日本ファミリーオフィス協会 -77ページ目

最近の「投資本」について思うー益より害の方が大きい?

最近、大きな書店にいくと金融危機後は下火になっていた変な「投資本」がまたぞろ出てきている感じだ。また復活してきた「FX本」や株で一億円つくる、とかいう類の本だ。


特にFX本は、背後にFX専業会社がいると思われる本が多い。以前、木村剛氏の「FINANCIAL JAPAN」の失礼ですがその本では儲かりませんシリーズでも痛快に取り上げられたが、主婦の私でも儲けられたFXという本が複数出ている。その人は本当にそのように取引して、本当に儲かったのが聞きたいところだ。


あるいはその主婦は「1回」は本当に儲かったのかも知れない。でも「継続的」にFXで儲けていますか?というところを聞きたい。確率的にあり得ないからだ。


こういう本が出回る背景には、株でも為替でも「後付け」でいくらでもストーリーはできるからだ。チャートを見て、ここで買ってここで売った、ということにすれば、いくらでも「儲けた」話はできる。それを本にして売れば、不況で苦しんでいる一般市民はその本を買って一攫千金を夢見るかもしれない。そういう本が売れるのだ。罪深き本だ。


その動きをけん制するのは、木村剛氏のように雑誌で「危ない」本を紹介するのも一つの方法だ。また、全ての根源はそういう本が「売れる」から出版社も出すので、一般市民が賢くなってその類の本を買わなくなれば、出版社も出さなくなる。鶏と卵のような話だ。


ともかく、中立的ではなく読んで腹の立つ「投資本」が多いのには驚く。私のやりたいことの一つに偽「投資本」の撲滅があるが、全く道は遠し(投資)という感じだ。


「私立」日比谷高校ー日本郵船草刈相談役の日経コラムより

我が家は日比谷高校の隣にあり、リビングからは日比谷高校のグランドが一望できる。そこでは毎日ラクビー部が練習している。もちろん東京都予選で勝てるわけもないが、ともかく土日も練習している。


昨日の日経夕刊のコラムで知ったが、日本郵船の草刈相談役は日比谷高校のラクビー部出身だ。昔、経団連の仕事で一度お目にかかったことがある。そのコラムから、昔の日比谷高校のような公立が今でもあればいいのに、と誰もが思っただろう。


昭和20年代、30年代は日比谷高校は東大進学率一位だった。それでも、勉学一筋ではなく、自由闊達な雰囲気だったという。昔の日比谷高校の卒業生に伺ったが、運動部に入っていて3年次まで毎日練習にあけくれ、現役で東大に入る人が多かったという。今では考えられないような話だ。その中から大物が出たようだ。


草刈さんも批判しているように、最近の日比谷高校は東大合格率の低迷に業を煮やし、なりふり構わぬ予備校化を推し進めている。これでは日比谷のいいところはなくなるだろう。OBからの大学進学の結果を出せという圧力もあったのだろうが、先生の中にも昔の日比谷のいいところを知っている人が少なくなっているのでは、と推測される。


しかし、これは都立名門校に限らない。私の母校の甲府一高も似た状況にある。あるいは他の地方公立名門校も大なり小なり、同じ状況だろう。昔は野球のピッチャーをして甲子園に行って、現役で東大に合格したような人が結構いたのだ(でも必ずしも社会に出て成功しているとは限らない。人生の難しさだ)。


今は小学校から進学塾に行っていたような人しか東大に現役合格は難しくなっているのではないか。これでは日本では本当のエリートは育たない。ハーバードに行っていたときに寮の中でいろいろなアメリカ人と話したが、日本のように幼稚園からお受験塾に行っていたような人は皆無で、小学校の時には野球とかアメフトに熱中していた人が多い。高校のある時期に集中して勉強したという。


日比谷高校の黄昏は日本の黄昏のような気がしてならない。日本でも本当のエリートを育てるような教育機関はないのか。戦前はいろいろあったようだが、全てマッカーサーにつぶされたようだ。海洋学園のような全寮制の学校も、文部省の指導要領の縛りがあって欧米のようなエリート教育はできないようだ。


困った日本の教育の現状がある。その中で日本の国際競争力も目に見えて落ちてきているのだ。

真珠湾攻撃の真実ー50周年時にアメリカの大学院生と議論

今日は真珠湾攻撃の日だが、私がアメリカ留学中に真珠湾50周年記念日(1991年12月8日)があった。そのあたりでアメリカのマスコミも様々な報道をした。おもしろかったのは、「ルーズベルトの陰謀説」だった。


