「他人は自分を映し出す鏡」なんて、昔からよく言われました。

 

人は、他者との関わり合いの中で自己を確立し、それを表現し、そして己を知っていくのです。

 

 

ミュージカル『レ・ミゼラブル』は。

主人公が長い人生の旅路の果て、終盤に「自分はジャン・バルジャンである」とようやく認めるというストーリー展開からも分かる通り「本当の自分を取り戻す」ということが最大のテーマと言えます。

 

「誰だ、私は?」と問う彼に「あなたはジャン・バルジャンだ」と伝えるのが、マリウス

これまでも何度かお伝えしている、僕の独自解釈「Marius(マリウス)=Miroir(フランス語の「鏡」。英語で「Mirror(ミラー)」ですね)」説ですが、この理由は、歌の歌詞や舞台演出からも見て取れます。

 

マリウスの登場シーン序盤。

偶然出会った彼とコゼットは、まるで時間が止まったかように、互いに顔を見合わせます。

それは、生まれて初めて鏡で自分の顔を見た時のよう。

その後も二人の関係は、お屋敷の門で、あるいはバルコニーで、まるで鏡で写し合っているような仕草や立ち位置で表現されます。

 

また、バリケードの夜。

眠る彼を見たバルジャンが「彼を帰して」と歌う中に「まるで我が子だ」という歌詞が出てきます。

バルジャンは、マリウスという鏡の中に自分自身の姿を見ていたのでしょう。

 

 

 

 

さて。

ここからは、マリウスを中心に他の主要キャラクターたちとの「相関関係」を繋いでみます。

そこには、やはり彼が「鏡」の役割を担っていることを思わせる、ある法則が隠されています。

 

バルジャン、コゼット、エポニーヌ、そして、彼と共に戦うアンジョルラスや学生たち。

さらに、テナルディエ夫妻も同じく。

彼ら全員に共通して言えるのは、各々の最後の登場シーンには必ず「マリウスが同席している」ということ。

天に召される人もいれば、特に命を落とすことなく最後の登場場面を迎える人もいますが。

いずれにしてもそこに必ず、マリウスの存在があるのです。

 

上に挙げたキャラクターたちに関して言えば、その最後には思いっきりマリウスがそばに寄り添ってますね。

 

ちょっと変化球なのがジャベールかもしれませんが。

ジャベールは最後、一人になりますが、その前に最後に出会う人物は、バルジャンと、そして意識不明ではあるものの、ちゃんとマリウスもそこにいます。

 

 

 

では、それぞれのキャラクターにとって、マリウスが本当に「鏡」のような存在として機能しているのかどうかを、彼らの最後の登場場面を中心に考えてみましょう。

 

◆バルジャン:

その前の場面でマリウスから「あなたはジャン・バルジャンだ」と告げられ、本当の自分である(ジャン・バルジャンという「本当の自分」の世界を生きる)ことを許可されます。

そして最後に、本当の自分の姿を手紙にしたため、昇天します。

やっと彼は、本当の自分自身を受け入れ、それを一番大切な他者(コゼット)にも表現することができたのです。

自分の鏡写しのようなマリウスへの告白を経て、人生の最後に、完全なる「自己受容」が達成されたのですね。

「自己受容」を達成しようと最後の心の葛藤に挑む老いたバルジャンのそばに、マリウスはそっと寄り添い、バルジャンを映し出す「鏡」のように、彼に向き合うのです。

ちなみにバルジャンは「妹の子を救えなかった」という葛藤・後悔に常に苛まれています。これが彼の「偽りの自分」の人生の始まりであり、バリケードからマリウスを救い出す経緯は、その出来事への「再挑戦」と言えます。

ジャベールに「あともう1時間だけ待ってくれ!!」と嘆願する彼の脳裏には、妹の子を救おうとした日の出来事が思い浮かんでいたはず。

マリウスを通して、自分がかつて成し得られなかったことを取り戻そうとするのです。

 

◆コゼット:

初めて出会った瞬間、自分が本当に求めていたもの(=本当の自分)を知ります。

「愛」です。

その瞬間から、彼女の生きる目的は「マリウスと添い遂げること」として具体的な形を現すわけですが、その根底に横たわるのは、自身の出生もよく知らず、幼少期には誰からも愛されることなくいじめ抜かれた孤独な女性の姿。

