日本ファミリーオフィス協会 -71ページ目

越山会の女王の死ー1つの時代が終わる

越山会の女王と言われた佐藤昭子氏が死去した。ちょうど先週、元田中派の議員の方とお話させて頂いたときに佐藤女史の話が出た。ともかく頭が切れる方だったそうだ。まあ、そうでなければ金庫番などつとまるわけはない。佐藤女史がいたからこそ、田中角栄も安心して仕事ができたのだろう。


驚いたことに、危篤の知らせを受けて小沢一郎が病院に隠密で急行したそうだ。それほど旧田中派の人々は佐藤女史を慕っていた。なぜそんなに人間的な魅力があったのか、会ったこともない私には分からないが、角栄同様、人間力があったことは想像できる。いや、角栄が頭を下げて秘書になってもらったという話もあるくらいだから、角栄以上の人かも知れない。


最近は政治資金問題で大物議員の秘書が逮捕などという事件が多いが、昔はそんなことは少なかったのではないか。大物議員になるとしっかりとした秘書がついていたからだ。このところ、政治家自身もそうだが、秘書にも有能な人が少なくなったのではないか。


理由は分からないが、政治の世界でも財界でも、大物が少なくなった気がする。本当に高度成長のころは政界でも角栄に対抗する人がいっぱいいた。財界でも、土光敏夫だけでなく、四天王などといわれた人もいた。大物がゴロゴロしていたのだ。いつから日本人は小粒になったのか。


まさに佐藤女史の死は日本における大物の時代が終わった、その象徴だった。

知り合いの歯科医から歯科をめぐる状況を聞くー歯科医も経営能力が必要

先日、NHKの特集でもあったが、このところの歯科医をめぐる状況は相当厳しいようだ。毎日一人が廃業している状態だそうだ。そういえば、私の知り合いの歯科医でも廃業して行方不明になった人が二人いる。夜逃げ同然だったと推察できる。それほど経営は難しくなっているようだ。


知り合いの歯科医の方に伺ったが、家賃や歯科衛生士の給与、機会のリース代や材料代などの必要経費が高くなり、かつ診療報酬が下がっているので、とても普通のやり方では黒字にならないらしい。だから、自由診療の慣れないインプラントを患者に進め、その後おかしくなり裁判沙汰も多くなってきている。何とも八方ふさがりの状況だ。


かつての歯科医は、どこも患者でいっぱいで相当待たされた記憶がある。しかし、歯科医の急増と虫歯が少なくなったことで、今では待たされる歯科医は少ない。競争によりどこの歯科医でもサービスはよくなってきたので患者からいうといいことだ。歯科医にとっては地獄だろうが。


環境が悪くなったということは、昔は必要なかった経営感覚が歯科医にも必要になってきたということだ。ところがたいていの歯科医は経営なんて勉強もしてこなかったので、苦手だ。そういう歯科医向けの経営コンサルタントが増えているようだが、問題はコンサルを受けるはずの歯科医に余裕がなことだ。とてもこの不況時にコンサルに払いお金はない。


だから状況はどんどん悪くなる。最低のマーケッティングぐらいは必要だろう。近くにどのくらい歯科医院があるとか、大きな会社があるのか、その他、需給予測は完全にしておかねばなるまい。


この状態は歯科医だけの問題ではないが、ともかく最低限のマーケティングはしてほしい。銀座や渋谷などを歩いて高いところを見ると歯科医の看板は多い。こんなところで開業しても成功はおぼつかない。


歯科医も実力のある人ない人で、そろそろ淘汰される時期だろう。いい歯科医は残るし、わるい歯科医は消えていく。歯科医も経営能力が全ての時代に入って来つつある。ある意味、正常な世界になってきたというべきか。


今年エールに合格した三人の高校生の分析ーやはり勉強以外に何か持っている

昨日のエールクラブでは、今年エールの学部に合格した高校生3名が来ていた。灘高のマジシャンがやはり目だっていたが、他に2名が合格している。


一名はインターナショナルスクールのハーフの男性で、俳優かモデルか何かやっている感じだった。トム・クルーズを一段とよくした感じで、エールにはたまにいるタイプだ。エール出身の俳優で有名なのはポール・ニューマンだが、それに対抗できそうな超イケメンだ。その男の周りには常に女性が群がり、写真を撮っていた。何とも場違いな光景だった。


もう一名は女性だ。私も知らなかったが、渋谷学園という最近進学実績を急速に伸ばしてきた高校で、外国の大学入試向けの準備をしてきたという。やはりいろいろな特技を持っているという話だが、詳しくは聞かなかった。

