山口県萩に行って、その偉人の里ぶりに驚く
今週は萩に出張した。調べてみると、そこから何人もの明治時代の首相が出ていたことに驚く。わずか人口3万人の街からである(江戸後期はもっと人口は少なかったはずだ)。伊藤博文や山県有朋、桂太郎、田中義一などなど、生まれた場所も本当に近くだ。政治家以外でも「鉄道の父」井上勝など実業家も輩出している。
もちろん、吉田松陰の「松下村塾」の影響が大きかったのは間違いない。でもそれだけではないだろう。吉田松陰は明治を待たずに処刑されている。吉田松陰没後に皆活躍しているのだ。毛利藩には偉人を輩出するだけの何か理由があったはずだ。それが教育システムなのか何かは研究していないが。
ある狭い範囲から偉人を輩出する例は他にないわけではない。名古屋近辺で信長、秀吉、家康は生まれているし、私の出身地の山梨(甲府周辺)からは明治時代に多くの商人が東京、大阪で活躍した。近江商人もしかりだ。岩手県の水沢市は自称「偉人の里」であり、高野長英や原敬、現在では小沢一郎氏が水沢出身だ。経団連で昔の上司が水沢高校出身で、OB会に連れていかれたことがあったが、それなりの方が多かったのには驚いた。現在でも脈脈と受け継がれているものがあるのだ。
ともかく、萩のように小さい街から、こんなにも多くの偉人を輩出している例は日本にはない。この街も今は商店街はすたれ、観光客も少ないが、萩出身者は何かが違う。一人、東京での知り合いがいるが、発想の違いには驚かされる。観光ブームは去ったが、訪れるのにはおもしろい街ではないか。
日本人はやはり貯蓄好き?-政府や証券会社の「貯蓄から投資」は空振り
今週月曜日の日経朝刊のトップは、「定期預金、7年ぶりの高水準」という記事だった。年内にも過去最高だった2001年1月の水準を上回るという。あのペイオフで「貯蓄から投資へ」と政府目標ができ、証券会社もここぞとばかりキャンペーンを打っていた時期が記憶に新しいが、全くの空振りに終わったわけだ。
私は、なぜ政府が国民に株を買わせるような愚に出たのか、当時不思議でならなかった。証券会社からの圧力もあったのだろうと容易に想像できる。当協会顧問(広報担当)のマネックスユニバーシティの内藤忍さんがよく言うように「素人は株を買ってはいけない」のである。それほど、株式投資は難しいものなのだ。もちろん、損をするつもりなら簡単だが、利益を得ることは本当に難関だ。
5年ほど前は、いろいろな「評論家FP」など、自分ではほとんど株を買ったことがない人が証券会社にくっついて
「貯蓄では今の低金利では2倍になるのに1000年かかる」とか、変なことを言って(そもそも低金利が1000年も続くと思っているのだろうか?)新聞やマネー雑誌で盛んにあおっていた。当時は「証券仲介」などという制度ができ
食い扶持のないFPや税理士がこぞって参入した。証券会社の手先になったわけだ。その後のそういう人々の状況は、お客さんから恨まれ、罵声を浴びせられ、惨憺たる状況だ。
もちろん、貯蓄ばかりでいいはずがない。投資も必要だが、いきなり株に誘導はいくらなんでもひどすぎた。内藤忍さんの言うように「株式投資は最後にやる投資」なのだ。個人的にはFXなどはもっと難しいと思っている。ちまたには、「主婦の私でもFXで数千万円儲けた」などという本もあるが、ビギナーズラックならともかく、こういう主婦は「継続的に」儲けられるのだろうか。おそらく全てウソ話がほとんどだと思われる。証券会社にうまく利用されているだけだ。
いくら「低金利」とはいっても、経済がデフレである限り「目減り」はしないのだ。株を買って2分の一になってしまったら、もう取り返すことはできない。「何もやらない」方がましだったと思っている人は非常に多い。それが貯蓄率の上昇の原因だ。超富裕層はこのあたりをわかっていて、社債や1%程度の定期預金にお金を入れている。私のお客様で今回の世界金融危機で被害を受けた方は一人もいない。
今後、株価が1万2000円くらいまでの上昇はありえるだろうが、それでも「継続的」に儲けられる投資家(プロも含めて)はほとんどいない。「投資」という行為はよほど考えて臨まないといけないのを、改めて実感する。
第9回研究会ー公認会計士から富裕層営業の極意をきく
昨日は当協会の第9回研究会で、齊藤栄太郎・公認会計士から、「公認会計士からみた富裕層との付き合い方」というテーマでお話を伺った。栄太郎さんとはたまたま同い年で、同じ時期に慶応にいたということで(もっともこのことは後から分かったのだが)時々、仕事の相談や雑談をしている仲だ。当協会の監事もお願いしている。