つまり、ルーズベルトは日本軍の暗号の解読をしており、真珠湾攻撃は事前に知っていたが、わざと防ぐことはせず放置した、というものである。このことについて、ハーバードの寮の中でいろいろなバックグラウンドを持つ大学院生同士で議論したのだ。


日本人の立場からすると、もしルーズベルトがそんなことをしたのなら、それこそ卑怯(cheating)だと私からは主張した。そういうとアメリカ人は全てが反論してきた。彼らの主張は概ね以下のようなものだ。またハーバードの学生はこのルーズベルトの陰謀説は全員が知っていたのにも驚いた。


仮に、ルーズベルトが奇襲攻撃を知っていたとして、日本軍にやらせたにしても、それは「戦略」であって結果的に戦争に勝ったのだから、正しい行為だ。日本軍は戦略的に負けた、というものである。確かに歴史はその通りであろう。日本でも真珠湾攻撃は戦術的には正しくても、戦略的には誤りだったという評価は聞く。


でも私は、唯一の日本人として引き下がるわけにはいかない。ルーズベルトがもしそんなことをして、「日本人は卑怯者なのでやっつけよう」と世論を煽ったのなら、それこそ卑怯な行為だ、と食い下がった。それに対しては、ほとんどのアメリカ人は、戦争に卑怯も何もない。全ては戦略で、戦略的にどちらが優れていて、勝敗がどうなったかがポイントだ、ということだった。確かに、精神論に偏っている日本と、戦争は勝敗だと合理的に考えるアメリカとの違いは浮き彫りになった。


日本人はこういう議論は学校ではしないが、アメリカでは中学、高校で歴史の議論を頻繁にしているそうだ。真珠湾の議論もよくしており、アメリカのインテリは非常に冷静に歴史を見ていると感じた。一つの説を信じるのではなく、こういう説もあるけど、それについてどう考えるか、というように複眼的なのだ。


奇しくも、山本五十六はハーバードに留学していたことがあり(これについても半数以上の学生は知っていた)、アメリカの底力を知っていたので真珠湾攻撃には当初反対していたようだ。アメリカのインテリと学生寮の食堂で真珠湾の話ができたのは貴重な体験だった。







谷口一郎・元三菱電機社長を悼むーお別れ会に参加

今日は、青山葬儀場で経団連時代に大変お世話になった谷口一郎さんのお別れの会に参加した。何とも大変な参列者の数だった。この方の人柄だろう。谷口さんは私の経団連生活の中でも印象に残る方の一人だ。


私はアメリカ留学から帰国した1992年の6月に、経団連の宇宙開発の担当になった。全く右も左も分からなかった時に、たまたま航空宇宙工業会の会合に代理で出席し、その時に隣に座っていたのが谷口さんだった。当時は部長だったが、会合の後に喫茶店に連れていかれ、日本の宇宙開発の概要を伺った。その後、谷口さんはどんどん出世され、社長にまでなられたのだ。


最初は普通に電話できたが、さすがに専務くらいになると直接電話するのは憚られる。それでも直通番号を教えて頂き、ときどき仕事の相談をさせて頂いた。社長になられた際にも直接電話してもいいと言われ、ご指示を頂いた。鎌倉の三菱電機の工場を見せて頂いたり、一緒に国会議員を回ったりしたのが思い出だ。


それにしても突然の早すぎる訃報だった。まだまだ日本の宇宙開発のために働いてもらわねば困る方だった。宇宙開発は儲からない部署なので、この分野から大企業の社長になられたのは谷口さんくらいしかいないのだ。宇宙分野の人々にとっては、宇宙のことがわかるトップということで、期待の星だった。


谷口さん自身も日本の宇宙開発を何とか伸ばそうと、経団連の役割にも期待されていた。宇宙開発の委員長にもなって頂き、私が宇宙開発担当だった6年間を通じてご指導頂いた。今日は経団連の元役員も複数参列していた。大企業の社長になられたのに、最後まで腰が低かった。私が宇宙開発から異動したときに、言葉だけだろうが、非常に残念だと言われた言葉が今でも記憶に残っている。


