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初めに

 

3 レビ記(祭司の務めに関する記録、エジプトを出た直後のこと、シナイ山でのこと)
モーセによる記録
記された場所:荒野 

記された年:BC1512 

扱われている年代:BC1512の一か月間
 

概要

種々の犠牲のための規定(1:1-7:38)
祭司の任職(8:1-10:20)
清さに関する律法(11:1-15:33)
贖罪の日(16:1-16:34)
血と他の事柄に関する法令(17:1-20:27)
祭司職と祭り(21:1-25:55)
従順と不従順の結果(26:1-26:46)
その他の法令(27:1-27:34)

 

意義
(レビ記は、エジプトを出た直後に与えられた、エホバの民としてのおきてと法令である。)
エホバとエホバの属性と被造物に対するエホバの行動の仕方を理解する助けとなる。
エホバの考えの基本的な原則と預言的な型や預言そのものを含んでいる。
  

レビ記の主要な七つの点は、
(1)エホバの主権
律法の授与者であられることを示している。
(2)エホバのみ名
エホバのみ名は聖なるものとされるべきであることを示している。

(3)エホバの神聖さ
エホバを崇拝する者もエホバの神聖さのために神聖なものとならなければならないこと(取り分けられたもの)を示している。
(これは不敬虔な世から離れているべきことを示している。)
(4)罪について
何が罪であるかを明示され、罪を犯した時、常に贖罪の犠牲を要求されていること、罪の告白、悔い改め、その償いも要求されていることを示している。
その一方で決して許されない罪につていも示されている。
エホバが犠牲を要求しているということは、正しい手順で犠牲を捧げれば、エホバはそれを受け入れられ許して下さることを意味している。
(5)血について
血を食べてはならないことを示している。
血の唯一の用い方は犠牲を捧げる時と贖罪の時と(神との契約の時)だけであることを示している。
(6)罪科と処罰とのバランス
立場により罪に対する責任と刑罰が異なること。
故意の罪と無意識の罪に対する刑罰が異なること。
支払い能力に応じた賠償などが示されている。

(7)公正と愛
仲間(同胞)に対して自分自身のように愛することを示している。
(これは、仲間に対して、悪事をせず、親切や思いやりを示すことである)
特に、幕屋での奉仕は、天にあるものを模型的に示したものであり実体(天)の影(写し、外観)である。
それは、キリストの立場やキリストの役割、犠牲の意味を示している。

レビ記は、一言で言えば「祭司の役割の詳細な法律」であり、イスラエルの子らに対する律法や法令や司法上の定めは、祭司が民の贖罪を行うための根拠となる規則となっている。
イスラエルの子らの中にあって、レビ族は「神により、取り分けられた部族」であり、
いわば、神とイスラエルの子らとを仲介する部族である。
モーセとヨシュアがいなくなった後は、大祭司と年長者たちがすべてを決定したのである。
一時的に、裁き人や預言者が用いられる時代もあった。

際立った点
アロンの祭司職が創設され、機能しはじめる。
神との是認された関係を保つ点での犠牲。
汚れを防ぎ、聖なる状態を保つための細かな規定。
安息日およびエホバに対する季節ごとの祭り。
従順に対する祝福と、不従順に対する呪い。

要点 (神の奉仕者に対する規定)
1 イスラエルに対する清め
2 祭司の任命
3 汚れと清め
4 贖罪の日
5 血について
6 数々の罪について
7 安息日について
8 季節ごとの祭りについて
(名前が出ていないが、

収穫の祭り、7週の祭りはペンテコステと呼ばれている。
ニサンの16日(刈り入れの日)からシワンの6日(収穫の祭りの日)までの50日間をも示している。

予表:ニサンの16日⇒イエスの復活=初穂(天の召しに与る初穂)

シワンの6日⇒ペンテコステの日、およそ3000人がバプテスマを受けた=収穫の祭り)
 

9 エホバの取り決めに災いを呼び求めたり冒涜した者に対する処罰。
10 土地の安息とヨベルと50年と回復の年の規定と買い戻しの規定。
11 従順と不従順に対する祝福と懲罰。
12 誓約について。
13 十分の一について。

参考
レビ記は申命記と並んでエホバの法令集である。

(他にも部分的に以下の名前で何度も出てくる。)
1 おきて⇒憲法に相当
例 十戒 ~してはならない。
いわば、理屈抜きの命令である。
2 法令⇒政令に相当
例 ~してはならない。~すべきである
厳格な手順を示した法律である。
3 司法上の定め⇒細則(刑罰)に相当
例 ~する者がいれば・・・(罰するなど)せられるべきである。~するように。
4 律法エホバの指示

四種類の捧げ物と二種類の犠牲、子供を産んだ時、らい病、らい病の災厄があったもので自分の清めの立証のための資力がない者、射精、月経など、ナジル人、天幕の中で死んだ場合、

などが律法であると示されている。

 

ある時は、律法、おきてと、また、ある時は法令、司法上の定めなどと、同じ事柄に関して「別の表現」をしていることもある。

そのため、これらを明確に区別することは困難である。

むしろ、すべてを律法もしくはおきてと「読み替えた」方が分かり易いかも知れない。

また、明確に区別することが出来なくても、これらすべてを守ることは、

人にとって「最善であり、最も益のある」ことである。
 

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内容と解説


1章(捧げ物に関する法令)
エホバからモーセ(イスラエルの子らに対して)

 

家畜の中からエホバに捧げ物をする場合。
1 牛または羊の群れの中からであること

牛の群れの中からの焼燔の捧げ物のである場合。
1 雄で傷のないものであること
3 自発的意志によるものであること
4 捧げる者は焼燔の捧げ物の頭の上に手を置くこと
  そうすることで自分の贖罪を行うための捧げ物が慈しみを持って受け入れられる。
5 若い雄牛はエホバの前でほふること
6 祭司はその血を祭壇の上の周囲に振りかけること
7 焼燔の捧げ物の皮をはぎ、各部分に切り分けること
8 祭司は祭壇の上に火を置き、その上にまきを並べること
9 小部分にしたもの、頭、腎脂肪を共に祭壇の上のまきの上に並べること
10 腸とすねは水で洗うこと
11 そのすべてを祭壇の上で焼いて煙にすること

若い羊かやぎの中からの焼燔の捧げ物である場合。
1 傷のないものであること
2 祭壇の脇、北側で、エホバの前でほふること
3 祭司はその血を祭壇の上の周囲に振りかけること
4 焼燔の捧げ物の皮をはぎ、各部分に切り分けること
5 祭司は祭壇の上に火を置き、その上にまきを並べること
6 小部分にしたもの、頭、腎脂肪を共に祭壇の上のまきの上に並べること
7 腸とすねは水で洗うこと
8 そのすべてを祭壇の上で焼いて煙にすること

鳥の中からである場合。
1 やまばとか若い家はとであること
2 祭司は祭壇のところで首をひねり取ってから祭壇の上で焼いて煙にすること
3 血は祭壇の側面に注ぎ出すこと
4 餌袋と羽を取り除き、それを祭壇の脇、東側の脂灰のための場所に投げること
5 翼のところでそれを切り開くこと
  それを切り分けてはならない
6 祭司はそれを祭壇の上の、火の上にあるまきの上で焼いて煙にすること

これは、焼燔の捧げ物、エホバへの火による安らぎの香りの捧げ物である。
(このように幾つかの例が示されているのは、
捧げ物をする者の「資力」に応じてのことである。
裕福なものが、いわば、やまばとなどを焼燔の捧げ物としてはならないのである。)

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2章
穀物の捧げ物である場合。
1 上等の麦粉であること
2 その上に油を注ぐこと
3 その上に乳香を添えること
4 それらを祭司のもとに携えて行くこと
5 祭司はそれらすべてを共に一握りつかむこと
6 祭司はそれを祭壇の上で焼いて煙にすること

これは、エホバへの火による安らぎの香りの捧げ物である。
残りは、火によるエホバへの捧げ物からの極めて聖なるものとしてアロンおよびその子らのものとなる。
(アロンおよびその子らは、祭司の家系であり、こうしてエホバに養われることになるのである。
カナンの土地の配分には与らないのである。)

かまどで焼いたものを穀物の捧げ物とする場合。
1 上等の麦粉でできたもの、すなわち油で湿らせた輪型の無酵母パンか油を塗った無酵母の薄焼きであること

焼き板でこしらえた穀物の捧げ物である場合。
1 上等の麦粉のもの、油で湿らせた無酵母のものであること
2 それを細かく砕くこと
3 その上に油を注ぐこと

揚げなべでこしらえた穀物の捧げ物である場合。
1 上等の麦粉に油を入れて作ったものであること

これらで作った穀物の捧げ物を祭司に差し出すこと
祭司はそれを祭壇の近くに携えて行くこと
祭司は穀物の捧げ物の幾らかを祭壇の上で焼いて煙にすること
これは、エホバへの火による安らぎの香り捧げ物である
残りは、火によるエホバへの捧げ物からの極めて聖なるものとしてアロンおよびその子らのものとなる。

(注意点)
穀物の捧げ物はすべてパン種を入れて作ったものであってはならない
酸い練り粉や蜜を捧げ物として焼いて煙にしてはならない。
初穂の捧げ物をエホバに差し出す。
しかし、それらは安らぎの香りのために祭壇に載せられてはならない。
穀物の捧げ物としての捧げ物にはすべて塩で味を付けること

(腐敗を防止するためと考えられる。)
穀物の捧げ物の上から、契約の塩を絶やしてはならない

熟した初物を捧げる場合。
1 緑の穂を火で炒ったもの、新しい穀物の粗びきを差し出すこと
2 それには油をかけ、その上に乳香を置くこと
3 祭司はその粗びきと油の幾らか、および、そのすべての乳香を焼いて煙にすること
これは、エホバへの火による捧げ物である。

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3章
捧げ物が供与の犠牲である場合。

牛の群れの中から出す場合。
1 雄であれ雌であれ、傷のないものであること
2 手を捧げ物の頭の上に置くこと
3 会見の天幕の入り口でほふること
4 祭司はその血を祭壇の上の周囲に振りかけること
5 腸の周りのすべての脂肪、肝臓の付属物は、腎臓と一緒に除き去ること
6 祭司はそれを祭壇の上の火の上のまきの上の焼燔の捧げ物の上で焼いて煙にすること
これは、エホバへの、火による安らぎの香り捧げ物である。

羊の群れの中から出す場合。
1 雄でも雌でも傷のないものであること

若い雄羊を捧げ物として差し出すさしだすのであれば、
1 エホバの前に差し出すこと
2 手を捧げ物の頭の上に置くこと
3 会見の天幕の入り口でほふること
4 祭司はその血を祭壇の上の周囲に振りかけること
5 脂肪を火の捧げ物として差し出すこと
6 脂肪質の尾はそっくり背骨の近くで除き取ること
7 腸についたすべての脂肪と二つの腎臓とそれについた脂肪も腰の上にあるものと同じようにすること
8 肝臓の付属物や腎臓と一緒にこれを除き去ること
9 祭司はそれを祭壇の上で焼いて煙にすること

やぎである場合。
1 エホバの前に差し出すこと
2 手をその頭の上に置くこと
3 会見の天幕の入り口でほふること
4 その血を祭壇の上の周囲に振りかけること
5 腸についたすべての脂肪と二つの腎臓とそれについた脂肪を腰の上にあるものと同じようにすること
6 肝臓の付属物は腎臓と一緒に除き去ること
7 祭司やそれを祭壇の上で焼いて煙にすること

(注意点)
脂肪はすべてエホバのものである。

これは、あなた方の住むすべての所で代々定めのない時に至る法令である。
すなわち、脂肪も血もいっさい食べてはならない

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4章
エホバからモーセへ(イスラエルの子らに対して)
罪の捧げ物に関する詳細。
してはならないとエホバの事柄のいずれかに関して間違って罪を犯し、その一つをしてしまった場合。
  
1 油注がれた祭司が罪を犯して民に罪科もたらした場合。

2 イスラエルの全会衆が罪を犯した場合。

3 長たる者が罪を犯し、
してはならないと神エホバの命じるすべての事柄の一つを意図せずに犯して罪科を持つ者となり、
あるいは、おきてに対して犯した罪が当人に知らされた場合。

4 その地の民
してはならないと神エホバの命じるすべての事柄の一つを意図せずに犯して罪科を持つ者となり、
あるいは、おきてに対して犯した罪が当人に知らされた場合。

祭司は罪を犯した者の罪のために贖罪を行わなければならない
こうして、その者は許されることになる。
  
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5章
1 公然たるのろいのことばを聞いたゆえにその証人であるのに、あるいはそれを見たり知ったりしたのに、それを報告しないことによって罪を犯した場合。

2 死体など汚れたものに触れたり、人が何らかの汚れに触れた罪科を持つ者となった場合。

3 誓いをし、何であれ人が誓いのことばによって無思慮に話すような事柄に関して、何らかの悪いことをあるいは善いことを行うとその唇で無思慮に話した場合。

これらの一つに関して罪科を持つ者となった場合、
(1) 自分がどのような点で罪を犯したかを告白しなければならない。
(2) その者は罪科の捧げ物を携えて来なければならない。
(3) 祭司はその者のために、その罪のために贖罪を行わなければならない。

4 エホバの聖なる物に対して間違って罪を犯した場合。
 
5 エホバがしてはならないと命じる事柄の一つを行って罪を犯した場合。
そのことを知らなかったとしても、その者は罪科のある者となっており、自分のとがに対する責めを負わなければならない。

 

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6章
1 ある魂がエホバに対して不忠実に振る舞い,自分にゆだねられた物あるいは手に託された物あるいは強奪の行為に関して自分の仲間を欺き,あるいは自分の仲間からだまし取り,あるいは何か失われた物を見つけたのにそれについて欺きを述べ,何にせよすべて人が行なって罪となる事柄に関して偽りの誓いをし,これによって罪を犯した場合。

エホバからモーセへ(アロンの子らに対して) 
2 焼燔の捧げ物に関する律法 

3 穀物の捧げ物に関する律法

4 アロンが油をそそがれる日に彼とその子らとがエホバにささげる捧げ物に関する律法

任職の犠牲

エホバからモーセへ(アロンの子らに対して)
5 罪の捧げ物に関する律法
焼燔の捧げ物がいつもほふられる場所において、罪の捧げ物もエホバの前でほふられる。
それは極めて聖なるものである。
罪のためにそれをささげる祭司がそれを食べる。
それを聖なる場所、会見の天幕の中庭で食べる。
その肉に触れる物はすべて聖なるものとなる。
祭司のうちのすべての男子がそれを食べる。
しかし、罪の捧げ物で、聖なる場所において贖罪を行うためその血の幾らかが会見の天幕の中に携え入れられたものは、決して食べてはならない。

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7章
1 罪科の捧げ物に関する律法

2 人がエホバにささげる共与の犠牲に関する律法
(1) 感謝の表明である場合。
(2) 誓約または自発的な捧げ物である場合。

(注意点)  
脂肪は用いても良いが決してそれを食べてはならない
は食べても良いが血はいっさい食べてはならない

以上が、
エホバへの火による捧げ物の中からアロンが祭司として受ける分,またその子らが祭司として受ける分であった。それはエホバに対して祭司の務めを行なわせるために彼らを立たせた日に[定められたもの]であり,イスラエルの子らの中から彼らに油そそぎを行なう日に,それを彼らに与えるようにとエホバが命じたとおりである。これは代々定めのない時に至る法令である。

焼燔の捧げ物、穀物の捧げ物、罪の捧げ物、罪科の捧げ物、任職の犠牲、共与の犠牲に関する律法である。

エホバに捧げ物を捧げるようにとシナイの荒野でイスラエルの子らに命じた日に、エホバがシナイ山でモーセに命じたとおりである。

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8章
エホバからモーセへ(イスラエルの子らに対して)
集会の人々を会見の天幕の入り口に集合させ、その前で、アロンとその子らの任職を行った。
1 服装
2 油注ぎ
3 贖罪
4 焼燔の捧げ物(エホバへの安らぎの香りのため)
5 任職の犠牲
6 振揺の捧げ物

アロンとその子らは、エホバがモーセを通して命じたすべての事柄を行った。

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9章
(モーセからアロンとその子らおよびイスラエルの年長者たちに対して)
アロンとその子らおよびイスラエルの年長者たちを呼び、
アロンには、罪の捧げ物、焼燔の捧げ物を、
イスラエルの子らには、罪の捧げ物、焼燔の捧げ物、共与の犠牲、穀物の捧げ物を、
取るようにと命じた。
 

アロンには、それを祭壇に捧げるようにと命じた。
1 アロンとアロンの家のため、罪の捧げ物と焼燔の捧げ物をささげ、贖罪を行った。
2 民の捧げ物をささげ、贖罪を行った。
 
この出来事の初めにアロンに命じた時、モーセは「今日エホバは必ずあなた方に現れてくださる」「エホバの栄光があなた方に現れるためである」と言った。

 

その結果、

アロンはすべてモーセが命じた通りに行い、最後にモーセとアロンは会見の天幕に入り、その後、出て来て、民を祝福した。


すると、エホバの栄光が民のすべてに現れ、エホバの前から火が出て、祭壇上の焼燔の捧げ物と脂肪部分とを焼き尽くした。


これを見て、民のすべてはどっと叫び声を上げ、またひれ伏した。

(イスラエルの子らは、度々エホバの栄光を目にしている。
エジプトでの十の災い、この時は、おそらく、ただただ、恐れただけである。
紅海では、ただただ、逃げるのに必死であった。
水や食べ物で不満を言った時は、疲労と将来に対する不安があった。
冷静に思い起こせば、これは、すごい奇跡だが、イスラエルの子らがこれをどれほど実感していたかは分からない。
その後、何度も不平、不満を述べ、おきてに逆らうことをして、遂に、エルサレムの滅びを経験することになるからだ。

しかし、

シナイ山(ホレブ)での、出来事は、

モーセを通じて、直接、イスラエルの子らに対する契約を結ばれ、

ただ、モーセを通じて、伝えただけでなく、実際に、エホバの栄光を示されたのである。
こうして、エホバはご自分の「力」とご自分の存在つまり「栄光」を直接現すことで、

エホバのおきて、つまり、律法、司法上の定め、法令に、いわば、「重み」を付け加えられたのである。)

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10章(アロンの息子たちによる事件)
アロンの子、ナダブとアビブは、適法でない火をエホバに捧げた時、直ちに、火がエホバの前から出て二人を焼き尽くした


その時、モーセはアロンに「わたしに近い者たちの間で、わたし(モーセ)が神聖なものとされるように、民のすべての顔の前で、わたしが栄光あるものとされるように」と告げた。
(これは、おそらく、モーセに対する、いわば、「侮り、軽く見る」ことが、(陰で)あったことを示していると思われる。

実際、後に、実際に、アロンとミリアムがモーセに逆らったことがあり、エホバご自身がこれを正された。)
 

しかし、アロンは沈黙を守った
(二人の息子の死とモーセに対する敬意の欠如に対して、自分の責任を感じていたと思われる。

あるいは、わだかまりやしこりが残っていたのかも知れない。)
 

モーセはさらに、二人の遺体を「長い衣のまま」宿営の外に出すように、アロンの叔父の子、

ミシャエルとエルザバに命じた。
 

その後モーセは、アロンの残りの二人の息子、エレアザルとイタマルに対して、祭司としての「頭」を、服装と整えるようにと命じた。
(おそらく、ナダブとアビブは、祭司としての服装はしていたが、頭を整えてはいなかったと思われ

る。レビ8:13、出39:28では「飾りの頭包み」と呼ばれている。ターバンと同じ位重要な服装の一部だった。)
 

加えて、(自分の兄弟の死を嘆き)自分の衣を裂いてもならないと告げた。
それは、二人が死ぬことがないため、神が全集会に対して憤られることがないためであると。
 

しかし、イスラエルの全家のあなた方の兄弟たちは、二人の死を泣き悲しむが、あなた方は会見の

天幕の入り口から出てはならない、死ぬことがないためだとも言った。
 

それから、

エホバはアロンに、会見の天幕に入るときには、ぶどう酒や酔わせる酒を飲んではいけない
死ぬことがないためであり、これは、定めのない時に至る法令であると。
 

これは、聖なるものと俗なるもの、汚れたものと清いものとを区別するためであり、

エホバがモーセを通して話したすべての規定をイスラエルの子らに教えるためであるとも言われた。

(おそらく、イスラエルの子らは、モーセを通して告げられた「エホバのおきて」などについて、

「ことば」としては聞いていても、理解と認識という点では、十分ではなかったことを示してい

る。)
 
その後、モーセはアロンと二人の息子たちに、エホバへの捧げ物のうち食べるものを指示した。
(これは、単に、いわば、家畜を飼ったり畑を耕さない祭司たちが、自分たちのための食料と考えていたが、

このあてがわれた分は、単に食糧としてだけでなく、特に、「やぎ」に関しては、食べることで、集会のとがに対する責めを負い、彼らのために、エホバの前で贖罪を行うようにするために、二人の息子に(もしくは、祭司たち)賜ったものであるとモーセは告げた。


ところが、やぎについては、焼かれてしまっていて残ってはいなかった。

それをモーセはエレアザルとイタマルに対して憤然としたが、

アロンは「今日、彼らは自分たちの罪の捧げ物と焼燔の捧げ物を捧げました。

なのに、このようなことがわたしに降りかかってきています。

わたしが、今日、罪の捧げ物を食べていれば、エホバの目には満足なことだったのでしょうか」と言った。 


これを聞いた時、モーセの目にはそれで満足であった。
(この出来事は、モーセの指示をエホバの指示とみなし、すべてその通りに従うことを銘記させることだったと考えられる。

つまり、モーセに対する侮りは、エホバへの不敬であることを思い知らせたということである。

特に、祭司たちは、厳格に守る必要があることを強調した出来事である。)

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11章
エホバからモーセとアロンへ(イスラエルの子らに対して)
1 食べて良いもの
獣のうち、ひづめが分かれていて、そのひづめが裂け目をなし、かつ、反すうするすべての生き物
 

2 食べてはならないもの
らくだ、岩たぬき、野うさぎ

 

3 食べてよいもの
水の中、海の中、奔流の中にいる生き物で、ひれとうろこのあるすべての生き物

ただし、ひれとうろこのないものは忌み嫌うものであり、その肉を一切食べてはならず、その死体も忌み嫌うものである。
 

4 飛ぶ生き物のなかで食べてはならない生き物
鷲、みさご、くろはげわし、あかとび、くろとびの類、
すべての渡りからすの類、
だちょう、ふくろう、かもめ、はやぶさの類、
小さいふくろう、鵜、とらふずく、白鳥、ペリカン、はげわし、こうのとり、さぎの類、やつがしら、こうもり、

翼があって四つんばいで進む群がる生き物は忌む嫌うものである。
 

5 翼があって四つんばいで進む群がる生き物のうち、食べて良いもの
足の上に跳ぶための脚があって、それで、地を跳ぶもの
移住いなごの類、食用いなごの類、こおろぎの類、ばったの類、
 

6 翼があって、四つ脚を持つ、他の群がる生き物すべては、忌み嫌うもの
どんな獣にせよ、ひづめが分かれていても裂け目をなしておらず、反すうしないものは、汚れたものである。
四つんばいで歩く生き物のうちかぎづめのある足で歩くすべての生き物は、汚れたものである。
(参考:人の指の爪は、分かれてはいるが、裂けてはいない。)
 

7 地に群がる生き物のうち、汚れたもの
もぐらねずみ、とびねずみ、とかげの類、ほろあしやもり、おおとかげ、いもり、すなとかげ、カメレオン
 

8 なんにせよ、木の器、衣、皮、粗布であれ、その上に「いずれかが死んだ状態」で落ちたなら、

それらは汚れたものとなり、水の中に漬けられ、夕方まで汚れたものとされる。
その後は、清いものとなる。
また、その中のものはすべて汚れたものとなる。
どんな土の器にしてもその中にこれらのいずれかが落ちるなら、その中の物はすべて汚れたものとなり、それを打ち砕くこと。
例えば、汚れた木の器に入れられた水は、汚れたものとなり、その水が「食べてよい食べ物」に掛かるなら、その食べ物は汚れたものとなる。

 
いずれかの死体が落ちた物はすべて汚れたものとなる。

泉と水を溜めた坑だけは引き続き清いとされる。

撒かれるはずの植物の種の上に、いずれかの死体が落ちることがあってもそれは清い。
しかし、種に水が掛けられていた場合は汚れたものとなる。

もし、自分の食用の獣のいずれかが死んだ場合、その死体に触れる者は汚れた者となる。
また、その死体の何かを食べた者は汚れた者となり、自分の衣を洗うこと。

地に群がるすべての群がる生き物は忌み嫌うべきものである。
それを食べてはならない

地に群がるすべての群がる生き物のうち、すべて腹ばいで進むもの、また四つんばいもしくは多くの足で歩くすべてのものを食べてはならない

群れをなす群がる生き物のどれによってもあなた方の魂(肉体)を忌み嫌うものにしてはいけない。
それによって身を汚し、汚れた者となってはならない

わたし(エホバ)はあなた方の神エホバであり、あなた方は自分を神聖なものとし、聖なる者とならなければならない。

地の上を動く群がる生き物のどれによっても自分の魂を汚してはならない

あなた方も聖なる者とならなければならない。
わたし(エホバ)は聖なる者だからである。

これが、獣、飛ぶ生き物、水の中を動き回るすべての生き物、地の上に群がるあらゆる魂に関する、 律法であり、汚れたものと清いもの、食べてよい生き物と食べてはいけない生き物とを区別するた
 めのものである。

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12章
エホバからモーセへ(イスラエルの子らに対して)
1 女が男子を産んだ場合の律法
2 女が女子を産んだ場合の律法

 

それぞれ、清めの日数が満ちた時、
若い雄羊の一年目のものを焼燔の捧げ物に、若いいえばとかままばとを罪の捧げ物として会見の

天幕の入り口へ、祭司のもとへ携えてくること。
こうして、贖罪を行うことで、その女は血の源から清くなる。
(つまり、月経もそうであるが、出血は「罪」であるということである。)

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13章
エホバからモーセとアロンに対して。
らい病に関する祭司の試験、清い、あるは汚れていると宣言するための律法

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14章
エホバからモーセへ。
らい病人が自分の浄めを立証する日に関する律法

これらは、すべてらい病の災厄、異常な脱毛、衣や家のらい病、発疹、かさぶた、斑紋に関する律法である。

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15章
エホバからモーセとアロンへ(イスラエルの子らに対して)
1 男が生殖器から漏出を起こしている場合。
漏出から清まった場合の処置と贖罪の方法
2 射精があった場合。
男が一緒に寝て射精をした女も水を浴びなければならず、夕方までは汚れた者とされる。
3 女に血の漏出があった場合。
4 女の血の漏出が月経でないのに長く続く場合。
 
これが、漏出の起きている男、射精があったために汚れるようになった者、汚れにある月経中の女、男子にせよ女子にせよ、すべて漏出の流れ出ている者、汚れた女と寝た男に関する律法である。

(射精と月経は正常なこと、漏出は病気だと考えられる。

いずれにしろ、汚れとされ清める必要があるということである。
病気の場合は贖罪が求められ、それ以外は衣や体を洗うことで清いとされる。)

 

16章に続く。

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内容と解説

 

29章-30章(祭司の務め)
1 香の祭壇を造る
(祭壇の四隅に)角が出るようにする
上面と側面と角に純金をかぶせること
周囲に金の縁飾りを造ること
金の輪二つを、縁飾りの下方、その二つの側面、二つの向き合う側に造ること
アカシの木でさおを造り、それに金をかぶせること
それを、証の箱の近くにある垂れ幕の前に置くこと

 

2 アロンは毎朝と二つの夕方の間にともしびををともす際にも薫香をくゆらせること
(ともしびをともすことと薫香をくゆらせることは絶えず、つまり、24時間行われたいた。)
香の祭壇には、適法でない香(アロン以外もしくは指定された者、大祭司の家系の資格ある者だけが許されたと思われる。)、焼燔の捧げ物や穀物の捧げ物を捧げてはならず、飲み物の捧げ物を注いでもならないと言われた。
 

3 アロンは、年に一度、その角の上で贖罪を行わねばならないと言われた。
贖罪のための罪の捧げ物の血のいくらかを(角に振りかける)もって、贖罪を行うようにと言われた。
 

4 人口調査を行う時には、各々自分の魂のための贖いをエホバに収めなければならない。
二十歳およびそれより上で登録された人々に移る者は皆エホバへの寄進をしなければならない。
その寄進物によって、魂の贖罪を行うのである。
贖罪のための銀子は、会見の天幕における奉仕のために納めなければならない。
 

5 銅の水盤と銅の台を造ること
会見の天幕と祭壇の間に置いて、その中に水を入れること
アロンとその子らは、そこで手と足を洗わねばならない。
会見の天幕に入る時、エホバへの火による捧げ物を焼いて煙にするため祭壇に近づいて奉仕する時、その水で手と足を洗うこと
 

6 最上の香物、没薬、香りの良い肉桂、香りの良いしょうぶ、カシア、オリーブ油、これをもって聖なるそそぎ油を作ること
塗り油作りの手によって混ぜ合わされたものとすること
モーセは、それをもって、会見の天幕と証の箱とに油そそぎを行うこと
食卓とすのすべての器具、燭台とその器具、香の祭壇、焼燔の捧げ物の祭壇とそのすべての器具、洗盤とその台にもそそぐこと
アロンとその子らにも油そそぎを行い、祭司の務めを行う際、彼らを神聖なものとすること

油を注がれるとは、神により任命されるということであり、

すなわちそれは、神聖なものとされる、つまり、特別に取り分けられたことを意味する。)


