イギリスの大学もアメリカ化ーオックスフォード大学長は前エール大学長
先週木曜の日経にハミルトン・オックスフォード学長の記事が載っていた。ハミルトンはエールで学長をしていたが、その後オックスフォードに行ったという話は聞いた。その理由は彼の「お金集め」のうまさにあったようだ。それでもイギリスの大学はアメリカとは一線を画し、「資金」は重視しないと思われていただけに意外な話だった。
アメリカの大学の学長には「お金集め」の実績がないとなれない。ハーバードの最近の学長をみても、ルーデンシュタインはプリンストンの副学長として金集めの実績があり、サマーズは財務長官だった。相当な寄付金を集めて、大学にいい学生、いい教員を集めようとしている。
以前は、ハーバードに合格した学生でも2割程度は地元の大学を選択していた。この理由は「奨学金」だ。ハーバードでは奨学金ゼロでも、そういう学生は地元の大学では全額奨学金で4年間過ごせる。授業料の高いアメリカでこの差は大きく、2割も「逃げている」わけだ。
もちろん、その中には優秀な学生もいる。そういう学生を「お金」の問題で逃がすのは、さすがにもったいない。最近ではハーバードでも必要な学生にはほぼ全額の奨学金が出ているようだ。この事情はどこの国でも同じなようで、オックスフォードでもお金がないと優秀な学生を逃してしまうという意識が強くなったのだろう。
イギリスの大学はアメリカに水をあけられたようだが、その大きな理由は資金面にあろう。ハミルトンがエール式の寄付金集めでどこまで盛り返せるのか。またイギリスに、大学への寄付という風習が合うのかどうか、分からない。しかし、このまま何もしないとオックスフォードでも中国の大学に抜かれるという危機感があるのだろう。
個人的には、大学のレベルはその国の経済レベルに比例すると考えており、歴史上もそうだった。ハーバードがオックスフォードを抜いたのは第一次大戦後、まさに世界の覇権がイギリスからアメリカに移ったときだった。そうなると、世界の覇権がアメリカから中国に移ると、ハーバードが清華大学に抜かれるのか。個人的にはそうなると考えているし、既にその胎動は出てきている。
佐藤明夫弁護士のファミリービジネスに関する卓見ー日本の潮流はファミリービジネスへ
当協会理事の佐藤明夫弁護士(佐藤総合法律事務所所長)には、ときどきあるテーマについて懇談する。先日は「ファミリービジネス」に関して懇談した。私が参加しているファミリー・ビジネス・ネットワーク・ジャパンの先月の研究会で、佐藤事務所の若手が講師をされたので、それがきっかけだった。
佐藤さんによると、今後は日本はファミリービジネスが増えざるを得ないという。その一つの理由は「日本の衰退」だ。高度成長の時のように、どこの会社も儲かっていれば、経営者は誰にも富を分配できた。しかし、今後は少ない富の分配になるので、誰にでも分配はできない。その時には自分が「一番信用できる人」に分配するので、必然的に身内への分配になるという。
あるファミリービジネスの専門家から聞いた話だが、ヨーロッパでもファミリービジネスが多いのは節税をする時などに「身内は裏切らない」からだという。これと似た話だと直感した。やはり洋の東西を問わず「血」が一番信用できるとい うわけか。
もし、日本でも会社などが全て「ファミリービジネス化」するとなると、ノンファミリーにはつらいことになる。それでも養子になるとか、番頭になるとかの手段はある。少なくとも、日本の人口や経済の衰退は必然であり、我々個々人が生き残っていくためには相当な戦略が必要なことだけは確かだ。
キャピタル・アセット・プランニング社の北山雅一社長に感謝ーファミリーオフィス研究会を立ち上げ
昔から知ってはいる関係だが、突然、仕事を一緒にさせて頂く人がいる。北山社長もその一人だ。この方はもともと公認会計士だったが先見の明がある人で、早くから関連分野に進出していた。今の公認会計士や税理士業界は「事業承継」がブームだが、北山さんはもう20年も前からこの分野を集中的にやられていた。何とも勘の鋭い人だ。
今度北山さんが、「ファミリーオフィス実践研究会」を始めることになった。私も喜んで講師の一人として参画させて頂いた。日本ではまだまだ「ファミリ-オフィス」は知られていない。欧米では数千あるというのに、日本では実質 的に弊社(永田町ファミリーオフィス)だけだ。もちろん、自称ファミリーオフィスは日本にもいくつもあるが、内容は投信を売っているだけの会社で、ファミリーオフィスという名前を使っているにすぎない。
