202 エツィオーグ


画面の中にいる万葉は、能力つまり『エツィオーグ』について語る。

すべての始まりは、『邪黒冥王・虚』の核。
つまり悟が持つ細胞だった。

”別の生物を取り込み、似て非なるものを生み出す。この性質は、私に新たな楽しみを与えてくれた。幸いこの砥上花鳥園にはさまざまな生物がいる…私は進藤 ハナに命じて、サンプルとして置かれているすべての生物を取り込ませようとした”

だが、悟の細胞には取り込めるものとそうでないものがあった。

”鳥や羽のある昆虫は取り込めたものの、植物には全く反応しなかった。人間も駄目だった。出来損ないどもだけでなくここの職員でも試したが、どうやら似て非なる人間は悟で最後だったようだ”

「……」

無遠慮に名を呼ばれた悟の目に、鈍い光が宿る。
しかし彼は何も言わず、再生される言葉をただ聞き続けた。

”鳥以外の動物も試そうかと思ったが…花鳥園という施設の関係上、鳥以外は調達が難しい。さらに、似て非なる生物が増えすぎて管理に難が出始めていた”

望まざる事情が、研究の進捗を阻んだ。
しかしここで、万葉の口元はなぜか笑みに歪む。

”魔法によく似た能力を記録できるという細胞の性質が、私を興奮させた。新たな力を創造するという作業が、私を夢中にさせたのだ”

細胞が持つ性質に気づけたことで、研究はそれまでとは別の方向へ進むことになる。
他の動物を調達する必要も、似て非なる動物を増やす必要も、もはやなくなった。

万葉は、悟の細胞から作り出した『似て非なる生物』に名前をつける。
それこそが『羽ばたくもの』、スプレッダだった。

彼女はスプレッダそれぞれに、自身が考えた最強の力を記録していったのだが…
やがて、あることに気づく。

”記録したはいいものの、スプレッダ単体ではそれを十分に発揮することができない。とてもではないが、実用的とはいえなかった。せっかくバルディルスに対抗するための手段を得たと思ったのに、これでは意味がない。しかし…”

ある日、スプレッダと職員が融合するという事故が起きた。
これがすべてを変える。

”直接人間を取り込むことはできなくなったが、変身という融合を挟むことで、記録した力を使うことができた。考えてみれば、変身した姿も『人間とは似て非なるもの』。実は何もかもがつながっていたのだ……!”

変身した職員を倒した万葉は、さらに研究を続けた。
能力は体系づけられ、翼を意味する『エツィオーグ』という名前が与えられた。

”人間の言う縁というものを、感じずにはいられなかった”

万葉は、神妙な口調で語る。

”葉一の中に巣食う私は、精霊が機能していないこの世界で火炎魔法に似た力を使えるようになった。葉一もその能力を得た。彼は弱い人々を救おうとし、存在が消えそうになった時には私に『人々を役割から解放してくれ』と言った”

葉一が願った解放と、悟の細胞から生まれたエツィオーグという名の能力。
万葉は、それらがつながっていると感じたようだ。

”何も知らない進藤夫妻は当然だが、結界を作った私も意識していたわけではない。なのに、作り出された能力は葉一が考えた解放へと向かっていた。エツィオーグにより人は力を手に入れ、『レベル』次第では飛べるようにもなった”

だが彼女は、葉一に対する感傷でエツィオーグを作り出したわけではない。
あくまでもバルディルスに対抗する力を得るためだった。

この動機と数多くのスプレッダを作り出した経験が、さらなる力を具現化する。

”私は、エツィオーグを活用することで私自身を強化できないかと考え始めた。数多くの能力者を集めたところで、今のままではバルディルスにかすり傷ひとつ与えられん…それでは意味がない”

彼女の能力は、まだこの時点では火炎魔法に似た力に留まっていた。
しかしそれを悟の細胞に取り込ませることに成功し、『似て非なる炎』を生み出す。

それこそが、『フェニックス』だった。

”これにより、私は何度でも蘇ることが可能になった。『魔人という生物』の役割から、解放されたのだ!”

万葉は目を見開き、興奮した様子で叫ぶ。

”ただ蘇るのではない、完全な状態ですぐにでも戦うことができる! バルディルスが相手だろうと持久戦を展開できる! これは私にとって、私以外の同体にとっても画期的なことなのだ!”

彼女はここで言葉を切ると、両手を握り込んでうつむいた。
歓喜を噛み締めているのか、体を小刻みに震わせる。

呼吸音だけが、10秒ほど聞こえた。
それだけ大きな喜びだったのだろう。

やがて大きく息を吐くと、彼女は静かな声でこう続けた。

”……生物が、いや…細胞が生きるに足る温度さえあれば、私は何度でも蘇る。『ヴェー・レシュト・フィグッスス(命は終わりなき業火)』は、私を蘇らせる能力であるとともに私自身を包む炎だ。死角は存在しない”

「…!」

可恋が何かに気づく。
再び、悟からマウスをひったくった。

だが今度は動画を止めるのではなく、シークバーを操作して少しだけ巻き戻す。
マウスの左ボタンを押す指から力を抜くと、万葉が先ほどと同じ言葉をしゃべり始めた。

”…いや…細胞が生きるに足る温度さえあれば、私は何度でも蘇る。『ヴェー…』”

「ここ!」

鋭く言いながら、彼女は動画を止めた。
マウスから手を離すと、表示されているテロップを指差す。

「生きるに足る温度があればってことは、なかったら復活できないってことなんじゃないの?」

「!」

悟は目を見開いた。
あらためてテロップを確認する。

可恋よりずいぶん遅れて、確信が胸の中にやってきた。

(確かに…そうだよな! 逆に考えればそういうことだ)

”バカ女のクセにやるじゃねーか!”