(注意)
そそぎ油を人の肉(肌)にすり込んではならない
これと似た配合をしたものを作ってはならない
 

7 モーセのもとに、香物を取り寄せるようにと言われた。
スタクテのしずく、オヌカと芳香を加えたガルバヌムと純粋の乳香をそれぞれ同量を取り、それらを混ぜ合わせて香を作ること
塗り油作りの仕事で、塩を加えた、純良で聖なるものである。
その幾らかを突き砕いて細かな粉末にし、その幾らかを会見の天幕の中の証の前に置くこと
それは、極めて聖なるものとされるべきであると言われた。
(注意)
自分のために、この配合で自分のために作ってはならないと言われた。

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31章
エホバは、ユダ族のフルの子であるウリの子ベサレルを、これらを造らせるために任命された。
知恵と理解力と知識とあらゆる技能とにおいて神の霊を彼に満たすであろうと言われた。
(ベサレルが有能であったからか、それとも、モーセのような人格者であったのかは分からない。
が、いずれにしろ、神エホバは、義にかなった有能な人材を適材適所に用いられている。)
更に、ベサレルの下に、ダン族のアヒサマクの子であるオホリアブを置くようにと言われた。
加えて、心の賢いすべての者の心に知恵を置き、その者たちが「わたしがあなたに命じたすべてのも

のを造るようにする」と言われた。
(これは、天から人を裁く時以外は、地の事柄はすべて「人」にさせておられることを示している。
ただし、十の言葉を書き記した二枚の石の書き板は、神エホバ自らが記され、それを神聖なものとされた。)
更に、エホバは「わたしの安息日を守るように」と言われた。
それは、エホバとイスラエルの子らとの間の世々にわたるしるしであり、エホバがイスラエルの子らを神聖なものとしていることを、イスラエルの子らが知るためのものだからであると言われた。
シナイ山の上で話し終えると、神エホバはモーセに証の書き板二枚を、神エホバの指によって書き記された石の書き板を与えた。

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32章-34章(民の罪とモーセのとりなしと全地において作り出されたことのない驚嘆すべき事柄を行
い、それを見るという契約における民の守べき務め)
 

モーセが長い間山から下りて来ないので、民はアロンに「モーセがどうなったか分からないので」
「自分たちの前を行く神」を作ることを求め、アロンはそれに応じ子牛の鋳物の像を作った。
 

すると、民はその像を「これがエジプトの地から導き上った神だ」と言い出した。
アロンはこれを見て、その像の前に祭壇を築き焼燔の捧げ物や供与の犠牲を供え始めた
 

そして、民は腰を下ろして食べたり飲んだりし、立ち上がって打ち興じた。
 

それを見ていたエホバは民に対し怒りが燃えたが、モーセはそれを和めようととりなしをした。
 

その後、モーセは両面に書き記した証の書き板二枚を手にして山を下り、宿営に近づき民がしていることを見て、モーセは怒りに燃え、山の麓で証の書き板を投げて微塵に砕いた
 

そして、子牛の像を取り、火で焼き、粉々になるまで砕き、水の面に撒き散らした
 

その後、モーセはアロンになぜ民に大きな罪をもたらしたのかと問い詰めた。
そして、民が気ままに振る舞っているのを見た
 

アロンが彼らをそうさせ、敵対する者たちの中にあって恥辱となることを行わせたからであった。
(つまり、エホバの民が、偶像に犠牲を捧げたり、その前で打ち興じたり、気ままに振る舞うこと
は、恥辱そのものであることを示している。
エホバをそのような像に置き換えること自体、エホバに対する不敬であり、エホバに恥をかかせることであった。
加えて、エホバが禁じた偶像崇拝でもあった。
エホバの怒りもモーセの怒りも当然であった。
民は、エホバの話されたすべての言葉を喜んで行いますと二度も、いわば、誓っていたのである。  出24:3、6)
 

そこで、モーセは宿営の門のところに立ち「エホバの側にいる者は、わたしのもとへ」と叫んだ。
そして、レビの子らがモーセのもとに集まると「あなた方は各々剣を帯び、各々自分の兄弟を、

各々自分の仲間を、各々自分の近しい者を殺せ」と命じた。
 

レビの子らはその通りにし、民の内およそ3000人が殺された
 

エホバはモーセに「だれでも私に罪を犯した者、その者をわたしは自分の書の中から拭い去る」 
それでも、エホバはモーセに「わたしがあなたに話した所に民を導いて行きなさい」と告げた。
 

加えて、「わたしは処罰を下すべき日に彼らの罪に対して必ず処罰を下す」と言われた。
(おそらく、その後、荒野を40年歩かせることで、罪に対する処罰を下されたのではないかと思われる。
もし、そうされなかったら、イスラエルの子らは荒野で減少し、カナンの地を征服するだけの人数がいなかったかも知れない。
荒野で、彼らが子を多く設けるようにされたのである。)

その後、モーセに「約束の地に向かって」行くことを命じている。
しかし、エホバは「あなたのうちにあって上って行くことはしない」「わたしが途中であなたを滅ぼ

し絶やすことのないためである」と言われた。
 

民は厳しい言葉を聞いて、嘆き悲しみ、誰一人飾りを身に着けなかった
エホバも飾りを身から外すように言われた。
 

そのため、イスラエルの子らはホレブ山以後飾りを身に着けなかった
 

モーセの方は、自分の天幕を宿営の外の遠く離れた所に張るようになった。
モーセは自分の天幕を「会見の天幕」と呼んだ。
エホバに問い尋ねる者は皆、その「会見の天幕」に出て行くのであった。
モーセがその天幕に出ていくと、民は皆立ち上がりそれぞれ自分の天幕の入り口に立って

モーセが自分の天幕に入るまでその後ろを見つめていた。
 

モーセが天幕に入ると、雲の柱が下って来て、その入り口にとどまり、神はモーセと話されるので

あった。
 

それを民は見て、立ち上がり、それぞれ自分の天幕の入り口で身をかがめた
 

そして、エホバは人がその仲間に話しかけるように、顔と顔と向かい合わせてモーセに話された
 

モーセが宿営に戻る時には、ヨシュアが従者としてその天幕にとどまった。
 

モーセは、エホバが共に上って行かないと言われたので、だれを遣わして下さるのかと尋ねると、

「このわたし自身が共に行き、必ずあなたに休み場を得させる」と言われた。
 

これに対して、モーセは「わたしとあなたの民とが、あなたの目に恵みを得ているということは何

によって分かるでしょうか」と尋ねた。
するとエホバは「あなたに話したこのこともまたわたしは行うであろう。あなたはわたしの目に恵みを得、わたしはあなたを名によって知ったからである」と言われた。 
(名によって知るとは、おそらく、モーセという名が示す意味がモーセの人となりを表すということだと思われる。
つまり、エホバに従順で忠実であり、エホバ以外のどんなものも神としないことが実証されたことを意味する。)


それでも、モーセは「あなたの栄光を私に見せて下さい」と言った。
それに対してエホバは、「わたしは、わたしのすべての善良さがあなたの顔の前を通るようにして、あなたの前にエホバの名を宣明する。
わたしは、自分が恵む者を恵み、自分が憐れむ者に憐れみを示す
更に「あなたはわたしの顔を見ることは出来ない。人はわたしを見て、なお、生きていることは出来ないからである」と言われた。
 

その上で、モーセに「(ある)岩の上に立つように」と言われた。
「わたしの栄光が通り行く際、わたしはあなたを岩の穴の中に置き、わたしが通り過ぎるまで、わたしの手のひらを仕切りとして、あなたの上に当てる。その後、わたしが手のひらをのけ(た時、)あなたは、まさに、わたしの後ろを見るであろう」と言われた。
(エホバの顔を見ることは出来ないが、後ろ姿は見ることが出来ると思われる。
これは、エホバの威力が顔の前面に出ており、ちょうど、太陽を直視出来ないのに似ていると思われる。
地球上の大気で和らげられていても、人は太陽を直視出来ない。
増して、大気がない状態で、つまり、宇宙空間で太陽を直視したら、たちどころに人は死んでしまうことは、誰でも理解している。
エホバの威力は太陽のそれ以上なのだ。
肉体では不可能でも、肉体ではない霊の体を持つ霊者なら、エホバを見ることは出来ると思われる。
また、幻でさえご自分の姿を表し示されないのは、偶像を造らせないためでもある。)

次いでエホバはモーセに初めのものと同じような石の書き板二枚を切り出し、シナイ山に上って来るようにと告げた。
しかし、他のだれも山に上って来てはならず、山のどこにいてもならず、羊も牛も山の前で草を食ん

でもならないとも告げた。
 

そこでモーセはそのようにした。
するとエホバは雲のうちにあって下って来られエホバの名を宣明された。
 

エホバはモーセの顔の前を過ぎ行きつつ、

「エホバ、エホバ、憐れみと慈しみに富み、怒ることに遅く、愛ある親切と真実とに満ちる神、愛

ある親切を幾千代までも保ち、とがと違反と罪とを赦す者

しかし、処罰を免れさせることは決してせず、父のとがに対する処罰を子や孫にもたらして、三代、

四代に及ぼす」と語られた。
(ここで、エホバは、ご自分に関して述べておられる
これは、注目すべき事柄である。
なぜなら、エホバの特質を正しく語ることが出来る者は一人もいないからである。
また、その内容は、
おきてや司法上の定めや法令などに規定されている重大な違反を除き、一般的なとがと違反と罪については、直ちに処罰をされない、つまり、外見上は見過ごされるということを示している。
しかし、その処罰は、定めの時に、必ず行うということである。
しかも、父や子や孫に至るまでそれをもたらすと言われた。
これは、良いことについても悪いことについても、一族や家族の頭として、エホバに従うことの重大さを認識させるものであり、その責任を追求するものである。
従って、子や孫たちは、父母を敬い従わねばならないことも示唆している。)

また、エホバはイスラエルの子らと「契約を結ぶ」と言われた。
エホバの業、畏怖の念を抱かせる事柄をモーセと共に行うからである。
そのため、エホバはモーセに「わたしが今日命じる事柄を守るように」と告げた。
(エホバが民のために、畏怖の念を抱かせる事柄を行う、いわば、代償として、イスラエルの子ら

に、エホバの命じることを守るようにと命じているが、

これは、アブラハム契約のような、いわゆる片務契約ではなく、双務契約である。)
1 これから行く地に住む民と契約を結んではならない
彼らの祭壇を取り壊し、聖柱を微塵に砕き、聖木を切り倒すこと
 

2 自分のために鋳物の偶像の神々を作ってはならない
3 無酵母パンの祭りを、アビブの月(ニサンの月)の定めの時に七日の間食べるように
(これは、エジプトを出た、いわば、記念の行事である)
 

4 人も牛も羊も、男の子と雄の初子は、すべて「エホバのもの」である。
ろばの初子は羊で請け戻すこと
人の初子はすべて請け戻すように
 

5 安息日を守るように
6 小麦の収穫の熟した初物で七週の祭りを、
また、年の変わり目に取り入れの祭りを行うこと
 

7 年に三回、すべての男子は、エホバの前に出ること
すなわち、無酵母パンの祭り、七週の祭り、仮小屋の祭りの時である
年に三回、神エホバの顔を見るために上っている間は、誰も、自分たちの土地を欲する(奪う)ことはないと約束された


8 エホバへの犠牲の血を、パン種の入った物と共にほふってはならない。
(つまり、捧げてはならないということである。出23:18)
 

9 土地の熟した初物のうち最良のものをエホバの家に携えて来るように
10 子ヤギをその母の乳で煮てはならない
 
無酵母パンの祭りはニサンの15-21日:3月中旬-4月中旬
七週の祭りはシワンの6日(ペンテコステ):5月中旬-6月中旬
仮小屋の祭りはティシュリの15-21日、22日は聖会を行う:9月中旬-10月中旬
   

参考:
ニサンの14日は過ぎ越しの日

ペンテコステはニサンの16日から50日目
ティシュリの1日はラッパの吹奏の日、10日は贖罪の日である
こうしてみると、祭りが多くあるように見えるが、実際は、3月と5月と9月の三回である。)

その後、エホバはモーセに、これらの言葉を書き記すようにと命じている。
四十日四十夜、そこにとどまった。
パンを食べることも水を飲むこともしなかった
 

そして、エホバは十の言葉を、(石の)書き板に記された
 

モーセが山から下りて来た時、モーセの顔の皮膚が光を放っていたため、民はモーセに近づくこと

を恐れた。
 

モーセはアロンと集会の長たちを呼んで彼らと話をした後、イスラエルのすべての子らもモーセに

近づいて来たので、

エホバがシナイ山で話されたすべてのことを彼らに命じた。
 

モーセは話し終えると自分の顔にベールを掛けたが、エホバの前で話すときにはベールを外した

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35章(何事においても安息日を守ることと寄進物を取り集める)
モーセは幕屋の建造に取り掛かる前に、安息日を守るようにとエホバの言葉を告げた。
それから、エホバへの寄進物について話した。
心から進んで行う者は皆、それをエホバへの寄進物として携えて来なさい」と。
1 金
2 銀
3 銅
4 青糸
5 赤紫に染めた羊毛
6 えんじむし緋色の物
7 上等の亜麻
8 やぎの毛
9 赤紫に染めた雄羊の皮
10 あざらしの皮
11 アカシアの木
12 明かりのための油
13 そそぎ油および薫香のためのバルサム油
14 エフォドおよび胸掛けのためのしまめのうとはめ込み石

続いて、
モーセがイスラエルの子らに「あなた方のうち、心の賢い者は皆、来て、エホバの命じたすべての
物を造るように
」と告げた。
1 幕屋
2 天幕と覆い
3 その留め金と区切り枠
4 その横木
5 その柱と受け台
6 (契約)箱とそのさお
7 覆いと仕切りの垂れ幕
8 食卓およびそのさおとすべての器具
9 供えのパン
10 明かりの燭台
11 その器具とともしび皿と明かりのための油
12 香の祭壇とそのさお
13 そそぎ油と薫香
14 幕屋の入口のための入口の仕切り幕
15 焼燔の捧げ物の祭壇とそのための銅の格子
16 そのさおとすべての器具
17 水盤とその台
18 中庭の掛け布
19 その柱と受け台
20 中庭の門の仕切り幕
21 幕屋の天幕用留め杭
22 その細綱
23 聖なる所での奉仕のための編み物細工の衣
24 祭司アロンのための聖なる衣
25 祭司の務めを行なうための子らの衣

心に促された者、霊に鼓舞された者たちが指示された寄進物を自発的な捧げ物として携えてやって来
た。
 

次いで、モーセはイスラエルの子らに、
「エホバは、ユダ族のフルの子であるウリの子ベサレルを指名され、知恵において、理解力と知識とあらゆる技能とにおいて「神の霊」を彼に満たされた


様々な仕組みを考案するため、金、銀、銅の細工をするため、石の細工、木の細工において工夫に富むあらゆる品物を造るためである。


このベサレルとダン族のアヒサマクの子であるオホリアブとがそれを教示するようにされた。
それを、職人、刺しゅう師、織物師、機織り人、あらゆる仕事、さまざまな仕組みを考案する人々の仕事を行うようにされた」と言った。
(これは、つまり、エホバは先ず有能な者を選び、その者たちが存分に能力を発揮出来るように、

ご自分の霊を彼らに付与されたということである。
設計図はエホバによって示されたが、その設計図に基づいて、実際に物を造るには、さまざまな工夫と知恵が必要になる。

これは、建築士が優れた設計図を描いても、実際に、それを造り実現するには、有能で技量のある大工が必要なのと同じである。


これは、天地創造の時の、エホバと独り子の関係に似ている

つまり、エホバが「光よあれ!」と言われると、それを、エホバのご意志に沿って完全に造り上げたのが独り子であり、その独り子は有能であり、その独り子をご自分の霊で満たされたのである。
   

天と地のすべてのものは、エホバの設計によりイエスによって造られたのである。

 

後の時代、モーセはエジプトの最高の教育を受けていたと思われる。
ヨセフは父ヤコブに可愛がられ様々なことを教えられ知恵に富んでいたと思われる。
ダビデは兵士として有能であった。
ルカは医師であり論理的思考の持ち主であった。

他に、エズラ、ネヘミヤ、エゼキエル、イザヤなども有能な人材だった。

預言者エリヤも。
    

つまり、エホバは人格だけではなく、時に応じて有能な男子を用いられたということである。
   

パウロは律法に通じた熱心な神の崇拝者であった。
初めは、イエスの弟子たちを迫害していたが、後に、イエスにより改宗させられた後は、熱心なイエスの弟子となった。
    

パウロには、イエスについて証しするだけの知識を持っていたということであり、イエスはそうしたパウロを活用されたのである。
    

熱心さの当然の帰結として、最後にはパウロはローマ人によって処刑された。
    

ヨハネを除く十二使徒たちは、キリストの死のバプテスマのために迫害によって「死ぬ」必要があった。 パウロも同様である。
    

天でキリストと共になる者たちは、キリストと同じ迫害を受け「死ぬ」必要があるのである。
地上で生きる希望を持つ人々は必ずしも、迫害で「死ぬ」必要はないのである。
それでも、迫害で亡くなる人もいる。啓18:20、24
これらの多くの人々は、病気や老衰など「自然な死」を迎えるのである。)

(参考:エホバは、いわゆる、愚鈍な者は嫌いである。
幼子のように、純粋で疑いを持たない者を好まれる。
忠実な者には試練が望むがそれを全うした者には必ず報いを与える。
忠誠は、心の問題、心の状態で、外見からは見えにくいものであるが、エホバはそれを見ておられる、つまり、人の腎を見ておられるのである。-エレミヤ11:20
誰も、エホバを欺くことは出来ない)

(参考:おそらく、この当時ですら、エジプトでは金による、いわゆる黄金の装飾品が多数作られている。
幕屋の設計図を見ていると、まさに、黄金に輝いているように見える。
しかも、銀や銅なども用いている。
金は明るく太陽の輝き、銀は白く、いわば、月の輝きであり、銅は赤い夕陽のような輝きである。
金は黄色、銀は白色、銅は赤色を表していると思われる。
    

耐久性という観点では造られてはいない。
なぜなら、金は柔らかく剥がれやすいからである。
    

日本の蒔絵のように漆で加工をしていない。
日本の仏像や金閣寺など金を張り付けたものは、長い年月で剥がれ落ちている。
    

この幕屋が少なくとも40年以上、更には、ソロモンの神殿の建造迄500年以上続く程の耐久性はない。
金はそのままでは、くすむことはあっても朽ちることはない。
しかし、銀は変色し銅は腐食する。
それでも、現実に長い間継続し存在したということは、まさしく、エホバの働きによるものである。

加えて、白や青や赤やえんじむし緋色を多く用いている。
     

日本の仏壇に似ている点もある。
蝋燭の火を灯すことやご飯や水などを供える。
仏壇の周囲に縁飾りを付けたり、金箔で縁取りをする。
香を焚く。
神社や寺のお参りをする時には、手を洗う。
日本の祭りは五穀豊穣の祈願でもある。
民謡の囃子言葉にヘブライ語に似たものがある
     

おそらく、こうしたものは、中国から来たものと推測されるが、その由来は仏教であり、インドである。
インドは、当然、さらに西側のメソポタミアつまりバビロニアやアッシリアなどの影響を受けていることは確かである。
     

つまり、イスラエルやギリシャの影響を受けていても不思議はない。
    

大きな違いは、
神がご自分の存在や臨在を明確に現すことは、エホバ以外存在しない
更には、ご自分の臨在を、雲や火によって現し示されている。
雲や火は、いわば、目に見える力の象徴である。
他のもの、自然なものでは、人は立ち行かない。
雲と火が最も人に影響が少なく、また、明確に見えるものである。
天のみ座に座っておられる方は、碧玉、つまり、輝く赤や黄色や緑色のようであり、み座の周りには、エメラルドのような虹、つまり、透き通った緑色のような虹があると啓示4:3に示されている)


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36章-38章(寄進物の停止と幕屋に関するすべての物の製造とその費用) 
建造に必要な寄進物が必要量よりはるかに多くなったので、寄進を停止した。
次いで、幕屋のすべてのものをエホバに指示された通りに造っていった。
また、金、銀、銅について、半シェケルの量が、二十歳以上の登録されたすべての者に課された。
全部で六十万三千五百五十人であった。

+++++++++++++++++++++++++
39章(アロンための聖なる衣と装飾品と祭司の衣の製造)
アロンための聖なる衣と装飾品と祭司の衣の製造についても、同様に行われ、会見の天幕の幕屋の

ための仕事はすべて完了し、それをモーセのところに携えて来た。

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40章(幕屋の組み立て)
モーセはこれを、第一の月の一日に組み立てるようエホバに指示された
それは、第二年目の第一の月の一日のことであった。(BC1512、ニサンの月の一日)
 

幕屋の建て方についても指示された。
1 受け台を据え、その区切り枠をはめ、その横木を通し、その柱を建てた。
2 幕屋の上に天幕を広げ、天幕の覆いをその上に乗せた。
3 証を箱の中に入れ、さおを箱にはめ、覆いを箱の上に乗せ、その箱を幕屋の中(至聖所)に入

れ、その後、仕切りの垂れ幕を取り付けて、証の箱への接近を断った。
 

4 食卓を幕屋(至聖所)の外の北側に置き、その上に並べ重ねたパンを整えた。
5 燭台を幕屋(至聖所)の南側、食卓の前に据えた。
6 黄金の祭壇を会見の天幕の、垂れ幕(至聖所)の前に据え、薫香をくゆらせた。
7 幕屋の入り口の仕切り幕を取り付けた。
8 焼燔の捧げ物の祭壇を、会見の天幕なる幕屋の入り口の前に据えた。
9 水盤を会見の天幕と祭壇との間にすえ、その中に水を入れた。
モーセとアロンとその子らは、そこで、自分の手と足を洗った。
会見の天幕に入る時、祭壇に近づく時に洗うのである。

 

10 幕屋と祭壇との周囲に中庭を設け、中庭の門の仕切り幕を掛けた。
エホバの栄光が幕屋に満ち、雲が会見の天幕を覆っている時には、モーセは会見の天幕に入ること
が出来なかった。
イスラエルの子らは、雲が幕屋の上から持ち上がると、宿営を解くのであった。
昼は雲が、夜は火が幕屋の上にとどまっているのが、イスラエルの家のすべての者に見えたのであ
る。

 

+++++++++++++++++++++++++

参考:

出エジプト記を読むと、

1 エホバに逆らう者を、エホバは決して許されない

2 何が「人にとって悪いこと」かを明確に示された

ということが分かります。

しかも、

これらを文章で示されたのです。

 

1 何をすべきなのか

2 何をすべきではないのか

を明確に示されたのです。

 

続く、レビ記では祭司職に関する詳細を。

民数記ではなぜ荒野を四十年も旅をすることになったのか、その四十年間に何が起きたのかの詳細が示されており、

申命記では荒野での出来事を思い起こさせ、改めて追加された律法を付与しています。

イエス・キリストが三度悪魔の誘惑を受けた時、退ける時に用いられた「聖句」は三度ともこの申命記からでした。

ここまでが、いわゆるモーセ五書です。

 

+++++++++++++++++++++++++

(参考:以下のように述べると驚かれる人もいるかも知れません。

あくまでも、参考としての考えです。

 

7世紀の初めに誕生したイスラム教はこのモーセ五書を元にしていると言われていますが、誤った解釈によるものです。

現代のキリスト教も聖書を元にしていますが、イスラム教同様誤った解釈によるものです。

ユダヤ教イエス・キリストを認めていない以上論外です。

他のすべての宗教は「真理」の内にはありません。

 

現代の争いの内、イスラム教の過激派グループは、いわば、キリスト教を奉じている国々に対して戦っています。

 

ある意味同士討ちのようにも見えますが、

イスラム教は、いわば、偶像礼拝をしているキリスト教と戦っているとも言えるのです。

 

イスラエルとハマスの戦いは、

ユダヤ教とイスラム教の戦いです。

どちらも、基本的にはキリスト教を認めてはいません。

 

エルサレムを取り巻く問題は、

ユダヤ教とキリスト教とイスラム教の問題であることは、ニュースでも報じられている通りです。

 

したがって、

イスラム教対キリスト教・ユダヤ教の戦いという構図でもあるのです。

(モーセ五書)対(聖書全般)・(いわゆる旧約聖書のみ)

 

おそらく、ヨシュアの時代であれば、現代のイスラム教の戦いは「諸国民」に対する「神の戦い」と言えるかも知れません。

彼らは「聖戦」と呼んでいます。

 

ですから、アフガニスタンのタリバン政権やイラン政権などイスラム諸国は、聖書的には「正しい」のかも知れないのです。

(ただ、時代錯誤であることには、違いはありませんし、神の指示や保護を受けていないことも確かです。)

 

現代は、もはや、古代イスラエルとは違うのです。

加えて、

現代は、イエス・キリストによる新しい契約の下にあります。

 

これから起こることは、事物の体制の滅びです。

これを生き残るか否かは、組織ではなく「エホバのご意思に基づく個人の振る舞い」であり、

いわば、野にいる二人の内一人が生き残るのです。

 

ものみの塔もエホバの証人たちもこの点優位な立場にあると言えますが、

なんら保証をするものではありません

 

実際、ものみの塔の言うことは、神に関することやムハンマドをイエスに置き換えれば、基本的にはイスラム教と似ているのです。

 

イスラム教はムハンマドがいわゆるモーセ五書を現代風に独自に解釈したものと考えられます。

イスラム教のいわゆる戒律はモーセ五書と似ており、

聖書に厳格に従おうとする、ものみの塔と似ているのです。

 

イスラム教で有名なメッカにある建物は、

モーセがエホバの指示によって建造した幕屋と対称を為すものです。

 

イスラエルの子らは、幕屋に行き、そこで祭司を通じて神に犠牲を捧げたり告白したり願い事をしていましたが、

イスラム教では、メッカにある建物がこの幕屋に相当するのです。

勿論、彼らはモーセの時代とは異なり動物の犠牲を捧げることはありません。

 

あなたはこれを理解出来ますか?

