京大元学長の岡本道雄氏が死去ー臨教審会長
岡本道雄さんが98歳で亡くなられた。この方にはお目にかかったことはないが、私のゼミの先生である石川忠雄元慶大塾長からいろいろな話を聞いた。全ては臨教審での話だ。臨教審は中曽根内閣の重要なテーマである「教育改革」の目玉として1984年につくられたのだが、当初は石川先生が会長就任予定だった。しかし、週に2回ペースで会合を開くということで「現役は無理」ということになり、元京大学長の岡本氏が会長になった。
普通の審議会は月1回くらいで、全ては官僚がお膳立てしてくれて、委員は官僚のつくるメモどおりに発言することが「期待」される。審議会の委員人選も官僚がするので、「イエスマン」の学者が選ばれる傾向にある。審議会の委員が「社会的便利屋」と呼ばれる所以だ。報告書も全て官僚がつくるため官僚のための追認機関になっているという批判をよく浴びる。
しかし、臨教審は例外で、中曽根元首相本人が人選にも係わり、会議にも中曽根さんがよく出てこられたそうだ。会議での発言は基本的に委員が自由に行うので事前準備が必要だ。これでは現役の大学学長にとっては相当な負担で、事実、その時期のゼミは先生の臨教審関係で度々時間変更になっていた。
そこで、石川先生もゼミ生に悪い(?)と思ったのか、度々臨教審のこぼれ話をしてくれた。特に岡本さんの人となりはよく聞いていて、医者だからなのか結構心配性だったという実例を聞いた。普通の審議会とは違って議論が紛糾することも多かったようで、会議の前日の夜は心配になって石川先生に電話してきたこともあったそうだ。
そのうちに、岡本さんは体を壊され、臨教審の実質的なとりまとめは石川先生が行っていた。こちらはますます先生へのアポがとりにくくなった。ちょうど就職活動の時期と重なったので、先生には夜よく電話をした。岡本さんと同じような話だ。
臨教審では、秋学期の導入と個性を育む教育の重要性が指摘された。秋学期の方はようやく実現しそうになっている。個性重視の方は、相変わらずそこまできめ細かい教育は難しいのではないか。私もよく石川先生から「個性がない」と怒られていた。口の悪いゼミの同期は「相山でもだめなのか」と言っていたものだ。
石川先生は5年前になくなり、そのとき葬儀に来られていた岡本さんも亡くなった。いじめの問題がクローズアップされている昨今でも、教育へのヒントはこれら先人がいくつも残していってくれた気がする。
野村證券の渡辺CEOが辞任ー恐るべき体質の変わらなさ
またまた野村證券の不祥事でトップ交代だ。バブル崩壊後の損失補てん問題で懲りたと思ったが、実態は何も変わっていないことが再度明白になった。要は相変わらずの「大口優遇」だ。これでは個人投資家は株などますます買わなくなるだろう。
4年ほど前に三好正也(元経団連事務総長)とともに出たパーティで渡辺さんとお話したことがある。お話ではかなりの「改革派」という印象を持った。そこで私は「野村が変わらないと日本の金融界はよくならないですと」とはっきり申し上げたが、特に不愉快にも感じなかったようだ。隣にいた三好正也は「相山君でないと言えない一言だ」と言っていたが、内容は間違っていなかったと思う。
しかし願わくば、私の一言が「間違い」であってほしかったのだが、事実は「野村は何も変わっていない」ことが再認識されただけだ。それにしても不思議なのは「自浄作用」というものはないのか。中の人で「こんなことをいつまでもやっていたら会社がおかしくなりますよ」とトップに直言する人はいないのか。
おそらく数千人もいる中で、何人かはこういうことをする人はいるだろう。しかし、そういう人は閑職に飛ばされているだろう。事実、知り合いですごいこと(収益重視から顧客重視へ)を言っている課長クラスの若手がいたが、1年後電話をしたときには本社にはいなかった。
となると期待するのは行政しかないが、金融庁も規制強化には及び腰だ。確かに時代の流れは規制緩和で間違いなく、民間が独自の判断でやっていくのは当然だ。しかし、それでうまく行かない部分は行政が規制をするしかないのではないか。金融庁にはメリハリをつけた規制をお願いしたいところだ。
今回も、うやむやのままにこの問題が流されるとすると、野村の体質は変わらず日本の金融界の未来も暗い。頼みの政治家や役所も何もできないとなると、いよいよ「金融立国日本」は絵に描いた餅になる。
ハーバードクラブで桂歌蔵の英語落語ー日本文化を海外に紹介する可能性
昨日はハーバードクラブで英語の落語企画があり参加した。落語も日本文化(クールジャパン)ということで文化庁が海外に紹介しようとしていて、桂歌蔵さんが東南アジアで英語落語を披露しているそうだ。フィリピンの日系大学で公演した話をしていた。
昔、アメリカの映画館で黒澤映画を見たが、やはり日本人が笑うところでアメリカ人も笑っていた。落語も同じで笑いのツボは同じだ。ということは落語も国際的に広がる可能性がある。真打の中でも英語で落語ができる人がどんどん増えれば、意外にアメリカなどでも広まる可能性もある。