この三人に共通する特徴は、SAT(日本のセンター試験のようなもの)が満点で、それ以外にもアピールできるものがあることだ。


私もアメリカに行って気づいたが、日本の大学入試は試験の点数だけなので、入試対策だけをやっていた方が効率的ということになる。これではゆがんだ人間こそが大学に受かりやすいことにもなる。アメリカのトップの大学は入試の点数も「最低条件」として必要だが、それ以外にも何かないと合格するのは難しい。だから成績がトップでマジックもプロ並みのような高校生は歓迎なのだ。


ハーバードの同じ学科にオスカー女優のミーラ・ソルビーノ(「愛しのアフロディーナ」)がいたが、彼女は私がいた年に1年間北京大学に留学していたそうだ(だから一度しか会っていない)。当然のように勉強もでき、美貌もあり演技もうまく中国語も母国語並みに話せる、、、となると全くかなわない。こういう学生が何人に一人の割合でいるのだから嫌になってしまう。


こういうトップのアメリカ人と伍していけそうな日本の若者が出てきたことは、全く嬉しい話だが、問題は日本で彼らの才能を活かせるかであろう。皆、日本には帰ってこないような話をしている。全てが頭脳輸出になって日本に恩恵が戻ってこないなら悲しい。何とか天才を活用できる社会にしなければ日本は衰退するばかりだ。




灘高のトップは東大理Ⅲではなくエールを選択ー天才マジシャンとしての顔も

昨日はエールクラブがあったので参加した。その中で、今年エールの学部に合格した三人が来ていて紹介されていた。一人はマジシャンであり、マジックで通るとは思えないので本人と話してみたら、何と灘高でトップの学生だった。当然、東大理Ⅲも受かるだろうが、なぜエールを受けたのか聞いてみた。


彼の考えは東大理Ⅲに行っても灘高の同級生は多く、あまり面白くないだろう。それなら世界のトップの学生と競争して切磋琢磨したい、とのことだった。確かにそう考えるのもわかる。この男は18にして天才的な発想をすると感じた。同時に、私が20年前にアメリカに留学したときのことも思い出した。


彼はエールやハーバードによくいるアメリカ人と同じ発想をするのだ。世界中から優秀な頭脳が集まる大学で(東大は違う)世界レベルの教授と学生の中で揉まれることがワクワクするという発想だ。私の感触では、彼も相当にIQの高い男ではあるが、エールだと君以上の頭脳を持った学生はウヨウヨいるよ、と言ってやったら、それは楽しみだと言っていた。


エールの学生は勉強はもちろん皆できるが、その他にピアノがうまいだとかアメフトが高校選抜だったとか、そういうものを皆、何がしか持っている。彼の場合はマジックだ。やってもらったが、かなりのものだ。こういう世界と伍していける学生が日本にも生まれてきたのを見て、日本の将来は暗くないと感じた。

経団連は本当に政策集団になれるかー政治献金を背景にしたパワーだった?

昨日の経団連会長副会長会議で、経団連の政治献金への関与が正式に中止と決まった。いよいよそういう時代になったかという感じだが、問題は政治献金なしで経団連の意見が政策に反映されるかだ。御手洗会長は、いい政策提言をすれば自然と政策に反映されるという考えのようだが、現実にはそうではないだろう。経済同友会がまさにいい政策提言をしているが、直接政策に反映されたことはあまり聞かない。


私が経団連で働いていた80年代、90年代は政治も激動の時代であったが、やはり経団連が政治献金を廃止(94年)する前は、自分の担当する分野の経団連意見はほとんど通っていたように思う。当時は政治献金生みの親である花村仁八郎が現役の事務総長で、こじれた案件は花村が解決してくれるという安心感は確かにあった。自民党は経団連の要望を断れない関係にあった。


こういうことが政官財の癒着という批判を浴び、だんだん風あたりも強くなった。花村が事務総長を引退し(88年)三好正也(当協会理事)の時代になると政治との距離感が問題になった。三好も国際派で政治家との懇談などは得意とはいえなかったので、だんだん自民党との距離も開いてきた。他方、事務局に入ってくる人間の質は上がってきて、政策提言の中身はよくなってきたはずだ。でも質が上がったことと、実現することは明らかに違う。


やはり政策提言の質を上げることと、経団連の影響力が増すことは比例しないのではないか。やはり悲しいことだが、政治献金という仕組みがあったからこそ、経団連の意見は通ったのではないかと個人的には思うのだ。これは人によって、多くの反論があろうが、ジョゼフ・ナイの説く「ハードパワーとソフトパワー」の中で、経団連の力は政治献金というハードパワーに裏打ちされたものではなかったかと考える。


時代は確実にハードパワーからソフトパワーに移っており、経団連は新たなソフトパワーを探す岐路にきている。ハードパワーを探すのは楽だが、ソフトパワーを探し身に着けるのは相当に難題なのだ。