 

正しく理解出来ない人は、

「神に仕えて来た」と言いながら「裁き」を受けることになるのです。

つまり、

イエス・キリストによって「殺される」のです。

イエス・キリストはそのような人を「知らない」と言われたのです。-マタイ7:23

 

現代のイスラム教が戦っているのは、滅びに至る事物の体制の主要な国々(いわゆる東西諸国)です。

日本もその中に含まれています。

 

今の所、イスラム教は劣勢です。

 

いずれにしろ、これら三つの宗教(グループ)は「滅びる」ことになっています。

 

ちなみに、

ロシアとウクライナの戦争は、いわば、内輪もめです。

 

最後に、

過去に三度、国を失ったイスラエル人も、その後の土地に住んだ住民パレスチナ人も、

かつての、カナンつまりヨルダン川の東西、レバノン、死海南部のシナイ半島全域などに関する領有権は、人が勝手に決めたものです。権利は誰にもありません

互いに争うことは「無駄なこと」なのです。

 

プーチンに至っては「身勝手」そのものであり、

事物の体制の滅びにおいて、真っ先に「神の裁き」を受けるのです。

 

他にも、ミャンマーの軍事政権も同様です。

北朝鮮の金正恩も同様です。

アメリカのバイデンも同様です。

 

他の国の指導者には「平和に関する兆しが僅かながら」ないわけではありませんが、

いずれにしろ、体制の主要な国として「滅ぼされる」ことには違いはありません

 

 

以上、モーセ五書を土台としている三つの宗教に関連して述べました。)

 

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モーセ五書に続く書では、

ヨシュア記ではカナンの地の征服と分配が記されており、

裁き人の書では、ヨシュアの死後サムエルが登場するまでの間、イスラエルの子らを「裁く」者が不在だったため、エホバが裁き人や預言者を遣わし民を裁かれたことが記されています。

この書では、主に周辺の人々との争いに関して記されています。

その理由は、イスラエルの子らが配分された土地を完全に征服しその地の民(カナン人など)を排除しなかったことでエホバが預言したことが起きたことを示しています。

ルツ記では、いわゆる受け戻しの具体的な詳細が示されています。

サムエル記以後は、こうしたイスラエルの子らの歴史が、特に、王を求め、王による支配について述べられており、その結果、イスラエルが滅びに至る詳細が示されています。

また、女の胤であるイエス・キリストの誕生についても預言されています。

その系図を辿ることが出来るようにもされています。

これと重ね合わせるように、イスラエル以外の国々の将来についても預言されています。

約束の地カナンは、イスラエルが滅ぼされた後、誰のものでもないのです。)

 

こうして、

人類(アダム)が罪を犯した後、エホバが地上を回復するための道筋を継続されて来られたことが分かります。

 

途中、箴言や伝道の書やソロモンの歌などがありますが、

これは、神の知恵の一端やこの世での富や栄光などを求めることのむなしさ(価値がないこと)を示したものに過ぎません。

 

マタイによる書からヨハネによる書までの、いわゆる四福音書は、新しい契約に関するイエスの「いわば、おきて」、神の王国で共に支配する者たちに関する詳細が示されており、

その後の、使徒たちの活動の書からユダの手紙までは、それらの人々の「すべきこと、してはならないこと」や数々の問題の対処の仕方などについて記されています。

 

そして、ヨハネへの啓示の書では、AD2世紀以降から事物の体制の滅びつまり創世記3:15の、

お前(悪魔)とお前の胤の滅びの詳細が記されています。

最後に、

エホバの七日目が終わり、八日目の始まりまでが記されています。

 

つまり、

聖書全体は、エホバの七日目における、エホバの目的に関する地上の出来事のすべてが記されているということです。

 

創世記は人類の悪の始まりを、ヨハネによる啓示の書は人類の悪の終わりを、一貫して示しているのです。

 

このような書物は「他にはない」のです。

すべてが一貫しており、しかも、これらはおよそ1600年掛けて記されたものなのです。

 

しかも、それからおよそ2000年を経た今でも「真実」なのです。

 

つまり、今でも聖書によってのみ「人の生き方がどうあるべきか」が分かるのです。

 

続くレビ記は、神と人間との仲介者である「祭司」についての詳細が記されており、それは、

単に祭司職に関してのみならず、罪を犯した人が神との関係でどのようにあるべきかも示しています。

 

レビ記に続く。
 

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内容と解説

 

16章
エリムを出発し、シンの荒野に来た。
エジブトを出て、第二の月の十五日のことである。
 

イスラエルの子らは、モーセとアロンに対して、食べ物について、つぶやくようになった。
その時、エホバはモーセに、「天からのパン」を降らせると言われ、朝にはマナが夕方にはうずらをもたらされた。

そして、食べることの規定を伝えた。


また、この時、七日目に安息を守り、だれも自分の場所から出てはいけないと言われた。

(この時、初めて安息日を守るよう言われている。律法以前のことである。)

また、マナを一(いち)オメルをつぼに入れ、それをエホバのみ前に置くようにと言われた。


これ以後、イスラエルの子らは四十年間マナを食べ続けた
(後に、金のつぼに入れ契約の箱に置かれた。契約の箱の中には、この他に、アーモンドの花が咲

いたアロンの杖2枚の証の石板が入れられていた。

金のつぼは、ソロモンが神殿を建てた時にはなくなっていた。

その役目は終わっていたからと考えられている。)



エジプトからの脱出経路(拡大予想図)



(参考:

イスラエルの子らは、初めはゴシェンで牛や羊を飼う者であったが、

ファラオが都市を建設するために、彼らに労役を課し奴隷状態に置いたのは、ラメセスであった。

家族はゴシェンに住んでいた。

そのため、モーセに引き入れられたイスラエルの子らは、ラメセスからゴシェンを経てスコトに向かったと思われる。

ゴシェンはスコトの直ぐ近くにある。)

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17章
イスラエルの子らは、エホバの命令にしたがって、一行程ずつ進みレフィディムに宿営することに

なった。
 

ところが、そこに飲み水がなかったので、再びモーセに不満をつぶやき始めた。
 

この時、モーセは民に「なぜ、あなた方はわたしと言い争うのか、どうしてエホバを試み続けるの

」と言った。
(これは、カナンの地に携え入れるという、エホバに対する信仰の欠如を示している。)


エホバはモーセに、「民の前を通ってイスラエルの年長者たちのうちから幾人かを連れて行き、ホ

レブの岩を、ナイル川を打った杖で、打つように」と言われた。


イスラエルの年長者たちが見る前で、言われた通りに行った。
その場所をマッサ、また、メリバと呼んだ。
「エホバはわたしたちの中におられるのか、おられないのか」と言って、エホバを試みたからであった。

(この時、モーセは唯一の罪を犯した。神に栄光を帰さなかったことである。

そのため、約束の地に入ることを最後まで許されなかった。

ただ、山の頂に立ってカナンの全土を見ることのみ許されたのである。

-出エジプト記16:7、詩編33:8、申命記32:51)

その後、アマレク人がやって来て、レフィディムでイスラエルに戦いを仕掛けて来た。

ヨシュアに戦うよう命じ、モーセとアロンとフルは丘の頂に、まことの神の杖を手にして立った。

モーセが手を挙げると、イスラエル人が優勢になり下げるとアマレク人が優勢になった。


そのため、二人は、モーセを石の上に座らせ、モーセの両手を、各々支え続けた。
太陽が沈むまでそうしていた。
 

ヨシュアは、剣でアマレクとその民を制圧した。
 

その時、エホバはモーセに、「これを記録として書の中に記し、また、ヨシュアの耳に説き聞かせ

」「わたしはアマレクに関する記憶を天の下から全く拭い去る」と言われた。
(これは、将来、ヨシュアがアマレクと再び戦うことを示唆していた。

ヨシュアは、イスラエルの子らから選ばれた兵士であり、かつ、イスラエル全軍の指揮官でもあったことを示している。)
 

モーセはそこに、祭壇を築き、エホバ・ニシと呼んで「エホバは世々にわたってアマレクと戦いをされる」と言った。

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18章
ミディアンの祭司でモーセのしゅうとであるエテロは、エホバがどのようにしてイスラエルをエジプトから携え出されたかを聞いた。

それで、送り返されていたモーセの妻チッポラ(エテロの娘)と二人の息子を連れてモーセに会いに来た。


ゲルショムという名には「わたしは異国の地で外人居留者になった」、
エリエゼルという名には「わたしの父の神はわたしをファラオの剣から救い出して、わたしの助けてとなってくださった」、という意味である。
 

彼らは、まことの神の山(シナイ山)の荒野でモーセの宿営に来て、再会した。

その後、モーセはエテロに、エホバがイスラエルに関してファラオに行われたすべての事について

話した。
また、途中で臨んだすべての辛苦についても話した。
 

それを聞いて、エテロは喜び、エホバが褒め称えられるようにと言い、その後、エテロは神への焼 燔の捧げ物と犠牲を取り、そこへアロンとイスラエルのすべての年長者たちもやって来て、共にま

ことの神の前でパンを食べた。
(共に、食事をすることは、互いを受け入れたということの証であったことを示している。)

その翌日、モーセが一人で、民の訴えすべてを裁いているのを見て、エテロは良くないとモーセに話

し、問題を裁くための方法について提案した。
 

モーセはそれを聞き入れた
難しい問題はモーセが扱い、小さい問題は選ばれた人が扱うようにした。


そのために、まず、「どのような規定と律法があるかをイスラエルの子らに警告し、彼らが歩むべき

道となすべき業を知らせなければならない」と話した。
 

ついで、「民の中から有能な男子、神を恐れる、信頼できる人々、不当な利益を憎む者たちを選ん

で、それを千人の長、百人の長、五十人の長、十人の長を立てるべきだ」と告げた。


モーセはエテロが述べたところをすべて行った
 

その後、エテロは自分の土地へ戻って言った。
(イスラエルの子らの組織の始まりである。
民の上に立つ者はすべて男子であった。
また、年長者が常に重んじられていた
おそらく、最年長者が自分の家、自分の子ら、自分の部族の長になった。
労働は男子の役目、兵役も20才以上の男子の役目、家族や部族を守るのは男子の役目、
家族を養うことも男子の役目、

食事や家族の世話は女子の役目、家畜に水を与えるのは女子の役目、

家畜の放牧や羊の毛を刈ることなどは男子の役目、
おそらく、割礼は母親の役目、
犠牲を捧げることやそのための作業も男子の役目、
祭司も男子の役目、幕屋と神殿の仕事は男子の役目、
裁き人も大抵は男子の役目(後に、女子もいた)、
預言者も大抵は男子の役目(後に、女子もいた)などなど)

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19章
エジプトの地を出た後、第三の月の同じ日(十四日)に、イスラエルの子らは、シナイの荒野に入った。
 

モーセはまことの神の山に上ると、エホバがモーセに呼びかけ、「もし、わたしの声に固く従い、

わたしとの契約を本当に守るなら、あなた方は必ずわたしの特別な所有物となる。

そして、あなた方は、わたしに対して、祭司の王国、聖なる国民となる」と言われた。
(これは、いわば、諸国民に対して、イスラエルの子らの中にあるレビ人のような存在になるということである。)
 

それで、モーセは戻って、民の年長者たちを呼び、エホバの言葉を伝えた。

すると、民は全員一致して「エホバの話されたすべてのことをわたしたちは喜んで行います」と言った。
 

すると、エホバはモーセに、「わたしは暗い雲のうちにあってあなたに臨む。わたしがあなたと話す時に、民が聞くため、そして、あなたに対して定めのない時まで信仰を置くためである。」と告げた。
 

それから、モーセは民の言葉をエホバに報告した。
(このことにより、モーセはエホバの言葉を聞くために、いちいち山に上る必要がない上に、民も

エホバの言葉を聞くことが出来たと思われる。)

それから、「今日と明日、イスラエルの子らを神聖なものとするために、自分のマントを洗うように。

三日目に、エホバは民のすべての前でシナイ山に下る。あなたは民のために周囲に境を定めて、山 の中に入らないようにせよ。雄羊の角笛を吹き鳴らす時、イスラエルの子らは山に上って来て良い」と言われた。


モーセは山を下りて民を神聖なものとすることに取り掛かった。
そして、「三日のうちに用意しなさい。男子は女に近づいてはならない。」とも言われた。
(神聖なものとする時には、身を綺麗にするということであり、男女は関係を持ってはならないということである。
後に、射精をしたり、月経を「汚れ」とみなして、身を清めるようにとの法令を定めている。

レビ15:16-15:27) 

三日目の朝になると、雷と稲妻が生じ、厚い雲が山にかかり、角笛の非常に大きな音がした。


その時、モーセは、民を宿営から出し、まことの神に会わせるために、山の麓に立たせた。


すると、シナイ山全体は煙った
エホバが火のうちにあって下ってこられたからである。


その煙は窯の煙のように立ち上り、山全体が激しく揺れた


その時、モーセはまことの神と話を始めた。
 

その後、エホバはモーセを山の頂に呼び、「(ことの次第を)見ようとしてエホバの方に押し進む

ことがないようにと警告せよと命じ、また、常々エホバに近づく祭司たちも自分の神聖なものとす

るように」と告げた。
 

それから「下って行って、アロンと共に再び上ってくるように」と言われた。
それで、モーセは山を下り民にそれを話した。



参考
こうした現象は、単なる形だけではなく、実際、神の存在は、計り知れないエネルギーを持たれる

存在であることを示している。
いわば、火山が激しい噴火して黒い雲が立ち込めている状態を思わせる。
エホバがほんの少しだけ、その場に注意を向けただけでも、凄まじい威力である。
もし、神がみ使いを遣わさなければ人間は誰一人立ち行かないことを表している。

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20章
シナイ山の頂でモーセとアロンは十のおきてを与えられた。
1 他のいかなるものをも神としてはならない。
2 偶像崇拝をしてはならない。
3 神エホバの名をいたずらに取り上げてはならない。
4 安息日を守ること。
5 父と母を敬いなさい。
6 殺人をしてはならない。
7 姦淫をしてはならない。
(姦淫について、アダムは妻は一人だけであった。
ノアもおそらく妻は一人だけであった。
アブラハムとヤコブは一夫多妻を認められていたと思われる。
しかも、妾(はしため)も認めていた。
それで多くの子孫を設けたが、律法を与えられる前であった
イサクはリベカだけであった。
モーセもチッポラだけであった。
サムエルの妻は一人だけであった。
エリヤ、エリシャ、イザヤ、エレミア、エゼキエルなどは独身だったと思われる。    
ダビデは数人の妻を持ったが、仲間の妻を欲したため、終生家族に問題を抱えることになってしまった。

ソロモンのそばめは1000人にも上るが、そのため、最後には、異国の神々を崇拝するようになった。

 

イエスの時代には、おそらく、妻は一人だけしか認められていなかったと思われる。

十二使徒は「独身者のようだった」と思われる。
    

しかし、いわゆる、義兄弟結婚はずっと続いていたが、強制ではなかった
(日本でも戦中までは続いていた。)
    

聖書の中では、独身を貫けるなら、その方が良いとされている。)


8 盗んではならない。
9 仲間の者に対する証人となる時、偽りの証言をしてはならない。
仲間以外なら、嘘をついて良いということになる。

戦術として、騙すことは認められていた。)
 

10 仲間の家、妻など、仲間の者に属するどんなものも欲してはならない
仲間以外なら、欲しても良いということである。)
 

(これは、いわば、憲法である。)

エホバの臨在を見た民はわななき(恐れのために震え)、モーセに「神がわたしたちに話されるこ

とのないようにし、エホバの言葉をモーセが聴かせてくれるように」と言い出した。


次いで、エホバはモーセに、イスラエルの子らに「あなた方は、土の祭壇を作り、その上に焼燔の

捧げ物と供与の犠牲、羊と牛を犠牲として捧げなければならない。もし、石の祭壇を作るのあれば、

それを切り石にしてはならない。のみをそれに振るう際に、それを汚すことになるからだ。

-ヨシュア8:31
 

また、踏み段によってわたしの祭壇に上ってはならない。あなたの隠し所がその上であらわにされる

ことのないためだ」と言われた。
(当時、下着つまり腰帯=日本のふんどしのようなものは着けていたと思われる。

つまり、下着を見せては、あるいは、見られてはならないということを示唆している。
また、自分の裸や隠し所を見られてはならないとされていたのは、その人にとってだからと推測される。不名誉であり、精神の汚れでもあった。)

 

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21章-23章
更に、エホバは司法上の定めを話された。
(いわゆる、これが、ホレブで話されたエホバの律法である。
40年後、モアブで話されたエホバの律法とは異なり、改めて、律法が示されることになる。
モアブでの律法はホレブでの律法にさらに付け加えられたものである。)

(参考:シナイ山の別名はホレブ山と言われている。)
 

1 ヘブライ人の奴隷を買う場合。
男奴隷の場合と女奴隷の場合とでは扱いが異なる。
七年目には無償で自由にされた者として出て行く。

(いわば、人身売買のようであるが、限定的であった。

貧しさのために、誰かの元で働くこと=身売りすることは、当時は「奴隷」と同じ扱いであった。

つまり、現代において会社で働くことは「奴隷」状態ということである。)
 

2 人を打って死なせた場合。
故意の殺人でなければ、逃れ場所に逃げることが出来る。
故意の、悪巧みをもって人を殺した場合、死に至らせること。
自分の父母を打つ者は死に処せられる。
 

3 人を誘拐してこれを売り渡した者は必ず死に処せられる。
 

4 自分の父母に災いを呼び求める者は必ず死に処せられる。

(参考:

自分の父母の言うことに従わなければならないことを示している。

現代では、これを理不尽として、親の言うことを聞かない子供が多い

それは、社会に於ける「自由」な精神がそうさせていることは明白である。

しかし、

モーセの律法では、親に対する命令は「もっと厳しい」ものである。

親が正しく振る舞い、正しく子供を教えていることを求められている。

 

現代においては、この親が正しく教えられていないので、自分に子供を正しく教えることが出来ない。

そのため、当然の帰結として、子供の反抗が起きるのである。

 

イスラエルの子らにおいては、

親がモーセの律法に忠実である限り、子供は逆らうことは許されいなかったのである。

実際には、家族の命はすべて家族の長である父親に掛かっていたのである。

 

後に、カナンを征服するために戦ったとき、アカンの罪により家族すべてがエホバに裁かれて死に至らしめられている。

 

これは、親の間違いを家族が見過ごしたことを意味している。

もし、家族の誰かがアカンに諫言していたら、全員が殺されることはなかったのである。)

 

5 自分の奴隷を棒で打ち死んだ場合。
 

6 掴み合いをして妊娠している女を傷つけ流産した場合。
致命的な事故に至ったならば、
魂には魂、目には目、歯には歯、手には手、足には足、焼き印には焼き印、傷には傷、殴打には殴打を与えなければならない。

(これは、一般的には復讐のように考えられているが、相応のことで償いをするということである。)
 

7 自分の奴隷の目や歯を損ねた場合、自由にされる。

(いわば、損害賠償である。)
 

8 牛が人をついて殺した場合。
その牛は必ず石打ちにされるが、その肉を食べてはならない。
もし、その牛に突き癖があり、警告されていたにも拘わらず監守せず人を死なせた場合。
牛もその所有者も死に処せられる。
 

9 人が坑を掘ってそれに覆いをしないでいた時、その坑に牛またはロバが落ちた場合。
10 自分の牛が他人の牛を傷つけ殺した場合。
11 人が牛または羊を盗んでそれをほふるか売った場合。

もし、その盗人が見つけられたのが、夜だった場合は、その盗人を殺しても罪はない
 

12 自分の駄獣を放って別の畑を食い尽くさせてしまった場合。
13 火が広まって穀物の束や刈り取っていない穀物や畑が焼けた場合。
14 人が自分の仲間に金銭または品物を渡して管理させ、それがその人の家から盗まれた場合。
15 人が自分の仲間にろば、牛、羊、または、何かの家畜を渡して管理させ、それが死ぬか、不具

になるか、だれも見ていない間に連れ去られるかした場合。
 

16 人が婚約していない処女をたぶらかしてこれと寝た場合。
17 女呪術者を生かしておいてはならない。
18 獣と寝る者は必ず死に処せられる。
19 エホバ以外の神に犠牲を捧げる者は滅びのために捧げられる。
20 外人居留者を虐待したり圧迫したりしてはならない。
21 とんなやもめや父なし子も苦しめてはならない。
苦しむ者に金を貸す場合、利息を取ってはならない
衣を質に取ることがある場合、日の沈むころにはそれを返すこと
 

22 神の上に災いを呼び求めたり、長たる者をのろったりしてはならない。
23 満ち満ちた産物と搾り場からあふれ出るものとを惜しみつつ捧げてはならない
24 あなたの子らのうち初子はわたし(エホバ)に捧げるように。
牛また羊に関しては、七日の間は母の元に留まり、八日目にエホバに捧げるように。
 

25 あなた方は、エホバに対して聖なる者となるべきである。
野にある野獣に引き裂かれた肉を食べてはならない。
それは、犬に投げ与えるべきである。
(これは、何にせよ、汚れとされたことをしてはならないということである。)

(人が聖なる者となるとは、

すべてエホバのおきてに従うことによって「なる」のである。)
 

26 真実でない報告を取り上げてはならない。
27 邪悪な者に加担して暴虐をたくらむ証人となってはならない。
28 よこしま事柄のために群衆に従ってはならない。
29 論争に関する証言に際し、群衆と共にそれを行って公正を曲げようとしてはならない。
30 立場の低い者に関して、その者の論争のさい偏った好意を示してはならない。
31 あなたに敵する者の牛やろばが迷っている場合。
32 あなたを憎む者のろばが荷の下でうずくまっているのを見た場合。
33 貧しい者の論争において、その者に対する司法上の決定を曲げてはいけない。
34 偽りの言葉から遠く離れているように。
35 潔白な者や義なる者を殺してはならない。
36 わいろを受け取ってはならない。
37 外人居留者を虐げてはならない。
38 六年の間土地に種を蒔き、その産物を取り入れるように。
七年目には、休閑させておかなければならない。
貧しい人々がそこから食べることになる。
 

39 六日の間自分の仕事をし、七日目には仕事を行わないこと。
40 エホバがあなた方に述べたすべてのことに注意しているように。
41 他の神々の名を唱えても、口から聞かれることがあってもならない。
42 年に三回エホバに対する祭りを行うこと。
無酵母パンの祭り(過ぎ越しの祭り。申16:1)
熟した初物の祭り(最初に鎌を入れる時。申16:9)
取り入れの祭り(仮小屋の祭り。申16:13)
こうして、年に三度、すべての男子はまことの神エホバの前に出る。
 

43 土地の熟した初物のうち最良のものをエホバの家に携えてくるように。
44 子ヤギをその母の乳で煮てはならない。
45 あなたの前に使いを送ってその道を守らせ、わたしが備えた場所に導き入れさせる。
その者のゆえに自ら注意し、その声に従うように。
彼に対して反逆の行為をしてはならない。

 

46 わたしの使いは、あなたに先立って、アモリ人、ヒッタイト人、ペリジ人、カナン人、ヒビ人、

エブス人に至らせ、彼らを必ず拭い去る。

47 彼らの神々に身をかがめたり、さそわれてそれに仕えたりしてはならない。
48 彼らが作るものと似たものを作ってはならない(偶像を造ってはならない。)
必ずそれを打ち倒し、必ずその聖柱を打ち崩すように。
 

49 こうして、エホバに仕えれば、パンと水を必ず祝福し(必ず与え)、疾病を離れさせ、流産す

る女もうまずめもいない。
 

50 わたしに対する恐怖をあなたの前方に送り、あなたが入って行く民のすべてを必ず混乱に陥れ

る。
 

51 わたしは、失意の気持ちをあなたの前方に送り、ヒビ人、カナン人、ヒッタイト人をあなたの

前から追い立てるであろう。
 

52 彼らを、あなたの前から少しずつ追い立てて行き、あなたは子を多く生んでその地を全く所有

することになるであろう。
53 あなたの境界を,紅海からフィリスティア人の海まで,荒野から川までとする。

わたしは、その地に住む民をあなた方の手に与え、あなたは彼らを自分の前から必ず追い立てるであろう。
 

54 あなたは彼らの神々と契約を結んではならない。
55 彼らはあなたの土地に住んではならない。
あなたが彼らの神々に仕えることになれば、それは、あなたにとって罠となるであろう。
(罠に捕まれば、それは、死または滅びを意味する。

しかし、現実にはイスラエルの子らは、これを守らなかった

そのため、分配されたそれぞれの土地に、カナン人などが共に住み、彼らとの交流もあり、偶像崇拝に陥って行ったのである。

そして、遂に、滅びを経験することになってしまったのである。)

(すべて、具体的で生活に密着した内容である。

現代の法律のような「中傷的で曖昧なところ」は一切ない

エホバの律法は「完全」なのである。)


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24章
モーセとアロンとナダブとアビブとイスラエルの年長者たちのうち七十人は山に登り、モーセだけ

がエホバに近づき他の者たちは離れたところで身をかがめているように、民は上って来てはいけな

いと告げた。
(この時、モーセ以外の者たちは、まだ、山の中に入って行ってはいない。)
(この時、エレアザルとイタマルは、おそらく、子供か、あるいは、40才に満たなかったと思われる。)
(ナダブとアビブとイスラエルの年長者たちのうち七十人を共に山に上らせたのは、

モーセが確かにエホバと対峙しエホバの言葉を受けているという証のためではなかったかと思う。

アロンの四人の息子たちは、いずれ祭司としてエホバに仕えることになるので、すでに大人になっていた二人の息子にも、確かであることの確証を得させる必要があったと思われる。

そうすれば、残りの二人の息子たちがエホバの元に上らなくても確信をもってエホバに仕えることが出来るのである。)
 

それから、モーセは民の元に戻って行って、エホバのすべての言葉とすべての司法上の定めとを民に

語り告げた。
 

すると民は、「エホバの話されたすべての言葉をわたしたちは喜んで行います」と言った。
 

そこで、モーセはエホバのすべての言葉を書き記した
 

それから、モーセは朝早く起き、山の麓に、祭壇と、イスラエルの十二部族に対応する十二本の柱とを建てた。

(これは、新しいエルサレムの十二の門と似ている。)
 

その後、イスラエルの若者たちを遣わし、その者たちは焼燔の捧げ物をささげ、また、エホバへの供

与の犠牲として雄牛をささげた。
 

次いで、モーセはその血の半分を祭壇に振りかけ、最後に「契約の書」を取りそれを民に読み聞か せた
 

すると、彼らは「エホバの話されたすべてのことをわたしたちは喜んで行い、また、従います」と

言った。
 

そこで、モーセは残りの半分の血を民に振りかけて「これは、エホバがあなた方と結ばれた契約の

です」と言った。
二度、同じことを話したと思われる。
一度目は、ただ伝えただけ、二度目は、祭壇の前で契約として行ったのである。)

(この時、「契約に血」が用いられていることから、契約を守るか否かで命が掛かっていることを示している。)
 

それから、モーセとアロンとナダブとアビブとイスラエルの年長者たちのうち七十人は上って行っ
て、【エホバの指示された通りにし】た。 
 

こうして、彼らはイスラエルの神を見た
 

すると、その足の下には、サファイアの板石でこしらえたように、また清純さにおいては天そのも

ののように見えるものがあった。

(これは、神のみ座の前の「水晶に似たガラスのような海」があるかのようだと記されていることを彷彿させるものである。-啓示4:6

更に、エゼキエルが見た幻と一致している。-エゼキエル1:26)

 

こうして、神はこれらイスラエルの子らのうち目立った人々に手を下されることはなかった。
 

彼らはまことの神の幻を見て、食べまた飲んだのである。
(この時、彼らは、山に上りはしたが、山の中には、山のさらに上の方には行かなかったと思われ

る。さらに、山の頂にはモーセ以外は誰も許されてはいなかった。

山と民の間には境界が設けられていた。出19:23)
 

(参考:

天のみ座の前には、水晶に似たガラスのような海があるかのようであると記されている。
おそらく、これと同じだったのではないかと思われる。啓4:3
サファイアは青藍色透明であり、海の色とも似ている
つまり、この現象は、彼らが、幻の中で、み座の前でひれ伏したことを意味している。)

次いで、エホバはモーセに、山の中のエホバのもとに上って来て、そこにとどまるようにと告げた。
そこで、モーセとモーセの奉仕者ヨシュアを連れて山の中に上って行った。
 

しかし、年長者たち対しては、モーセは「あなた方はここ(民のいる山の麓)で待っていてください」と伝えた。

(モーセとヨシュア以外は、境界を越えて、民のいる麓へ戻って行った。)


上って行った時、エホバの栄光がずっとシナイ山の上にとどまり、雲に覆われていた。
それは、六日間続いた
 

イスラエルの子ら目には、エホバの栄光が山頂にあって、むさぼり食う火のように見えた
 

七日目になって、エホバはモーセに呼びかけられ、モーセは雲の中に入り、山をさらに上って行った。
 

モーセは、四十日四十夜山の中にとどまった。

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25章-28章(幕屋建造のための寄進物と建造の詳細
それから、エホバはモーセに「心に鼓舞されるすべての者から、わたしへの寄進物を受け取るよう

に」と告げた。
寄進物の詳細
1 金、
2 銀、
3 銅、
4 青糸、
5 赤紫に染めた羊毛、
6 えんじむし緋色の物、
7 上等の亜麻、
8 やぎの毛、
9 赤く染めた雄羊の皮、
10 あざらしの皮、
11 アカシア材、
12 明かりのための油、
13 そそぎ油および薫香のためのバルサム油、
14 エフォドおよび胸掛けのためのしまめのうとはめ込み石

民の中に、聖なる所を造るようにとモーセに指示した。
建造のための指示
1 (契約の箱)アカシアの木で箱を造る
純金をかぶせ、周囲に金の縁飾りを造り、金の輪四つを鋳造し、それを四つ足の上方に取り付けること
 

2 アカシアでさおを造り、金をかぶせること
そのさおを両側の輪に通し、その箱を運ぶそのさおを外してはならない

 

3 純金の覆いを造る
4 金のケルブ二つを造る
覆いの両端に、打ち物細工で造る
その覆いを箱の上に置くこと
箱の中に、エホバが与える証を入れること
エホバはそこでモーセに臨み、証の箱の上にある二つのケルブの間から話す

 

5 アカシアの木で食卓を造る
純金をかぶせ、周囲に金の縁飾りを造る
周囲に一手幅のへりを造り、そのへりのため周囲に金の縁飾りを造り、金の輪四つを造り、その輪を四つの足のための四つの隅に取り付けること
その輪はへりのすぐ近くに来ること

 

6 食卓に伴う皿と杯、献酒を注ぐための水差しと鉢を純金で造る
食卓の上に絶えず供えのパンを置くこと
 

7 純金の燭台を造る
打ち物細工で造ること
そのために七つのともしび皿を造ること
ともしび皿に火をともして、前方一帯を照らすようにすること
その芯切りばさみと火取り皿も純金で造ること

 

8 幕屋を天幕十枚で造る(おそらく、内側の垂れ幕)
9 幕屋の上の天幕をやぎの毛で布を造る(おそらく、外側の覆い)
銅の留め金五十を造り、その留め金を環にはめて天幕をつなぎ合わせること
赤く染めた雄羊の皮で覆いを造り、その上にあざらしの皮の覆いを造ること
(やぎの毛の布は断熱材、それを雄羊の皮で覆い、更に、アザラシの皮で覆ったと思われる)

 

10 幕屋のための区切り枠をアカシアの木で造る
南北には二十の区切り枠とその下に四十の銀の受け台を、西(幕屋の後ろ)には六つの区切り枠を造る
幕屋の隅柱として、後ろの両部分に二つの区切り枠を造る
(一面の隅柱の区切り枠は二つ、合計八つの区切り枠を造り、そのための銀の受け台を各々二つあるようにする)
 

11 アカシアの木で横木を造る
区切り枠に金をかぶせ、それらに付く輪を横木の支えとして金で造る

横木にも金をかぶせること

 

12 青糸、赤紫に染めた羊毛、えんじむし緋色の物、上等のより亜麻で垂れ幕を造る
それに、ケルブを刺繍する
それを、金をかぶせた四本の柱に掛けること
それらに付ける掛けかぎは金である
それらは四つの銀の受け台の上に載ること
その垂れ幕を留め金の下に掛け、垂れ幕の内側に証の箱を携え入れること
(至聖所の前の垂れ幕のことである)
至聖所の証の箱の上に覆いを置くこと
垂れ幕の前(至聖所の外側)の北側に食卓を、南側に燭台を据えること
 

13 天幕の入り口のために、青糸、赤紫に染めた羊毛、えんじむし緋色の物、上等のより亜麻で
切り幕
を造ること
仕切り幕のために、アカシアの柱五本を造り、それに金をかぶせること
それらの掛けかぎは金である
それらのために、銅の受け台を五つ鋳造すること
 

14 アカシアの木で祭壇を造る
祭壇は真四角にすること
角をその四隅の上に造ること
角に銅をかぶせること
脂灰を除き去るための缶、そのシャベル、鉢、肉刺し、火取り皿を銅で造ること
そのための格子を、銅の網細工を造り、その四つの突端に銅の輪四つを造ること
それを祭壇のへりより下、内側の下方に掛けるように
その網は祭壇の中央に掛けること
祭壇のためにさおをアカシアの木で造り、それに銅をかぶせること
そのさおを両側の輪に差し込み運ぶこと(出38:7)
祭壇は厚板で空洞の大箱の形に造ること(蓋も底板もない形のようである)
 

15 幕屋の中庭を造る
南側と北側の長さは100キュビトで二十本の柱とそのための二十の受け台を銅で造り、
柱に付ける掛けかぎとその継ぎ手は銀で造り、
西側の幅は50キュビトで十本の柱と十の受け台である
内側に上等のより亜麻の掛け布を掛けること
東側の幅は50キュビト、両側に15キュビトの掛け布、柱は三本、その受け台も三つ造ること
中庭の門として、20キュビトの仕切り幕を青糸、赤紫に染めた羊毛、えんじむし緋色の物、上等のより亜麻で造ること
その柱と受け台は四つである
中庭の周囲のすべての柱には銀の締め金があり、それに付ける掛けかぎは銀、その受け台は銅である  
奉仕に用いる幕屋のすべての器具と天幕用のすべての留め杭と中庭のすべての留め杭は銅である
 