それゆえ彼女は、自分は「愛されていない存在」だという葛藤(トラウマ)を抱え、「愛」をずっと求め続けているのです。

ラストシーン、バルジャンの告白によって父の本当の姿を知り、自分の出生を知る。

そこに寄り添うのは、自分の願望の結晶とも言える、マリウス。

彼女は最後に、愛の証に囲まれ、ずっと抱えていた愛への欠乏感という痛みを完全に癒します。

ここでのマリウスの存在は、コゼットは自分が「愛される存在」なのだということを知るための「鏡」のような役割を果たすのです。

 

◆エポニーヌ:

彼女もまた、コゼットと同じく、マリウスと出会った時に「自分が本当に求めていたもの(=本当の自分)」に気づきます。

女としての幸せを手に入れること。

女として、幸せに生きること。

しかし彼女はそれまでも、両親から「男の子として生きる」ことを強要され続けています。

幼少期には女の子として可愛がってもらっていたのに、今は極貧生活の中で、その幸せを手放し、まるで男のように生きること=美しい愛を語り合うのではなく、戦い、奪い合うことを選択させられているのです。

しかし、マリウスという鏡に自分の姿が映った時、やっぱり本当は女性で、女としての幸せが欲しかったんだということを思い出す。

ところが彼女は「On My Own」という歌の中で再び「男の人生」を選択します。

そして……バリケードで絶命していく彼女は、マリウスの腕の中、彼の瞳に映った自分自身の姿を見て、最後にもう一度、本当の自分=「女である」ことを取り戻して天に昇っていくのです。

 

◆アンジョルラス、学生たち:

バリケードで玉砕していく彼らの姿は、究極の「他者貢献」のメタファーです。

バルジャンが実行しようとした、妹の子の命を救うという他者貢献と同じく、マリウスもまた、第一幕のラスト「ワン・デイ・モア」の中で「彼女と行くべきか……いや、私は戦う!!」と、自らの保身を捨てて他者貢献の道を選びます。(彼の場合は、本当の願望はそこにはありませんでしたが)

以前お話しした司教の葛藤と同じく、学生たちにだって、大きな葛藤や迷い、信念が揺らぐことはあったでしょう。

彼らがその葛藤・迷いを乗り越えて自らの意思を貫くためには、マリウスという鏡に常に自分を映し出し、自分の姿(願望)を確認し続けることが必要だったのかもしれません。

そして彼らはそれを達成し、「鏡」であるマリウスだけが生き残るのです。

 

◆テナルディエ夫妻

もともと宿屋の主人だった彼らは、物欲にまみれ、没落していきます。

天に唾を吐き、自分の運命に逆らおうとする彼らは、必死に自分の本当の姿を隠そうとします。

それでもなお、下水道に潜り込んで死体をまさぐってまで金を探し回るテナルディエの姿は、矛盾の塊。

物欲に支配され、自分の心に矛盾した行動を取れば取るほどに、幸福は遠ざかってゆく……現代人の苦悩にとてもよく似ているかもしれません。

ラストでは、顔を白く塗ることでさらに本当の自分の姿を隠し、身分を偽って、上流階級のパーティーへと潜り込みます。

しかしそこに。

彼らの正体を暴き、彼らに「鏡」を突きつけて己の「本当の姿」をはっきり告げる男が現れます。

マリウスです。

 

 

 

それぞれのキャラクターたちが、ある人はマリウスとの出会いの瞬間から、ある人はその道中で、彼の中に自分の本当の姿を発見し。

そして最後にもう一度、マリウスという「鏡」の中に本当の自分の姿を見て、舞台上から退場します。

 

長くなりましたので、ジャベールについてはまた今度書かせていただきますが。

このジャベールという男の分析こそが「マリウス=鏡」という解釈や『レ・ミゼラブル』という「本当の自分探し」の旅をさらに深く理解するために、非常に重要になるのです。

 

 

 

2012年の映画版『レ・ミゼラブル』。

ジャベール役のラッセル・クロウさんですが……

冒頭のこの青い服、なんか似合ってなかったですね(笑)

 

 

 

 

作品やキャラクターを紐解いていくには、その人物単体で考えるのではなく、それぞれの「相関関係」を見ていく必要があります。

その意味でも「他人は自分を映し出す鏡」という言葉は正しいと言えますね。

人は、他者との関わりの中で、自分自身を知り、表現し、自己を確立してゆくのですから。

 

そうやって、互いの人生を相関図で繋いで見ていくと。

物語の中で、直接マリウスとは人生が交錯していない、もう一人の主要登場人物……ファンティーヌとマリウスとの間にも、実はとても密接な関係が見えてきます。

どおりで、ファンティーヌの最後の登場シーン=霊体の彼女の近くにもまた、マリウスが同席していますよね。

 

その話も、また改めて。

 

 

 

 

 


 

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