有能な経営者の死は日本経済にとってもマイナスだ。

心よりご冥福をお祈りする。









祝湘南ベルマーレ一部昇格ー反町監督が実力を発揮

私はもともと山梨のサッカーの街(韮崎市、中田英寿が出たので有名になった)で育ったので、物心ついたときからサッカーボールで遊んでいた。サッカーの練習は異様に厳しいので、怪我も多く中学以降はしていないが、それでもよく高校サッカーなどは見ていた。たまたま大学の時の授業で反町君と出会い、サッカー談義をしたものだ。彼は名門清水東高校の時に高校サッカー選手権で準優勝している。


その後、反町君は全日空に入り、Jリーグが始まると「Jリーガー唯一のプロでない男(社員)」として有名になった。仕事もできるのだ。そのあたりが他のサッカー選手と根本的に異なるところだ。昨年は北京オリンピックで監督として結果は出せずに苦しい時期があったが、今年は古巣のベルマーレの監督として、今日はJ1昇格を決めた。


岡田監督同様、サッカー推薦でなく大学に入った少数派で、次期全日本監督の声もあったが、北京オリンピックで後退した感じだった。今回はJリーグで実績ができたので、またポスト岡田の呼び声も上がるだろう。元々IQが高い感じの男なので(理解力は相当あると思った)、選手よりも監督として力を発揮するタイプだと見ていた。


静岡出身のサッカー選手(カズ、ゴン、武田、小野などなど)は反町君を慕っているという話もあり、クールな感じだが人望もある。アルビレックス新潟の監督時代は、オーナーの人から聞いたが、選手より監督の方が人気があったようで、サッカーとしては珍しい話だ。


ともかく、知り合いが世に出てくることは嬉しい。次のワールドカップは反町監督で臨んでほしいものだ。





平山郁夫先生の思い出ー経団連で新年の講演を依頼

平山郁夫さんが亡くなられた。この方にはいろいろな思い出がある。時は2001年12月、場所は東京芸大の学長室に経団連での講演をお願いに行ったのだ。


もちろん、事前に平山先生のことは調べていった。広島で被爆されたこと。前田青頓画伯の弟子で、たまたま経団連に前田画伯の孫がいて、その人にも周辺情報を聞いた。でもそんなことは全く関係なく、講演の依頼は瞬間的にご快諾頂けた。


私も仕事の件があまりにすんなり終わり、一応30分のお時間を頂いていたので、個人的に平山先生のシルクロードの絵を何枚か持っている(もちろん版画だが)というと、何と、鎌倉の家に持ってくれればサインをするよ、と言われたのだ。私もさすがにずうずうしいと思って、結局は鎌倉に伺うことはしなかった。しかし、今考えれば、行けばよかったとも思う。


要は、それくらい気さくな人なのだ。また原爆の日の生き地獄を見られて、そのことが平山先生の人生に大きな影響を与えたのは間違いない。原爆投下の後、さすがにそれが原子力爆弾とは分からずに、親族を探し歩き放射能を浴び、一生原爆症に悩まされたそうだ。


また先生はお金にもクリーンだった。講師謝礼も、「芸大の勤務時間中に芸大のPRも兼ねて行くので」ということで受け取られなかった。他方、ある有名な宇宙関係の方などは、職場に振り込まれると個人には入ってこないので、自分の個人口座に謝礼を振り込んでほしいと電話してきた。もちろんお断りしたが、世間的にはクリーンなイメージがある人だけにかっがりしたこともある。その後、この人とは付き合っていない。


平山先生は芸大学長を2度務めるなど、誰からも信頼されていたのは、こういうお金に対する真摯な態度も一因だったと思う。その業績は言い尽くされているのでコメントする必要もないが、個人的には講師謝礼を辞退された「理由」が心に残っている。



事業仕分けの是非ー必ず既得権益者からの抵抗がある

民主党の事業仕分けは、今までの自民党ができなかったこととして、概ね国民から支持されている。しかし、自民党政権下で既得権益を受けていた層は、あの手この手でそれを守ろうとする。ノーベル賞学者を使ったり、メダリストを使ったりだ。しかし、これを一々認めていたのでは自民党時代と何ら変わりはない。


私も経団連で国の予算に大きく依存する宇宙開発を長く担当していたので、予算の取り方はある程度分かっている。宇宙を含め科学技術の予算は、財政がいいときにはかなり付くが、悪くなると真っ先に削減の対象となる。科学技術や宇宙開発は票にならないので族議員がいなく、議員で応援団が少ないのだ。