この企画を担当したのは、ハーバードの学部で東アジアを専攻したジョナサンだ。彼はフェイスブックのザッカーバーグと同じエグゼターからハーバードに行った秀才だが、その翻訳力は大変なものだ。昨年は座禅の会で円覚寺の僧侶の「禅問答」を英語に同時通訳していたのには驚いた。かなり難解な日本語を完璧に理解していることがその通訳の英語で分かった。奇妙な話だが。
外人が興味を 持つ日本独特の文化は、落語のほかにも、短歌、俳句、琴、三味線などいろいろある。こういうものを海外に「輸出」することができないか、モノで輸出するものが少なくなった日本が考えるべきテーマではある。
高校囲碁団体戦は開成高校が二連覇ーほとんどが圧勝
私が高校時代3年間出ていた全国高校囲碁選手権全国大会が市ヶ谷の日本棋院で開催されている。今日は団体戦の決勝があり、結果を見ると開成が3-0で勝っていた。昨年優勝と同じメンバーで出ているので優勝して当然だが、囲碁のような勝負の世界では当然が当然とならないことが多い。
今まで開成は連覇はしていない。過去、灘高の5連覇や筑駒の3連覇という記録はあるが、来年以降、開成がどこまで記録を伸ばすか。2年生が二人いるので来年も優勝の可能性は高い。柳沢校長に聞いたところ、俳句で日本一になったとは聞いたが囲碁の話は聞いていなかった。本人が囲碁をしないので関心は低いのかも知れないが、今度は強く認識することだろう。
開成中が全国大会に出ていないことから、多くは中学に入ってから囲碁を覚えるのではないか。高校一二年でアマチュアの6段クラスになるのだろう。そういう人が3人揃えば全国優勝できる。今年は出ていなかったが、筑駒には学校の中に駒場棋院という日本棋院の支部のようなものがあるらしい。灘高出身者にきくと、囲碁部はないが多くの学生が紙で碁盤と碁石をつくって休み時間に打って(?)いるようだ。
一時期、囲碁は「暗い」ということで、高校生からそっぽを向かれた時期もあった。そこに梅沢由香里の「ひかるの碁」が出てきてイメージはかなり向上した。今では高校生はインターネットで囲碁を習ったり、打ったりしているようだ。そういえば、先日、原幸子プロに聞いた話で、原さんの夫である依田紀基・元名人が会員制のインターネットサイト(パンダネット)で囲碁の質問を受けているそうだ。私は特に依田さんに質問することもないので、しないが。
高校生がもっと日本古来の伝統ゲームである囲碁にはまってくれば、ゲームにかけるお金も減り親も喜ぶと思うのだが。紙はともかく、安い碁盤や碁石はあるので、省エネで安上がりのゲームだと思うのだが。
三菱重工の浅田さん(宇宙事業部長)がロケット打ち上げの商業化を実現
先日、私が経団連で宇宙開発を担当していた時にお世話になった旧科学技術庁の大塚洋一郎さんにお会いした。今は農商工連携のNPOを主宰され、全くの別のことをされている。もう15年以上前になるが、経団連でメーカーの若手を集め、当時の宇宙政策課長の坂田東一さん(その後、文部科学省事務次官、現ウクライナ大使)をヘッドに勉強会をしていたが、それに大塚さんも参加されていた。
そんなことを大塚さんと思い出していたのだが、タイミングよく7月16日の日経新聞2面に、その勉強会のメンバーの一人だった浅田正一郎さん(三菱重工宇宙事業部長)が紹介されていた。浅田さんは私が接した多くの宇宙開発関係者の中で忘れられない方だ。
なぜかというと、この方は宇宙飛行士の土井隆雄さんの東大航空工学の同級生で、多分一緒に宇宙飛行士の試験を受けたのだ。土井さんは宇宙飛行士になり、浅田さんは三菱重工で宇宙(ロケット)担当になった。このあたりの話は、実は1997年11月の土井さんのスペースシャトル搭乗のときにケネディ宇宙センターで浅田さんから聞いた話だ。
浅田さんは休みを取って来られていたようだった。その時の打ち上げを観望台から見ていたが、私の右隣は毛利衛さん、左隣が浅田さんだった。今でこそ宇宙は「商業化」が常識だが、当時は経験の長い部長、役員クラスは、国の予算に頼るべきという考えが強かった。
私は、将来的には宇宙も商業化しなければ生き残れないと言っていたものの、企業の役員層にはにわかには受け入れられず、怒られもした。部長からも「いいすぎだぞ」と注意も受けたが、今になって自分の方向性が正しかったことは証明された。浅田さんは当時から私の意見に賛成され、今では三菱重工の商業化の先頭に立っている。
大塚さんも確か商業化の方向性には賛同されていたと思う。科学技術庁は立場上は研究開発をする機関で商業化は通産省(経済産業省)の仕事だが、そんな小さい省益にこだわる人ではない。しかし、往々にしてそういう官僚は外に出て行く。守旧派は残るという傾向がどこの職場にもある。正しいと思ったことを貫くのはサラリーマン世界では難しい。
秋学期移行への各大学の対応と実現への不安ー東大浜田総長退任後は?