当協会でも13回にわたり研究会を開き「日本型ファミリーオフィスのあり方」を研究してきた。その結果、日本ではアメリカ型の「投信やヘッジファンド」を売るタイプではなく、どちらかというとヨーロッパ型の「相続・事業承継」や「家族の問題」を扱うタイプが実態に合うのではという結論になった。
こういうことを、北山さんの研究会でも大いにアピールしていきたい。幸い、この研究会でも事業承継や財産承継を中心に研究していくので、私の考えと軌を一にしている。「ファミリーオフィス」をまともに扱った研究会は、当協会以外、日本では本当に少ないので、こういう場を大事にしたい。
森永製菓の高木貞夫元会長の死ーグリコ森永事件の森永側の責任者
今日はとても悲しい訃報が入った。森永の高木さんが亡くなられたというのだ。この方には経団連時代に非常にお世話になった。経団連の囲碁同好会 の会長をお願いした。個人的にも田園調布のご自宅に何度も伺い、私が経団連を辞めてからもご自宅に伺った。子供をつれて伺ったこともある。
高木さんは何といっても、グリコ森永事件の森永側の責任者だった。この事件は未だに謎が多い。高木さんは当然、かなりの真相を知っていただろうが、語らなかった。墓場まで持っていった話も多いと思われる。犯人も森永は「高木さんだから」許したという話もある。
また、高木さんは高校の後輩の菅直人元首相の後援会長もつとめていたことがある。相当筋を通す人だったので、昨年の菅さんの「ねばり」には相当怒っていたと思われる。しかし、数年前からかなり体調が悪かったので菅さん本人に意見を言ったかどうかは不明だ。
最近はこういう筋を通す人がめっきり減ったような気がする。高木さんの薫陶を受けた者の一人として、改めて自分の生き方の筋を考え直した。心よりご冥福を祈る。合掌。
東電の「天下り」問題ー昔からあったが問題にされなかっただけ
電力料金の値上げを説明した東電の高津常務が、退任後、子会社の社長になることが問題視されている。しかもこういう子会社は東電と随意契約で、当然高コストになっており、その分が電気料金に上乗せされている。だから日本の電気料金は先進国一高いのだ。
しかし、この構造はおそらく戦後ずっと続いてきたはずだ。東電の常務は退任後、子会社の社長になる。そういう人を少なくとも10人は知っている。社長室を訪問したこともある。東電の常務室とは比べ物にならないほど立派な部屋だった。今思えば、こういうことが電気料金に跳ね返ってきていたのだ。
今の東電問題と役人の天下り問題は、冷静に見てみるとほとんど根っこは同じことが分かる。内部のお手盛りによる高コスト構造が、回りまわって我々の払う公共料金や税金を高くしているのだ。だから、野田総理は消費税を上げる前に公務員自身の身を切れ、と要求されているし、東電も電気料金を上げる前に高コスト構造を是正せよと言われている。全く構造は同じだ。
そして、役所も東電も一般市民の声に応えようとしないのも同じだ。まあ、人間なら誰しも自分の給与が減ることや、既得権益を減らされることを望まないので、これは仕方がない。そういう時のために「政治家」がいるのだ。今こそ政治家の出番だが、日本の弱さは「政治三流」にある。
となると、今こそ我々市民が頑張らないと、電気料金はますます上がり、税金も上がってしまう。今まで日本人は政治のことや公共のことに関与しなくても何となく生活できたが、これからは違う。しかし、自分の払っている公共料金がどうなのか、税金はどうなのかに関心を持たざるを得なくなったことに気づいている日本人は、残念ながらまだ少ない。冷静に考えると日本は相当な危機にある。野田総理のように、それを洗脳され、何が何でも増税に固執するのも問題だが。
久々に官僚の記憶力に脱帽ー文部科学省NO2だった林幸秀さん
先週、路上で懐かしい方にお会いした。元文部科学省の林さんだ。この方は旧科学技術庁の宇宙政策課長で、調べてみたら1996年に一年間、宇宙開発の仕事でお世話になった。16年前のことだ。こちらは覚えていたが、こういう場合には先方が自分のことを覚えているかどうかが不安になる。
おそるおそる、「科学技術庁におられた林さんですか」と話しかけた。すると、「経団連の相山君じゃないか」とすぐに反応があったのには驚いた。おまけに「昔より太ったじゃないか」と言われた。確かに、16年前に比べると数キロは体重が増えている。いやはや、参ったというところだ。
私も昔、仕事でお世話になった方がどうなっているかは、新聞で注意深く見ている。林さんがその後出世されて、文部科学省NO2の文部科学審議官になられたことは知っていた。退官後は科学技術庁関連の機関におられる。科学技術庁では、文部科学省で事務次官になられた坂田東一さん(現ウクライナ大使)