既に、昨日の参加者数名から感謝の言葉を頂いている。「非常に営業上の参考になった」ということだった。
ポイントは2点だ。
第1は、超富裕層の顧客の最大の関心は子弟教育(これこそ広い意味での「事業継承」なのだが)にあるということ。弊社のお客様は子弟教育といっても「アメリカの一流大学院に入れたい」というニーズなのだが、斉藤さんの
場合は、経営の方法とか財務諸表とかを読めるようにしたい、というニーズだそうだ。その方が「成功、失敗」が
明確に出ないでいいな、と個人的には思った。アメリカの大学院はなかなか受からなくなっているので。
第2は、超富裕層を顧客にするには「紹介」が多くの比重を占めるが、その「紹介」を受ける方法は無限にあることだ。よく紹介してくれるキーパーソン作りが重要だと私なども講演でよくいうが、ほとんどの人はそのキーパーソンになる人がいない。そこで、斉藤さんはいろいろな「クラブや協会」に参加しているという。その中で商売っ気を出さずに(これが難しいのだが)皆と仲良く付き合っていれば、そのうちに紹介も得られることが多いという
経験談だった。
さらに、今は儲かっていない中小企業でも、一生の間には一度くらいは儲かる時があるという。そのときのために
今はダメ会社でも付き合っておくことが重要ということだった。とかく、赤字会社など相手にはできないが、長い目で種を蒔いておくということだろう。
ともかく、かなりご自身の成功談、失敗談を語って頂いたので、参加者も自分なりに消化して、今後の富裕層開拓への大いなるヒントになったと満足頂けた。久々に大成功の研究会だった。
三人目の知り合いの事務次官誕生ー環境省の小林光氏
何か、話題がワンパターン化したという反省はあるものの、昨日の日経夕刊でサプライズな人事が載っていた。環境省の次の事務次官に小林光氏が内定したというものだ。この人とは22年前に経団連の環境の仕事で知り合ってから、未だに交流が続いているという役所関係者では最も長い付き合いだ。
当時、小林さんは環境庁の総務課課長補佐だったが、経団連関係の窓口だった。そして、小林さんは中央官庁では珍しい慶応出身者だったので、親しく話しをしていて、当時話題になりはじめた地球温暖化のことなどを教わった。環境庁の一期生で、現事務次官の西尾さんと一緒によく経団連に来てくれて懇談したのがいい思い出だ。ちょうど、私が留学することになった時に、論文テーマとして「地球温暖化」を勧めてくれたのも小林さんだった。
とにかく、役所にはいないタイプで、環境庁に詳しい人だったら知っている話題だが、環境庁には「二人の小林光がいる」ことを自ら宣伝していた。未だに、小林さんの名刺には「元環境庁自然保護局長の小林光は別人です」と印刷されている。私も別の「小林光」さんをご紹介頂いたが、こちらの小林光さんと違って堅物そうな人だった。
西尾さんと小林さんは同期で、役所の慣習からして同期で二人の事務次官はないので、小林さんの事務次官就任は難しいと思っていた。本当に思わずの朗報だった。環境省の事務次官室はどういうものか、祝辞とともに見てこなければいけないと考えている。
「富裕層」は資産の大きさだけで判断できるかー「ADDICTAM」の高野編集人の話
昨日、富裕層向け雑誌「ADDICTAM」の高野編集人と懇談したときに、ある発見があった。超富裕層の定義として野村総研などが用いている「金融資産5億円以上」は、本当にそうなの?という話である。
私も超富裕層を資産の多寡だけで決めるというのには、長年違和感があった。例えば、資産が仮にそんなにないとして、冷泉家などは日本的な価値観では超富裕層だろう。またよく聞く「セレブ」というのも富裕層とは違う意味だろう。でもこの違いは何となく感覚的にはわかっても、もやもやしている。
高野さんはそのあたりを、「本当の富裕層はお金+気高さや気品を持っていることが必要」と喝破した。要は「気」
がないと超富裕層とはいえないということだ。成金のホリエモンや村上世彰さんは、超富裕層と言うのは違和感があると誰でも感じるだろうが、その本質は「気」だと思う。
どうしても超富裕層のイメージは、ヨーロッパのハプスブルク家のように何百年にもわたり富を維持してきた名家
という感じが強い。日本では明治時代に多くの財閥も誕生したが、たかだか150年の歴史しかない。その重みの違いは大きい。
でも日本も捨てたものではない。高野編集人は「日本には品のいい金がある」という。つまり、1億円を2億円にしてほしいという金ではなく、長期にわたって目減りしなければいいというお金である。弊社のお客様はまさに皆が
資産保持に重点があり、派手な運用は好まないようだ。