それでも、宇宙予算が少なくなると関連メーカーの仕事がなくなってしまうので、経団連としては頑張るのだ。その時の「大義」は、科学技術立国を目指すわが国は科学技術の先端分野である宇宙開発を率先して進める必要がある、、、云々というペーパーをまとめ、科学技術に理解のある有力議員を財界のトップとともに回るのだ。


自民党政権時代はこれでほとんど予算は付いた。私自身も科学技術予算は日本のために重要だと思ったので頑張ったが、問題はこの予算が全て科学技術のために使われるのではないことだ。役人の人件費、交際費、交通費(タクシー代)など、科学技術とは関係のないところでムダ使いされているのが大問題なのだ。それをなくすには、今回のようにバサッと切るしかない。


議員もそのあたりの事情は分かっているので、今回はなかなか抵抗があっても認めないだろう。そもそも国にももうカネはない。役人によるムダ使いの結果だ。皆の税金を少しでも有効に使うよう、民主党には抵抗勢力には負けずにバッサリと予算を切ってほしいものだ。





ビジネススクールの今日的意義ー日本のビジネススクールは世界に伍せるか

言うまでもなく、昨年の世界金融恐慌はアメリカのビジネススクール出身者が起こしたものだった。それでビジネススクールの人気はなくなると思いきや、ますます志望者が増えているというから不思議なものだ。それにはアメリカのビジネススクールの早急な対応があったようだ。日本ではとても真似ができないことだ。


つまり、この金融危機を一つの「ケース」ととらえ、その原因から対策までを扱う講座をつくったというのだ。転んでもタダ起きないとはこのことだろう。またそうでなければ世界的なビジネススクールの競争に勝ち抜けないという側面もあろう。もはやハーバードのビジネススクールが世界一の学校ではなくなっている。


しかし、それにしても今年は日本人がアメリカのビジネススクールにほとんど受からなかったそうだ。アジア勢は中国、韓国、インドが強いという。彼らは英語でどんどん議論を臨んでくるし(但し発音は悪い)、ともかく授業では太刀打ちできない。


そこで次善の策として、日本でも最近、いろいろな大学でつくっているビジネススクールに通うことになる。でも世界のランキングを見ると歴史の古い慶応ビジネススクールでも圏外だ。アジア一のビジネススクールを目指す堀義人氏のグロービスにも奮起してもらわないと困る(そういえば昨日の千代田区囲碁大会に堀さんの息子3人が出ていたのには驚いた)。


日本のビジネススクールで学ぶのも、クラスがほとんど日本人なので、今ひとつ刺激はないが、贅沢は言っていられない。アメリカのビジネススクールが日本人を受け入れないならば、今後は日本国内でアメリカ以上のビジネススクールをつくればいいのだ。


道のりは非常に遠いが、慶応ビジネススクールの元校長の青井倫一先生にも最後の仕事として是非取り組んでほしい課題だ。このままでは、日本のビジネスマンのよりどころとなるはずの本格的な経営学を、日本人が学ぶ機会がなくなってしまいそうなのだ。

アメリカ人の教育論ーユダヤもWASPも基本は同じ

最近、ある二人のアメリカで暮らした人からの教育論を聞いた。一人はボストンでユダヤ人が多い場所で4年間暮らした方、もう一人はニューヨークでWASPが多く住む地域で4年間暮らした方の話だ。不思議に別々のお二人から同じような話を聞いた。


ユダヤ人はその民族的な歴史から教育には相当力を入れている。その教育論は興味があったが、彼らは一生の内で集中して勉強する時期を心得ているという。人間、集中力には限界があるからだ。大体が大学受験のときに集中して勉強し、その後社会人になってから、また大学院に戻るときに集中するようだ。


これは私がアメリカの大学院の寮でいろいろなアメリカ人(ユダヤ人が多かったが)から聞いた話とも符合する。アメリカでも有名大学はだいたい10倍くらいの倍率なので、入る前には相当な勉強は必要だ。それまではアメリカ人のエリートはそんなに詰め込んだ勉強はしていないようだ。ハーバードの学生でもほとんどが勉強以外に「一芸」を持っている。ピアノやスキーやゴルフなどだ。