や現事務次官の森口泰孝さんの先輩だ。
1996年という年は、宇宙開発政策大綱の見直しの年で、ちょうどそのころ、宇宙の「商業化」が話題になっていた時だ。先日打ち上げに成功したH-ⅡAの商業化の基礎になることを議論していたのだ。従来、科学技術庁は「研究」を重視していたので、商業化には積極的ではなかったが、林さんは商業化もやらなければ日本の宇宙開発はダメになるという立場だった。今日の実態から考えるとシャープな判断だった。
一昔前だったら、林さんくらいの役職ならJAXAの理事長になれたはずだが、今は「公募」になっているのでなかなか官僚出身者のポストがない。私も「節操のない天下り」はとんでもないと思うが、優秀な人材までもがポストがなくなるのは日本のためにはならない。旧来の天下りの実態は「どこでも雇わないような元役人」を高給でやとう外郭団体があるから批判されたわけだ。こういう例は未だに多い。
天下り批判も、一律ダメではなく、有為な人材には活躍できる場を提供することをしないと逆効果になる。その選別は難しいが、これはどこの組織でもしていることだ。少数派になろうが、日本のためになる元官僚の力を利用することも日本経済復活のためには必要だろう。
東電の舵取りの難しさー広瀬さんも大変な時に社長に
連日、東電のことが話題になっている。今日は決算だ。赤字額がすごい。先週は夏のボーナスカットと若手の離職者の多さが話題になった。こういう時の社長は普通の人では務まらない。外から来た弁護士の会長が広瀬さんを指名したのは、やはり広瀬さんが傑出した人物だからであろう。
最近の広瀬発言で目から鱗だったのは、世間の人は原子力を「ゼロかイチか」で判断している、というクダリだ。確かに、今の議論は原子力全廃か原子力全稼動かのどちらかである。実際にはこの間に無数の選択肢があるはずだ。広瀬さんはそのバランス感覚で、原子力発電のあり方を考えているのではないか。
広瀬さんは温暖化対策を担当していたことがあるが、必ずしも温暖化対策=原子力とは単純に考えていないのではないか。原子力も実はかなりの二酸化炭素を発生させるのだ。原子力発電所を「つくる」時には相当な電力が必要になるので、間接的に大量の二酸化炭素を発生することになる。
思えば、東電社長は、平岩さんや荒木さんの時代は「天下国家」を論じていればよかった。まさか原子力発電所で問題が起こるとは誰も想像できなかった。昔の東電は「仕事が楽で給与が高い」ところとして、学生の人気も高かった。しかし、今の東電の若者はあまりにかわいそうだ。彼らがサボっていたわけではないのだ。
今の東電は実質国有化の動きもあり、対外的には政府との折衝も大変だ。内部では、リストラの嵐で社員の不平不満が溢れているだろう。株主対策もある。東電株でひどい目にあった人は多い。安定株は神話だったのだ。
しかし、ほとんど独占企業なので、我々にとって必要な会社でもある。
広瀬さんの双肩に日本の将来がかかっている、といっても言い過ぎではない。
東電の新社長に廣瀬直己さんが内定ーエール大の先輩
今日は夜にちょっと驚いたニュースが入った。東電の新社長に廣瀬さんが内定したというのだ。もちろん、廣瀬さんは勝俣会長や西沢社長と同じ企画部出身だし、早くから社長候補ではあったが、この混乱の中で通常の序列は通用しないと考えていた。
廣瀬さんは企画部で地球温暖化対策をやっていたので、私が留学前にお世話になった。そして留学で最初エールにいくことになったと報告したら、相当驚いて、「僕もエールに行ったんだよ」と言われたので、逆にこちらが驚いた。廣瀬さんは当時は企画部の課長だったが、南部長(後に社長)に言って頂いて、私の留学壮行会を開いてくれた。まさに思い出の人だ。
何年か前にエールクラブで廣瀬さんが講師で、地球温暖化の話をして頂いた。その後、横浜支店で営業をされて常務になり、昨年の事故からは補償の担当をされていたようで、時々テレビで拝見した。20年前から廣瀬さんは将来の社長と言われていた。しかし、さすがにこの混乱の中では大本命の登場とはならないだろうと勝手に想像していたが、結局、こういう時こそエー スが登場しないとダメということだろう。
今度の東電社長は今までの社長とは全く意味が違う。日本経済そのものの浮沈がかかっている。廣瀬さんなら何とか日本経済を救うようなことをやってくれるだろう。
財務省(大蔵省)支配の根強さに驚きー未だに「MOF担」が出世する?