16 明かりのために、つぶして採った純粋のオリーブ油を持って来させ、ともしびを絶えずともす
こと
これは定めのない時に至る法令である(夕方から朝まで、ともしびをともすことは、法令つまり規則であった。)

アロンとその子らが、アロン、ナダブとアビブ、エレアザルとイタマルが、エホバに対して祭司の務

めを行うように命じられた。
 

そして、アロンのため、栄光と美のため、聖なる衣を造るように命じられた。
聖なる衣のための指示
1 胸掛け
2 エフォド
3 そでなしの上着
4 格子じまの長い衣
5 ターバン
6 飾り帯を金、青糸、赤紫に染めた羊毛、えんじむし緋色の物、上等のより亜麻で造ること
7 しまめのう二つを取って、それにイスラエルの子らの名を彫り込み、六人の名を一方の石に、
他方の石に六人の名を出生順に彫ること
印章の掘り込みで彫ること(印鑑のように彫るということである。)
それを金のはめ込み台にはめ込むこと
この二つの石を、イスラエルの子らのための記念の石として、エフォドのふたつの(両側の)肩ひもに付けること
純金の鎖二本を細綱のように造り、それを金のはめ込み台に取り付けること
(しまめのうをはめ込んだ金の台は、丁度肩の上に来ると思われる) 
 

8 裁きの胸掛けをエフォドと同様の作り方で造ること
金、青糸、赤紫に染めた羊毛、えんじむし緋色の物、上等のより亜麻で造ること
二つにたためば真四角になるようにする
(つまり、袋状にし、中にウリムとトンミムの二つの石を入れたのかもしれない。出28:30)
それに、石の詰め物を詰めて四列にすること
詰め物の中に金の受け具が入る
(詰め物とは、いわば、穴のことだと思われる。
普通、詰め物を詰めるとは、穴や袋状のものに何かを詰める、入れることを意味する。)
   

第一列 ルビー、トパーズ、エメラルド
第二列 トルコ石、サファイア、碧玉
第三列 レシェム石、めのう、紫水晶
第四列 貴かんらん石、しまめのう、ひすい
   

イスラエルの子らの名に応じ、それらに印章の掘り込みが施されること

(荒野で、これだけの宝石が手に入るとは驚きである。

加えて、大量の金も用いられている。

すべて、寄進物である。

エジプトを出る時、エジプト人から大量に手に入れたものである。-出エジプト記12:35、36)
 

9 胸掛けの上に、純金で鎖を造り、また、金の輪二つを造り、胸掛けの上の突端に付け、その輪

に鎖を通すこと
その二本の鎖を肩の上にあるはめ込み台に通し、エホドの肩ひもの上、その前面に付けること
胸掛けの二つの突端の内側のエフォドの側のへりに金の輪二つ造りはめること
金の輪二つを造り、それを胸掛けの二つの突端、内側のエフォドの方の側(胸掛けの裏)のへりにはめること
金の輪二つを造り、下の方から、エフォドの二つの肩ひもに、(その前面の)合わせ目の近く、   エフォドの腰帯より上のところに、それを付けること
そして、胸掛けを、それの輪(胸掛けの裏に付けた金の輪)によってエフォドの輪(肩ひもに付けた金の輪)に青糸で縛ること
(こうすることで、エフォドの腰帯より上に留まって胸掛けがエフォドの上からずれないようにすること)
(金の輪を隣り合わせで縛ったのではないかと推測される。
なぜなら、肩ひもは胸掛けが下がらないためのものだから、もし、輪と輪の間が開いて青ひもで結んだのでは、胸かけが下がってしまう可能性もある。)
 

10 エフォドのそでなしの上着をすべて青糸だけで作ること
上端の真ん中に開き口を設け、その周囲に縁飾りを付けること
そのすそべりに、青糸と赤紫に染めた羊毛とえんじむし緋色の物でざくろを作り、すそべりにぐるりと付け、それらの間に金の鈴をぐるりと付けること
アロンが聖なる所に出入りする時に、音が聞こえるようにするためである。
(アロンが死なないためであると言っていることから、誰が入って来たのかを識別するためである。)
 

11 輝く純金の平板を造り、印章の掘り込みで「神聖さはエホバのもの」と彫り込むこと
それを青糸でくくり付けてターバンの上に来ること
それはターバンの前面に来ること
それがアロンの額の上に来ることで、アロンは、イスラエルの子らが、すべての聖なる供えものに対して犯されたとがに対する責めを負い、彼らのためにエホバの是認を得るためであると言われた。
(つまり、イスラエルの子らの供え物をアロンが仲介することで、イスラエルの子らの供え物を、エホバが是認される、つまり、受け入れて下さるということである。)

(「神聖さはエホバのもの」ということの意味は、

エホバのおきて、命じられたことすべて従うことを意味している。)
 

12 上等の亜麻で長い衣を格子じまに織り、上等の亜麻でターバンを作ること
更に、飾り帯を作ること
 

13 アロンの子らのためにも長い衣を作ること(祭司のための職服
彼らのために飾り帯も作ること
彼らのため、栄光と美のために、頭包みを作ること
アロンとその子らに着せて、油をそそぎ、その手に力を満たして、彼らを神聖なものとするようにと言われた。
(神聖なものとするとは、他のものと区別すること、清くする、汚れがないことでもある。)
 

14 亜麻の股引を作ること
腰から股に達するように。(現代の、短パンのようなもの)
アロンとその子らが聖なる場所に入るとき、会見の天幕に入る時、祭壇に近づく時、彼らがとがを来たらせて死ぬことがないためであると言われた。
隠しどころが露わにすることは「とが」つまり罪であるということである。)
アロンとその子らに祭司の務めを行わせるために、神聖なものとするために行うことを指示された。
 

これらは、定めのない時に至る法令=規則であると言われた。

 

29章に続く。

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初めに

 

2 出エジプト記(モーセの誕生からエジプトを出る時までの記録)
モーセによる記録
記された場所:荒野 

記された年:BC1512 

扱われている年代:BC1657-BC1512

 

概要
エホバはモーセを任命しご自分の名について強調(1:1-4:31)
エジプトに加えられた打撃(5:1-10:29)
過ぎ越し、初子が打たれる(11:1-13:16)
エホバのみ名は紅海で神聖なものとされる(13:17-15:21)
エホバはシナイで律法契約を立てられる(15:22-34:35)
幕屋の造営(35:1-40:38)

 

意義
(出エジプト記は、イスラエルの子らがエジプトを出てから幕屋の造営するまでの記録である)
出エジプト記は「エホバのご意思」を明確に示した書である。
モーセが肉のイスラエルの人々に対する律法契約の仲介者であったことは、キリストが霊的イスラエルの人々に対する新しい契約の仲介者であることの予表であった。
肉のイスラエルの人々はモーセに導かれバプテスマ(死からの救出)を受け、マナ(天からの霊的食物)を食べ泉の水(命の泉の水)を飲んだ。

(参考:イスラエルが紅海を渡ったことは国民としてバプテスマを受けたことを意味する。)
(参考:マナは外見は今の小麦のような色と形をしていて蜜を入れた甘い菓子のような味がしたようである。)
律法における幕屋や神殿における祭司たちは、「天にあるものの模型的な表現」であり、至聖所に入るモーセは天におけるキリストの立場を予表したものである。
幕屋は「会見の天幕」と言われ、至聖所にはエホバの契約の箱が置かれ、昼は「雲」が夜は「火」が幕屋の上に留まっていた。
「雲」と「火」はエホバの栄光(威力)を示しており、幕屋が雲で覆われている時にはモーセも幕屋の中には入れなかった。
律法下における犠牲(罪の許しのための犠牲など)は人々を完全にすることは出来ないが、新しい契約の締結における「キリストの犠牲」は人々を(キリストの統治下で)完全にすることが出来ることを示している。(完全にするとは、人々の罪を完全に贖うことが出来るということである。)     
イスラエルの人々がモーセに導かれてエジプトを脱出した出来事は、
一つは、イスラエルの人々は神により「選ばれた種族、聖なる国民、特別な所有物、王なる祭司(これは、キリストの統治下での霊的イスラエルのこと)」であること、
二つは、エジプトを滅ぼすことで「エホバの卓越性を広く宣明」させること、を示している。
律法下でのイスラエルの人々の罪、肉の業は、霊的イスラエルの人々への、つまり、クリスチャンたちへの警告の例として示されたのである。
(参考:キリストの犠牲により、律法は廃されたのである。)

出エジプト記から申命記までは、神とイスラエルの子らとの関係の再構築でもある。

つまり、神とアブラハムとの関係を神とイスラエル(ヤコブの子孫)との関係に発展させたものであるということである。

際立った点
イスラエルはエジプトで暴虐的な奴隷状態を経験する。
エホバはモーセの手によってイスラエルを救出される。
エホバはイスラエルを神権国家として組織される。

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 内容と解説(救いと罰と律法の記録でもある。)


1章
ヨセフが死んでからモーセが誕生するまで(BC1657 からBC1593の64年間)に、エジプトに来た

70の魂とその世代のすべての者は死んだ。
 

しかし、イスラエルの子らは普通を超えた勢いで強大になっていった。
 

そのため、ヨセフのことを知らない新しいエジプトの王は、イスラエルの子らが強大になるとエジ

プトから出て行くだろうと懸念し、新しい都市の建設のために、彼らに強制労働をさせれば数は増

えないだろうと考えた。
 

ところが、圧迫すればする程余計に殖え、むかつくような恐れを感じるまでになった。
 

そこで、エジブトの王は、ヘブライ人の産婆に生まれて来た男の子を皆殺すようにと命じたが従わ

なかった。
そのため、エジブトの王は、生まれてくる男の子を皆ナイル川に投げ込み殺すようにと命じた。

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2章
その頃、レビの娘が一人の男の子を産んだ。
三か月の間隠していたが隠し切れなくなり、その子をパピルスで作った「ひつ」に防水加工をして入れ、ナイル川の葦の茂みの中に置いた。


それをファラオの娘が見つけ、自分の養子にした。

その子の乳母に、実の母があてがわれた。

その子供が成長し、おそらく、乳離れしたので(5才位)、ファラオの娘のところに連れて行った。

ファラオの娘は、その子をモーセと呼んだ。

 

モーセは成長したくましくなっていった。

自分の兄弟たち(イスラエルの子ら)の重荷を見ようとして、行った時、エジプト人がヘブライ人に

殴りかかっているのを見て、そのエジプト人を殺して砂の中に隠した。


次の日もそこへ行くと、二人のヘブライ人が掴み合いをしていたので、仲介に入った時、間違っているほうのヘブライ人が「誰があなたを我々の君、また、裁き人として任命したのか。

エジプト人を殺したように自分も殺すのか」と言われ、モーセは我に返り、エジプト人を殺したことを知られてしまったに違いないと思い、ファラオのもとから逃げてミディアンへ向かった。

モーセ40才の時である。)
 

その途中、ある井戸で、追い払われていたミディアン人の祭司の娘たちを助けて羊の群れに水を飲ませてやった。 

その父レウエル(エテロ)に食事に誘われ、その後、その人の元に留まりたいという気持ちを示す

と、自分の娘チッポラをモーセに妻として与えた。


チッポラはゲルショムを産んだ。

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3章
その後、初めにミディアンに来てから40年が経ったある時、エテロの羊の群れを追っている内に、

まことの神の山、ホレブに来ていた。
 

その時、モーセは、いばらの茂みが燃えているのに、燃え尽きないのを不思議に思い確かめようと

そのいばらの茂みに近づいた。
 

すると、火の炎の中にいたエホバのみ使いがモーセに声をかけ、まず、その場所が聖なる地だから

サンダルを脱ぐように言った後、「わたしはアブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神である。

エジプトにいるわたしの民の叫びを聞き、苦痛をよく知っている。 

わたしはエジプト人から彼らを携え出しカナンの地へ上ろうとしている。

そのためにあなた(モーセ)をファラオの元に遣わす」と言われた。
(この時、神ということを聞いて、モーセは顔を覆い隠し、神を見ることを恐れたと記されている。

神を見ると死ぬと伝えられていたことを示している。)
そして、イスラエルの年長者たちに話すべきこととファラオに話すことを伝えた。

さらに、エジプトを出る時には、不思議な業をもってエジプトを打つため、むなし手で出ることはな

いとも言われた。
(この時、エホバは自分の名について、「自分がなるところのものとなる」「わたしはなる」という神であると言われた。

これは、
1 自分が命じたことは全てそのようになる
2 自分が言ったことは全てその通りになる
3 自分が絶対者である
4 全てを自分の思い通りにすることが出来る
などの意味である。
  

こうした意味をアブラハムやイサクやヤコブには示さなかった。出6:3)

(更に、アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神ではなく、神エホバという名前を用いられた。)
(エホバはファラオについても良く知っていると言われているということは、

モーセやアロンだけではなく、神の民ではないファラオについても良く知っていたということである。
これは、すべての人について、エホバはご存じであるということを窺わせるものである。

それでも、時には、ご自分がみ使いを通じて、確かめることもされることもある。

更には、人間やみ使いたちが分かるようにするために、確かめるということもされるのである。)

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4章
また、モーセに「エホバからの遣いである」ことを示す、しるしとして、杖を蛇に変えることと手が

らい病に打たれるという奇跡を与えられた。
 

しかし、それでもモーセは自分は流ちょうに話せないと繰り返し言ったので、エホバは怒ったが、

アロンがいると言われた。
 

そして、アロンがあなたに会おうとして出かけて来ているとも言われた。
アロンはモーセの口となり、モーセはアロンの神の役をするとも言われた。
 

モーセには、杖を与えそれでしるしを行うようにと告げた。
 

それで、モーセはエテロのところに戻り、エジプトの兄弟たちのところへ戻りたいと申し出、エテ

ロはそれを認めた。
 

その後、ミディアンでエホバは「エジプトへ戻りなさい。あなたの魂をつけねらっていた者はみな

死んだからである」と言われた。
 

それで、モーセは妻と息子たちを連れてエジプトへ戻って行った。
 

途中、エホバはファラオに告げることをモーセに指示した。
 

ある宿り場でのこと、エホバはモーセにに会い、「これ(モーセの息子たち」を死に至らせる「すべ」をしきりに求められた。
ついに、チッポラは息子の包皮を切り取りモーセの両足に触れさせた。
 

それで、「その者」はモーセを放して行かせた。
(ここに記されているエホバとその者は同じで、エホバのみ使いを示しており、その者がモーセの

行く手を遮ったと思われる。
理由は、ゲルショムが割礼を受けていなかったからと推察される。
チッポラが息子の割礼をしたということは、「割礼」は、母親の役目だったと思われる。

なぜなら、生まれて八日目はまだ母親の元にいるからである。)
 

それら、エホバはアロンに「荒野に行ってモーセに会いなさい」と告げたので、アロンは進んで行

き、まことの神の山(ホレブ山=シナイ山)でモーセに会った。
 

モーセはエホバのすべての言葉を話した。 
(アロンは、なぜ、モーセに会いに来たのか。
おそらく、モーセの命を狙っている者たちが皆死んだことをモーセに告げるためではなかったかと

思われる。
それで、ホレブ山でモーセに会わせたと思われ、モーセから事の次第を聞いたということである。)
 

その後、モーセとアロンは、エジプトに入ってイスラエルのすべての年長者を集め、エホバがモーセ

に話されたすべての言葉をアロンを通じて伝え、また、そのしるしを民の前で行った。


それを見て、民は信じ、エホバが注意を向けられ苦悩をご覧になったと聞いて民は身をかかげめて

平伏した。
(おそらく、モーセはエホバがエジプトに対する災厄をもたらす前に、チッポラと息子たちをミディアンのエテロの元に帰したと思われる。出18:2)

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5章
その後、モーセとアロンは、ファラオに神エホバの言葉を伝えたがファラオはそれを聴き入れず、む

しろ、イスラエルの子らの労役を増やし圧制を強くした。
 

そして、イスラエルの子らは、モーセとアロンに不満を訴えた。
 

モーセもエホバに不満を訴えた。

+++++++++++++++++++++++++
6章
しかし、エホバはモーセに、あなた方を必ずエジプトから携え出し、あなた方に対して神となると言われた。
(この時、エホバは「アブラハム、イサク、ヤコブに対し常に全能の神として現れたが、わたしの名

に関しては自分を彼らに知らせなかった」と言われた。
  

エホバの名を知らせるとは、
1 エホバだけが全地を治める至高者であることを知らしめること(詩83:18)
2 み名を神聖なものとすること(ルカ11:2)
3 み名の栄光を示すこと(ヨハ12:28)
4 み名のために民を取り出すこと(使15:14)
5 全能の神、偉大な業、とこしえの王、義と真実(啓15:3)
などにおいて、エホバのお名前と共にその「大いなる力」を示されることを意味している。
  

アブラハム、イサク、ヤコブに対しては、一方的に指示したり、導いたりするだけだった。
ノアやロトに対しては、天から雨により大洪水を、天から火と硫黄を降らせ「大いなる力」を示されたが、

エホバという名の元に、宣言した上ではなされていなかった
  

しかし、エジプトに対しては、はっきりと「エホバ」という名前を告げた上で十の災い紅海を

渡ること、マナを降らせること、水を湧き出させること、うずらを与えること、蛇や地割れで死に至らしめることなど多くのことをして「大いなる力」を示されたのである。
  

更には、約束を果たされる神であることも示された。

神聖さと関わりがある。
約束を果たされることで、他の神とは区別される、取り分けられるという意味合いが含まれるということである。) 
 

後に、エホバの話された通りにイスラエルの子らに話したが、失意と厳しい奴隷状態のゆえにモー

セの述べることを聴かなかった。
 

それでも、エホバはモーセにファラオに対する命令を発せられた。

イスラエルの子らの父の頭たちの内の、
ルベンの子は、ハノク、パル、ヘツロン、カルミ。
シメオンの子は、エムエル、ヤミン、オハド、ヤキン、ツォハル、カナン人の女の子シャウル。
レビの子は、(レビは137年生きた)ゲルション、コハト、メラリ
ゲルションの子は、リブニ、シムイ。
コハトの子は、(コハトは133年生きた)アムラム(モーセの父)、イツハル、ヘブロン、ウジエル。
メラリの子は、マフリ、ムシ。
 

アムラムは自分の父の姉妹ヨケベドを妻とし、彼女はアロンとモーセを産んだ(アロンの姉、ミリア

もいる)。アムラムは137年生きた。

(レビ-コハト-アムラム-モーセ、ヤコブを除きモーセは4代目となる。

これは、エホバの言われた通りである。創世記15:16)
  

イツハルの子は、コラ、ネフェグ、ジクリ。
ウジエルの子は、ミシャエル、エルザパン、シトリ。
  

アロンは、アミナダブの娘ナフションの姉妹であるエリシェバを妻とした。
彼女はナダブ、エレアザル、イタマルを産んだ。
   

コラの子は、アシル、エルカナ、アビサフ。
   

エレアザルはプティエルの娘の一人を妻とし、彼女はピネハスを産んだ。




+++++++++++++++++++++++++
7章
エホバはモーセに「わたしはあなたをファラオに対し神とした。あなたの兄弟アロンはあなたの預

言者となる。
  

アロンがファラオに話す。
ファラオの心をかたくなにならせて、わたしのしるしと奇跡をエジプトの地に必ず多くする。
  

それでも、ファラオはあなたの述べることを聴かないであろう。
ゆえに、わたしは自分の手をエジプトに置き、大いなる裁きをもって、・・・イスラエルの子らを携え出す」と言われた。
 

二人がファラオに話した時、モーセは80才、アロンは83才であった。
その後、モーセとアロンはエホバが命じた通りに行った。

 

杖を蛇に変える奇跡を行ってもファラオは民を去らせることを拒んだ。
そのため、モーセがファラオとその僕たちの前で、杖を振り上げてナイル川の水を打って血に変え


 

それでも、ファラオの心は依然かたくなであった。
その状態が七日続いた

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8章-10章 十の災いの残りの災い。
ファラオに再びエホバの言葉を伝えた。
そして、アロンが手をエジプトのもろもろの水に差し伸べるとカエルが上がって来た。
やがて、ファラオはモーセとアロンを呼んで、カエルを取り除くようにエホバに懇願せよ。

わたしは民をさらせエホバに犠牲をささげさせたいのだと言った。
それに対して、モーセはいつ懇願すれば良いかとファラオに尋ねると、明日だと言ったので、

モーセはファラオの言った通りになると、ただし、ナイル川の中だけにカエルは残ると言い、こうして、エホバのような方が他にはいないことをファラオが知るためだと言った。

ところが、カエルが死に絶え安堵したのを見るとファラオは心を鈍くし、モーセとアロンの言葉を聞き入れなかった。
次はぶよを出し、アブを出し、疫病を起こし、はれ物を生じさせ、を降らせ、イナゴを発生させ、 を生じさせたがファラオ聴き入れなかった。

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11章
それから、エホバはモーセにあと一つの災厄の後、ファラオはあなた方すべてを去らせるだろう。
男も女も自分の友に銀の品や金の品を求めるようにと言われた。
モーセはエジプトの地で非常に大いなる者となっていた。

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12章
次いで、エホバはモーセに「この月は一年の最初の月となる。
その月の十日に、各々自分のため、父祖の家のために一頭の羊を、家ごとに取ること。
その羊は一歳の雄か、若い雄羊からあるいはやぎから選んでも良く、それを十四日まで自分たちの

下に守っておき、その後、イスラエルの全会衆は、二つの夕方の間にそれをほふること

更に、その血を自分が食べる家の二本の戸柱の上部にかけねばならない。
そして、その夜にその肉を火で焼いて無酵母パンや苦菜を添えて食べなければならない。
ゆでて食べてはならないと言われた。
朝まで残ったものは火に入れて焼き捨てるなければならないとも言われた。
また、
腰に帯をし、足にサンダルをはき、手に杖を持ち、急いで食べなければならない
これは、「エホバの過ぎ越し」であると言われた。
それは、エジプトの地のすべての人から獣に至るまで、すべての初子を打つが、戸柱にかけられた血

を見て、あなた方を過ぎ越すためであると。
第一の月の十四日の夕方に無酵母パンを食べ、二十一日の夕方までに及ぶ。

 

その後、イスラエルの子らはエホバがモーセとアロンに命じた通りに行った。
そして、
真夜中に、エホバはエジプトの地のすべての初子をことごとく打った
そのため、ファラオは夜の内にモーセとアロンを呼んで、追い立てるようにエジプトから去らせた。 

イスラエルの子らはラメセスを立ってスコトに向かうことになった。
強健な男子は60万人、それに、幼い者たちと入り混じった大集団、更には、おびただしい数の家畜

も共に上って行った。(およそ300万人と想定されている。)
 

イスラエルの子らは、エジプトに住んだ期間はヤコブがエジプトへ来たのは、BC1728だから215年間であり、430年が終わったちょうどその日にエジプトを出たと記されている。
(430年前はアブラハムがハランを出た年である。
ヤコブがエジプトへ来たのは、BC1728だから215年後ということになる。)
 

次いで、エホバはモーセとアロンに過ぎ越しに関する法令を伝えた。
それは、主に割礼に関するものだった。
外人居留者にも同一の律法が存在する(適用される)と言われた。
割礼の目的は、エホバとの契約のしるしであった。創17:11)

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13章
更に、エホバは、イスラエルの子らの中にあって、人の男子も獣の雄もすべて初子はエホバのものであると告げた。
 

また、約束の地に入ったなら、アビブの月に七日間の無酵母パンの祭りを行うようにと告げた。
それを、毎年行うようにとも告げた。
過ぎ越しは、エホバのものである初子を犠牲として捧げるべきところを過ぎ越してくださった記念

として、ニサンの14日に、  
無酵母パンの祭りは、エジプトを出た記念として、アビブの月に、
行うようにと命じた。
これは、律法であった。)
 

人の初子の請け戻しは、羊で行うようにと命じた。
エジプトの地のすべての初子は、エホバに犠牲として捧げたと言われた。
そして、これを「手の上のしるし、目の間の額帯とならなければならない」とも言われた。
(後に、形式上、文字通りに行われたが、これは正しい意味ではない。
手は、起きている間は常に、自分の意志で動かすものであり、目の間は、鏡を見ない限り自分には見えず、人と接する時には必ず見るところである。
また、額帯は、その人の決意の表れでもある。
  

つまり、何をする時にも決して、エホバの律法を忘れてはならないと言うことを意味している。)
 

また、エホバは、フィリステア人の地が近いという理由だけでその道に導くことをされなかった。
「戦いを見て、民は後悔しエジプトに戻って行くことになるかもしれない」と言われた。
(後に、裁き人の時代、ダビデの時代、フィリステア人たちは、イスラエルと何度も戦っている。
おそらく、彼らは一筋縄では行かない強敵だったと思われる。)
 

それゆえ、エホバは民を迂回させ、紅海の荒野の道を進ませた。
 

また、エジプトを出る時、ヨセフの骨を携えていた。
(ラメセスを立ってスコトに行き、出12:37)
 

スコトから荒野の端のエタムに宿営を張った。

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14章
そこから、引き返して、ミグドルと海(紅海)との間、バアル・ツェフォンを望むピハヒロトの手

前に宿営を張った。
 

そこは、紅海を正面にした海のほとりであった。
その後、ファラオの軍勢が追いついた時、イスラエルの陣営の前を進んでいた、まことの神のみ使

いと雲の柱は後方に回った。
 

それから、モーセは海の上に手を差し伸べると、エホバは強い東風によって夜通し海を退かせ、乾

いた地面にされた。
水は二つに分かれ、左右の壁となった。
 

イスラエルの子らは、乾いた海の底を通って行き、次いで、エジプト人は追跡を開始し、ファラオ

のすべての馬、戦車、騎兵が海の中へ入っていった。
 

朝の見張り時のころ、エホバは、エジプト人の陣営を混乱させ、進めなくした
そして、イスラエルの子らがすべて渡り終えると、エホバは再びモーセに手を海の上に差し伸べる

ようにと告げたので、そうすると、海は朝になりかけるころにはいつもの状態に戻っていった


ついに、ファラオのすべての軍勢は海に呑まれ一人残らず死んだ
 

民は、エホバの大いなる力を見て、恐れを抱き、エホバとモーセに信仰を置くようになった。
(現在、民が渡った正確な場所は不明である。
しかし、300万人ものイスラエルの子らが一晩の内に渡り切ることが出来る距離であること、
エジプトの軍勢、選り抜きの兵車600両と他のすべての兵車に戦士を乗せて、短時間で追い付いていること、

加えて、エジプトの軍勢すべてを海で滅ぼすことの出来る深さを考慮すると場所は限られている。
  

距離はおそらく、長くて20㎞位と思われる。
およそ10時間位で進める距離である。
はおよそ10㎞位と思われる。
これであれば、横を1.5mとすると5000人、前後の間隔を2mとして縦に1200ⅿで300万人が渡ることが出来る。

女、子供、年寄そして家畜などがいても、6時間、掛かっても10時間あれば渡れたと思われる。

更に、すべてのエジプトの軍勢を飲み込むには十分な幅と距離である。
これらから推測するに、紅海の北の先端部分で幅が20㎞位と地点と思われる)

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15章
エジプトの軍勢がエホバに滅ぼされた時、モーセとイスラエルの子らは勝利の歌を歌い、アロンの

姉である女預言者ミリアムとすべての女たちもタンバリンを持って踊りながら出て来た。


紅海を渡った後、シュルの荒野を出て三日間行進したが、飲み水を見つけることが出来なかった。

やがて、マラに来たが苦くて飲むことが出来なかったが、エホバの指示で一本の木を水の中に入れ

ると、その水は甘くなった。
(エホバが紅海を渡らせたのは、二度と引き返せないようにするということも意図されていた。)
 

また、ここで、エホバは規定と裁きのための事例を設け、イスラエルの子らを試みられた

「あなたの神エホバの声に固く聴き従い、その目に正しいとされることを行い、そのおきてに確か

に耳を向け、そのすべての規定を守るなら、わたしがエジプト人に加えた疾病を一つもあなたに

加えない」と言われた。
 

「わたしエホバはあなたをいやしている者だからである」とも言われた。
 

それから、イスラエルの子らは、エリムに来た。
そこには、十二の水の泉と七十本のやしの木があった。
彼らは、そこに宿営を張ることにした。
荒野での旅は、主に、水のある場所が基点なっているように思う。
当然、水がなければ生きていけないからでもある。)

 

16章に続く。

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内容と解説

 

43章
エジプトで買って来た穀物を食べ尽くすと、ヤコブは、又エジプトに行って少しの食料を買って来る 

ようにと告げた。
 

ヤコブは、息子たちと言い争ったが、ついに、ヤコブはベニヤミンを連れて行くことを認め、さら

に、カナンの地の最良の産物と二倍の金子を持って行き、初めの金子を返すようにと告げた。
そして、全能の神が哀れみをかけてくださるようにと言った。
 

ヤコブはもしベニヤミンを失うことにならねばならないのならどうしてもそうなるのだと、いわば、

運命というか定めを受け入れたのである。
(これは、結果がどうなるか分からないことに関して、自分の思いが強い時に、初めから、どういう

結果になっても結果を受け入れるという気持ちの整理をすることの必要性を教えている。)


エジプトに行った兄弟がヨセフの前に出ると、ヨセフはベニヤミンが共にいるのを見て、兄弟たち

を自分の家に連れて行き食事の用意をさせた。
 

兄弟たちは、ヨセフに連れて行かれると恐れをなし、疑心暗鬼になった。
それで、兄弟たちは、金子の話をしたが、恐れなくて良いと言った。
 

それから、シメオンが兄弟たちのところに連れて来られた。
 

ヨセフが家に入って来ると自分たちの贈り物を家の中へ携え入れ、ヨセフに向かって平伏した。
すると、ヨセフはあなた方とあなた方の年寄りは元気かと尋ねたが彼らは皆元気だと答え、再び平