レイヴンが、可恋の功績に舌を巻いた。

”『フェニックス』にびっくらこいちまってたおかげで、このオレでさえ気づけなかったぜ”

(おれも、なんていうか…そういうものなのかっていう感じでしか、見れてなかった)

悟も素直に感心する。
それからすぐに、可恋へ顔を向けた。

「よく気づいたな、可恋。さすがだ…おれもレイヴンも、全然わからなかった」

「…実を言うとね」

彼女は称賛を受け取らない。
自身のヘルメットを指差すとこう言った。

「気づいたのはあたしじゃないの。『ククールス』が教えてくれたのよ」

「え!?」

悟は驚き、可恋の指が指し示すものを見た。
彼女のヘルメット前面には、カッコウつまり『ククールス』をモチーフとした意匠が彫り込まれている。

可恋は手を下ろすと、口元に微笑を浮かべた。

「『ククールス』なりに、いろいろ思うところがあるみたい。だから気づけたんだって。いきなりだったからびっくりしたけど、あたしもその通りだって思ったわ…だからあんたに伝えたのよ」

「そう…だったのか」

「でも、ただ冷やせばいいってわけじゃなさそう」

彼女は胸の前で腕を組み、画面をのぞき込む。

「このヴェー…なんとかは、何度でも復活できる力っていうのもそうだけど、コイツ自身を包む炎でもあるっぽい……冷やされるのをガードしてるってことよね」

”だからこそ、クソ魔人は言ったのかもしれねえ”

可恋の言葉を受けて、レイヴンが分析する。
もちろん彼女には聞こえないが、彼はそれを承知の上で悟に言った。

”絶対の自信がありやがるんだ。だから言っても問題ねえって考えた…確かに『フェニックス』の火を消す能力なんて、すぐには思いつかねえ”

この言葉を、レイヴンに代わって悟が可恋に伝えた。
彼女も納得し、うなずいてみせる。

「あたしもそうだと思う。もちろんあたしの『托卵』は効かないし、あんたの…『ガウモード』だっけ、それも……」

言いづらいのか、声が尻すぼみになっていく。
途切れかけたところに、悟はこんな言葉を添えた。

「ああ。炎の動きを止めておれが加速しても、熱が消えるわけじゃない。復活を止めることはできないだろうな」

「…なんか、はっきり言っちゃうのね」

まさかよどみなく言ってのけるとは思わず、可恋は悟を見つめた。
彼は画面に目をやりながらこう返す。

「ちょっと前に、ここの人が言ってたんだ。成功作の陰には必ず、それをなかったことにするような失敗作も存在するって」

その声には、芯が通っていた。

「きっと、魔人の『フェニックス』は成功作なんだろう。何度でも復活できるんだ、能力としてこれ以上の成功作はないと思う……でも、おれっていう失敗作がまだ生きてるんだ。必ずどうにかできる」

「…そう、ね。どうにかできるわよね」

可恋は、うなずくと画面に顔を向ける。
ふたりはともに、同じ方向を見るのだった。

悟がクリックすることで、動画は再開される。
先ほどの話が終わった後は、ハナやユウトから聞いた内容をなぞることが増えた。

とはいえ、見ることに意味がないわけではない。
内容について話し合うことで、悟と可恋はもとよりレイヴンや『ククールス』の認識も、少しずつすり合わされていく。

動画が終盤に近づく頃には、全員がほぼ同じ認識を持つに至った。
ただやはり悟の出生については話しづらいのか、本人を含めて言葉にすることはほとんどなかった。

そんな中、万葉は神器について言及する。

”『偽』を破壊する神器は『炎の指輪』のレプリカだ。これは私が持っている…何度も蘇ることができる以上、奪われる道理がそもそもない。問題は『虚』の方だ”

巨大な幼児型の悟、核として悟が取り出された母体『邪黒冥王・虚』。
それを破壊する神器、『闇の魔剣』のレプリカが一体どこにあるのか。

万葉は、問題だと言っておきながらどこか楽しげに説明した。

”実は『フェニックス』を作り出す前に、似た方法で別のスプレッダを作っていた。話の順序が前後するが、このスプレッダを作り出せたことが『フェニックス』誕生の礎となった。とはいえ…”

彼女は腕組みをし、考える仕草をする。
声のトーンは変わらない。

”少しばかり皮肉な結果になってしまったことも否めない。だが万一に備えて、我が同体たちには伝えておく必要があるだろう”

そう言うと、腕組みを解いた。

”『闇の魔剣』とは、記憶を食って力とする神器。記憶といっても思い出だけではなく、呼吸の仕方といった生命維持に関するものも含む。ただ、そのレプリカは少々趣が変わり『認識を操る力』を得た”

(…え)

悟は、胸の中がぞわりと寒くなるのを感じた。
その意味を理解する前に、万葉がこの言葉を口にする。

”スプレッダの名は『パピヨン』”

「!」

”適性者の名は…進藤 ハナだ”


>Act.203へ続く

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