詐欺事件はなぜなくならない
新聞を読むとたいてい金融詐欺事件が載っている。未来通信などは大きな事件だが、小さな金融詐欺は新聞にも載らないが、実際はかなりの件数だそうだ。しかも、消費生活センターなどに届け出られるのは氷山の一角なので実数はつかみようもない。
問題はなぜ、詐欺事件が減らないかだ。金融詐欺というのは、だいたい手口は決まっている。富裕層のみが投資できる安全確実な高金利の投信(社債)を、「あなただけに特別に」紹介するというものだ。たいてい10%以上の金利で外国商品なのに、なぜか為替のリスクもない。固定金利なのだ。ポンジースキーム(日本でいうねずみ講)というもので、新規の入金を既存顧客の利払いに回すのだが、新規の入金が止まると破綻する。
こんなものによく騙される人がいるものだと思うが、人間は誰でも「自分だけは特別に運がいい」と思いたいという深層心理があるようだ。そこで、こういう話が来ると、自分にも運が巡ってきたと思ってしまう。そこで全財産を投入し、最初は利払いがあるが、2,3年で突然、利払いが止まって初めて「騙された」と気づくわけだ。
このように、詐欺師はかなり心理学を学んでいる。よく、詐欺師にも学ぶところがあるというのは、彼らの心理戦の巧みさだろう。私も仕事柄、多くの詐欺師に会ってきたが(よく詐欺師からもコンタクトがある)、二流の詐欺師はあっという間に分かるが、大きな詐欺事件を起こす一流の詐欺師はなかなか分からないこともある。さすがに二度会えば分かるが、2度目に詐欺師と分かった男は、その数年後に大きな詐欺事件を起こしていた。
超富裕層は、株などの投資にはそれほど関心がないのでいいのだが、最大の危険は「詐欺事件に巻き込まれる」ことだ。私もお客様が万一詐欺事件に巻き込まれたら、ファミリーオフィスとしての意味はなくなるので、そこは一番神経を使っているところだ。今までにもお客様から相談(とは言ってもお客様の方で分かっていたが)を受けたことが複数ある。いずれも、その後逮捕された詐欺師だ。
ローマの昔から詐欺師がこの世から消えたことはない。人間の欲がなせる業だが、これを見抜けないとファミリーオフィスは失格だ。私は「ファミリーオフィス=用心棒」だと考えているので、三船敏郎ばりの眼力を身につけるようにしている。
事業仕分けで在外公館の給与にもメスー海外留学時の給与も問題
今日の事業仕分けで、国家公務員の在外公館への出向時の給与が問題になった。これはかねてより指摘されてきたのだが、自民党政権ではその「既得権益」が温存されてきた。官僚は霞ヶ関にいるときには悲惨な給与だが(もっとも以前はタクシー券の不正使用などやっていた)、大使館にいくと給与は3倍になる。これは「出張手当」がつくからだ。2,3年いるのだから、出張も何もないと思うのだが、毎日出張だそうだ。とんでもない理屈だ。
同様に、海外留学の時も人事院留学では毎日が「出張」扱いだ。だから、これも給与は3倍になる。このことは緘口令がしかれているそうだ。税金の無駄使いとして、槍玉に挙げられるからだ。なぜこんなことが内部から「おかしい」という声が上がらなかったのか、不思議でならない。「既得権益」だと誰もが考えていたのだろう。
役人が血税を「既得権益化」して、無駄使いしている例はこんなものではないだろう。そこにメスを入れれば、相当なお金が出てくる。しかし、今回もまた官僚の抵抗に合う事になる。官僚は「既得権益」を守ることには死にもの狂いになる。「優秀」といわれる官僚は、こういうときに屁理屈を考え、政治家を煙に巻く能力がある人だ。組織はどこも同じだが、自分たちの既得権益を守れる人が出世する。
しかし、問題はその原資となっているのが「税金」ということだ。自分たちで稼いだ金だったら、法を犯さない限りどう使おうが勝手だ。しかし、税金を自分の金だと勘違いし、それを我が物顔で使われたらそれは困る。筋違いだ。
そんなことが明治以来、連綿と続けられてきたかと思うと歯がゆい。ここはせっかく政権が交代したのだから、こういう膿を出してもらわねば困る。
今回の事業仕分けは、日本のシステムを変える役割もある。官僚の変な抵抗に負けず、民主党の議員は税金の使われ方に関して、最後まで筋を通してほしいものだ。
宇宙開発と狼教授ー慶大システムデザイン・マネジメント研究科委員長