伏した。
 

その後、末の弟をベニヤミンを見て、感情が高まり、奥の部屋に行ってどっと涙を流すのであった。


それから、顔を洗ってから部屋を出て来て、食事を出すようにと言ったがエジプト人とヘブライ人と

は分けて食事をした
 

エジプト人とヘブライ人は一緒に食事をすることは忌むべきことだったからである。
 

兄弟たちの席は長子としての権利に従い、また、年功序列に従い設けられていた。

そして、彼らの食事を運ばせていたが、ベニヤミンの分を他の者の五倍も多くした。

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44章
それからヨセフは食物を袋に満たし金子も戻したが、ベニヤミンの袋に自分の杯を入れさせてから

送り出した。
 

一行が都市を出たところで、ヨセフの家をつかさどる者が追いつき、彼らを問い詰め、ベニヤミン

の袋から杯が出て来たので、兄弟たちは自分のマントを引き裂き、自分の荷をロバに乗せ都市に戻った。
(マントは便利なものであり有用なものであった。
体の覆いだけでなく寝具にしたり物を縛ったり包んだりした。
これを引き裂くということは、非常に強い悲しみや嘆き、憎悪や憤りや居た堪れない気持ちや開き直りの感情表現だったと考えられる。)
 

ヨセフはまだ家の中にいたので、兄弟たちはヨセフの前にひれ伏して釈明を始めた。
そして、ユダがベニヤミンの代わりに自分が残るのでベニヤミンは父の元に帰らせて欲しいと願い出た。

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45章
ここにおいてヨセフは自分を制することが出来ず、兄弟たち以外の者たちをすべて去らせた後、ヨセ

フは声を上げて泣き始めた。
そして、兄弟たちに自分は、あなた方がエジプトに売ったヨセフだと打ち明けた。

しかし、それは、大飢饉に備えて、あなた方に先立って神が遣わされたのだと話した。

 

最後にベニヤミンと兄弟たちと抱擁をし、彼らと語り合った。
ファラオとその僕たちにはそれが良しとするところとなり、
(つまり、ヨセフがしたことやヨセフの兄弟たちを受け入れたということである。)
ファラオはヨセフにあなた方の父の家の者たちを連れて来て、エジブトの良いものを食べさせるようにと命じた。

それで、ヨセフは兄弟たちに道中の食料と着替えのマントとエジプトの良い品々とヤコブのための

道中の穀物とパンと食料を与えて送り出した。
 

この時、ヨセフは帰りの途中でいきり立たないようにと釘を刺した。
(おそらく、なぜ、初めは自分たちを知らないと言い、また、杯で自分たちを試したことで、また、

兄弟たちが自分のことで激怒するかも知れないと思ったためと思われる。)
 

それから、ヤコブのところに着き、今までのことを報告した。
ヤコブは初めは信じなかったがヨセフがよこした車を見て、ヤコブの霊は元気になり、エジプトへ

行ってヨセフに合わせてもらおうと言った。
(おそらく、この出来事は飢饉が起きた2年目、2度目にエジプトへ来た時のことである。
この時、ヨセフは39才(BC1728、ヤコブは130才)ベニヤミン33才であった。)

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46章
そこで、ヤコブとすべての者は旅立ち、ヘブロンからベエル・シェバに来た時、父イサクの神に犠牲を捧げた。
 

その時、神は夜の幻の中でヤコブに現れて「エジプトへ下ることを恐れてはならない。わたしはそ

こであなたを大いなる国民とするからである」「わたし自らあなたと共にエジプトに下り、また、

わたし自ら必ずあなたを連れ上り(帰る)もする」と告げた。
(「ヨセフが手をあなたの目に置くであろう」とも言われた。
これは、ヤコブの死をヨセフが看取るということを指している。
死んだ人の目を閉じるということは一般的な習慣であった。)
 

その後、ヤコブ一行はゴシェンに入り、ヨセフはそこでヤコブを出迎え、抱擁した。
それから、ヤコブたちは、羊飼いで、畜類を飼育する者で、そのすべてのものを携えて来たとファラ

オに報告するので、ファラオに職業を聞かれた時には、畜類を飼育する者であると返答するように

と言った。
(これは、エジプトでは羊を飼う者はすべて忌むべきもの(嫌われ者)とされているからだとその

理由を述べている。
これは、おそらく、エジプトの神々と関連があるのかもしれない。
あるいは、畜類と畜類を飼う者たちの「匂い」のせいでもあったと思われる。
エジプトでは、太陽、月、空、大気、地、ナイル川などの多神教を信じており、オカルト、魔術、

呪術、動物崇拝、心霊的なまじないなども行われていた。
更には、死者に対する信仰もあり、ミイラとして香詰め保存をし、墓には多くの高価な遺品も共に埋葬されていた。
  

後に、モーセが神に犠牲を捧げるために、三日の旅路をさせて欲しいとファラオに申し出たのは、

エジプト人の目の前で、牛や羊を犠牲に捧げることが忌まわしかったからであると思われている。
おそらく、エジプトでは畜類はゴシェンで飼われていたと思われ、その地でヤコブたちが引き続き自分たちの畜類を飼えるようにするためであり、

エジプト人たちと無用の争いを避けるためであったと思われる。)

 

エジプトに入ったヤコブの家族は全部で70人であった。
(BC1728には、イスラエル人たちは全部で70人だったが、BC1513、つまり、215年後には二十歳

以上の登録された男子だけで60万3550人とレビ人の生後一か月以上のすべての男子2万2000人と女と子供と年寄りに増えたのである。エホバが約束を果たされたことが分かる。-出エジプト記3章

ヤコブが子をもうけてから(おそらく、85才ごろ)、およそ、45年で70人になっている。)



(参考:
エジプト人たちがヨセフの家族がエジプトへ来ることを認めたのは、神がヨセフと共にいてエジ

プトを繁栄させてくれると考えたからに他ならない。
加えて、ヨセフは、父ヤコブに似て、非常に思慮深く慎重な人であったことが窺い知れる。)

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47章
その後、ヨセフはファラオにヤコブたちがエジプトへ来て、今ゴシェンにいると報告した。
それから、ヨセフは、兄弟から五人だけファラオの前に立たせた。
 

ファラオに職業は何かと聞かれた時に、兄弟たちはヨセフと打ち合わせた通りに返答しゴシェンに

住まわせてくれるようにと話した。
 

ファラオはそれを認め、更に、自分の畜類の長に任命してそれをつかさどらさせた。
 

それから、ヨセフはヤコブをファラオに引き合わせ、エジプトの最良の地ラメセスの地に所有地を与えた。
 

その後も飢饉が続き、ヨセフは穀物と引き換えに土地や財産を、エジプトの五分の一をファラオの

所有としていった。
 

ただし、祭司の土地は別にしたため、その土地だけはファラオのものとはならなかった。

  
ヤコブたちは引き続きゴシェンにに住み、ヤコブはエジプトで17年生きて147才(BC1858-1711)で死んだ。
 

死ぬ前に、ヤコブはヨセフに死んだら父たちの墓に葬るようにと言い、ヨセフはそうすることを誓った。
(この時、ヤコブはヨセフに、手を自分の股の下に置いてほしいと言っている。
アブラハムがエリエゼルにさせたのと同じ行為である。
これは、相手の手を自分の股の下に置くことにより、相手が自分の権威の下にあることを示す表現であった。
必ずそうするという約束をさせることを意味していた。)
 

すると、ヤコブは寝いすの前に頭をもたれてヨセフに平伏した
(これも、夢の実現である。ヨセフ17才BC1750からBC1711迄39年掛かったことになる)

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48章
ヤコブは死ぬ前に、ヨセフを呼んで、ヨセフの二人の息子たちを自分の息子たちに加え、ヨセフの

他の兄弟たちと同じように扱うと言った。
 

また、ヨセフの母ラケルがベツレヘムへの道の途中で葬ったことも伝えた。
ヤコブは弟のエフライムの方がマナセより大いなる者となると言い、終始エフライムをマナセの前

にした。
 

それから、ヤコブはヨセフに、約束の地において、兄弟たちより一肩多く土地を与えると言った。
(エゼ47:13)

(実際、マナセの土地は最も大きかった。エフライムは平均的広さで、ベニヤミンはゼブルンと同じくらい狭かった。)

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49章
それから、ヤコブは、息子たちに最後の言葉を話した。
特に、ユダに関しては、「ユダはライオンの子。笏はユダから離れず、指令者の杖もその足の間から

離れることなく、シロが来るときにまで及ぶ。そして、もろもろの民の従順は彼のものとなる」と

言った。
 

そして、最後に、ヘブロンのマムレの前にあるマクペラの洞窟に葬ってほしいと言った。 

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50章
ヤコブが死んだ時、ヨセフはヤコブの遺体を香詰め保存を行わせた。四十日をかけた
そうするのが習わしだった。
エジプト人はヤコブのために70日の間涙を流した
 

それから、ヨセフはファラオにヤコブの埋葬に関する遺言を話し許可をもらい、小さな子供たちと

羊と牛の群れだけをゴシェンに残して、ファラオのすべての僕、その家の年長者とエジプトのすべて

の年長者、その兄弟たちと父の家の者たちも、ヨセフの家のすべての者と兄弟たちと父の家の者た

ちも共に上って行った。
 

それから、皆エジプトへ、ヨセフの兄弟たちも帰って行った。
その後、兄弟たちはヨセフが、ヤコブが死んだので自分たちに仕返しをするかもしれないと懸念し

たが、ヨセフはあなた方は私に悪事を図ったが神はそれを良いことのために図られたと言い、今後

も食物を供給すると言って、兄弟たちを安心させた。
 

それから、死が近づいて来た時、兄弟たちに、神は必ず約束の地に至らせてくださるでしょう。
その時には、ヨセフの骨をエジプトから運び上がるようにして下さいと伝えた。
 

ヨセフは110才で死に、人々はヨセフの遺体の香詰め保存を行わせた。 
(ヤコブが死んでから54年後のことである。BC1657)
(イスラエル人たちがモーセに率いられてエジプトを出るまで、後144年である) 

エジプトに入った、ヤコブの子らである。
この70人から大いなる国民になったのである。

 

  



これらに加えて、ヤコブとレアとラケルと二人のはしためと息子たちの妻たちがいた。
(ヤコブは77才でヘブロンを出る前から死ぬまで波乱万丈な人生だった。)
(参考:神エホバはヨセフと共におられたと記されてはいるが、夢や幻やみ使いたちを通して、ヨセ

フに何かを伝えたという記録はない
ただ、17才の時に、二つの同じ意味の夢を見た。
また、獄屋に入れられている時、二人が見た夢の解き明かしをしている。
その後、今度はファラオの夢の解き明かしをしている。
 

記録ではこれだけである。
ヨセフ自身は、夢の解き明かしは神によると言っているが、その夢に関して神からのお告げがあった

とも言ってはいない。
 

では、どうしてヨセフは夢の解き明かしを出来たのか。
いずれにしても、夢の解き明かしはすべて真実であった。)

(参考:
長子ルベンは、ラケルがベニヤミンを産んで死んだ時、ラケルのはしためと寝たために、長子の権 を失った。
次男シメオンと三男レビは、シェケムで殺戮を行い、シメオンは、ヨセフを殺す計画を立てた。

このため、この三人は長子の権を失いユダがイスラエルで指導的な立場に立つようにされた。
-創49:3-12
 

長子の権は、ヨセフに与えられた。-創49:26
これは、ヨセフが17歳の時に見た、夢の成就でもあったと思われる。
また、ヨセフは自分を殺そうとしたシメオンをベニヤミンが来るまでの人質として牢に入れた。
出エジプト以降ヨシュア記までの内容で、これら三人の子らについて不可解な記述があるのはこの

ためである。)
 
創世記終わり。

出エジプト記に続く。

 

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尚、もう一度創世記を初めから読むことを勧めます。

そうすると、一層理解が深まります。

 

それから、出エジプト記に進んだ方が「神の特質について理解が深まります」
 

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内容と解説

 

35章
その後、神はヤコブにベテルに行きそこに住むようにと告げ、そこに祭壇を造るようにと指示した。

 

そこで、ヤコブは一族の中にある異国の神々を捨て去り身を清めてマントを着替えるようにと皆に告げた。(ベテルはシェケムから約30㎞南にある。)
 

それで、人々は自分たちの手にあった異国の神々すべてと、耳につけていた耳輪をヤコブに渡し、ヤコブはそれを近くにあった大木の下に隠した。
(これは、一族の中には異国の神々を崇拝している者もいたことを示している。
それらは、いわば黙認されていたということである。)
 

その後、ヤコブたちはシェケムを立ったが、周辺の都市に「神からの恐怖」が望んだため、人々は

ヤコブの後を追わなかった。  
 

やがてヤコブはベテルに来て、そこに祭壇を築いた。
後に、リベカの乳母デボラが死んだので、ベテルの巨木の下に葬られた。
(いつ、デボラがヤコブの元に来たかは分からない。おそらく、リベカが死んだ時、そのことを

ヤコブに告げに行って、その時からではないかと思われる。
また、ヤコブはリベカのお気に入りだったので、デボラとも親しくしていたと考えれる。
さらに、デボラは幼いエサウとヤコブの二人を世話をしたに違いない。)
 

その後、神はヤコブに再び現れ「あなたの名はイスラエルとなり、あなたは子を生んで多くなり、

もろもろの国民・・があなたから生じ、王たちがあなたの腰から出る。アブラハムとイサクに与えた土地をあなたの胤に与える」と言われた後、ヤコブの上から上方に去って行かれた。

(この時は、おそらく、人のような姿をしたみ使いが、ヤコブの上方から、宙に浮いた状態で話しかけたと思われる)
(ヤコブに神=み使いが現れたのは、4度目である。)
そこで、ヤコブはその場所に石の柱を据え、その上に飲み物の捧げものを注ぎ、油を注いだ。 
(いわば、石の柱は記念碑である。
後に、エホバへの捧げ物の中に、パンや飲み物などがあるが、エホバが食べる訳ではない
それらは、幕屋で奉仕する祭司たちの食べ物となった。
こうして、ご自分に仕える者たちに食べ物を与えていた。)
 

その後、エフラト(ベツレヘム)に着くかなり手前でラケルが産気づき、難産であったため、ベニヤミンを産んで直ぐに死んでしまった。
ラケルはそこに葬られ、ヤコブは墓の上に柱を立てた
(日本の墓地の上に立てる柱のようなものかも知れない。こうした風習はこの時から始まったのかも知れない。)
 

その後、ヤコブはそこを立ち、エデルの塔を少し超えたところで天幕を張っていた時、ルベンはビルハ(ラケルのはしため)のところへ行ってビルハと寝た。
(もしかすると、ルベンはビルハを慰めに行ったと思われる。)
 

ヤコブはそのことを聞いた。(その後、何かをしたという記録はない。しかし、ディナの件とこの度の件で、ルベンは長子の件を失っている。)
 

そして、ようやくイサクの元に、ヘブロンに着いた。
 

その後、イサクは180才(BC1738)で死んで、ヘブロンにあるマムレの前にあるマクペラの畑地にある洞窟に葬られた。エサウとヤコブ(二人とも120才)の二人でこれを行った
 

リベカはいつ死んだか分からないがリベカも同じところに葬られた。(創49:31)
(ヤコブがエサウから逃げてハランに行ったのは77才の時であり、それから20年後に少なくともシェケムでは97才だったと思われる。
したがって、ヤコブはイサクと共に20年以上は暮らしていることになる。
イサクの誕生はBC1918、エサウとヤコブの誕生はBC1858、イサク60才の時である)
 



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36章
 エドムの歴史。


土地の首長たち


エドムの地の王たち(イスラエルの子らを王が治める以前)
ベオルの子ベラ-ボツラから出たゼラハの子ヨバブ-テマン人の地から出たフシャム-

モアブの地でミディアン人を撃ち破ったベダドの子ハダド-マスレから出たサムラ-

レホボトから出たシャウル-アクボルの子バアル・ハナン-

ハダル(もしかすると、ハナンの兄弟かも知れない。)

エサウの首長たち
ティムナ、アルワ、エテト、オホリバ、エラ、ピノン、ケナズ、テマン、ミブツァル、マグディエル、イラム
(参考:
ヤコブの子らは12人、エサウの子らは14人で、その子孫もかなりの人数になった。
ヤコブがエジプトに行った時(BC1728)は70人だったのが、およそ215年後には、20歳以上の男子だけで60万3550人とレビ人のすべての男子が2万2000人になった。この他に、女と子供たちがいた。)

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37章
ヤコブはイサクが住んでいたヘブロンにその後も住んでいた。
ヨセフが17才(BC1750)の時、自分の兄弟たちについてヤコブに良くない報告をしていた。
 

また、ヤコブはすべての息子たちにまさってヨセフを愛した
そのため兄弟たちはヨセフを憎むようになってしまった


そうした時に、ヨセフは二つの夢を見て、それを兄弟たちに話した。
その夢は、父や母や兄弟たちが自分に身をかがめるというものであった。
(夢の中で、太陽と月と星が、父と母と兄弟に例えられている。後に、これは正夢となる。)
 

それで、兄弟たちは益々ヨセフを憎むようになっていった
 

ある時、兄弟たちがシェケムの近くで羊の群れの世話をしていたが、ヤコブは心配してヨセフに見て

きて報告するようにと言った。
(この時、ヤコブはヘブロンの低地平原からヨセフを送り出したとある。
ヘブロンは標高900m位の高台にあるので、低地平原とは死海の西側にあるユダの荒野にあるヘブロンに近いところと思われ、そこに住んでいたか、あるいは、一時的にいた時だったと思われる。)
(ヤコブの息子たちは、ヘブロンを中心にして、南はネゲブのベエル・シェバから北はシェケムまで

のカナン全域で羊を養っていたと思われる。)
 

ヨセフは兄弟たちがドタンにいるとシェケムの人に聞いたのでそこへ行った。
(ドタンはシェケムの北約20㎞の海抜150m位の丘、東のヨルダン川迄約30㎞、西は地中海迄35㎞

のところに位置している。)
 

ところが、兄弟たちはヨセフを見かけると、ヨセフを殺してしまおうと狡猾な企みを始めた。
しかし、ルベンは兄弟たちからヨセフを救い出し、父の元に返そうと考えていたので、水坑に放り

込むだけにし、ヨセフに手を下してはいけないと主張した。
 

そのため、ヨセフは着ていた衣をはぎ取られ水坑に投げ込まれてしまった。
坑に、水はなかった。
 

その後、兄弟たちがパンを食べようとして腰を下ろした時に、ギレアデからイシュマエル人の隊商

がエジプトへ下って行くのが見えた。
 

そこで、ユダはあの隊商にヨセフを売ろうと言ったので他の兄弟たちはそれを聴き入れ、ヨセフを

銀二十枚でイシュマエル人に売ってしまった。

(参考:この出来事と、イエスが銀三十枚でユダに裏切られたこととは関連付けられてはいない。)


イシュマエル人たちはヨセフをエジプトに連れて行った。 
おそらく、そこにルベンはいなかったので、ヨセフが売られたことを知らなかった
そのため、後で水坑に戻って見た時ヨセフがいなかった
 

兄弟たちは、ヨセフの衣を雄やぎの血に何度も浸し、それをヤコブの元に送った
それを見たヤコブは「たちの悪い野獣がむさぼり食ったに違いない」と言って何日も悼み悲しんだ。
 

一方、イシュマエル人(ミディアン人)たちはヨセフをファラオの護衛の長であるポテパルに売っ

(イシュマエル人たちは、アッシリアからアラビア半島全域とエジプトに近いシュル迄の広範囲に

イサクの住んでいたカナンの地を取り囲むように住んでいた。彼らは幕屋で暮らしていた。
それで、カナンの南のミディアン人とも呼ばれたと思われる。)

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38章
その頃、ユダはヘブロンの北約150㎞にあるアクジブに行って天幕を張った。
アドラム人ヒラの天幕の近くである。
その地で、カナン人シュアの娘を娶り、彼女は三人の息子エルとオナンとシェラを産んだ。
 

しかし、エルとオナンの二人はエホバの目に悪かったので、エホバによって死に渡された
エルの妻であり、オナンの妻でもあったタマルは二人の夫を失ってしまったので、ユダは、シェラ

が成人するまで(自分の)父の家でやもめとして住むように伝えた。
 

そのため、タマルはずっと自分の父の家でやもめとして暮らしていた。
 

やがて、ユダの妻が死んで喪が明けてから、羊の毛を刈る者たちのところであるティムナへ行った。

ユダは友人アドラム人ヒラと共に行ったのである。
(ティムナは友人ヒラの地であったので、共に行ったと思われる。)


それを聞いたタマルはティムナとアドラムの間にあるエナイムの入り口に、娼婦のような姿をして座っていた。
 

タマルを見たユダは娼婦(タマルとは気が付かなかった)と思い関係を持たせてくれと言った
(おそらく、当時妻を娶ると、父の元から離れて、天幕を張ったので、ユダも息子たちの妻と殆ど

会う機会がなかったので、良く知らなかったのでははないかと思われる。
例えば、イサクもアブラハムの天幕とは遠く離れて暮らしていた。
しかし、エサウは、イサクの近くに住んでいたので、イサクとリベカの二人はエサウのカナン人の妻たちに苦々しい霊(気持ち)を抱かせていたと思われる。)
 

それに対して、タマルはそのために、何をくれるかと言ったので、ユダは子ヤギを与えると言った。
そこで、そのための保証としてユダの印章付きの輪とユダの手にあった杖を頂きたいと言ったので

ユダはそれを与え、そして関係をもった。
 

その後、保証の品を取り戻すために、その女を探したが見つからなかった。
 

それから、およそ三か月後ユダはタマルが淫売によって妊娠をしたという知らせを聞いた。
それを聞いてユダはタマルを引き出して焼いてしまえと言った。

(これは、当時も淫行は「悪」とされていたことを示している。)


タマルは引き出される時に、保証の品を出して、これを持つ者によって妊娠したと告げた。
するとユダは、タマルの方が義にかなっていると認め、その出産を認めた
 

双子であったペレツとゼラハと名付けた。(ペレツはイエスの家系となった)
(日本にも同じ風習があった。兄が死ぬと兄嫁を弟が娶るということが。
イスラエルではこの風習が長く続いている。
また、女は子を産むことが女の誉れであった。
それで、女は子が生まれないことを嘆いた。
タマルも同じだったが、ユダがシェラの妻として与えなかったので実力行使に出たのである。
だが、不思議なことに、ユダの息子シェラがイエスの家系にならず、ペレツがなったことである
もしかすると、シェラの母がカナン人だったからと思われる。
カナン人の血を引く者がイエスの家系になるということはあり得ないことであった。
実際、イサクはヤコブにカナン人から妻を娶ってはならないと命じている。
すると、タマルはカナン人ではなかったということになるが、真相は分からない。)

参考:ここで、ユダがタマルと関係を持ったことから、性について、少し考察して見たいと思う。
大洪水前、み使いたちが地上に降りてきて地上の女を娶って子をもうけている。

 

ノアの孫のハムは、ノアが酔って寝ているときに、裸を見ただけでなく、何らかの悪戯をしたと思われる。


ソドムとゴモラでは、おそらく、同性愛者などの性的異常者が多くいた。
 

アブラハムはサラ、ハガル、ケトラの三人から多くの子孫を持った。
 

アブラハムの孫ヤコブはレアとそのはしため、ラケルとそのはしためとの間に12人の子を持った。
 

ヤコブの長子ルベンはラケルのはしためと寝た。
ヤコブの娘ディナはシェケムに犯された。
 

サラは、その地の王に召されたが、関係を持つ前に解放された。
リベカは、その地の人々の目に留まったが、関係を持つ前にその地の王が止めた。
 

ユダは自分の性欲を満たすためタマルと関係を持った。
 

ヨセフはポテパルの妻に言い寄られた。
 

後の律法でも姦淫や淫行を禁じている
 
こうして、少し考えてみても、人の性に対する欲求は動物に比べると異常と思える程である。
動物は、その季節にならなければ、発情しないし、その態勢が整わなければ決して交わることはないが、

男は、常に生理的に女と関係を持つように作られ、一方、女の方も、子を産む備えが、毎月出来る
この二つが相まって、一年を通して、男女が関係を持つに至っている

 

ただ、動物は本能で定まっているが、人間は、各々の分別で関係を持っている。
こういう、いわば、仕組を作られたのは神エホバである。
エホバは、当然、人間の傾向とそれによる害も知っておられたので、姦淫も淫行も禁じたと思われる。

性的関係に関して、 
男は妻と妻のはしためと関係を持っても良かった。
アブラハム、ヤコブ、ダビデなどの例がある。
 

も問題はなかったと思われる。
一夫多妻が許されていた。
あるいは、娼婦と寝ることも許されていたのではないかと思われる。
ユダの例がある。
 

ルベン(レアが生んだ子)がビルハ(ラケルのはしため、ヤコブのそばめ創35:22)と寝た時、ヤコ

ブはそれを責めなかった
つまり、一夫一婦制ではなかったということである。
ただし、妻と呼ばれる人は一人で、他は妾かはしためか奴隷などであった。
しかし、
女の方は、妻であれ、はしためであれ、奴隷であれ、夫や主人が死んだ場合以外は、他の男と関係を持ってはならなかった。民5:11ー31
 

この男女の違いの理由は何か。
おそらく、子を産むということと関係があるのではないかと思われる。
一人の女が、複数の男の子供の母になることは、離婚や死別以外は許されないことであった。
つまり、不倫は、いつの世でも許されないことであったのである。
  

だが、男は複数の女との間に子供を設けても、それは、許された
こうした男女の違いは、おそらく、姻戚関係の「秩序」、相続の混乱を避けるためでもあったと思われる。
 
性に関する結論として、
1 男は、いわば、女を支配したいという欲望。
生理的欲求(体が求める)。
自分の欲求を満たすために、強姦や痴漢や淫行や姦淫などをする男もいる。
これは、女を支配したいという欲望の結果である。
 

2 女は、子供を設けたいという欲望。
男に頼りたいという願望(おそらく、スキンシップはその表れ)
売春も男に頼りたいという思いの表れである。
したがって、
女は男ほど性的欲求は生じない。
 

これらが、混じり合って、性的欲望が生じるのである。
これは、古代から今日まで全く変わっていない。
今はむしろ、昔より悪くなっている
 

理由は、社会への「女の進出」である。
大勢の女が男の前に「その姿」を見せるので、「男の誘惑」を誘うのである。
女は、男の「果実」のようなものである。
いわば、エデンの園の、「善悪の知識の木の実」である。

したがって、「女は家の中にいて、外に出ないこと」が基本とすべきである。
家事や畑仕事や木の実を取りに行くことや家畜の世話をしたり、子供の世話をすることが、女の仕事であり、夫の助け手となるのである。
 

ただし、子供を教え導くのは男の仕事である。
そのため、夫たる男には、
頭の権という力が付与されており、家族を守り養う責任も負わされているのである。
 

律法でも、男の地位や権限が認められ、女は従うよう命じられている
 

ただ、相続権も基本は男に対してであり、もし、相続する男がいなければ女も可能であった

 

(参考:モーセ五書を元にしたイスラム教では、

こうしたことを「厳格」今でも「守っている」宗派がアルカイダであり、国としてはイランやUAEなどである。)

 

更には、男女とも年功序列である。
女は、祭司として、神の前に立つことは許されていない。
が、エホバの女預言者がいない訳ではない
王も男だけである。
これらは,月経や子を産むことや肉体的弱さや精神的弱さとも関係している。

おきてや律法に関して、
モーセに与えた十のおきては、一人ひとり個人に対するおきて、つまり、万人に対するおきてであ

り、今日の犯罪とも一致している。
1 偶像崇拝、
2 エホバ以外のものを神としてはならない、
3 エホバのみ名をいたずらに取り上げてはならない、
4 安息日を守ること、
5 父母を敬うこと、
6 殺人をしてはならないこと、
7 姦淫を犯してはならないこと、
8 仲間に偽りの証言をしてはならないこと、
9 盗んではならないこと、
10 仲間の家のものを欲してはならないこと(物も妻も)、
 

律法(法律)、司法上の定め(罰)、法令(規則)は組織としてのおきてであった。
更に、組織的活動をするために、千人の長、百人の長、五十人の長、十人の長を設けられたこと、
神と人との仲介者とその場所をもうけられたこと(預言者、祭司、幕屋、神殿)
ご自分の臨在のしるしを示されたこと、角笛、雷と稲妻、厚い雲、煙、地震のような振動、雲の柱、火の柱、炎と稲妻、雷鳴、暗闇・・
 

神の考えや指示は、
天からの声、夢、幻、人の姿をしたみ使いを通して伝えたこと、
ラッパの音で民を集合させたり解散させていること、(民10:2)

(参考:これは、現在どこの国の軍隊でも行われている。

昔、ラッパの音で「突撃」も行っている。

自衛隊も、起床から就寝まですべてラッパの音で行動をコントロールしている。

これは、声だと届かないからであり、全体に指示を伝えるには効果的だからである。)
 

更には、
人の心や思いに、ご自分の考えを入れられることもあった。
 

などなど。
 
エホバとイスラエルの子らとの関係において、
神は、余りにも畏怖の念を抱かせる恐ろしい存在であったため、民は神を恐れ、モーセが神と対峙して、モーセによってエホバの言葉を伝えるようにして欲しいと言った。(出29:24、20:19) 
 

だが、エホバの臨在は、常にあるわけではなく、その存在をだれ一人目の当たりに見ることは出来

ないため、
1 社会や個人に問題が生じた時
2 個人的な強い要望が生じた時
以外、神の存在は「人の心」の中で希薄になるものである。
 

特に、毎日が平穏で、大きな問題がなければそうなり易い
したがって、
毎日が平穏無事である時ほど、平和で幸せな時ほど、神を強く意識すべきなのである。

 

何か事が起きてから「神を頼る」のは間違いであることが分かる。)

 

