日本ファミリーオフィス協会 -84ページ目

依田紀基さん(元囲碁名人)の教育論

囲碁の世界で依田さんといえば、今年亡くなった藤沢秀行さんと同じくらいユニークで有名な人だ。私は高校生の時に、当時中学生で日本棋院の院生(プロになる手前の段階)だった依田さんに打ってもらい一戦一勝だ。囲碁の元名人に負けなしというのはおもしろい記録なので、以後(これからも)依田さんとは打たないことにしている。


依田さんが北海道の小学校時代に、オール1だったのは有名な話だ。それで囲碁の世界ではトップになれたのだから、現在の坂田三吉という人もいる。昔の囲碁や将棋のプロでは珍しくなかっただろうが、今の囲碁のプロと話をすると、普通のサラリーマンと変わりない人が多い。だから依田さんにはファンが多い。民主党の小沢副代表も依田さんのファンだと何かの雑誌で語っていた。


依田さんはそういう経歴から、いろいろな教育機関から講演を頼まれることも多いようだ。これも有名な話だが、その時には、「オール1の僕でも今は囲碁のプロとして稼いでいるのだから勉強などしなくていい」といって現場の教師をあわてさせるそうだ。


ある意味、ブッシュ元大統領(子供の方)がエールの卒業式で「自分は成績はCだったが大統領になれたので成績は気にしなくていい」と語ったのに似ている。しかし、もしブッシュの父親が大統領でなかったならば、ブッシュ(子供)が大統領になれたと思う人はいないだろう。


ともかく、教育には無限の可能性、選択肢があって、何が正解なのか藪の中だ。確かに、日本で一流といわれる大学を出ても、社会に入ってからの成功とはイコールに程遠い。とくに、これからはそうだろう。しかし、だからといって学歴不要論もまた違う気がする。成功する「可能性」が高いのはやはり一流大学を出た人であるのは、今後も変わらないと予想される。


教育論は、永遠に解のない哲学論争だ。

超富裕層と別荘ーなかなか使いこなせないもの

夏ともなれば、超富裕層といわれる人は皆、別荘に行っていると思われがちだ。確かにそういう方もおられるが、他方、別荘はなかなか行けずにカビだらけになっているよ、と言われる方も多い。私も山梨の実家のそばに別荘らしきものはあるが、つくった当初の2,3年はよく行ったものの、今では完全に飽きてしまい、全くいかなくなってしまった。友人でもこういうパターンは多い。


実際に、私の知り合いで別荘を使いこなしている人は、とんでもなく広い別荘を持っていて毎週管理のために行かざるを得ない人か、複数の場所に持っていて使い分けている人である(こうすればあまり飽きはこない)。中途半端だとどうしても飽きてしまい、何とか手放したいのだが、という相談をよく受ける。行かないのに管理費や固定資産税を取られるのは、いくらお金持ちでもたまらないようだ。


他方、お客様から軽井沢に別荘を買いたいという相談を受けることもあるが、いろいろな実例を説明し踏みとどまってもらっている。実際には、ホテルなどに泊まったほうがはるかに経済的であり、「所有」によって得られる満足感は当初だけだし、後からはズシリとその「所有」していることが重荷になるのだ。


昔から「妾と別荘は持つな」という言葉があったそうだ。別荘はそれほど保有するのにコストがかかるものなのだ。何か、リゾート不動産会社の敵みたいな話になったが、本当に「お客様のため」を思えば、別荘はお勧めするわけにはいかない代物のようだ。



誰もが無理だと思うことをやるー楽天・三木谷氏の戦略はファミリーオフィスにも通じる

今日は、久々に昔の経団連の講演録を読み直した。2002年3月に経団連で楽天の三木谷さんを招いて講演会を行ったのだ。この担当は私で三木谷さんを推薦したのも私だ。さすがに経団連で当時30代だった三木谷さんを講師とすることには若干異論もあったが、本人がおもしろい話ができそうだったので役員も納得したのだった。