私は経団連時代に宇宙開発の担当が一番長かったため(6年)、その分野の方々はほとんど知り合いだ。宇宙飛行士から始まって、科学技術庁、旧宇宙開発事業団、旧宇宙科学研究所をはじめ、研究者、技術者から営業の方々まで、ほとんど理系だったが文系人間の自分としては非常にいい経験だった。
その中で忘れられない人が何人かいる。昨日の日経新聞で慶大のシステム研究大学院を紹介されていた狼(おおかみ)嘉彰教授はその一人だ。最初、ある会合でお目にかかったが、議論の最中に司会者が「狼さん、どうですか」と言っていたのには驚いた。それから、その会議中、なぜこの人は狼と呼ばれているのだろう、きっとあだ名だろう、といろいろな想像をめぐらしていた。
もちろん、会合の後に名刺交換をしたが、本当に姓は「狼」だった。当然、由来を伺ったが九州がルーツで、もともと大神という姓だったそうだ。それにしてもかっこいい姓だ。その後は種子島のロケット打上げでご一緒したり、さまざまな場面でお会いしたが、基本的に穏やかな方だった。慶大教授になられた旨のお葉書を頂いていた。
そもそも、宇宙開発の成果である衛星やロケットこそ「システム」そのものだ。衛星一つつくるにも1000社以上の会社から部品を仕入れ、つくっているのだ。考えてみると奇跡的なことだ。よく「戦車」一つつくるのに「1000社」が関係しているという。実際には1200社くらいなのだが、これも大変なシステムの成果だ。
こういうのを「システム工学」というそうだが、言うまでもなくNASAが開発したものだ。その成果はスーパーコンピューターにつながっていったのは有名な話だ。日本ではシステムに関係する学問が遅れていたが、狼教授が中心となり慶応に新しい研究科をつくったことは画期的だ。
日本でも宇宙開発からいろいろな学問が広がっていくのは、宇宙開発に少しでも携わっていた者にとっては感動だ。そもそも大学の工学部では宇宙(航空)工学が一番の人気で、最も優秀な学生が行っているそうだ。文系人間としては、そういう人たちに、科学技術立国日本の底力を見せてほしいと心から願っている。
大学スポーツのあり方を考えるー最近の早慶戦は意味があるのか
今日は外苑前の銀杏並木の紅葉を見に行ったのだが、そこで慶応スポーツ、早稲田スポーツという号外的な新聞を配っていた。ちょうどラクビーの早慶戦があったからだ。そこで気づいたのだが、早稲田も慶応もラクビー選手の出身高校は花園のラクビー常連校であることだ。
一昔前は、早稲田は高校でも活躍した有名選手を揃え、慶応は付属校出身者主体で花園経験者ゼロで厳しい練習により早稲田に肉薄する(とはいっても大抵負けていたが)という構図だった。それでも私が在学中に、素人集団の慶応ラクビー部が大学日本一になり、社会人一位のトヨタにも勝つという奇跡的なことがあった。これは非常に爽やかなニュースとして世間に受け入れられたように思う。
ところが、今は慶応も高校のスター選手の集団になっていた。藤沢の一芸入試で入れているようだ。早稲田はほとんどがスポーツ科学部で、これはほとんどセミプロの世界だ。慶応野球部の友人がかつて言っていたが、「PLを入れて早稲田に勝ってもしょうがない」というのが慶応のカラーだった。だから江川も落としたわけだ。ところが今の慶応では、江川が受ければ喜んで入れているだろう。
これでは、今の野球やラクビーの早慶戦というのは、高校の有名選手同士の戦いであり(同じ高校出身者の争い)、セミプロ選手同士の戦いの場になっている。以前は、慶応の素人選手が早稲田のセミプロ選手にどこまで通用するかが、早慶戦の醍醐味だった。もちろん、ほとんど慶応が負けるわけだが、たまに勝ったときには、それは大きな喜びだった。
最近は慶応高校が甲子園によく出場するが、これは中学の有名選手を高校で複数入学させるからだという。これでは群馬出身のハンカチ王子を入れた早実と同じになってしまう。スポーツが「勝つことだけ」を追求するようになると、逆におもしろさがなくなると感じるのは私だけだろうか。
ユニクロの強さの秘密ー超富裕層も愛用
最近は株式市場でもユニクロ(ファーストリティリング)の1人勝ちが目立っている。銀座のユニクロに行くといつも込み合っている。そういう私も昨年からユニクロのヒートテックを愛用している。しかし、まだまだユニクロは庶民の普段着というイメージがある。