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39章
エジプトに連れて来られたヨセフに、神エホバは共におられ、ヨセフは成功をおさめることが出来、

ポテパルの家のすべてのことつかさどる者となった。
 

ポテパルもエホバが成功させておられるのを知るようになった。
(おそらく、ヨセフは物事のすべてに関連し、エホバに祈ったか、エホバの名を出して行ったと思

われる。そうでなければ、ポテパルはエホバを知ることはなかったと考えられるからである。

ヨセフは幼い時、常にヤコブの傍にいて可愛がられ、エホバについても詳しく聞いていたと思わ

れる。)
 

ヨセフは、母ラケルに似て、姿が美しく、容ぼうの美しい人となっていた。創29:17-18
そのため、ポテパルの妻がヨセフに目をつけ、「わたしと寝なさい」と言うようになったがこれを

ヨセフは拒み続けた。
 

ある時、いつものように自分の用事を果たすため家に入った時、ポテパルの妻以外誰もいなかった。
それで、ポテパルの妻はヨセフの衣をつかんで「わたしと寝てちょうだい」と言ったが、ヨセフは

自分の衣を残したまま逃げた。
 

するとポテパルの妻は家の者たちに「ヘブライ人」が自分を笑いものにしようとしたと叫んだ。
ポテパルが帰って来た時に、ポテパルの妻は自分の嘘を話した。
 

そのため、ポテパルは怒りに燃え、ヨセフを王の囚人たちが入れられていた獄屋に引き渡した。
(おそらく、この時、ヨセフは無実を訴えたと思われるが衣が唯一の証拠となったと思われる。
いわゆる、証拠があっても、「嘘」は通ってしまう例でもある。
  

神の恵みを得ていても、こういう、いわば、濡れ衣のような悪い出来事が生じる場合がある
しかし、おそらく、エホバにとっては、そういうことも織り込み済みだったと思われる。
つまり、エホバはそういうことがあることを、事前に知っておられたということである。
  

それでも、敢えて、事前に告げることなく、為るがままにしておられるのは、

各々の自己責任、義か悪かを行うのが「人」自身であり、神がさせているのではないということを、天にいるみ使いたちに示すためでもあったと推測される。

 

更に、ヨセフが獄にいれられるように、神が導き、その結果としてエジプトで重要な地位に就くようにされていたことも明白である。)


しかし、エホバは引き続きヨセフと共におられ、獄屋の長の恵みを得られるようにされた。
そのため、獄屋の長はすべての囚人をヨセフに委ねた。
エホバが共におられ、ヨセフの行うことを成功させておられた。
(これは、エホバが共におられても、獄に入れられるようなことが起こることを示している。
後に、ダニエルは、炎で燃える熱湯の中やライオンのいる穴の中に放り込まれている。
が、いずれの場合も、苦難に遭っても災いは生じていない
人間から見れば、獄に入れられることは悪いことのように思えるが、実際には、そうではないことが分かる。
それでも、ヨセフは獄に入れられた時、足かせを掛けられ苦しめられたのである。詩105:18

また、ヨセフが入れられた「」は直訳もしくは字義通りでは「水ため」となっている。
ヨセフ自身、二人の子供が生まれた時、兄弟たちに難儀に遭わされたことやエジプトで惨めさを味わったとと述べている。
つまり、エホバが共におられても、ヨセフは安穏としていたのではなく、苦しく不安な日々を送っていたことが推測される。
真の神エホバを崇拝し、また、仕えるならば、こうしたことを理解する必要がある

ヨセフは苦難にあっても、自分を見失うことはなかったのである。

 

訳も分からず苦難に遭うと「悪魔が言ったように、神を呪う」かも知れない。

しかし、ヨセフはそのようにはしなかったのである。

 

後に、バプテストのヨハネが獄に入れられた時も、同じである。

このヨハネは首を切られて殺されてしまったが、これは、ヨハネが神に罪を犯したからではない。)

 

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40章
その後、ファラオの献酌人とパン焼き人が罪を犯したので、ヨセフが囚人としていた獄屋に引き渡された。
護衛の長は、ヨセフが二人に仕えるように割り当てた。
幾日かして、その二人は夢を見、それをヨセフに話をし、ヨセフはその夢の解き明かしをした。
(参考:夢の中に出てくる数字は、文字通り人間の期間を表していると考えられる。) 
 

そして、その通りになったが、献酌人はそのことをずっと忘れていた。

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41章
それから満二年の終わりになった頃、ファラオは一晩で二つの夢を見た。
朝になるとファラオの霊が騒ぎ立ったため、祭司たちや賢人たちを読んで夢の解き明かしをさせた

が誰も出来なかった。
(参考:ここで、「」は、気持ちや感情として用いられている。
霊が騒ぎ立つとは、非常な不安に襲われたことを示している)
 

その時、献酌人はヨセフのことを思い出し、そのことをファラオに話した。
そこで、ファラオはヨセフを呼ぶことにした。
(この時、ヨセフは、毛を剃り、マントを着替えてファラオの前に出ているということは、
エジプトでは、もしかすると、ヘブライ人は髭の延ばすのが習慣だったと思われる。
それで、髭を剃られたのではないか。
又、マントを着ることもヘブライ人の通常のスタイルだったと思われる。
エジプト人は普通は頭を剃り上半身は裸で、サンダルを履いていた
一般に地位の高いエジプト人はマントを着ていたと思われるが、ファラオの像は上半身裸である。)

 

(この時も、ヘブライ人というのは、いわゆる、アブラハム、イサク、ヤコブの子孫もしくはユダヤ人の別の呼び方だったと思われる。
 

北の王国であるイスラエルの十部族が滅ぶBC740年以前には、ユダヤ人という言葉は出て来ない。
この言葉が出てきたのは、エレミヤが最初である。

 

そこで、後世に於いては、イスラエルもヘブライ人もユダヤ人すべて同じ人々を指す語として用いられたようだ。) 
 

ファラオの夢を聞いたヨセフは、その夢の解き明かしをし、又、対策案も示した
(この時、同じ夢が二度繰り返されたということは、必ず起こるということであり、それを、神は

速やかに行うということであるとヨセフは言っている。)
 

それを聞いたファラオは、ヨセフに、王に次ぐ地位を与えエジプトの全土をつかさどらせることにし

た。
その証として、認証指輪をヨセフの手に(指)にはめ、上等の亜麻布の衣を着せ、金の首飾りを首

に掛けさせた。
 

更に、ファラオの持つ二番目の兵車のヨセフを乗せさせた。
 

その後、ファラオは、ヨセフの名を、ザフネテ・パネアと呼び、祭司ポティフの娘アセトナを妻として与えた。
 

この時、ヨセフは30才(BC1737)であった。
(ヨセフがエジプトへ売られてから、13年が経過している

創世記を読むとあっという間の出来事のように感じるが、実際は、13年も掛かっていたのである。

この間、ヨセフは、ポテパルの妻の偽りの告発以降、獄の中でつらい経験をしていたのである。)
 

また、飢饉が到来する前に、二人の息子、長子マナセと次男エフライムを得た。
マナセに関しては、「神はわたしのすべての難儀を、また、わたしの父の全家を忘れさせてくださった」からだと言い、
(これは、兄弟たちがヨセフにした悪いことを忘れたことを言っている。)
エフライムに関しては、「神はわたしが惨めさを味わった地でわたしを実りの多い者としてくださった」からだと言った。

(これは、後に詩編に示されているように、エジプトで無実の罪で獄屋に入れられ惨めな思いをさせられたことを示している。)

 

七年の豊作が終わり、七年の飢饉が始まった。
全地の人々がエジプトに穀物を買うためにやって来た。
(後に、カナンに住んでいたヤコブたちも食料を買うためにエジプトに来たが、まだ飢饉が終わっ

ていなかったことから、ヨセフは39才の時ににヤコブがエジプトにやって来たということになる。
ヨセフが兄弟たちに自分を明かしヤコブにエジプトへ来るようにと伝えた時に、飢饉は後5年あると話している。
つまり、七年の豊作はヨセフが30才の時に始まり、七年の飢饉は44才の時まで続いたのである。)

 

(ヨセフは、夢の解き明かしすべてに関し、解き明かしは神によると、必ず事前に話、神に栄光と誉と賛美をもたらしている。)

 

(ヨセフは、生まれた時が、BC1767で、エジプトに連れて来られた時が、17才で、ポテパルに売

られてから13年経ち30才で、エジプトで二番目の地位に就いたのである。)

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42章
ヤコブはエジプトに穀類があることを知り、息子たちに、エジプトへ行って穀物を買ってくるように

と、十人の息子たちを送り出した。
飢饉はカナンの地にも起きていたのである。
 

エジブトで、すべての民に穀物を売っていたのはヨセフだった。
そのため、息子たちはヨセフに身をかがめ「カナンの地から食料を買いに参りました」と告げた。
 

一方、ヨセフの方は直ぐに気が付いたが気付かないふりをした
(おそらく、この時、ヨセフは、17才の時に見た夢を思い出した。)
 

そして、「お前たちは回し者だ。この地のあらわな様子を見に来たのだ」と言ったのに対して、兄

弟たちはそれを否定した。
 

ヨセフは尚も繰り返したので、兄弟たちは、身の上を話すようになった。
そこで、ヨセフは兄弟たちを試し、末の弟がここに来るのでなければ、お前たちはここから出ることはないと告げた。
 

三日間、兄弟たちを拘禁した。
三日後に、「兄弟の内一人を残し、後の物は自分たちの家の飢饉のために穀物を運ぶが良いと告げ

た。
 

それから、末の弟を連れて来て、お前たちが信頼出来ることを示すようにすれば、お前たちは死な

ないですむだろうと告げた。
 

兄弟たちは、ヨセフの血の返済を求められているのだと言い出した。
(兄弟たちは、ヨセフをエジプトに売ったことを忘れてはいなかった。22年が経っていた。)
 

兄弟たちは、ヨセフがそれを聴いているとは思わなかった。
通訳がいたからである。
ヨセフはそれを聞いて隠れたところで涙をした。
 

それから、ヨセフは、兄弟たちの目の前でシメオンを縛り、兄弟たちの大袋に穀物を満たし、金子も元へ戻し、旅のための食料も与えて送り出した。
 

シメオンだけを拘禁したままにしておいた。
 

兄弟たちは、エジブトを出て宿で自分の大袋を開けてみると金子が入っていることに驚いて、心は

沈み震えた。(この時、彼らはテントや野宿ではなく、宿に泊まっている。)
 

ようやく、兄弟たちは、ヤコブの元に着き、起きたことを話した。
それを聞いたヤコブは嘆いた。
 

ルベンは、わたしがベニヤミンを連れて帰らないなら、わたしの二人の息子を死なせてもかまわないから、わたしに任せてもらいたいと申し出た。
 

しかし、ヤコブはそれを認めなかった。
ベニヤミンを失いたくなかったためである。

 

43章に続く。

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内容と解説

 

26章 
その地に飢饉が起きた。そのため、イサクはフィリステア人の王アビメレクのもとへ、ゲラルに向かった。
その時、神エホバがイサクに現れて「エジプトへ下って行ってはならない。わたしがあなたに指定した地に幕屋を張っていなさい。この地に外国人として住んでいるように。

そうすればわたしはあなたを祝福し、あなたの胤にこのすべての土地を与える」と言われた。
また、「あなたの父アブラハムに誓ったその誓いのことばを成し遂げる。そして、あなたの胤を増やして天の星のようにし、あなたの胤にこすべての土地を与える。
あなたの胤によって地のすべての国の民は必ず自らを祝福する」
 

「アブラハムがわたしの声に聴き従い、わたしに対する務め、わたしの命令、わたしの法令、そしてわたしの律法を守りつづけたからであった」と言われた。

 

それで、イサクはずっとゲラルに住んでいた。
その時、その地の人々がイサクの妻についてしきりに尋ねるので、イサクはリベカのことを「わたしの妹」だと言った。
 

アビメレクは窓から二人が楽しく過ごしているのを見て、なぜ嘘をついたのかと問いただした。
そして、民の一人がもう少しであなたの妻と寝てしまうところであったと言い、そうなれば、あなたはわたしたちに罪科をもたらしたことになったであろうと。
 

それから、アビメレクは「イサクとリベカに触れる者は必ず死に渡されるであろう」と言った。
 

その後、イサクはその地で種を蒔くようになり、その年には100倍もの収穫を得るのであった。
 

エホバが祝福しておられたからである。
イサクが裕福になるにつれて、フィリステア人はイサクをそねむようになり、アブラハムの僕たちが掘った井戸を塞いでしまった。
 

そのため、アビメレクはわたしたちの近辺から移動するようにと言った。
それで、イサクはゲラルの奔流の谷に宿営を張ってそこに住むようになった。
それから、アブラハムが死んだ後フィリステア人が塞いでいった井戸を掘り直し、その井戸の名をアブラハムが呼んだ名で呼ぶことにした。
 

その後も、イサクは奔流の谷を掘り続け、その度に言い争いが起きたが別の井戸では言い争わなかった。
 

次いで、イサクはベエル・シェバに上った。
その時、エホバはイサクに現れて「恐れてはいけない。わたしはあなたと共にいて、あなたを祝福し、あなたの胤を増やす」と言って、イサクを強めた。
 

そこで、イサクはその所に祭壇を築いてエホバの名を呼び求め、そこに天幕を張り、井戸の掘り抜きを行った。 
 

その後、イサクの僕たちと争いが起きないようにと、アビメレクがイサクのところにやって来て、
 

いわば、平和の契約を結んだ。(ベエル・シェバで契約を結んだのである)
(井戸のことで度々争いが起きているが、羊飼いだったイサクには井戸が重要だったのである。
言い争いが起きても、イサクはその都度場所を移動し、争いを避けている)
 

(イサクはこの時から、ベエル・シェバに住んだ)
そして、エサウは40才(BC1818)になり、ヒッタイト人の娘、ユディトとバセマトを妻に迎えたが、これらの女はイサクとリベカに苦々しい霊を抱かせるものとなった。

 

(後に、エサウは従妹のイシュマエルの娘マハラトも妻に迎えている。創28:9)
(おそらく、イサクたちが豊かになったのは、フィリステア人である自分たちのお陰だと言い、横柄な態度をとったのではないかと思われる。偶像崇拝が関係していたかどうかは分からないがその点は示されていない。

が、アビメレクの方は、エホバが共におられるからだと理解していた。)
 

(イサクは、ネゲブのベエル・ラハイ・ロイの近くに住んでいたが、飢饉が起きたので、ゲラルに行き、そこで争いが起きたので、ゲラルの奔流の谷に移り住んだが井戸のことで再び争いが起きたので、ついに、ベエル・シェバに移り住んだということである。
 

イサクは生涯フィリステア人の地からは一歩も出ず、比較的平穏な日々を送ったと思われる。
小さい揉め事はあったが争うことなく素直に応じて来たからでもある。
イサクは神エホバにより約束された子であったのである。)

 

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27章 
イサクはエサウに野に出て獲物を獲りわたしの好きなうまい料理を作って食べさせてくれとと言い、 死ぬ前にお前を祝福するようにするのだと言った。
 

それを聞いていたリベカはヤコブがイサクが祝福を得られるように、イサクが好む料理をこしらえ、 ヤコブにエサウの変装をさせイサクに食べさせた。
 

イサクは目が悪くそれに気が付かずヤコブを祝福した。
 

エサウが野から戻って来て料理を作りイサクのところに持って行くと、そこで初めてヤコブが祝福を

受けるために欺いたことが分かった。
 

しかし、イサクは祝福を取り去らなかった。
そして、ヤコブが主人となり、エサウは剣によって生きヤコブに仕えるようになり、とどまり切れな

くなるとエサウはヤコブのくびきを砕いて自分の首から捨てるであろうと言った。
(つまり、兄弟の縁を切るようになると言ったのである。-創25:23の成就) 
 

更に、エサウは、肥沃な土地からは離れたところ、天の露から離れたところに住むと言った。
(これは、エサウは、砂漠地帯に住むことを指している。

エドムは死海の南にある不毛地帯である。)
 

しかし、エサウはヤコブに敵愾心を抱き、イサクの喪が過ぎたらヤコブを殺してやると言った。
それを聞いたリベカはヤコブにハランにいるリベカの兄弟ラバンのところに逃げてエサウの激怒が

静まるまでそこにとどまるようにと告げた。
 

こうしたことをした理由をリベカはエサウの妻ヘトの娘たち、つまり、ヒッタイト人の娘ユディト

とバセマトとが原因だとイサクに言い、ヤコブもそのようになって欲しくないと告げた。
(なぜ、このようなことなったのか、その原因はすべてエサウにあった。
長子の権を軽んじ、ヒッタイト人の娘たちを妻に迎えたためである。
これは、神エホバの目から見て良いことではなかったのだ)

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28章
そのため、イサクはヤコブに「カナンの娘たちの中から妻を娶ってはならない、ラバンの娘たちから妻を娶るように」と告げた。そうすれば、アブラハムの祝福をあなたの胤に与えてくださるであろうと言った。 
 

このことを聞いたエサウはイサク目にカナンの娘たちが喜ばれないことを知った。
(それまで、エサウは気づかなかったのだろうかと思う・・・)
 

それで、エサウは今度はイシュマエルの娘マハラトを妻に迎えたのである。
 

ヤコブはベエル・シェバからハランに向かって進みベテルに来た時、そこにあった石の一つを取って

頭の支えとして置きその場所に横たわった。
 

すると、夢を見はじめ、神のみ使いたちが天に上ったり下ったりしているのを見た。
天の上方に神エホバがおられ「あなたが横たわっているその地をあなたとあなたの胤に与える。

あなたの胤は地の塵粒のようになり、あなたとあなたの胤によって地上のすべての家族は必ず自らを

祝福するであろう。

わたしはあなたと共におり、すべての道であなたを守り、あなたをこの地に戻らせる。

わたしは、自分が話したことを成し遂げるまではあなたを離れない」と宣言された。
そこで、ヤコブは朝早く起き、頭の支えとした石を柱として立てその上に油を注いだ。
 

その場所をベテルと呼んだのである。
油を注ぐことで、その場所を神聖なものとしたということである)
 

更に、ヤコブは「もし、神エホバが共にいてくださり、わたしの道を守ってパンと衣を与えてくださ

り、平安のうちに父の家に帰って来られるなら、その時、神エホバはわたしの神であることをしてし

てくださったことになります。
そして、わたしが立てたこの石は神の家となり、あなたが与えてくださったすべてのものについて必

十分の一をあなたに捧げます」と誓約と立てた。

(参考:ベテルは北のベテルのことであり、アイの近くにある。
つまり、ヤコブはベエル・シェバからヘブロン、エルサレムを通ってベテルまで来たということである。


この時、ヤコブはほとんど何も持っていなかった。創32:10)
(ヤコブは、エサウが原因とは言え、長子の権や祝福を受けたため、その後の人生は、苦労続き出

あったと言える。
  

父イサクに比べると多難であったと言える。
祖父アブラハムもいろんな出来事に遭遇し、また、長年神エホバへの信仰を試みられた
神エホバの祝福を得るためとは言え、強い信念と忍耐が求められたに違いない。)

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29章
その後、ヤコブはハランの地を目指した。
(この時、ヤコブは77才と考えられる。BC1781)
その途中のある井戸のところで、ラバンについて尋ねると娘のラケルがちょうど羊と一緒に来るところだとヤコブに告げた。

 

ラケルを見かけると、ヤコブは井戸の石をのけて羊に水をやり、その後ラケルに自分が父ラバンの

妹リベカの子のヤコブだと告げた。

(このころ、井戸に石を置いて、ふたをしていたことは分かる。)


一方ラバンはそのことを聞くとすぐに迎えに出てきた。
ヤコブは(おそらく、井戸でのことを)これらすべてのことを細かに話した。
 

それで、ラバンをヤコブを受け入れ、その後、まる一か月ラバンの元にとどまり、(ラバンの羊の

群れの世話をした。)
 

すると、ラバンはヤコブに報酬はどうしたら良いかと尋ねた。
それに対して、ヤコブはラバンの娘ラケルのために7年仕えると返答した。

ラバンもそれを受け入れた。

 

7年後ラケルを渡してくれるようにと告げるとラバンは姉のレアとはしためジルパを与えた。
それに対して、ヤコブはなぜわたしを騙したのかとラバンに尋ねると、ラバンは姉より先に妹を与

える習慣がないので、あと7年わたしに仕えればラケルを与えると告げたので、ヤコブはそのように

し、ラケルとはしためビルハを妻として受けた

 
こうして、ヤコブはレアとの間に子をもうけた。
(ヤコブはこうして、14年間ただでラバンに仕えた。)

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30章
更に、レアのはしためとの間、ラケルのはしためとの間、そして、ついにラケルとの間に子が生まれた。(この時、ヤコブは91才ごろであった。BC1767ころのこと)


その後(BC1761頃)、ヤコブはラバンに「自分の国に行かせてほしい」と告げると、ラバンはエホ

バがヤコブを祝福してくださっている兆しを見ている」それで「あなたの望む報酬を与えるから引き

続きわたしに仕えてほしい」と言った。


そこで、ヤコブはぶちでまだらの羊と暗褐色の雄羊とまだらでぶちの雌やぎを報酬としてもらうことにし、ラバンもそれを受け入れた。


その後、ヤコブはラバンと三日の距離をおいて自分の羊ややぎとラバンの羊とやぎとを分けた。

ヤコブは引き続きラバンの家畜の世話をした。
 

すると、ヤコブの家畜だけが増えラバンの家畜は弱くなっていった

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31章
すると、ラバンの子らが妬むようになり、ラバンも以前のようにはヤコブを見ることができなくなった。


ついに、エホバはヤコブに「親族の元に帰りなさい」と告げた。
ヤコブはそのことをラケルとレアに告げると二人は同意したので、ラバンの裏をかいて黙って逃げて

行った。
 

三日目にラバンにそのことが告げられ七日をかけて、ギレアデの山地で追いついたが、夜、エホバ

がシリア人ラバンに夢の中で、「ヤコブに対して良くも悪くも言うことがないよに気をつけなさ

い」と告げられた。(ラバンはシリア人と言われている)


この時、ヤコブは自分の天幕を山の中に、ラバンはギレアデの山地に野営をさせていた。
ラバンは喜びと歌をもって送り出したのにと言ったが、なぜラバンの神々テラフィムを盗んだのかとヤコブを詰問した。


ヤコブはラケルが盗んだことを知らなかったので、恐れたので黙って去ったのだと、もし、テラフィムが見いだされる者がいればその者を生かして置かないでくださいと言った。


それで、ラバンは天幕中を探したが見つけられなかった。
ラケルは婦人用の鞍かごの中にテラフィムを隠していたが、その上に座り(生理中)だから立てな

いと言って難を逃れた。
 

すると、ヤコブは怒って自分にどんな罪があるのかと、互いの兄弟たちの前に出して二人の間を裁決

してもらいましょうとラバンに訴えた。


二人の娘のために14年間、あなたの家畜の群れのために6年間仕えてきたが、あなたはわたしの報酬を10回も変えた。

もし、神エホバがわたしの側にいてくださらなかったら、あなたはむなし手でさらせたことでしょうと。

わたしの惨めさとわたしの手の労苦とを神がご覧になりあなたを戒められたのだと言った。

(ヤコブはラバンのところで働くことを惨めだと思っていたが、それを噯【おくび】にも出さなかった。)


そこで、二人はそこで、互いにここを超えて損なうことをしないという契約を結んだ。
そして、石で小山を作り、その上で食事をした。
ヤコブはそこをガルエドと呼び、「物見の塔」とも呼んだ。
 

その後、ヤコブはその山で犠牲をささげ、共にパンを食べたが、ラバンは翌朝早く起きて自分の子供

たちと娘たちに祝福し自分のところへ帰って行った。




(参考:ナホルとハランはハランに残って住み続けた)






レビの子孫、モーセの家系






(アブラハムとイサクとヤコブの人となり)
アブラハム
エホバの指示に従い、ハランからエジプトへそしてカナンへと旅をした。
途中、飢饉、ロトの救出、ソドムとゴモラの滅びなどを経験した。
いわば、旅人であった。
アブラハム自身にはトラブルはなかった。
サラとハガイのトラブル、イサクとイシュマエルのトラブル、イサクを犠牲として捧げる、イサク

の嫁を迎える、飢饉、エジプトとネゲブでサラが召されたことなども経験した。
強い人間というイメージがある。


イサク
アビメレクと良い関係を保ち、比較的安穏と暮らした。
おそらく、生涯ネゲブから出てはいない。
いわば、定着し安定した暮らしをした。
弱々しい体質のようなイメージがある。
おそらく、いわゆる、御曹司として育てられたと思われる。
しかも、高齢出産の子で、大事に育てられそして可愛がられたと思われる。


ヤコブ
エサウから長子の権と祝福を奪い取ってから苦難が続いた
それでも、エホバが共にいたので祝福された。
ラバンと分かれ、カナンの地に戻ってからも、ディナがシェケムに侵され、息子たちがその都市の

人々を皆殺したり、ヨセフを憎み隊商に売り渡したり、飢きんが生じ、エジプトに行ったり、

ベニヤミンのことで苦しんだりといろいろな出来事が続いた。
いわば、試練の人であった。
ヤコブ自身に関わるトラブルが多かったが、それでも、常に物事を慎重に行っていた。
逞しいが、それでいて思慮深く抜け目がないようなイメージがある。
おそらく、精神的に強い人間だったと思われる。

 

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32章
その後、後にマハナイム(神の宿営)と呼ばれる場所で、神のみ使いたちと出会った
それから、ヤコブは、自分に先立ってエサウに使いの者たちを送り、エサウに自分が戻って来たこと

を知らせた。 
 

その知らせを聞いたエサウが4百人を連れてヤコブに会おうとして進んで来たという知らせをヤコブ

が聞くと非常に恐れ心配になり、用心のために隊を二つに分けて宿営した
 

そして、神エホバにエサウの手から救い出して下さいと祈った。
ヤコブ自身はその場に留まり、エサウに贈り物を一群れずつ別にして、その間隔を取りながら進むように指示して送り出した。贈り物によってエサウを和めるためであった。
 

その夜の間に、ヤコブは家族を連れて、ヤクボの渡場を渡り、その後、家族と持ち物を奔流の谷を

渡った後、彼らを先に行かせ自分は一人残った。
 

その夜神のみ使いがヤコブと組み打ちを始め夜が明けるころまで及んだ。
この時、ヤコブに対して優勢でないのを見て、ヤコブの股の関節のくぼみを外した。
 

そして、「わたしを行かせてほしい。夜が明けたから」と言った。
(これは、み使いたちの活動が、主に、夜だったことを示している。

勿論、昼の間にも人の姿をして現れることもあるが、夜、人目に付かない時に活動をしていたと推測される。
また、エホバは、夜、夢でご自分の考えを知らせたり、幻を見させてそうすることがあった。
更には、昼の間でも、人の目を開け天が見えるようにされる時もあった。
あるいは、み使いたちを遣わしたり夢や幻だけではなく、天から直接声をかけることもあった。

いずれにしろ、夜であったり雲で覆われている時で、太陽が空で輝いている時はなかったと思われる。)
 

(こうしたことから想像するに、天は、地球の昼のように明るくはなく、ただ、神エホバが太陽の

如く明るく輝いていて、その光だけが行き渡っていると考えられる。
遠くから見ると、暗闇の中に、一点だけ光があるというような状態のように思える。

 

理由は、地球のように光を反射する大地がないからである。
すべてのものは、宇宙の恒星や惑星のように、中に浮いた状態なのである。)
 

それから、そのみ使いはヤコブの名が「イスラエル」と呼ばれると言った。
ヤコブがそのみ使いの名前を聞いても教えなかった。
(これは、み使いが人から崇められることがないようにするためであり、すべてのものはエホバを

崇拝しなければならないということの、いわば、真のあるべき姿、状態を示している。)
 

ヤコブはその場所を「ペニエル」と呼んだ。 
それから、ヤコブはびっこを引くようになった。  
また、イスラエルの人々は股の関節のくぼみの上にある股の神経の筋を食べない習わしになった。



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33章


 

(こうしてみるとヤコブは物事に対して実に慎重な性格であったことが分かる。
エサウから長子の権を受け取る時、イサクの祝福を受けるためにしたこと、ラバンの下で働き二人の娘を妻として迎えるとき、ラバンに仕える時の報酬に関して、ラバンの元を去る時、エサウに会う時など、すべて物事を慎重に、よく考えて行っている
その全てにおいて、物事が上手く行ったのは、神エホバが共におられたことの証でもある。)

ヤコブはエサウを見ると、上図のような隊形で歩を進めさせ、自分はエサウに近づく迄七回地に身をかがめた(つまり、ひれ伏したということである。)
 

その後、二人は抱き合って泣いた。
それから、自分の家族を紹介した。
又、贈り物についても、しきりに促したのでエサウはそれを受け取った。

20年経ってエサウはヤコブに対する敵愾心はなくなっていたと思われる。
その後、二人の間には争いは起きていない。)
 

ヤコブはエサウの親切を断り、ゆっくり進むと話したので、エサウはセイル(エドム)へ引き返し

て行った。
 

ヤコブの方は、スコトに向かって旅立ち、そこに自分の家と家畜のために仮小屋を作った。
 

やがて、
ヤコブ一行は、パダン・アラム(ユーフラテス川上流のハランの一帯)から無事にカナンの地の

シェケムに行き、その都市の前に宿営を張った
 

次いで、シェケムの父ハモルから金子百枚で、自分が天幕を張った野の一画を取得した。
その後、ヤコブはそこに祭壇を設けそれを「イスラエルの神なる神」と呼んだ。
(ハランを出る時も、途中でもいろんな出来事があったが、そのすべてにおいてヤコブは慎重に行

動した。)

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34章
レアの娘ディナは、いつもシェケムの地の娘たちに会いに行っていた
 

ある時、その地の長ヒビ人ハモルの子シェケムがディナを捕えて彼女と寝て犯した
シェケムはディナに執着するようになり、ついに、父ハモルにディナを自分のために妻としてもらっ