最近、秋学期を巡る各校の対応がマスコミに出てきている。例えば、一橋が留学への奨学金を出すことを検討するとか、横国が新入生一割に留学を義務づけるなどだ。秋学期が実際に施行されれば、日本の大学生も「留学」が身近なものになり、また若者の内向きが指摘されてはいるが、全体からみれば「外に出たい」若者も相当数いると思われる。
但し、今は東大を中心にした20数校で「議論」がされているだけであって、本当に実現するかどうかは全く不透明だ。一番心配なのは、この提案者である東大の浜田総長の任期があと3年であることだ。日本の大学教授は大学システムを「変えたくない」と考える傾向にはないか。浜田総長の退任とともに、議論がしぼむことが心配だ。
教授だけでなく、誰でも現状維持バイアスはある。変えると、何が起こるかわからない。また既得権益を握っている人間からの抵抗もある。小泉郵政改革がいい例で、あれだけ日本中が熱狂したのに、今は元に戻りつつある。小泉氏本人も何とかしたいという意志もないようだ。結局、笑っているのは既得権益を守ったものだけという、日本の悪しき風習が体現されただけだ。
どこの職場でも同じだが、留学した国際派と国内派がいる。まだまだ日本では国内派の数が多いので、国際派は力があるとは言えない。大学でも同じで、国内派の教授は今の秋学期移行、留学促進の動きには、自分の立場も危うくなることもあり反対をする人も多いだろう。まさに、秋学期移行は日本の社会の縮図で、日本の構造を変えていく一つの試金石でもある。
だから、何としてでも「抵抗勢力」に負けずに大学は秋学期にすべきなのだ。このまま日本の大学がガラパゴス化すれば、人材は育たず、日本はますます衰退の途に入ってしまう。
今年の日本からのハーバード学部入学は5名ー日本の高校からは3名
今日はハーバード日本同窓会で、今年学部に入る学生の歓迎会があった。アメリカンスクールの2名を除くと3名が合格した。一人は大分の高校から早々と合格を決めたバイオリニストの広津留さん。昨年秋にマスコミでも報道された。今は慶応のSFCに通っている。残りの二人は筑駒と麻布出身の現在、東大理科Ⅰ類に通う大学一年生だ。
三人とも9月からはハーバードに行く。それまで日本の大学に行くのもどうかと思うが、日本はまだ秋学期に移行していないので、その間のつなぎとして日本の大学に行くわけだ。筑駒からは昨年一人エールの学部に行ったそうだが、それまでも時々MITに合格していたようだ。今年は灘高はいなかった。
今は東大に行っても人間力がないと就職すら覚束ない時代なので、ハーバードの学部に行けば希少性は発揮できる。彼らがハーバードを第一志望にして、日本の大学を滑り止めにするのも分かる。それにしても今の高校生はどこで話す英語を学ぶのか。三人とも帰国子女ではない。
来年からは日本のトップの高校生もますますハーバードを受けてくるのではないか。面接した人に聞いたら今年は随分受験する人が増えたそうだ。それでも倍率は10倍で、日本人はもうすこし倍率が高くなる。言葉のハンデがあるので仕方がない。合格した若者はどこか違う感じがする。
来年はそろそろ開成の番だろう。ハーバードで教授をしていた柳澤さんが校長になったことだし、ハーバードのBOOK PRIZEも始まったし、合格者は出そうな気がする。
東電の新社長、広瀬直己さんに期待ー心暖かい人情家
東電の株主総会が終了し、広瀬さんが社長になった。最初に福島に行って謝罪しているところが広瀬さんらしい。そもそも常務時代にも福島の被害者に対する責任者だったので、その延長線上にある行為だが、コメントを聞いていても心温まる感じがする人だ。知事にも福島の人にも受けはいいのだろう。
広瀬さんの思い出は、私が経団連で環境問題を担当していたときに、広瀬さんがこの問題にかなり造詣が深く、いろいろ教わったこともそうだが、何と言っても私がエールに留学すると言ったときの対応だ。広瀬さん自身がエールに留学していたと聞き、私は驚いたのだが、壮行会(のようなもの)をやりましょうと言って頂いたのだ。当時は広瀬さんはまだ課長になる前だった。
ちょうど、東電の企画部で永野さんという名家の方(このことは後で知ったのだが)がコーネルに留学するということで、広瀬さんも二人一遍にやりましょう、ということだったのかもしれない。しかし、その席には今考えれば歴代の東電社長が並んでいた。南さんを筆頭に勝俣さんもおられたと思うが、錚々たるメンバーだった。