ところが、意外にも超富裕層でユニクロのファンは多いのだ。ある方は、ユニクロのセールを狙って昨年セーターを5着「まとめ買い」し、奥様に怒られた苦い経験を語ってくれた。またある旧華族の方は、ユニクロのヒートテックを愛用しているそうだ。意外な話を聞き、ユニクロの強みに改めて気づかされた。
もちろん、超富裕層の方々がユニクロの商品のみを愛用している、などというつもりはない。この方々は英国屋の100万円近いスーツも当然のように持っている。しかし、機能に目をつけて、ユニクロのジャケットも持ち、気分転換に着たりしているのだ。
超富裕層の消費行動というのも、最もわかりにくいものの一つだが、ユニクロを着ていると思いきや、こだわりのあるもの(数百万円の時計や数千万円の車など)には考えられないようなお金を使うのだ。高級ブランドショップが最近苦しいのも、この超富裕層の消費行動が読めないのも一つの原因だろう。
ターゲットを結果的に絞らず、中間層から超富裕層までを顧客にしているユニクロはマーケットの成功者になった。常に新しい、機能的な商品を出し続けるあの手法は、他の会社ではなかなか真似はできない。二番煎じでヒートテック的な商品を出すのが精一杯だ。超富裕層までの心をつかんでいるユニクロの独走はしばらく続きそうだ。
貝塚啓明教授の話ー浜田宏一教授のエール大学行きを止めた
昨日の日経経済教室は貝塚先生だったが、この方は以前エール大経済学部で研究員をされていて、1年間エールにおられたそうだ。私にとっても大先輩になるので、お話させて頂いたことがある。だいたいが浜田宏一教授の話だった。
浜田教授は東大経済学部の看板教授で、1986年にエール大から(ノーベル賞のトービン教授から)お誘いを受けて、エール大教授になった。その当時は頭脳流出として話題になった。東大でも他の教授は羨望の眼差しで見ていたそうだが、貝塚教授は自身のエール大での経験から、「やめたほうがいい」と浜田教授に言ったそうだ。しかし浜田教授は「できる」ということでエールに行った。
まあ男なら、そうでなくてはいけないと私も思う。ちょうど野球選手が皆メジャーを夢見るのと同じだ。でもやはりメジャーでは、日本一の選手でも、そう簡単に活躍できないのも事実だ。経済学の世界でも事情は全く同じ、いや野球以上に厳しいと思われる。エールの経済学部にはノーベル賞候補がいやというほどいるのだ。東大にはそんな教授はいない。
貝塚先生は、そんなアメリカの事情は百も承知で、浜田教授にいくら君でも厳しいぞ、と先輩の立場から言われたそうだ。このあたりは結果論になるが、その後の浜田教授のエールでの研究生活は必ずしもハッピーなものではなかった。私がエールにいた1990年から91年には、浜田教授からよく囲碁を打ちながら、お悩みを伺ったものだ。
その中で参考になったのは、「アメリカにはとんでもなく頭のいいのがいる」という浜田教授の話だった。浜田教授も東大法学部を1,2番で卒業した人だ。日本では最強の頭脳と言ってもいい。その人が「とてもかなわない」というのだから、次元の違う頭の人がいるんだと気づいたのだ。それは、その後の私の2年間の留学生活でいやというほど思い知らされるのだが、留学初期に浜田教授からその話を聞いたおかげで、ノイローゼになることもなく2年間過ごせた。要は、アメリカ人のできるやつ(ユダヤ人が多かった)とは戦わないことにしたのだ。
逆説的にいうと、そこが自分自身の「優れた」点だった。自分自身のバかさ加減を正確に分析し、どうしたらこういう天才(IQ160が平均だ)の中で卒業できるか、平均を取れるかを戦略的に考えたのだ。ほとんどの日本人がこうしなければつぶれるといち早く理解したのだ。
日本の中では優秀でも、世界の一流大学では足元にも及ばないという経験は、やはり自分の視野を広げ、一生の宝物となった。留学した東大法学部のトップもだいたい同じことを言う。そういう意味でも若い頃に留学するのは得るものも大きい。しかし、最近は世界の一流大学は日本人を採らなくなっている。今までに留学した日本人が悪かったせいかもしれないが。
明智憲三郎氏の「本能寺の変427年目の真実」ー子孫からの新説
昨日お会いした明智光秀の末裔の方から、明智憲三郎さんの本を頂いた。今年の3月に出されて話題をさらった本だ。実は私は既に読んでいたのだが、改めて読み直してみた。光秀がなぜ本能寺の変を起こしたかは、諸説あるが、一般的には「怨恨」説が強い。しかし、これでは光秀の本質が見抜けない。
