逢茶喫茶σ(・ε・`)逢飯喫飯 -8ページ目

逢茶喫茶σ(・ε・`)逢飯喫飯

A Counterpoint of the Formless Self and the Omnipotent

仙台県の住人として、被災地の気になる噂を書いておきたいのだけど、


今のところ、まだ情報の整理が出来ていないから、もう少ししたら掲載しようと思う。



ちなみに、情報源は現地に派遣されたハローワークの職員と、


現地で活動した自衛隊員、それからもう一人ほどいる。



もしかすると既によく知られているのかもしれないけれど、


個人的には耳を疑うような話なんだよね。でも、事実らしい。


それこそが被災地復興が進まない理由(の一つ)なんじゃないか、と思っている。



まあ、期待はしないで下さいね。


ありがちな話と言えば、確かに否定はできませんから。



てか、書いたとしても、誰が読むんだよ 笑

「下らない」という言葉の語源は諸説ありますが、


よく知られているものとして、次の説が挙げられます。



江戸時代、商業の中心地であった上方(※関西地方)から


大消費地であった江戸へ輸出される物品を「下り物」と呼んでいたため、


輸出しても売れないような品物を指して「下らない」と形容するようになり、


結果として「意味がない, 価値がない」という意味になった、というものです。



さて、世の中、不思議な話はあるものです。


どう見ても売り物になりそうになり腐った食べ物を


「下らないことはない!」と言い張る大阪商人がいたのです。



これはどういうことでしょうか。


モノが売れさえすれば、江戸の連中が腹痛で苦しもうが関係ない、


ということなのでしょうか?