てくれるようにと頼んだ。
 

しかし、ヤコブはシェケムがディナを汚したことを聞いたが息子たちが野から戻ってくるまでは何も

言わなかった。
 

ヤコブの息子たちはそのことを聞いて非常に怒り立った。
これは、イスラエルに対する恥ずべき愚行だったからである。
(つまり、ヤコブの一族が辱められたということである。)

 

ハモルがヤコブのところにやって来てディナをシェケムの妻として与えて、また、姻戚関係を結んで

欲しいと言った。その代価についても話した。
 

しかし、ヤコブの息子たちは彼らを欺いて、「あなた方のうちの男子が皆割礼を受ける」という条

件を出した。
 

そこで、ハモルとシェケムはその都市の人々にそのことを話すと、人々はそれを聴き入れた。
 

割礼を受けて三日目に、人々が痛みを覚えるようになったころ、シメオンとレビは密かにその都市

に行き、すべての男子を殺し、ハモルもシェケムも殺し、シェケムの家からディナをを連れ出した


他の息子たちも致命的傷を負った者たちに襲い掛かり、その都市のものを強奪していった。
それを聞いたヤコブはシメオンとレビを叱責した

 

35章に続く。

 

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内容と解説

 

19章 ソドムとゴモラの滅びとロトの救出。
二人のみ使いがソドムに着いた時ロトは門の中に座っていた。
二人を見かけると立ち上がって自分の家にしきりに招き入れ宴を設けた。

 

(ロトは二人が神の使いであることを見て悟ったと思われる。
アブラハムも直ぐにそれと悟っていた。

 

このことから、神の使いは外見から見れば分かるものだったかも知れない。
全身を覆う頭巾がついた白いマント=ポンチョのようなものを着て身長より長い杖を持ち長い髪をし髭を伸ばしていたと思われる。サンダルを履き体はがっしりしていて30-40才ぐらいだと思われる。)
 

二人が横にならない内に、都市の男たちが押し寄せ二人と交わり持てるようにさせてくれとロトの家を取り囲んだ。
そのため、ロトは自分の娘と引き換えに二人に何もしないようにと申し出た。
(ロトは押し寄せて来た男たちが性的関係を望んでいたことを知っていたので二人の娘を差し出すと言ったと思われる。
つまり、押し寄せて来た男たちは性的異常者たちだったのである。)
 

しかし、男たちは聞き入れず家の中に入ろうとした。
その時、み使いの一人がロトを家の中に引き入れ戸を閉じた。
その一方で入り口にいた男たちを皆盲目にならせた。
 

それから、ロトにこの都市を滅びに至らせるのでロトに属する者たちをここから連れ出すようにと言った。 
それで、二人の娘たちを娶ることになっていた婿たちに、エホバはこの都市を滅びに至らせようとしているので立ってここから出るようにとしきりに言ったが二人は信じなかった。

 

(二人の婿はロトが冗談を言っているように見えたとあることから、都市の状態が、滅びの兆候が全くなかったことを示している。
つまり、突然、いきなり滅ぼされたのである。
  

ノアの大洪水の時も、人々は警告を与えられていたと思われる(ヘブ11:7)がノアが箱舟に入る日まで変わらぬ生活をし洪水が来て流し去るまで注意しなかった(マタイ24:38-39)とイエスは言われた。
  

しかし、ソドムとゴモラの場合はいきなりだった。)
 

(ロトの家に押し寄せて来た男たち、つまり、倒錯した男たちは都市の中の一部であったことが窺われる。
おそらく、婿たちは押し寄せてはいないし、普通の男だったと思われる。

 

「ちょうどロトの日に起きたとおりです。人々は食べたり、飲んだり、買ったり、売ったり、植え   たり、建てたりしていました」とイエスは言っておられる。-ルカ17:23)

夜明けになると、二人のみ使いはロトをせき立てたがロトが戸惑っているので「エホバの同情のゆえにロトとロトの妻と二人の娘の手をつかみ」、都市の外へ連れ出した。
 

その時、み使いの一人が彼らに「自分の魂のために逃げよ。後ろを振り返ってはいけない。山地に逃

れよ」と言った。
それに対して、ロトは、災いが迫っているので山地までは逃げられないので近くの都市に逃げさせて

下さいと願った。
それに対して、み使いはあなたに配慮を示してその都市は覆さないと言われた。
ここでも、願いを聞き入れている。
そのためロトはその都市の名をゾアルと読んだ。(ゾアルはソドムから7㎞程南にある低地平原にある都市である)
 

ロトがゾアルに着いた時には夜が明けていた
その時、エホバは天から硫黄と火の雨をソドムとゴモラの上に降らせその地域全域とすべての住民と植物も覆された。
 

しかし、ロトの妻は後ろを振り返るようになり、遂に、塩の柱となってしまった。
(おそらく、ロトの妻は一度だけではなく何度も振り返ったと思われる。
また、なぜ、塩の柱なのかは分からない。
雨や風などでいずれ消滅することを意図されていたか、溶けて死海に流れ込むようにされたのかも知れない。)
 

一方、アブラハムは前日にみ使いたちと会った場所に朝早く出かけてソドムとゴモラとその地域を見下ろすと黒い煙が立ち上っているのを見た。
 

神がソドムとゴモラを滅びに至らせた時、「アブラハムのことを思いに留めて」ロトを救われたと記されている。

 

後にロトはゾアルに住むことを恐れ山地の洞窟に住むことにした。
 

その後、ロトの二人の娘は関係を持つ男がいなかったため、ロトをぶどう酒に酔わせ酔っている間に

ロトによって妊娠し二人とも男の子を産んだ。

一人はモアブと呼ばれモアブの父となり、もう一人はベン・アミと呼ばれアンモンの子らの父となった。
 

(ロトはぶどう酒を飲む習慣があったと思われる。
参考:ぶどうを育てるか、羊を飼うか、小麦を育てるかが主な仕事であったと思われる。
小麦と羊はカインとアベルの時からであるがぶどうは大洪水後ではノアが最初である。)
 

(後に、モーセに率いられたイスラエルがモアブとアンモンの土地に差し掛かった時、エホバはそ

の地をロトの子らに与えたので彼らと争ってはならないと言われた。
これは、ロトの子たちもアブラハムと同様にエホバの恵みを得ていたことを示している。

子の誕生のいきさつは問題とはしていない
  

後にユダが息子の嫁だったタマルによってペレツを産みイエスの家系となった時にも問題とはしていない

 

つまり、状況によっては、一見して良くないと思われがちなことも、エホバは容認されるということである。
  

しかし、ダビデの場合はバテシバとの関係で最初の子は死んだが、ソロモンはダビデの後継者として王となり、イエスの家系にもなっている。)
 

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20章 
アブラハムはヘブロンからカディシュとシュルの間に住まいを設けゲラルに外国人として住むように

なった。カナンの地からネゲブの地へと移り住んだ。
(おそらく、アビメレクの支配地はカナンからネゲブにかけて広かったと思われる。
カディシュの近辺に羊の放牧を移したと思われるが、もしかすると、サラは、ゲラルの家に住み、アビメレクが召し入れたと思われる。)



ゲラルではエジプトと同じくサラを自分の妹だと言った。
そのためその地の王アビメレクはサラを召し入れたが、神が夢の中でサラの故にすでに死んだも同然だ、サラはすでに人妻だからと告げた。
それに対して、アビメレクは「二人は兄妹だと言いませんでしたか。わたしは正直な心、潔白な手で召し入れたのです」と言った。
それに対して、まことの神は夢の中でアビメレクに対して「わたしとしてもあなたが正直な心でこれ

を行ったことを知っていた。
だから、あなたをとどめてわたしに対して罪を犯させないようにしていた。

サラを返しなさい。

アブラハムは預言者でありあなたのために祈願をしてくれるであろう。

もし、返さないならあなたもあなたに属するすべての者も必ず死に至る」と言われた。
(ここで、初めて、エホバはアブラハムのことを預言者であり、祭司であると言われた。)
 

それで、アビメレクは朝早く起きてアブラハムを呼んでなぜ妹だと言ったのかと問い正した。
それに対して、アブラハムはエジプトの時と同じ返答をした。
その後、アビメレクは羊、牛、下男、はしためをアブラハムに与えサラを返し、自分の目に良いと思えるところに住んで良いと言われた。
 

それで、アブラハムはまことの神に祈願を捧げ、次いで、神はアビメレクとその妻たちと奴隷女たち

をいやしたので、女たちは子を産むようになった。
 

サラのことでアビメレクの家のすべての胎を閉ざしておられたからであった。
(飢饉のためエジプトへ行った時には、ファラオに大いなる災厄をもたらし、その原因がサラにあることを、おそらく、神は夢の中で告げたと思われる。
  

ネゲブでは、アビメレクの家の者たちの胎を閉じられ、その原因がサラにあることを、同じく夢の中で告げた。
  

アビメレクがエホバの崇拝者であったかどうかは不明。
  

いずれにしろ、エジプトとネゲブでの二つの類似した出来事は、共に、アブラハムの貨財を増やす原因ともなったことは事実である。)
 

(参考:後に、イサクもこの地で同様のことをしているが、この時の王もアビメレクであった。

これは、アビメレクは個人の名前ではなく、ファラオと同じ称号だったと考えられる
そうでなければ、アビメレク二世と名乗っていたはずである。)

 

(神エホバはアビメレクにアブラハムのことを預言者だと告げたことや祈願をしてくれるであろうと

いうことから、アブラハムは神の代弁者たる預言者であり、かつ、祭司でもあるということを神エホバ自らが示されたということである。
参考:メルキゼデクは王であり、祭司であった。イエスはこのメルキゼデクに例えられている。

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21章
サラは妊娠し男の子を産み、名をイサク(BC1918)と呼んだ。
(神エホバの約束通り、男の子が生まれた。後のイエスも同じであった。)
生後八日目に割礼を施した
この時、アブラハムは100才であった。
 

イサクが乳離れする日に宴を催した。
(5才になった頃、アブラハム105才、イシュマエル19才)(BC1913)
(乳離れする時に宴を催す習慣があったと思われる。)
 

その頃、イシュマエルがイサクをからかっていた(400年の苦しみの始まり
(単なるからかいではなく、いじめだったと思われる)
 

そのため、サラはハガルとイシュマエルを追い出すようアブラハムに告げたが、アブラハムは非常に

不快に思った(これは、アブラハムは息子イシュマエルを息子として大事にしていたことを示してい

る。)


だが、神エホバは、サラの声を聞き入れよと命じられた。
その時、神エホバは「アブラハムの胤はイサクを通して来るが、イシュマエルについても一つの国民とし、アブラハムの子孫とする」と言われた。


それで、アブラハムはハガルとイシュマエルにパンと水を与え送り出した。
二人がベエル・シェバの荒野をさまよい、ついに水がなくなった時、声を上げて泣き始めた。
(この時、ハガルはイシュマエルを茂みの下に投げ出したとあるので、イシュマエルは病気か死にかけていたと思われる。今で言う熱中症だったかも知れない。)
 

すると、そこに神エホバのみ使いが天から呼びかけて「恐れてはいけない。わたしはイシュマエルを大いなる国民にする」と告げた。
 

その後、神エホバはハガルの目を開けたため、ハガルは井戸を見つけ皮袋に水を満たしイシュマエルにも飲ませた。(おそらく、この水でイシュマエルは元気になったものと思われる。)
 

神エホバは引き続きイシュマエルと共におられ、イシュマエルは成長し、ずっと荒野に住んでいた。
 

イシュマエルは弓を射る者となり、パランの荒野に住むようになった。そして、ハガルはイシュマ

エルのためにエジプトの地から妻を迎えた。
 

その頃、アブラハムとアビメレクは互いに偽りはしないで忠節な愛を持って行動することを誓った。

しかし、アビメレクの僕たちが力づくで井戸を奪ったのでアビメレクを厳しく批判した。


アビメレクはそのことを知らなかったしアブラハムもそのことを私に言わなかったと返答した。


それで、アブラハムは羊と牛を与え、(互いの誓いの)契約を結んだ。
それとは別に、アブラハムはアビメレクに七匹の雌の子羊を与え、その井戸はアブラハムが掘った

という証とするという誓いを立てた。
 

そのため、アブラハムはその場所をベエル・シェバと呼び、後にその場所に「ぎょりゅうの木」を

植え、神エホバの名を呼び求めた。
そして、アブラハムはその後もフィリステア人の地に外国人として留まった。



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22章 イサクを犠牲として捧げる(これは、神エホバの独り子イエスの犠牲を予表していた)
(おそらく、この頃アブラハムはカディシュからベエル・シェバに移り住んでいたと思われる。
なぜなら、ハガルがどこへ行けばよいか分からずベエル・シェバの荒野をさまよっていたから。)


後に、神エホバはアブラハム(125才、イサク25才、BC1893)を試みられた。
モリヤの地を旅して、エホバが指定する山の上で焼燔の捧げ物をするようにと命じた。
(モリヤはベエル・シェバからは北東約70㎞、ヘブロンからは北東約30㎞のところで、エルサレム

と呼ばれている)
 

そして、イサクの手と足を縛って祭壇の上に寝かせ、屠殺用の短刀でイサクを殺そうとした。
その時、エホバのみ使いが天から呼びかけ「イサクに手を下してはならない。あなたが一人息子さ

えわたしに与えることさえ差し控えず、神エホバを恐れる者であることをよく知った」と言われた。


それから、一頭の雄羊が藪に絡まって動けないでいるのを見つけ、イサクの代わりに焼燔の捧げ物

として捧げた。
 

アブラハムはその場所をエホバ・イエルと呼ぶようになった。
(エホバ・イエルとはエホバの山でそれは供えられるという意味である。)
 

更に、その時、エホバのみ使いが天から再度呼びかけて、
わたし自らにかけてまさに誓う」とお告げになり、「あなたがひとり子をさえ与えることを差し

控えなかったので、わたしは確かにあなたを祝福し、あなたの胤を確かに増やし天の星のように、

海辺の砂粒のようにする
あなたの胤はその敵の門を手に入れるであろう。
あなたの胤によって、地のすべての国の民は必ず自らを祝福するであろう。
あなたがわたしの声に聴き従ったからである」と言われた。
  

(神エホバは、この時初めてアブラハムに「敵」がいることを知らせた
敵とは悪魔のことである。ヘブライ2:14
敵の門とは、地の果て、つまり、全地のことである。詩2:8
つまり、エホバのこの宣言は、アブラハムの胤が全地を治める王国となることを示している。

-ダニエル2:44
   

悪魔は事物の体制の神と呼ばれていることから、世の王国は神とキリストの王国となったという啓示11:15と合致する。
   

創3:5の女の胤がアブラハムの胤でもあり、そのアブラハムの胤が敵の門を手に入れる、つまり、アブラハムの胤が敵を征服するとという意味ではなく、敵の門を手に入れると言われたのである。
   

そして、アブラハムの胤の支配により地のすべての国民が自分の幸福や恵みを祝うだろうと言われたのである。)
 

そして、アブラハムはその後もベエル・シェバに住んだ。
こうしたことがあってから、ミルカも兄弟ナホルに息子たちを産んだと知らせが届いた。

         モリヤ山(エルサレム)の概略図           
        (小高い丘で回りは谷で囲まれていた)





(参考:アブラハムはほぼ25年置きに契約を繰り返し告げられている。
75才、99‐100才、125才の時に。
三度目に初めて「」という言葉が出てきた。
しかも、三度目には「約束の地」に関しては何も語ってはいない。
これは、イサクの犠牲と関係があると思われる。
つまり、神エホバご自身でアブラハムの胤と女の胤とを結び付けられたのである。)

 

(参考:イスラエルとイスラムは関係がある。
ムハンマド→アラー→コーラン(AD570年頃)
    

イスラム教は、モーセの律法と比べて新しい宗教である。
イスラム教は、モーセの律法の都合の良いところだけを抜き出したとも考えられる。
    

更に、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の三つは深い関係にある。)




(参考:ナホルとハランはハランに残って住み続けた。
ハランはテラ一行がウルから移り住んだユーフラテス川上流地域である。
現在のシリア地域でチグリス川と挟まれた土地と考えられる。
    
系図を見ても分かるように、自分の先祖に属する一族からのみ結婚をしていたことが分かる。)

 
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23章
その後、サラは127才で死んで、カナンの地のマムレつまりヘブロンにあるマクペラの畑地の洞窟

に葬られた。
(BC2008-BC1881、イサク37才、アブラハム137才、サラはアブラハムより10才年下であった)
 

そこは、アブラハムがヒッタイト人エフロンから銀400シェケルで買った畑地と周囲の中にある。
そして、それはヘトの子らの前でアブラハムの資産として固く定められたのである。  

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24章 イサクに嫁を迎える。
その後、アブラハムは自分の僕ダマスカス人エリエゼル(創15:2)に、ハランとウルにいる親族の

中からイサクの妻を迎えるようにと指示した。
 

カナンの地の娘からは迎えてはならないと言った。
(これは、将来、カナンの地が神によってアブラハムの胤に与えられるからであり、その地の人々と姻戚関係を結ぶことは神の契約に反することを理解していたものと考えられる。
  

さらに、カナンの地では偶像崇拝が行われていたことも、カナンの娘を避けた理由と思われる。)
 

もし、イサクの妻となる女が一緒に来ることを望まない時には、イサクをハランかウルに戻しては

(行かせては)ならないとも言った。
 

そこで、その僕はメソポタミアのナホルの都市(ハラン)に行った。
(メソポタミアとは、ユーフラテス川とチグリス川に挟まれた地域一帯のことであり、そこには、

バビロンもウルもハランも含まれている広大な土地であった。
その地に住んでいる人々はカルデア人と呼ばれている。)
 

夕刻、都市の外にある井戸に女たちが水を汲みに来ることを知っていたので、その僕は神エホバに、

イサクの妻を選んで下さりそれが誰なのか分かるようにして下さいと祈った。
 

するとそこにベトエルの娘リベカが現れ、僕が祈った通りのことが起きたので、直ちに、神エホバ

に感謝の祈りをした。
 

そして、リベカには金の鼻輪二つの腕輪を与え(いわば、しるしとした)、父ベトエルと兄ラバ

ンと会い事の一部始終を話した。
 

すると、二人はリベカがイサクの妻になることに直ちに同意し、リベカも同意した。
二人はリベカと乳母デボラ(創35:8)を送り出す時に、「リベカの胤が増え、その胤を憎む(敵対

する)者の門を手に入れるように」と祝福した。
 

(これは、二人がアブラハムの胤に対する神エホバの約束を知っていた訳ではなく、

ただ、リベカの幸福を願ってのことだと考えれる。
憎む者の門とは、その者の土地という意味である。創22:17)

 

その時、イサクはネゲブに住んでいたが、夕方になるころ静かに思いを巡らしていた。
ベエル・ラハイ・ロイ(ハガイがサラの元から逃げた時、シュルに至る道にある泉(井戸)でエホ

バのみ使いと出会った場所、カディシュとベレドの間にあるところ)に通ずる道に来た時、リベカ一行に出会い、アブラハムの僕は自分の行ったことのすべての事柄を詳しくイサクに話した。 

その後、イサクはリベカを母サラの天幕に連れて行って妻とした
(イサクはアブラハムとは離れて暮らしていて、妻の話は聞いていなかったと思われるが、エリエ

ゼルの話を聞いてリベカを受け入れたと考えられる。
おそらく、母サラの天幕は「主」がいない状態であったと思われ、そこに連れて行ったと思われる。)


アブラハムはベエル・シェバに、イサクはネゲブのベエル・ラハイ・ロイに住んでおり、この間の距離は約70㎞あり、ベエル・シェバはベエル・ラハイ・ロイの北東の方向である。)


したがって、リベカ一行がイサクの元に来るまでに、アブラハムの住んでいる所を通っており、もし

かすると、アブラハムとリベカは会っていたかも知れない。)
 

この時、イサクは40才(アブラハム140才、BC1878)であった。


 


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25章 
 アブラハムはその後妻ケトラを迎えた。




後に、アブラハムはケトラの子らをイサクの元から去らせ東方の地へと行かせた。
その後、アブラハムは175才で死んだ(BC1843、イシュマエル89才、イサク75才)
 

イサクとイシュマエルはサラが葬られたヘブロンにあるマクペラの洞窟にアブラハムを葬っ た。
イサクはベエル・ラハイ・ロイの近くに住んでいた。
 

イシュマエルの歴史。
イシュマエルの子らは、エジプトの前のシュルに近いハビラからアッシリア迄の間で幕屋に住んでいた。広大な地域である。
  

イシュマエルは、そのすべての兄弟たちの前に住み着くと預言され、その通りであった。
-創16:12
パランの荒野で弓を射る者であった。  
イシュマエルは137才(アブラハムが死んでから48年後、BC1932-BC1795)で死んだ。
(イサクがリベカと結婚をしてから83年後)



イサクの歴史。
イサクとリベカが結婚したのは、イサクが40才の時であった。
(アブラハム140才、BC1878)
イサク60才の時、エサウとヤコブの双子が産まれた(BC1858)
エサウは狩りをする人で、ヤコブはとがめのない人で天幕に住んでいた。
イサクはエサウを、リベカはヤコブを愛していた。
イサクがエサウを愛したのは、肉の煮物をイサクにもたらしたからだと記されている。

 

ある時、エサウが野から戻って来た時、空腹で死にそうだったため、ヤコブのもとにあった食べ

物を食わせてくれと言った。
それに対して、ヤコブは、先ず長子としての権利を売ってくれと言い、エサウはそれに対して、

誓った。
それから、ヤコブは、エサウにパンとひら豆の煮物を与え、エサウはそれを食べたり飲んだりし

た。
こうして、エサウは長子の権を軽んじた
(エサウは獲物を獲って来たとしても、料理をするには時間が掛かるので、ヤコブに直ぐに食べら

れるものを求めたと考えられる。)
(エサウは生まれつき、赤毛で毛深かった。それで、赤を意味するエドムとも呼ばれた。)
  

二人がリベカの胎内にいる時から争っていたため、リベカはエホバに尋ねたところ、

「二つの国民があなたの内から出、年長のものが年下の者に仕えるであろう」と告げられていた。
(イサクは、アブラハムが死んだ後も、ネゲブのベエル・ラハイ・ロイの近くに住んでいたと思われる。)

 

26章に続く。

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内容と解説

11章 言語の混乱。
人々はみな同じ言語を話していた(いわば、初めの言語、神の言語と言える)
人々は、東に向かって移住をし、シナルに地の谷あいの平原に住むようになった。
人々は、煉瓦とモルタル(瀝青)で都市と高い塔を建設し地の全面に散らされないようにしようとした。

(人々の間に、神と言えば大洪水を起こしたエホバだけだったと考えられる。当然、大洪水のことも知っていたと思われる。)   

そのため、神エホバは、言語を混乱させ、人々を地の全面に散らした。そのため、その地はバベルと呼ばれるようになった。

(このことから、神エホバは、地上の出来事を良く見ておられたことが分かり、また、ご自分の意志を地上にもたらしておられたことも分かる。)




セムの歴史。
セム(100才、後500年生きた)-アルパクシャド(35才、後430年生きた)-シェラハ(30才、後403年生きた)-エベル(34才、後430年生きた)-ペレグ(30才、後209年生きた)-レウ(32才、後207年生きた)-セルグ(30才、後200年生きた)-ナホル(29才、後500年生きた)-テラ(70才)(年齢は最初の子が生まれた時を示している)

セムの誕生はBC2468でBC1868まで生きた。(大洪水はBC2370)

セムがアルパクシャドの父となったのは、大洪水の2年後、100才、BC2368であった。
(イエスの家系図でもある)

テラの歴史。
テラは70才になってから、アブラム、ナホル、ハランの父となった。
ハランはロトの父となったが、カルデア人の地ウルで死んだ。
アブラムは妻サライを、ナホルは妻ミルカ(ハランの娘、ロトの妹)を娶った。
(この当時から一族内での結婚や義兄弟結婚が当たり前になっていたことが分かる。
後に、エサウがエジプト人の女を妻にしたとき、ヤコブもリベカも快く思わなかったと記されている。)

その後, テラはウルを出てカナンの地に向かったが途中のハランで住むことになった。
ハランはユーフラテス川の上流である。

(一行はユーフラテス川沿いに北上したことが分かる。

ウルからカナンの地は西にあるが間に砂漠があるので真っすぐには行けなかったのである。)

このハランでテラは205才で死んだ。
(ノアはテラの息子ナホル、ハランが生まれた58年後に死んでいる。
ノアが死んでから2年後にアブラムが生まれている。

(系図から分かるように、
アブラムとロトはおじ、甥の関係であること、
おそらく、ハランが長男で、ナホルが次男で、アブラムは三男だったと思われる)





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12章 神エホバが初めてアブラムと交渉を持たれた。
ここで、神エホバは初めてアブラムに現れ、(おそらくみ使いを遣わし)
「親族と父の家(テラの一族、つまり、ナホルとハランの子ら)とを離れて、わたしが示す国(地域)に行きなさい。そうすれば、あなたから大いなる国民を作り、あなたを祝福しあなたの名を大いなるものにする。・・・地上のすべての家族はあなたによって必ず自らを祝福するであろう」と言われた。(最初のアブラハム契約である)

(これは、アブラムにより据えられた事柄に基づき、人々は自らの手の業、働きとその結果を歓ぶということである。) 

(おそらく、バベルでの出来事について、テラのから聞いていて、神エホバについての知識があり、神エホバに逆らって悪いことをすれば滅ぼされるということを知らされていたに違いない。

しかし、テラは、エホバではない神を神としていた-ヨシュア24:2
実際、ヤコブの妻ラケルはハランを出る時、父の神テラフィムを持ち出している。)

アブラムは甥のロトと共にハランを出発した。

この時、アブラムは75才(BC1943、430年の苦しみの始まり)であった。
(神エホバは、なぜ、アブラムに祝福を約束されていながらアブラムとその子孫たちに430年の長い苦しみの生活を強いたのであろうか。

400は、40の10倍である。
40という数字は罪の清めと神聖なものとするということと関わりがある。

その10倍ということは、地上での完全性を示している。

イサクが誕生するまでは25年、イサクが5才になってイシュマエルからの苛めにあってから400年かかっている。

したがって、30年はイサクが5才になる迄の期間でアブラムの信仰を試された期間であり、
イサクが5才の時からアブラハムの胤を神聖なもの、完全なものとする神エホバの清めが始まったと考えられる。

無論、アブラムはこのことを知らないで神エホバに従ったのである。)

ハランを出た後カナンの地に向かった。

途中、シェケムの、モレの大木林の近くまで来た時に、神エホバはアブラムに現れ「あなたの胤にこの地を与えよう」と言われた。(カナンの地を与えるという約束

そこで、アブラムはそこに祭壇を築いた。
(おそらく、初めての崇拝行為だったと思われる)

更に、そこから少し進んでベテルとアイの間に天幕を張り、そこに再び祭壇を築いて神エホバの名を呼び求めた。

それから、アブラムは宿営をたたみネゲブへと進んだが、飢饉が起きたのでエジプトへ下って外国人として留まった。(この当時、既にエジプトは肥沃で強大な国であったことが窺われる)

エジプトでアブラムは妻サライを自分の妹だと言わせて保身を図った。

そのため、サライはファラオの家に召し入れられた。
しかし、神エホバはサライのことでファラオの家の者たちに災厄をもたらされた。
そこで、ファラオはアブラムを詰問しエジプトを出て行くようにと言った。

この時、ファラオはアブラムに関し人々に命令を出し、アブラムの持つすべてのものを送り出した。


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13章 

エジプトを出たアブラムはネゲブに上り、更に、アブラムが祭壇を作ったベテルとアイの中間の場所に行った。
そこで、アブラムは再びエホバの名を呼び求めた。

アブラムとロトの貨財が多くなり畜類を飼う者通しが言い争うようになったので左右に分かれることにした。

それで、ロトは自分の宿営を東に移しソドムの近くに天幕を張った

ソドムとゴモラのヨルダン川全域は良く潤っていたからである。

(おそらく、ロトは土地だけを見て、そこに住む人々は見なかったと考えられる。)

しかし、ソドムの人々は悪くエホバに対しはなはだしい罪人であった。

(この悪に関しても、人々にエホバの規準を知らされてはいなかったので、大洪水前の状態に近かったのではないかと推測される。)

一方、アブラムは引き続きカナンの地に住んでいた

ロトと別れた後、神エホバはアブラムにこの地をアブラムの胤に定めのない時に至るまで与え、アブラハムの胤を地の塵粒のようにすると言われた。

(アブラムにエホバの言葉を伝えたのは、人の姿をして現れたみ使いで、夢や幻ではなかった)

それで、アブラムは引き続き天幕で生活し、後に、ヘブロンにあるマムレの大木林に行ってそこに住んだ。
そして、そこにエホバのための祭壇を築いた。



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14章
この頃、ロトが住んでいたシディムの低地平原(現在の死海)で王たちの戦いが起こりロトはその巻き添えになって連れ去られてしまった。

そのことを知ったアブラムは訓練された318人の奴隷を呼び集めガリラヤの地のダンからダマスカスのホバ迄追撃し、ロトとその貨財などをすべて取り戻した。
(この時、初めてアブラムがヘブライ人と記されている)

この勝利に対して、

サレムの王メルキゼデクで至高の神の祭司がアブラムを祝福した。

そのため、アブラムは、メルキゼデクに自分の持つすべての物の十分の一を与えた。

(後に、エホバは、収穫の初物と数えた時の十番目のものと十分の一を捧げるようにと、イスラエルの子らに命じている。
もしかすると、このことと関連があるかも知れない。)

(後世、パウロはイエスについて、メルキゼデクの様に従う永久に大祭司であり義の王、平和の王と述べて、王と祭司を兼務していることを示した。
ダビデも、同じことを述べている)

ソドムの王からは何一つ受け取らなかった。
(おそらく、アブラムは彼らが良い人々ではないことを知っていたからに違いない。)