「怨恨説」の代表は司馬遼太郎の「国取り物語」だ。大河ドラマにもなった。今年の大河ドラマでも同じ怨恨説で話が進んでいた。やはり、大御所が一旦書いてしまうとその影響力は計り知れない。1582年の武田滅亡後の諏訪の法華寺の評定にて、光秀が語った一言が信長の勘気に触れ、諸将の面前で折檻を受けたことの恨みで信長を殺したというものだ。果たして、こんなことであんな大それたことができるものだろうか。
明智氏の本では、怨恨説は否定し、土岐明智氏を守るため謀反に及んだという。信長により明智氏が滅ばされると光秀が確信したことが、謀反の原因ということで、怨恨説より説得力がある。昔の人の家や氏族の観念は、現代人には想像できないほど強かったと思われる。
さらに、この本では信長が武田滅亡後に家康を安土や堺に呼んだのは、そこで家康を消すためという新説を展開している。もちろん、根拠となる資料を揃えてだ。そういわれてみると、信長が最も恐れた武田が亡びた後は、信長にとって家康の存在価値はなくなった。むしろ、天下統一には邪魔な存在となった。自分の地元に招いて、そこで家康を暗殺し証拠も残さないようにするのは、当時の信長の力を持ってすれば簡単だったはずだ。
その信長の計画を光秀は安土にきた家康に言って、ともに信長を討とうという密約を交わしたというのだ。現に、本能寺の変の後、家康は三河に帰って軍備を整え、岐阜県まで出陣している。これは光秀救済であり、山崎の合戦で光秀の死亡が確認されてから、家康も岡崎に帰っている。
そう考えると、今までの歴史のなぞがいくつか解決できる。なぜ、信長が本能寺に数十人しか連れていなかったか。光秀の腹心、斉藤利三の娘おふくをなぜ家康が家光の乳母にしたか(春日の局)。この大きななぞは、明智氏の新説によって説明がつく。
明智氏は先祖の名誉回復のために、3年間かけて様々な資料を調べ、この結論に達したという。今は、大河ドラマで明智光秀の本当の姿を放映してもらうべく、署名活動も中心になったされているそうだ。これが実現したらおもしろい。歴史は敗者からも見てこそ、初めて客観的なものになるのだ。
明智光秀の末裔にお会いするー誤解されている光秀
歴史とは「勝者から見たもの」ということをつくづく感じる。敗者となり死んでいった人は、勝者により「悪者」の烙印を押される。明智光秀がその代表だろう。戦国の下克上の世の中で、なぜ光秀だけが裏切り者になっているのか、冷静に考えると不思議だ。
今日、明智光秀の末裔の方のご自宅に訪問し、懇談したが、驚愕の事実がいろいろあった。明治時代まで光秀の末裔だということは一族の長男しか知らなかったこと。江戸時代には姓も変え、田舎で潜伏していたことなど、徹底した秀吉の歴史改ざんでひどい目にあったようだ。でも勝者は敗者のことを悪くいうのは古今東西同じだ。
それにしても400年も経ったのだから、事実が伝えられていい。あるいは歪められた歴史を正すのも後世に生きる者のつとめだ。織田家中で一時は一番の石高があり、信長から最も信頼され重用もされていた光秀は、当然実力もあり、単なる裏切り者でないことは明白だ。最近は光秀を再評価する動きも出てきているという。光秀がなぜ本能寺の変におよんだかの研究も、随分進んでいる。
日本史でも世界史でも、歴史は勝者によってつくられる、のでは本当の歴史はわからない。敗者の側からみた歴史を探求してこそ、真実に近い歴史がわかるというものではないか。
光秀の末裔の方も、最近は土岐一族の会合に出て、親睦を深められるようになったそうだ。でもやはり、ご先祖様の名誉回復なくして、心の平静はないだろう。光秀も正当に評価されることを切望する。
お金持ちはどこに投資したらいいのかーやはり金融機関の営業マンは顧客重視ではない
最近はもう、「貯蓄から投資へ」などと国の方もなかなか言えなくなったが、それでも金融機関は金融商品を売って儲けるのが仕事なので、あの手この手で売ることを考えている。それにお金持ちが乗ってしまうこともあるのだろうが、私は株や不動産への投資をお客様には薦めていない。一つは、売り手の問題がある。先日、ある金融機関の営業マンと話をしたが、やはり「旧態依然だな」と実感した。
この方は当たりも柔らかく、営業成績もまずまずらしいが、要はお金持ちに投資をしてもらうにはどうしたらいいかを聞きにきたのだ。私は、「そんなことは簡単で、相手のために本当にいいものを売ればいいでしょう」というと、なかなか相手のためにいいものがないので苦労している、ということだ。まあ本音だろう。