ともかく、高野さんには9月の当協会の第10回研究会の講師をお願いすることにしている。またいろいろとお世話になりたい。
高校の先輩が総務省事務次官に
このところ、選挙で世の中大騒ぎだが、中央省庁も7月は人事異動の季節だ。
私は出身の甲府一高の同窓会幹事をしているが、10年ちょっと先輩で郵政省の出世頭と言われている先輩と昨年お会いした。物静かな方だったが、その鈴木康雄さんが総務省の事務次官に今月就任することを今日、日経新聞で知った。
省庁再編の時に、郵政、自治、総務庁が一緒になって総務省となったが、この中ではやはり自治省が強いと言われていた。人によっては旧郵政省からは事務次官は出ないのでは、などとうがったことを言う人もいたが、フタを開けるとそうでもなかった。私は省庁再編当時、経団連で宇宙開発を担当していたが、当時の科学技術庁の中では、文部省と一緒になると科学技術庁から事務次官は出ないというウワサは確かにあった。
しかし、これも結城さん(現山形大学長)は事務次官を異例の3年もするし、今年は坂田東一さんが事務次官になるし、森口さんも次を窺う地位にある。昔、科学技術庁で宇宙担当の課長がこれほど新生の文部科学省で活躍するとは、当時は想像できなかったろう。
鈴木康雄さんも、郵政省から並み居る自治省のキャリアをおさえて事務次官にまでなったのだから、大変な実力者だろう。事務次官には珍しく東北大卒だ。東大法以外での事務次官は珍しく、逆にそれが鈴木さんの実力の証明でもある。ともかく、あの田舎の高校から優秀な先輩が出ていることは喜ばしい。
逆に7月は、甲府一高の先輩で退任する人もいる。財務省財務官の篠原さんだ。今年の1月に、財務官室でお会いした時には相当な激務にかなりお疲れの様子だったが、その後も例の中川大臣の朦朧会見の時には右側に座っていたりして、大変だっただろう。篠原さんとは家も近く、15年前に宇宙開発の仕事でご一緒させて頂いてからの縁なので、感慨もひとしおである。
私と同世代でも、中央省庁は人事異動で地方に行く友人もいて、自営業で転勤など全くない自分にとっては(経団連時代も転勤は海外以外はなかったが)違う世界のように感じる話だ。
本当にお客様の側に立てるかがポイントー個人富裕層の「用心棒」に
最近、ある中堅企業のオーナーと話をして弊社の「ファミリーオフィス」事業を話したところ、相当驚かれた。
そのポイントは、物やサービスを「売る立場からではなく、買う立場からのアドバイザーは見たことがない」ということだった。これは富裕層ビジネスでキーになる話だと思った。
日本では従来、売る立場=供給側=大企業の力が強かった。これは、当然、戦後の復興の必要性からで、国策として大企業を育てなければ日本の復活はありえなかったので当たり前だ。でも、政府も今や消費者庁の設置に踏み切っている現実を考えると、もはや供給側を考えるよりは消費者側のことを考える大転換期ではないか。日本では、消費者=買う立場のことを考える専門家すら今までいないに等しかった。
私が「ファミリーオフィス」を始めたのも、この時代の大転換期と大いに関係がある。日本でも大企業ではなく、個人の側に立ち、大企業から個人を守る「用心棒」が必要だと考えた。アメリカでは個人富裕層の立場にたつ「ファミリーオフィス」が数千もあるのに、日本では皆無だったことが、日本では誰も消費者側のことを考えてこなかった証左である。でもこれからはそうもいかない。
ここまでは誰でも言っていることだが、それから先、「本当に消費者の立場にたったアドバイスができるか」は
言うは安し、行うは難しの世界である。基本的にお客様の利益とアドバイザーの利益とは背反することが多いからである。
でも私が「永田町ファミリーオフィス」でやってきたことは、お客様からは一定の評価を受けていると思う。自分なりに最大限、お客様の立場で仕事をしてきているからだ。その結果、それほど儲からないものの、「用心棒」としてお客様の心配事を自分の心配事として受け止めている。だから、かなりシンドイ仕事であることは間違いない。従来の供給者側の仕事では、お客様からいかに搾り取るか、がポイントだったから、180度立場が違うわけだ。
なかなか厳しい話だが、個人富裕層にはそこまでやらないと「信頼」されないことだけは間違いない。私自身もまだまだ発展途上だが、「本当のお客様重視」の態度だけは堅持しないと顧客を失うと思っている。超富裕層は見る目もまた相当に厳しいのだ。
文部科学省事務次官に坂田東一さんが就任ー旧科学技術庁の宇宙大好き人間
今日の日経夕刊に、次期文部科学次官に坂田東一さんが内定したというニュースがあった。今から15年前に、私が経団連の宇宙開発担当の時に、当時科学技術庁の宇宙企画課課長だった坂田さんと知り合った。技官で