もしそうだとしたら、呆れた商人根性ですね。


何年か前に相次いだ賞味期限偽装事件を彷彿とさせます。




ところが、真相はそうではないのです。


江戸時代は鎖国の時期でしたから、市場に出回る食品の数は限られています。


ですから、上級階級のお歴々を除けば、少し痛んだ食べ物でも気にせず口にしていました。


当然、当時の商人たちも平気で痛んだ食品を売り物にしていました。



しかし、上に挙げた大阪商人だけは違います。


そこの旦那さんは、良心的な経営を掲げて一代で身を興した切れ者でしたから、


お客様に痛んだ食べ物を売ることなど決してありませんでした。



では、なぜ腐った食品を「下らないことはない!」と言い張ったのでしょうか。


やはり儲けに走って食品偽装を図ったのでしょうか。




いいえ、違います。


実は、旦那さんが売らずに捨ててしまおうと思っていた痛んだ果物を


仕事に不慣れな丁稚が店頭に並べてしまったことがありました。



当然、それを見た旦那さんは丁稚を叱り付けたのですが、


叱られた張本人は納得がいかない様子で、生意気にも次のように反論しました。



「でも、食べられるんだったら、ええやないですか?」



その言葉を聞いた旦那さんは、半人前の丁稚に商人の心意気を教え諭そうとしますが、


当の本人はなかなか言うことを聞いてくれません


業を煮やした旦那さんは、ついに大声を張り上げてしまいました。



「アホ助、そないなもん下らんことはない!」



先ほど書いた通り、「下らない」とは「商品価値がない」という意味ですから、


その否定形ということは、「売り物になる」と解釈するべきでしょう。


少なくとも、丁稚はそう受け取りました。



とはいえ、さすがの丁稚も大目玉を喰らっては二の句を継げず、


不承不承ながらも、命令通りに果物を片付け始めました。



しかし、この勤労精神が欠如した小生意気な少年は、


商品を片付けるふりをして、何と売り物にならない商品をすべて食べてしまったのです。



胃の中に片付けてしまった果物は、やや熟し過ぎた味わいではありましたが、


「下らんことはない」という言葉通り、食べられないことはありません。


いや、確かに売り物になる。



そう得心した丁稚には、旦那さんの態度がますます理解できませんでした。




ところが、数時間後、店先にはお腹を抱えて苦しむ丁稚の姿がありました。


どうやら痛んだ果物にあたってしまったようです。



その姿を見た旦那さんは、呆れた様子で溜息を吐き、


脂汗の滲む丁稚の額に平手打ちを喰らわせました。



「このドアホ、あれほど喰うなと言うたのに!」


「でも、旦那は下らんことはない、って言うたやないですか」



再び深いため息を吐き、旦那さんは答えました。



「あのな、そないなもん喰うたら、間違いなく腹が痛くなるやろ」


「はぁ、とどのつまり、どういうことで?」


「必ず腹が下る。いや、下らんことはない、ちゅう意味やったんやけどな」



お後がよろしいようで m(_ _)m

震災から半年経って思うのは、


別に震災の前後で何かが大きく変わったわけではない、ということだ。



この6ヶ月間、本質的な構造は何も変わらず、


震災前からの悪循環が堂々巡りを繰り返しているだけ。


様々な社会制度の矛盾がより鮮明になってきた、というだけのこと。



確かに、三陸沿岸部における惨憺たる有り様が耳目を集めはするけども、


被災者たちを真に苦しめているのは、その惨状に内包された荒涼たる「歪み」なのだ。



でも、そうした社会の歪みは震災前から分かり切っていたこと。


今更、何か全く予期せぬ出来事が起きたかのように慌てふためくのは、


被災者であれ、誰であれ、実に滑稽というほかない。



震災直後、「大津波によって我欲を洗い流せ」などという舌禍事件が起きたが、


実際のところ、大津波が日本社会の限界を白日の下に晒してしまった。


朽木の厚い樹皮を剥いでみたら、腐臭を放つ芯部が剥き出しになったのだ。


そう、誰もが機能不全を承知しておきながら、


それを公然の秘密にしておき、その場凌ぎの情緒的安定だけを希求している。


臭い物に蓋をして、ひたすら悪臭が消え去るのを耐え忍んでいる。



結局、その幼稚な精神傾向は、今回の大震災においても見事に温存され、


約4,000時間強で全てが元通りに戻ってしまった。



元に戻らないとすれば、震災犠牲者の生命と、薄く透明に汚された郷土だけだろう。

いまだに 9.11 の原因が宗教対立とか、


ベタに信じている大人がいるということに


驚き呆れるというより、その素朴さを微笑ましく思った。



もし本当に宗教対立に端を発しているとしたら、


何故、トルコやサウジアラビア、アルバニアが米国に加勢したのだろう。


どうしてイランはアフガン・イラク戦争に一切加担しなかったのだろう。


マレーシアやインドネシアが親米国家シンガポールと戦わなかった理由は何だろう。


逆に、どうしてドイツやフランス、ロシアはイラク戦争に反対したのだろう。



さて、どの辺りに宗教戦争っぽいところがあるのかな。



更に言えば、仮に宗教対立に端を発しているとするならば、


どうして日本が関与する必要性があったのかな。



「日本国」とかいう極東の島国は、


大乗仏教と土着の精霊信仰が混交した宗教文化を持つ国だと思ったけど、


いつの間にやら、キリスト教圏に含まれてしまったのだろうか。


確かに毎年クリスマスを祝うことには違いないけど 笑

何ていうか、肌のハリ以外は取柄がない中高生のアイドルよりも


永浜いりあ とか、森下千里とか、木村多江みたいな


「過去に色々苦労したんだな」というオーラを感じさせる和風美人の方が


格段に萌えるような気がする (^ω^`)



というか、若いうちは誰でも可愛らしいのがデフォルトであって


30歳を過ぎてからも美しくあり続けられる女性こそが


本当の美人というべきなんだよね。



…と、フランシスコ・ザビエルが言ったとか、言わないとか。



じゃあ、若いけどあんまり可愛くない子は何なのか。



オーケー、認めよう。


この世に夜が訪れなければ、朝日に感動することもない、というわけだ。


彼女らは旭日に破られる夜の帳であって、きっと仙台出身なのさ。