私は、楽天の成功はインターネットショッピングモールという、誰もやらないことを初めてやったので成功した、と単純に考えていた。しかし、これは大きな間違いで、実はその前に丸紅やNECがやって、失敗したのだそうだ。大企業がやってダメなのに、最初は二人で起業した三木谷氏ができるとは誰も思わなかったそうだ。しかし、大企業にはない、失敗してもともとのチャレンジ精神が、大きな成功に結びついた。


翻って、私がやっている「ファミリーオフィス」も日本は超富裕層が少ないので難しいと言われてきた。事実、大企業でも富裕層ビジネスで成功している例は日本ではない。大企業でもできないことが個人でできるかーできることはいくらでもあるのだ。ニッチなビジネスはむしろ個人商店のほうがアドバンテージがあるのではないか。


ファミリーオフィスもニッチな分野なので、大きな組織ではむしろ難しいだろう。個人の超富裕層のニーズは個別具体的で、1対1で対応しなければならない。これは小回りのきく個人でないとできないだろう。冷静に分析していくと個人の方が有利なのに、誰もが「日本では富裕層を相手にした仕事は全て失敗している」という固定観念があり、なかなか参入できない。


これを経営戦略的に考えると、競争相手が少ない分野はむしろ有利、と見ることもできる。誰もが無理だと考え、参入してこないと、そのマーケットは独占に近くなる。ニーズがある分野であれば、成功できる確率はむしろ大きいのではないか。


私も経営戦略を考え、日本で誰もやっていない「ファミリーオフィス」事業をやってきたが、確かに超富裕層をファミリーオフィスの顧客にするのは相当難しい。超富裕層は用心深く、なかなか自分の状況を教えてくれないものだ。全てを聞き出すまでに2,3年はかかるのが普通だろう。でもそこまで相手の信頼を得られれば、やりがいも達成感も相当にある。


誰もが無理だと思ってやらないことを、敢えてやるというのは、実は経営戦略上は有効な手段なのだ。



民主党大勝なるかー与謝野馨さんの心配が現実化

今日、ある閣僚の秘書の方とお話したが、今までは楽勝だったが今回は何かおかしい、という話をされていた。落選まではさすがにないとは思うが、本当に現職閣僚や首相経験者でも落選する人が何人か出る情勢のようだ。与謝野さんが、民主党独裁になると心配しているようだが、4年前の郵政選挙の全く逆になる気配だ。民主党で出れば誰でも当選、ということになりかねない。


まだ投票日までは数日あるので、自民党が少しは巻き返すだろうが、大勢はこのままだろう。相変わらず自民党も失言する大物がいるので、とても逆転まではおぼつかない。でも、政治の世界は極端はよくないと日本人はさんざん学んできた。民主党が勝ちすぎても自民党のように強行採決が頻繁に起こったりするだろう。民主党の首脳のほとんどが自民党の旧田中派出身なので、そうそう変わるわけはないのだ。


日本人はバカではないので、今は多くが民主党が勝ちすぎても困ると思っているのではないか。理想をいえば、民主党が少し勝って、自民党の老害のような大物が落選してくれればいいと考えている人が多いのでは。私もそうなのだが、永田町に住んでいると結構、国政選挙は身近に感じたりする。


今も両隣は大物政治家の事務所だ。同じフロアにも多い。しかし、自民党の大物は軒並み苦戦のようなので、選挙後はどうなるかわからない。落選してまで永田町に事務所を構える必要もなくなるので、マンション内でも民族大移動が起こるかも知れない。ある程度、お話ができるようになった先生方が去っていくのは寂しいものだ。こうなるには何年もかかっているので。


投票日が迫っているが、結果を見るのが意外にこわい選挙になりそうだ。





間違いだらけの「超」富裕層ビジネスー雑誌「ファンド情報」へ寄稿

昨日発行の雑誌「ファンド情報」に、「間違いだらけの「超」富裕層ビジネス」という私の記事が掲載された。「ファンド情報」とは日経系の雑誌で、金融機関などのプロが購読しているものだ。書店では販売されていないものの、ほとんどの金融機関が購入しているらしく、昨日は知り合いの何人から「読んだ」という連絡を頂いた。