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15章
後に、神エホバの言葉が幻の中でアブラムに臨んで「わたしはあなたの盾になる。あなたの報いは非常に大きなものとなる」と言われた。

アブラムはまだ子がないことを心配していたが、これに対しても「あなたの胤が相続人となる」と言われ、アブラムを天幕の外に連れ出し、天の星空を見せて、アブラムの子孫も数えきれない程になるであろうと言われた。(この幻は夜のことであった。)

それに対して、アブラムは神エホバに信仰を置いた。
(神エホバの言われることを信じて期待を抱いたということである。
おそらく、疑うということは微塵もなかったに違いない。でなければ、義とみなされることはないからである。)

また、それに対して、神エホバはアブラムを義とみなされた。
(つまり、アブラムの態度を「良い」と思われたということである。
この時はまだ、割礼を要求されていなかった。)

更に、この地(カナンの地)を所有させるためにウルから導き出したとも言われた。

(後に、イスラエルの子らに、繰り返し、「エジプトから導き出した神である」ということを告げているが、同じことで、他の神々と区別するためであった。

この当時、既に、人々は様々な神々を崇拝していたことも分かる。)

 

(これは、テラと共にウルを出る時に、既に神エホバの導きが始まっていたことを示している。
実際に神エホバのみ使いがアブラムに現れたのはハランであったので、そうなる前から神エホバはアブラムを良く観察していたということである。)

それに対し、アブラムは何によってそれを知ることが出来るのかと尋ねた。

それに対して、神エホバは三才の雌牛と三才の雌やぎと三才の雄羊とやまばと取るように指示され、
それをその通りに実行した。(おそらく、初めての犠牲であったと思われる。)
(準備のために、おそらく、朝から夕方までかかったと思われる。)

夕方になり深い眠りがアブラムを襲い、恐ろしいほどの濃い闇がアブラムの上に襲って来た。
それから、神エホバはアブラムに「あなたの胤は自分たちのではない土地に外国人として400年の間
苦しめられるが4代目に多くの貨財を携えてここに戻って来ると言われた。
(実際には、5代目と考えられる。なぜなら、4代目の殆どは荒野で皆死んでいるからである。

彼らも含めて4代目かも知れない。記録がないので確かめようがない。)

その理由をアモリ人のとががまだ満ちていないからだと言われた。
(これは、とても興味深いことである。
なぜなら、悪人を滅ぼすにしても、とがが満ちるまでは何もしないということを言っているからである。

イスラエルの滅びに関しても、その回復に関しても、メシアの登場と死に関しても、すべて時が満ちるまでは何もしないことを明言されたのである。

アモリ人のとがが満ちることで、彼らを滅ぼしその地を清いものとするという意味合いもある。   また、アモリ人はその地に住んでいた時アブラムと同盟を結んでもいた。

後に、ソドムとゴモラが滅ぼされる直前、アブラムは10人の義人がいても滅ぼすのかと尋ねた時に10人のために滅ぼさないと言われたことから、

神の裁きで善人が死ぬことはないことも示している。

おそらく、一人でもいれば滅びを実行されないかその者を別の場所に移動させてから滅ぼすと考えられる。

エジプトを出て間もなくイスラエルが罪を犯し40年荒野を旅することになった時にも、ヨシュアとカレブの二人だけはカナンの地に入ることを許された。

モーセでさえ一度の罪のために入ることは許されなかった。
まさに、神エホバはすべてのことにおいて完全な方であることを示している。) 

日が沈んで濃密な闇がやって来た時、二つに切り裂かれたもの間を煙る炉と燃えるたいまつが通った。
(これにより、アブラムは神エホバの約束がその通りになることの確信を得たに違いない。) 

この日、神エホバはアブラムと「約束の地」に関する契約を結んだと記されている。
(アブラムが86才以前のことである。BC1932以前のこと。ハランを出ておよそ11年目の出来事。)
(この時も、まだ、割礼を要求されていなかった。)

(参考:おそらく、40は個人を清める期間で、400は集団や組織などを清める期間と考えられる。
また、42か月、3年半、1260日(42×30)は、聖なる者が殺され復活するまでの期間と関係がある。
七つの時、七つの会衆への手紙、七つの封印、七つの災厄、七つのラッパ、七つの鉢など、
3.5×2=7は、神エホバが最終的にご自分の目的を完了されるまでの期間であり、その途中はそのことの兆候、しるしとなる。)

 

(参考:「すべて時が満ちるまでは何もしない」という神エホバの考えは「一貫」しいる。

大洪水、ソドムとゴモラの滅び、イスラエル国民の流刑を回復、AD70年のユダヤ人の滅びと拡散、

そして、事物の体制の滅び。

これらはすべて「時が満ちるまで何もしていない」のである。

ただし、事物の体制の滅びに関しては、その前に何度も「しるし」を生じさせ、人類が気が付くようにされている。

ある意味これは「例外」と言えるかも知れない。)


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16章
カナンの地に住んで10年の終わり、サライがエジプト人のはしためハガルを妻として与え(つまり、妾とした)、ハガルは妊娠した。

そのため、ハガルはサライを侮るようになり、サライはハガルを辱めた。
それで、ハガルはサライの元を逃げた。

シュルに至る道にある泉のところで、エホバのみ使いがハガルを見つけ「あなたの女主人の元に帰」るよう告げた。

更に、「あなたの胤を大いに増やす」「あなたは男の子を産むが、その名をイシュマエルと呼ばねばならない」「(イシュマエルは)しまうまのような人とな(る)」と言われた。(この時、エホバのみ使いは人の姿をして現れたのである。昼か夜かは不明。)

(しまうまは、頑固で発情期には雌を駆り立てる強い衝動を持つ性質がある。)

それで、その泉、つまり井戸はベエル・ラハイ・ロイと呼ばれカディシュとベレドの間にある。

後に、ハガルは男の子イシュマエルを産んだ。
アブラムが86才(BC1932)の時だった。

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17章 契約履行とイサクに対する宣言。
イシュマエルが生まれてから13年後、アブラムが99才の時、再び神エホバはアブラムの前に現れ
わたしの前を歩んでとがのない者であることを示しなさい」と命じられた。
(これは、エホバの指示に従うこととエホバの目に悪いとされていることをしてはならないということである。)

更に、「わたしとあなたとの間に自分の契約(エホバご自身の契約)を設けて、あなたを非常に多く増えさせる」とも言われた。

「わたしの契約はあなたに対するものであり、あなたは必ず国々の民の父となる」「あなたを幾つもの国民(部族)とならせ、王たち(サウル、ダビデ、ソロモン・・・)があなたから出る」と宣言された。

(この契約は、いわゆる片務契約という「一方的な契約」であることが分かる。
神自らが自分に契約を課したのである。)

又、名前をアブラハムとするように言われた

更に、この契約はアブラハムの胤との契約として履行し、アブラハムの胤に対し、「わたし(エホバ)が神であることを示す」と言われた。

(アブラハムの名には国々の父多くの者の父という意味がある。)

そして、「カナンの全土を所有として与え、わたし(エホバ)がアブラハムの胤に対して神であることを示す」と宣言された。

二度繰り返されたということは、必ず、そうする、あるいは、そうする、つまり実現するという神の宣言である。

更に、「あなた(アブラム)もあなたの胤も、わたしの契約を守るように」と言われた。

一つは、男子は皆生後八日目に割礼を受けなければならないと言うことであった。
(この時、初めて、割礼を要求された
割礼の意味は、約束を守るという「個人」的な意思表示である。
つまり、人が割礼を守ることで、エホバも約束を守ると言っておられるのである。)

次いで、サライの名をサラとするように言われ、サラによって男の子を与えると言われた。
それに対して、アブラハムは「90才にもなる女が子を産むだろうか」と言ったが、
それでも、サラは本当に男の子を産み、その子をイサクと呼ばなければならないと告げた。

更に、イシュマエルに対しても、非常に多く殖えさせ、必ず十二人の長を生み出し、大いなる国民にならせると言われた。

しかし、エホバの(アブラハムに対する)契約はイサクとその胤に対して立てると宣言された。

(この時、イサクはまだ誕生していなかったのである。)

話を終えた神(人の姿をしたみ使い)はアブラハムの元から(天に)上って行かれた。
(おそらく、イエスが天に上られた時と同じようだったに違いない)

アブラハムはその日のうちにすべての男子を集め包皮の肉の割礼を施した
この時、アブラハム99才(BC1919)イシュマエル13才であった。

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18章 イサク誕生とソドムとゴモラの滅びの予告。
後に、エホバはマムレの大木林でアブラムに現れた。
エホバの使いは人の姿をしていたが、アブラムはその三人がエホバの使いであると悟ったので、その三人をもてなした。(創19:1)
(あるいは、見知らぬ旅人をもてなす習慣があったのかも知れない
後に、ロトも同じことをしている
このようにすることで、旅人から多くの情報を得ていたと考えられる。)

その内の一人が「来年この時期にわたしは必ず戻って来る。その時サラに男の子が出来る」と告げた。

二度目である。つまり、同じことを二度言われたということは、必ずそうなるということである
同じ年に二度繰り返されたのである。)

(この時、アブラハムは99才、サラは89か90才と思われる。)

その後、アブラハムは、三人を送り出したが、その内一人(エホバのみ使い)はアブラハムのところに留まって「アブラハムは必ず大いなる強大な国民とな・・る」と再度断言された。

更に、エホバがアブラハムを親しく知ったのも、アブラハムが自分の子らと家の者たちにエホバの道を守らせ、義と公正を行わせるためであり、エホバがアブラハムについて語った事柄を必ず彼の上に来たらせるためであると言われた。

(これは、エホバがご自分の目的のために、ノアを選んだようにアブラハムを選んだということである。ノアは義人と言われていたが、後にアブラハムは神の友と言われているほど親しい関係、信頼していた関係であったことが窺われる。

神エホバはアブラハムの性格を見抜いて用いられたのである。後の、ヨセフやモーセと同じである。)

更に、
「ソドムとゴモラについての苦情の叫び・・(が)大きく、彼らの罪がまことに重い」その通りか確かめるために下って行こうとしていると言われた。

(「それについてわたしに達した叫び」と示されていることから、
人の祈りに関しても、叫びに関しても、エホバに達するということは、

エホバがそのことに関心を示されたということである。

ということは、逆に、達しない「声、祈り、叫び」もあるということを示唆している。

この点、イエスは、弟子たちに「わたしの名によって求めるものは何であっても、わたしはそれを行います」とイエスは、弟子を選び任命したのは自分であり、それは「あなた方がわたしの名によって父に何を求めても、父がそれをあなた方に与えてくださるためです」と言われた。

(天の神エホバに対して苦情の叫び声をあげたというのではなく、その地に住む人々の声に、神が耳を傾けられたということである

立場の低いものの訴え(箴21:13)が参照されているということは、
ソドムとゴモラに住んでいて、その地の人々に対して苦情の叫びをあげていた人がいたと思われる。

更に、後に、ペテロはロトについて、

「この義人は日々彼らの間に住んで、見聞きする事柄により、その不法な行いのゆえに、自分の義なる魂に堪えがたい苦痛を味わっていた」と述べている。

つまり、エホバはロトの声に耳を傾けられたということである。

祈りに関する、二つの例は、

1 義なる者の祈りが聞かれるということ
  イエスの名によって祈ることで聞かれること
2 地上の人々の苦悩の叫びに耳を傾けられること
を示している。

(参考:誰しもが分かるように、祈れば誰の祈りでも、どんな祈りでも「聞かれる」訳ではないのである。)

悪魔について、日夜キリストの兄弟たちを訴える者と言われていることから、

神エホバに対する訴えに関しては、悪魔とその使いたちが関心を示すのは忠実な者たちに対するものだけである。

従って、悪魔や悪霊たちは地の災いなどに関してエホバに訴えることはない。啓21:10

おそらく、神エホバに忠実なみ使いたちは、状況について嘆いたり神エホバを誉め称えたりする以外自分の思いや感情を出すことはないので、忠実なみ使いたちは、むしろ、エホバがそれをどのようにされるのかを注視しているのである。

み使いたちがエホバに向かって、「地上の事柄」に関して、何とかしてくださいなどとは言うことはないのである。)

又、アブラハムとの問答の中で、ソドムとゴモラの中に10人の義人がいても滅ぼすことをしないと言われた。 

(興味深いのは、神エホバはすべてをご覧になり、すべてをご自分で決定するだけではないことを示している。

つまり、人の訴えや願いを聞かれる神であることを示している。

しかし、だからと言って、人の願いを何でも聞かれる訳ではないことも明白である。

神は完全な方なので、人間の誤った、また、利己的な祈りを聞かれることはないのである。

神エホバのご意志に叶う祈りしか聞かれないのである。

個人的な祈りでも神のご意志に叶うものであれば聞かれる。

しかし、それでも、人間の考えている通りではなく、神の考えの通りにである。

なぜなら、神エホバは完全な方なので完全な形でしか物事を行わないからである。

また、祈っても悪魔とその使いたちの妨害がある場合もある

それは、時には信仰を試されているということもあるのである。

誘惑、忍耐、試練、忠実、忠誠などが関係している場合は尚のことである。)

(参考:
アダムとエバが善悪の知識の木の実を食べたとき、善悪を知る点で私たちのひとりのようになったと記されている。

つまり、み使いたちも何が善か悪を知っているということである。

人は、何が善で悪かを知っているので、悪を行うことはそれが悪であることを知っていて行っているとも取れる。

したがって、悪を行う人には情状酌量の余地はなく、すべて自分の責任であるということである。

善悪を教えられていない幼子でさえ本能的に善いこと悪いことを知っている

善悪の基準に関しては、人は本性として生まれた時から植え付けられているのである。)

(アブラハムがエホバと問答をしたのは、その地域にロトが住んでいたからかも知れない。
6回も申し出ている。
これは、正しいことを繰り返し申し出ても悪いことではないことの例でもある。

更に、神エホバが罰を加える基準も示されている

つまり、人数は分からないが、その地域に10人でも義人がいれば滅ぼされないということかも知れない。

ノアの大洪水の時には8人だけが救われた。

後に、ソドムとゴモラが滅ぼされた時には4人だけが救われたが一人は後ろを振り返ったので塩の柱になってしまった。

このことは、その後その地域が塩の海になった理由かも知れない。

したがって、
将来、事物の体制の滅びがもたらされる時にも、救われるべき人々を救ってから滅ぼされると考
えられる。

なぜなら、神エホバは完全な方なので悪人の滅びの巻き添えで義人の一人をさえ死なせることをされないからである。

仮に義人が死んでも、将来復活という形で救われるかも知れない。

しかし、神エホバの裁きと滅びは完全であられるから一人の義人が死ぬことも、やはり考えにくい。)

19章に続く。

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内容と解説

 

5章 アダムの歴史=アダムからノアまでの系図(女の胤の系図)
アダム(130)-セツ(105)-エノシュ(90)-ケナン(70)-マハラエル(65)-ヤレド(162)-エノク(65)-メトセラ(187)-レメク(182)-ノア
 

誕生と亡くなった年
アダム(BC4026-3096)セツ(BC3896-2984)エノシュ(BC3791-2886)ケナン(BC3701-
2791)マハラエル(BC3631-2736)ヤレド(BC3566-2604)エノク(BC3404-3039)メトセラ(BC3339-2370)レメク(BC3152-2375)ノア(BC2970-2020) 
 

生きた年数
アダム(930)セツ(912)エノシュ(905)ケナン(910)マハラエル(895)ヤレド(962)
エノク(365)メトセラ(969)レメク(777)ノア(950)

 

その後、ノアがセム(BC2468-)(イエスの家系図でもある)、ハム、ヤペテ(BC2470-)の父となった。(参考:ヤペテは長男であった。)
 
神の時間人間の時間の長さについて。
アダムが善悪の知識の木の実を食べた時、直ぐには死ななかった
神の言う、「その日に死ぬ」という「」の長さはおよそ1000年と考えられることを示している。
 

一方、神の創造の1日が人間の長さと同じ1000年であれば、神の再創造は大洪水前に始まっていることになる。
 

実際、神の再創造(八日目の始まり)は、イエス・キリストによって地に「正義」が回復された後のことであると、聖書の最後の書、ヨハネへの啓示の終わりの部分で示されている。
 

この間の年数を計算すると、神の創造の1日はおよそ7000年と推測される。
 

したがって、神は地球を形造るのに、およそ42000年を要したことになる。
これは、道理に適う年数である。

  

およそ」と言ったのは、
自然界に於ける「」という長さに対する「人間の時間」を考えると、
地球や月の公転周期は、数学のπや自然対数の底eやルートの値のように「無理数」である。
であるが、その周期は普遍である。
  

したがって、
神の1日を○○年と明確に区切ることは出来ないと考えるからである。

 

イエスの誕生と死に関しても、69週年と週の半ばと預言されていたが、何月何日と分かるようなことは何も記されてはいない
誕生の時の状況から推測しているだけである。
  

終わりの時に関しても、その日と時刻については父(神)だけが知っていると言われたが、夏の到来と同じであるとイエスは説明された。
近づいていることは分かるが今日から夏だなどと誰も言えないということである。)

(参考:
エホバはアダムとエバに生まれながらに言葉や必要な知識を与えていたと考えられる。
土地の耕し方、作物種類や作り方、畜類の飼い方、道具の作り方なども教えたと考えられる。
銅や鉄を鉱物から取り出す知恵やそれを用いた道具の作り方も教えたと考えられる。

 

子をもうけることに関しては動物を観察して分かったのかも知れない。

又、エバも自分が女の胤を産むことを強く意識していたと思われる。

 

人間は、初めから知恵があり、教えられたことを工夫して用いることが出来たのである。

ただし、アダムの子孫には、親が子にそれらを教える必要があったことは、子供たちを見れば明らかである。)

 

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6章 
地上に人が増え始めると、それを天から見ていたみ使いのある者たちが、天にはいない女に関心を示し、自分の居場所である天を捨てて肉体(人の姿)を着けて地上の降りて来た。
そして、自分の好みに応じて女たちを娶っていった。

 

(参考:

み使いは「霊者」つまり「霊の体」を持ち、天のみで活動出来る存在である。

地上では「霊の体」のままでは活動出来ないので「肉の体」が必要となる。

 

大洪水前は、太陽の強い光が地上に達していなかったので、化肉したみ使いたちは地上で生活することが出来たと考えられる。

 

しかし、大洪水後は、神は「勝手に肉体を着けて地上で活動する」ことを禁じたのである。

加えて、肉体を着けても太陽による強い光の下では存在出来ないと考えられる。

 

したがって、

エホバの使いとして、み使いたちが地上に現れるのは「」が殆どなのである。

 

実際、彼らは夜明けになると天に戻っている

 

特別な場合が二度ある。

一つはソドムとゴモラを滅ぼすために地上に来た三人のみ使いと、

復活したイエスが弟子たちの前に現れた時、

である。

 

それでも、太陽の強い光を遮るために「白いマントで身を覆っている

 

日中に現れたとしても、曇っている日だと考えられる。)
 

天の居所を捨て、地上に来て「悪事を働いている」のを見た神エホバは、「私の霊が人に対して定めのない時まで働くことはない。彼は肉であるからだ。その日数は120年となる」と言われた。

私の霊とはみ使いたちのことであり、

彼は肉であるとは、み使いが化肉(実際に人の姿)して地上に来たことを示している。
 

これは、アダムから受け継がれて来た体ではないので、人間の体のように死ぬようにはなっていなかったと推測される。
 

そのため、神エホバはその期限を120年と定められたのである。
   
したがって、この宣言がなされたのは、BC2490と考えられ、BC2370のノアの大洪水で、化肉した肉体(人の姿をしたみ使いが身に付けた体)はすべて滅んだ。
 
しかし、霊者であるみ使いたちは死ぬことはなく、肉体を、いわば、脱ぎ捨てて再び天に戻ったが、

以前の場所には戻れず、「濃密な闇の坑」に閉じ込められたのである。

この120年の間に、地上の女たちとの間に子が生まれ、彼らはネフィリムと呼ばれた。
地上に降りて来たみ使いたちは、神エホバに逆らう者たちだったので、地上でも悪さをし、その子であるネフィリムたちも悪かった。

そのことで神エホバは「人の悪が地にあふれ、その心の考えのすべての傾向が終始ただ悪に向かうのをご覧になった」と記されている。  
 

これは、悪いみ使いたちやネフィリムの振る舞いに触発され、本来の人間までがただそれらに対抗するためだけに生きるようようになったことを窺わせる。

(興味深いのは、化肉した肉体に「生殖能力」があったことである。
また、食べたり飲んだりすることも出来たのである。)

神は、遂に、それらすべてを地上から拭い去ることを定められた。

ここで、地上に人や生き物たちを創ったこと悔やむと言われた。
これは、人が過ちを犯し悔やむこととは異なる

人やみ使いたちが罪を犯し悪くなってしまったことや拭い去らなければならなくなったことを残念 に思うという意味と考えられる。

なぜなら、神のみ業は完全であるが、
人やみ使いたちに、各々自分の判断で行えるようにもされ各々自分の行動や振る舞いに責任を持つように創られたので、
 

人やみ使いたちの「悪に関して」、神エホバが責任を負われることはないということを示している。
 

み使いが悪魔になったことも、人が罪を犯したこともすべて自己責任だということである。

更には、神エホバは、ご自分に関わること以外、人が何を考え、何をするかに関しては一切関わらない。
しかし、その行い、結果に関しては責任を問われるということを教えているのである。

ノアの歴史。
ノアは義にかなった人であり、同時代にあってとがのない者となった。
ノアは真の神と共に歩んだ。
これは、おそらく、エノシュ、ケナン、マハラエル、ヤレド、レメク、メトセラなど存命中の人たちから神エホバについて教えられ、その道を歩んだと考えられる。
  

ノアはセム、ハム、ヤペテの父となった。
地は暴虐で満ちるようになった。
それで、神エホバはノアに「箱船」を作るよう命じ、また、船の中に入れる生き物たちの指示をし、ノアは命じられた通りにしていった。
防水のために、やに質の木材とタールを用いるようにと命じられている。
屋根と窓を付けるように命じられていることから、箱舟というよりは巨大な三階建てのアパートか倉庫のようなものだったことが窺われる。
箱舟に覆いを被せてもいた。)

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7章 ノアの大洪水。
ノアはすべて指示通りに箱船を建造し、それが完了した時に、
ノアが600才(BC2370)の第二の月の十七日に、天から40日40夜雨を降らせ、大洪水を起こした。
(この時までには、エノシュ、ケナン、マハラエル、ヤレド、レメク、メトセラたちは既に亡くなっていたと考えられる。

特に、レメクは大洪水の5年前、メトセラは大洪水の年に亡くなっている。)


天の水門が開かれたとあるように、
地を形造った時に地を覆っていた水を上と下に分け大空を造ったが、大空の上にある水【成層圏にあった水蒸気】を天から降らせたということである。)

その後、箱舟に入った以外のすべての生き物は地から拭い去られた。 
150日の間、水は地にみなぎっていた。

 

参考図

 
 

 

洪水後に、地上に太陽の光が差し込み、また、虹が生じていることから、
大気中に大量の水分が存在し、上空の(成層圏)「水蒸気の層」が薄くなった(あるいは密度が下がった)と考えられる。
おそらく、成層圏には幾分か水分が残っていると考えられる。
そうでなければ、温度の高い領域が存在しないからである。

(実際、オゾン層の上に温度の高い領域が存在している。)

 

地上では太陽の強い光が到達するようになり、、寒暖の差が大きくなった

地表の気温が高くなったので、大気中により多くの水蒸気を蓄えることができたのである。

 

それまでは、温暖な気候でいわば「布団にくるまれた状態」だったが、その布団が取り除かれたのである。

 

太陽の強い光が地上に到達するようになったので、雲や虹が生じるようになり、も降るようになった。

 

大気中の水蒸気量が増えて、いわゆる、雲が存在するようになったのであり、大洪水前は、雲はなかったのである。
 

大洪水前は、雨もなかったのである。

更には、台風もなかった

なぜなら、太陽の強い光が注がれていなかったので、強い上昇気流は生じなかったからである。

 

すべては、現代科学の知識を持ってしても、「理屈」「道理」が通ることである。

 

したがって、、創造の7日間の出来事についても、この「道理」が通ると言えるのである。


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8章 水が引き箱舟から出る。
水の深みの泉と天の水門がふさがれ、天からの豪雨はとどめられた。
150日の終わりには水は少なくなっていた。
第七の月の十七日に箱舟はアララト山にとどまった。
第十の月の一日には山々の頂が現れた。

 

ノアの第六百一年の第一の月の一日には地から水ははけていた。
ノアが箱舟の覆いを取り除いた(箱舟に覆いをかぶせて雨水の浸水を防いでいた)
 

第二の月の二十七日に、地はすっかり乾いていた。
(一か月を30日とすると洪水が起きてから370日もしアダルの月が含まれていれば400日もしくは401日を要したことになる。
   

ここでも、という数字が出てくる。
は、聖なるものとすることと罪からの清めるという意味が含まれている)
 

それから、神エホバはノアに他の生き物と共に箱舟から出るようにと言われた。
その後、ノアは祭壇を築き焼燔の捧げ物をした。
(焼燔の捧げ物は、神エホバにとって安らぎの香りとなったと記されている。
つまり、焼燔の捧げ物は、神エホバの心に安らぎをもたらすものとなることを示している)
 

その時、神エホバは二度と大洪水を起こさないと誓われ、がその証となると言われた。
(興味深いのは、ここで神エホバは、「二度と再び、人のゆえに地の上に災いを呼び求めることはしない」と誓われたことである。
その理由として、「人の心の傾向は、年若い時から悪いから」だと言われたことである。
つまり、人の心の傾向の故には地球規模の災いは起こさないと言われたということである。
    

個人や組織に対しての限定的な災いは別のことである。
 

したがって、終わりの日における地球規模の災いは、
人の心が悪いからではなく、
人々が終わりの日であることを知るためのしるしとするために神によって起こされるものである。

そのために、事前に、

七つの会衆への手紙、七つの封印、七つのラッパ、七人のみ使い、七つの災厄、大いなるバビロンの滅びを示された。

 

何度も繰り返すのは、それだけ人間が「神の事柄に関して鈍い」からである。
      

手紙とバビロンを除けば、4回各々七つの災いが起こされている。
これも、地を清めるためと考えられる。
    

そして、地上の悪人たちの滅び、悪魔を封じ込める、キリストの千年統治、悪魔の解き放ちと最後の戦いと悪の完全な滅び、人々の裁き(命の書)、新しい天と新しい地と新しいエルサレムの創造ですべてが完結することになる)

 

また、ここで初めて夏と冬に言及されている。
更に、雲を取り上げたのも、この時以来である。
   

が現れるためには、空気中の水蒸気の量と光による屈折が必要であり、大量の水蒸気が大気中に存在するようになったことを示している。
   

(おそらく、大洪水で地球の環境が一変し、今の地球になったと考えられる)

 

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9章
ここで初めて肉を食べることを許された。
ただし、血は食べてはならないと命じられ、もし食べるなら血の返済を求めると言われた。
人の血を流す者は人によって自分の血が流されるとも言われた。
これは、人を殺したら自分も殺されることを示している。
つまり、自分の行いに対して責任を問われるということである。
 

その後、虹の契約を宣言された。
 

その後、ノアは三百五十年ぶどう園の農夫として暮らし九百五十才で死んだ。
 

ノアの息子三人から全地の民が広がった。
 

この間に、ぶどう酒に酔ったノアが裸で、おそらく寝てしまっていたところをハムは見、ハムの息子

のカナンがノアに、おそらく、悪戯をした。
 

セムとヤペテはノアの裸を見なかった
(この記述から、神エホバは、人は裸を晒すことはあっても、他人の裸を見ても自分の裸を見られても「悪い」ことであることが分かる。
   

罪を犯す前のアダムとエバは裸であったし、それについては何も言われていなかった。
しかし、罪を犯し裸であることに気付いた後は、腰覆いを付け隠すようにされた
   

これは、裸を見られることは「」を晒すことであり、見ることは相手に対する不敬であり、
更には、見る人に欲望の誘惑となるからだと推測される。


後に、ダビデは、バテシバの容姿と裸を見て誘惑され殺人と姦淫の罪を犯し、終生家族に問題が起こると言われその通りにされた。
   

また、男の欲望や女の誘惑によって多くの罪が歴史上繰り返されて来たことは歴史が示している。
   

人が善悪を知るということと裸であることに気づくということは、深い関係にあるのである。)
 

この時、ノアはカナンに対し呪いを置いた。

神がアブラハムにカナンの地を与えると言った時、とががまだ満ちていないと言われた。
(ヨシュアがカナンを征服することで成就した。ヨシュア記)

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10章 セム、ハム、ヤぺテの歴史。
ヤペテの子らの歴史、ハムの子らの歴史。
 

このハムの子孫からニムロデが現れた。
ニムロデの王国は今のイラク、ユーフラテス川の河口地域、いわゆる、シナルの地域であった。
さらに、ニムロデは支配をアッシリア、チグリス川の上流地域まで広げた。
 

ニムロデは「エホバに敵対する力ある狩人」として示されている。
これは、人々の間に神エホバについて、おそらく、大洪水によってすべての人々が滅ぼされたという「」もしくは「伝説」が知れ渡っていたことを示している。
  

おそらく、ノアの息子たちが大洪水について自分の子供たちに話したに違いないことを示している。
  

ニムロデはそれを聞いて、傲慢な振る舞いをし続けたに違いない。
(大洪水伝説は、、怖い神であるという印象を、あるいは、悪いことをすれば滅ぼされるという印象を人々に与えたと推測される。

 

興味深いことに、大洪水伝説は世界中に存在している。)
   

アブラハムはユーフラテスの河口地域のウルという地域に住んでいたが、後に、ユーフラテスの上流のハランという地域に移り住んだ。ウルに住んでいた時に当然ニムロデの話を聞いていたはずである。
ハランの地でアブラハムの前に初めて神エホバが(み使い)現れたのである。

 

11章に続く。