私の仕事の基本姿勢として、相手によくないものは薦めないという「当たり前の」ポリシーがあるが、どうも金融機関の営業にはそういうポリシーはないようだ。むしろ、「当たり前」のことをいうと驚くのだ。こちらにとっては、逆にそのことが驚きだ。それほど、旧来型の金融機関の営業は、非金融の者にとっては分かりにくい。
いろいろ話してみると、どうやら彼が私に期待していたことは、いやな言い方をすれば「超富裕層はいかにしたらだませるか」という話なのだ。昔の証券営業と同じく、金持ちを一度だまして文句を言ってきたら担当者を変えて言い訳をする、といった方法を繰り返すような話だ。もちろん、私はそこを少しでも変えるために、日本で「ファミリーオフィス」をつくったわけで、そんなことに手を貸せない。その方も頭のいい人なので、「これはだめだ」と理解したようだった。
私がショックだったのは、金融機関でそれなりのポジションにいる方でも、未だにこんなことを考えているのか、ということだった。「顧客のためにどういうものを売るのがいいのか」という観点が抜け落ちており、「いかに売って自分の業績、給与を上げ出世するか」が目的となってしまっている。これは大変だと再認識した。
ただ少しだけ助かったのは、この方が私の仕事のポリシーに理解を示したことだ。そういうことが(顧客重視が)日本でできれば素晴らしい、という感想を述べられた。確かに、顧客重視を貫くことは並大抵のことではないが、それをするのが私の目標だし、ここまではそれで来ている。そこは曲げることはないだろう。
今年の大河ドラマでも「上杉の義」を関が原以降は上杉景勝も直江兼続も曲げて、上杉家の存続を図った。それが実際にはほとんどのケースだろうが、自分は最も大事な「顧客重視」という筋、大義だけは守っていこうと再認識した金融機関の方との懇談だった。
平野貞夫さんの「わが友・小沢一郎」ージョン万次郎の会事務局長
今日はオバマが来日し日本中大騒ぎだが、考えてみればオバマは、私がハーバードにいた時に一緒に大学院にいた男だ。彼はロースクールだが、日本人でもオバマとロースクールの同級生が何人かおり、経済産業省の中尾氏はその一人だ。中尾氏に聞くと、オバマは学生時代から、やはり目立つ男だったそうだ。
ところで、ハーバードのあるボストンからバスで1時間半くらい南にいくと、ジョン万次郎がいたフェアヘブンという漁村がある。ここにジョン万次郎の会のアメリカ側の事務局(ミリセント図書館)がある。会長は小沢一郎だが「なぜだ」という疑問が沸く。小沢一郎は岩手出身でジョン万次郎とは何の地縁もないからだ。この陰の実力者はジョン万次郎と同じ土佐清水市出身の平野元参議院議員だ。小沢一郎の側近中の側近である。
平野さんには何度かお目にかかって、ジョン万次郎について教えて頂いているが、この平野さんが8月に「わが友・小沢一郎」という本を書いた。小沢一郎という人はオバマとは違って、随分分かりにくい人だ。顔を見る限り、非常に印象は悪い。人間は、本人と会ったこともないと、そういう表面の印象でその人を判断しがちだ。しかし、平野さんの本を読むと、ほとんどが誤解で本人が「言い訳をしない」ことを美徳としているので、誤解され続けているそうだ。
例えば、小沢一郎は角栄、金丸の子分なのでカネに汚いのでは、というのが一般的な印象だろう。ところが意外にもクリーンな政治家のようだ。一つの例が、1993年に細川政権ができたときに、経団連は自民党への政治献金をやめ、連立政権への献金を検討したこともあるが、このときに小沢一郎は「連立政権は改革を看板にしているので」ということで丁重に断ったそうだ。
この時は経団連への使者に平野さんが選ばれ、当時事務総長だった三好正也(当協会理事)に小沢一郎の言葉を伝えたそうだ。そのことがまた、財界の小沢一郎ファンを増やすことになった。経団連歴代会長でも平岩さんや今井さんが小沢親派であることはよく知られている。
昔、ある企業の部長で小石川高校で小沢一郎の同級生だった人から聞いたが、高校時代はほとんど目立たなかったそうだ。オバマとは対照的だ。本当の小沢一郎は、平野さんしかわからないのか。あるいはミステリアスにしていることが小沢一郎のパワーになっているのかもしれない。