東大大学院でも宇宙工学をやっていた宇宙好きの人だった。
ところが、思い出したくもない1994年9月の「きく6号」の打ち上げの失敗の後、当時の科学技術庁長官の田中真紀子氏は、突然「反宇宙」になったのだ。坂田さんも当然、大変な苦労をしていて、翌年には兵庫の山の中の研究所に転勤になってしまった。恐ろしい事件だった。
その後は、坂田さんとは没交渉となったが、たまたま3年前に偶然にも私の自宅マンションの部屋の前で10何年ぶりかの再会を果たしたのだ。その時は坂田さんは理研の理事をしており、私と同じフロアに事務所のある某自民党大物議員と打ち合わせに来たのだ。
その変な事件の後、再び坂田さんとはコンタクトができたわけである。人生の不思議を感じるが、ともかく事務次官までなったのだから大変な出世だ。一時は苦しい時期もあったものの、そこから復活したのが素晴らしいと思い。サラリーマンは誰も同じだと思うが、ずっと順風満帆とはいかないわけで、苦しいところから這い上がる粘り強さが出世には必要なのだろう。
ともかく坂田さんには1年間(いや、結城さん(元宇宙開発課長)は3年事務次官をしていた)、日本の教育や科学技術政策を少しでもよくするよう、活躍をして頂きたい。
超富裕層にはしつこい営業はダメ!?-訪問は3か月に1回くらいがいい
保険の営業で成績を上げている人は、未だにともかくGNP(義理、人情、プレゼント)で迫れとか、「気合だ」とか
言っている人が多い。でもこれは「一般人向け」の営業スタイルだ。超富裕層には逆効果であることに、保険のセールスマンは気づかないことが多い。
ある日本有数のファミリービジネスのオーナーと話をすると、その間にもいろいろな証券会社から営業の電話が
かかってくる。すべて断っているが、また同じ会社の別の営業マンから電話がくるという。千三つ(千回やって三回当たればいい)の営業だろうが、忙しい超富裕層にとっては全くの迷惑でしかない。もちろん、電話営業などで彼らが顧客になることは万に一つもない。
アメリカの有名なファミリーオフィスの経営者に聞いたところ、お客様と会うのは3か月に1回で十分と言っていたのが印象に残っている。ある日本の大手証券会社の役員が、アメリカに行って向こうの証券マンから、超富裕層は3か月に1回以上会うと、しつこいと思われる、という話を聞いたそうだ。心理学的にも3か月に1回のペースというのはいい間合いだそうだ。
私もお客様や見込み客の方々には、3か月に1回のペースで連絡を取るようにしている。それ以上連絡を取ると
しつこいと思われ、逆効果になる可能性が高いからだ。
超富裕層にはギヴ、ギブ、ギブで最後にギヴンー澤上篤人さんからの教え
昔、麹町の「さわかみ投信」の勉強会によく行っていたころ、澤上さんのピクテ時代の営業の話を聞いたことがある。ともかく日本の超富裕層は、代々の金持ちも成金の金持ちも腰が重く難しいという話だったが、相手に信頼されるにはとことんギブ(与える)しかないというのが結論だった。
私が超富裕層を相手の「ファミリーオフィス」を経営していることが、テレビ東京の「ワールドビジネスサテライト」の富裕層ビジネス特集で紹介されたとき(5分間だったが、ワールドビジネスサテライトでは異例の長さだったようだ)、その夜から何と1000通ほどのメールを頂いた。半数が保険のセールスマンで、彼らはほとんどが「自分は日本一の保険セールスマンなので超富裕層のお客を紹介してほしい」ということだった。「日本一」が数百人いるわけだ。。。
数が数だけに、ほとんど返事も出さなかったが、彼らのほとんどが保険は売れていないなと感じた。(もっとも売れていたらテレビ番組を見てメールなどしてこないが)まず、ギブだという発想がないからだ。ギブンしか考えておらず、自分がいかに超富裕層を相手に儲けるか、しか頭にないのだ。しかも私を利用して。
でも、最初与え続けるのは実際には至難の業だ。さわかみ投信自体もできていない。信頼されるまで儲けを度外視して相手に尽くさねばならない。日本のお金持ちは、もういろいろな金融機関に合法的にせよ騙されているので(少なくとも彼ら自身そう感じている)、警戒心は相当強い。相当なギブが必要で、これにはビジネスをする方も経済的に相当余裕がないとできない話だ。
ところが、実はこのあたりが富裕層ビジネスのポイントかもしれない。自分に余裕がないと超富裕層の気持ちなど分からないし、やはり富裕層ビジネスは富裕層にしかできないことになる。誰もが言いにくい悲しい(?)現実かもしれないが、そこは強調しすぎることはないだろう。