「ファンド情報」には昨年インタビューを受けて若干弊社が紹介されたが、今度は1ページで「一般には知られていないこと」を書いて欲しいという依頼だった。なかなか字数の関係もあって十分な内容を盛り込めなかったが、今回はイントロとして多くの人が誤解している以下の3点を解説した。


第1は、超富裕層(金融資産が概ね10億円以上)のニーズは資産運用ではなく、資産「保全」にあること。数十億の資産がある人は一生使う以上のお金を持っているので、危険を冒してまで資産を増やすニーズは少ない。それよりも次世代に資産を継承することが大事なのだ。むしろ、お金のことよりも家族の健康や教育のニーズの方が優先順位は高い。


第2は、超富裕層は「紹介」でしか顧客にはならないこと。資産規模が大きくなると、ありとあらゆる営業マンがやってくるそうだ。しかし、超富裕層はその経験から、営業マンの話に乗っていいことは何もないことは理解している。自分の信頼できる友人の話しか信用しないのだ。


第3は、超富裕層は現状の金融機関のサービスには満足していないこと。

特に金融機関は 2,3年ごとに担当者が代わるので、代わった時に自分の状況を一から説明し直すのが煩雑で、また新しい担当者と相性が悪い可能性もある。このことは多忙な超富裕層にとっては非常なストレスになる。


「間違いだらけの「超」富裕層ビジネス」というテーマでは、まだまだいろいろな切り口があるので、機会があるごとに情報提供をして、関係者の参考になればと考えている。






堀義人さんの子弟が囲碁の団体戦で優勝ー独特の教育論

堀義人氏(グロービス代表)が本日の日経新聞に広告を出している。自身の正面写真を大きく出しているのが特徴だ。いつも広告では顔写真を載せているが時々変わっている。さすがは、大学時代に「メンズノンノ」のモデルをやっていただけあって、顔を出すのは平気のようだ。


そもそも堀さんとはハーバードの卒業は1年違いで、同い年だ。たまたま住んでいるところが近いので、時々路上でお会いする。最初に会ったのは1992年だが、その後はしばらくお会いすることもなかった。何年か前に堀氏が

囲碁に凝っているという話を聞いてから、またコンタクトが始まった。


彼の特徴は何といっても子供が5人いることだ。小学校は公立がいいということで、公立小学校に通っている。教育方針は「囲碁と水泳と英語」だ。これ以外は全て選択科目というからおそろしい。ともかく全員が囲碁を習い、小学校の団体戦に出て、昨年は全国4位になっていた。今年も同じメンバーで団体戦に出て、優勝したのだ。


昨年の全国大会では私も日本棋院(市ヶ谷)に行き、その時に心配そうに見ていた堀氏の顔が印象的だった。そういえば、3年前に作家の本田健さんが「堀さんに会いたい」ということで、お連れしたときに、堀氏は経営大学院の「校長」も務めているだけあって、教育について語っていた。もちろん「囲碁と水泳と英語」の話はしたが、そのほかにグロービスの採用では、「中学、高校のときに何かに熱中していた人を採る」ということだった。そういう人が社会に出てから伸びる可能性が高いそうだ。本田健さんも興味深そうに聞いていた。


ともかく、堀義人さんは独特の教育論(校長なので当たり前だが)を持っているので、私も子供を持つ身としては、何かと参考にさせてもらっている。

マック赤坂

今日、海江田万里さんからダイレクトメールを頂いた。思えば3年前に「お金の教室」というものを私がやっていた時に一度講師として来ていただいたのだ。たまたま私が東京一区に住んでいるので、海江田さんの選挙区になっている。一区では自民党から与謝野馨さんが出ており、この方とは以前、囲碁関係の場所でお会いしたことがある。東大時代は囲碁部だったようで、政治家の中では実力は一番だろう。でも、小沢一郎さんと公開対局をして「負けた」こともあるようで、不思議なものだ。