他方、WASPの教育方針もほとんど同じだ。小中学校のころには適当に遊ばしている。そのかわり、大学に入る前には日本人も顔負けの試験勉強をするのだ。但し、それは有名大学に入る人のみで、アメリカは早くから大学の2極化が進んでいるので、「誰でも入れる大学」も非常に多い。最後まで遊んでいる人も多いのは日本と同じだ。


アメリカは日本以上に学歴社会なのに、日本のようなお受験など聞いたことがない。もちろん、そういうことをする人もいるのだろうが、「どういう教育がいいか」についてはある程度社会でコンセンサスができているのではないか。日本の都会のように、幼稚園からお受験で子供の芽を摘むことはしない。逆効果であることはほとんどの人が知っているようだ。


あるいは、有名な一族の教育ぶりがマスコミで報道されることも大きいと思われる。ケネディ家などの教育方針(アメフトなどをやらせ、つめこみ教育はしない)はテレビでも見たことがある。もっとも、それで全ての子弟が立派かというと、そうでもないのが難しいところだ。方針はよくても、それを子供が理解していなければ、いい結果は生まれない。


日本はまだまだ教育後進国だ。歴史の違いが大きいと思うが、ヨーロッパでは11世紀から大学はあり、アメリカでも17世紀からイギリスに真似て有名大学がつくられた。欧米は私立大学が中心だ。日本は19世紀から国が大学をつくったが、小学校から大学まで国の規制や指導が強くて、学校そのものが成熟していない印象がある。教育と社会に出てからの活躍との関係が、欧米のようには進んでいない。


だから、皆、どういう教育がいいかを暗中模索しており、学校の先生もわかっていないのではないか。それで、日本人が海外の大学にいくと、その暗記重視の教育方針が国際的には非常識なことに気づき、愕然とするのだ。でもそれも急には変えられない。現状を認識し、どういう教育をすれば子供が社会に出てから伸びるかを一人一人が考えていくしかない。

千代田区の囲碁大会に出て感じたことー大学の囲碁部出身者とそうでない人の違い

今日は年1回の千代田区の囲碁大会があり、5年ぶりに出場した。5段以上の「名人戦」に出たのだ。前回は優勝したが、今回はほとんど囲碁は打っていなかったのでどうかと思ったが、何とか優勝できた。


一人、大学の現役囲碁部員がいて、この若者との対戦は苦しかった。私もそうだったが、学生時代は時間があるので毎日、2,3時間は囲碁の研究をしているのが普通だ。そういう現役はやはりしぶといので勝つまでが大変だ。他の人は6,7段だったものの、囲碁部出身者ではなく、比較的簡単に勝つことができた。


決勝であたった人は昨年の優勝者だったが、「大学の囲碁部出身の人と打つと、最後にはやられる」ということを言われた。確かに、私も今日は囲碁部の現役と打ったので同じ感想だった。そこで、それはなぜかを考えていた。とりあえずの結論はこうだ。


大学の囲碁部というのは、個人戦と団体戦があり、ともに負けられない真剣勝負を頻繁に行っている。そこで4年間鍛えられたものは相当な蓄積になっているはずだ。私自身も学生の全国大会個人戦では準決勝で二度負けた悔しい思い出があり、慶応の主将として団体戦の急所で負けた苦い経験もしている。しかも若い時代のことなので、結構記憶にも残る。私も今日打った定石は全て学生時代に覚えたものだ。


以前、大学の体育会ゴルフ部出身者とゴルフを回ったことがあったが、その時も随分「違い」を感じたものだ。明らかに彼は、私の実力に合わして少し上のスコアになるように打っていた。その割に難しいコースは真剣になり、パーを取っていた。大学を出た後にいくら練習してもこのレベルになるのは難しいと感じた。


囲碁の世界も同じだろう。やはり社会に入ってから囲碁を覚え「日本棋院の7段です」とかいう人も多いが、そういう人と打つと甘いところが目立つ。「ちょっと違うな」と感じることが常である。他方、大学の囲碁部関係者(東大や早慶の元主将クラス)と打つときはお互いに真剣になるのだが、やはり手ごたえが相当違う。これが現実だ。


最近は囲碁の段位もインフレが進み、7段位(アマチュアの最高位)も比較的楽に取れるようになっている。同じ7段でも相当な差があるのが実情である。やはり大学の囲碁部出身者の7段には、なかなか楽には勝てない。