発表前の東大合格祝いー「東大までの人」にはなるな

先週はある知り合いの方の息子さんの「東大合格祝い」をした。発表はまだなのに、なぜという疑問もあるが、理系なのでかなり正確な自己採点ができるそうだ。数学、理科がほとんどできていたそうで、理Ⅲを受けてもいい腺にいっていたそうだ。よほどのことがない限り合格は間違いないということで、本人は旅行に行ったそうだが、本人抜きで合格祝いをしたのだ。


この方の両親は教育者で、ボストンでの滞在経験もある。たまたま住んでいたのがユダヤ人が多い地域で(ボストンの有名な高級住宅街だ)、ユダヤ人の教育方法を見てきたそうだ。ユダヤ人は幼いときには詰め込まずに(日本のお受験とは正反対に)、大学を受ける時に集中的に勉強させ、大学院で大いに勉強させるそうだ。そこまで力を溜めているそうだ。


確かに私もハーバードでユダヤ人の友人も多かったが、皆、小中学校の時には遊んでいたそうだ。但し大学受験の時には、他のことは何もせずに1年間は集中的に試験勉強した、と言っていた人が多かった。大学院だと、なぜかできる学生はユダヤ人が多かった。その中からキッシンジャーやサムエルソンなどのノーベル学者が出るわけだ。


この方の息子さんも大学院でボストンを目指しているそうだ。最近、「週刊現代」で特集されている「東大までの人」では全くなく、まさに「東大からの人」だ。こういう若者にはどんどん伸びてもらって、MITあたりでアメリカ人に伍して活躍してほしいものだ。



ロンバー・オ-ディエの河田氏から富裕層ビジネスの極意を聞くー第11回研究会

4日の木曜日には、当協会の第11回研究会を行った。スイス最古のプライベートバンク(PB)であるロンバー・オーデエ社の河田上級副社長(ジュネーブ本部勤務)から、資産家ビジネスについての私見を伺ったのだ。スイスの現職プライベートバンカーから直接話を聞ける機会は稀少であり、あっという間に20名の定員が埋まった研究会だったが、話の中身も微妙であることから、今回はさわりの部分を紹介する。


まず、河田さんが冒頭に言われた、日本の富裕層ビジネスに対する感想は、含蓄があるのでこれを紹介したい。第一に、「日本では富裕層という言葉が一人歩きして、供給側の方だけが盛り上がっている」ことである、具体的には、「資産家向け」という錦の御旗のもとに、ニーズを無視して企業側(特に金融機関)が一人相撲をとっているということだ。


しかも日本の特徴で業界横並びなので、一つの金融機関が「富裕層向けPB部」をつくると他の金融機関もPB部をつくるのだ。「うちも富裕層向けをやっているよ」ということを見せたいのだ。バスに乗り遅れてはいけないということだが、そういう事情なので内容がなく、富裕層のニーズを何もつかんでいないのだ。数年で撤退を繰り返すのも当然だ。


第二に、「日本で富裕層はどこにどのくらいいるか」という基本的な調査、分析もせずにビジネスをしていることだ。冷静に考えれば、これはマーケティングの基礎中の基礎なので、それをせずにやっているのは不思議だ。

日本の個人金融資産が1500兆円といわれているが、これが本当にどこにどのような形であるかの分析もない。

一説によると3分の一くらいがローンといわれているが、これも正確な統計がないのだ。


しかも、金融各社がPB部をつくっているが、どこをターゲットにするかも曖昧だ。これは日本の個人富裕層の実態が分かっていないので仕方ない部分もあるが、全く不思議である。ある予想によると日本の3億円以上の金融資産がある人は50万人とも言われるが、この正確性も分からないし、このうちどのくらいが金融機関のPB部に興味があるかも分からない。


河田さんの感覚では、意外に日本の富裕層でPB部のマーケットになりうる人は少ないのではないかとのことである。ものの本では「日本も富裕層大国だ」と書かれているものが多いが、これはシンクタンクの統計であって実務家が言っているものではない。


ともかく、富裕層ビジネスは想像以上に難しいものだということが改めて浮き彫りにされた研究会だった。



ハマコー頑張れーテレビ番組で衰弱ぶりが話題に

政治家のハマコー氏が最近、お笑いの太田某の番組に出て、かつてのハマコー節が消えていたことから、隠れファンが心配しているそうだ。しかし心配はない。私は昨日、ハマコー氏にマンション内で会って話をしている。もちろん立ち話だが、足と腰を痛めたそうだ。何とも歩行が不自由な感じだった。でもこれは当然直るものだ。


かつてあれだけ大暴れしたハマコー先生も、歳てないようだ。やはり人間、体が弱くなると大声も出なくなるものだ。「TVタックル」で若手政治家を怒鳴りつけるハマコーの姿が見られないのは寂しい限りだ。でも、本当のハマコーはいたって普通の人だ。「TVタックル」で怒鳴っていたのは、もちろんテレビ局からの要望によるもので、あれがないと視聴率が上がらないのは言うまでもない。