東京一区で何より不思議なのは、「マック赤坂」氏だ。この方には数年前に赤坂のシティクラブオブ東京でお目にかかった。全くの世間話をしていたのだが、髪の毛を染めている以外は全くの普通の方だった。不動産関係のお仕事をされているようで、まあまあどこにでもいる方だ。


ところが、その後の東京知事選でこの人が立候補していたのには驚いた。「日本スマイル党」なるものをつくっているそうで、何とレオタード姿で街頭で踊っている姿を見かけた。確かに、道行く人は全て「スマイル」だ。今度も

東京一区から立候補しており、彼のポスターには人気が集まっているようだ。おばさんがそのポスターを見て、「スマイル」している姿を目撃した。


この暗い時代にこういう方の存在は貴重だ。しかし、実際問題として8月30日の選挙では誰に入れるか、悩むところだ。もう大勢は民主党勝利で決まっているのだろうが、政権交代後の混乱を思うと憂鬱になる。高速道路の無料化などは有難いが、公務員削減は役人からものすごい抵抗に会い、相当な混乱になるだろう。今度こそ自民党にはできなかった本当の改革をやってもらいたいものだ。

「ファミリーオフィス」の本当の意義ー日本をタテ割り社会からヨコ割り社会へ

日本は特に明治維新後、タテ割り社会になったと言われている。キャッチアップが必要な状況、あるいはお手本がある状況では、確かに役所のようにタテ割りにして、そのことだけをする方が効率は上がっただろう。しかし、キャッチアップが終わった今、タテ割りの弊害は行政のみならず、我々の生活面にも及んでいる。


忙しいときに、誰か自分にもコンシェルジュがいて、何でもやってくれたらどんなにか助かる、と思った経験は誰にでもあるだろう。残念ながら現実の日本では、高級ホテルにでも泊まらない限り、こんな便利なコンシェルジェにはめぐり合えない。そのコンシェルジェも欧米と違い日本では、何でもかんでもやってくれるわけではない。


そこに、超富裕層のコンシェルジュたる「ファミリーオフィス」が日本にもできた。弊社(永田町ファミリーオフィス)がそれで、お客様のニーズは全てカバーする。代表的な業務は医療(名医の紹介)、法務、税務(優秀な弁護士や税理士の紹介)、子弟教育(教育コンサルの紹介など)である。昨年は弊社ではお客さまのお墓の移転もやった。本当にニーズのあることは何でもするのだ。


こういう業務が根f付けば、日本での「ヨコ割り業務の成功例」の一つとなる。小さな一歩だが、「草の根からの改革の一歩」になりうると考えている。


かつて、ハーバードの先輩である元通産省の一柳良雄さんからアドバイスを頂いたが、「新しいことをする時には小さな成功を繰り返すこと」が肝要だそうだ。同じことは他の方からも聞いたが、成功事例がない限り新しいことをする、あるいは「これで日本が変わる」と言うこと自体がうさんくさく思われるのだろう。現に、富裕層ビジネスの分野でもそういう大言壮語をして、実は詐欺師だった人が結構いるのだ。困った話だが。


「ファミリーオフィスの意義」は、日本の金融界を顧客寄りにするとか、超富裕層のニーズを満たすとかいろいろあるが、根本は「日本社会の構造変革」にあると考えている。タテ割り社会打破のための、小さなトリガーになることができれば、これは私の本当の喜びである。

「官僚たちの夏」秘話ー古きよき官僚の時代

最近、ますます官僚バッシングが激しい。今度の衆院選でも、官僚出身者はほとんどが落選の危機にあるという予測もある。昔は大蔵省出身というだけで当選間違いなしと言われたものだが、時代の移り変わりは激しい。