時は過ぎ、4年前のエールクラブで広瀬さんが地球温暖化の講演をされることになり、もちろん参加した。広瀬さんは言うまでもなく頭のいい人なので、私のことは完璧に覚えており、驚いたことに私が留学中、ニューヨークで永野さんにばったり会った話も知っていた。永野さんが広瀬さんに報告したのだろう。
勝俣さんとは全く違うタイプの広瀬さんの登場で、福島の方との関係もよくなり、何より東電の体質改善を進めてくれるだろう。独占企業なので価格は自由に決められる、という理屈ではもう消費者も黙っていないだろう。そのあたりは十分に分かっている方なので、何とかシャープな判断と行動力で我々消費者も納得させてほしいものだ。
アイセック事務局長のいう「育てグローバル人材」-ネックは日本企業
今日の日経で、アイセックの事務局長の方が、グローバル人材が日本で育たないのは日本企業の姿勢にあると指摘している。まさにその通りだと考える。またこの方は、経団連で花村に八郎が事務総長だったころは日本企業もアイセックの研修生をよく受け入れてくれたと話している。確かに、経団連の中にもかつてはアイセック研修生がいた。
こんなところで花村の名前が出てくるとは思わなかったが、花村に八郎は戦前の経団連の前身の時代から事務局に勤めていて、戦後は経団連総務部長から事務総長(兼副会長)となり、日本航空の会長もつとめた。私が経団連に入ったときも事務総長であり、最初から留学を薦めてくれた。就職先を経団連にしたのもこの人がいたからだ。
花村は政治献金の仕組みをつくったことで知られるが、英語を話しているところは見たことがない。しかしなぜか経団連の面接では「英語重視」で、肝を冷やしたものだ。「これからは英語が話せないとだめだ」と言われ、内定のときから若いうちに留学すべきと聞かされた。現在でも経団連の大卒は半数くらいが留学しているのも花村のおかげだ。経団連プロパー一期生の三好正也(当協会理事)が面接で通ったのも、当時の日本人としては抜群に英語ができたからだ。
そんな花村なので、アイセックの活動に理解を示し、会員企業にアイセック研修生の受け入れをお願いしていたのだろう。ところが花村亡き今はそうではないようだ。日本の大企業がこんな感じで、海外で学んだ学生を「和を乱す」とかいって採用しないのなら、グローバル人材など育つはずがない。日本の学生が留学を思いとどまるのも、就職の心配があるからだ。決して若者自身が「内向き」になったわけではない。
韓国企業は積極的に海外の有名大学に留学した学生を採用している。だから韓国のトップの高校生はソウル大学よりハーバード、エールを目指す。ところが日本企業は逆なので、日本のトップの高校生は留学に逡巡する。これでは日本経済の復活やグローバル化も絵空事のように思えてならない。
元USTR代表のヤイター氏の一言にショックー懐かしい「日本タタキ」
USTR(米国通商代表部)元代表のヤイター氏が日本に来ていて、月曜日に彼の講演に参加した。バブル世代の日本人は必ず知っている人だ。1985年から88年までUSTR代表で、その後、農務長官を務めた。この時期は「日米貿易摩擦」の時代で、アメリカが日本タタキを盛んに行っていた。ヤイター氏はその先頭だった。
ヤイターは当時の日本のニュースに毎日出てきて、東芝や自動車会社に対し圧力をかけてきた。何ともイヤなアメリカ人の代表だった。ところが今はヤイターも好々爺だ。むしろ「日本がんばれ、日本はTPPに参加して復活すべきだ」という意見を述べていた。
特に「アメリカは1985年には、もう復活はない、と言われていたが復活した。日本も必ず復活できる」という一言には、かつて日本をたたいていた人の言葉としては違和感があった。でも冷静に、客観的に見ると、今の日本は海外からはそう見られているのだろう。かつて世界一の競争力を誇り、アメリカ市場にも日本製品が席捲し、憎まれていたころが懐かしい。これはほんの20年前のことだが、今はアメリカからも「同情される国」になってしまった。
ジャパンバッシングからジャパンパッシングに変わったとはよく言われるが、ジャパンバッシングの本家本元から言われると、日本の地盤沈下を本当に実感してしまうのが悲しい。