その「TVタックル」にも雑誌情報によると、「路線の違い」から出なくなり、あの番組の視聴率も下がったのではないか。それにしても、ハマコーはあれだけいろいろしてきて、なお人気があるというのは稀有な人物だ。私はハマコー氏と腹をわって話したことはないが、かつて「若手を育てたい」ということを言っていた。若い人のためにはお金も出すし、保証人になったりもしたそうだ。そのせいでひどい目にあったこともあるそうだが。


昔の自民党には、こういう人材もいて政権を維持してきた。強行採決のときには彼が表に出て、笑いを誘うことによって自民党への批判を和らげてきた。今の自民党にはこういう人材がおらず、退潮の一途である。自民党がまた政権交代を窺うようにならないと日本の政治は緊張感がなくなり、民主党も昔の自民党になってしまう。その意味でハマコー氏には自民党の若手を鍛え直すなど、もうひと働きしてもらいたい(といつも本人に言っている)。




金融機関のプライベートバンキングの方と懇談ー組織では超富裕層は無理?

最近も金融機関のプライベートバンキング部(PB)の方と懇談する機会が多くある。皆さん人事異動でこういう部署にくるのだが、2年くらいすると「この仕事は組織では無理なのでは」と必ず言う。不思議なほど同じ反応なのだ。確かに、分かってくるとそういう発想になるのだろう。そして、3年くらい経つとまた人事異動になって、他の部署に行き「難しかった」という話をするのだ。


3年の経験で超富裕層ビジネスがうまくいったら、誰も苦労はしていない。3年ではなかなか成果は出ないのではないか。4年目、5年目でいよいよこれから、という時に異動になるので、本人も組織も「富裕層はうまくいかない」ということになる。でも当然やり方はある。


今、雑誌の連載でこのあたりのことを書いているが、この雑誌は金融機関の方々が多く読むものなので、金融機関の批判にならないように、表現に気をつけている。変なことを書くと編集長にチェックされ、没原稿になってしまうからだ。現状分析はありのままを書けばいいが、問題は「対案」だ。どうしたらうまくいくかのアイデアを出さねば、超富裕層ビジネスを行っている者としては価値のない原稿になる。


いくつかのヒントになることは言える、例えば、「人事異動のない組織をつくること」だ。こういう案も現実には金融庁の指導などあり、実現には超えなければいけないハードルも多い。しかし、これをやらないといくらやってもうまくはいかないだろう。


「難しいマーケット」は参入障壁が高いが、他社に先んじてうまくいけば相当なアドバンテージになる。だからこそ、金融機関は超富裕層ビジネスをあきらめることはない。日本の金融機関が超富裕層にとって有難い存在になれば、日本の超富裕層もハッピーだが、これには時間はかなりかかるだろう。その時間を短くするために自分が働いているわけである。

経団連が政治献金中止を決定ー多分もう復活はない

経団連を語るときに「政治献金」は避けて通れないテーマだ。私も経団連に入る前は、いろいろな本で政治献金のことを研究した。そもそもの始まりは、戦後すぐに起きた造船疑獄で、企業が見返りを求めて大物政治家に献金していたことで多くの逮捕者を出した。でも企業は「利潤追求」するのが至上命題なので、見返りを求めない金を出すというのは矛盾する行為ではある。


この政治献金の仕組みをつくったのが、戦後経団連の初代事務総長の花村仁八郎だ。いろいろな小説の主人公にもなっている。花村は企業献金を「資本主義を守るためのコスト」と位置づけ会員の大企業を説得した。今では信じられないが、1950年代は企業人は日本が共産主義になることを心配していたようだ。そこで自民党への政治献金が始まったわけだ。


時は流れ、1993年の細川連立政権誕生の翌年に、当時の平岩会長は野党になった自民党への政治献金を取りやめた。その時にも経団連内部では、献金なしでどうやって経済界の要望を政策に反映させるかを随分研究した。結局は昨日の日経新聞同様、「政策提言の質を高めるしかない」という結論になった。その後、自民党の与党復帰でまた自民党との関係が復活し、元に戻った。


振り返ってみるに、経団連のパワーの源泉が与党自民党への献金だったことは否めない。これにより大企業の要望はほとんど政策に反映されてきた。自民党も経済界との蜜月により長期政権を約束され、官僚も自民党をバックにした経団連の意見は聞かざるをえない。まさに、政官財のトライアングル構造だ。でもさすがにこの手法は古い。民主党のマニフェストにより政治献金は廃止になり、今後仮に自民党が政権復帰しても、もう政治献金の復活はないだろう。


個人的には経団連のパワーダウンが心配だが、多極化する世の中でその力の低下は時代の流れかもしれない。