なぜこうなったのか?天下りや渡りは国民感情では許せないものだろうが、これは昔からあった。でも昔は「官僚は優秀で天下国家を考えて仕事をしている」という国民のコンセンサスがあったから、国民も天下りなどには目をつぶっていたのではないか。今は、役人は私利私欲のために働いているとしか映っていない。実態は、そんな役人ばかりではないのだが、悪いイメージはかなり浸透してしまっている。


こんな時期に「官僚たちの夏」のテレビ化とは、何ともいえないタイミングだ。これは通産省の佐橋さんという非常にアグレッシブな人と穏やかな今井善衛さんとの事務次官争いという側面もある。結局は今井善衛さんが事務次官になるのだが、この方の甥の今井尚哉さん(経済産業省勤務、安部総理の秘書官などを歴任)から今井兄弟の話を20年以上前に伺った。


私は経団連に入ったときにまず、環境問題の担当になったのだが、その時たまたま環境庁の総務課課長補佐として出向していた今井さんと知り合った。ちなみに、もう一人の課長補佐だったのがこの度、環境省の事務次官になった小林光さんだ。その当時、私は留学を考えていたが、これを知った今井さんは通産省内で、私が受けるハーバードやエールの卒業生を何人もご紹介いただいた。まさに恩人なのだ。


「官僚たちの夏」にでてくる今井善衛さんの兄弟は、「今井5兄弟」として財界でも有名だ。5男の今井敬さんは新日鉄の社長から1998年に経団連の会長になった。東大囲碁部の選手として活躍され、私も学生時代に一度お手合わせ頂いたことがある。その時は今井敬さんは新日鉄の部長だったが、もう将来の社長候補として有名だった。大学囲碁界の先輩として尊敬していた。


今井5兄弟は全て囲碁が趣味で、全員が6段以上というからすごい話だ。当然のように全員が東大卒だ。経団連の初代会長の石川一郎さんの息子さんの「石川8兄弟」が全て東大卒なのと同じだ。今井尚哉さんも血筋だろうか、非常にシャープな方で面倒見がいいことでも有名だ。私も経団連にいる間はずっと今井さんにお世話になっていた。


役所の人事は「官僚たちの夏」のように本当にわからないが(特に経済産業省はわからない。ハーバードの先輩の荒井さんや林さんのような事務次官の呼び声が高かった人でさえ、NO.2で終わった例もある)、今井さんは運も見方にするような気がする。これは世話になった者の希望も入っているのだが。



初めて終戦の日に靖国にー経団連の後輩の都議に会う

昔から靖国神社のそばに住んでいるが、終戦記念日に行ったことはなかった。そこで今日は行ってみたのだった。予想以上に右翼の車が路駐していて驚いたが、神社に入ると人の多さに驚いた。外人がビデオカメラを回しているのが目についた。


本殿の方に歩いていくと、見覚えのある男性が携帯電話をかけていた。経団連の後輩の吉田康一郎君だ。彼は民主党の都議だ。選挙区は中野、杉並だが、こういう時に顔を売っておかねばならない。吉田君は私が留学する直前に経団連に入ってきて、同じ部で隣に座っていた。私も留学直前のバタバタで彼の世話が十分できずに、本当に申し訳ないことをしたと思っている。何とか上を目指して精進してほしいものだ。


正午の黙祷をして靖国を後にしたが、またまた帰りの路上(麹町)で、大学の先輩である板沢幸雄弁護士にお会いした。板沢さんは秋田高校出身だが、同級生に早稲田の囲碁部主将だった藤井陽光さんがいる。この人は文部省を退官しているが、今度の衆議院選で秋田一区から無所属で出馬するようだ。


何か、私の周囲には無所属での出馬が多いのだが、今日、田中真紀子でさえ「組織に属さねば政策を実現できない」ということで民主党に入った状況だ。日本も本格的な2大政党制に入ったので、無所属で何かできる時代ではないのだろう。


靖国を舞台に、終戦の日とは全く関係ない「政治」を考えたひと時だった。