最近、ある人が財務省に大きく関係する会社のトップになった。この方はいわゆる「MOF担」で、自らも大蔵省に出向しており、その時に仕事で若干お付合いがあった。それまでの大蔵省の人とはかなり違い、いかに大蔵官僚が偉いかを何度も説かれて、かなり驚いた記憶がある。後でこの方が出向者で、当時から批判のあった、いわゆる「MOF担」であると分かり納得したものだった。
15年ほど前に、大蔵官僚への過剰な接待が社会問題となり、都銀で頭取になる人は皆「MOF担」であることが明るみになり、私を含めた一般人は驚愕したものだった。より驚いたのは、その「MOF担」頭取は、自分の命をかけて大蔵の役人をかばったことだ。第一勧銀の宮崎会長の自殺には驚きを通り越し、誰もがこの構造を何とか変えねばと思ったことだろう。
確かに、それ以来、変わってきていると思う。例えば、2年前の新年1月4日に財務省財務官だった篠原尚之さんを訪ねたときには、財務省の中は訪れる人もなく静まり帰っていた。もはや「MOF担」というものは、この世から消えたとも思ったが、金融機関の知り合いに聞くとまだまだ残っているらしい。昔のように、露骨に財務省の廊下で待っている、ということがなくなっただけだ。
だから、財務省関係の企業で出世するには、未だに昔の「MOF担」の能力が必要だという。こういう世界は何も変わっていなかったのだ。まあそれで世の中がよくなれば誰も文句はいわないが、天下りの温床になっているのだ。増税路線も財務省主導だし、消費税増税反対の政治家は財務省の敵だ。小沢裁判にも財務省の影がちらつくという人もいる。
橋龍氏が大蔵省を分離させたのは大きな意味があると思うのたが、その精神は自民党にも民主党にも引き継がれなかった。今明確に反消費税(=反財務省)を言っている大物政治家は小沢一郎くらいだ。最近の財務大臣は皆、洗脳され増税路線だ。将来的にはもちろんそうだが、現時点でそれは間違いだと考えられる。それよりも財務省支配を何とかすることが先決だと感じている。
何とか民間企業にも大きな影響力を及ぼす財務省支配を終了させ、税制を納税者たる国民の意思により決めることができる体制にできないものか。これは相当な難題だが、日本を沈没させないためには必要なことだ。
日経のいう「大学開国」はできるかー大学院から変えるべき
先週、日経朝刊で「大学開国」という特集をしていた。ようやく日本でも大学のあり方を誰もが考えるようになったようだ。東大の秋学期導入案がその口火を切った感じだ。従来は大学は「レジャーランド」でいいという日本社会でのコンセンサスがあったが、日本の国力が下がると、とてもそうは言っていられなくなった。企業もかつては「大学で余計なことをしなくても会社に入ってから研修すればいい」と考えていた。
企業自身も研修費が取れない現状では、大学に期待せざるを得なくなった。かつての「企業派遣」の留学は相当少なくなった。留学した人がどの企業でも辞めてしまう現実の前には、もはや企業派遣留学は成り立たない。自らの組織の「魅力のなさ」にも気づき始め、企業自身の改革の中で大学への期待も出てきた。
そうはいっても、まだまだ日本の大学生は勉強しない。就職難から、昔よりは相当勉強するようになったと言われているが、欧米との差は大きい。あるいは途上国との差も大きいだろう。ところが、大学院になると事情は大きく異なる。最近話題の「社会人大学院生」にいたっては、相当勉強している。ある意味当たり前で、社会人になってから自分の「お金と時間」をつかって勉強にくるのだから、遊びの人は一人もいない。
昨年から大学院で講義をしているが、受講生の必死さは、かつての日本の大学学部の授業とは180度違った。相当準備して質問には何でも答えられるようにしておかないと、怒られる雰囲気がある。1時間30分の授業に、少なくとも50時間以上の特別な準備をしないとだめだろう。そうしないと社会人の方に失礼でもある。
日本の場合はまず、やる気のある大学院生のいる大学院から変えていくのが早いと思う。日本は今後、衰退していく可能性が高いので就職もますます難しくなろう。その結果、大学生も必死に勉強するようになる。従来のように「やる気のない」学生ばかりでは、自動的に教授も授業に手間をかけないし、かけようもない。ここは間違いなく今後5年くらいで変わっていくだろう。
日本の場合は手本がある分野では、その変化、対応力は非常に素早い。大学は短期間に大きく化けることができる数少ない分野ではないか。